May 28, 2019

2019.05.17 「Dana-Farber Cancer Institute, Inc. v. Ono Pharmaceutical Co., Ltd. et al」 UNITED STATES DISTRICT COURT DISTRICT OF MASSACHUSETTS Case 1:15-cv-13443-PBS

2019年5月17日、米国地裁は、PD-1に関する所謂「本庶特許」について、Dana-Farber Cancer InstituteのFreeman博士とWood博士の二名が共同発明者であるとの判決を下しました。以下、判決文の一部を引用。
"Dr. Honjo reached out to Dr. Wood to find PD-L1 because he did not fully understand the biological mechanism of the PD-1 signaling pathway. While Dr. Honjo knew that activation of PD-1 has an inhibitory effect, he did not know that PD-L1 triggers this effect when it binds to PD-1 or how strong the inhibitory signal is."

"Dr. Freeman and Dr. Wood discovered that anti-PD-1 and anti-PD-L1 antibodies can block the pathway’s inhibitory signal. Dr. Wood conducted an experiment using one of Dr. Honjo’s anti-PD-1 antibodies that showed blockage of the PD1/PD-L1 pathway, and both Dr. Freeman and Dr. Wood developed their own anti-PD-L1 blocking antibodies. They communicated these results to Dr. Honjo at multiple collaboration meetings before the date of conception."

"It is clear Dr. Honjo and his colleagues were focused on the relationship between PD-1 and autoimmune disease, not cancer, before the collaboration with Dr. Freeman and Dr. Wood began."

"Even if it is not clear who was the first to contribute the idea of blocking the pathway to treat cancer, Dr. Freeman and Dr. Wood made the contributions described above as part of a collaboration aimed at developing a treatment for cancer, and they all understood and communicated with excitement the connection between their discoveries relating to the pathway and cancer. Ultimately, conception of the inventions in the Honjo patents was the result of the collaboration of all three scientists."

参考:


May 27, 2019

2019.04.25 「ニプロ v. 千葉大学・扶桑薬品工業」 知財高裁平成30年(行ケ)10061

用時混合型急性血液浄化用薬液の進歩性: 知財高裁平成30年(行ケ)10061

被告(千葉大学・扶桑薬品工業)が保有する「安定な炭酸水素イオン含有薬液」に関する特許(第5329420号)に対して原告(ニプロ)がした無効審判請求の不成立審決(無効2017-800014号)取消訴訟。裁判所は、本件訂正発明1は当業者が甲3に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、これと異なる本件審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由があるとして、本件審決を取り消した。
本件特許の分割出願特許(第5636075号)に対しても、無効審判請求不成立審決(無効2017-800015号)の取消訴訟が進行中のようである(平成30年(行ケ)10165)。

相違点の容易想到性について

訂正発明1
引用発明2との相違点
裁判所の判断
ナトリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含むA液と,ナトリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含むB液を含み,そして・・・
(相違点(甲3-1-1’))
本件訂正発明1では,ナトリウムイオンはA液にもB液にも配合されているのに対し,引用発明2では,第一単一溶液にしか配合されていない点。
甲3記載の実施例4(引用発明2)において,ナトリウムイオンを,通常のように,第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合させる構成とすることは,当業者が適宜選択し得る設計的事項であるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,第一単一溶液のみに配合されているナトリウムイオンを第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合する構成(相違点(甲3-1-1’)に係る本件訂正発明1の構成)に変更することを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は誤りである。
A液とB液を合した混合液において,・・・無機リン濃度が4.0mg/dLであり,
(相違点(甲3-1-6’))
混合液中の無機リン濃度が,本件訂正発明1では4.0mg/dLであるのに対し,引用発明2では3.72mg/dLであると算出される点。
甲3に接した当業者においては,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を得るために,引用発明2における第一単一溶液と第二単一溶液を混合した即時使用溶液の「HPO₄²⁻」(リン酸イオン濃度)「1.20mM」(無機リン濃度3.72mg/dL)を上記③の「1.0~2.8mM」(無機リン濃度3.1~8.7mg/dL)の範囲内で調整することを試みる動機付けがあるものと認められるから,引用発明2における無機リン濃度を上記数値範囲内の「4.0mEq/L」(相違点(甲3-1-6’)に係る本件訂正発明1の構成)にすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,


マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,
(相違点(甲3-1-7’))
混合液中のマグネシウムイオン濃度が,本件訂正発明1では1.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2では1.2mEq/Lであると算出
される点。
技術常識又は周知技術を踏まえると,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度(「1.2mEq/L」)及び炭酸水素イオン濃度(「30.0mEq/L」)を市販されている透析液及び補充液のそれぞれの数値範囲の中で調整することは,当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認められる。
そうすると,甲3に接した当業者は,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲内の「1.0mEq/L」(相違点(甲3-1-7’)に係る本件訂正発明1の構成)に,炭酸水素イオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲に含まれる「32.0mEq/L」(相違点(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成)にすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり,
(相違点(甲3-1-8’))
混合液中の炭酸水素イオン濃度が,本件訂正発明1では32.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2では30.0mq/Lであると算出される点。
そして少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,
(相違点(甲3-1-3’))
本件訂正発明1では,「A液とB液を合した混合液において,……,少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ことが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2では,それに対応する発明特定事項がない点。
本件訂正発明1の「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用発明2において,相違点(甲3-1-1’),(甲3-1-4’),(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成とした場合に,自ずと備えるものといえる。
したがって,引用発明2において,相違点(甲3-1-3’)に係る本件訂正発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
用時混合型急性血液浄化用薬液。
(相違点(甲3-1-4’))
本件訂正発明1は「急性血液浄化用薬液」であるのに対し,引用発明2は「医薬溶液」である点。
甲3に接した当業者においては,甲3記載の実施例4(引用発明2)において,当該「医療溶液」を「用時混合型急性血液浄化用薬液」にすることを試みる動機付けがあるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,相違点(甲3-1-4’)に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,誤りである。


 顕著な効果について
「患者に対する混合液の使用を「7日間」継続し,その間に「pHが7.23~7.29から7.89~7.94までほぼ直線的に上昇した状況」に置くことは,用時混合型急性血液浄化用薬液の通常の使用方法としては想定されないものといえる。そうすると,かかる状況下で7日間にわたり不溶性微粒子や沈殿の形成が抑制されたという効果は,用時混合型急性血液浄化用薬液に通常求められる効果であるとはいえない・・・。
次に・・・本件明細書には,本件訂正発明1の成分組成及びイオン濃度を有する用時混合型急性血液浄化用薬液において,「混合後27時間経過時」及び「54時間経過時」のpHの推移,微粒子の形成状況について明示した記載はないから,上記対比試験の結果(甲18の参考資料3)に基づく効果は,本件明細書に記載された本件訂正発明1の効果であるとは認められない。
さらに,本件審決は,本件訂正発明1は,「急性血液浄化用薬液」として有用であるという,甲3の記載からは予想し得ない効果を奏するものである旨判断したが,・・・当業者は,引用発明2を「用時混合型急性血液浄化用薬液」として使用することを容易に想到することができたものと認められるから,甲3の記載からは予想し得ない効果であるとは認められず,本件審決の上記判断は,誤りである。」

May 19, 2019

2019.04.12 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10117

明確性要件は第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべき知財高裁平成30年(行ケ)10117

【背景】

「脂質含有組成物およびその使用方法」に関する特許出願(特願2011-506377)の分割出願(特願2014-99072)の拒絶審決(不服2016-5871)取消訴訟。審決理由は、明確性要件(特許法36条6項2号)及びサポート要件(同項1号)に適合しないというもの。

請求項1(特定事項A~Iに分説):
A 対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,
B 前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され,
C ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,
D ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており;
E ここでω-6対ω-3の比が,4:1以上,ここでω-6の前記用量が40グラム以下であり;
F または前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質,植物化学物質,およびシーフードの量に基づいて1:1~50:1;
G またはここでω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり;
H またはここで前記脂肪酸の含有量は,下記表6:(表は略)と適合する,
I 前記使用。

【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由(明確性要件の判断の誤り)2及び3(サポート要件の判断の誤り)は理由があるから、原告の請求を認容することとし、審決を取り消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について
「特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

・・・特定事項Aは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指標」として使用する方法である旨特定するものである。特定事項Aに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

・・・特定事項Cは,対象に投与される脂質含有配合物が脂肪酸を含み,当該脂肪酸は,具体的には,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸とともに,その余の脂肪酸を含むことができ,これらの脂肪酸全体の量が脂肪酸の一日用量に相当し,これらの脂肪酸は,当該脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる旨特定するものである。特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

よって,取消事由2は理由があり,本願発明は明確性要件違反を理由に拒絶すべきものとはいえない。」

取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について
「本件審決は,サポート要件について,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。・・・本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由がある。」

【コメント】

本件特許出願(特願2014-99072)の原出願にあたる特願2011-506377は、拒絶審決取消訴訟(2017.10.13 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10216)にて請求棄却後、上告受理申立したが却下となっている。

Asha Nutrition Sciences, Inc.のwebpageからの知的財産情報(http://asha-nutrition.com/research/intellectual-property/)によると、現時点で、本件特許出願(特願2014-99072)は、製品名「LipiLife」、「Tailored Lipids & Micronutrients」、「Low-lipid or Lipids Free Complements」をカバーする特許情報としてリストされている。

May 15, 2019

2019.03.14 「レッドエックス ファーマ v. 国」 知財高裁平成30年(行コ)10002

事務所員の誤入力により国内書面提出期間内に手続できなかったことに「正当な理由」があったか?: 知財高裁平成30年(行コ)10002

知財高裁も、本件却下処分に控訴人主張の違法があるとは認められず、控訴人の請求は理由がないものと判断した。控訴棄却。

原審: 2018.07.13 「レッドエックス ファーマ v. 国」 東京地裁平成29年(行ウ)290


May 12, 2019

2019.02.14 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

結晶多形関連発明の進歩性等が争われた事例: 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

【背景】

田岡化学工業が保有する「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第4140975号)に対して大阪ガスケミカルがした無効審判請求(無効2013-800029号)を不成立とした審決(第一次審決)の取消訴訟(2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202)確定後、特許庁での再審理における訂正請求を経て、請求項7に係る発明についての特許を無効、請求項1~4、6、8、9に係る発明についての審判請求は成り立たない等の第二次審決に対して、原告(無効審判請求人: 大阪ガスケミカル)及び被告(特許権者: 田岡化学工業)は取消しを求める訴訟を提起した。原告主張の取消事由1~7は、本件発明1~4、6~9の容易想到性判断の誤り、被告主張の取消事由1は、公然実施及び公知についての認定判断の誤りである。

請求項1(本件発明1):
「ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒に溶解させた後に65℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。」
請求項7(本件発明7):
「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」
請求項8(本件発明8):
「Cu-Kα線による粉末X線回折パターンにおける回折角2θが12.3°,13.5°,16.1°,17.9°,18.4°,20.4°,21.0°,23.4°および24.1°にピークを有する9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」
請求項9(本件発明9):
「回折角2θの最大ピークが18.4°である請求項8に記載の結晶多形体。」

【要旨】

裁判所は、原告の請求及び被告の請求はいずれも理由がないからそれぞれ棄却した。

1.裁判所は、取消事由1(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について、以下のとおり、相違点1-2、相違点1-3が容易想到であるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1は理由がないと判断した。

相違点1-2(本件発明1においては,「次いで,該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒,に溶解させた後にBPEFの析出を開始」させるという特定の溶媒を用いた再結晶化の操作を更に行っているのに対して,引用方法発明においては特定の溶媒を用いた再結晶化の操作が更に行われていない点。)の容易想到性について
「ア 異なる結晶多形体を製造する動機付けについて
本件発明1では,BPEFの多形体Bを製造するために特定の溶媒(芳香族炭化水素溶媒)を用いた再結晶化操作が行われているのに対し,引用方法発明では,多形体Aと異なる結晶多形体を得るための再結晶化操作が行われず,単に多形体Aの白色結晶が製造されているにすぎない。したがって,引用方法発明に接した当業者が,多形体Aと異なる結晶多形体を製造しようと動機付けられるのかどうかについて,以下検討する。
a 前記5~9で認定した各刊行物の記載によると,「多くの化合物について,結晶多形体が存在しており,結晶多形体の違いにより,化合物の嵩密度,流動性,ろ過性,沈降性等の粉体特性,結晶の形状,密度,純度,粒径,非線型性光学特性,バイオアベイラビリティー,安定性などが変わり得るもので,特にバイオアベイラビリティーの向上等が求められる医・農薬品化合物や単体で特異的な機能性発現が求められる化合物の分野では,結晶多形体の制御は,工業的にも重要なものとされている。」という技術常識が,本件優先日当時に存在していたことが認められるものの,このような技術常識から直ちにBPEFについて,多形体Aと異なる結晶多形体を製造する動機付けの存在を認めることはできない。
b ・・・本件で問題になっているBPEFは,専ら合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)であり,最終的には溶融重合又は溶液重合されて結晶形をとどめなくなり,結晶多形体の違いにかかわらず,同じ化学構造のポリマーとなる化合物であると認められるのであり,単体で使用され何らかの機能を発揮する医薬品化合物のようなものとは異なり,その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではないといえる。
c ・・・BPEFについて,高純度で高い反応性を有し,ポリマーに合成したときに分子量が高くて分子量分布が狭く,かつ未反応モノマーやオリゴマー含有率が低いことが要求されていたと認められるところ,本件優先日当時,それらの事項やその他の物性,嵩密度をはじめとする粉体特性等に関して,多形体Aについて何らかの課題があったり,工業的プロセスでの不都合があったりして,多形体A以外の結晶多形体を得る必要性があると当業者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。
・・・
f 以上をまとめると,本件優先日当時,BPEFについて,その用途・性質の面からみて,直ちに結晶多形体探索の動機付けがあるとはいえず,かつ,多形体Aについて純度向上やその他の物性,粉体特性等の点で特に課題が認識されておらず,しかも,純度向上のためには結晶多形体の制御以外に他に適切な手法が複数あったのであるから,敢えて時間や費用を要する異なる結晶多形体を製造する動機付けがあったと認めることはできない。
・・・
イ 特定の溶媒を用いることについて
甲6,9~13には,BPEFを析出する際の溶媒として芳香族炭化水素を用いることができることが記載されている。しかし,甲6の・・・との記載,甲12の・・・との記載からすると,BPEFを析出する際の溶媒としては,芳香族炭化水素以外にも混合溶媒を含む様々なものがあり,かつ,芳香族炭化水素以外の溶媒を用いても高純度化は期待できるから,そのような中で,当業者が敢えて芳香族炭化水素という特定の溶媒を異なる結晶多形体を得るための再結晶化工程に使用することを容易に想到し得るとはいえない。
・・・
ウ 小括
以上からすると,相違点1-2について,引用方法発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえない。」
相違点1-3(本件発明1においては,再結晶化の段階で「65℃以上でBPEFの析出を開始」させているのに対して,引用方法発明においては再結晶化の段階がなく,その段階における析出開始温度が特定されていない点)の容易想到性について
「ア 再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等は存在せず,当業者において,再結晶化の際に析出開始温度を65℃以上とすることが動機付けられるものではない。したがって,相違点1-3について,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
イ 原告は,①スクリーニング法を用いて析出開始温度を上げたり下げたりすることや,②引用方法発明である甲6の実施例10に,副引例である甲9又は甲10に記載された再結晶化の操作を適用することで,当業者は相違点1-3を容易に想到し得た,③「65℃以上でBPEFの析出開始」とは,「現象」にすぎないところ,そのような現象を確認することは容易であると主張する。
しかし,原告の上記①,②の主張は,BPEFについて異なる結晶多形体を製造する動機付けがあることを前提として,析出開始温度が65℃以上となるように,当業者が,スクリーニング法を用いたり,甲9又は甲10の各実施例1を参考にするなどして溶液濃度を敢えて高く設定したりすることが容易想到である旨をいうものであると解されるところ,前記(2)アのとおり,そのような結晶多形体を作り分ける動機付けの存在は認められず,その主張は前提を欠いている。」

2.裁判所は、取消事由6,7(本件発明8,9の容易想到性判断の誤り)について、以下の通り、当業者が引用方法発明に基づいて多形体Bである本件発明8、9を容易に想到することができたとはいえないから原告主張の取消事由6、7はいずれも理由がないと判断した。
「・・・引用方法発明で製造された引用結晶発明は,多形体Aと推認されるところ,原告は,本件発明8,9について,①取消事由1の主張を援用するとともに,②当業者は,高純度化のために,甲6の段落【0025】の示唆に基づき再結晶化操作を動機付けられ,その際に引用方法発明に甲9又は甲10の発明を組み合わせることで,多形体Bを製造できるから容易想到であると主張する。
しかし,取消事由1に理由がないことは前記17のとおりである。また,引用方法発明について,仮に高純度化のために再結晶化操作が動機付けられたとしても,そこから特定の溶媒を使用して異なる結晶多形体を得ることまでが容易想到とはいえないことは,前記17(2)イのとおりである。加えて,前記17(3)で検討したとおり,再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等が存在しないことや異なる結晶多形体を製造する動機付けがないことなどからすると,析出開始温度を65℃以上とすることも容易想到とはいえない。」

3.裁判所は、取消事由8(本件発明7の公然実施及び公知についての認定判断の誤り)について、以下の通り、公知の点について判断するまでもなく、被告主張の取消事由8は理由がないと判断した。
「前訴判決は,前記(1)のとおり,本件発明7は,第6取引を除く本件各取引によって公然実施されたと判断しているから,この部分に拘束力が及び,審判手続においてこれに反する主張をすることは許されないものというべきである。したがって,この点についての第二次審決の判断に誤りがあるということはできない。・・・なお,念のため,被告の主張する原告又はY社とα社~ε社との間の共同開発に基づく信義則上の秘密保持義務の有無についても・・・以上のとおり,被告が主張する上記①~⑤の事実は,共同開発及びそれに基づく信義則上の秘密保持義務の存在を推認させるものではなく,他に信義則上の秘密保持義務の存在を認めるに足りる証拠はない。」

【コメント】

結晶多形発明の進歩性が争われた。本件発明は医薬品の有効成分に関するものではなく、合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)に関する結晶多形発明であるが、異なる結晶多形体を製造する動機付けについての裁判所の判断の中で、「バイオアベイラビリティーの向上等が求められる医薬品化合物の分野とは異なり、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではない」旨が言及されている(上記、判決文中に付した下線部分)。逆に言えば、医薬品化合物の分野は、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものであるということなのだろう。それでも、医薬品化合物の新規な結晶多形体発明の進歩性を主張したい出願人の立場として、本件のように、特定の溶媒や再結晶化の段階での特定の析出開始温度を使用して結晶多形体を得ることの動機づけを否定する主張をすることにはチャンスが残されているのだろうか?


第一次審決取消訴訟:
2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202

大阪ガスケミカルと田岡化学工業の特許紛争の他の過去判決: