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2019.02.14 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

結晶多形関連発明の進歩性等が争われた事例: 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

【背景】

田岡化学工業が保有する「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第4140975号)に対して大阪ガスケミカルがした無効審判請求(無効2013-800029号)を不成立とした審決(第一次審決)の取消訴訟(2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202)確定後、特許庁での再審理における訂正請求を経て、請求項7に係る発明についての特許を無効、請求項1~4、6、8、9に係る発明についての審判請求は成り立たない等の第二次審決に対して、原告(無効審判請求人: 大阪ガスケミカル)及び被告(特許権者: 田岡化学工業)は取消しを求める訴訟を提起した。原告主張の取消事由1~7は、本件発明1~4、6~9の容易想到性判断の誤り、被告主張の取消事由1は、公然実施及び公知についての認定判断の誤りである。

請求項1(本件発明1):

「ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒に溶解させた後に65℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。」

請求項7(本件発明7):

「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」

請求項8(本件発明8):

「Cu-Kα線による粉末X線回折パターンにおける回折角2θが12.3°,13.5°,16.1°,17.9°,18.4°,20.4°,21.0°,23.4°および24.1°にピークを有する9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」

請求項9(本件発明9):

「回折角2θの最大ピークが18.4°である請求項8に記載の結晶多形体。」

【要旨】

裁判所は、原告の請求及び被告の請求はいずれも理由がないからそれぞれ棄却した。

1.裁判所は、取消事由1(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について、以下のとおり、相違点1-2、相違点1-3が容易想到であるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1は理由がないと判断した。

相違点1-2(本件発明1においては,「次いで,該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒,に溶解させた後にBPEFの析出を開始」させるという特定の溶媒を用いた再結晶化の操作を更に行っているのに対して,引用方法発明においては特定の溶媒を用いた再結晶化の操作が更に行われていない点。)の容易想到性について

「ア 異なる結晶多形体を製造する動機付けについて
本件発明1では,BPEFの多形体Bを製造するために特定の溶媒(芳香族炭化水素溶媒)を用いた再結晶化操作が行われているのに対し,引用方法発明では,多形体Aと異なる結晶多形体を得るための再結晶化操作が行われず,単に多形体Aの白色結晶が製造されているにすぎない。したがって,引用方法発明に接した当業者が,多形体Aと異なる結晶多形体を製造しようと動機付けられるのかどうかについて,以下検討する。
a 前記5~9で認定した各刊行物の記載によると,「多くの化合物について,結晶多形体が存在しており,結晶多形体の違いにより,化合物の嵩密度,流動性,ろ過性,沈降性等の粉体特性,結晶の形状,密度,純度,粒径,非線型性光学特性,バイオアベイラビリティー,安定性などが変わり得るもので,特にバイオアベイラビリティーの向上等が求められる医・農薬品化合物や単体で特異的な機能性発現が求められる化合物の分野では,結晶多形体の制御は,工業的にも重要なものとされている。」という技術常識が,本件優先日当時に存在していたことが認められるものの,このような技術常識から直ちにBPEFについて,多形体Aと異なる結晶多形体を製造する動機付けの存在を認めることはできない。
b ・・・本件で問題になっているBPEFは,専ら合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)であり,最終的には溶融重合又は溶液重合されて結晶形をとどめなくなり,結晶多形体の違いにかかわらず,同じ化学構造のポリマーとなる化合物であると認められるのであり,単体で使用され何らかの機能を発揮する医薬品化合物のようなものとは異なり,その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではないといえる。
c ・・・BPEFについて,高純度で高い反応性を有し,ポリマーに合成したときに分子量が高くて分子量分布が狭く,かつ未反応モノマーやオリゴマー含有率が低いことが要求されていたと認められるところ,本件優先日当時,それらの事項やその他の物性,嵩密度をはじめとする粉体特性等に関して,多形体Aについて何らかの課題があったり,工業的プロセスでの不都合があったりして,多形体A以外の結晶多形体を得る必要性があると当業者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。
・・・
f 以上をまとめると,本件優先日当時,BPEFについて,その用途・性質の面からみて,直ちに結晶多形体探索の動機付けがあるとはいえず,かつ,多形体Aについて純度向上やその他の物性,粉体特性等の点で特に課題が認識されておらず,しかも,純度向上のためには結晶多形体の制御以外に他に適切な手法が複数あったのであるから,敢えて時間や費用を要する異なる結晶多形体を製造する動機付けがあったと認めることはできない。
・・・
イ 特定の溶媒を用いることについて
甲6,9~13には,BPEFを析出する際の溶媒として芳香族炭化水素を用いることができることが記載されている。しかし,甲6の・・・との記載,甲12の・・・との記載からすると,BPEFを析出する際の溶媒としては,芳香族炭化水素以外にも混合溶媒を含む様々なものがあり,かつ,芳香族炭化水素以外の溶媒を用いても高純度化は期待できるから,そのような中で,当業者が敢えて芳香族炭化水素という特定の溶媒を異なる結晶多形体を得るための再結晶化工程に使用することを容易に想到し得るとはいえない。
・・・
ウ 小括
以上からすると,相違点1-2について,引用方法発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえない。」

相違点1-3(本件発明1においては,再結晶化の段階で「65℃以上でBPEFの析出を開始」させているのに対して,引用方法発明においては再結晶化の段階がなく,その段階における析出開始温度が特定されていない点)の容易想到性について

「ア 再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等は存在せず,当業者において,再結晶化の際に析出開始温度を65℃以上とすることが動機付けられるものではない。したがって,相違点1-3について,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
イ 原告は,①スクリーニング法を用いて析出開始温度を上げたり下げたりすることや,②引用方法発明である甲6の実施例10に,副引例である甲9又は甲10に記載された再結晶化の操作を適用することで,当業者は相違点1-3を容易に想到し得た,③「65℃以上でBPEFの析出開始」とは,「現象」にすぎないところ,そのような現象を確認することは容易であると主張する。
しかし,原告の上記①,②の主張は,BPEFについて異なる結晶多形体を製造する動機付けがあることを前提として,析出開始温度が65℃以上となるように,当業者が,スクリーニング法を用いたり,甲9又は甲10の各実施例1を参考にするなどして溶液濃度を敢えて高く設定したりすることが容易想到である旨をいうものであると解されるところ,前記(2)アのとおり,そのような結晶多形体を作り分ける動機付けの存在は認められず,その主張は前提を欠いている。」

2.裁判所は、取消事由6,7(本件発明8,9の容易想到性判断の誤り)について、以下の通り、当業者が引用方法発明に基づいて多形体Bである本件発明8、9を容易に想到することができたとはいえないから原告主張の取消事由6、7はいずれも理由がないと判断した。

「・・・引用方法発明で製造された引用結晶発明は,多形体Aと推認されるところ,原告は,本件発明8,9について,①取消事由1の主張を援用するとともに,②当業者は,高純度化のために,甲6の段落【0025】の示唆に基づき再結晶化操作を動機付けられ,その際に引用方法発明に甲9又は甲10の発明を組み合わせることで,多形体Bを製造できるから容易想到であると主張する。
しかし,取消事由1に理由がないことは前記17のとおりである。また,引用方法発明について,仮に高純度化のために再結晶化操作が動機付けられたとしても,そこから特定の溶媒を使用して異なる結晶多形体を得ることまでが容易想到とはいえないことは,前記17(2)イのとおりである。加えて,前記17(3)で検討したとおり,再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等が存在しないことや異なる結晶多形体を製造する動機付けがないことなどからすると,析出開始温度を65℃以上とすることも容易想到とはいえない。」

3.裁判所は、取消事由8(本件発明7の公然実施及び公知についての認定判断の誤り)について、以下の通り、公知の点について判断するまでもなく、被告主張の取消事由8は理由がないと判断した。

「前訴判決は,前記(1)のとおり,本件発明7は,第6取引を除く本件各取引によって公然実施されたと判断しているから,この部分に拘束力が及び,審判手続においてこれに反する主張をすることは許されないものというべきである。したがって,この点についての第二次審決の判断に誤りがあるということはできない。・・・なお,念のため,被告の主張する原告又はY社とα社~ε社との間の共同開発に基づく信義則上の秘密保持義務の有無についても・・・以上のとおり,被告が主張する上記①~⑤の事実は,共同開発及びそれに基づく信義則上の秘密保持義務の存在を推認させるものではなく,他に信義則上の秘密保持義務の存在を認めるに足りる証拠はない。」

【コメント】

結晶多形発明の進歩性が争われた。本件発明は医薬品の有効成分に関するものではなく、合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)に関する結晶多形発明であるが、異なる結晶多形体を製造する動機付けについての裁判所の判断の中で、「バイオアベイラビリティーの向上等が求められる医薬品化合物の分野とは異なり、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではない」旨が言及されている(上記、判決文中に付した下線部分)。逆に言えば、医薬品化合物の分野は、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものであるということなのだろう。それでも、医薬品化合物の新規な結晶多形体発明の進歩性を主張したい出願人の立場として、本件のように、特定の溶媒や再結晶化の段階での特定の析出開始温度を使用して結晶多形体を得ることの動機づけを否定する主張をすることにはチャンスが残されているのだろうか?


第一次審決取消訴訟:
2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202

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