2020.07.22 「X v. アムジェン」 東京地裁平成31年(ワ)1409

腫瘍溶解性ウイルスの開発競争に特許侵害訴訟も勃発(G47Δ/DS-1647 v. T-VEC/IMLYGIC)・・・本件治験が特許法69条1項「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するか・・・

腫瘍溶解性ウイルスの開発競争

東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授は、がん細胞でのみ増殖可能となるよう設計された遺伝子組換え第三世代がん治療用単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)である「DS-1647(G47Δ)」(がん治療用HSV-1)を創製し、悪性神経膠腫に対する国内フェーズ2の医師主導型治験を進めおり、この結果に基づき、第一三共が、国内で「DS-1647(G47Δ)」の承認申請を行う予定である。先駆け審査指定及び希少疾病用再生医療等製品指定を得て、2020年度下期承認(日本)を予定している(第一三共(株)の2020年度第1四半期 決算経営説明会資料決算補足資料(2020.07.31発表)及びバリューレポート2020)。

米Amgen社は、上記DS-1647(G47Δ)と同じく、がん治療用HSV-1である「T-VEC」(一般名: タリモジェンラヘルパレプベク(talimogene laherparepvec))について、悪性黒色腫の治療薬として、2015年にFDA及びEMAの各承認(商品名: IMLYGIC)を受けており、その子会社であるアムジェン(株)がこれらの外国臨床データを利用するブリッジング試験を国内で進めている。

タカラバイオ(株)は、HSV-1の弱毒化株であるC-REV(旧称HF10)について、膵がん及び悪性黒色腫の日本での開発を、大塚製薬(株)と共同で行っている(タカラバイオ ウェブサイト Canerpaturev (C-REV) )。

このようなウイルスを使ってがんを治療する方法、いわゆる「腫瘍溶解性ウイルス療法(Oncolytic virus therapy)」は、投与したウイルスががん細胞だけで増殖してがん細胞を破壊するがん治療方法である。近年注目度を増しており、上記のとおり国内で複数の製品の開発が進められている。

腫瘍溶解性ウイルスの開発競争が繰り広げている一方で、特許侵害訴訟も起きている。アムジェン(株)の「T-VEC」の国内ブリッジング試験の実施が「DS-1647(G47Δ)」に関する特許権を侵害するとして特許権者が「T-VEC」の使用の差止・廃棄を求めていた事件で、2020年7月22日、東京地裁は、特許権者(藤堂具紀教授)の訴えを棄却した。

2020.07.22 「X v. アムジェン」 東京地裁平成31年(ワ)1409

本件(東京地裁平成31年(ワ)1409)は、X(原告=特許権者=藤堂具紀教授)が、アムジェン(株)(被告)が再生医療等製品に当たるT-VEC(一般名: タリモジェンラヘルパレプベク(talimogene laherparepvec))を使用して2017年3月頃から国内実施している悪性黒色腫を適応症とする治験(本件治験)は原告の特許権

特許番号: 第4212897号
特許権者: 藤堂具紀
出願日: 2002年3月27日
登録日: 2008年11月7日
存続期間満了日: 2022年3月27日
請求項1: ウイルスのBamHI x断片のBstEII-EcoNI断片内の欠失を含む,単純ヘルペスウイルス。
明細書の記載: 本件発明に係るウイルスの具体例としてG47Δが開示されている。

を侵害すると主張して、アムジェン(株)に対し、T-VECの使用差止及び廃棄を求めた事案である。

米Amgen社は、T-VECについて、悪性黒色腫の治療薬として、2015年にFDA及びEMAの各承認(商品名: IMLYGIC)を受けており、本件治験は、これらの外国臨床データを利用するブリッジング試験を行うものである(本件治験の予想される治験完了日は2021年4月16日)。

T-VECが本件特許発明の技術的範囲に属することに争いはなく、争点は、
(1) 本件治験が特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるか(争点1)
(2) 被告が本件発明に係る通常実施権を有するか(争点2)
であった。

裁判所は、平成11年最判(最高裁平成10年(受)第153号同11年4月16日第二小法廷判決・民10集53巻4号627頁)の趣旨は本件治験についても妥当するので、本件治験は、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると判断し、争点2を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないとして棄却した。

1.裁判所の判断

(抜粋一部加筆修正)

特許法69条1項・・・の趣旨は,特許法1条に規定された「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」ためには,当該発明をした特許権者の利益を保護することが必要である一方,特許権の効力を試験又は研究のためにする特許発明の実施にまで及ぼすと,かえって産業の発達を損なう結果となることから,産業政策上の見地から,試験又は研究のためにする特許発明の実施には特許権の効力が及ばないこととし,もって,特許権者と一般公共の利益との調和を図ったものと解される。

本件治験が同項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるかどうかは,特許法1条の目的,同法69条1項の上記立法趣旨,医薬品医療機器等法上の目的及び規律,本件治験の目的・内容,治験に係る医薬品等の性質,特許権の存続期間の延長制度との整合性なども考慮しつつ,保護すべき特許権者の利益と一般公共の利益との調整を図るという観点から決することが相当である。

・・・平成11年最判は,後発医薬品について,第三者が,特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする後発医薬品を製造して販売することを目的として,その製造につき薬事法(当時)14条所定の承認申請をするため,特許権の存続期間中に,特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し,これを使用して同申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは,特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり,特許権の侵害とはならないと判示し・・・理由として,後発医薬品についても,他の医薬品と同様,その製造の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要し,その試験のためには,特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し,使用する必要がある点を指摘・・・特許権存続期間中に,特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品の生産等を行えないとすると,特許権の存続期間が終了した後も,なお相当の期間,第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となるが,この結果は,特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明を利用することができ,それによって社会一般が広く益されるようにするという特許制度の根幹に反するとし・・・第三者が,特許権存続期間中に,薬事法(当時)に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて,同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し,又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは,特許権を侵害するものとして許されないと判示する。

・・・T-VECについても,前記判示のとおり,その製造販売の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要するので,本件特許権の存続期間中に,本件発明の技術的範囲に属する医薬品の生産等を行えないとすると,特許権の存続期間が終了した後も,なお相当の期間,本件発明を自由に利用し得ない結果となるが,この結果が特許制度の根幹に反するものであることは,平成11年最判の判示するとおりである。

・・・本件治験については,前記のとおり,医薬品医療機器等法の規定に基づいて第Ⅰ相臨床試験を行っているところであり,被告が,本件特許権の存続期間中に,本件特許権の存続期間満了後の譲渡等を見据え,同法に基づく製造販売承認のための試験に必要な範囲を超えてT-VECを生産等し,又はそのおそれがあることをうかがわせる証拠は存在しない。

そうすると,特許権者である原告が本件特許権の存続期間中にその独占的実施により利益を得る機会は確保されるのであって,それにもかかわらず,本件特許権の存続期間中にT-VECの製造承認申請に必要な試験のための生産等をも排除し得るものと解すると,本件特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが,それは,平成11年最判も判示するとおり,特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものというべきである。

以上のとおり,平成11年最判の趣旨は本件治験についても妥当するので,本件治験は,特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たる。

2.先発医薬品の臨床試験も特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当

本件では、先発医薬品の承認申請に必要な臨床試験も特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たることを判示した。

平成11年最判(最高裁平成10年(受)第153号同11年4月16日第二小法廷判決・民10集53巻4号627頁)の下記判示

「薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ
厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。」

における「後発医薬品についても・・・同様であって・・・」部分の文脈からすれば、平成11年最判の上記後段は、「もし特許法上、先発医薬品についての承認申請のために必要な試験だけでなく右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。」という意味(太字アンダーライン部分を追加した意味)であろう。先発医薬品についての承認申請のために必要な試験が特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当することを前提として、後発医薬品も同様に該当すると判示したと推測される。本事案における裁判所の判断も上記平成11年最判に整合する。

先発医薬品の臨床試験は特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当することを支持した判決として、東京地裁平成8年(ワ)第8627号同10年2月9日 コンセンサス・インターフェロン事件判決・判タ966号263頁がある。

3.特許法69条1項の「試験又は研究」を「技術の進歩を目的」とするものに限定すべきか

原告は、

「医薬品等の治験が特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するためには,技術の進歩を目的とすることを要すると解した上で,本件治験は,欧米で既に承認されたT-VECを我が国で販売することを目的とするものにすぎないから,技術の進歩を目的とするものではない」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「特許法69条1項に該当するかどうかは,特許法の目的や医薬品医療機器等法による規律も考慮しつつ,特許権者と一般公共の利益との調和という観点から決すべきところ,一般公共の利益に資する「試験又は研究」には様々な目的,内容等のものが考えられることからすると,特許法69条1項の「試験又は研究」を必ずしも技術の進歩を目的とするものに限定すべき理由はなく,事案に応じてその目的や内容等を考慮しつつ,特許権者の利益との衡量をすれば足りるというべきである。・・・本件治験は,外国臨床データをそのまま受け入れ,新たな臨床試験を行うことなく我が国における製造販売の承認を得るためのものではなく,日本人被験者にT-VECを投与して,一定の期間をかけて臨床試験を行うことにより,日本人における有効性及び安全性を評価するための試験であると認められる。そうすると,仮に,特許法69条1項にいう「試験又は研究」が技術の進歩を目的とするものであることを要するという解釈を採った場合であっても,本件治験は技術の進歩を目的とするものに該当し,同項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるというべきである。」

と判断した。

平成11年最判では、

「もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。・・・同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。」

として、「技術の進歩を目的とすること」を要するかに触れることなく、「特許制度の根幹」に反するかどうかという観点から、後発医薬品の承認申請に必要な試験を特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると判断した。

仮に、特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するためには「技術の進歩を目的とすること」を要すると解する(※1 )ならば、後発医薬品の試験はおそらく多くの場合該当しないことになるかもしれない。しかし、上記の通り、平成11年最判は、後発医薬品の試験を該当すると判断した。

本事案における裁判所の判断「必ずしも技術の進歩を目的とするものに限定すべき理由はなく,事案に応じてその目的や内容等を考慮しつつ,特許権者の利益との衡量をすれば足りるというべきである。」は、平成11年最判の上記観点と整合する。

※1 「試験又は研究」の範囲をその対象及び目的により区分し、「技術の進歩」を目的とする行為に限定すべきとする説として、染野啓子「試験・研究における特許発明の実施(I)」AIPPI, Vol.33, No.3(1988年)5頁)がある。「試験又は研究」の範囲を検討するうえで現在もなお参考になる説であるといえる。

参考

Research exemption
「Research exemption」の記事一覧です。

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