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2022.12.13 「中外製薬 v. 沢井製薬・日医工」 知財高裁令和3年(行ケ)10066・・・「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」エルデカルシトール前腕部骨折抑制医薬用途発明の新規性を否定

Summary

  • 中外製薬及び大正製薬の「エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤」に関する医薬用途発明に係る特許第5969161号の無効審決取消請求事件。
  • 本件各訂正発明は「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」医薬組成物であるところ、公知の甲1発明では特定されていなかった本件各訂正発明の各相違点が、甲1発明との実質的な相違点といえるか否か(新規性の判断)が争われた。
  • 知財高裁(第3部)は、「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」から各相違点は実質的な相違点ではないとして、新規性を否定した本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告(中外製薬)の請求を棄却した。
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1.背景

本件(知財高裁令和3年(行ケ)10066)は、中外製薬及び大正製薬の「エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤」に関する医薬用途発明に係る特許第5969161号に対して、沢井製薬及び日医工が請求した無効審判(無効2019-800112号事件)において、特許庁は、本件訂正を認めた上で、請求項1~8に係る発明(本件各訂正発明)についての特許を無効とする審決をしたため、中外製薬が本件審決の取消しを求めて提起した訴訟である。

本件審決の理由は、本件各訂正発明は、甲1文献に記載された発明(甲1発明)であって新規性を欠き、仮に、そうでないとしても、進歩性を欠くから、特許を受けることができないものとして無効とすべきであるというものであった。

本件審決が認定した甲1発明と本件各訂正発明との相違点は以下の表のとおり。

各相違点1~7を赤字で示した。

甲1発明ED-71を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である0.75μg/日の用量で経口投与される
本件訂正発明1エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するため医薬組成物。相違点1
本件訂正発明2投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、請求項1に記載の組成物。(相違点1本件訂正発明1と同じ)
本件訂正発明3エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する、上記組成物。相違点2
本件訂正発明4エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象がI型骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。相違点3 (相違点1は本件訂正発明1と同じ)
本件訂正発明5エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。相違点4 (相違点1は本件訂正発明1と同じ)
本件訂正発明6エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く70%以上である大腿部骨密度を有しエルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。相違点5 (相違点1は本件訂正発明1と同じ)
本件訂正発明7エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の70%より低く60%以上である大腿部骨密度を有しエルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。相違点6 (相違点1は本件訂正発明1と同じ)
本件訂正発明8エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、投与される対象が、原発性骨粗鬆症患者であって、若年者平均骨密度(YAM)の80%より低く60%以上である大腿部骨密度を有する、上記組成物。相違点7 (相違点1は本件訂正発明1と同じ)
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2.裁判所の判断

裁判所(知財高裁第3部)は、本件各訂正発明はいずれも甲1発明に対する新規性を欠くものであり、本件審決の判断に誤りはないから、取消事由1(本件各訂正発明の甲1発明に対する新規性の有無に関する判断の誤り)は理由がないと判断して、取消事由2(進歩性の有無に関する判断の誤り)について判断するまでもなく、原告(中外製薬)の請求は理由がないとしてこれを棄却した。

本件訂正発明1、3、4の新規性の有無(相違点1~3が実質的な相違点であるか否か)についての裁判所の判断を以下に一部抜粋する。

知財高裁が、甲1発明では特定されていなかった本件各訂正発明との相違点について、「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」をキーワードとして、実質的な相違点ではないとの判断を導いている点に注目してほしい。

(1)本件訂正発明1の新規性の有無(相違点1が実質的な相違点であるか否か)について

ア 相違点1についての検討

「(ア) 原告は、本件各訂正発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件各訂正発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。

(イ) そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。

そして、前記1⑶のとおり、本件各訂正発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。

(ウ) しかしながら、前記⑶イの技術常識によれば、当業者は、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記⑶ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記⑶イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。

以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。

(エ) さらに、本件優先日前に公開された甲12の文献には、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第Ⅲ相臨床試験において確認されたことが記載されていることに加え、前記⑶エ及びオの技術常識によれば、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書等には、骨折リスクを減少させようとする部位が前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記⑶ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書等の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。

そうすると、当業者は、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。

(オ) 以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。

そうすると、本件各訂正発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。

(カ) したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。」

イ 原告の主張に対する判断

「原告は、前腕部骨折は他の部位の骨折とは異なる特徴を有すること、甲1文献には前腕部骨折を抑制する骨粗鬆症治療薬が開示されているものではないことなどを理由に、本件各訂正発明の用途は甲1発明の用途と客観的に区別することができる旨主張する。

しかしながら、前記⑶ウの技術常識によれば、前腕部骨折は、身体的活動性が比較的高い前期高齢者等において好発する特徴があるといえるものの、上記アで検討したとおり、前腕部の骨と他の部位の骨と
で病態が異なるものとはいえず、また、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違するともいえないことからすれば、前腕部骨折に上記の特徴があるからといって、本件各訂正発明の用途は甲1発明の用途と客観的に区別することができるものとはいえない。」

・・・・・

「原告は、一般に患者群の特徴に応じて薬剤が選択されており、骨粗鬆症においても個々の患者の状態に応じて様々な薬剤が使い分けられているところ、本件各訂正発明は、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者という限定された患者群に対して顕著な効果を奏するものとして、従来技術とは区別された新規性を有する旨主張する。

しかしながら、上記アで検討したとおり、前腕部の骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであるから、骨粗鬆症患者のうち、全身の骨折の抑制が必要とされる者と前腕部の骨折の抑制が特に必要とされる者とを客観的に区別することはできないというべきである。」

・・・・・

「原告は、本件臨床試験に係る結果において、エルデカルシトールが、既存薬剤であるアルファカルシドールと比較して、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者に対し、顕著かつ予想外の効果を奏することが確認されている旨主張する。

・・・しかしながら、上記アで検討したとおり、当業者は、甲1文献の記載に基づいて、エルデカルシトールが、他の部位と同様に前腕部についても、アルファカルシドールよりも優位にその骨折を抑制するものであることを、合理的に予測し得たものといえることからすれば、エルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が減少することも予測し得たというべきである。」

(2)本件訂正発明3の新規性の有無(相違点2が実質的な相違点であるか否か)について

「(ア) 本件訂正発明3において、医薬組成物の投与対象者として特定されている「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」者が、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されるものであるか否かについて検討する。

(イ) ・・・本件明細書等においては、日本及びWHOの骨粗鬆症の診断基準に基づき、骨密度がYAMの80%以上又はYAMに対して骨密度のTスコアが-1SD以内の骨の状態は「正常」、骨密度がYAMの70~80%又はYAMに対して骨密度のTスコアが-1~-2.5SDの骨は「もろくなってきている状態(骨減少症)」、骨密度がYAMの70%以下又はYAMに対して骨密度のTスコアが-2.5SD以下の骨は「折れやすい状態(骨粗鬆症)」とされている(段落【0027】、【0028】及び【0033】)。

そうすると、本件訂正発明3において特定されている投与対象者には、骨がもろくなってきている状態又は骨が折れやすい状態の者、すなわち骨折リスクが増加している者全般が含まれるものであり、そうであれば、上記の特定は、骨の状態が「正常」な者を含まないことを意味するにとどまるものといえる。

(ウ) 他方で、・・・本件優先日当時における原発性骨粗鬆症の診断基準・・・からすれば、甲1発明における「原発性骨粗鬆症患者」は、脆弱性骨折がある者又は脆弱性骨折がない場合であっても骨密度がYAMの70%未満の者をいうものと認められ、これらは当然に骨折リスクが増加している者を意味するものといえる。

(エ) 上記(イ)及び(ウ)によれば、当業者は、本件訂正発明3及び甲1発明の投与対象者について、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者という点において一致するものと認識するといえる。

(オ) 加えて、前記⑷で検討したとおり、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書等には、投与対象者の骨密度の値が異なることにより、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記⑶ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書等の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。

そうすると、当業者は、投与対象者の骨密度の値が異なることにより、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。

(カ) 以上によれば、当業者は、本件訂正発明3において特定されている「若年者平均骨密度(YAM)の80%より低いか、またはTスコアがYAM値に対して-1SD以下である大腿部骨密度を有する」者が、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されると認識するものではないというべきである。

(キ) したがって、相違点2は実質的な相違点ではない。」

(3)本件訂正発明4の新規性の有無(相違点3が実質的な相違点であるか否か)について

「(ア) 本件訂正発明4において、医薬組成物の投与対象者として特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されるものであるか否かについて検討する。

(イ)・・・本件明細書等の記載及び技術常識を踏まえると、当業者は、Ⅰ型骨粗鬆症患者について、特に前腕部の骨折リスクが高い患者群であると直ちに認識するものではないというべきである。

そうすると、相違点3に係る本件訂正発明4の投与対象者の特定は、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者であることを超える技術的意義を有するものではないというべきである。

(ウ) 他方で、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」にⅠ型骨粗鬆症患者が含まれることは明らかである。

(エ) 上記(イ)及び(ウ)によれば、当業者は、本件訂正発明4及び甲1発明の投与対象者について、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者としてⅠ型骨粗鬆症患者を含むという点において一致するものと認識するといえる。

(オ) 加えて、前記⑷で検討したとおり、・・・当業者は、投与対象がⅠ型骨粗鬆症患者である場合に、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。

(カ) 以上によれば、当業者は、本件訂正発明4において特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、甲1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されると認識するものではないというべきである。

(キ) したがって、相違点3は実質的な相違点ではない。 」

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3.コメント

(1)別件特許権侵害差止請求等事件における東京地裁の新規性判断のおさらい

まずは、本件特許第5969161号に係る特許権侵害差止等請求事件における東京地裁がした新規性判断をおさらいしたい。

本件特許第5969161号に係る特許権を有する中外製薬は、沢井製薬及び日医工がそれぞれ製造販売承認を得たエディロール®カプセルの後発医薬品が、いずれも上記特許発明の技術的範囲に属するとして、沢井製薬及び日医工に対して、2020年5月29日、東京地裁に当該後発医薬品の生産、輸入、譲渡、譲渡の申出の差止めならびに廃棄を求める訴えを提起したが、2022年5月27日、東京地裁(民事第46部)は、中外製薬の請求を棄却する旨の判決を下した(令和2年(ワ)13326; 13331)。

この特許権侵害差止等請求事件においても、本件発明の新規性欠如を無効理由とする争点において、乙1発明(本事件での甲1発明)が相違するといえるか否かが問題となった。

以下の記事参照:

2022.05.27 「中外製薬 v. 沢井製薬・日医工」 東京地裁令和2年(ワ)13326; 13331 エディロール®用途発明に係る特許権侵害差止等請求事件・・・新規性判断への疑問点
Summary 骨粗鬆症治療剤エディロール®カプセルの有効成分エルデカルシトールの用途発明に係る特許権を保有する中外製薬(原告)が、沢井製薬及び日医工(被告ら)がその後発医薬品を製造・販売する行為は侵害に当たると主張して、その差止・廃棄を求めた事件。 本件発明は、「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」医薬組成物であるところ、本件発明と公知の乙1発明が相違するといえるかが問題となった。 裁判所...

上記記事において、東京地裁(民事第46部)による新規性判断には、以下の疑問点があるように思われることを述べた。

  • 裁判所の判断は、技術常識としての骨粗鬆症薬が抱える課題または期待(些細なきっかけで骨折を生じないようにすること)の存在をもって、乙1文献においては些細なきっかけで骨折を生じさせないようにする(「前腕部骨折を抑制する」)ことをエルデカルシトールにより「解決できる」ことが開示されているとして、すなわち、骨粗鬆症薬一般の「課題または期待」の開示を特定のエルデカルシトールの「解決手段」の開示にすり替えていないだろうか。実際、乙1文献は、これまでのビタミンD誘導体の報告には椎体も非椎体に対しても効果があったりなかったりと結果は様々であることを説明しているようである。エルデカルシトールが「前腕部骨折を抑制する」ことのエビデンスはあったのだろうか。
  • 「骨粗鬆治療薬」に「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」との構成は含まれていたことを理由として本件発明1の新規性を否定した裁判所のロジックや、「原発性骨粗鬆症患者は骨粗鬆症患者のうちの一部である」ことを理由として本件発明2の新規性を否定した裁判所のロジックは、公知の上位概念の用途に含まれる下位概念の用途は新規性が必ず否定されるというロジックに読めるが本当だろうか。この点は進歩性の判断として議論すべき点のようにも思える。裁判所は、一応「本件においては・・・顕著な効果を認めることはできない。」とも判断しているが・・・。
  • 「乙1発明のエルデカルシトールにおいても、当然に当該部位に係る骨折予防についても有効であることが具体的に想定されていたと認められる」、「エルデカルシトールが投与されたとき、乙1発明のエルデカルシトールが投与されたのか、本件発明1のエルデカルシトールが投与されたのかを区別することができるものではない。本件発明1の一部の用途は、作用機序の点からも、乙1発明の用途と区別することはできない。」という裁判所の認定は、「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」ことが「知られていた」ことを認定していることと厳密には異なる。引用発明に内在している「非外傷性である前腕部骨折を抑制する」という技術思想が「知られていなかった」としても新規性を否定する引用発明になるとの立場を裁判所が示した一例と考えるべきだろうか。

なお、特許権侵害差止等請求事件の控訴審判決が、本事件判決言渡日と同日(2022年12月13日)に言い渡されており、中外製薬が敗訴している(現時点で、特許権侵害訴訟の控訴審判決文は裁判所HPにアップされていない)。

エディロール®カプセルの医薬用途発明に係る特許権侵害訴訟 中外製薬の控訴棄却 沢井製薬と日医工が勝訴
医薬用途発明に係る特許権侵害訴訟 2022年12月13日の中外製薬のプレスリリースによると、骨粗鬆症治療剤(活性型ビタミンD3製剤)エディロール®カプセル0.5μg、同0.75μg(一般名:エルデカルシトール)の後発医薬品に関して、中外製薬が2022年6月9日に控訴した特許権侵害訴訟において、知的財産高等裁判所が、2022年12月13日、中外製薬の控訴を棄却する旨の判決を言い渡したとのことです。 ...

(2)本件審決取消請求事件における知財高裁の新規性判断について

さて、次に今回の本件審決取消請求事件における知財高裁(第3部)の新規性判断である。

前記特許権侵害差止等請求事件でのはっきりしない東京地裁(民事第46部)の判断根拠とは対照的に、本件審決取消請求事件において同じく新規性の有無を判断した知財高裁(第3部)は、甲1発明では特定されていなかった本件発明との相違点について、「技術常識によれば当業者は認識するものであったか。異なると認識するものではなかったか。」を軸に、実質的な相違点か否かを判断し、新規性を否定する結論を下した。

前記特許権侵害差止等請求事件での東京地裁(民事第46部)による新規性の判断根拠と比べると、本件審決取消請求事件での知財高裁(第3部)の判決は、結論は同じでも、「認識するもの」をキーワードに、より明確に新規性の有無を判断したように思う。

刊行物に明示的に記載されていない場合であっても、特許法29条1項3号(刊行物に記載された発明)に基づいて新規性を否定するためには、発明が「刊行物に記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明」として評価することができなければならないとされている。

この「記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明」としての評価を、「当業者が認識するもの」に置き換えて評価したとしても、新規性を否定する考え方に大きな違いはなさそうである。

しかし、当業者が「把握できる」又は「認識する」発明であるか否かを評価軸として引用発明(実質的な相違点の有無)を認定して新規性を判断することが、当業者が認識しておらずに公知の物や方法に必然的に内在・存在している態様(inherent feature)を相違点とする場合やパブリックドメインとの関係で問題となる場合において、唯一最善の論理なのかどうかは議論があるかもしれない。

「内在同一の問題」 -製薬・バイオテクノロジー分野における新たな科学的発見と公衆衛生との間で揺れる特許保護のジレンマ-
本記事は、製薬およびバイオテクノロジー分野における特許保護の不確実性問題のひとつである「内在同一の問題」を取り上げ、米国での取り扱いの確認と、本ブログで過去に取り上げた裁判例を列挙整理するものである。 1.製薬およびバイオテクノロジー分野における内在同一の問題 公衆がすでに用いている物や方法について、その作用機序を解明したり、新たな属性を見出したりした場合に、いかなる要件の下で特許を認めるべきか(...

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