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2017.07.19 「三栄源エフ・エフ・アイ v. ジェイケー スクラロース」 知財高裁平成28年(行ケ)10157

数値限定に関する訂正要件: 知財高裁平成28年(行ケ)10157

【背景】

原告(三栄源エフ・エフ・アイ)が保有する「酸味のマスキング方法」に関する特許第3916281号に対して被告(ジェイケー スクラロース)が請求した無効審決(無効2014-800118)取消訴訟。審決は、無効審判請求に対して原告がした訂正請求(本件訂正)が特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項又は6項の規定に適合せず認められないとした上、進歩性欠如等により本件特許は無効とすべきものであると判断した。原告は、本件訂正が認められるべきであるとして、本件審決取消訴訟を提起した。

請求項1:

(訂正前)
醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品,又はコーヒーエキスを含有する製品に,スクラロースを該製品の0.000013~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする酸味のマスキング方法。

(訂正後)
醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品に,スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。

上記訂正事項1が訂正要件を満たすか否か問題となった実施例2の記載は下記の通り。

【0016】
実施例 2:ピクルス
醸造酢(酸度10%)15部、食塩6.5部、ハーブ(ディル )抽出物0.4部、ウコン粉末0.2部、ディルフレーバー0.1部、スクラロース0.0028部、又はハイステビア500(ステビア抽出物 池田糖化工業株式会社製)0.013部を水にて100部とし、ローレル、カッシャ、唐辛子を適量加える。この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ、瓶詰めする。
その結果、スクラロース又はステビア抽出物を添加していないピクルスに比べて、酸味がマイルドで嗜好性の高いピクルスに仕上がった。

請求項2:

(訂正前)
クエン酸を水溶液濃度で0.1~0.3%含有する製品に,スクラロースを0.0000075~0.003重量%の量で添加することを特徴とするクエン酸含有製品の酸味のマスキング方法。

(訂正後)
クエン酸を0.1~0.3%含有する飲料に,スクラロースをその甘味を呈さない範囲で且つ0.00075~0.003重量%の量で添加することを特徴とするクエン酸含有飲料の酸味のマスキング方法。

請求項3:

(新たに設けられた)
コーヒーエキスを含有する飲料に,スクラロースを,極限法で求めた甘味閾値の1/100以上0.0013重量%以下の量で添加することを特徴とする該飲料の酸味のマスキング方法。

【要旨】

主 文

1 特許庁が無効2014-800118号事件について平成28年6月10
日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は、

「ピクルスにおけるスクラロース濃度は,実施例2において調味液のスクラロース濃度を0.0028重量%とし,この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めされて製造されるものであるから,きゅうりに由来する水分により0.0028重量%よりも低い濃度となることが技術上明らかである(きゅうりにスクラロースが含まれないことは,当事者間に争いがない。)。そして,0.0028重量%よりも低いスクラロース濃度においてピクルスに対する酸味のマスキング効果が確認されたのであれば,ピクルスにおけるスクラロース濃度が0.0028重量%であったとしても酸味のマスキング効果を奏することは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者に明らかである。そのため,スクラロースを0.0028重量%で「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」に添加すれば,酸味のマスキング効果が生ずることは当業者にとって自明であり(実施例3の「おろしポン酢ソース」では,スクラロース0.0035重量%で酸味のマスキング効果が生じ,実施例4の「青じそタイプノンオイルドレッシング」では,スクラロース0.0042重量%で酸味のマスキング効果が生じることがそれぞれ開示されている。),このことは本件明細書において開示されていたものと認められる。
そうすると,製品に添加するスクラロースの下限値を「製品の0.000013重量%」から「0.0028重量%」にする訂正は,特許請求の範囲を減縮するものである上,本件訂正後の「0.0028重量%」という下限値も,本件明細書において酸味のマスキング効果を奏することが開示されていたのであるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。

したがって,訂正事項1は,当業者によって本件明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「本件当初明細書等」という。)の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるから(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照),特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合するものと認めるのが相当である。

以上によれば,訂正事項1が本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断には誤りがあり,原告の主張する取消事由1は理由がある。」

と判断した。

被告は、

「実施例2において酸味をマスキングしているか否かを確認したのは,調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めして得られたピクルスであり,そのピクルスの酸味がマイルドで嗜好性の高いものであることが本件明細書に記載されているのであって,当該調味液の酸味がマスキングされたことについては本件明細書の実施例2に何ら記載されていないとして,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである」

などと主張した。

裁判所は、

「確かに,実施例2における酸味をマスキングする対象は,ピクルスであって調味液であるとは認められず,これを調味液であるという原告の主張は,本件明細書の記載に照らし,失当というほかない。しかしながら,酸味をマスキングする対象がピクルスであり,この場合におけるスクラロース濃度が直接明らかでないとしても,当該濃度で酸味のマスキング効果を奏すれば,少なくともこれより高い濃度である「0.0028重量%」の濃度で酸味のマスキング効果を奏することは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者にとって明らかなことである。そうすると,訂正事項1は,スクラロース濃度の下限値を「0.0028重量%」の濃度に減縮するものであり,当該濃度が酸味のマスキング効果を奏することは本件明細書に開示されていたといえるから,本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」

と判断した。

裁判所は、その他の訂正事項2(請求項2に係る訂正要件)についても審決の判断には誤りがあると判断したが、訂正事項3(請求項3に係る訂正要件)については実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであり、審決の判断に誤りはないと判断した。

【コメント】

数値限定に関する訂正要件について争われた事件。

審決において、特許庁は、

「上記実施例2のスクラロースの添加量「0.0028重量%」は、「ピクルス」を漬けるための調味液におけるスクラロースの濃度であって、調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせて漬けた後には、きゅうりからどの程度の水分が浸透圧で排出されるか、また、スクロースがどの程度きゅうりに浸透するかなど不明であることから、調味液及びきゅうりのスクラロースの濃度は不明であると言わざるをえない。

そうすると、上記「0.0028重量%」を、製品である「ピクルス」のスクラロースの添加量とみなすことはできない。」

と述べている。

確かに、実施例2のスクラロースの濃度は不明であった。

しかし、裁判所は、明細書の記載からその数値の範囲であれば発明の効果を奏することが当業者にとって自明であるならば、そのような数値範囲内において限定する訂正である限りは、特許請求の範囲を減縮するものであり、明細書に記載した事項の範囲内においてしたものということになると判断した。

数値限定発明について、さらにその数値範囲(下限値または上限値)を限定するような訂正においては、明細書にその訂正上限値または訂正下限値が具体的に明記されていなくとも、明細書の記載からその範囲であれば発明の効果を奏することが当業者にとって自明である限り、明細書に記載した事項の範囲内においてしたものといえると考えられる。

付加される訂正(補正)事項が明細書等に明示されているときのみならず、明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになるという点は、除くクレームの訂正(補正)を認めた判決(2008.05.30 「タムラ化研 v. 太陽インキ製造」 知財高裁平成18年(行ケ)10563; 2009.03.31 「テイコクメディックス v. クレハ」 知財高裁平成20年(行ケ)10065)からも整合するものといえる。

参考:

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