特許庁は、企業価値向上のために知財・無形資産を活用した経営の実践や経営層の知財経営への意識向上が課題となっているという背景から、特に経営層と知財部門との間のコミュニケーションに着目して、顧客価値を創造し、自社競争力を最大化させる知財・無形資産の活用方法を見出すことを目的として、調査研究を実施し、令和3年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「顧客価値の創造と競争力強化に資する知財活用方法に関する調査研究」として取りまとめ、同報告書を2022年5月に公表しました。
- 特許庁産業財産権制度問題調査研究について
- 令和3年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「顧客価値の創造と競争力強化に資する知財活用方法に関する調査研究」(令和4年3月 一般財団法人 知的財産研究教育財団 知的財産研究所)(全体版)
報告書(全体版)には、ヒアリング先海外企業として、フランス・パリを本拠とするグローバル製薬企業であり、製薬企業世界売上高ランキング上位10社に名を連ねるSanofi S.A.(以下、「サノフィ社」という。)が取り上げられており、海外大手製薬企業における知的財産部門の体制を知ることのできる貴重な情報であることから以下にその内容について紹介します。
サノフィ社の知財部門体制
ヒアリング調査報告には、サノフィ社の知財業務体制について触れられています。
サノフィ社の知財業務は、かつてはそれぞれの事業部門の法務統括責任者(General Counsel)下で行われていたそうですが、現在は、Chief IP Counsel(Head of Global IP)の下に一つの知財部門として統合されました。
この知財部門の統合により、以下のことが実現できているとのことです。
- 各分野に共通して利用可能なプラットフォーム技術について、統合的戦略のもとに強い知財保護の確立がより容易になり、それと同時に、プラットフォーム技術のイノベーションを包括的に把握し、より効果的に知的財産により保護することが可能となった。
- 各知財担当者が、Chief IP Counselと協議をすることで、それぞれが担当する事業部門に対して、知的財産の位置づけや方針を伝えて遂行させる形となり、知的財産の出願、権利化、係争処理、及び事業に関する助言などのあらゆる知財業務において、一貫性のある対応が可能となった。
- 知的財産に関するポリシー、ガイドライン、手順書などを、世界各国にいる知財部員全員が効率的に共有して、会社全体の活動や方針を意識して行動する土台が出来上がっている。
知財部門と経営層、他の各部門、科学者等との連携体制
ヒアリング調査報告には、サノフィ社の知財部門と経営層、他の各部門、科学者等との連携体制について触れられています。
<経営層・部門間の情報連携>
- 競合他社やパートナ企業の知的財産については、常に調査・モニタリングを行っており、調査結果は研究開発部門や事業部門などと常に共有し、重要度に応じて経営層とも共有。
- 各事業部門のトップやCFO、CSOを含むコーポレート部門レベルにおいても、各情報の重要性に応じて常に情報共有し議論。
- 各製品のLOE(Loss of Exclusivity:排他性喪失)や新発明についての特許戦略などの様々な議題で経営層と日常的に討議。
- 四半期ごとや1年に一度の事業部門との知財戦略に関わる定期ミーティングも実施。
<情報の調査>
- 知財部門は、社内の科学者から常に技術文献の調査を定期的に依頼されている。
- 社内の科学者も調査ツールにアクセスできるが、知財部門にも知財文献や論文調査などを行う部隊を設けて、科学者を支援。
- デューデリジェンスや、FTO(Freedom to Operate:クリアランス)の調査も、他社の知的財産を尊重する立場から当然実施。
同業他社との協力やステークホルダーへの情報開示について
ヒアリング調査報告には、サノフィ社の同業他社との協力やステークホルダーへの情報開示について触れられています。
<同業他社との情報共有や協力>
世界の医療の進歩に貢献するための知財制度及び知財環境を構築するために、業界団体でのロビイングや同業他社との情報共有や協力を推進していることがわかります。
「INTERPATなどの業界団体に参加し積極的に活動しているが、知財部門の規模、出願傾向、及び出願数をはじめとする種々の情報を他社と共有している。競合する他社との情報共有や協力は、世界の医療の進歩に貢献するための知財制度及び知財環境を構築するために重要である。」
<ステークホルダーへの情報開示>
「上場企業として投資に関連するリスク開示が義務であり、少なくとも四半期に一度、監査人や外部のステークホルダーと面談し、また、20-F(有価証券に関連する知財関係のリスクを開示する登録届出書)などの開示資料を適切に取りまとめ、投資家などに公開している。重要な情報に関しては、場合によりパートナ企業に協力してプレスリリースを実施している。」
Sanofi Annual Report on Form 20-F 2021 (pages 48-51)より
その他
2022年2月3日、サノフィ社は、グル-プのブランドとロゴを刷新、統一することを発表しました(2022.02.03 Sanofi press release: Sanofi unveils new corporate brand and logo – unites the company under one purpose and a single identity)。
“Sanofi’s attitude is humble, authentic—and a little bit unconventional too. We believe that our new brand and logo carve out a unique space in the healthcare industry that perfectly represents our new purpose to chase the miracles of science to improve people’s lives.”
上記のプレスリリースでも言及されているとおり、サノフィ社は「科学のもたらす奇跡で人々の生活を改善する(“The miracles of science to improve people’s lives”)」ことを追求する目標として新たに掲げています。
そして、ヒアリング調査において、サノフィ社は、以下のように「知的財産の力」について回答しています。
「知的財産の力は科学の力を強化し、医療のイノベーションを起こすために重要であると考えている。知財権による保護は、新たな発見や新たな治療法及びワクチンの開発、さらにそのための投資にとって大きなインセンティブになっている。特許文献を通じて新たな発見・技術が世の中に広く発信されていくことでさらなるイノベーションが促進されるという特許制度の趣旨に鑑みて、イノベーション及び特許文献による開示に報いる強い知的財産システムが、製薬業界におけるイノベーションのインセンティブとなって、人々の生活の改善をもたらすと考えている。」
コメント