2019/09/16

2019.08.28 「盐城捷康三氯蔗糖制造有限公司(ジェイケー スクラロース) v. 三栄源エフ・エフ・アイ」 知財高裁平成30年(行ケ)10164

酸味のマスキング方法の容易想到性: 知財高裁平成30年(行ケ)10164

被告(三栄源エフ・エフ・アイ)が保有する「酸味のマスキング方法」に関する特許第3916281号に対して原告(ジェイケー スクラロース)が請求した無効審判(無効2014-800118)の無効審決(一次審決)を取消す旨の判決(2017.07.19 「三栄源エフ・エフ・アイ v. ジェイケー スクラロース」 知財高裁平成28年(行ケ)10157)の後、特許庁は訂正請求を認めた上で、本件発明(請求項1)は引用発明等に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたとはいえないなどとして無効審判請求は成り立たない旨の審決を下した(本件審決)。本件はその無効審判請求不成立審決の取消訴訟。

請求項1:
醸造酢を含有するドレッシング,ソース,漬物,及び調味料からなる群より選択される少なくとも1種の製品に,スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。
引用発明との相違点2:
酸味のマスキング剤が,本件発明では,スクラロースであり,その添加量が製品の0.0028~0.0042重量%であるのに対し,引用発明では,アスパルテームであって,その添加量が製品濃度で1~200mg%である点。

裁判所は、アスパルテームを製品濃度1~200mg%(=0.001~0.2重量%)で添加する引用発明から、スクラロースを製品の0.0028~0.0042重量%で添加することは、容易に想到することができたものである、と判断し、原告の請求を認容することとし、本件審決中、請求項1に係る部分を取り消した。以下、裁判所の判断の抜粋。
「(4) 相違点2の容易想到性
ア ・・・各文献には,・・・ノンカロリー高甘味度甘味料であるスクラロースが,アスパルテーム・・・等の他の高甘味度甘味料と比較して,甘味の質においてショ糖に似ているという特徴があることから,多くの種類の食品において嗜好性の高い甘味を付与することが見込まれているとの記載があり,加えて,・・・本件出願前に,ショ糖や,アスパルテーム,ステビア,サッカリンといった慣用の高甘味度甘味料が酸味のマスキング剤としての機能を備えることが,当業者に周知であったことからすると,引用発明のアスパルテームに代えてスクラロースを採用してみることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
イ また,・・・各文献・・・の記載によれば,スクラロースの添加については,向上させようとする風味や製品によって使用量は上下するものの,下限値として,製品に対して0.0001重量%,0.0025重量%,0.005重量%で用いたものなどが知られており,スクラロースの甘味を感じさせない量であっても製品の風味の向上が可能であることを当業者は認識していたものと認められる。
他方,引用例には,アスパルテームによる酸味緩和効果を得るための下限値として1mg%(0.001重量%),1.5mg%(0.0015重量%),5mg%(0.005重量%)が挙げられ,上記のスクラロースと同様のレベルの使用量で酸味のマスキングが行えることが記載され,更に,アスパルテームの甘味により,食品・調味料の呈味バランスが崩れないようアスパルテームの添加量は食品・調味料の種類に応じ,適宜設定すべきであるとされている。
また,酸味のマスキングは,甘味の付与を目的とするものではなく,所望の酸味のマスキング効果を奏する場合には,甘味がつきすぎて味のバランスが崩れることがないように,甘味料の使用を減らすことは考えても,増量することは考えないから,スクラロースを酸味のマスキング剤に使用する場合であっても,当業者は,酸味のマスキングが実現可能な低い濃度でスクラロースを使用することを指向する。
そうすると,スクラロースを,引用発明の食酢を含む食品(ドレッシング,ソース,漬物,及び調味料などの製品)における,酸味のマスキング剤として使用するにあたり,酸味緩和効果が得られるものの,スクラロースの甘味により前記製品の旨味バランスを崩さない濃度範囲のうち低い濃度を,製品ごとに選択して,スクラロースの従来の使用濃度である0.0001~0.005重量%に重複する0.0028~0.0042重量%という濃度範囲に至ることは,当業者に容易であったということができる。
ウ そして,本件明細書の実施例2~4を参照しても,0.0028~0.0042重量%の濃度範囲を境にして,当業者の期待,予測を超える格別顕著な効果を奏しているとは評価できない。」

参考:


2019/09/06

2019.07.10 「テバ v. メルク・シャープ・アンド・ドーム」特許庁審決 無効2018-800106号事件

ゼチーア®(エゼチミブ)の延長登録無効審判: 無効2018-800106号事件
「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か。必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その実施許諾時期がその期間に影響するのか。

メルク・シャープ・アンド・ドーム(MSD)が保有する「低コレステロール血症薬剤として有用なヒドロキシ置換アゼチジノン化合物」に関する特許権(第2803908号)存続期間延長登録(2007-700057号)(5年の延長により満了日は2019年9月14日)に対する無効審判請求事件(請求日は2018年8月27日)。延長登録の理由となる処分の対象となった医薬品は、小腸コレステロールトランスポーター阻害剤である高脂血症治療剤「ゼチーア錠10mg」(一般名: エゼチミブ(Ezetimibe))。特許権者は、2013年5月27日にメルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーションに名義変更するまで、シェーリング コーポレイション。

請求人(テバ)が主張する無効理由の概要:
「本件特許権の設定登録日(平成10年7月17日)から通常実施権の設定日(平成17年7月8日)より前の期間は、特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が認められないから、特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」には当たらない。したがって、当該期間は、通常実施権の設定日(平成17年7月8日)から本件処分を受けた日(平成19年4月18日)の前日までの1年9月9日であって、本件延長登録は、延長された期間が本件特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、特許法第125条の2第1項第3号の規定に該当し、本件特許発明の実施をすることができなかった期間である1年9月9日を超える期間の延長登録は無効とされるべきである。」

【要旨】

結論: 本件審判の請求は、成り立たない。

特許庁審判官は、「本件延長登録に係る延長の期間に誤りはなく、仮に特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」に請求人が主張する「特許発明を実施する意思及び能力」を参酌したとしても、その結論に誤りはないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件延長登録のうち1年9月9日を超える期間の延長登録を無効とすることはできない」と判断した。

請求人は、
「特許権の存続期間の延長登録制度は、特許権を有しているにもかかわらず、特許発明の実施から得られるはずの利益を受けられない特許権者の救済制度であり、知財高裁平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日特別部判決)も「特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった期間」に限って存続期間延長の対象とする旨述べるとおりである。したがって、特許法第125条の2第1項第3号の「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」とは、特許権者が特許発明を実施する意思及び能力があってもなおその特許発明を実施することができなかった期間を意味すると解するべきである。」
と主張した。
しかし、審判官は、
仮にそのように解したとしても、「・・・これらの事実から、本件医薬品の治験は、親会社(シェリング・プラウ・コーポレイション)の指揮の下で、本件治験実施者(シェリング・プラウ株式会社)を中心にグループメンバー各社が協力し合って進めたものであることが見て取れる。また、本件特許の第1優先米国出願、第2優先米国出願及び国際出願の代理人は一貫してAnita W.Magattiであったところ、その所属が第1優先日及び国際出願時には親会社、第2優先日には本件特許権者(シェーリング コーポレイション)であったこと、本件医薬品の承認を受けるための申請用資料において本件医薬品は「米国シェリング・プラウ社で発見された」と説明されていること、及び本件医薬品の安全性に関する研究に対して当該企業グループに属するさらなる別のメンバー会社が助成金を拠出したことに照らすと、本件医薬品の研究開発や特許化も治験と同様に、親会社の管理下でグループメンバー各社が役割分担をして進めていたことが認められる。そうであるならば、本件医薬品の治験は、親会社の指揮の下で、本件特許権者の本件特許発明を実施する意思及び能力を反映して、本件治験実施者により行われたものであると考えるのが自然である。そして、本件特許権者は、本件治験実施者に通常実施権を許諾し、自ら特許権の存続期間延長登録を出願したのだから、遅くとも治験計画(第1回)を届け出た時点からそれ以降、本件特許発明を実施する意思及び能力を維持していたと認められる。・・・以上のとおりであるから、本件延長登録においては、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認めることができる。」
と判断した。

また、請求人は、
「本件延長登録のように、処分を受けたのが通常実施権者である場合、特許権者自らは特許発明を実施しないから、通常実施権者が特許発明を実施して初めて特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が認められる。後に通常実施権者になった者の行為であっても、通常実施権設定前は無権利者による実施にあたり、特許権者は無権利者の実施から利益は得られないのだから、特許権者の受ける不利益の解消という延長登録制度の趣旨に照らしても、特許法は無権利者による実施期間を延長登録の対象とすることを予定していない。」
と主張した。
しかし、審判官は、
「・・・通常実施権の許諾は当事者間の契約であって、それがないからといって特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が否定されるわけではない。本件延長登録においては、上記アにおいて判断したとおり、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない。また、治験を行った医薬品の全てが薬事法上の承認を受けて上市に至るわけではないという医薬品業界の実情に照らせば、治験の結果を得て、承認ないし上市の見込みが立ってから通常実施権を許諾することが不合理であるとまではいえない。」
と判断した。

【コメント】

1.本件審決について

「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か、必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その許諾時期がその期間に影響するのかどうかが争われた。

審判官は、「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要であるとは明文化されていないと言及しながらも、仮に必要であるとして検討した結果、遅くとも治験計画届書の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない、と判断した。

2.権利主体の変動の背景(参考)

ゼチーア®錠(一般名:エゼチミブ)は、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)によって 1994年に創製された小腸コレステロールトランスポーター阻害剤。日本では、米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が治験計画届書を1997年3月27日に提出してから開発を進め、申請、2007年4月18日に承認に至った。シェリング・プラウ株式会社が本件特許権者であったシェーリング コーポレイションから通常実施権を許諾されたのは2005年7月8日であった。

シェーリング コーポレーションは、1971年に米国Plough Inc.と合併し、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)となった。米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)は、2009年11月、米国メルク(Merck & Co., Inc. a New Jersey corporation ("Old Merck") )と統合、その際に、Schering-Plough Corporationは親会社として社名を「Merck & Co., Inc.」に変更、"Old Merck"は社名を「Merck Sharp & Dohme Corp.」に変更し、Merck & Co., Inc.の子会社となった(SEC document: 2009.11.04 POST EFFECTIVE AMENDMENT NO. 1 TO FORM S-8)。本件特許権者は、現在、メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション(Merck Sharp & Dohme Corp.)に名義変更されている。2010年10月1日、万有製薬株式会社と米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が統合してMSD株式会社となったため、ゼチーア®錠の製造販売元名義は、現在、MSD株式会社となっている。

3.ゼチーア®錠のジェネリック参入について

ゼチーア®錠の再審査期間(2007年4月18日~2015年4月17日)は終了しているため、テバは本件特許の延長登録の無効審決を得て、ゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得しようと目論んでいたと想像される(にしては、審判請求するタイミングが遅いような気がするが・・・)。無効審判請求は成り立たないとの審決が出たことによって、本件特許(有効成分であるエゼチミブを保護する物質特許)の満了日(5年の延長のため2019年9月14日)以降(早ければ2020年2月)にジェネリックの承認が予想される。ところで、物質特許が有効に存在する状況において(パテントリンケージに反して)、2019年8月に、第一三共エスファはゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得できていることから、第一三共エスファは先発メーカー側から実施許諾(オーソライズドジェネリックの販売許可)を得ていると考えられる。

2019/09/05

2019.05.29 「ジェネンテック v. サンド・協和発酵キリン」 東京地裁平成29年(ワ)44053

リツキサン®の併用療法における用途特許侵害訴訟でサンド・協和キリンが勝訴東京地裁平成29年(ワ)44053

【背景】

抗CD20モノクローナル抗体リツキシマブ(Rituximab)(遺伝子組換え)を有効成分とするバイオ医薬品「リツキサン(Rituxan)®」のバイオ後続品(バイオシミラー)であるリツキシマブBS点滴静注「KHK」の製造販売者であるサンド及び販売者である協和発酵キリン(被告ら)に対し、バイオジェンが保有する用途特許の侵害を理由として、本特許権の専用実施権者であるジェネンテックが、被告製剤の製造販売等の差止め及び損害賠償を求めた特許権侵害差止請求事件。原告ジェネンテック側には全薬工業及び中外製薬が補助参加した(全薬工業はリツキサン®の独占的販売権者、中外製薬は同剤の全薬工業との共同販売権者)。

対象となった特許は、バイオジェンが保有する「抗CD20抗体の投与を含むB細胞リンパ腫の併用療法」に関する3つの用途特許(特許第6226216号、特許第6241794号、特許第6253842号)。いずれも1999年8月11日を出願日とする原出願(PCT/US99/18120; 特願2000-564662)からの分割で派生した特許ファミリーであり、2019年8月11日が存続期間満了日。特許無効審判は請求されていない。
  • 特許第6226216号(本件特許1)の本件発明1:
    リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドコソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与される,上記医薬組成物。
  • 特許第6241794号(本件特許2)の本件発明2-1:
    リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法と組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ前記化学療法の間に投与され,かつ,前記化学療法が,CVPである,上記医薬組成物。
  • 特許第6253842号(本件特許3)の本件発明3:
    リツキシマブを含み,中悪性度又は高悪性度の非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与され,前記医薬組成物と,前記シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソンとが,前記CHOPによる化学療法の各サイクルの1日目に前記患者に投与される,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、①本件特許1及び3は特許法36条6項1号に違反により無効とされるべきものと認められるから権利行使は認められず、また,②被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえないから侵害するとはいえない、と判断し、原告の請求を棄却した。

1.本件特許1及び3は特許法36条6項1号に違反しているかについて
「「最中」という文言は,本件特許1の分割出願時に「同時」という文言であったところ,「同時」はCHOP療法の各薬剤とリツキシマブを交互に投与する態様,すなわち,休薬期間中の投与を含むものであり,その態様は甲38文献に記載されており,新規性及び進歩性を欠くなどとして拒絶理由を通知され,拒絶理由を回避するために補正によって導入された文言であり,出願人であるバイオジェンによる本件意見書において,「最中」とすることにより,本件発明1は甲38文献で開示されているものとは異なる発明となることが示されている。・・・そうであれば,・・・CHOP療法の各薬剤の休薬期間中に投与するものは,「(CHOP)による化学療法の最中」から除外されたものと解するのが相当である。したがって,・・・「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間のうち,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中を意味すると解するのが相当である。」

「そうすると,・・・本件明細書1及び3の発明の詳細な説明に,本件発明1及び3の用途を記載又は示唆するものはなく,本件全証拠によっても,本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載及び本件原出願日当時の技術常識に基づき,リツキシマブを含む医薬組成物を本件発明1及び3の用途に使用することにより新たに有効な治療法を提供するという発明の課題を解決することができると認識し得ると認めることはできない。よって,本件発明1及び3に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しておらず,本件特許1及び3は,同号に違反する。」

2.被告製剤は「CVP」(構成要件2B)を充足するかについて
「本件原出願日当時の技術常識に照らせば,構成要件2Bの「CVP」は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するものであり,シクロホスファミドを1日目にのみ投与するものは含まないものと認めるのが相当である。・・・「CVP」については,本件特許2の特許請求の範囲及び本件明細書2に具体的な説明がされていない以上,技術常識を踏まえて,その意義,内容を解釈し得ることは当然である。」

「被告製剤についてみると,・・・被告製剤の添付文書には,用法・用量欄に「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」が記載され,用法・用量に関連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」と記載されている。また,臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,未治療の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品がR-CVPレジメンによって投与されたことが記載されているほか,先行バイオ医薬品の臨床成績として,・・・ろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,R-CVPレジメンによる寛解導入療法等が実施されたことが記載されている。そして,・・・被告製剤の添付文書に記載されているR-CVPレジメンは,リツキシマブを1日目に投与するとともに,シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目,プレドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメンであると認められる。そうすると,被告製剤は,添付文書に記載されたR-CVPレジメンがシクロホスファミドを1日目にのみ投与するものであり,1日目から5日目まで投与するものでない点で,構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえない。」

【コメント】

リツキサン®のバイオ後続品(リツキシマブBS「KHK」)の製造販売を特許権侵害で訴えたジェネンテック・中外製薬・全薬工業の主張は認められなかった。

本件出願の審査において、先行文献に記載された発明と明確に区別し、新規性・進歩性の主張をするために「前」と「後」に抗CD20抗体を投与するスケジュールは含まれない、すなわち「最中」とする補正をせざるを得なかったのだろう。その決断は、一方で記載要件欠如となるリスクを生むことになることは出願人は承知していたのではないか。ジェネンテック・中外製薬・全薬工業にしてみれば、非常に厳しい状況での訴訟提起だったに違いない。特許査定となり権利行使にチャレンジできたのだから御の字であろう。

被告製剤は「CVP」を充足するかについての争いに関して、「CVP」については明細書に具体的な記載がないため技術常識が参酌されることになり、その解釈の結果、被告製剤はその構成を充足しないと判断された。クレームに記載する構成要件は、明細書に具体的に説明しておくべきだった。そのようにしてあれば、もっと被告製剤を捉える構成に落とし込む補正を出来ていたかもしれない。進歩が著しい医療分野では、治療ガイドラインや投与レジメンは度々変更されることになるから、出願時にそれらで慣用されていた用語が現在も具体的に同じものを意味するとは限らないという点については出願時のクレーム及び明細書作成時において注意する必要がある。

リツキシマブ(遺伝子組換え)製剤初のバイオ後続品(バイオシミラー)であるリツキシマブBS点滴静注100mg、500mg「KHK」の販売が始まった2018年から、先発品であるリツキサン®の売上は以下の通り減少している(中外製薬ホームページ: 製商品別売上高の推移より)。
一方、協和キリンのバイオ後続品リツキシマブBS「KHK」の売上推移は以下の通り。
参考:
過去記事:

2019/09/03

2019.06.12 「バイエル薬品 v. コーアイセイ・日本ケミファ・扶桑薬品工業・日本ジェネリック・コーアバイオテックベイ」 東京地裁平成30年(ワ)28391

特許侵害の立証について(炭酸ランタン製剤特許侵害事件東京地裁平成30年(ワ)28391

【背景】

バイエル薬品が、被告ら(コーアイセイ、日本ケミファ、扶桑薬品工業、日本ジェネリック及びコーアバイオテックベイ)に対し、バイエル薬品の高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物)のジェネリックである炭酸ランタンOD錠各製剤の生産等の差止め及び廃棄を求めた特許権侵害差止請求事件。

2018年2月15日に製造販売承認を受けた被告ら各製剤のうちコーアイセイ及び日本ケミファの各製剤が、同年6月14日、薬価基準に収載される旨の告示を受けており、各医療用医薬品添付文書によればその組成はいずれも以下の通り。コーアイセイは、同年9月3日頃、本件製剤の販売を開始した。
"1錠中,ランタン250mg(炭酸ランタン水和物として542mg)又はランタン500mg(炭酸ランタン水和物として1084mg)含有。添加物:軽質無水ケイ酸,ステアリン酸マグネシウム,タルク,その他3成分。"

対象となった特許は、バイエル薬品が保有する炭酸ランタンのOD錠に関する特許第6093829号。2015年10月2日に出願され、2035年10月2日が存続期間満了日。上記侵害差止請求事件と並行して、コーアイセイを請求人とする特許無効審判請求事件(無効2017-800104号)が係属しており、訂正後の請求項6等を無効とする審決の後、2019年1月11日に無効部分につき審決取消訴訟が提起されている(平成31年(行ケ)10003)。

訂正後請求項6(訂正発明):
唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が70~90質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、本件各製剤がバイエル薬品の訂正発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、バイエル薬品の請求を棄却した。

(1) 原告の書類提出命令申立てとその却下決定
原告は、コーアイセイを相手方として、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に含まれることを立証するため、本件製剤に関する医薬品製造販売承認書に記載されている「成分及び分量又は本質」に係る部分について、特許法105条1項に基づく書類提出命令の申立てをした。

裁判所は、同条2項に基づくインカメラ手続を行いコーアイセイから対象書類の提示を受けた上、同書類には本件製剤にクロスポビドンが含まれるかどうかや、クロスポビドンの医薬組成物中の含有率等に関する情報が記載されているが、本件製剤の組成物又は含有率は本件訂正発明に規定するものと異なっている一方、同情報はコーアイセイにとって秘密性の高い重要な技術的情報であると認められるから、コーアイセイには書類の提出を拒むことについて正当な理由があるなどと判断して同申立てを却下した。
(2) 本件各製剤が本件訂正発明の技術的範囲に属するかについて
裁判所は、本件特許の訂正発明の構成要件の一つは、
「前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,」
というものであるところ、本件各製剤が、①崩壊剤としてクロスポビドンを含有すること、②その医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であること、③同崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤でないことについては、これを認めるに足りる証拠がないことから、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、原告の請求を棄却した。

【コメント】

1.被告製剤の添付文書に記載された添加剤「その他3成分」について

被告製剤の添付文書の添加剤に関する記載を見ても、訂正発明の構成要件の一つである「クロスポビドン」は見当たらない。原告バイエル薬品は被告製剤の添加剤のうち「その他3成分」にクロスポビドンが含まれていると睨んでいたのかもしれないが、その証拠を得ることはできなかった。2019年8月6日付のコーアイセイ等のプレスリリースによると、バイエル薬品が、本件の控訴事件(令和元年(ネ)第10051号)について、2019年7月31日付で控訴の全部を取り下げたことにより、本件判決が確定したとのことである(下記記事参照)。
2001年10月1日付の日本製薬団体連合会が加盟団体宛に発出した「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせについて(日薬連第712号)」には、医療用医薬品添付文書を対象として、内用剤の添加物成分の記載に関して、以下のとおりとしている。
(イ) 商取引上の機密にあたる成分については記載から除外できる。但し、記載から除いた成分がある場合には、添加物成分列記の末尾に「その他 n成分」と記載する。(nは記載から除いた成分数)
そして、「商取引上の機密」とは、製剤に関する特許公開前、特許出願準備中の場合や、特許には至らないが他者が知ることによって正当な利益を害する恐れのある成分又は組み合わせなどの場合を想定しているとの考えが示されている(2002.02.13 日本製薬団体連合会:「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせ」質疑応答集 )

参考資料:

2.特許侵害の立証プロセスについて

原告の侵害の立証を目的とした書類提出命令(文書提出命令)の申立てに対して、裁判所はインカメラ手続を経て被告の主張を認め、同申立てを却下した。過去裁判例において、書類提出命令の申立てが認められたケースは極めて少ないといわれている。過去の裁判例から、書類提出命令制度がどの程度利用されているのか、そして書類提出命令の申立てに対して裁判所はどのような判断をしているのかについて調査・分析した資料として下記が参考になる(4年前の資料ではあるが)。
(1) インカメラ手続の拡充等の平成30年法律改正(2019年7月1日施行)

書類提出の必要性を判断するためのインカメラ手続の導入及びインカメラ手続に専門委員が関与する制度の導入についての平成30年法律改正(平成30年法律第33号)が2019年7月1日に施行されたばかり(不正競争防止法等の一部を改正する法律(平成30年5月30日法律第33号)平成30年法律改正(平成30年法律第33号)解説書「第2章 インカメラ手続の拡充」)。本事件での書類提出命令申立てに基づくインカメラ手続は上記平成30年改正法施行前のことではあるが、仮にこれを適用しても申立て却下の結果は変わらないと考えられる。

(2) 査証制度の創設等の令和元年法律改正(2019年5月10日成立)

特許侵害の立証プロセスに係る法制度に関連して、上記インカメラ手続の拡充等の法律改正の施行(2019年7月1日)及びその効果が分かるのを待たずに、現地調査を行う制度(査証)の創設に関するさらなる特許法改正案が、同年3月1日に閣議決定され、「特許法等の一部を改正する法律(令和元年5月17日法律第3号)」として5月10日に可決・成立、5月17日に公布された。平成30年改正法が施行される前であり、その法改正の効果も見極めずに、更なる法改正を積み重ねることには大きな問題があり、2019年通常国会での法改正ありきの極めてタイトなスケジュール(2018年10月15日に開催された産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会第25回会合にて検討課題の提案募集がされてから2019年1月25日会合にて知財紛争処理システムの見直しに向けた報告書案が提示されるまでの約3か月間)で特許庁が検討を進めた(委員の選任にも問題があったとされる)ために産業界等の関係者との合意形成が不十分であったとして、経団連や知財協からは上記査証制度創設に関する特許法改正は時期尚早であるとして異例の反対意見表明がされていた。
査証制度の創設等の特許法等の一部を改正する法律案は、第198回通常国会・衆議院経済産業委員会審議(2019年4月12日議事録)及び参議院経済産業委員会審議(2019年5月9日議事録)において、反対意見も産業界からあり本当に煮詰められた法案なのかという疑問の指摘もされつつ、「査察」ではなく「査証」という言葉を用いた理由、査証人の選定基準はどうなるのか、査証による秘密漏洩リスク、査証人・執行官の秘密保持義務期間及び義務違反に対する罰則のレベル感、査証制度濫用への危惧と査証発令4要件、その具体的な判断基準、査証報告書の黒塗りの「正当な理由」判断と技術流出の懸念等について質疑が行われ、委員会及び本会議にてそれぞれ全会一致をもって可決された。査証制度に係る法律は、上記の通り運用面での懸念が多くあると思われるが、公布の日(2019年5月17日)から起算して一年六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することになる。