2019/09/06

2019.07.10 「テバ v. メルク・シャープ・アンド・ドーム」特許庁審決 無効2018-800106号事件

ゼチーア®(エゼチミブ)の延長登録無効審判: 無効2018-800106号事件
「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か。必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その実施許諾時期がその期間に影響するのか。

メルク・シャープ・アンド・ドーム(MSD)が保有する「低コレステロール血症薬剤として有用なヒドロキシ置換アゼチジノン化合物」に関する特許権(第2803908号)存続期間延長登録(2007-700057号)(5年の延長により満了日は2019年9月14日)に対する無効審判請求事件(請求日は2018年8月27日)。延長登録の理由となる処分の対象となった医薬品は、小腸コレステロールトランスポーター阻害剤である高脂血症治療剤「ゼチーア錠10mg」(一般名: エゼチミブ(Ezetimibe))。特許権者は、2013年5月27日にメルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーションに名義変更するまで、シェーリング コーポレイション。

請求人(テバ)が主張する無効理由の概要:
「本件特許権の設定登録日(平成10年7月17日)から通常実施権の設定日(平成17年7月8日)より前の期間は、特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が認められないから、特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」には当たらない。したがって、当該期間は、通常実施権の設定日(平成17年7月8日)から本件処分を受けた日(平成19年4月18日)の前日までの1年9月9日であって、本件延長登録は、延長された期間が本件特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、特許法第125条の2第1項第3号の規定に該当し、本件特許発明の実施をすることができなかった期間である1年9月9日を超える期間の延長登録は無効とされるべきである。」

【要旨】

結論: 本件審判の請求は、成り立たない。

特許庁審判官は、「本件延長登録に係る延長の期間に誤りはなく、仮に特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」に請求人が主張する「特許発明を実施する意思及び能力」を参酌したとしても、その結論に誤りはないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件延長登録のうち1年9月9日を超える期間の延長登録を無効とすることはできない」と判断した。

請求人は、
「特許権の存続期間の延長登録制度は、特許権を有しているにもかかわらず、特許発明の実施から得られるはずの利益を受けられない特許権者の救済制度であり、知財高裁平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日特別部判決)も「特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった期間」に限って存続期間延長の対象とする旨述べるとおりである。したがって、特許法第125条の2第1項第3号の「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」とは、特許権者が特許発明を実施する意思及び能力があってもなおその特許発明を実施することができなかった期間を意味すると解するべきである。」
と主張した。
しかし、審判官は、
仮にそのように解したとしても、「・・・これらの事実から、本件医薬品の治験は、親会社(シェリング・プラウ・コーポレイション)の指揮の下で、本件治験実施者(シェリング・プラウ株式会社)を中心にグループメンバー各社が協力し合って進めたものであることが見て取れる。また、本件特許の第1優先米国出願、第2優先米国出願及び国際出願の代理人は一貫してAnita W.Magattiであったところ、その所属が第1優先日及び国際出願時には親会社、第2優先日には本件特許権者(シェーリング コーポレイション)であったこと、本件医薬品の承認を受けるための申請用資料において本件医薬品は「米国シェリング・プラウ社で発見された」と説明されていること、及び本件医薬品の安全性に関する研究に対して当該企業グループに属するさらなる別のメンバー会社が助成金を拠出したことに照らすと、本件医薬品の研究開発や特許化も治験と同様に、親会社の管理下でグループメンバー各社が役割分担をして進めていたことが認められる。そうであるならば、本件医薬品の治験は、親会社の指揮の下で、本件特許権者の本件特許発明を実施する意思及び能力を反映して、本件治験実施者により行われたものであると考えるのが自然である。そして、本件特許権者は、本件治験実施者に通常実施権を許諾し、自ら特許権の存続期間延長登録を出願したのだから、遅くとも治験計画(第1回)を届け出た時点からそれ以降、本件特許発明を実施する意思及び能力を維持していたと認められる。・・・以上のとおりであるから、本件延長登録においては、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認めることができる。」
と判断した。

また、請求人は、
「本件延長登録のように、処分を受けたのが通常実施権者である場合、特許権者自らは特許発明を実施しないから、通常実施権者が特許発明を実施して初めて特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が認められる。後に通常実施権者になった者の行為であっても、通常実施権設定前は無権利者による実施にあたり、特許権者は無権利者の実施から利益は得られないのだから、特許権者の受ける不利益の解消という延長登録制度の趣旨に照らしても、特許法は無権利者による実施期間を延長登録の対象とすることを予定していない。」
と主張した。
しかし、審判官は、
「・・・通常実施権の許諾は当事者間の契約であって、それがないからといって特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が否定されるわけではない。本件延長登録においては、上記アにおいて判断したとおり、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない。また、治験を行った医薬品の全てが薬事法上の承認を受けて上市に至るわけではないという医薬品業界の実情に照らせば、治験の結果を得て、承認ないし上市の見込みが立ってから通常実施権を許諾することが不合理であるとまではいえない。」
と判断した。

【コメント】

1.本件審決について

「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か、必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その許諾時期がその期間に影響するのかどうかが争われた。

審判官は、「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要であるとは明文化されていないと言及しながらも、仮に必要であるとして検討した結果、遅くとも治験計画届書の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない、と判断した。

2.権利主体の変動の背景(参考)

ゼチーア®錠(一般名:エゼチミブ)は、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)によって 1994年に創製された小腸コレステロールトランスポーター阻害剤。日本では、米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が治験計画届書を1997年3月27日に提出してから開発を進め、申請、2007年4月18日に承認に至った。シェリング・プラウ株式会社が本件特許権者であったシェーリング コーポレイションから通常実施権を許諾されたのは2005年7月8日であった。

シェーリング コーポレーションは、1971年に米国Plough Inc.と合併し、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)となった。米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)は、2009年11月、米国メルク(Merck & Co., Inc. a New Jersey corporation ("Old Merck") )と統合、その際に、Schering-Plough Corporationは親会社として社名を「Merck & Co., Inc.」に変更、"Old Merck"は社名を「Merck Sharp & Dohme Corp.」に変更し、Merck & Co., Inc.の子会社となった(SEC document: 2009.11.04 POST EFFECTIVE AMENDMENT NO. 1 TO FORM S-8)。本件特許権者は、現在、メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション(Merck Sharp & Dohme Corp.)に名義変更されている。2010年10月1日、万有製薬株式会社と米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が統合してMSD株式会社となったため、ゼチーア®錠の製造販売元名義は、現在、MSD株式会社となっている。

3.ゼチーア®錠のジェネリック参入について

ゼチーア®錠の再審査期間(2007年4月18日~2015年4月17日)は終了しているため、テバは本件特許の延長登録の無効審決を得て、ゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得しようと目論んでいたと想像される(にしては、審判請求するタイミングが遅いような気がするが・・・)。無効審判請求は成り立たないとの審決が出たことによって、本件特許(有効成分であるエゼチミブを保護する物質特許)の満了日(5年の延長のため2019年9月14日)以降(早ければ2020年2月)にジェネリックの承認が予想される。ところで、物質特許が有効に存在する状況において(パテントリンケージに反して)、2019年8月に、第一三共エスファはゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得できていることから、第一三共エスファは先発メーカー側から実施許諾(オーソライズドジェネリックの販売許可)を得ていると考えられる。

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