2019/09/03

2019.06.12 「バイエル薬品 v. コーアイセイ・日本ケミファ・扶桑薬品工業・日本ジェネリック・コーアバイオテックベイ」 東京地裁平成30年(ワ)28391

特許侵害の立証について(炭酸ランタン製剤特許侵害事件東京地裁平成30年(ワ)28391

【背景】

バイエル薬品が、被告ら(コーアイセイ、日本ケミファ、扶桑薬品工業、日本ジェネリック及びコーアバイオテックベイ)に対し、バイエル薬品の高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物)のジェネリックである炭酸ランタンOD錠各製剤の生産等の差止め及び廃棄を求めた特許権侵害差止請求事件。

2018年2月15日に製造販売承認を受けた被告ら各製剤のうちコーアイセイ及び日本ケミファの各製剤が、同年6月14日、薬価基準に収載される旨の告示を受けており、各医療用医薬品添付文書によればその組成はいずれも以下の通り。コーアイセイは、同年9月3日頃、本件製剤の販売を開始した。
"1錠中,ランタン250mg(炭酸ランタン水和物として542mg)又はランタン500mg(炭酸ランタン水和物として1084mg)含有。添加物:軽質無水ケイ酸,ステアリン酸マグネシウム,タルク,その他3成分。"

対象となった特許は、バイエル薬品が保有する炭酸ランタンのOD錠に関する特許第6093829号。2015年10月2日に出願され、2035年10月2日が存続期間満了日。上記侵害差止請求事件と並行して、コーアイセイを請求人とする特許無効審判請求事件(無効2017-800104号)が係属しており、訂正後の請求項6等を無効とする審決の後、2019年1月11日に無効部分につき審決取消訴訟が提起されている(平成31年(行ケ)10003)。

訂正後請求項6(訂正発明):
唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が70~90質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、本件各製剤がバイエル薬品の訂正発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、バイエル薬品の請求を棄却した。

(1) 原告の書類提出命令申立てとその却下決定
原告は、コーアイセイを相手方として、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に含まれることを立証するため、本件製剤に関する医薬品製造販売承認書に記載されている「成分及び分量又は本質」に係る部分について、特許法105条1項に基づく書類提出命令の申立てをした。

裁判所は、同条2項に基づくインカメラ手続を行いコーアイセイから対象書類の提示を受けた上、同書類には本件製剤にクロスポビドンが含まれるかどうかや、クロスポビドンの医薬組成物中の含有率等に関する情報が記載されているが、本件製剤の組成物又は含有率は本件訂正発明に規定するものと異なっている一方、同情報はコーアイセイにとって秘密性の高い重要な技術的情報であると認められるから、コーアイセイには書類の提出を拒むことについて正当な理由があるなどと判断して同申立てを却下した。
(2) 本件各製剤が本件訂正発明の技術的範囲に属するかについて
裁判所は、本件特許の訂正発明の構成要件の一つは、
「前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,」
というものであるところ、本件各製剤が、①崩壊剤としてクロスポビドンを含有すること、②その医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であること、③同崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤でないことについては、これを認めるに足りる証拠がないことから、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、原告の請求を棄却した。

【コメント】

1.被告製剤の添付文書に記載された添加剤「その他3成分」について

被告製剤の添付文書の添加剤に関する記載を見ても、訂正発明の構成要件の一つである「クロスポビドン」は見当たらない。原告バイエル薬品は被告製剤の添加剤のうち「その他3成分」にクロスポビドンが含まれていると睨んでいたのかもしれないが、その証拠を得ることはできなかった。2019年8月6日付のコーアイセイ等のプレスリリースによると、バイエル薬品が、本件の控訴事件(令和元年(ネ)第10051号)について、2019年7月31日付で控訴の全部を取り下げたことにより、本件判決が確定したとのことである(下記記事参照)。
2001年10月1日付の日本製薬団体連合会が加盟団体宛に発出した「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせについて(日薬連第712号)」には、医療用医薬品添付文書を対象として、内用剤の添加物成分の記載に関して、以下のとおりとしている。
(イ) 商取引上の機密にあたる成分については記載から除外できる。但し、記載から除いた成分がある場合には、添加物成分列記の末尾に「その他 n成分」と記載する。(nは記載から除いた成分数)
そして、「商取引上の機密」とは、製剤に関する特許公開前、特許出願準備中の場合や、特許には至らないが他者が知ることによって正当な利益を害する恐れのある成分又は組み合わせなどの場合を想定しているとの考えが示されている(2002.02.13 日本製薬団体連合会:「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせ」質疑応答集 )

参考資料:

2.特許侵害の立証プロセスについて

原告の侵害の立証を目的とした書類提出命令(文書提出命令)の申立てに対して、裁判所はインカメラ手続を経て被告の主張を認め、同申立てを却下した。過去裁判例において、書類提出命令の申立てが認められたケースは極めて少ないといわれている。過去の裁判例から、書類提出命令制度がどの程度利用されているのか、そして書類提出命令の申立てに対して裁判所はどのような判断をしているのかについて調査・分析した資料として下記が参考になる(4年前の資料ではあるが)。
(1) インカメラ手続の拡充等の平成30年法律改正(2019年7月1日施行)

書類提出の必要性を判断するためのインカメラ手続の導入及びインカメラ手続に専門委員が関与する制度の導入についての平成30年法律改正(平成30年法律第33号)が2019年7月1日に施行されたばかり(不正競争防止法等の一部を改正する法律(平成30年5月30日法律第33号)平成30年法律改正(平成30年法律第33号)解説書「第2章 インカメラ手続の拡充」)。本事件での書類提出命令申立てに基づくインカメラ手続は上記平成30年改正法施行前のことではあるが、仮にこれを適用しても申立て却下の結果は変わらないと考えられる。

(2) 査証制度の創設等の令和元年法律改正(2019年5月10日成立)

特許侵害の立証プロセスに係る法制度に関連して、上記インカメラ手続の拡充等の法律改正の施行(2019年7月1日)及びその効果が分かるのを待たずに、現地調査を行う制度(査証)の創設に関するさらなる特許法改正案が、同年3月1日に閣議決定され、「特許法等の一部を改正する法律(令和元年5月17日法律第3号)」として5月10日に可決・成立、5月17日に公布された。平成30年改正法が施行される前であり、その法改正の効果も見極めずに、更なる法改正を積み重ねることには大きな問題があり、2019年通常国会での法改正ありきの極めてタイトなスケジュール(2018年10月15日に開催された産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会第25回会合にて検討課題の提案募集がされてから2019年1月25日会合にて知財紛争処理システムの見直しに向けた報告書案が提示されるまでの約3か月間)で特許庁が検討を進めた(委員の選任にも問題があったとされる)ために産業界等の関係者との合意形成が不十分であったとして、経団連や知財協からは上記査証制度創設に関する特許法改正は時期尚早であるとして異例の反対意見表明がされていた。
査証制度の創設等の特許法等の一部を改正する法律案は、第198回通常国会・衆議院経済産業委員会審議(2019年4月12日議事録)及び参議院経済産業委員会審議(2019年5月9日議事録)において、反対意見も産業界からあり本当に煮詰められた法案なのかという疑問の指摘もされつつ、「査察」ではなく「査証」という言葉を用いた理由、査証人の選定基準はどうなるのか、査証による秘密漏洩リスク、査証人・執行官の秘密保持義務期間及び義務違反に対する罰則のレベル感、査証制度濫用への危惧と査証発令4要件、その具体的な判断基準、査証報告書の黒塗りの「正当な理由」判断と技術流出の懸念等について質疑が行われ、委員会及び本会議にてそれぞれ全会一致をもって可決された。査証制度に係る法律は、上記の通り運用面での懸念が多くあると思われるが、公布の日(2019年5月17日)から起算して一年六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することになる。


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