知的財産権とCOVID-19についての製薬団体のステートメント

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1.はじめに

製薬産業にとって、知的財産権はイノベーションの原動力であり、成功確率が極めて低い挑戦にも敢えて膨大な投資ができるインセンティブを与えてくれます。いまだに有効な治療法が見つかっていない病気に対する、新しい治療薬や診断薬等(アンメット・メディカル・ニーズ)への挑戦と投資が繰り返され、幾多の発明が生まれては消え、患者様や医療現場に至るものは極僅か。それでも世の中に出た医薬品には患者様や医療現場に希望を与え、世の中を変える力があります。このように生まれてくる医薬品(知的財産の活用)が世の中を変えることができることは歴史が証明しています。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)に対する治療薬やワクチンが、今、まさに、世の中に送り出されようとしています。その治療薬やワクチンがしっかり世界中の人々のもとまで届くのかという医薬品アクセス問題について、特許権等の知的財産権の存在を懸念する表明があります(2020.10.09 MSF press release: 新型コロナ医薬品:インドと南ア政府が知的財産権の差し止めを要請─MSFはWTO理事会で各国の支持を呼びかけ)。

しかし、医薬品アクセスへの障害には様々な要因があり、医薬品アクセスの問題の原因のすべてを特許権等の知的財産権やその医薬品価格(コスト)に求めることは妥当ではありません。

知的財産権の開放や安易な強制実施権付与は、先に述べたイノベーションの原動力を無力化し、今なお病気に苦しむ患者様や医療現場に希望を与えるための挑戦ができなくなります。そうなった場合、例えば、再び、治療法の見つかっていない感染症パンデミックが起きた時には、誰が好き好んで成功するかどうかも分からない治療薬の開発に挑戦・投資するでしょうか。

産業界や個々の企業も医薬品供給に向けて取り組んでいます。イノベーションの原動力である知的財産権の尊重、すなわちアンメット・メディカル・ニーズを満たす医薬品の開発への投資を促進する政策と同時に、再び起きかねない世界的な新たなパンデミックを想定した医薬品アクセス問題の解決に向けて、ぜひ政治家の方たちには国内政策や多国間での枠組み議論を産業界とのコンセンサスを形成しながら推し進めてほしいと思います。

「しかし、コストが医薬アクセスに関する唯一の障壁であるということは決してない。その他の障害物がたくさんある。これらの障害は、公衆衛生システムの能力が限られていること、健康改善への政治的コミットメントの欠如、官民医療施設での根強い腐敗、国際貿易と特許紛争、病気と治療の両方に対する文化的態度、そして製品を流通(distributing)、処方(prescribing)、配送(delivering)、使用(using)することの困難さを含む。そしてこれらは網羅的なものというよりは代表的なものを列挙したにすぎない。」

「医薬品アクセス グローバルヘルスのためのフレームワーク」 ローラ・J.フロスト (著), マイケル・R.ライシュ (著), 津谷 喜一郎 (監修, 翻訳)より

「ともあれ、途上国の医薬品アクセスが議論されるなかで、「イノベーションの価値」が評価されなくなっていることは、より深刻な問題であると思われる。

・・・もとより強制実施権の設定によりアクセス問題がただちに解決されるわけではない。・・・さらに、輸入された後の、患者へのアクセスは、その国の医療及び医療保険制度にかかっていることはいうまでもない。」

「知的財産権のグローバル化―医薬品アクセスとTRIPS協定」山根 裕子(著)より

以下に、COVID-19に関連して、各製薬団体が、強制実施権付与に懸念を表明したステートメントを紹介します。

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2.国際製薬団体連合会(IFPMA)のステートメント

国際製薬団体連合会(International Federation of Pharmaceutical Manufacturers & Associations(IFPMA))は、2020年10月16日、知的財産権とCOVID-19についてのステートメントを発表しました。

IFPMA statement on “Intellectual Property and COVID-19”

IFPMA statement on “Intellectual Property and COVID-19” - IFPMA
IFPMA IFPMA statement on “Intellectual Property and COVID-19” - IFPMA

IFPMAのステートメントでは、以下の点を伝え、「強制実施権の付与」について直接言及してはいませんが、そのような知的財産権を弱めようとする動きに対して反対しています。

  • 知的財産権制度は、バイオ医薬品のイノベーターと政府、大学、研究機関とのコラボレーションを可能にし、世界中の患者さんのための数多くの潜在的COVID-19治療法、診断法、ワクチンなど、最も差し迫ったアンメット・メディカル・ニーズの進展を加速させてきたこと
  • 知的財産権制度は、パンデミックを克服するための多くのイノベーションの原動力となっており、産業界がCOVID-19を高度な段階でターゲットとすることを可能にした分子、プラットフォーム、その他の技術のほぼすべてを生み出し、有望な治療法の開発を承認に至るまで見届けるために必要な資源と条件を確保するのに役立っていること
  • 知的財産がイノベーションとコラボレーションを可能にする上で重要な役割を果たしてきたにもかかわらず、一部の利害関係者は、COVID-19パンデミックの間、国内および国際的な知的財産の枠組みを弱めることを提案していること
  • SARS-CoV-2パンデミックが発生するずっと前から、製薬会社はビジネスモデルの一環として多くの自主的なライセンシング活動を行っており、知財はそのような取引に従事するために必要な信頼を提供していること(例えば、IFPMAメンバー企業数社は、医薬品パテントプール(MPP)と長期的なパートナーシップを築き、100カ国以上でHIV、結核、C型肝炎製品のライセンス供与を行っている)
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3.欧州製薬団体連合会(EFPIA)のステートメント

欧州製薬団体連合会(The European Federation of Pharmaceutical Industries and Associations(EFPIA))は、2020年11月25日、同日に欧州委員会が発表したIP Action Plan(Making the most of the EU’s innovative potential – An intellectual property action plan to support the EU’s recovery and resilience)に対するステートメントを発表しました。

EFPIA statement on the IP Action Plan

EFPIA statement on the IP Action Plan
EFPIA notes the publication of the EU IP Action Plan today. EFPIA Director General, Nathalie Moll said. “The COVID-19 crisis has clearly demonstrated that IP ha...

EFPIAのステートメントでは、以下の点を伝え、欧州委員会によるIP Action Planの内容(強制実施権の付与の可能性の検討)を牽制しています。

  • COVID-19の危機は、知的財産権が、パンデミックとの戦いで使用するための新しい治療法やワクチンの利用可能性につながる前例のない研究対応を推進し、可能にしてきたことを明確に示していること
  • 知財システムのレジリエンス(復興力・回復力)が、バイオ医薬品イノベーターと政府、大学、その他の研究パートナーとの間の前例のない協力関係を可能にし、COVID-19に対する多くの可能性ある治療法、診断法、ワクチンの開発を加速させてきたこと
  • 強制実施権の付与は、医療アクセスを生み出すための効果的な政策手段ではなく、欧州全域、世界中の市民が、コロナウイルス危機への答えを見つけ、将来のアウトブレイクに対するレジリエンスを構築するために、ライフサイエンス・コミュニティに期待を寄せているという時において、医療イノベーションへ投資するあらゆるインセンティブを危険にさらすことになること

“The COVID-19 crisis has clearly demonstrated that IP has driven and enabled the unprecedented research response leading to the availability of new treatments and vaccines for use in the fight against the pandemic.”

“As acknowledged in the IP Action Plan itself, the COVID-19 crisis has shown the resilience of the European IP system. Indeed, it has enabled unprecedented collaboration between biopharmaceutical innovators and governments, universities and other research partners to speed up progress on hundreds of potential COVID-19 treatments, diagnostics and vaccines for patients. Compulsory licensing is not an effective policy tool to create access and puts at risk any incentive to invest in medical innovation at a time when citizens across Europe, across the world, are looking to the life science community to find the answers to the coronavirus crisis and build our resilience to future outbreaks.”

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4.日本製薬工業協会(JPMA)のステートメント

日本製薬工業協会(Japan Pharmaceutical Manufacturers Association(JPMA))はステートメント「グローバルヘルスに関する優先課題と活動」において、新薬を開発し続けるためには知的財産の適切な保護は非常に重要であるが、新興国における医薬品普及に関して、権利行使の是非、ライセンス条件の緩和などフレキシブルな特許権の運用を目指すとし、感染症治療薬・ワクチンの創製に向けた提言の中で、パンデミック発生時の世界同時承認を可能とする規制の国際調和を推進するため、海外の政府・審査機関・研究機関など様々なステークホルダーとの連携・交渉を推進する旨述べています。

そして、2021年2月22日、「COVID-19を含むパンデミック対応策における知財権の取り扱い方」というテーマで、日本製薬工業協会主催、一般財団法人バイオインダストリー協会後援で、ライフサイエンス知財フォーラムが開催されます。

「COVID-19を含むパンデミックに対峙する場面で、研究開発イノベーションのサイクルを支えるドライバーとなる知財権の保護と、生命の危機を解決する医薬アクセスに向けた知財権の利用と、どのような仕組みでバランスをとるのか、産官学を代表する方々に垣根を越えて議論していただきます。」とのことです。

イベント | ニュースルーム | 日本製薬工業協会
日本製薬工業協会のイベントページです。

コメント

  1. Fubuki Fubuki より:

    2020.06.17 日本製薬工業協会「感染症治療薬・ワクチンの創製に向けた製薬協提言-新型コロナウイルス感染症発生を契機として-」
    http://www.jpma.or.jp/event_media/release/pdf/2020617_2.pdf

  2. Fubuki Fubuki より:

    2021.04.23 特許庁掲載 TRIPS協定整合性分析調査報告書について
    https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/trips_chousa_houkoku.html
    『国際知財制度研究会』報告書(令和二年度) 2021年3月 一般財団法人 知的財産研究教育財団 知的財産研究所
    第1章 国際的な枠組みにおける知的財産を巡る状況に関する調査
    I. 医薬品を巡る最近の議論の状況 新型コロナウイルス感染症を巡る制度や議論の動向
    https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/trips_chousa_houkoku/2020_01.pdf
    「COVID-19対策及び知財に関する国内外の議論を紹介した。COVID-19 の対応のためには、種々パートナーシップ等のような企業の取り組みをサポートする仕組みが重要である」

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