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抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・(6)

>(5)から続く

本庶佑氏及び小野薬品工業が特許権者である抗PD-1抗体等に関する特許(いわゆる「本庶特許」)の共同発明者を巡る米国での裁判で共同発明者として追加が認められたゴードン・フリーマン氏(ダナ・ファーバー癌研究所)が、共同出願違反(特許法38条規定違反)を理由に日本の5件の「本庶特許」の無効を求めていた審判請求事件において、2022年5月27日、特許庁(審判合議体)は、いずれの「本庶特許」に係る発明においてもゴードン・フリーマン氏は共同発明者には該当せず、従って「本庶特許」は共同出願違反により無効とされるべきとはいえないと判断して、ゴードン・フリーマン氏による審判の請求は成り立たないとの審決を下した。

  • 2022.05.27 「ゴードン フリーマン v. 小野薬品工業・本庶佑」 無効2020-800088; 無効2020-800089; 無効2020-800090; 無効2020-800091; 無効2020-800092
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1.「本庶特許」に係る発明の技術的思想

「本庶特許」に係る発明の技術的思想は、PD-1、PD-L1又はPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-1抗体または抗PD-L1抗体が、PD-1分子と、PD-L1分子又はPD-L2分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、癌を治療できることを見出した点にある。

甲2 (https://www.immunooncology.jp/medical/io-resources/basic/immune-checkpoint-inhibitor)

以下の表1のとおり、無効審判の請求対象となった5つの「本庶特許」に係る発明の技術的思想は、抗PDー1抗体(No.1, 2, 5)であるか抗PD-L1抗体(No.4, 6)であるかで分類することができるかもしれない。

No.特許事件番号分割関係本件発明の技術的思想(審判合議体の認定)
14409430無効2020-800088国際出願PCT/JP2003/008420
国際公開WO2004/004771
本件発明1は、PD-1、PD-L1又はPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子又はPD-L2分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、インビボにおいてメラノーマの増殖または転移を抑制することを見出した点にあると認められる。
25159730無効2020-800089分割(第1世代)本件発明1は、PD-1、PD-L1又はPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子又はPD-L2分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制することを見出した点にあると認められる。
35701266請求無し分割(第2世代)
45885764無効2020-800090分割(第3世代)本件発明1は、PD-1、PD-L1による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-L1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、癌を治療できることを見出した点にあると認められる。
56035372無効2020-800091分割(第4世代)本件発明1は、PD-1、PD-L1又はPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、キメラ、ヒト化または完全ヒト型抗PD-1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子又はPD-L2分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、肺癌を治療できることを見出した点にあると認められる。
66258428無効2020-800092分割(第5世代)本件発明1は、PD-1、PD-L1による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-L1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、癌を治療できる静脈投与用注射剤となることを見出した点にあると認められる。
76559207請求無し分割(第6世代)
表1 「本庶特許」に係る各発明の技術的思想
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2.審判合議体の判断

(1)発明者の判断基準

審判合議体は、発明者の判断基準について、これまでの裁判例を踏まえ、

「請求人が本件発明の発明者といえるためには、本件発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)(以下単に、「技術的思想」という。)を着想し、又はその具体化に創作的に関与した者でなければならない。そして、本件発明の技術的思想とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分をいう。」

と述べた。

ア 特許法2条1項は、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し、同法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。これらの規定によれば、特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解する(乙1、29頁)。

イ 新しい着想をした者は原則として発明者に該当するが、この着想は、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関する思想として概念化されたものである必要があり、単なる思いつき以上のものでなければならない。また、新しい着想を具体化した者は、その実験やデータの評価などの具体化が当業者にとって自明でない限り、共同発明者たり得る(東京地裁平成18年1月26日判決(平成14(ワ)第8496号))。

ウ 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあり、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分の完成に寄与した者でなければ、発明者ということはできないからである(東京地判平成27年10月30日判決(平成25年(ワ)第32394号)。

(2)請求人の主張に対する審判合議体の判断

審判合議体は、表2のとおり、ゴードン・フリーマン氏(請求人)が主張する貢献は、いずれも本件発明の技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできないと判断し、よって、請求人は本件発明の共同発明者には該当しないから、請求人が提出した証拠方法によっては、「本庶特許」は共同出願違反(特許法38条規定違反)を理由に無効とされるべきであるとはいえない、と審決した(5事件共通)。

請求人の主張審判合議体の判断
(i)請求人が、後にPD-L1と称される292をコードするDNAの塩基配列を発見したこと
(ii)PD-L1が活性化T細胞を阻害することを見出したこと
(v)PD-L1が腫瘍細胞において発現していること
(vii)PD-L2をコードするDNAの塩基配列を発見したこと
本件明細書において、【背景技術】として「JournalofExperimentalMedicine,2000年,第19巻,第7号,p.1027~1034」(甲8)、「NatureImmunology,2001年,第2巻,第3号,p.261~267」(甲36)といった本件特許出願時既に公知の文献を挙げて記載されているように、本件発明1の従来技術又は前提となる技術に相当するものであって、本件発明1の上記技術的思想を構成するものではない。したがって、本件発明1の上記技術的思想の従来技術又は前提となる技術に関して、請求人が個々の実験を遂行した者であったとしても、請求人が本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的に関与した者であったとはいえない。
(iii)被請求人本庶が主宰する研究室及び湊が主宰する研究室において行われた実験において、請求人が送付した292cDNAは、腫瘍細胞へのトランスフェクション、及び、本件明細書の実施例において使用された抗PD-L1抗体(1-111)の作製のために使用された(審決注:この点について、両当事者に争いはない。(被請求人による答弁書39頁))請求人は、実験材料の提供以外には、本件明細書に記載の実施例1~5の実験に関与していない。したがって、請求人が主張する当該貢献は、本件発明の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできない。
(iv)請求人は、米国仮特許出願(甲25)をしたことを根拠に、PD-1/PD-L1経路が抗腫瘍効果と何らかの関わりがあるのではないかと着想を得た旨主張する。請求人が出願した米国仮特許出願(甲25)の特許請求の範囲には、「1.免疫細胞を、PD-1を経由したシグナリングをモジュレーションする作用剤と接触させて、そのことにより、免疫応答をモジュレーションすることを特徴とする、免疫応答をモジュレーションする方法。2.免疫応答がダウンレギュレーションされる、請求項1の方法。・・・7.免疫応答がアップレギュレーションされる、請求項1の方法。」という記載はあるものの、甲25の明細書中には、PD-1の免疫抑制シグナルを阻害することにより免疫機能を回復させるという、PD-1の免疫抑制シグナル阻害による癌免疫応答賦活メカニズムについては全く具体的な記載がないから、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関する思想として概念化されたものであるとはいえず、甲25の出願をしたことは、請求人が本件発明1の上記技術的思想を着想した根拠とは認められない。
(vi)請求人は、JEM論文(甲8)に「また、3つのPD-L1のESTがヒトの卵巣腫瘍由来であるように、PD-L1はいくつかの癌において発現される。これは一部の腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するためにPD-L1を使用しうる可能性を示唆している。」(甲29)という追記をしたことを根拠に、請求人が、一部腫瘍がPD-1/PD-L1経路による免疫応答の阻害作用を利用しているとの着想を得た旨主張する。JEM論文には、腫瘍に発現したPD-L1が抗腫瘍免疫応答を阻害することを実際に実証する実験データやその分析結果等の記載がないことに照らすと、当該追記は、腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するために、PD-L1を使用している可能性があることの仮説を述べたものにとどまる。したがって、請求人が主張する当該貢献は、本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできない。
(viii)請求人は、抗ヒトPD-L1抗体を作製し、その抗体が、PD-1/PD-L1経路を遮断することを発見したことを根拠に、請求人は、着想及び具体化に対する貢献をした旨主張する(甲27)。
この主張の根拠とする甲27は、2000年5月に開催されたシアトルでのミーティングにおいて、請求人が発表の際に使用したプレゼンテーション資料であって、以下の事項が記載されている。
「抗ヒトPD-L1mAb7つのmAbすべて、PD-L1をトランスフェクトした細胞へのPD-1-Igの結合を遮断する」 

   
甲27には、PD-1がPD-L1をトランスフェクトした細胞へ結合することを、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体が遮断したことが記載されており、この記載からみて、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体が、PD-1/PD-L1経路を遮断することを確認したとする実験は、インビトロ実験であると認められる。そして、PD-1/PD-L1経路を遮断できることの他には、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体がどのような作用を持つのか示されていない。甲27に、請求人が抗ヒトPD-L1抗体を作製し、当該抗体がPD-1/PD-L1経路の阻害信号を遮断することができることをインビトロ実験にて確認したことが記載されていたとしても、甲27において、PD-1とPD-L1との相互作用に伴う制御シグナルを遮断することによって癌に対する免疫を賦活化することができるか否かは解明されていない。生体内における癌に対する免疫応答には、PD-1以外にも様々な因子が複雑に関係しており、T細胞の活性化に関与する刺激/抑制経路は他にも多数存在するため、PD-1/PD-L1経路を遮断することにより、癌に対する免疫を賦活化できるか否かは、実際に生体内で実験を行わなければ確認することはできないといえる。そうすると、請求人が作製した抗ヒトPD-L1抗体が、インビトロ実験にてPD-1/PD-L1経路を遮断することを発見したことをもって、本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に対する創作的な関与とすることはできない。そもそも、請求人が作製した抗ヒトPD-L1抗体は、本件明細書の実施例における実験には使用されておらず、本件明細書において実際に使用された抗PD-1抗体は、湊が主催する研究室で作製された1-111抗体である(乙18)。
(ix)請求人、被請求人本庶、Woodは共同研究を行っており、一体的かつ連続的な協力関係にあり、その結果として、本件発明の着想及び具体化が創出された。 請求人が被請求人本庶と共同研究を行っていたという事実のみにより、請求人が本件発明1の共同発明者に該当することにはならない。
(x)請求人の貢献が仮に公知であったとしても、共同研究者の場合には公表という事実によって、それ以前に共同研究者が当該発明に貢献したという事実が消えるわけではない。本件における争点は、請求人が本件発明の技術的思想の着想又はその着想の具体化に創作的に関与したか否かであり、公知の従来技術に対する関与は請求人が共同発明者であることを基礎付けるものにはなり得ない。仮に、請求人が公知となった従来技術に対する関与があったとしても、それは本件発明1の上記技術的思想の着想及びその具体化における創作的な関与とはいえない。
表2 請求人の主張に対する審判合議体の判断
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3.コメント

「本庶特許」について、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、共同発明者としてClive Wood氏とダナ・ファーバー癌研究所のゴードン・フリーマン氏(Gordon Freeman)の2名が追加されるべきであるとした米国マサチューセッツ州連邦地裁判決(2019.05.28 記事)を支持した(2020.07.15 記事(2))。

この判決に法的問題があると主張した小野薬品工業らの上告(2021.04.11 記事(3))は最高裁で却下され、判決は確定している(2021.05.26 記事(4)、小野薬品2021年3月期 有価証券報告書)。

米国では共同発明者として認められたゴードン・フリーマン氏だが、日本特許庁(審判合議体)は共同発明者として認めないと判断した。

米国と日本との間で共同発明者の判断が異なった理由の一つは、共同発明者であるかどうかを判断する際に、その者が発明を特許可能なものとするために貢献したかどうかは関係ないものとして判断した米国CAFC判決(記事(3)参照:小野薬品らが米国最高裁に提出した請願書)とは異なり、日本特許庁は、従来技術・前提技術に関して貢献しただけの者は共同発明者であることを基礎付けるものにはなり得ない、すなわち、発明を特許可能なものとするために貢献していることが重要、と判断したことにあると考えられる。

今後、同氏が同審決を不服として裁判所に提訴するかは不明だが、おそらく提訴するのではないだろうか。

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4.その他

ゴードン・フリーマン氏から本発明に関する権利および利益を譲り受けたダナ・ファーバー癌研究所(例えば米国特許7,595,048のassignment参照)は、小野薬品工業およびBMS社が「本庶特許」の独占的所有者として競合他社から受けているライセンス収入(2017.01.24 記事)の一部利益を受ける権利を有していると主張し、米国マサチューセッツ州連邦地裁に提訴している(filed 2019.06.21; Case 19-cv-11380、2020.06.19 記事(1)、小野薬品2021年3月期 有価証券報告書)。

小野薬品の2021年3月期第3四半期報告書(2021年02月12日掲載)によると、発明者の追加を求める同様の訴訟が欧州でも提起されているようだ。

ゴードン・フリーマン氏が共同発明者であるとなれば、その発明に関する権利及び利益を譲り受けたとされるダナ・ファーバー癌研究所は、その発明から生み出された利益の一部を受ける権利を少なからず有している可能性があり、ダナ・ファーバー癌研究所が日本や欧州での利益も有していることを主張するために、日本や欧州でも「本庶特許」に対してアクションを起こしていると考えられる。

また、ゴードン・フリーマン氏が無効審判請求した「本庶特許」のうちのひとつ特許第5885764号は、本庶氏と元大学院生との間で共同発明者の争いとなった特許でもある。

2021.03.17 「X v. 小野薬品・Y」 知財高裁令和2年(ネ)10052
元大学院生が、小野薬品及び本庶氏が共有する抗PD-L1抗体に関する特許権に係る発明の共同発明者であると主張して同特許権の持分の一部移転登録手続等を請求した事件(控訴審判決)1.事件の背景本件(知財高裁令和2年(ネ)10052)は、控訴人(X)が、抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤に関する特許第5885764号(*1)に係る発明は、控訴人が大学院在籍中に行った実験結果やその分析...

元大学院生(控訴人)が、抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤に関する特許に係る発明は、大学院在籍中に行った実験結果やその分析から得られた知見をまとめた論文に基づくものであるから、発明者の一人であると主張して、同特許権の持分の一部移転登録手続等を請求した事件の控訴審で、2021年3月17日、知財高裁は、控訴人が本件発明の発明者に該当するものと認められないとして、本件控訴を棄却する判決を言い渡した(2021.03.17 「X v. 小野薬品・Y」 知財高裁令和2年(ネ)10052)。「創作へ関与」したか否かを巡る観点で、大学における指導教官と学生との関係が問題となった事件であった。

「本庶特許」について、本庶氏と小野薬品との係争は以下の記事参照:

小野薬品と本庶氏との係争 全面的解決を図る和解で決着
2021年11月12日の小野薬品工業(以下、「小野薬品」)のプレスリリースによると、大阪地方裁判所令和2年(ワ)第5608号対第三者訴訟関連分配金請求事件(以下「本訴訟」)について、裁判所からの和解の勧めを受けて、本日、小野薬品と本庶佑氏(以下「本庶氏」)との間で和解が成立したとのことです。小野薬品は、2020年6月19日付にて本庶氏よりPD-1特許に関する対第三者訴訟関連分配金として226億...

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