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2021.03.17 「X v. 小野薬品・Y」 知財高裁令和2年(ネ)10052

元大学院生が、小野薬品及び本庶氏が共有する抗PD-L1抗体に関する特許権に係る発明の共同発明者であると主張して同特許権の持分の一部移転登録手続等を請求した事件(控訴審判決)

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1.事件の背景

本件(知財高裁令和2年(ネ)10052)は、控訴人(X)が、抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤に関する特許第5885764号(*1)に係る発明は、控訴人が大学院在籍中に行った実験結果やその分析から得られた知見をまとめたPNAS論文(*2)に基づくものであるから、控訴人は同発明の発明者の一人であるとして、本件特許権を共有する被控訴人ら(小野薬品及び本庶氏)に対し、本件発明の発明者であることの確認及び特許法74条1項に基づく本件特許権の持分各4分の1の移転登録手続きを求めるとともに、被控訴人らが故意又は過失により控訴人を共同発明者として出願しなかったことにより損害を被ったとして共同不法行為に基づく損害賠償金等の連帯支払いを求めた事案である。


*1 特許第5885764号・・・発明者を、被控訴人Y(本庶氏)、Z教授、A氏(京都大学大学院博士課程に在籍、被控訴人Yの研究室(Y研)に所属(当時))及びF氏(被控訴人小野薬品の従業員(当時))として特許出願され(優先日は2002年7月3日、原出願日2003年7月2日)、請求項1を「PD-1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。」として特許権の設定の登録を受けた。被控訴人小野薬品の製造・販売するオプジーボは、T細胞に発現するPD-1に結合する抗体(抗PD-1抗体)であり、関連特許権(第4409430号、第5159730号)の実施品であるのに対し、本件発明は、がん細胞の側に発現するPD-L1に結合する抗体に関する発明である。

*2 PNAS論文・・・Yoshiko Iwai, Masayoshi Ishida, Yoshimasa Tanaka, Taku Okazaki, Tasuku Honjo, and Nagahiro Minato. PNAS September 17, 2002 99 (19) 12293-12297; Involvement of PD-L1 on tumor cells in the escape from host immune system and tumor immunotherapy by PD-L1 blockade; https://doi.org/10.1073/pnas.192461099


原判決(東京地裁平成29年(ワ)27378)は、本件訴えのうち、発明者確認請求に係る部分について、給付の訴えである不法行為に基づく損害賠償請求をすれば足りるから確認の利益を欠き不適法であるとして却下し、特許権一部移転登録手続請求及び損害賠償請求に係る部分について、控訴人は本件発明の発明者であるとは認められないとしていずれも棄却した。

控訴人は、原判決中、特許権一部移転登録手続請求及び損害賠償請求を棄却した部分のみを不服として、本件控訴を提起した。

争点は、以下のとおり。

(1) 控訴人の共同発明者性(争点1)
(2) 本件特許権の持分移転登録手続請求の可否(争点2)
(3) 被控訴人らの不法行為の成否及び控訴人の損害額(争点3)

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2.裁判所の判断

知財高裁も、控訴人が本件発明の発明者に該当するものと認められないから(争点1)、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の特許権一部移転登録手続請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないと判断し、本件控訴を棄却した。

(1)発明者の判断基準

裁判所は、発明者の判断基準として原判決が述べた部分(*3)を以下のように改め、発明者の判断基準を示したうえで、本件発明の発明者を認定するに当たって考慮・認定されるべき点を述べた。

特許法2条1項は,「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し,同法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。これらの規定によれば,特許発明の「発明者」といえるためには,特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し,又は,その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり,その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても,その関与が,特許発明の技術的思想との関係において,創作的な関与に当たるものと認められないときは,発明者に該当するものということはできない。


*3 発明者の判断基準について述べた原判決部分を知財高裁は改めた。原判決の該当部分は以下のとおり。「発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならない。したがって,発明者と認められるためには,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,仮に,当該創作行為に関与し,発明者のために実験を行い,データの収集・分析を行ったとしても,その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,創作活動に現実に加担したということはできないと解すべきである(知財高裁平成19年3月15日判決(平成18年(ネ)第10074号),同平成22年9月22日判決(平成21年(ネ)第10067号)等参照)。」


本件発明のような免疫学を含む基礎実験医学の分野において,着想した技術的思想を具体化するためには,先行する研究成果に基づいて実証すべき具体的な仮説を着想し,その実証のために必要となる実験系を設計・構築した上で,科学的・論理的に必要とされる一連の実験を組み立てて当該仮説を証明するとともに,当該仮説以外の他の可能性を排除することなどが重要となる。

これを本件に即していうと,本件発明の発明者を認定するに当たっては,

①抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの技術的思想の着想における貢献,

②PD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害する抗PD-L1抗体の作製・選択における貢献,

③仮説の実証のために必要となる実験系の設計・構築における貢献及び個別の実験の遂行過程における創作的関与の程度

などを総合的に考慮し,認定されるべきである。

(2)本件の判断

裁判所は、

①本件発明の技術的思想を着想したのは,被告Y及びZ教授であり,

②抗PD-L1抗体の作製に貢献した主体は,Z教授及びW助手であり,

③本件発明を構成する個々の実験の設計及び構築をしたのはZ教授であった

ものと認められ,原告は,本件発明において,実験の実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの,控訴人の貢献は創作的な関与に当たるものと認めることはできず,本件発明の発明者として認定するに十分のものであったということはできない。・・・控訴人は,本件発明の発明者に該当するものと認めることはできない。

と判断した。

また、裁判所は、控訴人による当審における補充主張についても、

・・・控訴人は,A教授の指導,助言を受けながら,自らの研究として本件発明を具体化する個々の実験を現実に行ったものと認められるから,A教授の単なる補助者にとどまるものとはいえないが,一方で,上記実験の遂行に係る控訴人の関与は,本件発明の技術的思想との関係において,創作的な関与に当たるものと認めることはできないから,控訴人は,本件発明の発明者に該当するものと認めることはできない。

と判断した。

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3.コメント

(1)発明者の判断基準

知財高裁は、発明者の判断基準について、原審の言い回しを若干改めた。下記表1にその部分を比較した。

原審控訴審
発明者と認められるためには,特許発明の「発明者」といえるためには,
当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着想し,特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し,
それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,又は,その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり,
仮に,当該創作行為に関与し,発明者のために実験を行い,データの収集・分析を行ったとしても,その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても
その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,創作活動に現実に加担したということはできないと解すべきである。その関与が,特許発明の技術的思想との関係において,創作的な関与に当たるものと認められないときは,発明者に該当するものということはできない。
表1 発明者の判断基準についての原審と控訴審との比較

原審が判示した発明者の判断基準、特に着想の具体化に関与した者が発明者であるための基準は、具体化に「現実的に加担」することが必要と表現されていた。

なお、原審で引用している判決(知財高裁平成19年3月15日判決(平成18年(ネ)第10074号),同平成22年9月22日判決(平成21年(ネ)第10067号))において、「現実に加担したことが必要」としているのは「具体化」に対してではなく「技術的思想の創作行為」に対してである。

知財高裁は、原審の表現を、着想の具体化に関与した者が発明者であるためには「創作的に関与」することが必要であり「現実に関与」だけでは足りない、という表現に改めた。

この改めは、着想の具体化に「現実的に加担」することが必要と表現してしまうと、「補助」を越える関与をしたら共同発明者であるかのように解釈される余地があり得たところ、「補助」を越える関与・貢献をしたとしても、「創作的に関与」しなければ共同発明者としては認められないことを示すことによって、共同発明者たり得る境界線を一定程度明確にしたといえるかもしれない。同様に、具体化に創作的関与が必要であると判示した判決はいくつかある。

知財高裁は、発明者の判断基準についてやや不十分だった原審判決の表現を改めることにより、着想の具体化に関与した者が発明者に該当するかどうかを判断するにあたり、着想の具体化に「現実に関与」したことは必要条件ではあるが十分条件ではなく、「創作的に関与」したことが十分条件である、という基準を改めてしっかり示したと考えれられる。

(2)原審について

本件の原審判決については記事「2020.08.21 「X v. 小野薬品・Y」 東京地裁平成29年(ワ)27378」を参照。

2020.08.21 「X v. 小野薬品・Y」 東京地裁平成29年(ワ)27378
当時の大学院生が、小野薬品及び本庶氏が共有する抗PD-L1抗体に関する特許権に係る発明の共同発明者であると主張して同特許権の持分の一部移転登録手続等を請求した事件・・・本件(東京地裁平成29年(ワ)27378)は、2000年4月から2002年3月まで京都大学大学院生命科学研究科(生体制御分野)の修士課程に在籍しZ教授の研究室(Z研)に所属していた原告Xが、抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療...

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