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UPC控訴裁、AmgenのPCSK9抗体特許を有効と判断(2025.11.25 Amgen v. Sanofi UPC_CoA_528/2024; UPC_CoA_529/2024)

2025年11月25日、欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court、以下「UPC」)控訴裁判所は、抗PCSK9抗体をめぐるAmgen社とSanofi社/Regeneron社間の特許紛争において、中央部ミュンヘン支部(第一審)が無効と判断したAmgen社の特許(EP3666797)につき(2024.07.20ブログ記事「2024.07.16 Sanofi v. Amgen 459505/2023 (UPC_1/2023) ― 医薬特許で初のセントラルアタック(Central revocation) 欧州統一特許裁判所(UPC)がAmgenの抗PCSK9抗体特許を無効と判断 ―」参照)、これを覆し有効と判断しました(UPC_CoA_528/2024; UPC_CoA_529/2024)。

2024.07.16 Sanofi v. Amgen 459505/2023 (UPC_1/2023) ― 医薬特許で初のセントラルアタック(Central revocation) 欧州統一特許裁判所(UPC)がAmgenの抗PCSK9抗体特許を無効と判断 ―
2024年7月16日、欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court、以下「UPC」)の中央部(ミュンヘン支部)は、Amgen社の特許EP3666797B1が進歩性を欠くとして無効との判決を下しました。問題となったのは、機能的に表現された抗PCSK9抗体クレームです。参照:Sanofi v. Amgen, Registry number ACT_459505/2023 UPC_CFI...

本判決は、欧州統一特許制度における進歩性の評価、特にバイオ医薬分野における「成功の合理的な期待(Reasonable Expectation of Success:RES)」をどのように適用すべきかを示したものとして注目されます。

EP3666797は、PCSK9の触媒ドメインに結合しPCSK9とLDLR(低密度リポタンパク質受容体)の相互作用を阻害するモノクローナル抗体を高コレステロール血症等の治療・予防用途形式でクレームしています。

Claim 1.

A monoclonal antibody or an antigen-binding fragment thereof for use in treating or preventing hypercholesterolemia or an atherosclerotic disease related to elevated serum cholesterol levels;
or for use in reducing the risk of a recurrent cardiovascular event related to elevated serum cholesterol levels;
wherein the monoclonal antibody or the antigen-binding fragment thereof binds to the catalytic domain of a PCSK9 protein of the amino acid sequence of SEQ ID NO: 1, and prevents or reduces the binding of PCSK9 to LDLR.

本判決の中心的論点は、優先日時点において、当業者がPCSK9標的抗体によるin vivoでの治療効果に「合理的な成功の期待」を有していたといえるかどうかでした。

控訴裁判所は、当業者が次の技術的ステップを踏むことで得られる結果が明確に予測できた場合、あるいは既存の知見に基づき「成功の合理的な期待」があった場合、進歩性(EPC第56条)が否定されると判示しました。

A claimed solution is obvious if the skilled person would have taken the next step in expectation of finding an envisaged solution of his technical problem. This is generally the case when the results of the next step were clearly predictable, or where there was a reasonable expectation of success.

ここでいう「成功の合理的な期待」とは、研究プロジェクト開始前に既知の事実を科学的に評価した上で、当業者が許容される期間内にプロジェクトが成功裏に完了することを合理的に予測する能力を意味します。

A reasonable expectation of success implies the ability of the skilled person to predict rationally, on the basis of scientific appraisal of the known facts before a research project was started, the successful conclusion of that project within acceptable time limits.

本件において、控訴裁判所は、先行技術、特にLagace論文がPCSK9の治療標的としての関心を高める一方で、LDLR制御が細胞外経路と細胞内経路のいずれに主に依存しているのかが依然として明確ではなく、抗体は細胞内に到達できないという制約を踏まえると細胞外経路の阻害だけで患者に意味のある治療効果をもたらすほどの寄与度があるという明確な示唆は存在せず、また、親和性の問題や観察される効果が生理的濃度の範囲を超える条件でのみ確認されている点など科学的不確実性は依然大きなものであると判断しました。

そして、控訴裁判所は、Lagace論文における抗体アプローチの示唆すら「PCSK9が分泌因子として機能するのであれば」という条件的言及にとどまるものであり、それは「成功への単なる希望」の域を超えるものではなかったと評価しました。

さらに、発明の開示要件(EPC第83条)について、機能的に表現されたクレームの一部の実施例が利用不可能であっても、開示を通じて当業者により請求項の範囲内で適切な実施例が得られる限り、開示の十分性には影響しないとし、当業者が合理的な試行錯誤の範囲内で実施可能な限り要件は充足すると指摘しました。

Where a claim contains one or more functional features, it is not required that the disclosure includes specific instructions as to how each and every conceivable embodiment within the functional definition(s) should be obtained. A fair protection requires that variants of specifically disclosed embodiments that are equally suitable to achieve the same effect, which could not have been envisaged without the invention, should also be protected by the claim. Consequently, any non-availability of some embodiments of a functionally defined claim is immaterial to sufficiency, as long as the skilled person through the disclosure is able to obtain suitable embodiments within the scope of the claim.

A reasonable amount of trial and error does not prevent the invention from being enabled.

The burden of presentation and proof lies with the party invoking invalidity of the patent.

以上のとおり、本判決は、作用メカニズム解明が途上にある創薬分野、特に機能的に表現された抗体クレームにおいて、科学的不確実性をどのように位置付けつつ進歩性および記載要件を判断すべきかを具体的に示したものといえます。UPCにおける今後の判断にも大きく影響を及ぼす先例となるでしょう。

また、本件特許に対応する米国および日本での判断と異なる結論に至った点も注目されます。

米国では実施可能性欠如を理由に無効とされ(2023.05.19ブログ記事 「【速報】2023.05.18 「Amgen v. Sanofi」 米国最高裁No. 21–757 - Amgenの抗PCSK9抗体特許 実施可能要件非充足を理由に無効としたCAFC判決を米国最高裁も支持 -」参照)、さらに機能的クレームの実施可能性を厳格に問う潮流が別件でも確認されています(2023.10.13ブログ記事「機能的表現抗体クレイムの終焉か ―Amgen事件米国最高裁判決を受けBaxalta社の抗体特許を無効とする判決(Baxalta v. Genentech CAFC 2022-1461)―」参照)。

【速報】2023.05.18 「Amgen v. Sanofi」 米国最高裁No. 21–757 - Amgenの抗PCSK9抗体特許 実施可能要件非充足を理由に無効としたCAFC判決を米国最高裁も支持 -
2023年5月18日、米国最高裁判所は、Gorsuch判事による全会一致の意見として、Amgenの抗PCSK9抗体に関する米国特許8,829,165及び8,859,741は実施可能要件(enablement requirement)を満たさないから無効であるとした米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の判決を支持しました。 May 18 2023 Adjudged to be AFFIRMED. G...
機能的表現抗体クレイムの終焉か ―Amgen事件米国最高裁判決を受けBaxalta社の抗体特許を無効とする判決(Baxalta v. Genentech CAFC 2022-1461)―
2023年9月20日、Genentech社の血友病A治療薬HemlibraⓇ(有効成分は抗factor IXa/X バイスペシフィック抗体であるemicizumab)が米国特許第7,033,590(以下、'590特許)を侵害しているとして、Baxalta社がGenentech社を訴えていた事件1)2)について、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、実施可能要件違反を理由に'590特許は無効である...

日本においても、クレームは若干異なりますが、知財高裁は、Amgen社の特許がサポート要件に違反すると判断し、請求棄却とした原判決を維持しました。結果として、Amgen社は敗訴しました(2025.06.11ブログ記事「2025.04.16 「アムジェン v. サノフィ」 知財高裁令和5年(ネ)10107 ― 機能的クレームにおけるサポート要件の適用と無効理由の再主張の可否 ―」参照)。

2025.04.16 「アムジェン v. サノフィ」 知財高裁令和5年(ネ)10107 ― 機能的クレームにおけるサポート要件の適用と無効理由の再主張の可否 ―
Summary抗PCSK9抗体をめぐるグローバルな競合関係にあるアムジェンとサノフィの間で争われた特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟において、2025年4月16日、知財高裁は、アムジェンの特許がサポート要件(特許法36条6項1号)に違反するとして、原判決(請求棄却)を維持する判決(アムジェン敗訴)を言い渡した。本件では、「参照抗体と競合する、PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体」という機能的ク...

このように、米・日とUPCの判断枠組みの差異がますます鮮明になってきたことで、機能的表現クレームを活用して競争優位を確保しようとする企業は、国・制度ごとの特許無効リスクを踏まえた対策や戦略立案が一層求められるといえるでしょう。

さらに、企業活動の観点からも本件は重要です。高コレステロール血症治療薬市場では、特許権者であるAmgen社(Repatha®)と無効主張を行ったSanofi社(Praluent®)は直接の競合関係にあります。UPC控訴裁判所がPraluent®をも包含し得るAmgen社の抗体クレームを有効と判断したことで、進行中の侵害訴訟の帰趨にも大きな影響が及ぶ可能性があります。今後の動向も注視すべきでしょう。

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