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2025.10.29 「日本ジェネリック v. バイエル薬品」 東京地裁令和7年(ワ)70139 ― パテントリンケージ下の情報提供・謹告掲載と不競法上の信用棄損行為該当性

Summary

本件は、選択的直接作用型第Ⅹa因子阻害剤リバーロキサバンを巡り、先発医薬品メーカーであるバイエル薬品(被告)の特許権に関する情報提供・謹告掲載行為が、後発メーカーである日本ジェネリック(原告)に対する不正競争防止法上の信用棄損行為に該当するかが争われた事案(東京地裁令和7年(ワ)70139号、2025年10月29日判決)である。

本判決は、パテントリンケージに関連した先発メーカーの情報提供活動が行政手続の枠内で行われる限り、不競法上の信用棄損が認められるハードルは高いことを明示した点に意義がある。今後のパテントリンケージを巡る実務・戦略を検討する上で、重要な示唆を与える判断といえる。

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おや、ピポとミャオがおしゃべりしてますよ・・・

ミャオ
ミャオ

ピポ先輩、先発メーカーって、後発品が出てきそうになると「そこに特許あるから気を付けてね!」って厚労省に言ったり、業界紙に注意喚起したりしますよね?

ピポ
ピポ

そうそう。それが悪いことかどうかが今回の争点。行政にはヒソヒソ情報提供、市場には「特許は大事よ!」と一般論アピール。

ミャオ
ミャオ

でも、それが「嘘を言って相手の信用を落とした!」って怒られちゃう可能性も?

ピポ
ピポ

いやいや、原告が主張する「嘘」かどうかは判断されてないぞ。今回の裁判所は、そもそも「行政への情報提供は市場の信用を落とすわけじゃないし、業界紙も特定の製品を狙い撃ちしてなければOK」と判断したんだ。

ミャオ
ミャオ

つまり…「言い方と場所を選べば、権利はちゃんと主張していい」ってことですね!

ピポ
ピポ

ただし、延長された特許権がどこまで効くかという本丸は、モヤモヤ状態だな。

ミャオ
ミャオ

ピポ先輩、モヤモヤしてるのは髪だけにしてください。

ピポ
ピポ

……(そっと頭を押さえる)

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1.背景

本件(東京地裁令和7年(ワ)70139)は、バイエル薬品(被告)が製造販売するリバーロキサバン(販売名:イグザレルト®)の後発医薬品であるリバーロキサバンOD錠10mg/15mg「JG」を製造販売する日本ジェネリック(原告)が、被告による業界紙への謹告掲載(本件謹告)および厚生労働省への回答(本件回答)は、不正競争防止法(不競法)2条1項21号の「虚偽の事実の流布・告知」に当たるとして、差止めおよび信用回復措置を求めた事件である。

原告の請求内容は次のとおりである。

  • 被告は、厚労省等に対し、原告製品の製造販売行為が特許第4143297号を侵害すると告知してはならない。
  • 被告は、厚労省等に対し、原告製品に対し本件特許権を行使しない旨を告知せよ。

(1)リバーロキサバン

リバーロキサバン(rivaroxaban)は、バイエル社の主力製品である選択的直接作用型第X a因子阻害剤イグザレルト®(Xarelto®)の有効成分である。2023年の世界売上高は4,081百万ユーロに達するなど、世界的ブロックバスターとなった。近年、各国で後発医薬品の参入が始まったため売上は減少している。

イグザレルト®の国内での承認経緯は以下のとおりである。

  • 2012年1月18日、普通錠10mg/15mg、「成人:非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制」
  • 2015年9月24日、普通錠10mg/15mg、「成人:静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症)の治療及び再発抑制」
  • 2015年9月28日、細粒分包10mg/15mg、「成人:非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制」
  • 2015年12月2日、細粒分包10mg/15mg、「成人:静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症)の治療及び再発抑制」
  • 2020年8月6日、口腔内崩壊(OD)錠10mg/15mg、「成人:非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制」および「成人; 静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症)の治療及び再発抑制」
  • 2021年1月22日、普通錠10mg/15mg、細粒分包10mg/15mg、OD錠10mg/15mg、ドライシロップ小児用51.7mg/103.4mg、「小児:静脈血栓塞栓症の治療及び再発抑制」
  • 2022年6月20日、普通錠2.5mg、「成人:下肢血行再建術施行後の末梢動脈疾患患者における血栓・塞栓形成の抑制」
  • 2023年11月24日、普通錠2.5mg、普通錠10mg、細粒分包10mg、OD錠10mg、ドライシロップ小児用51.7mg/103.4mg、「小児:Fontan手術施行後における血栓・塞栓形成の抑制」

このうち、「非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制」(本件用途2)および「深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症の治療及び再発抑制」(本件用途1)については、再審査期間は終了している。

(2)存続期間の延長登録

本件特許権は、リバーロキサバンに係る物質特許(特許第4143297号)であり、複数用途・剤型に対して存続期間延長登録がされている。このうち、本件用途1の普通錠に関する延長登録(本件延長登録3・4)は、判決時点において2025年12月11日まで存続していた。

  • 非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制(本件用途2)
    ・普通錠10mg/15mg: 2020.12.11+3y6m28d延長(現在、延長期間満了)
    ・細粒分包10mg/15mg: 2020.12.11+1y8m7d延長(現在、延長期間満了)
    ・OD錠10mg/15mg: 2020.12.11+1y6m21d延長(現在、延長期間満了)
  • 深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症の治療及び再発抑制(本件用途1)
    普通錠10mg/15mg: 2020.12.11+5y延長(本件延長登録3・4)
    ・細粒分包10mg/15mg: 2020.12.11+1y10m11d延長(現在、延長期間満了)
    ・OD錠10mg/15mg: 2020.12.11+1y6m21d延長(現在、延長期間満了)

(3)原告製品との関係

原告製品はリバーロキサバンOD錠であり、本件用途2について2024年8月に製造販売承認を受けた。他方、本件用途1については承認申請中であり、判決時点で未承認であった。

ニャー
ニャー

厚労省はパテントリンケージを理由に本件用途1を承認しなかったのではないかと想像されます。原告は、「普通錠についての延長登録後の本件特許権の効力は、OD錠である原告製品には及ばず、その製造販売は本件特許権の侵害に当たらないから・・・」との主張を前提に本件訴訟を提起したんですね。

事件の時系列を以下に示す。

  • 2008年6月20日:特許第4143297号(リバーロキサバン物質特許)が登録された。
  • 2020年12月4日~2024年7月29日:被告は、業界紙である日刊薬業に本件特許権等に関する「謹告」(本件謹告)を合計6回掲載した(例えば、2024.07.30ブログ記事「選択的直接作用型第Ⅹa因子阻害剤「イグザレルト®」・・・リバーロキサバンに関する特許権について(5)」参照)。
  • 2024年2月:原告は、リバーロキサバンOD錠(原告製品)について、製造販売の承認申請を厚生労働大臣に対し行った(この承認審査の過程で、厚労省の照会に応じ、被告が本件特許権に関する見解を回答した(本件回答))。
  • 2024年8月:原告製品は、本件用途2の効能・効果について製造販売の承認を受けた。
  • 2025年3月26日:原告は、本件用途1の追加承認を得るため、承認事項一部変更に係る承認申請を行ったが、判決時まで承認は受けていなかった。
  • 2025年10月29日:本件訴訟の判決言渡し。
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2.裁判所の判断

東京地方裁判所(民事第46部)(以下「裁判所」)は、2025年10月29日、原告の請求はいずれも理由がないとして、これを棄却するとの主文を言い渡した。

主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
裁判所は、本件謹告及び本件回答のいずれについても、不競法上の信用棄損行為には該当しないと判断した。その結果、延長登録の効力範囲(普通錠からOD錠への及び方)に関する「虚偽性」の有無については、判断に踏み込む必要がないものとされた。
以下、各争点に関する判断の概要を整理する。

(1)争点1:本件謹告の掲載が「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実」の流布に当たるか

裁判所は、以下の点を認定した。

  • 本件謹告は原告製品を特定していない
  • 剤型・用途等の具体的構成にも言及していない
  • なお特許権の存続が継続している以上、先発企業による注意喚起は市場秩序維持の観点から自然な対応といえる

そして、本件謹告の主な読者である製薬業界関係者の通常の注意に照らせば、当該謹告は「リバーロキサバン製品に特許権侵害の可能性があり得る」旨を一般的に指摘するものにとどまり、特定の競争相手の信用を害する虚偽事実を流布したものとは認められないと結論づけた。

以上を踏まえ、裁判所は、本件謹告が「他人の営業上の信用を害する」(不競法2条1項21号)ものであるとはいえず、したがって、本件謹告の掲載は同号所定の不正競争に当たらないと判断した。

(2)争点2:本件回答が「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実」の告知に当たるか

裁判所はまず、薬機法による承認審査の性質を次のように位置づけた。

「医薬品の製造販売の承認は、厚生労働大臣が、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発生及び拡大の防止のために必要な規制として、薬機法により与えられた権限と責任に基づいてする行政処分であって、自由競争が行われる取引社会における取引とは性質が異なる」

「厚労省等が、後発医薬品の承認審査に当たり、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無を確認するため、必要に応じて、先発医薬品の特許権者等に補足説明を求めることは、行政処分に先立つ情報収集行為であって、そこでは、厚労省等において、後発医薬品の申請者の経済的価値に対する社会的評価を形成することが想定されているとはうかがわれない」

「厚生労働大臣は、後発医薬品の承認審査において、先発医薬品の特許権者等からの提供情報だけでなく、諸般の事情を総合考慮し、自らの権限と責任においてその判断をするものである上に、先発医薬品の特許権者等から提供される情報は一般に公開しないとされているのであるから、同情報が市場に伝ぱして取引社会における申請者の経済的価値に関する社会的評価が低下するおそれがあるということもできない。」

以上の観点から、裁判所は、被告が、厚労省による原告製品の承認審査の過程で、先発医薬品の特許権者等として説明を求められたのに対し、本件回答をして情報提供することは、「他人の営業上の信用を害する」(不競法2条1項21号)ものであるとはいえず、したがって、本件回答は、同号所定の不正競争に当たらないと判断した。

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3.コメント

本判決は、医薬品特許の延長登録制度の運用下におけるパテントリンケージ対応が不正競争防止法上の信用棄損行為に該当し得るか否かという実務上きわめて重要な論点について、別件アフリベルセプト(アイリーア®)事件での知財高裁判断(後述)に追随する判断をした点に意義がある。

まず、裁判所は、行政手続としての医薬品承認審査の特殊性(すなわち、判断主体が厚生労働大臣であること、特許情報が非公開であること)を踏まえ、特許権者が審査過程で行う情報提供は「取引社会における社会的評価を低下させるものではない」として不競法上の信用棄損行為を否定した。これは、パテントリンケージが自由競争の原理とは異なる、公衆衛生上の要請に基づく行政的枠組みの中で運用されているという現実を明確に認めた判断といえる。その意味で、先発企業による行政照会への適切な回答は、不競法リスクを負いにくい行為と位置付けられた点は重要である。

また、業界紙への謹告掲載についても、特定製品に言及せず一般的な注意喚起に留まる場合には、特許権者の正当な権利保全行為として信用棄損に当たらないと判断した。この点は、特許権侵害の可能性がある市場主体に警告を発すること自体は社会通念上容認されるという従来の理解を確認したものである。

他方、本件の核心であった「普通錠について延長された特許権の効力がOD錠に及ぶか」という解釈については、不競法の枠組みにおける審理であったことから判断が回避された。この論点は、延長登録制度に未解決の課題が残されていることを象徴しており、存続期間満了が迫っていた中で司法判断を要する状況は続いていたといえる。

原告は、後発医薬品の追加効能承認を得るため、「侵害ではない」との司法判断を引き出す目的で本訴を提起したが、裁判所は侵害の有無に踏み込まず、判決言渡日において本件用途1の承認は得られていない。その背景には、知財高裁がエリブリン(ハラヴェン®)事件で示した「承認申請段階では確認訴訟の利益がない」との枠組みがあり、承認前に侵害否認判断を得る通常ルートが閉ざされているという制度的制約が存在する(2023.05.17ブログ記事「2023.05.10 「ニプロ v. エーザイ」 知財高裁令和4年(ネ)10093 特許権侵害差止請求権等の不存在確認請求控訴事件(エリブリンメシル酸塩事件) - 法治主義に反する状況? 問われる日本版パテントリンケージ制度 -」(『医薬系特許的判例ブログ年報 2023』 Fubuki著 2024年5月発行, p162-179)参照)。そのため、不競法を迂回的手段として選択せざるを得なかった原告側の構図が浮き彫りとなっている。

2023.05.10 「ニプロ v. エーザイ」 知財高裁令和4年(ネ)10093 特許権侵害差止請求権等の不存在確認請求控訴事件(エリブリンメシル酸塩事件) - 法治主義に反する状況? 問われる日本版パテントリンケージ制度 -
>原判決記事1.はじめに本判決(知財高裁令和4年(ネ)10093)は、抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®(有効成分: エリブリンメシル酸塩)の後発医薬品の承認申請を行ったニプロ(控訴人)が、エーザイ(被控訴人)が有する本件各特許権による差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認、並びに当該医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求めた控訴審判決である。知財高裁は、ニプロの後発医薬品の製造販売につい...

同様の不競法に基づく訴えの構図としてアフリベルセプト(アイリーア®)事件があり、その控訴審でも後発医薬品メーカー側が敗訴している。パテントリンケージ絡みの情報提供について不競法上の信用棄損の成立を認めるハードルは知財高裁の判断からも高いことが示されている(2025.09.07ブログ記事「2025.08.13 「サムスン v. リジェネロン」 知財高裁令和7年(ラ)10003 ― アイリーア®(アフリベルセプト)のパテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の信用棄損行為該当性」参照)。

2025.08.13 「サムスン v. リジェネロン」 知財高裁令和7年(ラ)10003 ― アイリーア®(アフリベルセプト)のパテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の信用棄損行為該当性
Summary本件は、後発メーカーであるサムスンが、自社のバイオ後続品(バイオシミラー)は特許権を侵害しないと主張しつつ、先発医薬品の特許権者リジェネロンが厚労省等に対して「特許権侵害に当たる」と情報提供した行為が、不競法2条1項21号に定める「虚偽の事実の告知」に該当するとして、その差止めを求めた仮処分命令申立事件である。知財高裁(第1部)は、2025年8月13日、医薬品承認は薬機法に基づく行政...

今後については、厚労省がパテントリンケージ運用の客観性確保を図るべく専門委員制度を試行するなど改善は進むものの(2025.10.11ブログ記事「厚労省、日本版パテントリンケージ制度の根拠となっている平成21年二課長通知を改正、新たな通知を発出」参照)、延長登録制度において解釈が十分に定まっていない論点や、パテントリンケージそのものにおける薬事行政上の課題は残されたままである(2025.09.07ブログ記事「2025.08.13 「サムスン v. リジェネロン」 知財高裁令和7年(ラ)10003 ― アイリーア®(アフリベルセプト)のパテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の信用棄損行為該当性」参照)。

なお、本件で問題となった効能・効果(本件用途1)を含むイグザレルト®のオーソライズドジェネリック(AG)は既に販売されている。一方で、本件用途1を効能・効果に含む他の後発医薬品は本判決言渡日において市場に存在しない。存続期間が延長された本件特許権の満了と併せ、今後の動向が引き続き注目される。


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