Jul 9, 2017

2017.05.30 「フォーモサ・ラボラトリーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10154

訂正が誤記の訂正を目的とするものであるというためには: 知財高裁平成28年(行ケ)10154

【背景】

「マキサカルシトール中間体およびその製造方法」に関する特許5563324の訂正審判請求(訂正2015-390128)不成立審決の取消訴訟。本件訂正の訂正事項は、明細書【0034】の「EAC(酢酸エチル,804ml,7.28mol)」という記載を「EAC(アクリル酸エチル,804ml,7.28mol)」という記載に訂正するものだった。


【要旨】

主 文
1 特許庁が訂正2015-390128号事件について平成28年3月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
裁判所の判断

取消事由1(目的要件の判断の誤り)について、裁判所は、
「特許法126条1項2号は,「誤記・・・の訂正」を目的とする場合には,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正をすることを認めているが,ここで「誤記」というためには,訂正前の記載が誤りで訂正後の記載が正しいことが,当該明細書,特許請求の範囲若しくは図面の記載又は当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに気付いて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないものと解される。」
と述べ、次のステップで、本件を検討し、本件明細書に接した当業者であれば、本件訂正事項に係る【0034】の「EAC(酢酸エチル,804ml,7.28mol)」という記載が誤りであることに気付いて、これを「EAC(アクリル酸エチル,804ml,7.28mol)」の趣旨に理解するのが当然であるということができるから、本件訂正は、「誤記・・・の訂正」を目的とするものということができると判断した。

Step 1: 本件明細書に接した当業者が,明細書の記載は原則として正しい記載であることを前提として,本件訂正前の本件明細書の記載に何らかの誤記があることに気付くかどうか。
「本件明細書に接した当業者は,【0034】の【化14】(化合物(3)から化合物(4)を製造する工程)において,側鎖を構成する炭素原子数の不整合によって,【0034】に何らかの誤記があることに気付くものと認められる。」
Step 2: 特定の反応工程(【0034】の【化14】)における技術的矛盾と,それに伴う誤記の存在を認識した当業者が,当該反応工程のうち,誤記が「EAC(酢酸エチル)」であると分かるかどうか。
「「(酢酸エチル,804ml,7.28mol)」という記載に示された化学物質名と,体積と,モル数とが整合しているかどうかを確認することは容易であるところ,…本件明細書に記載されているモル数と整合していないことが理解できる。…本件明細書に接した当業者は,…化合物(3)及び化合物(4)の化学構造については正しいものと理解し,「酢酸エチル」が誤記であると理解するものということができる。」
Step 3: 正しい記載が「アクリル酸エチル」であると分かるかどうか。
「化合物(3)と反応剤EACの反応機構に加え,化合物(4)の化学構造から,当業者は,【化14】の反応は,化合物(3)のアルコール性水酸基-OHの酸素の非共有電子対が反応剤(EAC)中のカルボニル基を構成する炭素原子の二つ隣の炭素原子を求核攻撃する,①3位に脱離基を有するプロピオン酸エチルを反応剤とする置換反応,又は,②アクリル酸エチルを反応剤とする付加反応のいずれかであると理解する。そして,…これらの反応剤の体積及びモル数が「804ml,7.28mol」という記載に整合するかどうかを検証してみると,…アクリル酸エチルの方が,本件明細書記載の上記数値に整合することが理解できる。…以上のとおり,「EAC」は,「アクリル酸エチル」の英語表記と整合し,略称と一致するものである上,モル数の記載とも整合するのであるから,当業者は,正しい反応剤が「アクリル酸エチル」であることを理解することができるというべきである。」
取消事由2(新規事項追加の判断の誤り)について、裁判所は、
「前記3の取消事由1で判断したとおり,本件明細書に接した当業者であれば,本件訂正事項に係る【0034】の「EAC(酢酸エチル,804ml,7.28mol)」という記載が誤りであり,これを「EAC(アクリル酸エチル,804ml,7.28mol)」の趣旨に理解するのが当然であるということができるから,本件訂正後の記載である「アクリル酸エチル」は,本件訂正前の当初明細書等の記載から自明な事項として定まるものであるということができ,本件訂正によって新たな技術的事項が導入されたとは認められない。したがって,本件訂正は,特許法126条5項に規定する要件に適合するものということができる。」
と判断した。

【コメント】

裁判所は、明細書の誤記の訂正(訂正前の記載「A」から訂正後の記載「B」に訂正すること)が許されるかどうかについての検討手順を下記のように行った。実務上の参考になる。
  • Step 1: 本件明細書に接した当業者が、明細書の記載は原則として正しい記載であることを前提として、本件訂正前の本件明細書の記載に何らかの誤記があることに気付くかどうか。
  • Step 2: 誤記の存在を認識した当業者が、誤記が訂正前の記載「A」であると分かるかどうか。
  • Step 3: 正しい記載が訂正後の記載「B」であると分かるかどうか。
とはいえ、審決では逆の結論だったのであり、Step 2および3の適否の判断が最も難しい点といえることには違いない。

参考: 審判便覧(第16版)38―03 P 訂正要件より
3.誤記の訂正

(1) 「誤記の訂正」とは、本来その意であることが、明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう。

(2) 誤記の訂正が認められるためには、特許がされた明細書、特許請求の範囲又は図面中の記載に誤記が存在することが必要である。このうち、請求項中の記載が、それ自体で、又は特許がされた明細書の記載との関係で、誤りであることが明らかであり、かつ、特許がされた明細書、特許請求の範囲又は図面の記載全体から、正しい記載が自明な事項として定まるときにおいて、その誤りを正しい記載にする訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
本件特許は、INPADOC family searchで検索しても本件日本特許以外の出願は海外にされていない。優先権の主張もない。本件特許に無効審判請求はされていない。本件特許発明は、化合物(3)等の中間体及びその製法であり、化合物(4)やその製法の発明ではない。つまり、本件で問題となった記載を訂正しようがしまいが本件特許発明の記載要件の適否には影響せず特許が無効とされる可能性はないと思われる。なぜ特許権者は本件訂正審判を請求したのかは定かではない。


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