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2023.03.22 「東亜産業 v. neo ALA」 知財高裁令和4年(行ケ)10091(5-アミノレブリン酸リン酸塩事件) - 刊行物に新規化学物質の発明が記載されているといえるか(引用発明の適格性)の判断基準 -

Summary

  • 5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)に係る特許発明の新規性が争点となった審決取消請求事件で、引用文献には、同物質が記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載が見当たらないことから、同物質を引用発明として認定することの可否が問題となった。
  • 知財高裁は、引用文献からは同物質を引用発明として認定することはできないと判断し、本件発明は引用発明に対して新規性を欠くものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはないとして、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。
  • 特許法29条1項3号の「刊行物」に新規の化学物質(物の発明)が開示されているといえるか否かについて説示された判断基準は、過去の知財高裁判決とも合致する。
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1.背景

本件(令和4年(行ケ)10091)は、発明の名称を「5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途」とするneo ALA(被告)の特許第4417865号に対して東亜産業(原告)がした無効請求(無効2021-800078号事件)に係る不成立審決の取消訴訟である。

本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「下記一般式(1)
HOCOCHCHCOCHNH・HOP(O)(ORn(OH)2-n (1)
(式中、Rは、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」

本件審決の理由の骨子は、「本件発明は、甲2(特表2003-526637号公報。以下「引用文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるとはいえないから、特許法29条1項3号に該当するとはいえない」というものである(第29条第2項にも該当せず)。

本件審決が認定した引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件審決が認定した本件発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。なお、「5-ALA」が「5-アミノレブリン酸」を意味することは技術常識であり、この点について当事者間に争いはない。

ア 一致点

「5-アミノレブリン酸に関する物」である点。

イ 相違点

本件発明は、「下記一般式(1)・・・(略)・・・で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」であるのに対して、引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」である点。

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2.裁判所の判断

本件(令和4年(行ケ)10091)では、5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否が問題となったところ、知財高裁(第3部)は、

  • 引用文献には、5-ALAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらないこと
  • 原告が主張する技術常識を検討しても、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえないこと

から、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない、と判断し、本件発明と引用発明との間には実質的な相違点があるから、本件発明は引用発明に対して新規性を欠くものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはないとして、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。

以下に、知財高裁の判断の詳細を紹介する。

(1)5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否

引用文献(特表2003-526637号公報)の段落【0012】

知財高裁(第3部)は、引用文献の段落【0012】には化合物である5-ALAホスフェートが記載されているものといえると認定したうえで、5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否を判断した。

なお、「5-ALAホスフェート」が「5-アミノレブリン酸リン酸塩」と同義であることは技術常識であり、この点について当事者間に争いはない。

知財高裁は、引用発明として認定することの可否について、以下のような判断基準を説示した。

「(ア) 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。

特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。

(イ) 以上を前提として検討するに、5-ALAホスフェートは新規の化合物であるところ、・・・引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらない(甲2)。

したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。」

原告は、甲17文献ないし甲19文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であったとして、本件優先日当時の当業者は、極めて容易に5-ALAホスフェートの製造方法を理解し得たものといえる等主張した。

しかし、知財高裁は、

甲17文献ないし甲19文献には5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえず、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとも認められないし、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を容易に見出すことができたというべき事情は存しないことからからすれば、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない、したがって、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない

と判断した。

(2)本件発明の引用発明に対する新規性の有無

以上の検討を踏まえ、知財高裁は、

本件審決が認定したとおり、引用文献から認定することができる引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明と引用発明との間には実質的な相違点があるから、本件発明は引用発明に対して新規性を欠くものとはいえない

と判断した。

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3.コメント

(1)新規の化学物質を引用発明として認定するためには

知財高裁は、 特許法29条1項3号の「刊行物」に「物の発明」という技術的思想が開示されているというためには、特に、当該物が新規の化学物質である場合には、

「一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。」

と説示した。

この考え方は、主に医薬品に関する新規の化学物質の発明について、新規性(進歩性)を判断するための引用発明の成立性/適格性(特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」であるか否か)、特に、その製造方法や入手方法が引用文献に記載されているかどうか又は出願時の技術常識に基づいて理解できるかどうか、について争われた過去の裁判での知財高裁の説示と合致している。

参考となる過去の判決を以下に列挙した。

  • 2008.06.30 「シオノケミカル v. ファイザー」 知財高裁平成19年(行ケ)10378(争点は新規性、2水和物の引用発明としての認定が問題となった)・・・「特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については,特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,まず,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることが必要であり,また,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該物の発明の構成が開示されていることに止まらず,当該「刊行物」に接した当業者が,特別の思考を経ることなく,容易にその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。そして,当業者が,特別の思考を経ることなく,容易にその技術的思想を実施し得る程度に 当該発明の技術的思想が開示されていることを要するという点は,「刊行物」に記載されている「物の発明」が,新規の化学物質の発明である場合と,公知の化学物質の発明である場合とを問わず,何ら変わりがない。ただ,それが公知の化学物質である場合には,先行技術文献の記載や技術常識等により,当該「刊行物」自体に当該化学物質の製造方法その他の入手方法が記載されていなくとも,当業者がその入手方法を理解し得ることが多いのに対し 新規の化学物質の場合には,一般に製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,当該「刊行物」にその技術的思想が開示されているというために,製造方法を理解し得る程度の記載があることを要する場合が少なくないということができる。新規の化学物質と公知の化学物質とで 「刊行物」に記載されているというために ,必要な記載内容(特に製造方法の記載の要否)が異なるように説明されることがあるのは,この点に由来するものである。」
  • 2008.04.21 「藤川 v. ファイザー」 知財高裁平成19年(行ケ)10120(争点は新規性、2水和物の引用発明としての認定が問題となった)・・・「特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については,特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該物の発明の構成が開示されていることに止まらず,当該刊行物に接した当業者が,特別の思考を経ることなく,容易にその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。そして,当該物が,例えば新規の化学物質である場合には,新規の化学物質は,一般に製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,刊行物にその技術的思想が開示されているというために,製造方法を理解し得る程度の記載があることを要することもあるといわなければならない。」
  • 2010.08.19 「メルク v. 日本薬品工業」 知財高裁平成21年(行ケ)10180(争点は進歩性、3水和物の引用発明としての認定が問題となった)・・・「ところで,特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に‥‥頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。特に,当該物が,新規の化学物質である場合には,新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,刊行物にその技術的思想が開示されているというためには,一般に,当該物質の構成が開示されていることに止まらず,その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして,刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。」(※本件判決文の説示は、上記判決の説示部分を全く同じく踏襲している)
  • 2012.02.08 「オルガノサイエンス・CHIRACOL v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10115(争点は新規性、化合物の引用発明としての認定が問題となった)・・・「本願発明は・・・特定の新規な化合物をその特許請求の対象とするものであるから,引用例に本願発明が記載されているといえるためには,引用例の記載及び本件出願日当時の技術常識を参酌することにより,当業者が,本願発明に包含される引用発明を製造することができたといえなければならない。・・・引用例に記載された引用発明を合成しようとすれば,当業者は,・・・を使用することにより,引用発明を得ることができると認識するものといえる。そして,このことは・・・引用例には引用発明の誘電異方性及び光学異方性の値が明記されており,したがって引用発明の発明者が引用発明を現実に製造していたことによっても裏付けられる。」
  • 2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184(大合議判決)(争点は進歩性、一般式形式記載の化合物の引用発明としての認定が問題となった)・・・「進歩性の判断に際し,・・・引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する・・・「副引用発明」・・・があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。」
  • 2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260(進歩性)・・・上述「知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184」に同じ。

(2)5-アミノレブリン酸(5-ALA)について

5-アミノレブリン酸(5-ALA)は、生体内に含まれるアミノ酸の一種であり、プロトポルフィリンIXを経てヘムに変換されるが、腫瘍細胞ではプロトポルフィリンIXが選択的に蓄積する。

このプロトポルフィリンIXは青色光で励起されると赤色蛍光を発する光感受性物質であることから、この性質を利用して、5-アミノレブリン酸を投与よることによって悪性腫瘍の視認性を高める術中診断が開発された。

日本では、5-アミノレブリン酸塩酸塩を有効成分とする以下の体内診断用医薬品が製造販売承認されている。

  • アラベル®内用剤1.5g(製造販売元: ノーベルファーマ)が、悪性神経膠腫の腫瘍摘出術中に腫瘍組織を特異的に可視化する体内診断薬として、2013年3月25日に製造販売承認を取得
  • アラグリオ®内用剤1.5g/顆粒剤分包1.5g(製造販売元: SBIファーマ、販売元: 日本化薬)が、経尿道的膀胱腫瘍切除術時における筋層非浸潤性膀胱癌の可視化する体内診断薬として、2022年9月30日に製造販売承認を取得

他方、本件発明である5-アミノレブリン酸リン酸塩については、少なくとも、東亜産業、ネオファーマジャパン、SBI グループが、サプリメントや化粧品等として販売しているようであり、以下のウェブサイトでその存在を把握することができる(最終アクセス: 2023.04.15)。

(3)5-アミノレブリン酸リン酸塩を巡る特許紛争

前述のとおり、本件発明である5-アミノレブリン酸リン酸塩については、東亜産業、ネオファーマジャパン、SBI グループがサプリメント又は化粧品等を販売しているが、これらメーカーの間には5-アミノレブリン酸リン酸塩を巡る特許紛争が過去又は現在存在する。

ア ネオファーマジャパンと東亜産業との関係

2022年4月25日付のネオファーマジャパンのプレスリリース(株式会社東亜産業に対する特許権侵害訴訟提起のお知らせ)によると、ネオファーマジャパンのグループ会社であるneo ALAは、東亜産業に対し、neo ALAが保有する特許権(本件特許第4417865号)に基づく差止請求訴訟を、2022年4月20日付で東京地裁に提起したとのことである。 

本件特許に対して、2021年9月に東亜産業より特許無効審判の請求がされたが、本件審決取消訴訟(令和4年(行ケ)10091)においてneo ALAが勝訴したことは本記事で紹介したとおりである。

イ ネオファーマジャパンとSBI ファーマとの関係

2022年8月23日付のネオファーマジャパンのプレスリリース(和解による訴訟の全面解決のお知らせ)及びSBI ファーマのプレスリリース(和解による訴訟の全面解決のお知らせ)によると、ネオファーマジャパン、neo ALA、SBI ホールディングス及びSBI ファーマは、各当事者がそれぞれの立場で、5-アミノレブリン酸を活用した事業を通じ社会に貢献することを目指し、合意書を締結し、互いとの間に存在した裁判上のおよび裁判外の問題の一切を円満に解決したとのことである。

この合意に至る前の両社間の関係と経緯については、以下のプレスリリースが参考になる。なお、本件特許第4417865号は、もともとコスモ石油が特許権者であったところ、neo ALAが承継したものである。

(4)実務への雑感

新規の化学物質について、特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」であるかどうかの引用発明としての適格性の問題は、本件無効請求で主張されたような「第三者」の引用文献よりも、「自分自身」が特許出願して公開された特許公報が、後に生まれた重要な新規の化学物質の発明の特許性を制限してしまうケースにおいて議論されることが実際には多いかもしれない。

特に、医薬品分野では、有効成分としてのフリー体化合物や一般的なその塩体を明細書に記載して特許出願(先の出願)をした後、その有効成分に関して物性等に問題が生じたため、その塩体を変更して開発することが必要になる場合がある。

この場合、先の出願明細書には、有効成分との一般的な塩体の例として記載されてはいるが、変更された塩体についての製造例等は具体的に記載されていないため、変更されたその塩体の発明に関する特許的な対応について検討する必要がでてくる。

このような事態に対処することは、知財担当者にとって悩ましいことかもしれない。具体的な塩体の発明を特許出願(後の出願)したとして、その難航するであろう権利化のために、自分自身がした先の出願の権利範囲に穴が開いていたかのような主張をするわけにもいかないからである。下手をすれば先の出願と後の出願の両方の特許性に疑義を生じさせる出願人の主張は、後の特許権の行使の場面で大きな弱点を後発品メーカー等に与えることになるかもしれない。

本件特許(第4417865号)の審査経過を眺めたところ、本件特許はもともとコスモ石油が出願したものであり、特許庁が発した特許法29条1項3号(新規性)及び同条2項(進歩性)の拒絶理由通知に引用された刊行物(引用文献2から4)は、コスモ石油自身が特許権者である特許に係る出願の公開特許公報であった。

この拒絶理由通知を受けた2008年当時、引用文献2から4に当たる先の出願は、既に各々特許(第2887554号第2896963号、第2613136号)として登録されており、その請求の範囲は、例えば「5-アミノレブリン酸又はその塩を有効成分とする植物成長促進剤」(第2613136号)のように、5-アミノレブリン酸リン酸塩を包含する「その塩」を構成として有するものであった。

しかし、コスモ石油は、本件特許の審査において、自分自身の先の出願である引用文献2から4には5-アミノレブリン酸リン酸塩は記載されていない、まるでその請求の範囲は実施可能要件を満たしていないことを自白するかのように、自分自身の先の出願に対して容赦ないダメ出しの主張を展開している。以下はその意見書の抜粋である。

「引用文献2~4には、5-アミノレブリン酸の塩として、リン酸塩も記載されていますが、多数例示されている塩のひとつとして記載されているに過ぎず、実施例で具体的に記載されている塩は、5-アミノレブリン酸塩酸塩のみであり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造した具体的実施例は記載されていません。5-アミノレブリン酸は、非常に不安定なアミノ酸であり、塩酸塩とすることにより、安定化することが知られていました。しかしながら、リン酸塩についてはもちろん、塩酸塩以外の塩について、具体的に製造して単離した例はありませんでした。これは、塩酸塩以外の塩、特にリン酸塩が安定に存在し得るか、かつその塩の優れた効果が予測されておらず、さらに、製造が非常に困難であったことが原因と思われます。」

コスモ石油は、先の出願に係る特許(引用文献2から4の特許)よりも、後の出願である本願発明がより重要であるとして、このような主張に踏み切ったと想像される。

その後、引用文献2から4の特許は、2011年から2014年にかけて存続期間満了又は年金不納により抹消となった。

頒布された刊行物に記載された発明(特許法29条1項3号)とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されている事項から出願時における技術常識を参酌することにより「当業者」が導き出せる事項から客観的に把握されるものであって、「それを頒布した者」や「記載した者」の意図によって解釈が変わるものではないことや、信義誠実の原則の下、出願人による積極的な情報開示を促すものとして導入された先行技術文献開示要件義務(特許法36条4項2号)違反は無効理由とはならないこと、は承知の上で、それでも、上述のような事実から、

  • 本件特許に係る特許権者自身が、引用文献である明細書に、実施可能要件を満たすものとして5-アミノレブリン酸リン酸塩も意図的に「記載」し、特許を取得したのだから、そのリン酸塩は特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」であるものと特許権者自身が自白した、といえるのではないか
  • 後になって「実は、そのリン酸塩を製造することは非常に困難であった。従って、そのリン酸塩を記載はしたが、刊行物に記載された発明ではない」・・・などと矛盾したことを述べることは許されないのではないか
  • 実は製造が非常に困難な新規な化学物質の発明を、出願明細書及び特許請求の範囲に記載しておき(製造可能かのように偽り)、第三者による同発明の特許出願または参入を諦めさせ、自分はその発明の製造に成功した後に、先の出願において記載した同発明については実は製造が非常に困難だったと主張して引用発明としての適格性を否定、改めて同発明について特許を取り直すという、同一発明の独占期間を実質的に延長させるような行為を許すことにならないだろうか

といった、信義則、エストッペル、inequitable conduct(不衡平行為)の観点での主張も検討されてもよいのではないかとも個人的には原告主張に若干の物足りなさを感じるのである(日本で受け入れられる観点か疑問はあるが)。

Fubuki
Fubuki

審査過程と侵害訴訟とで権利者(出願人)が相反する主張をすることを許さない「包袋禁反言」とは別に、日本では、出願人自身や発明者自身の過去の発言や主張と、裁判所での同出願人による「特許性」の主張とが矛盾することを許さない、例えば、引用発明適格又は動機付けにおいて特許権者(出願人)に不利に働く・・・といった信義則又はエストッペルの法理はあるのでしょうか。

本件で問題とされた引用文献(甲2:特表2003-526637号公報)はコスモ石油自身のものではないが、もし、上記引用文献2~4が問題となっていたとしたら、このような議論や検討の余地があったのかどうか気になるところである。

化学物質発明ではないが、自分自身がした出願または刊行物が引用文献となって、その引用文献中の記載が引用発明適格性を満たすかどうかで特許性が争われ、出願人又は発明者自ら発した(不用意な?)言葉への責任を感じさせるところがあった過去の医薬関連事件として、以下の判決がある。

2023.01.12 「東和薬品・共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 令和3年(行ケ)10155, 10157・・・パーキンソン病治療剤ノウリアスト®の医薬用途発明の特許性 引用文献記載は「実証的でない」と判断
Summaryパーキンソン病治療剤ノウリアスト®(一般名:イストラデフィリン)の医薬用途発明に係る協和キリンの特許第4376630号についての無効請求不成立審決の取消訴訟で、裁判所は、原告ら(東和薬品、共和薬品工業、日医工)の取消事由(新規性の欠如、進歩性の欠如等)は理由がないとして、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。その判断は、引用文献(発明者らが共著者であった)の考察の記載は試験結果等に...
2015.08.20 「サントリー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10182
引用例中の医薬用途の列挙と引用発明の認定: 知財高裁平成26年(行ケ)10182【背景】「日中活動量の低下および/又はうつ症状の改善作用を有する組成物」に関する特許出願(特願2005-191506、特開2007-8861)の拒絶審決(不服2012-6456)取消訴訟。争点は進歩性。本願補正発明(請求項4):構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のため...

さて、本件含め、引用文献における引用発明(新規な化学物質の発明)の適格性を否定した判決は前記3.コメント(1)において挙げたとおり幾つか存在するが、そうだとしても、引用文献に「記載がある」のに特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」ではないと主張することはやはり難しい。

新規な化学物質について、引用文献に「記載がある」にもかかわらず、その引用発明の適格性を否定するためには、その化学物質が引用文献の記載および出願時の技術常識に基づいて当業者が容易に製造又は入手可能なものではなかったことを主張しなければならず、ケースバイケースとはいえ、一般的には、新規性だけでなく進歩性のハードルもかなり高く、その主張が認められることは困難な場合が多いと思われる。

例えば、有効成分の塩体の発明の進歩性が問題となった以下の事件がある。

2006.06.27 「ヴィアトリス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10630
公知化合物(フリー体)に対する塩体の進歩性は?: 知財高裁平成17年(行ケ)10630【背景】「R-チオクト酸の固体塩を含有する服用形」の発明について、進歩性なしとの拒絶審決に対して取消訴訟を提起した。引例とは「R-チオクト酸を含有する固体形状の服用形」で一致、本件発明は塩であるが、引例はフリー体である点で相違していた。請求項1:R-チオクト酸と,アルカリ金属又はアルカリ土類金属,水酸化アンモニウ...

しかし、本件は、新規な化学物質について引用発明の適格性を否定した事案であり、その知財高裁の説示も明確であった。新規な化学物質の発明で新規性又は進歩性を問われるような場面に直面した際に、知っておくと有用な事件であるといえるだろう。

コメント

  1. 等々力陽子 より:

    結局、東亜産業とネオファーマジャパンの、5-alaの、成分は、
    同じであると、理解して、良いのでしょうか?

    • Fubuki Fubuki より:

      コメントありがとうございます。

      ご質問は、判決で問題となった特許発明5-ALAホスフェートと引用発明のことではなく、関連製品の成分として用いられている5-ALAについてのことと理解しました。「同じ」かどうかというレベル感について、ご質問の趣旨の答えになっているかどうかわかりませんが、以下のとおり、厳密には化学物質5-ALAが(特に塩体として)同じかどうか、さらにその原薬の品質を確保するための規格や製造方法についても同じかどうかは情報を持っておりません。

      「東亜産業の5-ALA」については、例えば、同社サイト
      https://toamit.jp/products/toa-alasd-001/
      には「5-アミノレブリン酸塩」としか記載されていません。この点については、2022年4月25日付のネオファーマジャパンのプレスリリースによると、ネオファーマジャパンのグループ会社であるneo ALAは、東亜産業に対し、本件特許第4417865号に係る特許権に基づく差止請求訴訟を、2022年4月20日付で東京地裁に提起したとのことですので、判決が明らかになれば、東亜産業の5-ALAが化学物質としてどのようなものなのか(特に塩体として)明らかになるかもしれません。

      他方、「ネオファーマの5-ALA」については、例えば同社サイト
      https://www.neopharmajp.co.jp/business-ala
      には「5-ALAは医薬品以外にも、肥料、飼料、健康食品、化粧品まで、さまざまな用途で使用されています。5-ALAの規格、製造工程、原料等は各用途に応じて異なります。」と記載されています。従って、両社製品にそれぞれ含まれている5-ALAの規格や製造工程等が全く同じかどうかは不明です。

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