スポンサーリンク

「知的財産推進計画 2026」と製薬業界からの提出意見 ― 製薬業界は何を課題と捉え、政府に何を求めているのか ―

スポンサーリンク

1.はじめに

2026年6月12日、知的財産戦略本部は、「知的財産推進計画 2026」を発表しました。

本計画では、生成AI時代を見据えた知財・無形資産戦略、国際標準化、コンテンツ・クールジャパン戦略などが掲げられるとともに、知的財産の「創造・保護・活用」の各段階における施策の方向性が整理されています。

製薬業界との関係では、「産業財産権制度・運用の強化」の項目において、医薬品データ保護制度の法制化の必要性について調査・分析を継続することが盛り込まれました。

「欧米等においては医薬品データ保護が法制化されているのに対し、日本においては医薬品データ保護を直接規定する法律はなく、再審査制度(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第 14 条の4)が医薬品データ保護の役割を実質的に有している状況にある。医薬品データ保護制度が独立して存在しないために、制度に詳しくない者が日本には医薬品データ保護制度は存在しないと認識するおそれがあると指摘がなされている。このため、次の「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」等の改正に係る議論に向けて、関係業界団体等において議論を集約するなど、医薬品データ保護制度を法制化する必要性について引き続き調査・分析をすることが求められる。」

Fubuki
Fubuki

医薬品データ保護制度の法制化に向けた機運が高まりつつあります。

これに先立ち、2026年3月17日には、「知的財産推進計画2026」の策定に向けた意見募集(パブリックコメント)の結果が公表されています(「知的財産推進計画2026」の策定に向けた意見募集の結果について)。

提出された意見は計901件に及び、日本製薬工業協会、日本ジェネリック製薬協会、一般社団法人日本知的財産協会などの業界団体からも意見書が提出されました。

これらの意見書は、個別制度に対する要望を超えて、日本における医薬品イノベーションを取り巻く制度的課題と、産業界が政府に求める方向性を示すものとしてたいへん興味深いものです。

本記事では、主要な業界団体の意見を概観し、その背後にある問題意識を整理します。

なお、筆者自身も本意見募集に対し、①治療方法発明の保護と医師の免責の明確化、②医薬品データ保護制度の法制化、③パテントリンケージの法制度化、の三点について意見を提出しています(2026.02.08ブログ記事「知的財産推進計画2026に向けた意見 ― 治療方法発明の保護と医師免責、医薬品臨床試験データ保護、パテントリンケージの法制度化を求めて ―」参照)。

知的財産推進計画2026に向けた意見 ― 治療方法発明の保護と医師免責、医薬品臨床試験データ保護、パテントリンケージの法制度化を求めて ―
日本政府の知的財産戦略本部では、同本部の下に設置された構想委員会において、「知的財産推進計画 2026」の策定に向けた検討が進められています。その一環として、今後の検討に資することを目的に、2025年12月1日から2026年1月7日までの期間で意見募集が実施されました。私自身もこの意見募集に対し、①再生医療等の進展により治療方法それ自体が重要な知的成果となるにもかかわらず、現行特許制度における方法...
スポンサーリンク

2.日本製薬工業協会 知的財産委員会

日本製薬工業協会の意見は、大きく四つの柱に整理することができます。

第一は、AI関連発明に関する審査基準の国際的調和です。AIを利用した発明については、今後各国で審査事例が蓄積されるにつれて判断のばらつきが生じることが懸念されています。特に、記載要件の判断手法を含む審査基準やガイダンスについて国際的な整合性が確保されなければ、企業による権利化の予見可能性は大きく損なわれます。このため、日本特許庁が主導してハーモナイゼーションを進めるべきとされていますが、その際には産業分野ごとの技術特性やAI活用の実態の違いを踏まえ、特定分野に偏らない形で幅広く産業界の意見を反映する必要があると指摘しています。

第二は、医薬品データ保護制度の法制化です。日本では再審査制度が実質的にデータ保護の機能を果たしているとされますが、臨床試験データの保護を直接規定する法律は存在せず、その制度的位置付けは必ずしも明確ではありません。新薬開発は長期間かつ巨額の投資を要し、特許期間のみでは投資回収が困難となる場合もあることから、臨床試験データを一定期間保護する制度の明確化は不可欠です。とりわけ、ドラッグラグ・ロスの拡大が懸念される中、日本市場への投資インセンティブを確保する観点からも、欧米や韓国と同様にデータ保護制度を独立した法制度として整備すべきであり、単なる「現状と課題」にとどまらず、「施策の方向性」として明記すべきと踏み込んだ提言をしています。

第三は、産学連携における対価算定の適正化です。近年、大学側が「知」の貢献に対する対価を請求する動きが広がっていますが、その算定根拠が十分に説明されない事例や、個別の研究内容を踏まえない一律的な請求がなされる事例、さらには対価の使途が不透明な事例など、企業との間で相互理解が十分に形成されていないケースが指摘されています。本来、産学協創における対価は個別の価値創出に応じた交渉によって決定されるべきものであり、現状の運用実態を分析した上で、適切な評価・算定の在り方を整理する必要があると提言しています。

第四は、研究開発を阻害しない国際制度設計への対応です。生物多様性条約(CBD)における遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)の利益配分や、WHOのパンデミック協定における病原体アクセスと利益配分(PABS)について、過度な経済的負担や多重的な利益配分義務、複雑な手続が課される場合には、研究開発活動や知的財産の創出に重大な負の影響を及ぼすおそれがあると強い懸念が示されています。迅速なデータアクセスが不可欠な医薬品開発において、アクセスの遅延や制度的不確実性は致命的となり得るため、企業の自主性を尊重しつつ、研究開発を阻害しない制度設計となるよう国際的議論に対応すべきと提言されています。

以上から、日本製薬工業協会の意見に共通するのは、医薬品イノベーションを支える制度の予見可能性と投資回収可能性を高めることです。AI時代の特許実務への対応からデータ保護制度、産学連携、さらには国際ルール形成に至るまで、一貫して「研究開発を阻害しない制度環境の整備」が求められています。

スポンサーリンク

3.日本ジェネリック製薬協会

日本ジェネリック製薬協会の意見は、特許制度の運用が後発医薬品の参入に与える影響に焦点を当てたものであり、大きく三点に整理できます。

第一は、特許の質の確保です。医薬分野では、用法・用量特許などを通じて既存の有効成分に関する技術についても新たな特許が成立する例が増えていますが、その中には実質的にパブリックドメインを侵食するものが含まれると指摘しています。このような特許は後に無効とされる例も少なくない一方で、後発医薬品の承認を遅延させることにより医療費抑制にも影響を及ぼし得ると述べています。そのため、真に保護に値する発明に限定するよう審査を厳格化し、特許の質を確保すべきであると提言しています。

第二は、分割出願制度の濫用抑制です。本来、出願人保護のための制度である分割出願が、実務上は権利化の先延ばしや権利範囲の不確定化を通じて競合他社を牽制する手段として利用されていると指摘しています。その結果、長期間にわたり権利範囲が確定しない出願が存在し、第三者に過度な回避設計を強いるなど競争環境を歪めていると述べています。このため、分割の時期や回数に一定の制限を設けるなどの制度的対応が必要であると提言しています。

第三は、損害賠償制度の強化への反対です。損害賠償の強化は、特に医薬品分野において後発企業の参入リスクを高め、市場参入の遅れや医療費抑制の阻害につながるおそれがあると述べています。また、企業が訴訟を回避する傾向が強まれば判例の蓄積が進まず、不適切な特許が事実上維持される可能性もあると指摘しています。このような観点から、過度な賠償強化は慎重であるべきと提言しています。

これらの提言の根底にあるのは、特許制度が競争制限の手段として過度に利用されることへの警戒感です。日本ジェネリック製薬協会は、特許の質の確保と制度運用の適正化を通じて、後発医薬品の円滑な参入と医療アクセスの向上を図るべきとの立場を明確に示しています。

スポンサーリンク

4.一般社団法人日本知的財産協会

日本知的財産協会の意見は多岐にわたりますが、ライフサイエンス分野に関しては、制度運用の不確実性や国際的整合性への懸念を背景として、以下の四点に整理することができます。

第一は、医薬品データ保護制度の法制化です。再審査制度は実質的にデータ保護の役割を担うとされるものの、その本来の目的は安全性・有効性の再確認にあり、臨床試験データの保護とは制度趣旨を異にします。このため、現行制度ではデータ保護の位置付けが不明確であり、国際的にも理解されにくい状況にあります。医薬品開発の高リスク性と長期性を踏まえれば、特許制度と並ぶ基盤としてデータ保護制度を独立して明確化する必要があり、知財推進計画において具体的施策として明記することを求めています。

第二は、パテントリンケージ制度の透明性向上です。専門委員制度において、個別案件に関与した委員の氏名や所属が非公開とされているため、当事者企業であっても利益相反の有無を検証できないという問題を指摘しています。パテントリンケージ制度は知的財産保護と医薬品の安定供給の調整を担う重要な仕組みである以上、その運用の透明性と信頼性の確保が不可欠であり、情報公開の在り方や関係省庁間の連携強化を求めています。

第三は、特許期間延長制度の明確化です。日本の延長制度は諸外国と比較して複雑であり、その解釈や適用を巡って紛争が生じやすい構造にあります。その結果、本来回避可能であった紛争が発生し、事業の予見可能性が損なわれてると指摘しています。製薬ビジネスにおいては制度の明確性が投資判断に直結することから、公正で信頼性の高い制度運用の確立を求めています。

第四は、国際的な遺伝資源関連ルールへの慎重対応です。CBDにおけるDSIの利益配分制度や、WIPO新条約における遺伝資源の開示要件について、過度な義務や不透明な制度設計は企業に追加的負担を課し、研究開発や知的財産の創出を阻害するおそれがあると指摘しています。とりわけ、PCT制度における開示要件の議論については、出願人に不必要な負担を課すことのないよう慎重な検討を求めており、国際的制度設計とその国内実装においては拙速な導入を避けるべきと述べています。

以上から、日本知的財産協会の意見には、国際整合性と制度運用の透明性・予見可能性を重視する姿勢が色濃く表れています。特にライフサイエンス分野では、制度の不明確さや過度な規制がイノベーションの阻害要因となることへの強い問題意識がうかがわれます。

スポンサーリンク

5.おわりに

これらの意見から浮かび上がるのは、個別制度の是非を超えた、製薬産業に共通する構造的課題です。

すなわち、「予見可能性」「投資回収可能性」「国際整合性」という三つの観点において不確実性や過度な負担が生じれば、研究開発投資そのものが萎縮し、医薬品イノベーションの基盤が損なわれかねないという問題意識です。

特許制度、薬事規制、さらには国際ルール形成のいずれにおいても、この三つの要素をいかに確保するかが、今後の知的財産政策の重要な論点となると考えられます。

今回の「知的財産推進計画2026」では、医薬品データ保護制度の法制化の必要性について調査・分析を継続する方針が盛り込まれました。一方で、パテントリンケージ制度の透明性確保や特許期間延長制度の明確化、国際ルール形成への対応など、業界団体から提起された多くの課題は計画には反映されませんでした。

もっとも、こうした論点が重要性を失ったわけではありません。むしろ、ドラッグラグ・ロスや国際的な研究開発競争が深刻化する中で、これらの課題は今後も繰り返し議論されることになると考えられます。


※ご覧いただきありがとうございます。この記事の内容について、読者の皆さまのご意見や気づきもぜひお聞かせください!

以下のようなご感想・質問、大歓迎です!

  • 🤔ここ理解しづらいな、という部分はありましたか?
  • 🤔このニュース、事件、判決例の実務影響についてご意見ありますか?
  • 🤔過去の類似事例や判決例をご存じでしたら教えてください!
  • 🤔恥ずかしい質問、つぶやき、大歓迎です
  • 「👍」「なるほど」「疑問あり」だけでもOK!

コメント欄は↓ コメントは匿名OK! ぜひ気軽に投稿してください🙇

皆さんの反応が、次回の記事や解説のヒントになります🥰


アシスタントたち

Robot icons created by Freepik – FlaticonRobot cat icons created by Freepik – Flaticon

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました