第一三共株式会社(以下「第一三共」)とSeagen Inc.(以下「Seagen社」)との間では、ENHERTU®(エンハーツ®)を含むADC技術に関して米国で複数の法的係争が進行してきました。今回、それら主要な3件の争訟において、第一三共の主張がいずれも認められる結果が出揃いました。
ENHERTU®関連ADC特許訴訟、控訴審で第一三共が一審判決を覆す
2025年12月3日、第一三共は、Seagen社が米国特許第10,808,039号(以下「’039特許」)に基づき、テキサス州東部地区連邦地方裁判所(以下「テキサス地裁」)で提起していた特許権侵害訴訟の控訴審において、2025年12月2日(現地時間)、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が’039特許を無効と判断し、一審判決を取り消す決定を下したと公表しました。
本件では、2023年10月17日の一審判決(2023年10月18日付第一三共プレスリリースにて公表)において、’039特許は有効と判断され、第一三共に対し、特許権侵害に基づく損害賠償および2022年4月1日から’039特許が満了する2024年11月4日までのENHERTU®の米国売上に対するロイヤルティ支払が命じられていました。第一三共はこの一審判決を不服として控訴しており、今回、それが認められた形となります。なお、Seagen社は2023年にPfizer社により買収されています。
参考:
- 2025年12月3日付 第一三共プレスリリース「当社ADC製品に関するSeagen社との特許係争の判決に関するお知らせ」
- 2025.12.02 Seagen v. Daiichi Sankyo CAFC docket No. 2023-2424, 2024-1176
- 2023.10.18ブログ記事「米国でのSeagen社ADC特許侵害訴訟、Enhertu®販売の第一三共に損害賠償とロイヤルティ支払いを命じる地裁判決」参照。

ENHERTU®(エンハーツ®)は、ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)に対するヒト化モノクローナル抗体とトポイソメラーゼI阻害作用を有するカンプトテシン誘導体(ペイロード)を、リンカーを介して結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate: ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(trastuzumab deruxtecan)を有効成分とする抗悪性腫瘍剤です。2019年3月、第一三共とAstraZeneca社は、全世界(第一三共が独占的権利を有する日本は除く)においてトラスツズマブ デルクステカンを共同で開発及び商業化する契約を締結し、2019年12月に米国で承認、2020年3月には日本でも承認され、販売されています。
’039特許のクレームは、特定のリンカーを介して抗体と薬物を結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate: ADC)に関する発明です。Seagen社は、この出願をENHERTU®と関係のないクレームで継続出願と登録でつないできていましたが、第一三共とAstraZeneca社との契約発表(2019年3月)を見たからでしょうか、2019年7月にはじめてENHERTU®の有効成分であるトラスツズマブ デルクステカンのリンカー部分に合わせ、それを包含するクレームの継続出願にチャレンジしてきました。そして、特許許可通知を受け、その3日後に登録料を支払い、2020年10月20日に、’039特許の登録に漕ぎつけました。既に、ENHERTU®が米国で承認された2019年12月から約10カ月が経っていました。このように競合する技術分野で出願を分割・継続出願により繋ぐ戦略は、他社の参入を阻止しつつ自社の製品価値を高めるための重要な戦略上の一手段といえます。
しかし、本件では、第一三共に軍配が上がった形となりました。
米CAFC、Seagen社の控訴を相次ぎ棄却 ― ’039特許無効判断は揺るがず
また、今回の控訴審判決により’039特許が無効と判断されたことに関連して、第一三共が米国特許商標庁に請求していた’039特許に対する特許付与後レビュー(Post Grant Review、以下「PGR」)の控訴審についても、2025年12月2日(現地時間)、米国連邦巡回区控訴裁判所がSeagen社の控訴を棄却する判決を下しました。
なお、2024年1月16日のPGR決定(2024年1月17日付第一三共プレスリリースにて公表)において、’039特許は無効と判断されており、Seagen社はこのPGR決定を不服として控訴していました。
参考:
- 2025.12.02 Seagen v. Daiichi Sankyo CAFC docket No. 2024-1878
- 2024.01.18ブログ記事「Seagen社の抗体薬物複合体(ADC)特許と第一三共 Enhertu®(エンハーツ)を巡る特許紛争 特許付与後レビュー(PGR)において米国特許商標庁がSeagen社特許を無効と判断」

ADC技術の権利帰属でも第一三共が勝利 ― 仲裁判断は既に最終確定
第一三共とSeattle Genetics, Inc.(現Seagen社)は、2008年7月から2015年6月にかけて、ADCの共同研究を実施していました。この共同研究終了から数か月後、ADC製品ENHERTU®の有効成分であるトラスツズマブ デルクステカン(DS-8201a)の臨床試験が開始されました。Seagen社は、第一三共との共同研究に関連して、第一三共のADC技術に関する特定の知的財産権はSeagen社に帰属すると主張していました。
仲裁判断により、ENHERTU®の有効成分であるトラスツズマブ デルクステカンおよび他のいくつかの医薬品候補に第一三共が使用した特定のADC技術に関する知的財産権がSeagen社に帰属するとの同社の主張は退けられましたが、Seagen社は、この仲裁判断に対し、ワシントン州西部地区連邦地方裁判所へ取消し申立てを行っていました。
しかし、同地裁は2024年4月1日の判決においてSeagen社の申立てを棄却しており、仲裁判断は最終的に確定しています。
参考:
- 2024.06.28ブログ記事「第一三共ADC技術の知的財産権の帰属を巡るSeagen社との紛争における仲裁廷による判断が最終確定 Seagen社特許の有効性を巡る争いはCAFCによる判断が待たれる」参照。

以上のとおり、特許権侵害訴訟控訴審、PGR控訴審、そしてADC技術の権利帰属に関する仲裁判断のいずれにおいても、第一三共の主張が全面的に認められた形となりました。



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