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2010.11.17 「カプスゲル v. クオリカプス」 知財高裁平成21年(行ケ)10253

#4000のポリエチレングリコール: 知財高裁平成21年(行ケ)10253

【背景】

被告(クオリカプス)が有する「ハードゼラチンカプセル及びハードゼラチンカプセルの製造方法」に関する本件特許(第4099537号)に対する原告(カプスゲル)の特許無効審判請求について、特許庁が引用発明9等に基づいて容易に発明することができたものということはできない等として本件特許を無効にすることができないとしたため(無効2008-800146号)、原告が審決取消訴訟を提起した。

本件発明は、吸水性又は吸湿性物質を充填した場合におけるハードゼラチンカプセルにおいて、皮膜の低含有水分下での機械的強度の脆さ等の不都合を解消するため、ゼラチンを水に溶解した溶液に、#4000のポリエチレングリコールを、ゼラチンに対して3~15重量%の割合で添加したジェリーを用いて、浸漬法にて非フォーム状ハードゼラチンカプセルを製造することをその技術内容とするもの。本件発明1は、#4000のポリエチレングリコールを特定の含有量で含むのに対し、引用発明9は、グリセリン等の可塑剤を含み、その含有量を特に規定していない点において両者は相違していた。

請求項1(本件発明1):

ポリエチレングリコールをゼラチンに配合して得られるハードゼラチンカプセルであって,前記ポリエチレングリコールとして#4000のポリエチレングリコールを用い,かつその含有量がゼラチンに対して3~15重量%であることを特徴とする吸水性又は吸湿性物質を充填するための非フォーム状ハードゼラチンカプセル

【要約】

裁判所は、引用例2について、

「引用例2には,低湿度下(P/Po<0.5~0.6)では,可塑剤としてグリセリンを10%又は20%配合したゼラチンフィルムと比較して,可塑剤としてPEG-3000を1%,3%又は5%配合したゼラチンフィルムの方が,耐衝撃強度が改善されることが開示されているといえる。」

と認定し、

「本件審決が,引用例2には,ゼラチン単独フィルムの耐衝撃強度の向上には,グリセリンよりも特定のポリエチレングリコールの方がよいことについて開示されているとは認められないとした判断は誤りといわざるを得ない。」

と判断した。

この点について被告は、

「引用例2に応用分野として例示されている「マイクロカプセル」は,カプセル剤とは全く異なるものであり,「医薬」という広範な指摘についても,直ちにハードゼラチンカプセルへの適用が記載されているということもできない」

と主張したが、裁判所は、

「引用例2は~ゼラチン自体の物理,機械的特性に関する一般的な知見を開示するものであって,特定の用途におけるゼラチンの性質に限定して記述されているものではない。実際,引用例2は,ハードゼラチンカプセルに関する専門書である引用例6(甲6)にも引用されており,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文献であるということができる。」

として被告の主張を採用しなかった。

引用発明9に上記引用発明2を組み合わせることについて、裁判所は、

「引用発明9は,ゼラチンカプセルを低湿度下に保存した場合,カプセルが破壊されやすくなるという課題を有するものであり,また,引用例2は,前記のとおり,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文献ということもできるから,引用発明9と同じ技術分野に属するものといって差し支えない。
したがって,引用発明9の,ハードゼラチンカプセルの低湿度環境におけるカプセルの破壊を改善する目的で,引用例2により開示された技術的知見に基づき,ハードゼラチンカプセルを製造するために用いるゼラチン基剤の可塑剤として,グリセリンに代えて,グリセリンよりも低湿度下において優れた耐衝撃強度を与えるPEG-3000,あるいはそれに類似するポリエチレングリコールをゼラチンに対して1~5%程度添加することは,当業者が容易に行い得ることであるものと認められる。かかる添加割合は,本件発明における#4000のポリエチレングリコールの添加割合(3%~15%)と重複する範囲であり,~添加量の上限及び下限は,当業者が実験等により,適宜設定し得る事項であるということができる。」

と判断した。

また、本件発明の「#4000のポリエチレングリコール」について、裁判所は、

「被告は~日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000)であると主張し,本件審決も同様の認定をするところ,本件明細書には,#4000のポリエチレングリコールが日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000であることは明記されておらず,また,本件基礎出願の公開特許公報(甲11)には,分子量によりポリエチレングリコールを特定する旨の記載があることなどからすると,本件明細書における「#4000のポリエチレングリコール」については,明確性の要件を充足しているかなお疑問が残るものであり,原告も,取消事由4として主張するものである。
もっとも,明確性の要件を充足するか否かはともかくとして,被告の主張を前提とすれば,「#4000のポリエチレングリコール」とは,日本薬局方(甲38)収載の,平均分子量が2600~3800のポリエチレングリコールであるから,PEG-3000,すなわち,平均分子量3000のポリエチレングリコールに類似するものとして,化学構造が共通し,平均分子量において重複する#4000のポリエチレングリコールを用いることは,当業者が容易に行い得ることである。
(ウ) 以上からすると,本件審決が,本件相違点について,グリセリン等の可塑剤に代えて引用例2又は5記載の特定のポリエチレングリコールを配合してみることは,当業者が容易に想到し得たとはいえないとした判断は誤りである。」

と判断した。

被告は、

「本件発明において,カプセルで問題とされる機械的性質は,静圧荷重特性であって,耐衝撃特性ではない」

と主張したが、裁判所は、

「本件明細書には~「機械的強度」とは,「カプセル成形後における例えば内容物充填作業でのカプセルの機械的取扱に際して,ひび,割れ又は欠け等のカプセル皮膜に損傷」が生じないための強度を意味すると記載されている。そうすると,本件発明が問題とする「機械的強度」には,被告が強調する~静圧荷重のほか~カプセルの耐衝撃性の向上も目的とするものと解される。」

として被告の主張を採用しなかった。

結論として、裁判所は、本件発明の進歩性を認めた本件審決の判断は誤りであるとして、審決を取り消した。

【コメント】

 被告の主張によれば、「#4000のポリエチレングリコール」とは、日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000)であるとしている。そして、第十五改正日本薬局方(The Japanese Pharmacopoeia Fifteenth Edition)によれば、ポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000(Macrogol 4000))とは、「エチレンオキシドと水との付加重合体で、HOCH2(CH2OCH2)nCH2OHで表され、nは59~84である。」と説明されており、「平均分子量は2600~3800である。」とも説明されている。
 一方、審決(無効2008-800146号)中における請求人(原告)の主張によれば、日本薬局方と欧州薬局方とではポリエチレングリコールの分子量は異なると主張していた。
 本事件における裁判所判断の争点は進歩性だったが、裁判所は判決文の中で、「#4000のポリエチレングリコール」については明確性の要件を充足しているかなお疑問が残るものであると言及しており、製剤の添加剤をクレームに記載する際には、その名称も含め、それが意味する添加剤の定義にも注意を払う必要があるかもしれない。
 ひとつは、クレームに記載された添加剤の明確性を担保するために、明細書中に、その添加剤は「日本薬局方収載」のものを意味すると記載したほうがよいのかどうか。明細書にそのような記載をしない選択をした場合、当業者なら日本の基準だけしか考えないだろうか。欧米その他の国でそれぞれ定められている添加剤の定義についてどう考えるだろうか。各国での定義が全く同じなら問題はないだろうが、異なる場合や、そもそも名称が異なる場合にはどのように考えるべきか、検討する必要があるかもしれない。
 もうひとつは、添加剤のうち特にポリマーは、平均分子量で表されるように、ある一定の範囲の重合度をもった分子群からなる混合物である。つまり、例えば、PEG4000とPEG3000は全体として互いに性質の異なるポリマーであったとしても、個々のポリマー分子の分子量の範囲が互いに重複していると考えられる。このような添加剤は互いに異なるものなのか、それとも一部重複するとして同じものとして扱われるのか。

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