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2017.09.11 「三菱ケミカル v. 理研ビタミン」 知財高裁平成28年(行ケ)10056

進歩性判断の考慮要素にできる顕著な効果の明細書記載: 知財高裁平成28年(行ケ)10056

【背景】

原告(三菱ケミカル)が保有する「コーヒー飲料」に関する特許権(第5252873)の無効審決(無効2014-800165)取消訴訟。争点は進歩性における顕著な効果に関する判断。

原告は、「本件発明1には,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという効果があり,その効果は,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであって,甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較して当業者が予測できない顕著な効果であるといえるから,本件発明1が有する顕著な効果を否定し,その容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである」旨主張した。

【要旨】

裁判所は、本件発明1について甲4発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとする原告らの主張は理由がなく、したがって、本件発明1に甲4発明と比較した顕著な効果があることを否定し、これを前提に本件発明1は甲4発明と甲1ないし3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない、と判断した。

請求棄却。

以下、裁判所判断の抜粋。

「・・・甲4発明において相違点3に係る本件発明1の構成とすることが,その構成という観点からは当業者が容易に想到し得たものといえることは,上記アのとおりであるが,その場合でも,本件発明1に引用発明(甲4発明)と比較した有利な効果が認められ,それが本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測し得る範囲を超えた顕著な効果といえる場合には,本件発明1の進歩性を認める余地があるものといえる。ただし,先願主義を採用し,発明の公開の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に鑑みれば,上記のような顕著な効果は,明細書にその記載があるか,又は,明細書の記載から当業者がその効果を推論できるものでない限り,進歩性判断の考慮要素とすることはできないというべきである。

・・・この点,コーヒー飲料の風味とマンナン分解酵素処理との関係を確認するのであれば,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1(段落【0054】))との風味の比較が行われてしかるべきところ,本件明細書には,このような比較が行われたことを示す記載はない。また,マンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液を用いたコーヒー飲料に係る公知文献(甲1ないし3)をみても,当該処理がコーヒーの風味に与える影響についての記載はなく,技術常識に照らしても,当該処理を行うことによるコーヒー飲料の風味への影響を推測することは困難といえる。
してみると,原告らが本件発明1の顕著な効果であると主張する「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との風味に係る効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理を組み合わせることにより発現するものであることについては,本件明細書にその旨の記載はなく,本件明細書の記載から当業者がこれを推論することができるともいえないから,上記効果をもって,本件発明1が有する甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較した有利な効果として認めることはできないというべきである。

・・・原告らは,本件訴訟提起後に自らが実施し,又は第三者機関に実施させた官能評価試験の結果を証拠として提出し,これらによって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できる旨を主張する。しかしながら,前記のとおり,引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは,当該効果が明細書に記載され,又は,明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるところ,本件明細書の記載からは,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果を甲4発明と比較した有利な効果として認めることができないことは,上記(ア)bで述べたとおりである。これに対し,原告らの上記主張は,本件明細書の記載を離れ,事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて,本件発明1が甲4発明と比較した有利な効果を有する旨を述べようとするものであって,そもそも失当というべきである。」

【コメント】

引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは、当該”比較した有利な”効果が明細書に記載され、又は、明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるとして、明細書記載からは、本願発明効果を”引用発明と比較した有利な効果として”認めることができなとした判決。

裁判所は、念のため、原告が事後的に主張した官能性評価試験結果を検討しているが、技術常識によれば統計学的な有意差を認めるためのn数が足りないこと等を理由にそれら試験結果から有利な効果を確認できると断ずることはできないと判断した。

日本における進歩性の判断において、引用発明と比較した有利な効果が参酌されるためには、(1)「引用発明と比較」という観点、及び、(2)いわゆる「後出しデータ」の許容性という観点があり、出願当初明細書にどのような記載が具体的に必要とされるのかについては特許法上規定されていないが、”進歩性のための明細書記載要件”なるものは存在している。

2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238にて裁判所は「出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとる」と言及し、当初明細書に定量的な効果比較の記載をあらかじめ要求する特許庁の主張を公平の観点から否定している。

本事案では、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との本願発明の効果は記載されていたが、明細書に記載された比較の相手が進歩性に求められる比較相手ではなかったわけであり、出願人に過度な負担を強いる方向の判決であったように思える。

硬直的な進歩性のための明細書記載要件へ進なないことを望む。これまでの具体的な事例として参考になりそうな判決(特に医薬に関する判決)はこちら

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