2026年4月30日、米国通商代表部(USTR)は2026年版Special 301 Reportを公表しました(“USTR Releases 2026 Special 301 Report on Intellectual Property Protection and Enforcement”参照)。
スペシャル301条報告書(Special 301 Report)とは、1974年米国通商法182条(“Identification of Countries That Deny Adequate Protection, or Market Access, for Intellectual Property Rights”)に基づき、知的財産の保護と執行に関する各国の状況について米国議会が義務付けている年次レビューの結果を取りまとめたものです。
同報告書では、知的財産権の保護・執行、さらには知的財産に関する市場アクセスについて問題があると米国が判断した国を、問題の重大性に応じて、
- Priority Foreign Country(優先国)
- Priority Watch List(優先監視国)
- Watch List(監視国)
の3段階に分類しています。
このうち、最も深刻な「Priority Foreign Country(優先国)」に指定された国については、米国政府が調査や協議を実施し、改善が見られない場合には対抗措置を取り得る仕組みとなっています。
もっとも、2026年版Special 301 Reportにおいて、日本はPriority Foreign Country、Priority Watch List及びWatch Listの対象国には含まれていません。したがって、日本は、少なくともUSTRから「知的財産保護・執行に重大な問題を抱える国」と位置付けられているわけではありません。
しかしその一方で、近年のSpecial 301を見ていくと、日本に対する問題提起の重心には少しずつ変化が生じているようにも見えます。特に、2026年版Special 301 Reportにおける日本への言及、さらにその背景にあるPhRMA(米国研究製薬工業協会)の提出意見を読むと、その変化は非常に象徴的です。
現在、日本に対して最も強く問題視されているのは、従来型の意味での「特許保護の欠陥」ではありません。むしろ中心にあるのは、薬価改定制度、中間年改定、市場拡大再算定、巨額再算定、さらには制度変更過程の透明性といった、薬価・償還制度そのものです。
実際、2026年版Special 301 ReportにおいてUSTRが日本について繰り返し言及しているのは、薬価制度による継続的な価格引下げ圧力です。とりわけ、中間年改定によって実質的に毎年薬価改定が行われている点や、市場拡大再算定等による大幅な薬価引下げについて、明確な懸念が示されています。また、制度変更時の透明性や、パブリックコメント機会の不足についても言及されています。
ここで興味深いのは、PhRMAの問題意識の置き方です。PhRMAは、日本の特許制度そのものを、中国やインドのような「重大な知財侵害国」の問題として論じているわけではありません。むしろ、日本の特許制度については、基本的な権利付与や執行の枠組みは概ね整備されているとの前提に立っています。
その一方で、PhRMAは、「知的財産によって本来確保されるべき経済的価値」が、日本の薬価制度によって事後的に削減されている点を強く問題視しています。つまり、現在の議論の焦点は、「IP制度の有無」ではなく、「IPがどこまで経済的価値を実現できるか」へと移行しているように見えます。
もっとも、これは知財制度への関心が薄れたことを意味するわけではありません。実際、PhRMAの提出意見では、医薬品データ保護、特許期間延長、後発品承認制度、Bolar免責など、医薬品特有の知財制度に対する問題意識も引き続き示されています。
ただし、これらの論点は、現在では「独立した知財問題」というより、「価値回収を支える基盤要素」として位置付けられているように思われます。PhRMAのロジックは一貫しており、特許や医薬品データ保護によってイノベーションへのインセンティブが確保され、その上で適切な価格形成がなされることで、初めて研究開発投資の十分な回収が可能になる、という考え方です。
そのため、日本に対する問題提起は、「知財制度単体」ではなく、「知財制度と薬価制度の組み合わせ」全体として構成されています。たとえば、特許期間延長が認められていても、その期間中に大幅な薬価引下げが行われれば、延長による経済的価値は大きく減殺され得ます。同様に、医薬品データ保護が存在していても、価格抑制が強ければ、研究開発投資の回収には結び付きにくくなります。
この意味で、PhRMAの議論は、単なる価格批判ではなく、「知的財産とは、法的権利として存在するだけでなく、経済的価値を実現できて初めて意味を持つ」という、より広い意味での知財保護論として理解することができるでしょう。


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