Apr 19, 2018

2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

知財高裁大合議判決「膨大な数の選択肢を有する一般式形式記載の化合物が引用発明となる場合とは」: 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

【背景】

塩野義製薬が保有していた「ピリミジン誘導体」に関する特許(第2648897号; 2017.05.28満了)無効審判請求(請求人として参加: 日本ケミファ)を不成立とする審決(無効2015-800095号)の取消訴訟。争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無。

【要旨】

裁判所は、訴えの利益を認めた上で、本件特許が進歩性及びサポート要件を充足することを認め、原告らの請求を棄却した。

1.訴えの利益の有無について

「当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた。・・・そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項)・・・改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。」

2.進歩性の有無について

「進歩性の判断に際し,・・・引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する・・・「副引用発明」・・・があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。」

本件発明1(請求項1):
式(I):
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
R4は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。

甲1(特表平3-501613号公報)発明:
(M=Na)の化合物

一致点:
「式(I)
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点

相違点:
(1-ⅰ)
Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
(1-ⅱ)
R4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点

原告らは、
「相違点(1-ⅰ)につき,甲1発明に甲2(特開平1-261377公報)発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-N(CH3)2)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’(R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。
したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-ⅰ)に係る構成とすることはできない。
・・・仮に,甲2に相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-ⅰ)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。
・・・そうすると,相違点(1-ⅱ)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。」
と判断した。

3.サポート要件違反の有無について
(省略)
【コメント】

特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」を検討する際に、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない。本件は進歩性違反の主張に挙げられた副引用発明の認定の是非が問題となったわけだが、判示された内容は、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物の場合のこととはいえ、「刊行物に記載された発明」として認定される引用発明の認定是非であったことから、進歩性判断に必要な副引用発明だけでなく、主引用発明の認定判断、さらに新規性判断に必要な引用発明の認定判断にも及ぶことになるだろう。化合物発明に係る特許出願の審査において、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物が記載された刊行物が引用され進歩性欠如の拒絶理由が発せられた場合には、今回の判示内容を活用し、反論内容を検討することが出来るだろう。

本件特許は、高コレステロール血症治療薬「クレストール(Crestor)®」の有効成分であるロスバスタチンカルシウム(Rosuvastatin Calcium)を保護する物質特許であり、1992年5月28日出願、1997年に登録、特許存続期間延長登録を経て、2017年5月28日に満了した。

2015年3月31日付で請求された本件無効審判は2016年7月5日に請求不成立審決となった。従って、さらに審決取消訴訟を提起しても1年以内に(おそらく訴訟係属中に)①特許満了日(2017年5月28日)を迎えること、②物質特許が有効なものとして裁判が係属する以上、年2回やってくる後発品承認タイミングである2016年8月か2017年2月ではクレストール後発品の承認は下りないだろうこと、は予測できたと思われ、審決取消訴訟をしてもしなくても特許満了となり2017年8月のタイミングでは承認が下りることは推測できたわけであるから、あえて審決取消訴訟する必要があったのか・・・という疑問はあるが、日本ケミファはとにかく最後まで裁判を続けたわけである。

本件特許が満了する前の2017年2月にクレストールのオーソライズドジェネリック(第一三共エスファ)が承認され、同年6月薬価収載、他の後発品に先駆けて販売となった。他のクレストール後発品は本件特許満了後の同年8月に承認、同年12月に薬価収載(20社以上)となった。日本ケミファからのクレストール後発品も同年8月15日に承認、12月に薬価収載となり、本判決前での販売となった。

本件特許の対応米国特許もジェネリックメーカーとの侵害訴訟の中で非自明性が争われ、特許権者側が勝訴している。

参考:

Apr 11, 2018

ハーセプチン®用途特許侵害訴訟。日本化薬バイオシミラーの承認効能効果受け、中外が差止請求放棄

2018年4月11日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は、日本化薬を被告として提起していた特許侵害訴訟について、4月10日に請求放棄の手続を執ったとのことです。

中外製薬は、ジェネンテック社が保有する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60、同150」の乳癌治療に関する用途特許(おそらく、乳癌を治療するための医薬組成物に関する特許第5818545号と推測されます)の侵害を理由として、同製品のバイオ後続品の製造販売承認申請者である日本化薬に対し、2017年8月17日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起していました(過去記事: 2017.09.09 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認申請した日本化薬に対し用途特許侵害で製造販売差止訴訟提起」)。

中外製薬は、日本化薬のバイオ後続品がまだ承認されていない(従って、薬価収載・製造販売には至っていない)2017年8月17日時点で、差し止め請求及び仮処分命令申立という訴訟提起に踏み切ったわけですが、2018年3月23日に製造販売承認となった日本化薬のバイオ後続品の効能・効果が「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」のみであり、「HER2過剰発現が確認された乳癌」は含まないこと(すなわち上記特許権への侵害が回避されたこと)から、上記訴訟における当初目的が達せられたと判断したと推測されます。

すなわち、ハーセプチン®注射用は、国内では、日本化薬のバイオ後続品により、「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」という効能・効果への浸食を受けることになりますが、「HER2過剰発現が確認された乳癌」への浸食は免れたということになります。

参考:

Apr 5, 2018

興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴

2018年4月5日付の興和からのプレスリリースによると、興和が有する高コレステロール血症治療剤「リバロ錠」(一般名:ピタバスタチンカルシウム)の医薬特許(特許第5190159号)の侵害を理由として、東和薬品(株)が製造販売する「リバロ」の後発医薬品である『ピタバスタチン Ca・OD 錠 4mg「トーワ」』の製造販売の差し止めを求めた訴訟に関し、2018年4月4日付で、知財高裁が同社の控訴を棄却する判決を言い渡し、興和が勝訴したとのことです。

過去記事:

参考:

Mar 31, 2018

臨床開発中のエミシズマブについての特許侵害訴訟で中外勝訴

2018年3月28日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬の新薬エミシズマブに関し提起された特許侵害訴訟につき、東京地裁において中外製薬勝訴の判決が言い渡されたとのことです。血友病Aに対するエミシズマブ(薬価収載前。開発コード:ACE910)が、バクスアルタ社保有の特許第4313531号に触れるとし、エミシズマブの製造、使用、譲渡、輸出、譲渡の申出の差止め、ならびに廃棄を求める訴えがバクスアルタ社から提起されていました。

中外製薬 press release:
過去記事:

Mar 4, 2018

2018.01.30 「イデラ ファーマシューティカルズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10218

特許法50条を準用する同法159条2項の意義: 知財高裁平成28年(行ケ)10218

「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌクレオチド(IRO)化合物」に関する特許出願(特願2008-535681; 特表2009-515823; WO2007/047396)の拒絶審決(不服2014-14059)取消訴訟。争点は、手続違背(取消事由1)、本願発明の認定の誤り(取消事由2)、実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り(取消事由3)の有無。

裁判所は、取消事由2(本願発明の認定の誤り)及び3(実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り)は理由がないが、取消事由1(手続違背)は理由があるから、審決を取り消した。

以下、取消事由1(手続違背)についての裁判所の判断の抜粋。

「特許法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,同法159条2項により,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。この準用の趣旨は,審査段階で示されなかった拒絶理由に基づいて直ちに請求不成立の審決を行うことは,審査段階と異なりその後の補正の機会も設けられていない(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)以上,出願人である審判請求人にとって不意打ちとなり,過酷であるため,手続保障の観点から,出願人に意見書の提出の機会を与えて適正な審判の実現を図るとともに,補正の機会を与えることによって,出願された特許発明の保護を図ったものと理解される(知的財産高等裁判所平成22年(行ケ)第10298号同23年10月4日判決,知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10131号同26年2月5日判決各参照)。
このような適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は,複数の発明が同時に出願されている場合の拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定の理由が解消されている一方,複数の発明に対する上記拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由について,一方の発明に対してはこれを通知したものの,他方の発明に対しては実質的にこれを通知しなかったため,審判請求人が補正により特許要件を欠く上記他方の発明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充足する上記一方の発明についてまで拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会を失ったといえるときにも,当然妥当するものであって,このようなときには,当該審決に,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の違法があるというべきである。」
「本件拒絶査定不服審判において,本件拒絶理由通知では,TLR9に関する拒絶理由のみを通知し,実質的にはTLR7及び8に関する拒絶理由を通知しなかったため,原告はTLR7及び8に係る各発明を削除するなどの補正をする機会を失うことになり,実施可能要件及びサポート要件をいずれも充足するTLR9に係る発明まで最終的に特許を受けることができないことになったものと認められる。このような結果は,原告にとって,不意打ちとなるため,原告に過酷というほかなく,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の趣旨に照らし,相当ではないというべきである。
かえって,被告は,本件訴訟に至っては,そもそもTLR7及び8が認識するものと,TLR9が認識するものが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対して本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明が,TLR7及び8には妥当し得ないことは明らかであるなどとして,現にTLR7及び8に固有の拒絶理由を具体的に主張しているのであるから,実質的にみても,上記のように,本件拒絶査定不服審判においてTLR7及び8に固有の拒絶理由を通知することが,審判合議体にとって困難なものであったとは認められない。
したがって,被告の主張は,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の意義を正解しないものに帰し,採用することができない。
なお付言するに,本願IRO化合物が治療効果を有するかどうかの点につき,本件拒絶理由では,TLR7ないし9によって媒介される疾患以外の疾患については治療効果を示すことが確認できないとしているところ,原告は,本件拒絶査定不服審判においては,TLR7ないし9によって媒介される疾患については治療効果を示すことが確認されたものと理解した上,本件拒絶理由を踏まえてTLR1ないし6を削除する補正をし,さらに,その後の意見書において,この点に係る拒絶理由が解消されたとまで述べているのであるから,審決においてTLR7ないし9によって媒介される疾患についても治療的に処置することができるといえる根拠がないと判断するのであれば,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の法意に照らすと,本件拒絶査定不服審判において,この点についても改めて拒絶理由を通知することが相当であったものと認められる。」

Feb 26, 2018

大日本住友 LATUDA®の用途特許でANDA訴訟提起(続報)

2018年2月24日付の大日本住友製薬のプレスリリースによると、大日本住友製薬は、FDAに非定型抗精神病薬「LATUDA®」(一般名:ルラシドン塩酸塩)の後発品申請(ANDA)を行った計15社およびその関係会社に対し、大日本住友製薬が保有する用途特許(米国特許番号:9,815,827、2017年11月に成立)の侵害を理由として、2018年2月23日、米国子会社サノビオン社と共同で、米国ニュージャージー州連邦地裁に特許侵害訴訟を提起したとのことです。本訴訟は、LATUDA®の用途特許に基づく特許侵害訴訟であり、2018年2月14日付けのニュースリリース(参考: 大日本住友 LATUDA®の用途特許でANDA訴訟提起)で発表された訴訟と同様のものとのことです。

参考:

Feb 22, 2018

炭酸ランタン水和物に関する特許権について

2018年2月21日、東和薬品より「炭酸ランタン水和物に関する特許権について」の謹告文が掲載されました(参照: 日刊薬業website: 【謹告】炭酸ランタン水和物に関する特許権について

東和薬品は、2018年2月15日に、炭酸ランタン顆粒分包250mg/500mg「トーワ」の承認を取得しており、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているとのことです。

請求項1:
90%積算径(D90)が70μm以下である、La2(CO3)3・xH2O(式中、xは7~9の間の数字を示す。)で表される炭酸ランタン水和物からなる、高リン血症を治療するための医薬(ただし、懸濁剤を除く)。
先発薬はバイエルのホスレノール(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))。日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でホスレノールチュアブル錠が2008年10月に、また顆粒分包が2012年に承認され、さらに2013年8月に「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大、ホスレノールOD錠が2017年2月に承認。再審査期間は2016年10月15日で終了。

シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、特許権存続期間延長(2009-700005; 2009-700006; 処分の対象となった物: 炭酸ランタン水和物(販売名:ホスレノールチュアブル錠250mg、500mg)/処分の対象となった物について特定された用途: 透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善)により存続期間満了日は2021年3月19日となっていますが、沢井製薬が特許無効審判を請求し、現在審決取消訴訟が知財高裁に係属しているようです(平29行ケ10171)。

請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、以下の式:La2(CO3)3・xH2O{式中、xは、3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを、医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
謹告文からすると東和薬品はシャイア社の特許権を回避した水和物で承認を取得したと考えられます。2018年2月15日には東和薬品だけでなく多くのジェネリックメーカーがホスホレノール後発品の承認を取得していることからすると、それらメーカーは、沢井製薬と同様にシャイア社の特許無効を理由に非侵害であるとの立場であるか、東和薬品と同様にシャイア社特許を回避した水和物で承認を取得したか(であっても東和薬品特許との問題もあり得る)と思われます。

参考:

薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」

Feb 14, 2018

大日本住友 LATUDA®の用途特許でANDA訴訟提起

2018年2月14日付の大日本住友製薬のプレスリリースによると、大日本住友製薬は、FDAに非定型抗精神病薬「LATUDA®」(一般名:ルラシドン塩酸塩)の後発品申請(ANDA)を行ったEmcure社およびAmneal社に対し、大日本住友製薬が保有する用途特許(米国特許番号:9,815,827、2017年11月に成立)の侵害を理由として、2018年2月13日、米国子会社サノビオン社と共同で、米国ニュージャージー州連邦地裁および米国デラウェア州連邦地裁にそれぞれ特許侵害訴訟を提起したとのことです。なお、本訴訟は、LATUDA®の用途特許に基づく特許侵害訴訟であり、大日本住友製薬が保有する物質特許に基づき2015年1月に提起した特許侵害訴訟(2015年1月15日公表「大日本住友 LATUDA® ANDA訴訟提起」参照)とは異なる特許侵害訴訟であり、並行して訴訟手続は追行されるとのことです。

2018年2月14日付の大日本住友製薬の記者懇談会・社長会見資料によると、本件による大日本住友製薬の2017年度の連結業績への影響は軽微であり、2018年度以降の業績影響は現在精査中とのことです。2016年5月12日付 2015年度(平成28年3月期)決算説明会資料においては、下記のとおり、北米でのラツーダの特許切れにより、2019年度の業績は落ち込むとの見通しでした。



LATUDA®は、大日本住友製薬が創製した非定型抗精神病薬。米国では、2010年10月に成人における統合失調症治療薬として承認され、2011年2月より「LATUDA®」の販売名でサノビオン社が販売。米国においては、大日本住友製薬はサノビオン社に対して本特許の独占的実施権を許諾しています。

参考:

Feb 8, 2018

塩野義資本参加のViiVがGileadの抗HIV薬を特許侵害で提訴

2018年2月8日付の塩野義製薬のプレスリリースによると、塩野義製薬がGlaxoSmithKline社およびPfizer社とともに資本参加しているViiV社が、米国およびカナダにおけるGilead社のHIVインテグラ―ゼ阻害薬bictegravirに対する特許権侵害訴訟を提起したとのことです。米国では米国特許No.8,129,385に基づいてデラウエア地区連邦地裁に、カナダではカナダ特許No.2,606,282に基づいてトロントのカナダ連邦裁判所に訴状を提出したとのことです。ViiV社は、Gilead社のbictegravirを含む3剤合剤の抗HIV薬が、dolutegravirの特徴的な化学骨格を有するdolutegravirやその関連化合物を包含するViiV社の特許を侵害していることを証明し、損害賠償を求めていくとのことです。

Gilead社のbictegravir

ViiV社のdolutegravir

参考:

Feb 5, 2018

2018.01.22 「バイエルクロップサイエンス v. ビ-エ-エスエフ」 知財高裁平成29年(行ケ)10007

化学物質(マーカッシュ形式)に係る発明の訂正要件・実施可能要件・サポート要件・進歩性: 知財高裁平成29年(行ケ)10007

【背景】

ビ-エ-エスエフ(被告)が保有する「2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン」に関する特許(第4592183号)の無効審判請求不成立審決(無効2015-800065)の取消訴訟。審決の理由は、本件訂正を認めた上で、実施可能要件・サポート要件違反ではなく、進歩性違反でもなく、原文新規事項追加にも当たらないというもの。

訂正後【請求項1】:
(訂正により削除された部分は削除線、追加記載された部分は赤字で示す)

式Ⅰa
[但し,R1が,ニトロ,ハロゲン,シアノ,チオシアナト,C1~C6アルキル,C1~C6ハロアルキル,C1~C6アルコキシC1~C6アルキル,C2~C6アルケニル,C2~C6アルキニル,-OR3又は-S(O)nR3を表し,
R2が,水素,又はハロゲン以外のR1で述べた基の1個-S(O)nR3を表し,
R3が水素,C1~C6アルキルを表し,
nが1又は2を表し,
Qが2位に結合する式Ⅱ
[但し,R6,R7,R8,R9,R10及びR11が,それぞれ水素又はC1~C4アルキルを表し,上記CR8R9単位が,C=Oで置き換わっていても良い]
で表されるシクロヘキサン-1,3-ジオン環を表し,
X1が酸素により中断されたエチレン,プロピレン,プロぺニレンまたはプロピニレン,或いはまたは-CH2O-を表し,
Hetが,
窒素,酸素及び硫黄から選択される1~3個のヘテロ原子を有する,3~6員の部分飽和若しくは完全飽和ヘテロシクリル基,又は
下記の3個の群:窒素,酸素と少なくとも1個の窒素との組み合わせ,又は硫黄と少なくとも1個の窒素との組み合わせから選択されるヘテロ原子を3個まで有する,3~6員のヘテロ芳香族基,を表し,且つ上述のヘテロシクリル基又はヘテロ芳香族基は,部分的に又は完全にハロゲン化されていても,及び/又はR5で置換されていても良く,・・・

オキシラニル,2-オキセタニル,3-オキセタニル,2-テトラヒドロフラニル,3-テトラヒドロフラニル,2-テトラヒドロチエニル,2-ピロリジニル,2-テトラヒドロピラニル,2-ピロリル,5-イソオキサゾリル,2-オキサゾリル,5-オキサゾリル,2-チアゾリル,2-ピリジニル,1-メチル-5-ピラゾリル,1-ピラゾリル,3,5-ジメチル-1-ピラゾリル,または4-クロロ-1-ピラゾリルを表す
で表される2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン又はその農業上有用な塩。

【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由(本件訂正の可否、実施可能要件に係る判断の誤り、本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り、原文新規事項追加に係る判断の誤り)はいずれも理由がないとして、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由1(本件訂正の可否)について
「(1)・・・すなわち,本件訂正発明は,本件発明のR1を1種類(ハロゲン),R2を1種類(-S(O)nR3),X1を2種類(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-),Hetをヘテロシクリル基及びヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)のうちの本件明細書に挙げられている多数の物質の中から18種類又は15種類の化合物に限定したものである。そして,本件訂正後の化学物質群は,いずれも本件訂正前の請求項に記載された各選択肢に内包されていることが明らかである。したがって,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものである。また,訂正後の化学物質群は,訂正前の基本骨格(シクロヘキサン-1,3-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造。本件共通構造)を共通して有するものである。加えて,訂正後の化学物質群について,訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。そうすると,選択肢を削除することによって,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。このように,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とし,また,本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないから,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内である。したがって,本件訂正は,特許法134条の2第9項が準用する126条5項の規定に違反しない。

・・・原告は,選択肢を削除する訂正が認められるのは,特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されているといえる場合だけであり,本件明細書の【0061】は,多種多様なヘテロシクリルやヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)を,単に「列挙」しているにすぎず,本件明細書の他の記載を参酌しても,訂正後のHetの「18個の選択肢」やそれらと特定のX1(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-)との組合せは記載されていないことから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであり,認められない,特許庁の審査基準においても同旨の考え方が採用されていると主張する。

しかし,原告がその主張の根拠とする審査基準においても,訂正の結果,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものであるか否かで判断すべきものとされているところ,本件訂正においては,前記(1)のとおり,新たな技術的事項は導入されていない。

・・・したがって,本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,新規事項の追加には当たらないから,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。」
取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
「・・・製造実施例(【0131】~【0134】)にはX1として「-CH2O-」である化合物に関するものが示されているのみで,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の製造に関する実施例の記載こそないものの,原料化学物質であるHO-CH2-Het(甲62,69参照)が入手できれば,上記方法Cの記載(【0050】~【0056】)も参考にしつつ,合成例の工程bに示された周知の反応と同様の合成を行うことにより,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質も当業者が容易に合成することができるものと認められる。 そうすると,請求項1の式ⅠaにおけるX1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づけば,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるものと認められる。

・・・当業者は,本件訂正発明に係る,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物を【0136】~【0140】に記載の使用実施例に従って施用すれば,従来技術から除草剤の有効成分とされる2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物と同様に課題を解決できることを理解することができるから,実際に除草試験を行った結果の記載の有無にかかわらず,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる。

・・・原告は,実施可能要件を満たすためには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要であって,通常,一つ以上の代表的な実施例が必要である,また,用途発明であれば,通常,用途を裏付ける実施例が必要であると主張する。
しかし,前記イのとおり,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物は,除草作用を有し,除草剤の有効成分として有用であることが従来から知られていたことからすれば,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物であれば,同様の効果を奏するものと推認できるから,本件訂正発明については,改めて試験を行うまでもなく,有用性が認められるというべきである。また,本件訂正発明は,除草剤の有効成分の化学物質に係る発明であるから,いわゆる用途発明には当たらないし,用途発明に準じて実施例が必要であるということもできない。」
取消事由3(サポ-ト要件に係る判断の誤り)について
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポ-ト要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。発明の課題は,原則として,発明の詳細な説明の記載から把握すべきであるところ,一般に,化学物質に関する発明の課題は,新規かつ有用な化学物質を提供することにあるものと考えられる。

・・・また,サポ-ト要件を満足するために,発明の詳細な説明において発明の効果に関する実験デ-タの記載が必ず要求されるものではない。特に本件訂正発明は,新規な化学物質に関する発明であるから,医薬や農薬といった物の用途発明のように具体的な実験デ-タ,例えば,具体的な除草活性の開示まで求めることは相当でない。

・・・本件訂正明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明に係る化学物質が,従来技術の除草剤の有効成分と同様に課題を解決できることを推認することができるのであるから,被告が出願後に行った実験成績証明書の参照の有無にかかわらず,発明の詳細な説明に具体的な実験デ-タがないことをもってサポ-ト要件違反とする,原告の主張を採用することはできない。

・・・原告は,本件共通構造をもった化合物であれば必ず除草活性を示すという技術常識はなく(甲99),また,本件訂正発明がサポ-ト要件を満足するとの根拠(化学構造上の共通性)として本件審決が示した従来技術(引用例1ないし4)は限られた先行技術であって,当業者の技術常識とはいえない旨主張する。
しかし,2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物(本件共通構造を有する化合物群)が除草活性を示すことが従来から知られていることについては,本件明細書【0003】~【0006】に記載されているとおりである。そうすると,発明の詳細な説明において,請求項に係る発明が発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているものと認めるのが相当である。また,甲99に示された化合物番号55など,仮に,本件訂正発明に係る一般式と共通構造を有する化学物質に,特定のある植物に対して除草活性を示さないものが含まれるとしても,前記3(3)ウ(イ)のとおり,共通構造を有する化学物質が除草活性を示すことを推認できる以上,本件訂正発明に係る化学物質のうち実際に除草活性を示さない態様を確認し,これを除くように請求項を記載しなければ,サポ-ト要件を満たさないと解することは相当でない。」
取消事由4(本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
引用発明1(特開平8-20554)
「本件訂正発明1と引用発明1との間には,本件審決が認定したとおりの相違点1及び2が認められる。

・・・相違点1は,本件訂正発明1は,R2が,-S(O)nR3であるのに対し,引用発明1においては・・・クロロ(塩素)である点である。
引用例1では,シクロヘキサンジオン化合物のベンゼン環の3位に直鎖状の基が結合している化合物(従来技術である比較薬剤AないしD)に対して,同位置に置換フェニル基を導入することにより優れた除草効果を奏することを見いだしている。そして,引用例1においては,上記ベンゼン環の4位(本件訂正発明のR2に相当)に結合する基は塩素に固定されていることから,ベンゼン環の4位にアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)である化合物が開示された引用例2を参酌しても,引用発明1の上記4位の塩素基をアルキルスルホニル基に変更する動機付けはない。

引用発明2(特開平7-206808)
原告は,引用例2には,引用発明2が,ベンゼン環の4位に引用発明1と同様に塩素基が結合した(ただし,同3位の置換基は引用発明1と相違する。)比較薬剤Cよりも除草活性に優れること等が記載されていることから,引用発明1の同4位の塩素基を,引用発明2の同4位のアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)に置換する動機付けがあると主張する(下図参照)。


しかし,引用例2における比較薬剤C及びAは,ベンゼン環の3位の置換基が引用発明1よりも除草活性の劣る,引用発明1の従来技術の置換基と同じであり,引用発明2との関係においても,引用発明2よりも除草活性の劣るものとして開示されているのであるから,引用発明1の同4位の塩素基をアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)に置換することによって優れた除草効果が期待される等の動機を見いだすことはできない。
したがって,引用例2の比較薬剤の記載から,引用発明1のベンゼン環の4位の置換基の変更を想起することはできない。以上のとおり,相違点1は,容易に想到することができない。

・・・相違点2は,本件訂正発明1は,Hetが,・・・2-テトラヒドロフラニル・・・であるのに対し,引用発明1においては,対応する基が,特定の基Xを0,1又は2個有するフェニル基である点である。
・・・引用例2ないし4のいずれにも前記相違点2に係る特定のHetのいずれかについての開示はない。また,引用例2ないし4のいずれにも,ベンゼン環の3位を特定のヘテロ環オキシメチルとすることは記載されておらず,3位の基としてヘテロ環を有する構造が少数記載されているものの,・・・ヘテロ環の連結基は本件訂正発明1におけるX1とは異なる。したがって,引用発明1に,引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせても,3位の構造が,本件訂正発明1に係る特定のヘテロ環オキシメチル(-CH2O-Het)構造を有する化学物質を得ることはできない。そうすると,引用発明1に,引用例2ないし4に記載されている事項を組み合わせても,引用発明1に係る化合物におけるベンゼン環の3位の置換基が本件訂正発明1に係る特定のHet構造とはならない。そして,上記組合せによって得られる化合物について,引用発明1の特定のHet構造(相違点2)に置換する動機付けがあるともいえない。

以上のとおり,本件訂正発明1は,引用発明1及び引用例2ないし4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。」
取消事由5(原文新規事項追加に係る判断の誤り)について
「本件訂正後の明細書に記載されているX1の定義は,国際出願日における国際出願の明細書に記載した事項の範囲内であるから,取消事由5に理由はない。」
【コメント】

1.マーカッシュ形式における選択肢を削除する補正・訂正の許容性について

本件判決によれば、訂正が明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではないと判断されるためには、特許請求の範囲を減縮するものであることを前提として、以下の2点が満たされれば十分のようである。
  • 訂正後の化学物質群は、訂正前の基本骨格を共通して有するものであること
  • 訂正後の化学物質群について、訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難いこと
化学物質群のクレームについてのマーカッシュ形式における置換基等の選択肢を削除する補正・訂正(言い換えれば、選択肢の新しい組合せをつくる補正・訂正)は、かなり緩やかに許容されるということになる。しかし、今回の審決・判決により、明細書中の記載の備えが不要になったわけではない。補正要件・訂正要件に疑義がないようにしておくことは将来にわたり無用な争点を作らないためにも重要であるし、欧州含めた海外での補正・訂正の許容性を考えるのであれば、特定の選択肢の組合せを念入りに明細書に記載しておくことは依然として熟考すべきであろう。

2.化学物質に係る発明の実施可能要件・サポート要件について

化学物質に係る発明において、明細書の記載と出願時の技術常識に基づいて、当業者が、通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく当該化学物質を製造することができ且つ課題を解決できる(使用することができる)ことを理解することができるのであれば、実施可能要件を満たすために実際に発明の効果確認のための試験結果の記載が必ずしも必要というわけではない。この点は、実施例及び発明の効果に関する実験デ-タの記載が原則必要とされる用途発明と区別される。

サポート要件については、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるべきものであるところ、一般に、化学物質に係る発明の課題は新規かつ有用な化学物質を提供することにあるから、サポート要件を満たすためには当該化学物質が課題を解決できることを推認することができれば足り、用途発明のように具体的な発明の効果に関する実験デ-タの開示までは求められない。

実施可能要件及びサポート要件における実施例及び発明の効果に関する実験デ-タの明細書記載の必要性について、化学物質に係る発明と用途発明とでは区別されることが示された。懸念点は、第三者の出願として極端に広いマーカッシュ形式の化学物質に係る発明が開示されたとき、その範囲全体にわたりfreedom-to-operationにリスク度が増す方向として留意しなければならないこと、また、その範囲全体にわたり化学物質の引用発明としての適格性が増したことに留意しなければならないことである。本件判決において、マーカッシュ形式における選択肢を削除する補正・訂正の許容性が欧州に比べ明らかに緩やかである(言い換えれば、マーカッシュ形式のクレームの補正・訂正の自由度が比較的高い)方向に判断されたことも踏まえれば、上記点はその懸念を増したといえるのではないだろうか。

3.発明の容易想到性に係る判断の誤り

本件訂正発明1と引用発明1との相違点1である置換基部位にことさら着目することの動機づけは引用例1の記載に存在せず、従って、引用発明1と他の引用例の記載を参酌して組合せる動機付けもなく、本件訂正発明に容易に想到することはできないと判断された。機械的に引用発明どうしの組合せまたは後知恵的な組合せは排除されるべきである。

4.別件訴訟

ビーエーエスエフとバイエルクロップサイエンスとは特許権侵害訴訟でも争っており、東京地裁も特許権者であるビーエーエスエフの請求を認め、本件特許は有効であり、バイエルクロップサイエンスの製品(テフリルトリオン)は侵害であると判断した(2017.12.25 「ビ-エ-エスエフ v. バイエルクロップサイエンス」 東京地裁平成27年(ワ)2862
)。

テフリルトリオン