Dec 9, 2018

2018.11.21 「MSD v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10196

オマリグリプチン結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10196

【背景】

「ジペプチジルペプチダーゼ―IV阻害剤の新規結晶形」に関する特許出願(特願2014-518879号; 特表2014-518266号)の拒絶審決(不服2016-15132号)取消訴訟。本件発明である結晶形の進歩性(特許法29条2項)が争点。刊行物1(WO2010/056708; 特表2012-508746号)に記載された引用発明は、結晶質の化合物Pである点で本願発明と一致しており、粉末X線回折パターンでは特定されていない点で本願発明と相違していた。

請求項1:
10.3±0.1 2θ,12.7±0.1 2θ,14.6±0.1 2θ,16.1±0.1 2θ,17.8±0.1 2θ,19.2±0.12θ,22.2±0.1 2θ,24.1±0.1 2θおよび26.9±0.1 2θからなる群より選択される少なくとも4つのピークを粉末X線回折パターンに有することを特徴とする,化合物Iの結晶質(2R,3S,5R)-2-(2,5-ジフルオロフェニル)-5-[2-(メチルスルホニル)-2,6-ジヒドロピロロ[3,4-c]ピラゾール-5(4H)-イル]テトラヒドロ-2H-ピラン-3-アミン(形I)。
【化1】

【要旨】

裁判所は、本願発明は、刊行物1及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告らの請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

1 相違点の容易想到性の有無について
「・・・本願の優先日当時の技術常識に照らすと,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物P(引用発明)について,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるものと認められる。

そして,室温で安定な結晶は,冷蔵保存の必要がないため医薬品化合物として望ましいことは自明であるから,結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を最も普通に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであるものと認められる。

一方,本願明細書・・・の記載に照らすと,本願明細書には,結晶化温度を室温を含む13℃より上の温度,結晶化溶媒を酢酸エチルとして,「化合物I」(化合物P)の結晶化を行うことにより,形Iの結晶質が得られることの開示があるものと認められる。そうすると,当業者は,通常なし得る試行錯誤の範囲で,刊行物1の実施例1の最終生成物の化合物Pについて上記結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行うことにより,室温での安定性が優れた結晶として形Iの結晶質を得ることができたものと認められる。

以上によれば,刊行物1に接した当業者は,刊行物1及び上記技術常識に基づいて,引用発明について相違点に係る本願発明の構成(化合物Pの形Iの結晶質の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。

・・・また,前記アのとおり,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物Pについて,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるというべきであり,このことは,実施例1の最終生成物の化合物Pが結晶(結晶質)であるか,非晶質であるかによって左右されるものではないというべきである。

さらに,結晶多形の探索においては,溶媒の種類,結晶化方法,温度等の異なる結晶条件を設定することにより,ある程度,多形の存在を明らかにすることができるが,現実には試行錯誤を繰り返すことにより,多形が検索されるものであることに照らすと,あらかじめ特定の結晶形を選択すべき動機付けがなければ検索できないというものではない。

・・・結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を一般に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであって,本願発明における結晶化条件の特定の組合せを採用することは格別のこととはいえない・・・。

以上のとおり,本件審決における相違点の容易想到性の判断に誤りはない。」

2 予想できない顕著な効果についての判断の誤りについて
「本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性を有するとしても,そのことは,室温を含む13℃以上の温度で安定であることを意味するものにすぎず,格別顕著なものとはいえない。また,本願明細書には,本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性により,「処理および結晶化の容易さ,取り扱い,応力に対する安定性,計量分配の利点を有し医薬剤形の製造に好適という効果」(【0007】)を奏するとの記載はなく,これらが形Iの効果であることを認識することは困難である。さらに,仮に本願発明の形Iの結晶質が他の結晶形に比べて「吸湿性が低い」としても,それをもって,予測し得る範囲を超える顕著な効果であるということはできない。・・・このほか,原告らは,縷々主張するが,本願発明の形Iの結晶質が予想できない顕著な効果を有することの根拠となるものではない。」

【コメント】

本件化合物Pは、MSD(Merck Sharp & Dohme Corp.)により創製された週1回投与の特徴を有するジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬であるマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチン(Omarigliptin)。マリゼブ®錠は、2015年9月28日に「2型糖尿病」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

当初特許請求の範囲には結晶形IからIVまで記載されているが、本願発明(形I)を含めそれら結晶形のいずれかがマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチンの実際の結晶形なのかどうかは本願明細書の記載からでは明らかでない。

公知医薬有効成分の新規結晶形に関する発明の進歩性については、最近の下記記事のコメント参照。


Dec 5, 2018

中外が抗C5抗体ALXN1210(ravulizumab)開発中のアレクシオン社を日本でも特許侵害で提訴

2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一部である日本特許第4954326号および第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起したとのことです。

J-PlatPatによると、特許第4954326号については、アレクシオン社が特許無効審判を請求しましたが請求不成立審決(無効2016-800136)となり、現在アレクシオン社が審決取消訴訟を知財高裁に提起、係属中です(平成30年(行ケ)10043)。一方、特許第6417431号については、現時点で特許無効審判請求はされていないようです。

参考記事:

Dec 3, 2018

2018.11.20 「帝人 v. 日本ケミファ」 知財高裁平成29年(行ケ)10147

フェブキソスタット結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10147

【背景】

原告(帝人)が保有する「2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第3547707号)に対して被告(日本ケミファ)が請求した無効審判において、無効とされた部分の審決(無効2016-800037号)を不服として原告が提起した審決取消訴訟。本件発明である結晶多形体(及びその製法)の進歩性(特許法29条2項、容易想到性判断)が争点。引用例は本件化合物の結晶である記載(一致点)にとどまり、X線粉末解析パターン等により具体的に特定する記載はなかった(相違点)。

請求項3(本件発明3、C晶):
反射角度2θで表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す,2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体。
【要旨】

裁判所は、本件各発明は引用発明等に基づき当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、この点に関する本件審決の認定・判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.相違点について
「結晶多形が存在する医薬品においては,本件優先日当時の当業者の技術常識として,上記技術課題を解決するべく,再結晶条件につき検討を加えることでバイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性等の種々の要因を考慮して最適と思われる結晶形を探求し,これを得ようとすることは,当業者が当然に行うことということができる。そして,上記のとおり,本件化合物は,引用例1~3の記載により結晶多形の存在を認識し得る。
そうすると,引用発明1-1,2-1及び3の結晶について,当業者には,再結晶条件につき検討を加えることで,安定性や製剤化に優れる結晶多形体を得ることについての動機付けがあるということができる。さらに,本件優先日当時,結晶多形の存在はX線回折法,赤外吸収スペクトル法等により知ることができたのであるから,他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することにより,得られた結晶多形体を特定することも,格別の創意工夫を要するものではなかったということができる。
・・・したがって,引用発明2-1の本件化合物のエタノールを溶媒とする再結晶において,本件優先日当時の技術常識に基づいて再結晶条件を選定し,安定性に優れる結晶多形体,例えばC晶を得ることは,当業者が容易になし得たものというべきである。」
2.本件発明の効果について
「固体医薬品の大部分は結晶であり,多くの医薬品で結晶多形の存在が見出されていること,結晶多形を有する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形が選択されていることは,本件優先日当時の技術常識である。換言すれば,本件化合物を医薬品として用いようとする以上,医薬の承認のために必要な安定性を有することを追求することは当然のことであり,特別な課題とはいえない。また,本件優先日当時の技術常識を前提とした場合,本件各発明に係る結晶形により,従来の結晶よりも格段に優れた効果が示されたことをうかがわせる記載は,本件明細書には見当たらない。したがって,本件発明3及び8について,当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものということはできない。」

【コメント】

1.本件特許の製品保護意義について

本件化合物は、帝人(現・帝人ファーマ)が、1991年に発見した非プリン型選択的キサンチンオキシダーゼ阻害剤であるフェブキソスタット(febuxostat)、高尿酸血症治療剤フェブリク®錠(Feburic®tablet)(北米販売名はUloric®)の有効成分である。フェブリク®錠は、2011年1月21日に「痛風、高尿酸血症」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

フェブリク®錠の医薬品インタビューフォーム(2016年5月第7版)によると、フェブリク®錠の再審査期間は、痛風、高尿酸血症については8年(2011年1月21日~2019年1月20日)、がん化学療法に伴う高尿酸血症については4年(2016年5月23日~2020年5月22日)となっているが、2018年7月27日付の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会議事録、2018年9月7日付の帝人プレスリリース「高尿酸血症・痛風治療剤「フェブリクⓇ」再審査期間延長の通知発出について」及び2018年11月5日付の帝人2018年度第2四半期決算説明会資料によると、フェブリク®錠の小児に対する用法・用量設定及び小児集団における有効性・安全性を把握する目的で治験を実施する必要があると認められ、国内再審査期間の2年間延長(2021年1月20日まで)が決定され、国内では2022年度前半まで後発品の参入は想定されないと発表されている。

J-PlatPatからの情報によると、2011年1月21日の製造販売承認(販売名「フェブリク®錠10, 20, 40mg」、有効成分「フェブキソスタット」、用途「痛風、高尿酸血病」)に基づき特許存続期間延長出願されたものは下記6件の特許のようである。本件特許(第3547707号)は、上記承認に基づいて5年間の存続期間延長登録(2011-700073(10mg); 2011-700098(20mg); 2011-700092(40mg))が認められていることから、フェブリク®錠を保護するものであり、その満了日は2024年6月18日となっていた。もし本件特許が有効に存続しつづけていたとしたら、本件特許発明の結晶形であるフェブキソスタットを有効成分とする後発品の参入時期を再審査期間(2021年1月20日後の後発品申請・承認を想定)を超えて2024年まで遅らせる効果が期待されていたと考えられる。下記延長登録した特許のうち本件特許以外で今だ現存している特許となると、製法特許(特許3202607)と製剤特許(特許4084309)である。しかし、製法特許(特許3202607)は再審査期間後の後発品承認想定時期より前に満了するため役に立たないと思われる。また、製剤特許(特許4084309)についても、そのクレームの構成要件の限定の多さからすると後発メーカーは当該特許範囲を回避した製剤で参入してくる可能性が高そうである(現時点で無効審判請求はされていない)。

特許2725886(物質特許)
  • 延長登録出願2011-700069: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700088: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700094: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅

特許2834971(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700070: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700089: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700095: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅

特許2706037(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700071: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700090: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700096: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅

特許3202607(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700072: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700091: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700097: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない

特許3547707(結晶特許)
  • 延長登録出願2011-700073: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700092: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700098: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2011-700074: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700093: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700099: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない

2016年5月23日の効能・効果の追加及び用法・用量の追加(がん化学療法に伴う高尿酸血症(通常、成人にはフェブキソスタットとして60mgを1日1回経口投与する。))による製造販売一部変更承認に基づき特許存続期間延長登録されているものは下記の通り。下記用途特許(特許5907396)が有効に存続し続ければ、その間、「がん化学療法に伴う高尿酸血症」の効能効果部分については後発品の参入は阻止できると思われる。

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2016-700215: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700216: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700217: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない

特許5907396(用途特許)
  • 延長登録出願2016-700218: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700219: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700220: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない

2.結晶形に関する発明の進歩性判断について

公知化合物の新規結晶形の発明の進歩性のハードルは、技術常識も医薬品開発における動機づけもそれぞれ一定程度存在することから、相当高い。一般に、有効成分の新規結晶形の出願は、医薬品の製品保護期間を確保するために確実に期待できるものではなくなってきており、下記のとおり、公知の医薬有効成分の新たな結晶形に関する発明の進歩性が争われた過去事例ではいずれも進歩性は否定されている。
本件出願の審査が行われ、特許査定となった時期は、2004年頃であり、上記過去判決のように結晶形の進歩性が否定される流れが出てくる前であった。新規結晶形の出願は、日本においては、製品保護期間確保という積極的役割よりも、後発品メーカー含めた競合他社に万が一にも特許を取られてしまい紛争の火種(FTOの問題)を残すのを排するためという消極的役割の方がより現実的な意義付けといえるのかもしれない。

本件特許に相当する欧米出願では、米国(US6225474)でも欧州(EP1020454)でも特許となっている。米国特許はFebuxostatのorangebookに収載されており、欧州特許は異議申立てされ、補正の結果、維持決定となった模様である。


Nov 29, 2018

2018.09.14 「A v. ファイザー」 東京地裁平成29年(ワ)17070

マロピタントの職務発明対価請求権は時効消滅東京地裁平成29年(ワ)17070

【背景】

ファイザー(被告)の元従業員であった原告が「キヌクリジン誘導体」に関する特許(第2645225号)に係る職務発明の譲渡対価を請求した事案。原告はマロピタント(Maropitant)の合成に成功し、その職務発明に係る日本及び外国で特許を受ける権利は、被告の発明考案規程に基づき原告を含む発明者から被告に譲渡された。本件特許は1997年に登録され、本件発明の技術的範囲に属する実施品(有効成分をマロピタントとする犬用の制吐剤「セレニア」)は、ファイザーグループにおいて欧米諸国においては2006年から、日本においては2011年から販売されていた。

【要旨】

裁判所は、本件特許及びこれに対応する外国特許に関する職務発明対価請求権は時効消滅したと認められると判断し、その余の争点について判断せずに原告の請求を棄却した。

新薬セレニアに繋がるマロピタントの発見その後の研究開発に多大なる貢献をしたという功績に対して、平成19年(2007年)5月に、被告から原告に本件支給金(200万円)が支払われたことにより本件職務発明対価請求権の消滅時効が中断したか否かに争いがあった。しかし、本件支給金の支払いに至る経緯についての認定事実によれば、本件支給金は、職務発明の取り扱いについて定めた本件発明考案規程による褒賞としてではなく、当時新たに検討されていた制度(発明者に限らず上市に対する従業員の貢献を全体としてとらえ貢献があった者に対して広く報償する制度)に基づくものであり、本件特許を受ける権利の譲渡の対価としての性質を有するものではないと判断されたため、その支払いにより消滅時効は中断しないと判断された。

以下、消滅時効の成否についての裁判所の判断を抜粋。

(1) 本件特許権について

職務発明対価請求権の消滅時効は,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項が勤務規則等にある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解されるところ(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照),本件特許を受ける権利の譲渡当時,被告における職務発明の対価の具体的内容を定めた本件褒賞基準は,日本国における特許出願1件につき,出願時1万円及び登録時2万円の褒賞金を支給する旨を定めていたから,遅くとも,本件特許権の登録がされた日の翌日である平成9年5月3日が本件特許に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日となる。
前記のとおり,被告は,原告に対し,平成9年の年末頃に上記褒賞金のうち5000円を支払っていると認められるので,上記消滅時効は,この支払によりいったん中断したと認められるが,その後,遅くとも平成10年1月1日から再び進行を始め,平成19年12月31日の経過により完成したものというべきである。
そして,前記判示のとおり,本件支給金は本件特許を受ける権利の譲渡の対価としての性質を有しないと解すべきであるので,本件支給金の支払により消滅時効が中断することはなく,同請求権は,平成19年12月31日の経過によって時効消滅したと認めるのが相当である。

(2) 本件特許に対応する外国特許について

本件訴えの訴状において,本件特許に対応する外国特許に関する職務発明の対価が請求されているかどうかについては,当事者間に争いがあるが,訴状に同請求が含まれるとしても,本件褒賞基準には,日本の特許出願に対応する外国出願時には改めて褒賞金を支給しない旨の規定が置かれ,外国の特許を受ける権利の承継についてもこれに対応する日本特許の出願・登録があった際に併せて褒賞金が支払われることが想定されているということができる。
本件における外国の特許を受ける権利の譲渡の対価請求権の存否に関する準拠法は日本法となり,外国の特許を受ける権利の譲渡の対価請求権の消滅時効についても日本法が準拠法となると解されるところ,上記判示によれば,外国の特許を受ける権利に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日はこれに対応する日本特許と同一となるので,上記(1)と同様の理由により,同請求権は平成19年12月31日の経過によって時効消滅したと認めるのが相当である。

【コメント】

原告による本件発明の譲渡の対価額は、原告の主張によると12億円、被告の主張によるとそのような金額になることはありえない、と争いがあったが、対価請求権の有無及びその額についての争点は判断されること無く、請求権の時効消滅により原告請求棄却となった。当時のファイザーにおける新たな発明報償制度についての検討過程が認定事実として判決文に記載されており、興味深い。


Nov 27, 2018

大日本住友 LATUDA®後発品メーカー16社とのANDA訴訟が終結

2018年11月27日付の大日本住友製薬プレスリリースによると、非定型抗精神病薬LATUDA®(一般名:ルラシドン塩酸塩)の用途特許(US9,815,827)/製剤特許(US9,907,794)の侵害を理由として後発品メーカー16社に対して提起したANDA訴訟が終結したとのことです。

本訴訟の提起後、本訴訟の追行と並行して、裁判所からの指示等を受けて大日本住友製薬およびサノビオン社が被告各社との間で個別の協議を実施した結果、訴訟の取下げや和解契約による訴訟の終結などを通じて本訴訟の被告数は減少していたとのことですが、このたび残る被告との間でも和解に至ったことにより、本訴訟の全ての被告との間での紛争が終結し、裁判所による確認手続を経て本訴訟は全ての被告との間で終結することになるとのことです。本和解および本訴訟の被告と締結済の和解契約に基づき、本訴訟の被告であった複数の後発品メーカーは、2023年2月21日以降本製品の後発品を販売することができるとのことです。

なお、本訴訟とは別に、本訴訟の提訴後に大日本住友製薬およびサノビオン社に対し、パラグラフ(IV)通知を送付した後発品メーカー3社に対する、上記の用途特許/製剤特許に基づく特許侵害訴訟は、係属しているとのことです。

参考:
過去記事:


Nov 25, 2018

2018.11.06 「アルフレッサ v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10117

刊行物に物の発明が記載されているといえるためには、刊行物の記載及び技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが必要知財高裁平成29年(行ケ)10117

【背景】

原告(アルフレッサファーマ)が保有する「マイコプラズマ・ニューモニエ検出用イムノクロマトグラフィー試験デバイスおよびキット」に関する特許(第5845033号)異議申立における取消決定(異議2016-700611)取消請求訴訟。争点は進歩性。

【要旨】

裁判所は、本件取消決定は、引用発明の認定を誤った結果、相違点を看過し、なおかつ、これらの相違点に関する容易想到性の判断を全く行わないままに進歩性欠如の結論を導いたものであるから、取り消されるべきであると判断した。

以下、裁判所の判断の抜粋。
「特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」は,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明(本件特許発明)を容易に発明することができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。また,本件特許発明は物の発明であるから,進歩性を検討するに当たって,刊行物に記載された物の発明との対比を行うことになるが,ここで,刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である。
かかる観点から本件について検討すると,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識を考慮しても,引用発明1のデバイスを当業者が作れるように記載されているとはいえない。理由は以下のとおりである。

・・・異なる二つのモノクローナル抗体でありさえすれば,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成するとの本件出願時の技術常識も見当たらず,また,サンドイッチ複合体を形成しさえすれば,必ず患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出できると直ちにいうこともできない。

・・・そこで,第1のモノクローナル抗体と第2のモノクローナル抗体の組合せに関して引用例1の記載を検討するに,引用例1には,ラテラルフローデバイスに用いる二つの抗体について,具体的なモノクローナル抗体の組合せを示す記載は見当たらない。また,本件出願時において,ラテラルフローデバイス等のサンドイッチ複合体を形成できる具体的なモノクローナル抗体の組合せが周知であったことを示す証拠もない

・・・さらに,引用例1には,P1タンパク質に対するモノクローナル抗体として,マウスのモノクローナル抗真正P1タンパク質抗体H136E7(【0012】)とrP1に対するモノクローナル抗体(【0096】)に関する記載があるが,P1タンパク質に対する具体的なモノクローナルは,H136E7が記載されているにとどまり,rP1に対するモノクローナル抗体については,その当該モノクローナル抗体を生産する細胞株も,モノクローナル抗体のアミノ酸配列等の情報も,H136E7とのサンドイッチ複合体の形成の有無に関する手掛かりとなる情報も記載されていない。
このような引用例1の記載に基づいて,ラテラルフローデバイスを作るためには,モノクローナル抗体として一つはH136E7を用いるとしても,もう一つ,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能な別のモノクローナル抗体を用いる必要があるが,引用例1には,そのようなモノクローナル抗体の構造について手掛かりとなる記載がなく,何らかの方法でモノクローナル抗体を入手し,それらのモノクローナル抗体が,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能であるかを調べ,試行錯誤によって,H136E7と組み合わせて患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出するラテラルフローデバイスを構成できるモノクローナル抗体を見つけ出す必要がある。
以上を踏まえれば,たとえ様々なモノクローナル抗体を得る技術自体は周知技術であるとしても,本件取消決定が認定した引用発明1のラテラルフローデバイスは,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識から,直ちに作ることができるものとはいえない。
したがって,引用例1に引用発明が記載されている(あるいは,記載されているに等しい)ということはできない。」
【コメント】

アッセイデバイスという物の発明について、進歩性欠如理由として引用された発明の適格性が問題となった。刊行物に物の発明が記載されているといえるためには、刊行物の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが必要である。


Nov 18, 2018

2018.10.30 「スリー・ディー・マトリックス v. MIT・バーシテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10158

"単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべき": 知財高裁平成29年(行ケ)10158

【背景】

被告(MIT及びバーシテック)が保有する「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」に関する特許(第5204646号)の無効審判請求不成立審決(無効2016-800082号)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:
必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,該処方物は,自己集合性ペプチドを含み,ここで,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなり,該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである,処方物。
引用例1ないし3は、ペプチドのバイオマテリアル製品「PuraMatrix」(本件製品)を紹介するために設けられた原告関連のウェブページであり、RADARADARADARADAのとおり配列された物質を「RADA16」と略す。

【要旨】

裁判所は、当業者は、引用発明及び引用例により利用可能となった事項から、周知技術を参酌しても、本件発明1を容易に発明をすることができないとして、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。
「止血作用を有する成分として,RADA16のみで構成される自己集合性ペプチドしか特定されていないから,・・・本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって,本件明細書においても,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。よって,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。

・・・当業者には,引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」に,引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。・・・そうすると,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。

・・・しかし,・・・引用例1ないし3の記載からは,他の成分を加えることなくRADA16のみが短時間でゲル化し,止血剤として機能することまで理解できるものではない。そうすると,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。

・・・したがって,引用例1ないし3の記載のみに基づいた場合,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。

・・・ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても,当業者は,引用発明に係る止血剤について,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。よって,当業者は,優先日当時における周知技術を参酌しても,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。

・・・原告は,引用発明をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止血効果があることを確認できる旨主張するものと解される。しかし,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。そのようなRADA16の使用方法として,そのまま出血部位に適用することは,たとえそれが単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべきであって,容易に想到できるものではない。」

【コメント】

引用発明である成分Aが引用例等の記載(本件ではいわゆる「一行記載」に当たると思われる)との動機づけから用途Bとして応用できると理解できたとしても、それら引用発明及び引用例等の記載からでは成分Aが有効成分/不活性担体として含まれるのかどうか等の組成や使用方法を含めどのようにして用途Bに使用し得るのかについてまで理解できない、ということで本件特許発明(成分Aのみを有効成分とする用途B)の進歩性が認められた事件。

無効理由のために挙げられた引用例はいずれも原告スリー・ディー・マトリックス インク(3-D Matrix Inc.)関連の製品を紹介する過去のウェブページ(Wayback Machineによるウェブ・アーカイブ)であった。ウェブ・アーカイブの証拠能力については争われなかった。過去、ウェブ・アーカイブの証拠能力について争点となった判決としては、例えば、2007.03.26 「イングリッシュタウン v. エイゴタウン」 知財高裁平成18年(行ケ)10358がある。

3-D Matrix Inc.は(株)スリー・ディー・マトリックス(3-D Matrix, Ltd.)の子会社である。3-D Matrix, Ltd.のwebpage及び2018年06月14日付の平成30年4月期 決算短信[日本基準](連結)によると、1992年に米国マサチューセッツ工科大学(MIT。本件被告)のShuguang Zhang博士によって発見された自己組織化ペプチド基盤技術にかかる基本特許群につき、3-D Matrix Inc.がMITより専用実施権(再許諾権付)の許諾を受け、3-D Matrix, Ltd.が3-D Matrix Inc.より実施権の再許諾を受けているとのこと。そして、3-D Matrix, Ltd.は、MITを権利者とする自己組織化ペプチド特許(出願国:米国)について、自己組織化ペプチド応用技術に係るMIT出身研究者により設立されたバイオベンチャー企業であるARCH Therapeutics, Inc.と、非独占的なサブライセンス契約を締結していた(同決算短信時点では競合するおそれは低いものと考えているとのこと)。

一方、そのARCH Therapeutics, Inc.の2016年12月5日付(FORM 10-K)Annual report pursuant to Section 13 and 15(d)によると、
"We have also entered into a license agreement with MIT pursuant to which we have been granted exclusive rights under one portfolio of patents and non-exclusive rights under another portfolio of patents. The portfolio exclusively licensed from MIT and Versitech Limited (“MIT”) includes fifteen patents that have been either allowed, issued or granted and seven applications that are pending in nine jurisdictions.....A complaint for an invalidation trial has been filed by a competitor against one of our licensed MIT Japanese patents. The corresponding European patent licensed by Arch from MIT was recently opposed, but was maintained in amended form following an administrative hearing. This decision has been appealed."
とあることから、本件特許(MITとVersitech Limitedが保有)が上記"one of our licensed MIT Japanese patents"に該当すると考えられる。

上記のとおり、3-D Matrix, Ltd.は、ARCH Therapeutics, Inc.と非独占的なサブライセンス契約を締結しているとのことではあるが、本事件において、3-D Matrix Inc.(原告)が、ARCH Therapeutics, Inc.にライセンスされていると思われるMITとVersitech Limited(被告)が保有する本件特許(Shuguang Zhang博士が発明者の一人)の無効審判を請求したことから、原告(3-D Matrix)サイドは関連製品のFTOとして(または許諾契約関係として)本件特許の存在を懸念していると想像され、被告サイド(MIT、Versitech Limited、ARCH Therapeutics, Inc.)との上記関係のどこかに問題が生じているのかもしれないと想像される。

Nov 16, 2018

中外製薬が抗C5抗体ALXN1210(ravulizumab)を開発するアレクシオン社を特許侵害で提訴

2018年11月16日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、2018年11月15日(米国現地時刻)、Alexion Pharmaceuticals, Inc.が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ravulizumab)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一つである米国特許第9,890,377号に触れるとし、「ALXN1210」の米国における製造および販売を含む侵害差止めを求める訴えを米国デラウエア州連邦地裁に提起したとのことです。

一方、Alexionは、その2018年11月16日付のSEC filing Form 8-K Report of unscheduled material events or corporate eventによると、以下のとおり、中外の主張に対して反論していくとのことです。
On November 15, 2018, a complaint was filed against Alexion Pharmaceuticals, Inc. by Chugai Pharmaceutical Co., Ltd. in the U.S. District Court for Delaware alleging that ALXN1210 infringes a U.S. patent held by Chugai. We believe that we have valid legal defenses against Chugai’s infringement claims. Accordingly, we intend to oppose these claims and intend to proceed with our business plans for ALXN1210.

参考:
  • 中外製薬 press release: 2018.11.16 「当社抗体改変技術に関する米国における特許権侵害訴訟の提起について
  • 米国特許第9,890,377号 claim1: A method of removing an antigen from plasma, the method comprising:
    (a) identifying an individual in need of having an antigen removed from the individual's plasma;
    (b) providing an antibody that binds to the antigen through the antigen-binding domain of the antibody and has a KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value, defined as the ratio of KD for the antigen at pH 5.8 and KD for the antigen at pH 7.4, of 2 to 10,000, when KD is determined using a surface plasmon resonance technique in which the antibody is immobilized, the antigen serves as analyte, and the following conditions are used: 10mM MES buffer, 0.05% polyoxyethylenesorbitan monolaurate, and 150mM NaCl at 37.degree. C.; and
    (c) administering the antibody to the individual, wherein the antibody binds to the antigen in plasma in vivo and dissociates from the bound antigen under conditions present in an endosome in vivo, and wherein the antibody is a human IgG or a humanized IgG.
  • Alexion SEC filing Form 8-K: 2018.11.15 Report of unscheduled material events or corporate event


Nov 4, 2018

2018.07.13 「レッドエックス ファーマ v. 国」 東京地裁平成29年(行ウ)290

事務所員の誤入力により国内書面提出期間内に手続できなかったことに「正当な理由」があったか?東京地裁平成29年(行ウ)290

特許法184条の4第1項が定める国内書面提出期間内に「ソフトROCKインヒビターとしてのピリジン誘導体」に関するPCT出願(PCT/EP2014/051546; WO2014/118133)の明細書等翻訳文を出願人が提出することができなかったことについて、同条4項に従い「正当な理由」があるとして手続きしたが、特許庁長官が手続を却下した処分は違法であると主張して、原告が同却下処分の取消しを求めた事案。欧州特許事務所員が、30か月期限国である日本を31か月期限としてシステムに誤入力したことが原因だった。

裁判所は、誤入力を回避するため細心の注意を払って適切な過誤回避措置が採られていたと認めるに足りる証拠はないから、法184条の4第の「正当な理由」があったと認めることはできない、と判断した。請求棄却。

本件出願は、物質発明に関するもの。INPADOC patent familyによると多くの国に手続きが進められていることから、医薬品の開発化合物して重要な出願だったのかもしれない。


Oct 31, 2018

2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106

ハーセプチン®乳癌術前術後補助化学療法発明の進歩性否定、定性的効果の記載にとどまる場合は進歩性判断に後出しデータ参酌せず知財高裁平成29年(行ケ)10106

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗-ErbB2抗体による治療」に関する特許(第5623681号)の無効審判請求に対する不成立審決(無効2016-800021号)の取消訴訟。

請求項1:
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとの原告主張を認め、審決を取消した。

1.相違点1の容易想到性について

裁判所は、
「本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。そして,これらに,・・・甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されていることを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。・・・

また,・・・抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。」
と判断した。

2.本件特許発明1の効果について

裁判所は、
「本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。・・・また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。
そして,・・・当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。」
と判断した。

被告は、
「本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果がある」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」
と判断した。

【コメント】

進歩性判断における実験データの参酌に関して判断した判決。

原審である特許庁審決では、
「本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)という効果を奏するとされるものであり,これらの効果は,甲17~21〔審判乙1~5〕において実際に確認されているといえるから,甲17~21〔審判乙1~5〕で示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。」
として判断していた。
そして、被告も、実験データの参酌の基準に関する下記判決を引用して、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき、具体的な実験データを参照することは妥当であると主張していた。
しかし、裁判所は、明細書中に記載された効果が定性的な記載にとどまる場合には、進歩性における顕著な効果の有無判断に後出しデータを参酌しないと判断した。

確かに、明細書の記載を眺めると、効果の顕著性を主張するための後出しデータを参酌するのは妥当でないと直感的に思うのだが、上記のとおり、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき後出しデータを参酌した過去判決もあり(参考: 進歩性のための明細書記載要件)、今回の判決がこれまでの判決との整合性をどのようにとったのかは明らかではない。定性的効果の記載に基づいて実験データの参酌を許容する基準はどこにあるのか明確な判断理由且つ一貫した司法判断を望む。

ところで、本件出願は欧州では成立(EP1187632B1)したが、異議申立がされ、結局、審判において進歩性欠如を理由として無効と判断された(T0402/12)。
Claim 1. Use of an anti-ErbB2 antibody for the manufacture of a medicament for treating a human patient susceptible to or diagnosed with a tumor in which ErbB2 protein is expressed, wherein the medicament is for treating the patient prior to steps of surgical removal of the tumor and treatment of the patient after the surgical removal of the tumor with anti-ErbB2 antibody and/or a chemotherapeutic agent.

本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ハーセプチン®のインタビューフォーム「開発の経緯」によると、
「・・・2008年2月に「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」について効能・効果及び用法・用量追加が承認された。さらに、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討結果に基づき、2011年11月に「HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌における3週間1回投与法」及び「HER 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が、2013年6月に「HER2過剰発現が確認された乳癌に対する術後補助化学療法としてのA法(1週間間隔投与)の用法・用量」が承認された。これにより本剤の乳癌に対する効能・効果は「HER2 過剰発現が確認された乳癌」、用法・用量はA法(1週間間隔投与)又はB法(3週間間隔投与)となった。」
とある。従って、「HER2過剰発現が確認された乳癌」という効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」及び「HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が含まれており、ファイザー品も第一三共品も、効能・効果が「HER2過剰発現が確認された乳癌」である以上、そのような術前および/または術後の補助化学療法を同様に含むものとなると考えられる。従って、ファイザー品及び第一三共品は、本件特許請求の範囲に係る(a)、(b)及び(c)の工程を順次行うことを含む治療をするための医薬に該当する可能性があり得る(だからこそ、無効審判請求にファイザーは参加していると推測される)。

本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下している。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもうすぐだったとはいえ、その状況での第一三共品とファイザー品の承認(2018年9月21日)である。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところである。

中外製薬は、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」について、同製品のバイオ後続品の製造販売承認取得者である第一三共もしくはファイザーに対し、ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行っていた。
しかし、本件審決取消訴訟では、特許性が否定されたため、中外製薬が第一三共もしくはファイザーに対して提起した用途特許侵害訴訟は中外製薬にとって厳しい状況になったと思われる。

2018年10月31日付の中外製薬のプレスリリース「訴訟および仮処分命令申立ての取り下げについて」によると、中外製薬は、第一三共またはファイザーに対する訴訟および仮処分命令の申立てを取り下げる。

以下の過去記事参照。