Oct 17, 2018

2018.10.11 「ファイザー・セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

ハーセプチン®乳癌治療の用法用量発明の進歩性否定される知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許(第5818545号)の無効審判請求は成り立たない旨の特許庁審決(無効2016-800071号)を不服としてファイザー及びセルトリオン(原告ら)が提起した審決取消訴訟。原告主張の無効理由は、実施可能要件違反と進歩性欠如。

請求項6:
抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用例2(米国で承認された医薬品ハーセプチンの添付文書)に記載された発明及び技術常識に基づき容易に発明をすることができたものであるから、原告ら主張の取消事由3(進歩性判断の誤り)は理由があるとして本件審決を取り消した。以下、裁判所の判断より抜粋。

ア 構成について
「当業者は,本件優先日当時,乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において,投与量を多くすれば,投与間隔を長くできる可能性があり,医薬品の開発の際には,投与量と投与間隔を調整して,効能と副作用を観察すること,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることは,患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり,費用効率,利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。
そして,引用例2には・・・本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは,示唆されているといえる。また・・・本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載され・・・さらに・・・本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。
そうすると,上記のとおりの技術常識を有する当業者は,引用発明2-1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく,本件抗体の投与量と投与間隔を,その効能と副作用を観察しながら調整しつつ,本件抗体の投与期間について,費用効率,利便性の観点から,併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや,本件抗体の投与量について,8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして,当業者が,このように通常の創作能力を発揮すれば,本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。・・・なお,A博士の宣誓書には,がん専門臨床医は,未試験の投与レジメンを実験することは患者の生命をリスクにさらすことになるから,本件抗体を8/6/3投与計画で投与することを動機付けられないなどと記載されているが,臨床医が薬剤の新たな用法用量を臨床的に試みる動機付けがないことをもって,薬剤の新たな用法用量の開発を試みる動機付けを否定するものにはならない。」

イ 効果について
「被告は,本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は,4/2/1投与計画で投与する引用発明2-1と同等の治療効果を有し,投与間隔が3倍となったから,顕著な効果を有すると主張する。・・・しかし,前記のとおり,本件優先日当時,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることが,費用効率,利便性の観点から望ましいということは,当業者にとって技術常識であったものである。・・・引用例2には,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば半減期が長期化すること,本件抗体を4/2/1投与計画で投与すれば約79μg/mlのトラフ血清濃度を維持できたことが記載されている。そして,この記載から,本件抗体を8/6/3投与計画で投与すれば,17μg/ml程度のトラフ血清濃度を維持できるであろうことは予測できる。そうすると,実施可能要件やサポート要件に関しては格別,進歩性に関しては,本件発明6が過去の臨床試験で求められる程度の治療効果を有しつつ,単に投与間隔が3倍になったことをもって,本件発明6の治療効果が引用発明2-1と比較して予測できない顕著なものということはできない。・・・ところで,本件明細書には,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における,病勢進行の期間の長期化や生存率に関する具体的な記載はないから,本件発明6の治療効果は不明であって,引用発明2-1と同等の治療効果を有するとは直ちにはいえない。」
【コメント】

用法用量に関する発明の進歩性が否定された事例。本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ところで、ハーセプチン®をカバーすると思われる他の用途特許(第5623681号)も存在する(過去記事: 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起」のコメント参照)。当該特許についてもセルトリオンにより特許無効審判が請求されたが、特許庁は請求は成り立たない旨の審決を出した(無効2016-800021)。その審決取消訴訟(平成29年(行ケ)10106)の判決言渡期日が2018年10月22日である。ハーセプチン®バイオシミラーの承認を取得したファイザー及び第一三共に対して中外製薬が提起した特許侵害訴訟の行く末は、上記審決取消訴訟判決の結果に大きく影響を受けるかもしれない。

参考:

Oct 12, 2018

中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起

2018年10月12日付の中外製薬プレスリリースによると、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」のバイオ後続品(バイオシミラー)の製造販売承認取得者である第一三共とファイザーに対し、ロシュ・グループのジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、専用実施権者である中外製薬は、ジェネンテック社とともに、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行ったとのことです。


ハーセプチン®(Herceptin®)について

ハーセプチン®(Herceptin®)注射用は、ジェネンテック社が創製したHER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2:ヒト上皮増殖因子受容体 2 型)の細胞外領域に結合し、HER2過剰発現ヒト腫瘍細胞の増殖を抑制する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤。米国において1992年より臨床試験が開始され、1998年乳癌治療薬としては世界で最初のヒト化モノクローナル抗体治療薬として、FDAで認可されました。国内では2001年4月4日承認され、HER2過剰発現が確認された乳癌、HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌に効能・効果が認められています。用法及び用量は下記の通りです。
HER2過剰発現が確認された乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
A法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

ジェネンテックが保有する特許について

ジェネンテックが保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許権(第5818545号)が2015年10月9日に設定登録がなされました。存続期間満了日は2020年8月25日。2016年6月にセルトリオンが特許無効審判請求をし、2017年3月にはファイザーが参加人として加わりましたが、特許庁は請求は成り立たないとの審決(無効2016-800071)を2017年7月に下しています(審決取消訴訟(平29年(行ケ)10165、平29年(行ケ)10192)は2018年10月11日が判決言渡期日)。また、同特許に対して、別途ファイザーが2017年5月に無効審判を請求しています(無効2017-800062)。今回の中外製薬のプレスリリースにある「ジェネンテック社が保有する用途特許」とはおそらく、少なくとも、この特許のことではないかと推測され、特許の有効性や侵害訴訟の行方など、今後の動向が注目されます。

特許第5818545号の請求項1:
(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。

トラスツズマブBS点滴静注用60mg「第一三共」/トラスツズマブBS点滴静注用150mg「第一三共」(2018年9月21日承認)及びトラスツズマブBS点滴静注用60mg「ファイザー」/ トラスツズマブBS点滴静注用150mg「ファイザー」の効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌」が含まれいますが、用法及び用量において、HER2過剰発現が確認された乳癌には、A法を使用するとなっており、B法は採用していません。第一三共とファイザーはこのような用法・用量の「虫食い」により本件特許のクレーム範囲を回避しているように思われます。


参考:
関連:

Oct 9, 2018

2018.09.18 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10045

LRP6結合分子に関する特許取消決定取消訴訟知財高裁平成29年(行ケ)10045

【背景】

「低比重リポタンパク質受容体関連タンパク質6(LRP6)を調節するための分子および方法」に関する特許(第5764329号)の異議申立て(異議2016-700138号)につき特許庁がした特許取消決定の取消しを求めてノバルティス(特許権者)が訴訟を提起した事件。

請求項1(一部記載を簡略):
特異的にLRP6の第1のプロペラまたは第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子であって,ここで,
(i)特異的にLRP6の第1のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(a)配列番号:1のアミノ酸20-326;または
(b)配列番号:1のアミノ酸286-324;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない
(ii)特異的にLRP6の第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(c)配列番号:1のアミノ酸631-932;または
(d)配列番号:1のアミノ酸889-929;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt3および/またはWnt3a特異的であり,優先的にWnt3および/またはWnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt1誘導シグナル伝達経路を阻害しない,結合分子。
請求項23:
請求項1-22のいずれかに記載のLRP6結合分子を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明(LRP6結合分子の発明及び医薬品組成物の発明)について実施可能要件及びサポート要件に適合しないとして本件特許を取り消すとした異議の決定の結論に誤りはないから、その余の取消事由について判断するまでもなく原告の請求は理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、裁判所の判断を抜粋。

1.LRP6結合分子の発明(本件発明1~22,31~33)について
実施可能要件適合性について
「物の発明について,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,当業者が,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていることが必要であると解するのが相当である。」

「本件発明1~22,31~33は特定のアミノ酸配列の抗原結合部分を含むLRP6結合分子,すなわち化学物質の発明である。そして・・・本件明細書の記載から,実施例で得られた各Fabのアミノ酸配列等の化学構造や認識するエピトープを把握することはできない。また,本件明細書には,Wnt1特異的等の機能的な限定に対応する具体的な化学構造等に関する技術情報も記載されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明における他の記載及び本件特許の出願時の技術常識を考慮しても,特許請求の範囲に規定されている300程度のアミノ酸の配列に基づき,Wnt1に特異的である等の機能を有するLRP6結合分子を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤をする必要があると認めるのが相当である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,本件発明に係る物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されているとはいえない。」
サポート要件適合性について
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「本件明細書には,具体的な抗体の抗原結合断片Fabを得たことをうかがわせるプライベート番号(Fab003,Fab015など)が記載されているものの,それらの具体的なFabの構造(アミノ酸配列)も,当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていない(なお,上記のとおり,実験結果が記載されていたと推測される図が全て欠落しているため,これらのFabが有する詳細な機能・特性の検証自体が事実上不可能である。)。そして,特許請求の範囲には,「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」という機能的な特徴を有することが記載されているものの,これらの機能と得られたFabの構造上の特徴等を関連づける情報も何ら記載されていない。そうすると,本件発明1について,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。このことは,本件発明2~22,31~33についても同様である。」
2.医薬組成物の発明(本件発明23~30,34~39)について
実施可能要件適合性について
「医薬に関する発明については,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,その有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を使用することができないから,実施可能要件に適合するものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を生産することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるというべきである。」

「本件明細書には,本件発明23~30,34~39に係る医薬組成物が新規有効成分とするところの「LRP6結合分子」を用いた薬理試験結果など,医薬としての具体的な有用性を当業者が理解し得るような記載がされていない。そうすると,当業者は,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することができないというべきである。したがって,本件発明23~30,34~39について,本件明細書の発明の詳細な説明は,実施可能要件に適合するものとはいえない。」
サポート要件適合性について
「本件明細書・・・には,一般的な製剤化技術やWntシグナル伝達が関連している可能性がある多くの疾患が列挙されているものの,本件明細書の他の記載を参酌しても,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そうすると,本件発明23~30,34~39に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するものとはいえない。」
【コメント】

本件特許明細書(特表2011-503025; WO2009/056634)には、実施例で得られた具体的な各Fabのアミノ酸配列等の化学構造も当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていないし、実験結果が記載されていたと推測される図も全て欠落していた。特許庁の審査を経て一旦特許査定が出されたことは不思議だが、実施可能要件違反及びサポート要件違反を理由による特許取消は免れない結果であろう。優先権の基礎となる米国出願(No.60/984,827)には、Fabやエピトープのアミノ酸配列の記載はやはりないが、しっかりと実験結果が記載された各種の図(Figures 1-5)は添付されていた。出願人がPCT出願の際にそれらの図を添付し忘れたと考えられる。

ところで、本件日本特許に対応するものとして、米国出願はOffice Actionに応答せず放棄されている(US2010-254980A1)が、欧州出願は特許として登録され(EP2209491B、EP2567709B)、異議申立てを受けた。EP2209491特許に対しては、Boehringer IngelheimとMerckによりそれぞれ特許異議が申立てられ、特許は無効と判断された。現在、審判係属中である(T1820/18)。EP2567709特許に対しては、Boehringer Ingelheimにより2018年9月25日に異議が申立てられたばかり。

Oct 1, 2018

2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171

炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性。背景にある後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省はどう判断したのか気になった事例知財高裁平成29年(行ケ)10171

【背景】

シャイア(被告)が保有する「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」に関する特許(第3224544号)に対して、無効理由1(サポート要件違反)、無効理由2(実施可能要件違反)及び無効理由3(進歩性の欠如)を主張して特許無効審判を請求した沢井製薬(原告)が、原告主張の無効理由はいずれも理由がないとして特許庁がした審判請求不成立審決(無効2016-800111号)の取消しを求めて訴訟を提起した事案。

請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点:
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1)
本件発明1ではxが3~6の値を持つことが特定されているのに対し、甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し、甲1発明では希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。

【要旨】

裁判所は、

相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められ、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとも認められないので、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(本件発明1の進歩性の判断の誤り)は理由があるとして、審決を取消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

相違点1の容易想到性の有無について
「甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として・・・が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。」
本件発明1の顕著な効果の存否について
「本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたことを前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
・・・まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが・・・甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。」

【コメント】

1.炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性

審決では、「甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」と判断されたが、裁判所は、逆に、「本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」と判断した。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術をどう考慮したかで判断が分かれた。水和物の進歩性について争われた過去判決として下記事件がある。

2.日本のパテントリンケージにおいて行政判断の一貫性は担保されているのか

本件シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))を保護する特許である。ホスレノール®は、日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、2008年10月16日に「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠として最初の製造販売承認を取得した。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)であり、当該特許も2016年3月19日で20年の存続期間満了を迎えた。

ところで、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。いわゆるパテントリンケージは厚生労働省・PMDAの判断に任されている。

従って、ホスレノール®の再審査期間が満了した後にその後発品を承認するか否かは、少なくとも下記に示した各製剤や効能・効果としての適応拡大の承認毎に取得してきた当該特許(第3224544号)の存続期間延長登録の存在を踏まえた上で厚生労働省・PMDAが判断したはずである。
  • 2008年10月16日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠250mg及び500mgとして最初の承認取得。延長登録出願2009-700005及び2009-700006が登録され、いずれも5年の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日まで延長)。
  • 2012年1月25日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mgとして承認取得。延長登録出願2012-700074が登録され、2年1月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月まで延長)。
  • 2012年2月1日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包500mgとして承認取得。延長登録出願2012-700075が登録され、2年1月16日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年5月まで延長)。
  • 2013年8月20日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大承認取得。チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、各々延長登録出願2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230が登録され、いずれも3年5月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月まで延長)。
  • 2017年2月6日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果でOD錠として承認取得。当該特許(第3224544号)は2016年3月19日で20年の満了を迎えたため、存続期間延長出願はされていない。
ここで、特に注目したいのは、当該特許の無効審判請求人である沢井製薬が既に販売している後発品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」。以下「サワイ」品と略す。)は、「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとして2018年2月15日に承認(同年6月15日薬価基準収載)が出されたという点である。

上記通知のとおり、厚生労働省・PMDAの後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしているわけであるが、実際「サワイ」品の承認日である2018年2月15日時点では、上記の通り、延長出願番号2009-700005、2009-700006、2012-700074、2012-700075、2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230と多数の当該特許の延長登録が存在していた。それぞれの延長された特許権の効力が及ぶ範囲は不透明な部分が多く残されているが、これまでの知財高裁等の判決から考えれば下記(1)(2)(3)のような解釈となるのではないだろうか。

(1) 延長出願番号2009-700005、2009-700006の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果(チュアブル錠250mg及び500mg)としてホスレノール®の初めての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。
近時の知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)によれば、延長された特許権の効力が及ぶ範囲は以下のように解釈される。
延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。

医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。

そして、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合(類型①)には、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
大合議判決では、医薬用途発明の場合についてどのように考えるかは明確に示していないが、その原審(民事第29部)(2016.03.30 「デビオファーム v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)12414)における判決では、
「当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。」
と言及されているように、医薬品の有効成分を特定の医薬用途に用いることに関する発明(医薬用途発明)の延長された効力範囲の判断も、上記知財高裁大合議判決が掲げた医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明の場合(類型①)と同様にその適否を扱うのが自然であろう。

ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg(2008年10月16日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。

  • ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)(2008年10月16日承認時)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常,成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし,1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1錠中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1錠中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
  • 「サワイ」品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常、成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし、1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1包(0.7g)中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。1包(1.4g)中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。
「成分」としての香料の有無は、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎず、周知・慣用技術に基づき付加された成分にすぎないと推察される。また、チュアブル錠か顆粒剤かという剤型分類上の差異はあるものの、剤型分類上の差異は知財高裁大合議判決で示された実質同一の判断事項「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」として挙げられておらず、また、同判決でも引用されているとおり医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項、9項)と規定されているのであって、あくまでも上記事項の観点で医薬品の審査がされるのであって、剤型分類上の形式的な差異自体が審査の対象となるわけではないと考えられる。

以上、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)の承認(2008年10月16日)に基づいて延長された当該医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2009-700005、2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。いずれの延長出願も5年の延長期間を取得したため、満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日までとなり、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

(2) 延長出願番号2012-700074、2012-700075の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとしての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg(2012年1月25日、2月1日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
  • ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)(2012年1月25日、2月1日承認時)
    組成:1包中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1包中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
上記考察(1)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)の承認(2012年1月25日、2月1日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2012-700074、2012-700075)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月及び5月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

ここで、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権(2012-700074及び2012-700075)の満了日(2018年4月及び5月)が、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の満了日(2021年3月19日)よりも先になってしまったという関係から、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権の満了後において製造・販売される「サワイ」品やホスレノール顆粒分包と同一の後発品に対して、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権の効力が及ぶかどうかという論点がでてくる。
上記(1)では、当該特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の最初の承認(チュアブル錠250mg及び500mg、2008年10月16日承認)に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられると考察した。一方で、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権は2018年4月又は5月に満了したわけだから、その点だけを考えれば、ホスレノール®の最初の承認に基づいて延長された特許権の効力範囲の内、顆粒剤についての部分に「穴」が開き、「サワイ」品のような顆粒分包の後発品に対して権利行使できないようにも思われる。しかし、仮に、このような「穴」開き説を認めたとすると、先発メーカーが適応症の追加や様々な製剤等の改良を通じて承認取得を重ねるたびに、特許期間延長の効力が穴だらけになっていくことになりかねず、このように解することは、「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とする」特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨と相反する結果となる。複数の延長された特許権が存在した場合において、それらの効力は重複して存在すると考えるのが妥当であろう。

(3) 延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230の延長された特許権の効力について

チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。上記考察(1)(2)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」についての適応拡大承認(2013年8月20日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

繰り返しになるが、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。上記(1)(2)(3)のとおり、本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけである。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけであるから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむ。

「サワイ」品の承認判断については上記厚労省通知にて示された方針に反するもののように思われる。もし、厚生労働省・PMDAによる行政手続きの一貫性が損なわれているとしたら、製薬産業において先発メーカーにとっても後発メーカーにとっても大きな影響を与えかねない問題である。

3.有効成分の水和物違いで生じた後発品の競争力

「サワイ」品の他にも多くの後発品が既に2018年2月に承認され、同年6月の薬価基準収載に至っている。先発薬であるホスレノール®の有効成分である炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)の分子式は、La2(CO3)3・xH2Oであり、x=主として4となっている。以下のとおり、「サワイ」品以外、薬価収載に至った後発品の炭酸ランタン水和物は8水和物であり、本件特許請求の範囲には文言上含まれないものとなっているため、本件特許の侵害という問題もなく、再審査期間が終了後に申請・承認となったと推測される(有効成分の水和物違いは薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」のとおり)。一方、「サワイ」品の炭酸ランタンは主として4水和物であり、本件特許請求の範囲に文言上含まれることになるわけである。東和薬品は、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているため、粒度によっては後発メーカー間での攻防もありそうである(参照: 炭酸ランタン水和物に関する特許権について)。
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「トーワ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「トーワ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O (x=主として8)
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「フソー」/ 炭酸ランタン顆粒分包500mg「フソー」
    分子式:La2(CO3) 3・xH2O(x=主として8)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「ケミファ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月14日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「ケミファ」/ 炭酸ランタンOD錠500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「YD」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「YD」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年6月25日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「イセイ」/炭酸ランタンOD錠500mg「イセイ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月3日
関連記事:

参考:
  • 薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
    「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
    既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」
  • 2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」

Sep 24, 2018

2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172

MSDのラルテグラビルを巡る特許紛争で知財高裁が塩野義特許をサポート要件を理由に無効判断: 知財高裁平成29年(行ケ)10172

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • 2017年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 上記東京地裁判決を不服として、塩野義は、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴した(判決については、2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)。
  • 一方、2015年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許庁は訂正を認めた上で本件特許を無効とする審決(無効2015-800226)をした。本件は、同年9月8日、当該審決の取消しを求めて、塩野義が知財高裁に訴訟を提起したものである(知財高裁平成29年(行ケ)10172)。
【要旨】

裁判所は、本件訂正後の各発明(本件各発明)に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は無効にすべきものであり、原告(塩野義)の請求は理由がないと判断した。請求棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件各発明の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件各発明の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件各発明に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件各発明に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件各発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。・・・以上によれば,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。」
【コメント】

同日付で当該特許についての侵害訴訟の控訴審判決(塩野義の控訴棄却判決: 2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)も出されており、サポート要件の判断については同じ。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:


2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害訴訟(知財高裁): 知財高裁平成29年(ネ)10105

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許無効審決(無効2015-800226)が出されたため、同年9月8日、塩野義は、知財高裁に、当該審決の取消訴訟を提起した(判決については2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172参照)。
  • 同年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 本件は、上記特許権侵害訴訟における原判決を不服として、塩野義が、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴したものである(知財高裁平成29年(ネ)10105)。
【要旨】

裁判所は、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであり、本件訂正によっても無効理由が解消されないから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人(塩野義)の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断した。控訴棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件発明1の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件発明1の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件発明1に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件発明1に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件発明1の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。
・・・以上によれば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。よって,本件発明1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。」
【コメント】

知財高裁も、塩野義の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断、塩野義の敗訴となった。原判決についての過去記事「2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087」参照。同日付で当該特許の無効審決取消訴訟判決(塩野義の請求棄却判決)も出された(2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172)。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:

Sep 20, 2018

大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起

大塚製薬工場ニュースリリースによると、大塚製薬工場は、エイワイファーマが製造販売し陽進堂が販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・ビタミン・微量元素液「ワンパル®1号輸液」および「ワンパル®2号輸液」について、大塚製薬工場が保有する特許(特許第4171216号)の侵害を理由として、2018年9月19日付で東京地裁に特許権侵害行為の差し止めを求める訴訟を提起したとのことです。

本特許に関わる発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ NF®1号輸液」および「エルネオパ NF®2号輸液」を保護する有用な技術とのことで、エイワイファーマによる特許無効審判請求を受けましたが訂正が認められたうえで請求不成立審決(無効2017-800045)が確定しているようです。

訂正後発明1:
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において、その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され、他の室に鉄、マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており、微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤。
参考:

過去の大塚製薬工場とエイワイファーマとの特許訴訟:

血友病A治療薬HEMLIBRA®米国訴訟でバクスアルタは中外に対する訴え取り下げ

血友病A治療薬HEMLIBRA®(米国一般名:emicizumab-kxwh)がバクスアルタ社保有の米国特許第7,033,590号に触れるとし、HEMLIBRAの製造、使用、譲渡の申出、譲渡、輸入の差止め等を求める訴えが中外製薬および米国ジェネンテック社に対して米国デラウェア州連邦地方裁判所において提起されていました(過去記事: 臨床開発中のemicizumabの米国内製造等が特許侵害にあたるとしてバクスアルタ社が中外製薬を提訴)。訴訟提起の後、2017年11月16日にFDAによる承認が出されました。2018年9月20日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は人的管轄権の欠如を理由に訴えの却下を求めていたところ、2018年9月13日、バクスアルタ社は中外製薬に対する訴え取り下げの申し出を裁判所に行い、これを受けて裁判所は2018年9月19日付で中外製薬への訴えを却下する決定を出したとのことです。なお、ジェネンテック社に対する訴訟は、継続して審議されるとのことです。

参考:

Sep 16, 2018

2018.09.06 「ロート製薬 v. Y」 知財高裁平成29年(行ケ)10210

「平均分子量」とは?(明確性要件)2: 知財高裁平成29年(行ケ)10210

ロート製薬(原告)が保有する「眼科用清涼組成物」に関する特許権(第5403850号)に対するY(被告)による無効審判請求を不成立とした審決(無効2015-800023)の取消訴訟第一次判決(2017.01.18 「X v. ロート製薬」 知財高裁平成28年(行ケ)10005)で特許請求の範囲におけるコンドロイチン硫酸ナトリウムを定める「平均分子量」の記載は不明確であり明確性要件を欠くと判断された後、特許庁は原告による訂正を認めた上で本件特許の無効審決をした。本件はその無効審決取消訴訟であり、原告は「平均分子量」についての明確性要件に係る認定判断は誤りであると主張した。

上記第一次判決において「平均分子量」が不明確とされた理由は、コンドロイチン硫酸ナトリウムの一例として明細書に記載されていたマルハ社製品の平均分子量として当業者に公然知られた数値が「粘度平均分子量」であったと判断されたためであった。そこで、原告は、本件訂正により明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除し、コンドロイチン硫酸ナトリウムのもう一例として明細書に記載されていた生化学工業社製品の平均分子量として「重量平均分子量」の数値が提供されていたこと等の主張を展開した。

本件訴訟において知財高裁は、第一次判決から一転して、明細書中の「平均分子量」が「重量平均分子量」であることを合理的に推認できると認定し、本件訂正後の特許請求の範囲(「平均分子量」)の記載は明確性要件を満たすものといえると判断、本件審決を取り消した。

被告は、明確性要件を充足させるために明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除した本件訂正は特許請求の範囲を実質的に変更するものだと主張したが、裁判所は被告主張を認めなかった。

以下、裁判所の判断の抜粋。

「ア 本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。
イ 上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。・・・例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。
上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
ウ よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。」

第一次判決:

Sep 8, 2018

塩野義がアイセントレス®錠を巡るMSDとの特許侵害訴訟で敗訴

2018年9月7日付塩野義製薬のプレスリリース「MSD社とのHIVインテグラーゼ阻害薬に関する知財高裁での係争について」によると、塩野義製薬が日本において保有するHIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)につき、2018年9月4日、知財高裁が塩野義製薬の特許無効審決取消訴訟及び特許侵害訴訟の控訴を棄却する旨の判決を出したとのことです。塩野義製薬は、今回の判決内容を精査し、引き続き、今後の対応を検討していくとのことです。

これまでの経緯:
  • 2015年8月17日、塩野義製薬は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求した(無効2015-800226)。
  • 2017年8月17日、特許無効審判において、特許が無効である旨の審決が出されたため、同年9月8日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該審決の審決取消訴訟を提起した(平成29年(行ケ)10172)。
  • 一方、同年12月6日、特許権侵害訴訟において、東京地裁は、当該特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断し、塩野義製薬の請求を棄却する旨の判決を出した(2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 同年12月19日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該判決に対する控訴を行った。

参考: