2019/08/21

HIF-PH阻害剤の特許を巡るFibroGen/アステラスとAkebia/田辺三菱の争い

FibroGen社が保有する「赤血球形成を増強するためのHIFα安定剤の使用」に関する日本特許(第4845728号; 第5474872号; 第5474741号、特許期間満了日はいずれも2024年6月4日)が、田辺三菱製薬及びAkebia社から特許無効審判を請求されている(無効2018-800079; 無効2018-800093; 無効2018-800102)。


田辺三菱製薬とAkebia社は、2015年に、低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(Hypoxia Inducible Factor Prolyl Hydroxylase;HIF-PH)阻害剤であるバダデュスタット(Vadadustat)について、日本およびアジアの一部における開発および販売を田辺三菱製薬が独占的に実施する契約を締結。田辺三菱製薬は、2019年7月23日に、バダデュスタットについて、腎性貧血を適応症として日本において製造販売承認申請したばかり。

Vadadustat

田辺三菱製薬とAkebia社とが手を組んで日本で開発しているバダデュスタットが、FibroGen社の上記特許発明の技術的範囲に属している可能性があり、田辺三菱製薬とAkebia社は、請求した無効審判で上記特許の無効を勝ち取りたい構えだ。下記Akebia SEQ 10-Qによると、FibroGenが保有する各種特許群への異議申立・無効審判等の法手続きが世界的に進行しているが(欧米等における開発・販売は大塚製薬へのライセンス)、特に日本については、Fibrogen社が保有する別の特許第4804131号に対して請求した無効審判(無効2014-800093)において、バダデュスタットの化学構造式が範囲外となる構成にクレームを訂正させることに成功している。その結果は、上記係属中の3つの無効審判の結果にも少なからず影響するかもしれない。

特許権者であるFibroGen社は、アステラス製薬と共同でHIF-PH阻害剤であるロキサデュスタット(Roxadustat)の開発を進め、アステラス製薬が、2018年10月1日に、透析期の慢性腎臓病に伴う貧血を適応症として日本において製造販売承認申請を行っており、2019年8月29日に、厚労省・薬事食品衛生審議会・医薬品第一部会にてその承認可否が審議される予定。

Roxadustat


経口投与可能な腎性貧血の新たな治療薬として期待されるHIF-PH阻害剤は、複数製薬会社により開発が進められており、アステラス製薬のロキサデュスタット、田辺三菱製薬のバダデュスタットが日本で製造販売承認申請され、承認待ちの状況。HIF-PH阻害剤による腎性貧血市場での覇権争いは、日本でも特許的場面において大きな争いに発展するのかどうか目が離せない。


2019/08/15

リリカ®用途特許を巡るジェネリックメーカーの動き

疼痛治療剤リリカ®(プレガバリン)を保護している用途特許(日本特許第3693258号)の有効性を巡り、先発メーカーのファイザー社(特許権者名義はワーナー-ランバート社)と複数のジェネリックメーカーが特許無効審判で争っている(無効2017-800003)。リリカ(Lyrica)®は、世界売上ランキングトップ20にも入っているブロックバスターだが、多くの国で既にジェネリックが参入し始めている。日本ではまだジェネリックが承認されておらず、2018年度の国内売上高は約1000億円といわれている(IQVIA発表)。

無効審判を請求したのは沢井製薬(請求日は2017年1月16日)。審判には、他のジェネリックメーカーも次々と参加を表明(15社)。リリカ®の再審査期間は2018年4月15日までで終了していることから、各ジェネリックメーカーは、上記特許の無効審決を得て、リリカ®のジェネリックの承認へと持ち込みたいと目論んでいたのかもしれないが、2019年8月15日の承認には至らなかったようだ。この特許は、20年の存続期間満了が2017年7月16日であったところ、効能・効果追加承認ごとに延長登録し、最長満了日は2022年7月16日。

リリカ®の特許権存続期間延長登録:
  • 2010年4月16日: リリカ®カプセル 25mg/75mg/150mg、「帯状疱疹後神経痛」を効能・効果として承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2010-700105; 特願2010-700106; 特願2010-700107・・・延長期間はいずれも4年9月14日
  • 2010年10月27日: 「帯状疱疹後神経痛」を「末梢性神経障害性疼痛」に拡大承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2011-700002; 特願2011-700003; 特願2011-700004・・・延長期間はいずれも5年
  • 2012年6月22日: 「線維筋痛症に伴う疼痛」の効能・効果を追加承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2012-700107; 特願2012-700108; 特願2012-700109・・・延長期間はいずれも5年
  • 2013年2月28日: 「末梢性神経障害性疼痛」を「神経障害性疼痛」に拡大承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2013-700062; 特願2013-700063; 特願2013-700064・・・延長期間はいずれも5年
無効審判の状況はというと、2019年2月28日になされた審決予告において、特許庁は、当業者は本件明細書に記載の薬理試験結果の記載に接しても、本件発明に係る鎮痛剤が「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の請求項4に記載の各痛みに効果を有することを認識することができないなどとして、本件発明1~4に係る特許は無効理由1(実施可能要件違反)及び無効理由2(サポート要件違反)によって無効とすべきものであると判断している。これに対し、特許権者側は訂正請求書を提出(2019年7月1日)したようであり、ジェネリックメーカーが勝ち取りたい無効審決(または権利侵害とならないクレームへの訂正請求が認められての審決)に至るのかどうか、決着にはもう少し時間がかかりそうだ。

参考:

本件特許ファミリーである欧州特許(EP0934061)の有効性及び特許侵害について争われた英国最高裁判断についての記事:
Pfizer SEC FILINGS 2018 Q4 FORM 10-Kより:
  • U.S. Basic Product Patent Expiration Year: 2019
    "In November 2018, the FDA granted pediatric exclusivity for Lyrica in the U.S. for an additional six months to June 2019; pediatric exclusivity applies to both the basic product patent for Lyrica and a method of treatment patent, both of which expired in the U.S. in December 2018."
  • Major EU Basic Product Patent Expiration Year: 2014
    "Lyrica regulatory exclusivity in the EU expired in July 2014."
  • Japan Basic Product Patent Expiration Year: 2022
    "Lyrica is covered by a Japanese method-of-use patent which expires in 2022. The patent is currently subject to an invalidation action."

2019/08/07

ホスレノール®後発品(炭酸ランタンOD錠)の特許侵害訴訟 バイエル薬品が控訴取下げ

2019年8月6日付のコーアイセイのプレスリリースによると、バイエル薬品が、コーアイセイ他4社に対し、バイエル薬品の高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物)のジェネリックである炭酸ランタンOD錠の製造販売行為の差止め等を求め2018年9月3日に提起し係争中であった特許権侵害差止請求控訴事件(令和元年(ネ)第10051号)について、バイエル薬品が2019年7月31日付で控訴の全部を取り下げたことにより、バイエル薬品の請求が棄却された第一審判決(2019.06.12 東京地裁平成30年(ワ)第28391号)が確定したとのことです。

対象となった特許は、バイエル薬品が保有する炭酸ランタンのOD錠に関する特許第6093829号。2015年10月2日に出願され、2035年10月2日が存続期間満了日。上記侵害差止請求事件と並行して、コーアイセイを請求人とする特許無効審判請求事件(無効2017-800104号)が係属しており、2018年12月12日の審決の後、2019年1月11日に審決取消訴訟が提起されています(平成31年(行ケ)10003)。

ホスレノール®は、バイエル薬品が、2008年10月16日に、「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で、最初はチュアブル錠として製造販売承認を取得。OD錠として、2017年2月6日に承認を取得。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)。

参考:


2019/08/03

エビリファイ®用途特許を巡るジェネリックメーカーの動き

抗精神病薬エビリファイ®(アリピプラゾール)の特定の効能・効果(「双極性障害における躁症状の改善」、「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」)を保護している、大塚製薬が保有する用途特許(日本特許第4178032号、2022年1月29日満了(さらに存続期間延長登録あり))が、複数のジェネリックメーカーからそれぞれ特許無効審判を請求されている(無効2018-800113; 無効2018-800123; 無効2018-800127; 無効2018-800130)。無効審判を請求しているのは、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマ。これらメーカーのジェネリックは「統合失調症」のみを効能・効果とするいわゆる「虫食い」であり、上記特許の無効審決を得て、効能・効果の追加承認を得ようと試みていると思われる。

エビリファイ®の再審査期間のうち、「統合失調症」及び「双極性障害における躁症状の改善」は2006年1月23日~2016年1月22日、「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」は2013年6月14日~2017年6月13日。前者の再審査期間終了を待って2017年2月15日に初承認されたジェネリックは、いずれも効能・効果が「統合失調症」のみの「虫食い」であった。これは、「双極性障害における躁症状の改善」を保護する上記用途特許が有効に存続していたためと考えられる。

2017年3月6日、沢井製薬は、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマよりも先んじて、上記用途特許の無効審判を請求し(無効2017-800030)、2018年7月9日に請求を取下げている。沢井製薬は、その後タイミングよく、2018年9月5日に「双極性障害における躁症状の改善」の追加承認(「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」も2019年3月6日に追加承認)を得ていることから、大塚製薬から上記効能・効果に関する実施許諾を得たのではないかと推測される。ジェネリックの中で、上記効能・効果の追加承認を得ているのは沢井製薬だけであり、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマ等の他のジェネリックメーカーは、効能・効果の点で沢井製薬に先を越された状況となっている。


2019/07/28

2019.07.18 「レクサン v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10133

補正ミスに気付かず特許査定に。訂正できず: 知財高裁平成30年(行ケ)10133

「1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」に関する特願2007-542886(WO2006/054830; 特表2008-520653)について、出願人である原告(レクサン及びコーリアリサーチ)は、誤った内容を記載した手続補正書を提出したまま特許査定となったことに気付き、特許査定の取消しを求め行政訴訟を提起したが認められず(2015.06.10 「国 v. レクサン」 知財高裁平成26年(行コ)10004; 10005)、特許権の設定登録に至った(特許第6097946号)。本件は、その誤りを訂正しようとした訂正審判請求を不成立とした審決(訂正2017-390124号)の取消訴訟である。

裁判所は、訂正事項2(「R2は塩素であり」を「R2は水素であり」と訂正する)は実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから、特許法126条6項の要件に適合しないというべきであり、これと同旨の本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。

レクサンのプレスリリース及びポスター発表によれば、本件出願ファミリーである欧州特許(EP1819698B)及び米国特許(US8,314,100B)が開発中の抗がん剤であるSupinoxin (RX-5902)をカバーするものであり、本件出願で問題となった「R2は水素」である化合物がそのRX-5902であることが分かる。上記欧州及び米国特許クレームは、「R2は水素」である化合物はカバーしている。日本では訂正審判も試みたが認められず本件特許クレームで開発品をカバーできない結果となった。

過去記事:


2019/07/22

ハーセプチン®バイオシミラー(トラスツズマブ): セルトリオンとジェネンテックが和解

2019年7月22日付のセルトリオン・ヘルスケア・ジャパンのプレスリリース及び日本化薬のプレスリリースによれば、トラスツズマブBS点滴静注用60mg・同150mg(一般名:トラスツズマブ(遺伝子組換え)[トラスツズマブ後続1])に関して、セルトリオン社とジェネンテック社で係争中の特許無効審判請求は和解により解決することで合意したとのことです。

参考:

2019/07/15

2019.06.13 「アミレックス v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10125

βアミロイドを透析工程で補足・除去しアルツハイマー病を治療する知財高裁平成30年(行ケ)10125

アミレックス ファーマシューティカルズ インコーポレイテッドの「β-アミロイドの対外的減少のための新規組成物及びその製造方法」に関する特許出願(特願2015-508893号)について、進歩性欠如(特許法29条2項)を理由とする拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決(不服2016-16991号)の取消訴訟である。

裁判所は、(a)引用発明に他の引用文献に記載された技術を適用して本願発明とすることは当業者にとって容易に想到できる、(b)顕著な効果を有するとの原告の主張は、引用発明が当然備える効果であるから理由がなく、(c)引用文献は技術分野が異なりまた阻害要因もあるとの原告の主張も理由がない、と判断し、原告の請求を棄却した。

本願発明:
患者のβアミロイドレベルの誘導に関連する病的症状の治療用の改良された透析液製剤を製造する方法であって,該方法は,(a)捕捉結合剤としての以下の構造(構造は省略)を有する四量体ペプチド及びキャリアを含む組成物を調製する工程と,(b)前記組成物を透析緩衝液と混合する工程とを含み,前記キャリアは,ポリ(エチレングリコール)架橋キャリアゲルである方法。

【コメント】

アミレックス社のwebpageによると、昨年フィリピンFDAから承認されたアミレックス社の製品(BETACLEAR®)は、本件特許出願の優先権の基礎となるフィリピン出願(PH/1/2013/000037)の登録特許により保護されているようである。アミレックス社が日本においても同製品の開発を進めるのかどうかは明らかでないが、本件出願が特許として成立していたならば、その製品を保護していたものと考えられる。

2019/07/02

2019.06.26 「アレクシオン v. 中外製薬」 知財高裁平成30年(行ケ)10043

中外製薬のリサイクリング抗体創製技術に関する特許知財高裁平成30年(行ケ)10043

【背景】

特許第4954326号より
被告(中外製薬)が保有する「複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子」に関する特許(第4954326号)に対して原告(アレクシオン)が請求した無効審判請求について、特許庁がした請求不成立審決(無効2016-800136号)の取消訴訟。争点は、実施可能要件及びサポート要件(取消事由2(無効理由1))等。本件特許明細書によれば、本発明者らは、血漿中(血中)でのpHにおける抗原結合活性と比較して早期エンドソーム内でのpHにおける抗原結合活性が弱い抗原結合分子は抗原に複数回結合し、血漿中半減期が長いことを見出した。本件発明は、1分子の抗原結合分子が複数の抗原に結合することで抗原結合分子の薬物動態を向上させ、in vivoにおいて通常の抗原結合分子よりも優れた効果を発揮させることができるというものである。

請求項1:
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。以下、判決抜粋。

(1) 実施可能要件について
「本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲には,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬組成物が含まれることになる。そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このような本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解される。」
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
「ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】~【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせてヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙げることができることなどが記載されている。しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。」
「実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法が記載されている(【0285】)。しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提となる技術である(当事者間に争いがない。)。そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法については,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に常に利用できるとは限らないものである。よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製する方法が記載されている(【0288】~【0290】)。この方法は,上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可能であるということができる。しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【0289】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もない。したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」
(3) 被告の主張について
「被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張しているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施することができるのかが明らかではない。このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによって,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」

【コメント】

原告は、本件発明をいわゆる「リーチ・スルー」クレームであると主張し、被告は、本件発明が、具体的な課題解決手段に基づくものであり、可変領域へのヒスチジンの導入という配列の特徴によって特定しているから、「リーチ・スルー」クレームとは異なると反論した。裁判所は、本件発明が「リーチ・スルー」クレームかどうかという点には触れることなく、本件発明に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされているかどうかを判断した。

本件発明は、抗体が抗原に繰り返し結合することで抗体が作用する時間を延ばす「リサイクリング抗体」を創製する技術(参照: SMART-Ig® (リサイクリング抗体®創製技術))。中外製薬のアニュアルレポート2018によると、中外製薬は補体成分C5を抑制する抗C5リサイクリング抗体「SKY59/RG6107」(crovalimab)を開発中。中外製薬独自の抗体技術を複数適用することで、半減期延長を実現しており(非臨床試験)、皮下投与による自己注射を目指した開発を行っている。ロシュとの共同開発により、2016年11月から第Ⅰ/Ⅱ相国際共同治験を開始し、2017年9月に米国で、発作性夜間ヘモグロビン尿症を予定適応症として希少疾病用医薬品の指定を受けている。

1.日本での状況

本件出願 2010-507273(特許第4954326号)には分割出願が以下の通り存在する。
  • 特願2011-171225(特許第4961501号)・・・(註2)
  • 特願2011-268497(特許第5048866号)・・・(註2)
  • 特願2012-160692(特許第5503698号)・・・(註1)
  • 特願2014-051047(特許第5824095号)・・・(註1)
  • 特願2015-199906(特許第6082447号)・・・(註2)
  • 特願2017-008075(特許第6417431号)・・・(註2)(註3)
  • 特願2018-189946
(註1) 特許第5503698号及び特許第5824095号についての無効審判請求不成立審決取消訴訟の判決も本件判決と同日に言渡された。本判決と同様に、裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。
(註2) 特許第4961501号、特許第5048866号、特許第6082447号及び特許第6417431号については、現時点で無効審判は請求されていない。

(註3) 2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ(Ravulizumab))が、中外製薬が保有する本件特許第4954326号およびその分割である特許第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起した。アレクシオン社のラブリズマブ(Ravulizumab)は、抗補体(C5)モノクローナル抗体製剤「ユルトミリス®点滴静注 300 ㎎」の有効成分。2019年6月18日に発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療薬として日本での製造販売承認を取得した。本判決により、本件特許第4954326号が無効判断されたため、上記特許侵害訴訟の方も中外製薬の主張が認められる可能性は厳しいと思われる。

2.欧州での状況

本件特許の欧州ファミリー特許は以下の通り。
  • EP2275443B:
    Claim 1. A method for improving the pharmacokinetics of an antibody, said method comprising substituting at least one amino acid of a CDR of the antibody with a histidine, or inserting at least one histidine into a CDR of the antibody, wherein the histidine substitution or insertion increases the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value as compared to the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value before the histidine substitution or insertion, wherein said KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value is defined as the ratio of the antigen-binding activity at pH 5.8 and the antigen-binding activity at pH 7.4, and wherein said histidine substitution or insertion
    (a) prolongs the half-life in plasma or the mean plasma retention time of said antibody; or
    (b) increases the number of times of antigen-binding for said antibody, which increase corresponds to an increase in the number of cycles that said antibody bound by an antigen is internalized into a cell and released in an antigen-free form to the outside of the cell.
    登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行った。2018年4月26日付でEPO異議部は特許維持の決定をしたため、異議申立人らは審判請求をしている(Appeal recieved No. T1511/18)。
  • EP2708558B: 抗体のスクリーニング方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。
  • EP2708559B: 抗体の製造方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。

3.米国での状況

本件特許の米国ファミリー特許は以下の通り。
  • 9,868,948: 抗体を含む医薬組成物の製造方法特許。
  • 9,890,377:
    Claim1. A method of removing an antigen from plasma, the method comprising:
    (a) identifying an individual in need of having an antigen removed from the individual's plasma;
    (b) providing an antibody that binds to the antigen through the antigen-binding domain of the antibody and has a KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value, defined as the ratio of KD for the antigen at pH 5.8 and KD for the antigen at pH 7.4, of 2 to 10,000, when KD is determined using a surface plasmon resonance technique in which the antibody is immobilized, the antigen serves as analyte, and the following conditions are used: 10mM MES buffer, 0.05% polyoxyethylenesorbitan monolaurate, and 150mM NaCl at 37.degree. C.; and
    (c) administering the antibody to the individual, wherein the antibody binds to the antigen in plasma in vivo and dissociates from the bound antigen under conditions present in an endosome in vivo, and wherein the antibody is a human IgG or a humanized IgG.
2018年11月16日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、2018年11月15日、Alexion Pharmaceuticals, Inc.が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ravulizumab)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一つである米国特許第9,890,377号に触れるとし、「ALXN1210」の米国における製造および販売を含む侵害差止めを求める訴えを米国デラウエア州連邦地裁に提起した。

2019/06/10

2019.06.07 「ネオケミア v. メディオン」 知財高裁平成30年(ネ)10063

特許法102条2項・3項(損害の額の推定)についての知財高裁大合議判決知財高裁平成30年(ネ)10063

「二酸化炭素含有粘性組成物」に関する特許権(第4912492号; 第4659980号)を保有するメディオン(被控訴人)が、炭酸パック化粧料(被告各製品)を製造・販売したネオケミア(控訴人)らに対して提起した特許権侵害訴訟。損害賠償請求の一部を容認した原判決(大阪地裁平成27年(ワ)4292)を不服として控訴人らが控訴した。

知財高裁(大合議)は、被告各製品は特許発明の技術的範囲に属し、特許の無効理由が存するとは認められないとした上で、被控訴人の損害額について、概要、以下のとおり判示して、控訴人らの控訴を棄却した。損害の額の推定を規定した特許法102条2項における「侵害した者・・・がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額」を算定するための考え方及び同条3項で定める「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」において適用すべき実施料率に考慮すべき事情が判示された。

(1) 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額について
  • 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費(例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等が該当し,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,該当しない。)を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
  • 本件において,控訴人らが主張する人件費,試験研究費,宣伝広告費,サンプル代及び在庫品の仕入金額のうち,試験研究費及び宣伝広告費の一部については被告各製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったといえるから,控除すべき経費に当たるが,その余については,被告各製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできないから,控除すべき経費とみるのは相当ではない。

(2) 特許法102条2項の推定覆滅事由について
  • 特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。
    例えば,
    ①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),
    ②市場における競合品の存在,
    ③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),
    ④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)
    などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
  • 競合品といえるためには,市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要するものと解される。また,侵害品が特許権者の製品に比べて優れた効能を有する,あるいは,侵害品が他の特許発明の実施品であるといった事情があるとしても,そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく,優れた効能があることや他の特許発明を実施したことが侵害品の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。
  • 本件において,控訴人らの主張する推定覆滅事由のうち,競合品の存在,控訴人らの営業努力,被告各製品が顕著に優れた効能を有すること,被告各製品が控訴人らのうちの1名の特許発明の実施品であることについては,いずれも,その事実が認められないか,それが侵害者の売上げに貢献しているといった事情が認められない。また,控訴人らが主張するその余の推定覆滅事由は,被控訴人の受ける損害とは無関係であり,推定覆滅事由に当たらない。したがって,特許法102条2項による推定の覆滅は認められない。

(3) 特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額について
  • 特許法102条3項は,特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定である。同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
  • 特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については,平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ,「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして,同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして,上記のような特許法改正の経緯に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,特許権侵害をした者に対して事後的に定められる,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
    したがって,実施に対し受けるべき料率は,
    ①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,
    ②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,
    ③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,
    ④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針
    等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
  • 本件において,
    ①本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は本件訴訟に現れていないところ,本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が,国内企業のアンケート結果では5.3%で,司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること,
    ②本件発明1-1及び本件発明2-1は相応の重要性を有し,代替技術があるものではないこと,
    ③本件発明1-1及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること,
    ④被控訴人と控訴人らは競業関係にあること
    など,本件訴訟に現れた事情を考慮すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき本件での実施に対し受けるべき料率は,10%を下回らないものと認めるのが相当である。

過去関連記事:

2019/06/08

テリパラチド酢酸塩に関する特許権について

2019年6月5日付の「【謹告】テリパラチド酢酸塩に関する特許権について」によると、旭化成ファーマ(株)は、テリパラチド酢酸塩を有効成分とする骨粗鬆症治療ないし予防剤に関する特許権(日本特許第6522715号)が以下の特許請求の範囲(請求項2は省略)にて登録されたとのことです。

【請求項1】
1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与され、PTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって、下記(1)~(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とし、皮下注射投与であることを特徴とする、骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である
上記特許権は元をたどると特願2011-530844(再表2011/030774; WO2011/030774)を原出願とするものです。この特願2011-530844については、拒絶審決取消訴訟(2016.11.28 「旭化成ファーマ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10241)で新規性・進歩性が争われた経緯があります。本件特許権は、拒絶査定不服審判(不服2018-8267)において、発明の効果について、上記判決を踏まえつつ実験成績証明書とともに意見書で反論(2018.10.29提出)したことで、進歩性における拒絶理由が解消され登録に至ったようです。

旭化成ファーマ(株)は、ヒト副甲状腺ホルモン(PTH)の活性部分であるN端側の1-34ペプチド断片であるテリパラチド(Teriparatide)酢酸塩を有効成分とする週1回皮下投与の骨粗鬆症治療剤「テリボン(TERIBONE)®皮下注用56.5μg」を製造販売しています(再審査期間は終了、2011年9月26日~2017年9月25日(6年))。テリボン®皮下注用56.5μgの添付文書には、以下のように記載されています。
【効能又は効果】
骨折の危険性の高い骨粗鬆症
【効能・効果に関連する使用上の注意】
本剤の適用にあたっては、低骨密度、既存骨折、加齢、大腿骨頸部骨折の家族歴等の骨折の危険因子を有する患者を対象とすること。

2019年2月に、子会社の旭化成シンメッドが、テリボン®皮下注用56.5μgのオーソライズド・ジェネリックの承認を得ています。

参考: