Apr 20, 2019

2019.03.19 「サン ファーマ v. ジェネンテック」 知財高裁平成30年(行ケ)10036

IL-23アンタゴニストによるIL-17産生阻害の新経路発見に基づく作用機序特許、乾癬治療用途は同じでも新規?知財高裁平成30年(行ケ)10036

【背景】

被告(ジェネンテック)が保有する「IL-17産生の阻害」に関する特許(第5705483号)に対して原告(サン ファーマ)がした無効審判請求に対する不成立審決(無効2017-800007号)の取消訴訟である。争点は、①新規性、②進歩性、③明確性要件、④サポート要件、⑤実施可能要件の各判断の誤りの有無である。

請求項1(本件特許発明1):
T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための,インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。

【要旨】

裁判所は、取消事由はいずれも理由がないと判断し、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由1(甲5に基づく新規性判断の誤り)について

裁判所は、
「本件特許発明1と甲5発明とは,審決認定のとおり,相違点5(本件特許発明1は,T細胞を処理するための組成物の用途が「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ためであると特定されているのに対し,甲5発明にはそのような特定がない点)で相違する。・・・甲5発明の「T細胞を処理する」とは,IL-12によるT細胞の処理,すなわちTh1誘導によるT細胞刺激を阻害することを指すものであって,甲5には,記載も示唆もされていない「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ことを指すものではないことは明らかである。・・・本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は,IL-23によるT細胞の処理によってT細胞におけるIL-17の産生が増加するという知見に基づき,IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであり,上記知見は,従来から知られていたTh1誘導やTh2誘導によるT細胞刺激とは異なるものであると認められる。したがって,本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は,従来から知られていたTh1誘導によるT細胞刺激とは異なる,IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであるから,甲5発明の「T細胞を処理するため」とは明確に異なるものであり,相違点5は,実質的な相違点であると認められる。」
と判断した。

原告は、
「甲5X発明に係る抗体含有組成物の用途は,「T細胞の処理による乾癬治療」であるが,乾癬患者について格別の限定又は選別をすることなく,「T細胞の処理による乾癬治療」を実施すると,当然に,「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」も生じるから,甲5X発明の「T細胞の処理による乾癬治療」と本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」とは,用途として同一であり,甲5X発明と本件特許発明1との間に相違点はない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「この主張を,甲5発明について,甲5に記載されている用途も考慮して本件特許発明1の新規性を判断すべき旨の主張と解したとしても,次のとおり理由がない。
(ア) ・・・本件特許発明1は,IL-23によるT細胞の処理によってT細胞におけるIL-17の産生が増加するという知見に基づいて,「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」について「T細胞によるIL-17産生を阻害するための(インビボ処理方法において使用するための)」という用途の限定を付したものであると認められるところ,慢性関節リウマチの患者であってもIL-17濃度の上昇がみられなかった者がいるように,すべての炎症性疾患においてIL-17濃度が上昇するものではないし,特定の炎症性疾患においてもすべての患者のIL-17濃度が上昇するものではないと認められるから,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,特にIL-17を標的として,その濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができる。
(イ) 他方,前記(1)のとおり,甲5には,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは,記載も示唆もされていないから,甲5発明が,「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものではないことは,明らかである。このことは,甲5発明の「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を乾癬治療のために使用することができるという甲5に記載されている用途を考慮しても,左右されるものではない。
(ウ) そうすると,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞を処理するため」という用途とは,明確に異なるものということができる。そして,このことは,本件優先日当時,IL-17の発現レベルを測定することが可能であったことによって左右されるものではない。」
と判断した。

原告は、
「本件特許発明は,せいぜい,IL-23アンタゴニストに備わった「T細胞によるIL-17産生を阻害する」という性質又は機序を明らかにして,これを説明する構成要件を付加したにすぎないから,甲5X発明と異なる新規な方法(用途)とはいえない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「この主張を,甲5発明について,甲5に記載されている用途も考慮して本件特許発明1の新規性について判断すべき旨の主張と解したとしても,前記ウのとおり,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞を処理するため」という用途とは,明確に異なるのであるから,本件特許発明1の用途が,甲5発明の用途を新たに発見した作用機序で表現したにすぎないものとはいえないことは,明らかである。」
と判断した。
以上のとおり、裁判所は、本件特許発明1は甲5発明ではないと判断した。

取消事由2(甲5に基づく進歩性判断の誤り)について

裁判所は、
「本件明細書には,本件優先日前の文献を引用して,IL-17は,リウマチ様関節炎を含む様々な炎症性疾患に関係しており,それらの疾患においてIL-17の濃度の著しい上昇が見られること,乾癬においてIL-17の濃度が著しく上昇することが認められ,IL-17は乾癬に関係していると文献に記載されている旨が記載されており(【0003】,【0054】~【0060】),本件優先日当時,乾癬等の炎症性疾患とIL-17との関連性が報告されていたことが認められる。
しかし,前記2(4)アのとおり,甲5には,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは,記載も示唆もされておらず,甲1,3を含む本件で提出されたその余の証拠によっても,本件優先日当時,当業者において,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることを認識していたとは認められないから,甲5に接した当業者において,甲5発明の「p40サブユニットを中和することができる抗体」(IL-23のアンタゴニスト)を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用する動機付けがあったとは認められない。」
と判断した。

原告は、
「乾癬患者の中の一部の者(IL-17濃度の上昇がみられない者)に対して抗体含有組成物を使用しないことが,乾癬の治療効果を高めることはないし,甲5には,IL-17濃度の上昇が発現した者を格別排除することなく乾癬患者に抗体含有組成物を使用することが開示され,それによる病巣消失の効果までもが既に開示されており,その効果は,乾癬等の患者の中からIL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップを経るか否かによって,変わることはない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「・・・甲5には,「J695」と称される「p40サブユニットを中和することができる抗体」を乾癬を罹患していた患者に投与した際に病巣が消失したことが記載されているが,甲5に接した当業者において,この「p40サブユニットを中和することができる抗体」を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用する動機付けがあったとは認められないことは,前記(1)のとおりであり,原告の上記主張は,この判断を左右するものではない。」
と判断した。

原告は、
「たとえ乾癬患者の全てがIL-17濃度の上昇を伴うわけではないとしても,多くの患者においてIL-17濃度の上昇が見られるのであるから,「p40サブユニットを中和することができる抗体」を乾癬患者に投与すれば,それらの患者の中に,T細胞によるIL-17の産生が阻害される者が存在することは明らかであるし,被告によると,本件特許発明は,「IL-17濃度の上昇が見られる炎症等の治療に対して選択的に利用されるもの」ではないから,その治療対象となる乾癬患者の中にはIL-17濃度の上昇を伴っていない者も存在するところ,そのような患者ではIL-17産生が阻害されることはないから,本件特許発明において必ずしもIL-17濃度が上昇した乾癬患者のIL-17産生が阻害されるわけではない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記2(4)ウのとおり,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができるのであって,被告の主張は採用できないから,本件特許発明1がIL-17濃度の上昇が見られるか否かを問わずに利用されることを前提とした原告の上記主張は,前提において失当である。」
と判断した。

原告は、
「本件特許発明の用途は,甲5に記載された用途と実質的に何ら相違せず,本件特許発明の「T細胞によるIL-17産生を阻害する」との点は,単に甲5X発明の「P40サブユニットを中和することができる抗体」(IL-23アンタゴニスト)の性質又は機序を記載したにすぎず,本件特許発明と甲5X発明が実質的に異なることを示すようなものではない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記2(4)のとおり,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞の処理による乾癬治療のため」という用途とは,明確に異なるものであり,本件特許発明1の用途は,甲5発明の用途を新たに発見した作用機序で表現したにすぎないものではないから,原告の上記主張は,理由がない。以上によると,本件特許発明1は,甲5発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。・・・よって,取消事由2は,理由がない。」
と判断した。

取消事由7(明確性要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「本件特許発明1に係る特許請求の範囲の請求項1には,「炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度の上昇が発現した者を選択する」旨の文言は記載されていないが,上記のとおり,「T細胞によるIL-17産生を阻害するための(インビボ処理方法において使用するための)」という用途を限定した文言により,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用されるものであることを一義的に理解することができる。
また,前記1(1)のとおり,本件明細書には,IL-17が慢性関節リウマチ,同種異系移植拒絶反応中,多発性硬化症を含む他の慢性炎症疾患,乾癬,ベーチェット病,喘息,全身性エリテマトーデスにおいて,IL-17の濃度が上昇することが先行技術文献を引用して記載されており,炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度(IL-17の発現レベル)の上昇が見られる者を特定することが可能であることは,本件出願日当時の技術常識であったと認められる。
そうすると,本件特許発明1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,不明瞭であるとはいえず,特許を受けようとする発明が明確であるということができる。」
と判断した。

原告は、
「本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,IL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップが必須であることについて,必ずしも明確に表現しておらず,仮に,このように不明確な特許請求の範囲の記載のまま特許登録が維持されることとなれば,IL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップを経ない乾癬等の疾患治療のための組成物の利用についても,あたかも本件特許発明の技術的範囲に属するかの如き外観を呈し,第三者に不測の不利益を及ぼすおそれが非常に高いから,本件特許に係る請求項1~10の記載は,明確性要件を満たさない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本件特許の請求項1の記載により,請求項1に記載された組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用されるものであることを一義的に理解することができることは,前記(1)のとおりであるから,原告の上記主張は,理由がない。」
と判断した。

取消事由8(サポート要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「当業者は,本件明細書の記載から,IL-23アンタゴニストにより,IL-23により誘導されるT細胞によるIL-17産生を阻害することができること,すなわち,本件特許発明の課題を解決できることを認識することができる。」
と判断した。

原告は、
「審決のように,本件特許発明の組成物を炎症等を治療するという医薬用途に利用する場合,当然にIL-17濃度の上昇が見られる炎症等の治療に対して選択的に利用されるものであるとすると,本件特許発明の課題解決のためには,IL-17発現レベルが上昇している者のみを対象として選択できることも要すると解すべきであるが,「IL-17発現の上昇したレベル」の技術的意味やその確認方法自体も,本件明細書において明確にされているとはいえないし,技術常識を考慮してもそれが明らかであるとはいえない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記8(1)のとおり,炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度(IL-17の発現レベル)の上昇が見られる者を特定することが可能であることは,本件出願日当時の技術常識であったと認められる。」
と判断した。

取消事由9(実施可能要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「取消事由9に係る原告の主張は,・・・いずれも取消事由8に係る原告の主張と同旨であるから,これらにいずれも理由がないことは,前記9(2)ア~ウの説示から明らかである。よって,取消事由9は,理由がない。」
と判断した。

【コメント】

医薬用途発明の新規性の判断について、物の「用途」とは何かということを考えさせられる判決。本願発明1(請求項1)において、「物」とは「インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物」であり引用発明と一致していたが、「用途」という点で、本願発明1は「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するため」であるのに対して、引用発明は「IL-12によるT細胞を処理(すなわちTh1誘導によるT細胞刺激を阻害)するためのインビボ処理方法において使用するため」であるという点で文言上相違していた。しかし、問題は、両発明とも、上記の通り「インビボ処理方法」がどんな体内作用機序を経るための処理方法なのかという意味での用途は相違している一方で、T細胞を処理して最終的には乾癬の治療のために効果を発揮させる発明であるという意味では共通していたため、その相違点は新たに発見した作用機序で表現(説明)しただけにすぎないではない(用途は異ならない)のではないかという論点があった。

図は弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会からの審議委嘱事項2「バイオ関連・医薬発明の特許性についての国際的な比較に基づく問題点の調査及び研究」についての報告書(平成31年2月8日)より

乾癬では、IL-12やIL-23によって活性化されるヘルパーT細胞およびナチュラルキラー細胞といった免疫担当細胞の細胞内シグナル伝達およびサイトカイン分泌が重要な役割を担っており、IL-12がCD4陽性ナイーブT細胞のTh1への分化に関与し、IL-23はTh17の活性化を促すとされている。IL-23受容体へのIL-23の結合を阻害し、細胞内シグナル伝達並びにそれに続く活性化及びサイトカイン産生を抑制するという作用メカニズムから、抗IL-23抗体はT細胞からのIL-17産生を阻害することによって乾癬の治療効果を発揮すると想定される。

医薬品の有効成分が、疾患への治療効果を発揮するに至るための体内での作用機序は単純ではない。ある医薬品の有効成分がT細胞によるIL-17の産生を阻害するという体内現象ひとつとっても、刺激分子であるIL-12も阻害しているのかも知れないし、それらの上流下流の知られていない作用経路がまだあるのかも知れない。例えば、IL-23アンタゴニストの乾癬治療効果に○○タンパク質の阻害も関与していたという作用機序が新たに発見されるたびに、同じ乾癬治療に用いるにもかかわらず、その作用機序を表現(説明)した構成要件を盛り込んだ「○○タンパク質を阻害するためのIL-23アンタゴニスト組成物」や「IL-23アンタゴニストを含む○○タンパク質阻害剤」というクレームで出願をすれば、そのたびに新規性は認められることになるのだろうか。すでにIL-23アンタゴニストを乾癬治療薬として実施している者への影響があってはならない。最終的な疾患治療用途は一致しているのに、新たに発見された作用機序の表現(説明)を構成要件として付加した医薬用途発明の新規性を認めるような本件における裁判所の判断は、発明の実施という点では同一の権利を乱立させ特許権の効力範囲と権利行使の予測可能性を不透明にしてしまうのではないか。

明確性要件の判断の中では、発明の技術的範囲をIL-17発現上昇患者への選択使用にのみ限定するかのような言及(配慮?)もされたように感じられるが、本件は、技術的範囲を争点としている訳ではなく、あくまで特許が無効かどうかを争点とし判断しているものである。もし、本件特許権者が、他社の乾癬治療薬としての抗IL-23抗体
  • ヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体製剤トレムフィア(Tremfya)Ⓡ(有効成分: グセルクマブ(guselkumab))
  • ヒト型抗ヒトIL-12/23p40モノクローナル抗体製剤ステラーラ(Stelara)Ⓡ(有効成分: ウステキヌマブ(ustekinumab))
  • ヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体製剤スキリージ(Skyrizi)Ⓡ(有効成分: リサンキズマブ(risankizumab))
の製造販売に対する本件特許の侵害訴訟を提起した場合には、属否判断について裁判所の判断がどのようにされるのか非常に楽しみである。

本件特許無効を審判請求したサンファーマはというと、MSD社が開発していたヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体チルドラキズマブ(Tildrakizumab; MK-3222)の全世界での独占的な使用権を有しており、その製剤は、2018年5月20日に米国にて尋常性乾癬を適応症として承認(商品名: ILUMYA)(BLA APPROVAL LETTER)されたが、日本ではまだ承認されていない。
参考:
以下、本件特許の三極での状況を示す。欧州では新規性欠如判断、米国では患者限定となっており、クレームの成立性・広さで言うと日本(特に本件特許及びその分割出願特許)が欧米に比べて緩い印象である。

本件特許の日本ファミリー情報:
  • 特願2004-550229
    特許5477998(登録日2014.02.21)
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    請求項1:
    インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む、健康な被験体と比較して、インターロイキン17(IL-17)発現の上昇したレベルを有することが測定された哺乳動物被験体における炎症疾患の処置のための組成物であって、前記アンタゴニストが抗IL-23または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。
  • (分割)特願2010-210980
    特開2011-42658
    特許5705483(登録日2015.03.06)【本件特許】
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    無効2017-800007
    知財高裁平成30年(行ケ)10036(出訴日2018.03.20)
    請求項1:
    T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための、インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。
  • (分割)特願2013-123690
    特許5870067(登録日2016.1.15)
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    無効2017-800008
    知財高裁平30(行ケ)10144(出訴日2018.10.11)
    請求項1:
    T細胞をインターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストで処理する工程を包含する方法により、前記T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するための組成物であって、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。
本件特許の欧米ファミリー情報:
米国では、同様な作用機序で表現したクレームで特許成立している(US7510709B2; US8287869B2)が、クレームは、IL-17の発現上昇を示したことが決定された患者に投与するという構成要件で明確に患者を限定した表現となっている点では日本の本件特許クレームと異なっている。
  • US7510709B2:
    "・・・comprising administering to a mammalian subject, having been determined to express an elevated level of IL-17 compared to a healthy individual,・・・"
  • US8287869B2:
    "・・・comprising measureing the expression level of interleukin-17 (IL-17) in said subject, and, if IL-17 expression level is determined to be elevated,・・・"
欧州では、同様な作用機序で表現したクレームで特許(EP1576011B1)が一旦成立したが、Eli Lilly社含む4社から異議申立てがされ、特許は取り消された(特許権者が手続をあきらめたようである)。分割出願(EP2108660A1)ではEPOの審査で新規性欠如(患者のsubpopulationはinherentに引用文献に開示されていること)を理由に拒絶されている。日米欧での新しい体内作用メカニズムを構成要件とした医薬用途発明の新規性の取り扱いを比較してみると必ずしも三極で一致していないことがわかる。
本件特許についての三極比較が、弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会からの審議委嘱事項2「バイオ関連・医薬発明の特許性についての国際的な比較に基づく問題点の調査及び研究」についての報告書(平成31年2月8日)に掲載されており、参考になる。

Apr 6, 2019

2019.03.25 「テバ v. 大日本住友」 知財高裁平成30年(行ケ)10098

トレリーフ®(ゾニサミド)を保護する用途特許の進歩性知財高裁平成30年(行ケ)10098

【背景】

被告(大日本住友)が保有する「神経変性疾患治療薬」に関する特許(第3364481号)に対して原告(テバ)がした無効審判請求の不成立審決(無効2017-800120号)の取消訴訟。争点は進歩性。審決の理由は、本件各発明は、引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、というものであった。

本件発明1(請求項1):
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。
引用発明:
ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって,ゾニサミドの投与量が20mg/kg,50mg/kgであり,雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す,抗てんかん薬。
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点:
(ア) 一致点
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
(イ) 相違点
医薬について、本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、というべきであるとして、原告主張の取消事由はいずれも理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、引用発明において相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けについての裁判所の判断を抜粋。
「(ア) 引用例及び甲3文献は,いずれも,ゾニサミドが,健常動物において,線条体ドパミン量の増加作用を有すること,MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして,前記ウ(ア)のとおり,本件優先日当時の当業者は,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると,当業者は,引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても,そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において,ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり,ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。
(イ) また,引用例及び甲3文献における前記示唆から,健常動物以外であっても,ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし,前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件優先日当時の当業者は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,線条体ドパミン量の増加作用の観点からも,MAO-B阻害作用の観点からも,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると,このような技術常識を有する当業者は,引用例及び甲3文献から,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。
(ウ) よって,当業者は,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。」

【コメント】

引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、と判断された。①引用例に記載された健常動物で得られた挙動は疾患モデル動物の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識、②線条体ドパミン量を増加させる薬物にはパーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあり治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識、③ゾニサミドのMAO-B阻害作用の程度から他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いとの技術常識、を当業者は有していたという主張を被告は展開し、相違点の構成を採用することの動機づけを認めさせないことに成功した。医薬用途発明の進歩性が認められた事例として参考になる。

ゾニサミド(Zonisamide)/トレリーフ®:
ゾニサミド(Zonisamide)は大日本住友において1974年に合成され、抗てんかん剤として開発された化合物であり、1989年3月に抗てんかん剤のエクセグラン®として日本で承認を取得、同年6月に販売を開始した。その後、パーキンソン病治療薬としての開発が進められ、2009年1月にトレリーフ®錠25mgとして日本で承認を取得した。2013年8月にはパーキンソン病の症状の日内変動(wearing-off 現象)の改善を目的として1日1回50mgを投与する用法・用量の一部変更が承認、2014年8月にはトレリーフ®OD錠25mgが承認、2017年8月にはトレリーフ®OD錠50mgが承認された。また、2018年7月にはレビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの効能・効果及び用法・用量が追加承認された。ゾニサミド製剤は、抗パーキンソン病薬としては外国で販売されていないようである(2018年6月時点)。

本件特許(JP3364481B):
本件特許は、トレリーフ®を保護する用途特許である。早期審査請求により拒絶理由通知が発せられることなく特許査定となった。分割出願はない。本件出願ファミリー(WO1999/033465)として、欧米では一旦特許が成立したが(EP1040830B; US6342515B)、いずれも放棄された。下記表のとおり、本件特許権の存続期間延長登録出願がトレリーフ®の各承認に基づいて行われている。ゾニサミドが1989年にエクセグラン®として上市されたことから物質特許は既に満了していると考えられる。これまでのトレリーフ®承認時の延長出願対象特許の有無から、トレリーフ®を保護する主要な特許権は用途特許3364481のみと推定される。

トレリーフ®(ゾニサミド/Zonisamide)のヒストリー:


製品ヒストリー

用途特許3364481ヒストリー

ジェネリックの動き

1974

ゾニサミドが合成される

 

 

1989.03.31

抗てんかん薬エクセグラン®として承認

 

 

1997.12.26

 

特許出願(優先日)

 

1998.12.21

 

特許出願(PCT出願日)

 

2002.10.25

 

日本特許成立(登録日)

 

2009.01.21

パーキンソン病治療薬トレリーフ®25mgとして承認

 

 

 

 

25mg/パーキンソン病について延長出願2009-7000285年延長登録)

 

2013.01.20

パーキンソン病の再審査期間(4)終了

 

 

2013.08.20

25mgに症状の日内変動の改善を目的として用法・用量(1150mg)の追加承認

 

 

2014.08.15

OD25mgの承認

 

 

 

 

OD25mg/パーキンソン病について延長出願2014-7002305年延長登録)

 

2014.12.17

OD25mgに症状の日内変動の改善を目的として用法・用量(1150mg)の追加承認

 

 

2017.08.15

OD50mgの承認

 

 

 

 

OD50mg/パーキンソン病について延長出願2017-7003075年延長審査中)

 

2017.08.30

 

 

テバが特許無効審判請求(無効2017-800120号事件)

2018.06.13

 

 

特許無効審判請求不成立審決(無効2017-800120号事件)

2018.07.02

25mg/OD25mgのレビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの効能・効果の追加承認

 

 

 

 

25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長出願2018-7002955年延長審査中)

 

 

 

OD25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長出願2018-7002965年延長審査中)

 

2018.12.21

 

特許存続期間(20年)の満了

 

2019.03.25

 

 

不成立審決(無効2017-800120号事件)取消訴訟請求棄却判決(平成30(行ケ)10098

2019.10.

25mgの販売中止/出荷終了(予定)

 

 

2022.07.01

レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの再審査期間(4)終了

 

 

2023.12.21

 

25mg/パーキンソン病について延長2009-700028期間(5年)満了

 1)

2023.12.21

 

OD25mg/パーキンソン病について延長2014-7002305期間(5年)満了

 2)

2023.12.21

(みなし)

 

OD50mg/パーキンソン病について延長2017-700307期間(みなし5年)満了

 3)

2023.12.21

(みなし)

 

25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長2009-700028期間(みなし5年)満了

 

2023.12.21

(みなし)

 

OD25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長2014-7002305期間(みなし5年)満了

 
2019.04.06現在の情報として、J-PlatPat、トレリーフ®インタビューフォーム、大日本住友ウエブサイト等より参照。

脚注
1) 現状ではトレリーフ®後発品は用途特許存続期間満了(2023.12.21)後の2024.02承認/2024.06薬価収載となる見込み。
2) 先行処分(錠25mg)の後、後行処分(OD錠25mg)を得るために要した期間をどのように主張して5年得たのかは延長期間算定の根拠主張に参考になるかも知れない。
3) 先行処分(OD錠25mg)の後、後行処分(OD錠50mg)を得るために要した期間をどのように主張して5年得るのかは延長期間算定の根拠主張に参考になるかも知れない。仮に、延長5年が認められず、2023.12.21より前にOD錠50mgのジェネリックが承認販売されると想定した場合、OD錠50mgのジェネリックは錠25mgやOD錠25mgに基づく延長用途特許の傘の下にあるとしてそれら延長特許権の効力が及ぶのか(傘の下説)、それともOD錠50mgだけ延長期間に穴が開いたと考える(傘穴開き説/短冊説)のか、それら観点を厚労省/PMDAは適切に判断しパテントリンケージを運用できるのか。


Apr 2, 2019

東和のピタバスタチンCa・OD錠 興和が製剤特許侵害で追加の損害賠償請求

2019年4月2日付の東和薬品のpress release「当社に対する損害賠償請求訴訟の提起に関するお知らせ」によると、2018年6月22日付リリース「当社に対する損害賠償請求訴訟の提起に関するお知らせ」のとおり、東和薬品のピタバスタチン Ca・OD錠 1mg/2mg/4mg「トーワ」について、興和から同社が有する製剤特許を侵害しているとして、特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟(以下、先行訴訟)が提起されているところ(過去記事: 東和のピタバスタチンCa・OD錠 興和が製剤特許侵害で損害賠償請求)、今回、同様の理由で先行訴訟とは別に、2016年4月1日から1年間の販売分に対する新たな損害賠償請求訴訟(以下、本件訴訟)が2019年3月22日付で東京地裁に提起されました。請求金額は45億2,279万3,000円。東和薬品は、先行訴訟及び2018年7月に申し立てた特許無効審判請求において特許無効を主張して、裁判所及び特許庁にて現在審理中とのことです。東和薬品は、先行訴訟及び特許無効審判と同様に、本件訴訟についても特許無効を主張して争っていく方針とのことです。。

参考:

Feb 25, 2019

2019.02.06 「コスメディ製薬 v. バイオセレンタック」 知財高裁平成30年(行ケ)10100

物の発明において除くクレームとする訂正が認められた事例: 知財高裁平成30年(行ケ)10100

【背景】

被告(バイオセレンタック)が保有する「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具」に関する特許第4913030号に対して原告(コスメディ製薬)がした無効審判請求について、本件訂正を認め無効審判請求は成り立たないとした審決(無効2012-800073)の取消しを求めて原告が提起した審決取消訴訟。本件特許については、無効審判請求不成立とした審決の取消判決が繰り返され(2013.11.27 平成25年(行ケ)101342015.03.11 「コスメディ製薬 v. バイオセレンタック」 知財高裁平成26年(行ケ)102042017.07.12 「コスメディ製薬 v. バイオセレンタック」 知財高裁平成28年(行ケ)10160)、本件が4回目の無効審判請求不成立審決取消訴訟となる。

原告が主張する取消事由のひとつは、下記本件訂正事項4の訂正要件違反についてであった。

本件訂正事項4:
特許請求の範囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」とあるのを「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)」に訂正する。

【要旨】

裁判所は、原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく、本件審決に取り消されるべき違法があるとは認められないとして、原告の請求を棄却した。以下、本件訂正事項4の訂正要件(取消事由4及び5)に関する裁判所の判断抜粋。

取消事由4-訂正要件違反④(明確性要件違反1/第2次取消判決の拘束力抵触/独立特許要件違反)について
「本件訂正事項4は,本件訂正前の請求項1に記載された「経皮吸収製剤」から「目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤」(除外製剤)を除外するものであるところ,原告の主張は,要するに,この除外製剤が物として技術的に明確でないとするものである。
そこで検討するに,除外製剤における「医療用針」が,目的物質を注入するための注射針やランセット,マイクロニードルなどを意味することは,出願時の技術常識に照らして明らかであるといえる。また,「チャンバ」又は「縦穴」が当該「医療用針」内に設けられたものであること,及び「目的物質」が「チャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている」ことは,いずれも除外製剤の構造を特定するものであって,その特定に不明確な点があるとは認められない。
そうすると,上記除外製剤が,特定の構造を有する「医療用針」である「経皮吸収製剤」を意味していることは明らかであるから,上記除外製剤は物として技術的に明確であり,さらには,かかる除外製剤を除く「経皮吸収製剤」についても,発明の詳細な説明の記載,例えば,【0070】の
「基剤に目的物質を保持させる方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可能である。例えば,目的物質を基剤中に超分子化して含有させることにより,目的物質を基剤に保持させることができる。その他の例をしては(判決注:「その他の例としては」の誤記と認める。),溶解した基剤の中に目的物質を加えて懸濁状態とし,その後に硬化させることによっても目的物質を基剤に保持させることができる。」
に接した当業者であれば,出願時の技術常識を考慮して,物として明確に理解することができるといえる。
そうである以上,本件訂正事項4によって訂正された請求項1の記載は明確であるというべきであって,これに反する(あるいは前提を異にする)原告の主張はいずれも採用できない。
したがって,原告が主張する取消事由4は理由がない。」

取消事由5-訂正要件違反⑤(拡張訂正違反)について
「原告は,本件訂正事項4の「除くクレーム」は,何を除いているのか不明瞭であるが,少なくとも種々の素材やタイプあるいは構成態様の医療用針が世の中に存在することに鑑みれば,本件訂正事項4によって除かれるタイプ以外の医療用針は,すべからく本件訂正発明の経皮吸収製剤に含まれてしまうことになるから,実質上特許請求の範囲を拡張する訂正であって許されない,と主張する。
しかしながら,本件訂正事項4によって除外される製剤(除外製剤)が物として明確であるといえることは,取消事由4において検討したとおりであるから,原告の主張はその前提を欠く。
また,本件訂正事項4は,訂正前の特許請求の範囲から物として技術的に明確な除外製剤を除くものであるから,特許請求の範囲の減縮に該当することは明らかである。
したがって,原告が主張する取消事由5は理由がない。」

【コメント】

2015.03.11 「コスメディ製薬 v. バイオセレンタック」 知財高裁平成26年(行ケ)10204で争われた2回目の訂正請求における訂正事項3は下記下線部分である。当該事件で裁判所は、「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収 製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様は、経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえず、訂正事項3によって除かれる経皮吸収製剤は、「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえないから、訂正事項3は特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないと判断していた。

訂正請求(2回目)訂正後請求項1:
「・・・目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,・・・尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤,及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)。」

本事件で争われた本件訂正請求(5回目)における訂正事項4は下記下線部分である。訂正後の請求項の但し書きの中に、前記2回目訂正請求の訂正事項3で訂正違反とされた部分を含めずに(除かずに)訂正請求したことで、その除いた経皮吸収製剤は特定の構造を有するものであるから明確であると判断され、訂正要件違反とされなかった。

訂正請求(5回目)訂正後請求項1:
「・・・目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,・・・尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)。」

2015.03.11 「コスメディ製薬 v. バイオセレンタック」 知財高裁平成26年(行ケ)10204の判決で判示されたとおり、「訂正が特許請求の範囲の減縮(1号)を目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるというべき」である。いわゆる除くクレームに訂正する場合においては、物の発明であれば物として技術的に明確であること、言い換えれば、除かれる態様がその物の形状、構造、組成、物性等によりその物自体を特定するものであることが必要となる。

除くクレームの訂正(補正)が問題となった判決についての過去記事:

本事件に至るまでの審決取消訴訟判決:

その他の両社間の係争関連過去記事:

Feb 19, 2019

2019.02.04 「ネオケミア v. メディオン」 知財高裁平成30年(行ケ)10033; 知財高裁平成30年(行ケ)10054

メディオンの炭酸パック特許知財高裁平成30年(行ケ)10033; 知財高裁平成30年(行ケ)10054

【背景】

メディオン(被告)が保有する「二酸化炭素含有粘性組成物」に関する特許(第4912492号; 第4659980号)の無効審判請求(無効2017-800050号; 無効2017-800095号)不成立審決取消訴訟。争点は進歩性。

【要旨】

裁判所は、本件発明について容易想到性が認められないとした本件審決に誤りはなく原告が主張する取消事由は理由がないとして原告の請求を棄却した。

知財高裁平成30年(行ケ)10033(特許第4912492号):
「甲1文献の記載から,経日安定性の改善のために引用発明1の構成を2剤に変更するという解決手段を読み取れるにもかかわらず,さらに,このように分けた2剤のうちの一方である,「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」をあらかじめ水に溶解させて「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」に置き換える動機付けは見当たらない。以上によれば,本件発明1について,当業者が,引用発明の「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」を「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」に置き換えることを容易に想到することができたとは認められない。」
知財高裁平成30年(行ケ)10054(特許第4659980号):
「甲1文献の記載から,経日安定性の改善のために引用発明1の構成を2剤に変更するという解決手段を読み取れるにもかかわらず,さらに,甲2文献記載の技術事項を組み合わせる動機付けは見当たらない。また,引用発明1は二酸化炭素による血行促進作用によって皮膚を賦活化させるための化粧料で,アルギン酸ナトリウムは安定な泡を生成し,二酸化炭素の保留性を高めるために配合されているのに対し,甲2文献には二酸化炭素の発生についての記載はなく,甲2文献記載の技術事項におけるアルギン酸ナトリウムは二価以上の金属塩類との反応により皮膜を形成するためのものであって,化粧料の使用目的もアルギン酸ナトリウムの配合目的も異なるものである。そして,甲1文献及び甲2文献には,引用発明1に甲2文献記載の技術事項を組み合わせた場合に引用発明1における発泡性及びガス保留性を維持することができることを示唆する記載もないから,このことからも,引用発明1に甲2文献記載の技術事項を組み合わせる動機付けがあることは否定される。以上によれば,本件発明1について,当業者が,引用文献1に甲2文献記載の技術事項等を適用することによって容易に想到することができたということはできない。」
【コメント】

メディオン・リサーチ・ラボラトリーズのpress release(2018.07.04 「炭酸パック特許に係る特許権侵害訴訟の判決のご報告)によると、メディオンは、炭酸パックに係る「二酸化炭素含有粘性組成物」の発明に関し、特許第4659980号及び特許第4912492号に係る特許権を保有しており、ネオケミア(株)らを被告とした特許権侵害訴訟(大阪地裁平成27年(ワ)第4292号)を提起していた。平成30年6月28日に、大阪地裁において、被告らによる特許権侵害を肯定し、被告製品の製造、販売の差止めと、総額で3億3777万7287円の損害賠償金の支払いを命ずる判決が出されていた。他、メディオンの特許についてはこちらに記載がある。

関連過去記事:

Feb 9, 2019

2019.01.17 「アムジェン v. サノフィ」 東京地裁平成29年(ワ)16468

サノフィのプラルエント®、東京地裁がアムジェンの抗体特許を侵害と判断東京地裁平成29年(ワ)16468

【背景】

「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」に関する特許権(第5705288号及び第5906333号)を保有するアムジェン(原告)が、サノフィ(被告)に対し、被告製品(プラルエント® (Praluent®))及びその原薬である被告モノクローナル抗体(アリロクマブ(Alirocumab))の生産等が原告特許権を侵害する旨主張して、それら生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。本件発明は、抗体のアミノ酸配列を全く特定せず、本件参照抗体と競合する機能のみによって発明を特定する機能的クレームであり、本件各発明の技術的範囲の属否の他、無効事由の有無(進歩性、実施可能要件、サポート要件)が争点となった。

本件発明1-1(構成要件を1A、1B、1Cに分説):
1A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
1B PCSK9との結合に関して,配列番号368,175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む重鎖と,配列番号158,162及び395からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
1C 単離されたモノクローナル抗体。
本件発明1-2(上記構成要件1A、1B、1Cのほか次のとおり分説):
1D を含む,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、サノフィ(被告)製品の生産等の差止め及び廃棄並びに被告モノクローナル抗体の生産等の差止めについてのアムジェン(原告)の請求を認容した(仮執行宣言は付さず)。一方、被告が被告モノクローナル抗体を有しているとは認められずその廃棄の必要性があるとは認められないことから被告モノクローナル抗体の廃棄については請求棄却。

裁判所の判断(抜粋)

争点(1) (被告製品及び被告モノクローナル抗体は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
「証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件各発明について,被告が主張する限定的な解釈を採らない限り,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1・・・の各構成要件を全て充足し,被告製品は,本件発明1-2・・・の各構成要件を全て充足すると認められるから,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1・・・の技術的範囲に属し,被告製品は,本件発明1-2・・・の技術的範囲に属すると認められる。」
争点(2)-ア(サポート要件違反)について
「本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各明細書で開示された抗体以外にも,本件参照抗体と競合し,PCSK9とLDLRとの結合を中和する様々なPCSK9-LDLR結合中和抗体を得ることができると認識することができる。また,本件各明細書の高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載から,当業者は,本件発明1-1・・・の各抗体を医薬組成物として使用できることを認識することができる。したがって,本件発明1・・・は,・・・サポート要件に違反するとはいえない。」
争点(2)-イ(実施可能要件違反)について
「本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各発明の抗体及び医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書は,当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件発明1・・・は,・・・実施可能要件に違反するとはいえない。」
争点(2)-ウ(乙1文献記載の発明に基づく進歩性欠如)について
「本件発明1-1と乙1文献に記載された発明とを対比すると,・・・②本件発明1-1は21B12参照抗体と競合する抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明は21B12参照抗体と競合するかどうか明らかでない点(以下「相違点②-1」という。),・・・)で相違するといえる。・・・相違点②-1について,本件発明1-1は,アミノ酸配列で特定されたPCSK9-LDLR結合中和抗体である21B12参照抗体について,それとPCSK9との結合において競合する抗体が21B12参照抗体と類似の機能的特性を示すと予想され,前記のとおり,一定の抗体に対するエピトープビニングをして,21B12参照抗体と競合することを要件(構成要件1B)としたものである。そして,乙1文献に記載された発明において,アミノ酸配列で特定された21B12参照抗体についての具体的な記載はないし,同抗体に着目する示唆もない。・・・これらによれば,当業者は,具体的な21B12参照抗体を容易に得ることができたことも,21B12参照抗体に着目してそれと競合する抗体に着目したことも認められず,構成要件1Bに係る相違点である相違点②-1に容易に想到することができたとは認められない。以上によれば,本件優先日当時,当業者は,乙1文献に記載された発明及び周知技術に基づいて,相違点②-1に係る本件発明1-1の構成に容易に想到することができたとは認められず,本件発明1-1を容易に発明することができたとは認められない。」
【コメント】

アムジェンが保有する本件特許(第5705288号及び第5906333号)についてサノフィが提訴した無効審判請求不成立審決取消訴訟の知財高裁判決が昨年末に出されている。これら審決取消訴訟において、知財高裁は、いずれも容易想到性を否定し進歩性を認め並びにサポート要件及び実施可能要件にも適合するとした本件審決の判断に誤りはないとして、サノフィ主張の取消事由はいずれも理由がないと判断していた(サノフィ敗訴)。
上記知財高裁判決と同様に、本件侵害訴訟でも東京地裁はサノフィによる特許無効の主張を認めず、結果としてサノフィ製品はアムジェン特許の侵害にあたると判断した。

本件地裁判決と上記知財高裁判決、ともに、抗体の機能的クレームの有効性を司法判断として認めたものであり、このようなパイオニア的抗体発明が生まれた時に機能的クレームで権利化可能であること、そのためにはどの程度の明細書記載が求められるかという点において非常に参考になる事案といえる。一方で、後続の抗体製品を開発する者にとってはこのような機能的クレームを持った特許権の存在が脅威となることはいうまでもない。



Jan 27, 2019

2018.10.04 「P1 v. アステラス」 大阪地裁平成28年(ワ)4107

職務発明譲渡対価請求事件(アステラス(旧・藤沢)がライセンスしてバイエルが製造販売するペット用駆虫剤)大阪地裁平成28年(ワ)4107

【背景】

アステラス製薬(旧・藤沢薬品)(被告)の従業員であった原告(P1)が職務発明の譲渡対価を請求した事案。被告は、バイエルとライセンス契約を締結し、バイエルから、一時金の支払を受けたほか、本件特許(第2874342号)に係る本件化合物(PF156742、一般名エモデプシド)を有効成分の一つとして含有するペット用駆虫剤をバイエルが製造販売していることによるロイヤルティの支払も受けている。平成14年に原告からの通知を受けて被告は原告との協議を開始し、平成15年に当時の社内職務発明実績補償規則(「平成15年施行規則」)に基づく補償金として職務発明譲渡対価を原告が受領する等の合意をした確認書(「本件確認書」)が作成され、その後、被告から原告に補償金が支払われてきた経緯がある。原告は平成16年度以降の相当の対価の未払分の一部等の支払いを請求した。

【要旨】

主文
1 被告は,原告に対し,4728万4116円及びこれに対する平成28年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)
裁判所の判断

1 争点1(不起訴の合意の成否)について
「被告は,原告が藤沢薬品との間で,本件確認書において,本件請求権の全部につき不起訴の合意をしたと主張している。これに対し,原告は,本件確認書の射程は,平成15年1月末までの期間分にしか及んでいないと主張し,被告の主張を争っている。・・・本件確認書では,「『本件請求』に基づ」く訴訟等の行為は行わないと明記され,「本件請求」の意義については,「原告が藤沢薬品に対して平成14年7月15日付通知書にて行った,FR156742の発明…に関する特許法35条3項所定の『相当の対価』の請求」と明記されているにすぎず,本件請求権の全部が不起訴の合意の対象であることが明示されているわけではない。したがって,本件確認書の文言だけから直ちに,原告の有する本件請求権の全部について不起訴の合意がされたと認めることはできず,・・・本件確認書の「本件請求」の具体的内容・・・そして・・・経緯に照らすと・・・不起訴の合意がされたのは,藤沢薬品が本件発明により受けるべき利益のうち,平成15年1月までのものを基に算定した相当の対価請求についてであって,被告が主張するように,原告の有する本件請求権の全部について不起訴の合意がされたとまで認めることはできない。

・・・被告は,本件請求権全てを上記合意によって解決することは,本件請求権の全てが時効によって消滅するリスクのあった当時の原告にとって合理性があったなどと主張している。・・・しかし,債権の一部について催告をすると,債権全部について催告(民法153条)の効力を有すると解されることに加え,本件通知書に対して藤沢薬品が消滅時効を援用する態度を示さず,むしろ将来にロイヤリティ収入が得られた場合の増額も提示していたことからすると,原告が消滅時効の心配をすることなく本件確認書を作成したとしても不合理ではなく,被告主張のように考えなければ合理性がないとまでいうことはできない。・・・したがって,被告の上記主張を採用することはできない。以上より,被告の不起訴の合意に関する主張には理由がない。」
2 争点3(和解契約の成否)について
「・・・前記1の認定・判示によれば,本件確認書が和解の合意を含むものであったとしても,その対象は,藤沢薬品が平成15年1月までに受けるべき利益に基づく相当の対価請求についてであって,被告が主張するように,それ以後に藤沢薬品が受けるべき利益に基づく相当の対価について,原告が平成15年施行規則をはじめとした社内規程により算定される範囲内での請求権を有し,その余の請求権を放棄する旨合意されたとまで認めることはできない。したがって,被告の和解契約に関する主張には理由がない。」
3 争点4-1(消滅時効の成否-本件請求権の消滅時効の起算日)について
「・・・特許法35条3項に基づく相当の対価の支払請求権について「権利を行使することができる時」(民法166条1項)とは,本件のように発明の時点で職務発明に対する補償金に関する社内規程が存在しない場合には,期限の定めのない債権であるから,特許を受ける権利を譲渡(承継)した時と解するのが相当である。そうすると,本件における消滅時効の起算点は次のとおりとなり,中断事由等がない限り,この日から10年が経過することによって,消滅時効が完成することになる。
ア 本件特許に係る物質発明,用途発明並びに請求項10及び11記載の製法発明:遅くとも本件基礎出願2の出願日である平成4年10月15日
イ 本件特許に係る請求項9記載の製法発明:遅くとも本件特許の出願日である平成5年3月8日
・・・本件で被告は特に中断事由を主張していない(なお,原告は平成14年7月15日,藤沢薬品に対して本件通知書を交付して相当の対価を請求したが,その後6か月以内に裁判上の請求等(民法153条)をしなかった。)から,上記(1)ア及びイの日から10年が経過したことによって消滅時効が完成したことになる。そこで,次に,被告が本件請求権について消滅時効を援用することが許されるか(争点4-2)が問題となる。」
4 争点4-2(消滅時効の成否-被告が本件請求権について消滅時効を援用することは信義則に反するか)について
「・・・これらの事実からすると,藤沢薬品及び被告は,本件特許に係る相当対価請求権の消滅時効の完成時期について認識を有していたと推認され,それにもかかわらず,本件確認書を作成するに当たり,将来にロイヤリティ収入があった場合には補償金額が増額される旨を回答し,また,全ての発明との関係で対価請求権の消滅時効が完成した後も,支払額について原告との間で争いがあったにもかかわらず,平成15年施行規則及び平成17年の職務発明規程に基づき,実施による利益の有無等の検討を行った上で,実施補償としての支払を行い,又は提示したということができるから,藤沢薬品及び被告は,これらの一連の行為により,原告をして消滅時効を援用しないと信頼させる行動をとったというべきであり,本件の対価請求権の消滅時効の完成後の補償金(これは特許法35条3項に基づく相当な対価としての性質を有する。)の支払ないし支払提示により本件請求権に係る債務を承認したと認めるのが相当である。・・・以上より,被告が本件請求権について消滅時効を援用することは信義則に反し許されない。」
5 争点5(平成29年以降の利益を基礎とする相当の対価の請求の可否)について
「被告は,本件請求権のうち,将来の実施料収入(平成29年以降)を算定基礎とする部分は,弁済期未到来であるから,将来の給付の訴えであるなどと主張し,その部分の請求に係る訴えの却下を求めている。しかし,前記3の認定・判示によれば,平成15年施行規則によって本件請求権に新たに期限が付与されたとは認められないから,被告の主張は採用できない。したがって,原告は,被告に対し,本件で本件特許の存続期間満了までに藤沢薬品及び被告が受けるべき利益に基づく相当な対価の支払請求をすることができる。」
6 争点2(本件発明に係る相当の対価の額)について
「・・・以上の認定・判示をふまえると,特許法35条3項又はその類推適用に基づく平成16年4月1日以降に藤沢薬品及び被告が受けるべき利益を基礎とする相当の対価の額は,次のとおり●(省略)●円である。

(計算式) ●(省略)●円×0.075(発明者貢献割合(1-使用者貢献割合0.925))×0.8(原告の発明者間貢献割合)=●(省略)●円(1円未満は四捨五入)

他方で,原告は,被告から本件請求に係る期間に対応する平成15年施行規則に基づく補償金として,平成21年3月に●(省略)●円の支払を受け,これは弁済に当たるから,上記認定の相当の対価の額から控除すべきである。そうすると,原告が被告に対して請求することができる相当の対価の額は,4728万4116円となる。」
【コメント】

平成16年改正前の特許法35条では、使用者等(会社)が勤務規則等に基づいて職務発明の対価を従業者等(発明者)に支払っていた場合であっても、その社内規則に法的拘束力はなく、従業者等は「相当の対価」との差額を事後的に請求できるとされていた。その結果、使用者等は、従業者等から事後的に「相当の対価」との差額を請求されれば、裁判所による算出判断に従わざるを得なかった(つまり社内職務発明規則で相当の対価額を定めても無意味と化すという問題があった)。平成16年法改正及び平成27年法改正を経て、特許法35条においては手続面を重視して法的予見可能性を向上させる改正がされてきた。

本事案で適用される特許法35条は平成16年改正前のものだったが、原告発明者と被告アステラス(旧・藤沢薬品)との協議の過程や書面内容などはリアルであり、現在の職務発明に関連する実務にも参考になるだろう。

本事案において、使用者貢献割合について、原告は80%(契約一時金)又は70%(実施料)と主張し、被告は99%を下回ることはないと主張したが、裁判所は92.5%と認めるのが相当であると判断した。

Jan 16, 2019

2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225

リーチスルー抗体クレームについての進歩性・サポート要件・実施可能要件の判断: 知財高裁平成29年(行ケ)10225

【背景】

被告(アムジェン)が保有する「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」に関する特許(第5705288号)に対する無効審判請求不成立審決(無効2016-800004号)を不服として、原告(サノフィ)が審決取消訴訟を提起した事案。争点は、構造が特定されていない抗体に関する発明の進歩性、サポート要件、実施可能要件の有無。

請求項1(本件訂正発明1):
PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体。

【要旨】

裁判所は、本件訂正発明について甲1及び周知技術に基づいた容易想到性を否定し進歩性を認め並びにサポート要件及び実施可能要件にも適合するとした本件審決の判断に誤りはないとして、原告主張の取消事由はいずれも理由がないと判断した。請求棄却。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1-1(本件訂正発明1の進歩性の判断の誤り)について
「本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明細書の上記記載事項を総合すると,本件訂正発明1の「抗体と競合する」とは,「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(参照抗体)がPCSK9に結合する部位と同一のPCSK9上の部位又は参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となるPCSK9上の部位に結合することを意味するものと解される。

本件優先日当時の上記技術常識に照らすと,・・・免疫化プログラムの条件及びスケジュールを最適化し,参照抗体を得るのに適した免疫化マウスを作製するには,通常期待し得る範囲を超えた試行錯誤を要するものと認められる。また,モノクローナル抗体の作製工程において,ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用や抗体のスクリーニングのために抗原をビオチン化により固相化する方法は,本件優先日当時,周知であったものの,これらの技術を用いて,上記免疫化マウスを使用して作製されたハイブリドーマから参照抗体を得るのに適したスクリーニング系を構築することについても,一定の創意工夫が必要であるものと認められる。しかしながら,甲1には,本件明細書記載の免疫化プログラムの条件及びスケジュールに関する記載や示唆はなく,そもそもPCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体(結合中和抗体)の作製方法の記載はない。・・・総合すると,甲1に接した当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和することのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点Aに係る本件訂正発明1の構成)を得ることが可能であったとしても,参照抗体を得ることを容易に想到することができたものと認められないから,参照抗体がPCSK9に結合する部位と同一のPCSK9上の部位又は参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となるPCSK9上の部位に結合する,参照抗体と「競合する」抗体(相違点Bに係る本件訂正発明1の構成)についても,容易に想到することができたものと認めることはできない。」

2.取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
「原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との競合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであるが,本件明細書に記載された具体的な抗体はわずか3グループないし3種類の抗体しかなく,また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されていないありとあらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決できると認識し得るものではないとして,本件訂正発明1及び9はサポート要件に適合しない旨主張する。

しかしながら,・・・特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない。そして,・・・当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとの結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右するものではない。したがって,原告の上記主張は理由がない。

原告は,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が特許請求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義され,スクリーニング方法によって特定された物の発明である場合には,機能的な定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付けることにはならないし,このような請求項の記載形式を認めることは,特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じる旨主張する。

しかしながら,前記アのとおり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。また,本件訂正発明1の請求項の記載形式によって,原告が述べるような特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態を招くということもできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。」

3.取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について
「原告は,本件訂正発明1は,抗体の構造を特定することなく,機能的にのみ定義されており,極めて多種類の抗体を含むものであるが,本件明細書の発明の詳細な説明において本件訂正発明1に含まれ得る抗体として記載された具体的な抗体(3グループないし3種類の抗体)とはアミノ酸配列が全く異なる多種多様な構造の抗体も文言上含まれ得るし,当然ながら,今後発見される,いまだ全く知られていない抗体も全て含むものであり,本件訂正発明1の特許請求の範囲に含まれる全体の抗体を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要することは明らかであるから,本件訂正発明1は,実施可能要件を満たさず,また,本件訂正発明9も,これと同様である旨主張する。

しかしながら,・・・特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載に従って,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるものと認められる。また,・・・当業者は,本件明細書の記載に基づいて,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認められるから,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。したがって,原告の上記主張は,理由がない。」

【コメント】

請求項1(本件訂正発明1)は、発明の対象である抗体そのものの構造が特定されていない点で不明確である・・・、発明特定事項の一つである「参照抗体」を入手して「参照抗体」と競合するのかどうか(どのレベルで競合といえるのかも不明だが)を確認しなければ目的物を実施することはできないという過度の試行錯誤を当業者に強いる発明である・・・、「特定の参照抗体と競合する」かどうかを試験するというプロセスを経て構造の予期できない最終品にまで権利範囲を及ぼすことを意図した所謂リーチスルークレームである・・・、と思えるのだが、判決は特許維持審決を肯定した。この請求項が明確性、サポート要件、実施可能要件を果たして満たしているといえるのかどうか、極めて議論のある判決ではないか。今後このようなリーチスルー特許が多数乱立することは容易に想像できる。今回の裁判所の判断は産業の発達に寄与することを目的とする特許法の趣旨に沿うものだったといえるのだろうか疑問が残る。

同日付の関連判決(内容は同じ):

本件特許(第5705288号)は特願2010-522084(原出願)の分割出願であり、この原出願特許(第5441905号)は、ヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤レパーサ(Repatha)®皮下注を保護する特許権として3つの存続期間延長登録出願されている。レパーサ(Repatha)®皮下注は、ヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)に対する遺伝子組換えヒトIgG2モノクローナル抗体であるエボロクマブ(evolocumab)を有効成分とする米国Amgen社で開発されたヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤。日本では、レパーサ皮下注140mgシリンジ及びレパーサ皮下注140mgペンが2016年1月22日に承認され、レパーサ皮下注420mgオートミニドーザーが2017年8月23日に承認された。日本では、アステラス・アムジェン・バイオファーマが製造販売承認を取得、アステラスとともに販売。本件特許の日本におけるファミリー特許状況は以下のとおり。
  • PCT/US2008/074097(WO2009/026558)
  • 特願2010-522084(特表2010-536384)
    特許5441905
    ・シリンジについての延長登録出願番号2016-700055(延長期間2年25日)
    ・ペンについての延長登録出願番号2016-700056(延長期間2年25日)
    ・オートミニドーザーについての延長登録出願番号2017-700348(延長期間3年7月26日)

    請求項1:
    PCSK9タンパク質に結合する、単離された中和ヒトモノクローナル抗体であって、
    以下の相補性決定領域(CDR)、すなわち、配列番号368に示されるCDR1である重鎖CDR1、配列番号175に示されるCDR2である重鎖CDR2、及び配列番号180に示されるCDR3である重鎖CDR3を含む重鎖ポリペプチド、並びに
    以下のCDR、すなわち、配列番号158に示されるCDR1である軽鎖CDR1、配列番号162に示されるCDR2である軽鎖CDR2、及び配列番号395に示されるCDR3である軽鎖CDR3を含む軽鎖ポリペプチド
    を含む、中和ヒトモノクローナル抗体。
  • 特願2013-195240(特開2014-043446)
    特許5705288(本件特許): 特許権存続期間延長登録出願なし。存続期間満了日は2028年8月22日。
    異議2015-700112
    無効2016-800004(本件審決)→無効審判請求不成立審決取消訴訟(2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225)
  • 特願2015-033054(特開2015-166345)
    特許5906333: 特許権存続期間延長登録出願なし。存続期間満了日は2028年8月22日。
    無効2016-800066→無効審判請求不成立審決取消訴訟(2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10226)
  • 特願2016-053430(特開2016-182114)
    拒絶査定不服審判請求手続却下
  • 特願2018-031718(特開2018-118974)

抗PCSK9抗体製剤として、アムジェンはレパーサ(Repatha)®皮下注を、サノフィはプラルエント(Praluent)®皮下注を販売しており、両社は競合関係にある。サノフィのプラルエント(Praluent)®皮下注は、ヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)に対する遺伝子組換えヒトIgG1モノクローナル抗体であるアリロクマブ(alirocumab)を有効成分とするヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤。日本では、2016年7月4日に最初の製造販売承認を取得している。アムジェン(Amgen)が保有する抗PCSK9抗体特許をサノフィ(Sanofi)のPraluent®が侵害していると主張した特許侵害訴訟が米国ではCAFC判決に至っている。
参考: 2017.10.05 「Amgen v. Sanofi」 CAFC No.2017-1480
2018年4月4日付のAmgenの「Chairman and CEO Letter and Amgen Inc. 2017 Annual Report」によると、Sanofiは、欧州でもAmgen特許(EP2,215,214)に対して2016年2月24日に異議申立を提出した。さらに、欧州異議申立審理の結果を受けて、Sanofiは、2018年11月30日にNotice of Appealを提出したようである。

Jan 15, 2019

2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10226

リーチスルー抗体クレームについての進歩性・サポート要件・実施可能要件の判断知財高裁平成29年(行ケ)10226

被告(アムジェン)が保有する「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」に関する特許(第5906333号)に対する無効審判請求不成立審決(無効2016-800066号)を不服として、原告(サノフィ)が審決取消訴訟を提起した事案。争点は、構造が特定されていない抗体に関する発明の進歩性、サポート要件、実施可能要件の有無。

請求項1(本件訂正発明1):
PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体。
裁判所は、本件訂正発明について甲1及び周知技術に基づいた容易想到性を否定し進歩性を認め並びにサポート要件及び実施可能要件にも適合するとした本件審決の判断に誤りはないとして、原告主張の取消事由はいずれも理由がないと判断した。請求棄却。

内容は、同日付の関連判決(2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225)と同じ。

参照: 2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225





Jan 13, 2019

2018.11.26 「P1 v. サントリーホールディングス」 大阪地裁平成29年(ワ)6494

大学助教授が企業との共同研究成果に対して職務発明対価を請求した事案: 「P1 v. サントリーホールディングス」 大阪地裁平成29年(ワ)6494

【背景】

「器質的脳障害に起因する高次脳機能の低下に対する改善作用を有する組成物」に関する特許(第6095615号)に係る発明の発明者の一人で金沢大学助教授であった原告(P1)が、その特許を受ける権利の持分をサントリーに譲渡したと主張して、被告(サントリーホールディングス)に対し、発明対価の支払等を請求した事案。サントリー及び金沢大学は、共同して本件発明をした原告(P1)及びサントリーの従業員(P3)から本件発明に係る特許を受ける権利の譲渡を受けて本件原出願及び本件出願をした。争点は以下の通り。
  • 本件発明が、サントリーを「使用者等」、原告(P1)を「従業者等」とする「職務発明」か(争点1)
  • 原告(P1)は、本件発明に係る特許を受ける権利の持ち分をサントリーに譲渡したか(争点2)
  • 相当の対価の額(争点3)
  • 原告(P1)は、本件発明に係る特許を受ける権利の持ち分をサントリーに譲渡し、それに伴う合理的意思解釈ないし信義誠実の原則により、合理的な譲渡対価を被告(サントリーホールディングス)に請求し得るか(争点4)、その合理的な譲渡対価の額(争点5)
  • 原告(P1)が金沢大学の「従業者等」であり、サントリーの「従業者等」でないとしても、特許法35条3項の類推適用により、特許を受ける権利の譲渡の対価を被告(サントリーホールディングス)に請求し得るか(争点6)、その相当の対価の額(争点7)

【要旨】

裁判所は、本件発明に係る原告(P1)の特許を受ける権利の持分が、サントリーに譲渡されたとは認められないと判断し(争点2)、従って、それがサントリーに譲渡されたことを前提とする原告の主張(争点4及び争点6)にも理由がなく、その余の点について判断するまでもなく、原告(P1)の請求には理由がない、と判断した。請求棄却(発明対価支払い求める部分を却下)。以下、争点2についての裁判所の判断を抜粋。

「・・・本件発明は,本件共同研究契約の成果としてされた発明であると認めるのが相当である。・・・本件共同研究契約における共同研究による発明の取扱いに関する定め,特に,各発明者に対する補償は,金沢大学とサントリーがそれぞれに属する発明者に対してのみ,自己所定の規定に基づき行うものとすると定められていることからすると,本件共同研究契約においては,金沢大学とサントリーは,それぞれに属する発明者からのみ特許を受ける権利の譲渡を受けて出願することが想定されていたと認められる。このことからすると,サントリーが,本件共同研究契約の成果である本件発明に係る特許を受ける権利について,自己の従業員であるP3の持分以外に原告の持分の譲渡も受ける意思を有していたとは考え難いことである。また,このことは,本件発明を職務発明と認定した金沢大学についても同様であり,金沢大学が,原告の持分以外にP3の持分の譲渡を受ける意思を有していたとは考え難いことである。
そして,原告も,金沢大学側から,本件発明に係る原告の持分100%を金沢大学に譲渡したことを確認する旨の譲渡証書(乙11)の提示を受けて,これに署名押印して交付しているのであるから,原告も本件発明に係る原告の持分を全て金沢大学に譲渡する意思を有していたと認められる。そして,原告のこのような行動は,前記のとおり原告も本件発明が本件共同研究契約の成果であるとの認識を発明届出書に記載したこととも整合している。
また,本件原出願を行うに当たり,サントリーと金沢大学がそれぞれの持分を50%ずつと定めたことや,その後の補償金の支払を,サントリーはP3に対してのみ,金沢大学は原告に対してのみしていることも,サントリーはP3から,金沢大学は原告から,それぞれ各持分の全ての譲渡を受けたと見ることが整合的である。
以上からすると,本件発明に係る原告の特許を受ける権利の持分がサントリーに譲渡されたとは認められない。」

【コメント】

原告(P1)は、サントリーとの研究は「金沢大学での職務とは無関係のものだった」と主張して、サントリーとの直接的な関係性(職務発明性)を主張したが、本件発明は金沢大学とサントリーとの本件共同研究契約の成果としてされた発明であると裁判所は認定した。大学と企業との共同研究から生まれた成果について、大学側で研究を推進した先生が共同研究相手である企業に対して大きな見返りを要求することは良くある話である。一般的に、大学側の先生が極めて大きな貢献をしたことは間違いないことが多いが、その成果が大学と企業との間で締結した共同研究契約から生まれた成果(先生は大学の職務命令でその共同研究業務をしていた)であって且つ大学と企業の共有となっている(先生の権利全てが大学へ譲渡されている)限り、大学の先生が見返りについて交渉すべき相手は企業ではなく所属大学となるだろう。本事案について、原告(P1)は金沢大学に対して何らかの交渉をしたのかどうかは定かでない。

ほとんどの会社では、職務発明に関する社内規則として、従業者(発明者)から特許を受ける権利の予約承継を義務付けている(現在は使用者原始帰属もありえる)のが一般的であろう。共同研究における職務発明の取り扱いに関しては、従業者に特許を受ける権利の予約承継を義務付ける(または使用者原始帰属とする)社内規則がしっかりしていれば、共同研究契約で特段の定めをしない限り、従業者の持ち分(またはその一部)が最初から自動的に共同研究相手会社に移ることはないだろう。共同研究で生まれた成果について、共同研究相手会社に属する従業者(発明者)に対して権利譲渡で揉め事になり何かしらの相当の対価(利益)を補償(報償)することになるかもしれないというリスクは、会社として互いに避けたい。従って、もし、共同研究相手会社が十分な社内職務発明規則を有していない場合には、共同研究契約において、相手会社に対して、従業者(発明者)から特許を受ける権利を会社(使用者)に譲渡させる義務・責任を担保させることが望ましい場合もあるだろうし、職務発明の相当対価(利益)の補償(報償)等の支払いはそれぞれの従業者に対してのみとすることの確認をする場合もあるだろう。