Jul 8, 2018

2018.06.26 「バクスアルタ v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10151

特許協力条約規則17.1: 知財高裁平成29年(行ケ)10151

【背景】

「第FVIII因子ポリマー結合体」に関する特許出願(特願2011-521284; 特表2013-500238; WO2010/014708)について本件基礎出願(米国)に基づく優先権は認められないとされたため、本件基礎出願の米国公開公報が引例となり新規性なしとされた拒絶審決(不服2015-10108)の取消訴訟。

特許協力条約規則17.1
  • 特許協力条約の規定に基づく国際特許出願について,優先権を主張する場合,出願人は,原則として,優先日から16か月以内に,優先権書類を国際事務局又は受理官庁に提出しなければならない(特許協力条約規則17.1(a))。
  • この手続に代えて,一定の条件が満たされた場合においては,出願人は,優先日から16か月以内に,受理官庁に対し,優先権書類を作成し国際事務局に送付するよう請求するか,国際事務局に対し,優先権書類を電子図書館から入手するよう請求するなどしなければならない(同規則17.1(b)(bの2))。
  • 出願人が,これらの手続を採らない場合,指定官庁は,事情に応じて相当の期間内に出願人に優先権書類を提出する機会を与えた上で,優先権の主張を無視することができる(特許協力条約規則17.1(c))。
  • ただし,指定官庁が実施細則に定めるところにより優先権書類を電子図書館から入手可能な場合などは,指定官庁は,同規則17.1(c)の規定により優先権の主張を無視することはできない(同規則17.1(d))。
原告らは、本願について特許協力条約規則17.1(a),(b)及び(bの2)の要件のいずれも満たされないこと、並びに、JPOが事情に応じて相当の期間内に原告らに優先権書類を提出する機会を与えたことは争わないが、JPOは特許協力条約実施細則715(a)に定めるところにより本件基礎出願の優先権書類を電子図書館から入手可能であるとみなされるから、JPOは特許協力条約規則17.1(d)により本件基礎出願に基づく優先権の主張を無視することはできない、と主張した。

経緯
  • 2008年8月1日 基礎出願(米国特許出願12/184567)
  • 2009年3月19日 基礎出願が公開(米国特許出願公開第2009/0076237)
  • 2009年7月29日 PCT/US2009/052103出願
  • 2010年6月21日 基礎出願に係る優先権書類を提出
  • 2010年7月2日 国際事務局が優先権書類を受領
  • 2011年1月27日 PCT/US2009/052103を日本へ国内移行(本願)
請求項1:
水溶性ポリマーと第VIII因子の酸化炭水化物部分とを結合体化する方法であって、結合体化を可能とする条件下で前記酸化炭水化物部分を活性化水溶性ポリマーと接触させる工程を含む、方法。
請求項7:
(a)第VIII因子分子、及び
(b)前記第VIII因子分子に結合した少なくとも1個の水溶性ポリマーを含むタンパク質性構築物であって、前記水溶性ポリマーが、前記第VIII因子のBドメインに存在する1個以上の炭水化物部分を介して前記第VIII因子に結合している、
タンパク質性構築物。

【要旨】

裁判所は、
「本願について,特許協力条約規則17.1(d)にいう,指定官庁が実施細則に定めるところにより優先権書類を電子図書館から入手可能な場合に当たらない。そして,JPOは,同規則17.1(c)により,本件基礎出願に基づく優先権の主張を無視することができる。そうすると,本願の新規性判断の基準時は,本願の国際出願日(平成21年7月29日)であり,引用例は,本願の国際出願日前に頒布された刊行物である。そして,原告らは,本願発明は,引用例に記載された発明であるとの本件審決の判断を争わない。したがって,本件審決における,本願発明の新規性判断に誤りがあるということはできない。」
と判断した。請求棄却。

【コメント】

欧州では特許登録(EP2318050)された後、Novo Nordisk社より異議申立がなされた(異議申立不成立決定後、審判請求されたが取下げられ終結)。Novo Nordisk社は遺伝子組換え型血液凝固第VIII因子製剤Novoeight®を販売している他、欧米で承認申請中のN8-GPがある。
"N8-GP (turoctocog alfa pegol) is a glycopegylated form of turoctocog alfa designed for prolonged half-life. The site specific glycopegylation is within the truncated B-domain. N8-GP is a B-domain modified form of turoctocog alfa and hence the active factor VIII generated by thrombin activation is identical to both activated endogenous FVIII and turoctocog alfa."

バクスアルタの第VIII因子に水溶性ポリマーが結合しているタンパク質性構築物といえば、バクスアルタ(シャイアーと合併)が開発したアディノベイト®静注用キット(ADYNOVATE® Intravenous Kit)(一般名:ルリオクトコグ アルファ ペゴル(Rurioctocog Alfa Pegol)(遺伝子組換え))が挙げられる。これは、遺伝子組換え血液凝固第 VIII 因子製剤「アドベイト®静注用」の有効成分であるルリオクトコグ アルファをもとにポリエチレングリコール(PEG)を共有結合した、ペグ化遺伝子組換え血液凝固第VIII因子製剤であり、血液凝固第 VIII 因子(FVIII)の効果持続を目的として、ルリオクトコグ アルファに PEG を共有結合することにより血中での循環時間を延長することが期待できる新たな血友病A治療薬として開発された。2016年3月28日に、厚生労働省より製造販売承認を取得(再審査期間は2017年12月5日~2024年3月27日)。ただし、ルリオクトコグ アルファ ペゴルにおいては、PEGがルリオクトコグ アルファのLysにリンカーを介して結合しているという点で本願発明とは異なるようだ。


Jun 30, 2018

ヘムライブラに対する特許侵害訴訟でバクスアルタが控訴

2018年6月29日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬の血友病A治療薬「ヘムライブラ®」(一般名:エミシズマブ)がバクスアルタ社保有の「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に触れるとして上記ヘムライブラの製造等差止・廃棄を求め、バクスアルタ社が中外製薬を被告として提起した特許侵害訴訟について、バクスアルタ社は、東京地裁判決(2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475)を不服として、知財高裁に控訴したとのことです。

参考:

Jun 23, 2018

東和のピタバスタチンCa・OD錠 興和が製剤特許侵害で損害賠償請求

2018年6月22日付の東和薬品プレスリリースによると、2018年6月1日付にて、東和薬品に対して、2013年12月13日から2016年3月31日までに東和薬品が販売したピタバスタチンCa・OD錠1mg/2mg/4mg「トーワ」(先発・代表薬剤:リバロ OD 錠 4mg)について、興和が有する製剤特許の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟(請求金額は約38億円)が、興和により、東京地裁に提起されたとのことです。OD錠4mg「トーワ」については同特許の侵害を理由として差止及び廃棄請求訴訟が先行しており、知財高裁から興和勝訴判決がでています(2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090)が、最高裁に上告受理を申立て中とのことです(下記過去経緯参照)。今回は上記差止訴訟の結果を受けて興和が損害賠償の回収を開始したと思われます。東和薬品は裁判において争っていく方針。


過去の経緯:

東和薬品がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」を製造等する行為は興和が保有する製剤特許(第5190159号)を侵害すると主張して、興和が同製品の製造等の差止及び廃棄を求めた訴訟において、東京地裁は、東和薬品は先使用権を有するとは認められず、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして、興和の請求をいずれも認容しました(2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872; 興和による東和リバロ後発品の製造販売差止請求で東京地裁が容認判決)。東和薬品は控訴しましたが、知財高裁においても、東和薬品は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められず、本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないから、興和の請求は理由があると判断されていました(2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090; 興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴)。

Jun 2, 2018

2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260

ロスバスタチンカルシウム(クレストール®)物質特許の無効審判請求取消訴訟: 知財高裁平成28年(行ケ)10260

塩野義製薬(被告)が保有する「ピリミジン誘導体」に関する特許(第2648897号; 2017.05.28満了)の無効審判請求(請求人: 日本ケミファ)を不成立とする審決(無効2016-800032号)の取消訴訟。争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無。本件は請求項13,15~17についての特許無効審判請求に係るものであり、請求項1,2,5,9~12についての特許無効審判請求については同日判決である2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184で判断された。

裁判所は、訴えの利益を認めた上で、本件特許が進歩性及びサポート要件を充足することを認め、原告らの請求を棄却した。判断内容は、同日判決である2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184と同じ。

訴えの利益について
「特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,訴えの利益が消滅したというためには,客観的に見て,原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである。」

参考:

May 22, 2018

2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475

機能的表現抗体クレームの技術的範囲の解釈(中外エミシズマブ(ヘムライブラ®)): 東京地裁平成28年(ワ)11475

【背景】

「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権者である原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)に対して、被告製品(開発コードACE910、一般名emicizumab(エミシズマブ)を有効成分とする血友病Aの治療を目的とした抗体医薬開発品)の製造等の差止・同製品の廃棄を求めた事案。被告は2012年から被告製品につき日本国内で臨床試験を行い、2017年7月21日に製造販売承認申請を行っていた。

争点:
  • 被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
  • 被告による被告製品の製造等が本件特許権を侵害し又はそのおそれがあるか(争点2)
  • 臨床試験のための被告製品の製造等は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に当たるか(争点3)
  • 本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点4)

本件発明1:
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,
抗体または抗体誘導体(ただし,・・・(省略)・・・を除く)。

被告製品:
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合することで第Ⅷ因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)である。
【要旨】

裁判所は、上記争点のうち、争点1について、被告製品は本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、他の争点は判断せず原告の請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

「特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。
ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

「(2) そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。・・・バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし13,15ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。」

「他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。」

「前記(2)において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。
そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。」

【コメント】

本件発明は、いわゆる機能的クレームであり、その技術的範囲が争われた。

裁判所は、機能ないし作用効果を果たし得る構成全てをその技術的範囲に含まれると解することは特許制度の趣旨に反することとなり許されないとして、そのような機能的クレームの場合には、その記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて確定すべきである(但し、実施例に限定するものではなく、当業者が実施し得る構成であれば含まれる)、との一般的解釈を述べた上で、本件について、下記のステップによる認定・解釈によって最終的な判断へと導いた。

・本件発明の技術的範囲に含まれるためには、当該活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体であることが必要。

・バイスペシフィック抗体は、モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれる。

・当該活性を実質的に増大させない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」に含まれない。

・たとえ、バイスペシフィック抗体(被告製品)自体が当該活性を有するものであっても、当該発明の課題解決手段と異なる手段によってその効果がもたらされているので、明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものではない。

・したがって、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

結論に至るまでの上記各認定・解釈において、気になる点がいくつかある。

気になる点の一つ目として、被告製品のバイスペシフィック抗体は、「抗体誘導体」というよりも「抗体」ではないだろうか。「抗体誘導体」とは「抗体」ではない抗体フラグメント、ペプチド模倣物又はそれらを模した有機合成化合物の類ではないだろうか(【0022】、【0027】又は【0036】)。バイスペシフィック抗体は、原則、言葉通り「抗体」である。ただし、バイスペシフィックな抗体フラグメントのような「抗体誘導体」もあるだろう(【0026】)。判決文では、明細書中に「抗体誘導体」の一態様としてバイスペシフィック抗体が記載されていたかのように認定しているが、実際の明細書を読む限り、バイスペシフィック抗体(二重交代)は「抗体誘導体」であると一義的に分類しているようには思えない。被告製品は抗体フラグメントやペプチド模倣物ではない、全長のバイスペシフィック「抗体」である。裁判所は、判断に当たって一番最初に認定したこの前提をまずしっかり検討する必要があったのではないか。

気になる点の二つ目として、裁判所がクレーム文言を解釈した通りに、本件発明1を「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」と置き換えてみよう。これはプロダクト・バイ・プロセス・クレームである。被告製品が「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」であるかどうかではなく、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変した」というプロダクト・バイ・プロセス的構成に該当するかどうかで技術的範囲を解釈した点は、これまでのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利効力に関する判例の考え方と一致しない。この点の不整合さも気になる点である。

気になる点の三つ目として、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体」というクレームは、下記審査基準にも規定されているとおり、物(抗体または抗体誘導体)に固有に有している機能、特性(凝血促進活性を増大させる)を用いてその物を特定しようとする記載であり、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」自体を意味していることになる。であれば、被告製品は特許発明の技術的範囲(「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」)に属する(だろう)と判断したうえで、当該特許請求の範囲には何等かの無効理由(新規性欠如又はサポート要件違反等)が存在し権利行使できないとの結論に至るのが妥当だったのではないだろうか。クレームとしては、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体を含む凝血促進活性を増大させる医薬組成物」、「・・・を含む血友病Aにおける出血傾向の抑制剤」であれば上記のような疑義は生じなかったと思われる。

特許・実用新案審査基準 第III部特許要件 第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い
2.1.1 その物が固有に有している機能、特性等が請求項中に記載されている場合
この場合は、請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、審査官は、その記載を、その物自体を意味しているものと認定する。その機能、特性等を示す記載はその物を特定するのに役に立っていないからである。

例1:抗癌性を有する化合物 X
(説明)抗癌性が特定の化合物 X の固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物を特定するのに役に立っていない。したがって、化合物 X が抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物 X」そのものを意味しているものと認定する。

中外製薬は、2018年5月22日に、当該被告製品に相当するヘムライブラ®皮下注(有効成分はエミシズマブ)の販売を開始した(製造販売承認年月日:2018年3月23日)。

参考:

May 4, 2018

2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090

医薬特許に対する先使用権の抗弁が認められなかった事例(控訴審): 知財高裁平成29年(ネ)10090

【背景】

東和薬品(控訴人・原審被告)がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」(被告製品)を製造等する行為は興和(被控訴人)が保有する特許権(第5190159号)を侵害すると主張して、興和が被告製品の製造等の差止及び廃棄を求めた事案。原審は、東和薬品は先使用権を有するとは認められず、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして、興和の請求をいずれも認容した。

原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872

請求項1:
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
請求項2(本件発明2):
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。
【要旨】

裁判所は、東和薬品(控訴人)は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められず、本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないから、興和の請求は理由があると判断した。

争点1(控訴人は先使用権を有するか)について

控訴人は、
「本件出願日までに,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造し,治験を実施していたことをもって,控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者に当たり,本件発明2に係る特許権について先使用権を有する」
と主張した。

裁判所は、
「特許法79条にいう「発明の実施である事業…の準備をしている者」とは,少なくとも,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者でなければならない(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。・・・サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるといえるためには,まず,本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にある必要がある」
として、この点について検討した結果、以下の認定により、サンプル薬の測定時の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、4年以上も前の製造時の水分含量も本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。
  • サンプル薬の製造時から測定時まで4年以上もの期間が経過していた。
  • サンプル薬には本件発明2と同様に極めて吸湿性の高い崩壊剤が含まれ、サンプル薬の水分含量は容易に増加し得るものであった。
  • サンプル薬と、実生産品やサンプル薬の再製造品が同一工程により製造されたものとは認められないから、サンプル薬の測定時の水分含量が製造時の水分含量とほぼ同じであったということはできない。
裁判所は、仮に、本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても、以下のとおり、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできないと判断した。
「本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量に着目し,これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制し,これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制し,さらに,固形製剤を気密包装体に収容することにより,水分の侵入を防ぐという技術的思想を有するものである。」

「・・・控訴人は,本件出願日前に本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造するに当たり,サンプル薬の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも,1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。」

「・・・以上のとおり,本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものであるのに対し,サンプル薬においては,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく,また,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存在しない。そうすると,サンプル薬に具現された技術的思想が,本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。」
従って、裁判所は、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないから、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないと判断した。

争点2(本件発明2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
「乙7発明において,少なくとも,相違点②のうち水分含量の下限値に関する部分に係る本件発明2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものということはできない。したがって,本件発明2は,乙7発明に周知の技術事項を適用することにより,容易に発明をすることができたということはできないから,本件発明2に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。」
【コメント】

裁判所は、まず、4年以上も前のサンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。この点は、実務上の問題点は残るものの(過去記事: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872参照)、推認できないのであれば先使用権が認められないという判断は妥当であろう。

なお、裁判所は、「仮に、本件サンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても・・・」と、一歩踏み込んだ想定をしたとしても、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないとも判断した。すなわち、
「・・・(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない
という要件を示して、サンプル薬の水分含量には着目されていなかったというほかないと認定し、「サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない」から、結果、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないと判断した。

判決は、ウォーキングビーム事件最高裁判決(最高裁昭和61年(オ)454 )を引用しているが、この最高裁判決で言及された「具現されている技術的思想」は、下記のとおり、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めるという先使用権の効力範囲を解釈するための文脈で用いられた言葉である。本判決で言及された「具現された技術的思想」の同一性が先使用権の要否判断の一つであると直接説示しているわけではない(先使用の発明が特許発明を実施する(形式上侵害行為となる)ことになる場合であっても、利用発明の関係などのように両者の技術的思想が同一でない場合はあるだろう)。
「先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。」
一方、上記一歩踏み込んだ想定をした場合について、原審(東京地裁)判決での結論の持っていき方は異なる。
「この点を措くとしても,・・・本件出願日までに,本件2mg製品及び被告製品(本件4mg製品)の内容が,本件発明2の構成要件E(固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である)を備えるものとして,一義的に確定していたと認めることはできず,本件発明2を用いた事業について,被告が即時実施の意図を有し,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとはいえないから,被告に先使用権が成立したということはできない。」
原審は、発明構成要件の一義的確定有無・即時実施意図有無といった主体的要件を論じること(最高裁昭和61年(オ)454)で適否判断しており、わかりやすい。

先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許法79条の「その発明の実施である事業の準備」のあてはめは慎重に検討されたほうがよいのではないだろうか。

特許法第79条(先使用による通常実施権)
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
参考:
  • 興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴
  • 原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872
  • ウォーキングビーム事件最高裁判決 1986.10.03 最高裁昭和61年(オ)454
    判示事項
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備の意義
    二 先使用による通常実施権の範囲
    裁判要旨
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備とは、特許出願に係る発明と同じ内容の発明につき即時実施の意図があり、かつ、その意図が客観的に認識されうる態様、程度において表明されていることをいう。
    二 先使用による通常実施権は、特許出願の際に当該通常実施権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶ。
  • 特許庁Website: 先使用権制度について

Apr 23, 2018

大日本住友 LATUDA®(ラツーダ)物質特許のANDA訴訟で勝訴

2018年4月18日付の大日本住友製薬のプレスリリースによると、FDAに非定型抗精神病薬「LATUDA®(ラツーダ)」(一般名:ルラシドン塩酸塩(lurasidone HCl))の後発品申請(ANDA)を行った被告3社(Emcure社、InvaGen社、Teva社)に対して大日本住友製薬が保有する物質特許(米国特許5,532,372)の侵害を理由としてサノビオン社と共同で提訴していた特許侵害訴訟に関して、CAFCは、2018年4月16日、地裁によるクレーム解釈を支持する判決を下しました。この結果、物質特許は依然として被告3社および他の後発医薬品会社に対して有効であり法的強制力を有しているとのことです。

Latuda®の米国承認は2010年10月28日。承認から4年経過して間もない2015年1月14日に始まった物質特許のANDA訴訟でした。本件米国物質特許5,532,372の特許期間満了日は5年間の延長と小児適応追加による独占期間の延長を含めて2019年1月2日までとなっています。

本件訴訟は、Latuda®に関する用途特許(米国特許9,815,827)の侵害を理由として、大日本住友製薬とサノビオン社が共同で、Latuda®のANDAを申請した複数の後発医薬品会社に対して2018年に提訴した特許侵害訴訟(2018年2月14日および24日付けのニュースリリース)とは別の訴訟であり、用途特許に基づく特許侵害訴訟は係属しているとのことです。

参考:


Apr 19, 2018

2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

知財高裁大合議判決「膨大な数の選択肢を有する一般式形式記載の化合物が引用発明となる場合とは」: 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

【背景】

塩野義製薬が保有していた「ピリミジン誘導体」に関する特許(第2648897号; 2017.05.28満了)無効審判請求(請求人として参加: 日本ケミファ)を不成立とする審決(無効2015-800095号)の取消訴訟。争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無。

【要旨】

裁判所は、訴えの利益を認めた上で、本件特許が進歩性及びサポート要件を充足することを認め、原告らの請求を棄却した。

1.訴えの利益の有無について

「当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた。・・・そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項)・・・改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。」

2.進歩性の有無について

「進歩性の判断に際し,・・・引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する・・・「副引用発明」・・・があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。」

本件発明1(請求項1):
式(I):
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
R4は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。

甲1(特表平3-501613号公報)発明:
(M=Na)の化合物

一致点:
「式(I)
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点

相違点:
(1-ⅰ)
Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
(1-ⅱ)
R4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点

原告らは、
「相違点(1-ⅰ)につき,甲1発明に甲2(特開平1-261377公報)発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-N(CH3)2)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’(R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。
したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-ⅰ)に係る構成とすることはできない。
・・・仮に,甲2に相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-ⅰ)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。
・・・そうすると,相違点(1-ⅱ)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。」
と判断した。

3.サポート要件違反の有無について
(省略)
【コメント】

特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」を検討する際に、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない。本件は進歩性違反の主張に挙げられた副引用発明の認定の是非が問題となったわけだが、判示された内容は、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物の場合のこととはいえ、「刊行物に記載された発明」として認定される引用発明の認定是非であったことから、進歩性判断に必要な副引用発明だけでなく、主引用発明の認定判断、さらに新規性判断に必要な引用発明の認定判断にも及ぶことになるだろう。化合物発明に係る特許出願の審査において、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物が記載された刊行物が引用され進歩性欠如の拒絶理由が発せられた場合には、今回の判示内容を活用し、反論内容を検討することが出来るだろう。

本件特許は、高コレステロール血症治療薬「クレストール(Crestor)®」の有効成分であるロスバスタチンカルシウム(Rosuvastatin Calcium)を保護する物質特許であり、1992年5月28日出願、1997年に登録、特許存続期間延長登録を経て、2017年5月28日に満了した。

2015年3月31日付で請求された本件無効審判は2016年7月5日に請求不成立審決となった。従って、さらに審決取消訴訟を提起しても1年以内に(おそらく訴訟係属中に)①特許満了日(2017年5月28日)を迎えること、②物質特許が有効なものとして裁判が係属する以上、年2回やってくる後発品承認タイミングである2016年8月か2017年2月ではクレストール後発品の承認は下りないだろうこと、は予測できたと思われ、審決取消訴訟をしてもしなくても特許満了となり2017年8月のタイミングでは承認が下りることは推測できたわけであるから、あえて審決取消訴訟する必要があったのか・・・という疑問はあるが、日本ケミファはとにかく最後まで裁判を続けたわけである。

本件特許が満了する前の2017年2月にクレストールのオーソライズドジェネリック(第一三共エスファ)が承認され、同年6月薬価収載、他の後発品に先駆けて販売となった。他のクレストール後発品は本件特許満了後の同年8月に承認、同年12月に薬価収載(20社以上)となった。日本ケミファからのクレストール後発品も同年8月15日に承認、12月に薬価収載となり、本判決前での販売となった。

本件特許の対応米国特許もジェネリックメーカーとの侵害訴訟の中で非自明性が争われ、特許権者側が勝訴している。

参考:

Apr 11, 2018

ハーセプチン®用途特許侵害訴訟。日本化薬バイオシミラーの承認効能効果受け、中外が差止請求放棄

2018年4月11日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は、日本化薬を被告として提起していた特許侵害訴訟について、4月10日に請求放棄の手続を執ったとのことです。

中外製薬は、ジェネンテック社が保有する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60、同150」の乳癌治療に関する用途特許(おそらく、乳癌を治療するための医薬組成物に関する特許第5818545号と推測されます)の侵害を理由として、同製品のバイオ後続品の製造販売承認申請者である日本化薬に対し、2017年8月17日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起していました(過去記事: 2017.09.09 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認申請した日本化薬に対し用途特許侵害で製造販売差止訴訟提起」)。

中外製薬は、日本化薬のバイオ後続品がまだ承認されていない(従って、薬価収載・製造販売には至っていない)2017年8月17日時点で、差し止め請求及び仮処分命令申立という訴訟提起に踏み切ったわけですが、2018年3月23日に製造販売承認となった日本化薬のバイオ後続品の効能・効果が「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」のみであり、「HER2過剰発現が確認された乳癌」は含まないこと(すなわち上記特許権への侵害が回避されたこと)から、上記訴訟における当初目的が達せられたと判断したと推測されます。

すなわち、ハーセプチン®注射用は、国内では、日本化薬のバイオ後続品により、「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」という効能・効果への浸食を受けることになりますが、「HER2過剰発現が確認された乳癌」への浸食は免れたということになります。

参考: