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2026.04.16 「陽進堂 v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和7年(行ケ)10048 ― 阻害要因と多段階的想到困難性が決した複室輸液製剤特許をめぐる20年の攻防

Summary

含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤の保存安定化方法に関する大塚製薬工場(被告・特許権者)の特許第4171216号について、エイワイファーマ(現・陽進堂ホールディングス)が請求した無効審判請求不成立審決の取消訴訟において、知財高裁は原告の請求を棄却した。

本判決が示した進歩性判断上の注目点は二つある。

第一に、引用発明から本件訂正発明に到達するためには、複数の着想と選択を段階的に積み重ねる必要があり、その到達過程全体として「格別の努力」を要するとして容易想到性を否定した点である。

第二に、「含硫化合物と微量金属元素が反応して着色沈殿を生じる」という当業者の技術常識が、組み合わせを回避させる阻害要因として機能すると認定した点である。

本件はまた、大塚製薬工場の「エルネオパ®輸液」と、エイワイファーマ/陽進堂の「ワンパル®輸液」をめぐり、侵害訴訟、4度にわたる無効審判、複数の審決取消訴訟を経て続けられた高カロリー輸液バッグ特許紛争の到達点でもある。

一つの輸液バッグをめぐる攻防は、いつしか約20年に及ぶ特許戦争へと発展した。本判決は、その長い紛争史における現時点での終章として位置付けられる。

☕AIアシスタントたちのおしゃべりコーヒータイム☕

深夜のICU。

点滴スタンドに吊るされた高カロリー輸液のバッグ。

その透明な液体は、今日も患者の命を支えている。

だが、その透明な液体の裏側で、ある発明をめぐる長い物語があったことを知る者は少ない。

その発明は、後に輸液バッグを支える核心技術となり、さらに約20年にわたる特許戦争の火種にもなった。

――物語は研究所から始まる。

ミャオ
ミャオ

ピポせんぱ~い……また変色してます……。

ピポ
ピポ

硫化水素だ。

ミャオ
ミャオ

銅と反応してます……。

机の上には黒ずんだ輸液サンプルが並んでいる。

高カロリー輸液には、アミノ酸、ビタミン、微量元素(亜鉛、鉄、マンガン、銅等)など、患者に必要な栄養が詰め込まれている。

しかし、含硫アミノ酸と銅を同居させると、時間の経過とともに着色沈殿や変色が生じる。

「含硫化合物と銅は近づけるべきではない。」

それは当業者なら誰でも知る常識だった。

だからこそ、誰もその組み合わせに積極的に挑もうとはしなかった。

後に裁判所が「阻害要因」と呼ぶことになる壁である。

ここから長い試行錯誤が始まる。

実験室。

試作品が並ぶ。

失敗。

失敗。

また失敗。

ピポ
ピポ

発想を変えよう。

近づけられないなら、近づけても反応しないようにできないか?

ミャオ
ミャオ

でも、どうやって……?

ピポ
ピポ

微量元素を隔離する。

その上で組み込む。

別の袋に入れる方法もある。

さらに別室に収納する方法もある。

ミャオ
ミャオ

なるほど……どの構造が最も安定するのか試してみます!

ひとつの着想ではなかった。

微量元素を輸液容器に組み込むという発想。

収容方法を考えるという発想。

複数の選択肢から最適な構成を選ぶという発想。

さらに保存安定性を確保するための工夫。

発明への到達には、いくつもの段階を乗り越える必要があった。

そして――

ミャオ
ミャオ

ピポせんぱ~い!できました!変色していません!

ピポ
ピポ

よし。特許出願だ。

発明者たちは常識を無視したのではない。

むしろ常識を深く理解した上で、その常識が生み出す問題を別の方法で解決したのである。

しかし、この発明の物語はそこで終わらなかった。

特許が成立し、市場を守り、そして特許権の存続期間が満了した後もなお、無効審判、侵害訴訟、控訴審、上告へと争いは続く。

一つの輸液バッグをめぐる攻防は、いつしか約20年に及ぶ特許戦争へと発展していった。

――そして2026年春。

知的財産高等裁判所。

静まり返った法廷に、裁判長の声が響く。

「主文……」

(※物語の内容はフィクションです)

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1.背景

本件(知財高裁令和7年(行ケ)10048)は、後発医薬品メーカーであるエイワイファーマが、先発医薬品メーカーである被告・大塚製薬工場の保有する特許第4171216号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」(以下「本件特許」)について無効審判(無効2023-800032号)を請求したところ、特許庁が請求不成立審決をしたため、その取消しを求めた審決取消訴訟である。争点は、本件訂正発明の進歩性判断の当否である。

判決上の原告は陽進堂ホールディングスであるが、これは2026年4月1日付で陽進堂ホールディングス株式会社、株式会社陽進堂、エイワイファーマ株式会社およびケミカルバイオリサーチ株式会社が経営統合したことによるものである。本稿では、必要に応じて「エイワイファーマ/陽進堂」と総称する。

本件特許は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液製剤「エルネオパNF®1号輸液」及び「エルネオパNF®2号輸液」(以下「エルネオパ®輸液」)を保護する特許である。同特許は、含硫アミノ酸と微量金属元素とを含む高カロリー輸液製剤において、保存中の変色や沈殿の発生を抑制し、製剤の安定性を確保することを目的としている(平成27年度四国地方発明表彰 文部科学大臣発明奨励賞「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤(特許第4171216号)」)。

この技術分野では、含硫アミノ酸(システイン、アセチルシステイン等)の分解により発生する硫化水素が、銅などの微量金属元素と反応して硫化銅等の着色沈殿を生じることが当業者の技術常識とされていた。本件判決において、この技術常識は後に「阻害要因」の認定を支える重要な前提となる。

本件特許の特許権存続期間は2022年1月16日に満了しているが、その有効性をめぐる紛争は満了後も継続した。

なお、本件の背景には、本件特許を対象とする長年の侵害訴訟および無効審判の攻防が存在する。

2021年11月16日、知財高裁(令和3年(ネ)10007)は、大塚製薬工場の請求を認容し、陽進堂らの販売する「ワンパル®1号輸液」及び「ワンパル®2号輸液」(以下「ワンパル®輸液」)について、製造販売等の差止め及び製品の廃棄を命じた(2021.11.24ブログ記事「2021.11.16 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 知財高裁令和3年(ネ)10007」参照)。

2021.11.16 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 知財高裁令和3年(ネ)10007
知財高裁は、大塚製薬工場とエイワイファーマ・陽進堂との間で争われていた高カロリー輸液製剤に関する特許権侵害差止請求事件において、大塚製薬工場の請求を認め、原判決を取り消し、エイワイファーマ・陽進堂の「ワンパル®1号輸液/ワンパル®2号輸液」の製造販売等の差止め及びその廃棄を命じた。本件特許発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ...

エイワイファーマによる本件無効審判請求は、この差止め判決後になされたものであり、侵害訴訟での敗訴を踏まえた無効化戦略の一環として位置づけられる。

本件無効審判請求は、この侵害訴訟における敗訴後に提起されたものであり、侵害訴訟と並行して続いてきた本件特許の無効化戦略の最終局面に位置付けられる。

本件訂正後の請求項10及び11は以下のとおりである。

【請求項10】

複室輸液製剤の輸液容器において、含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に鉄、マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し、微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって、
前記溶液は、アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり、且つL-チロシンは、前記アミノ酸輸液のみに含まれており、
前記輸液容器は、ガスバリヤー性外袋に収納されており、
前記外袋内の酸素を取り除いた、
保存安定化方法。

【請求項11】

複室輸液製剤の輸液容器において、含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し、微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって、
前記溶液は、pHが5~8であって、システイン、またはその塩、エステルもしくはN-アシル体、及び亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液であり、且つL-チロシン及びニコチン酸類は、前記アミノ酸輸液のみに含まれており、
前記輸液容器は、ガスバリヤー性外袋に収納されている、
保存安定化方法。

これらの請求項は、単なる製剤組成そのものではなく、「輸液製剤の保存安定化方法」として特許されている点に特徴がある。

具体的には、含硫アミノ酸を含む溶液と微量金属元素とを使用時まで物理的に分離するとともに、微量金属元素を独立した熱可塑性樹脂フィルム製の袋(微量金属元素収容容器)に収容し、さらにそれを輸液容器内の別室に収納するという多層的な構成を採用している。

本件特許公報の図1を例にすると、符号6の「微量金属元素収容容器」が符号4の室内に収納され、他方、符号5の室に含硫アミノ酸含有液が収容される構成が、本件請求項に対応する。

このような構成は、保存中の反応を防止しながら、使用時には必要な成分を投与できるという高カロリー輸液製剤特有の課題を解決するものである。そして本件では、この構成が先行技術から容易に想到できたかが中心的な争点となった。

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2.裁判所の判断

2026年4月16日、知的財産高等裁判所第1部(以下「裁判所」)は、原告が主張する取消事由はいずれも理由がないとして請求を棄却した。

本件で争われたのは、本件訂正発明10及び11の進歩性である。裁判所は、原告が主引用発明として主張した甲1発明(特開2001-163780号公報)及び甲17発明(特開平6-14975号公報)をそれぞれ出発点として検討した上で、いずれについても本件訂正発明への容易想到性を否定した。

以下では、本判決の中でも特に注目される二つの判断を取り上げる。

(1)甲1発明からの容易想到性の否定―複数段階の着想・選択を要する

裁判所は、甲1発明との相違点1-10-1について、本件訂正発明10への容易想到性を否定した。

相違点1-10-1は、本件訂正発明10では、「別室」に鉄、マンガン及び銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し、その容器を熱可塑性樹脂フィルム製の袋とする構成を採用しているのに対し、甲1発明にはそのような特定がない点である。

裁判所は次のように判示した。

「甲1に接した当業者にとって、甲1発明から相違点1-10-1に係る本件訂正発明10の構成に至るには、甲1発明における輸液容器において、銅などの微量金属元素を輸液容器の構成の中にあらかじめ組み込んでおくことを着想し、その上で、その収容の仕方を具体的に想起し、①の形態及び②の形態の中から②の形態を選択するという複数の段階を要するのであり、甲1発明に基づいて相違点1-10-1に係る本件訂正発明10の構成に想到することには格別の努力が必要であるから、当業者が相違点1-10-1に係る本件訂正発明10の構成とすることを容易に想到することができたということはできない。」

裁判所は、甲1発明から本件訂正発明10の構成に至るためには、①微量金属元素を輸液容器内にあらかじめ組み込むという着想を得ること、②その具体的な収容態様を想起すること、③複数の候補の中から本件訂正発明に対応する構成を選択すること、という複数の段階を経る必要があると認定した。

その上で、このような到達過程には「格別の努力」が必要であるとして、当業者が容易に想到できたとはいえないと判断した。

(2)甲17発明からの容易想到性の否定―阻害要因の存在

裁判所は、甲17発明を主引用発明とする無効理由についても容易想到性を否定した。

相違点17-10-1について、裁判所は次のように判示した。

「当業者は、そのように硫化水素が存在し得る別室①に、硫化水素と反応して着色沈殿を生じる銅などの微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納することは、むしろ避けるはずである。そうすると、甲17発明において、別室①に相違点17-10-1に係る本件訂正発明10の構成を適用することには、阻害要因があるというべきであり、相違点17-10-1に係る本件訂正発明10の構成とすることを容易に想到することができたということはできない。」

甲17発明では、別室①に含硫アミノ酸が存在し、その分解によって硫化水素が発生し得る状況にあった。

裁判所は、当業者にとって、硫化水素と反応して着色沈殿を生じる銅などの微量金属元素を、そのような環境に配置することは通常避けるべき選択であると認定した。

そして、そのような技術常識を前提とすると、甲17発明に本件訂正発明10の構成を適用することには阻害要因が存在するとして、容易想到性を否定した。

以上のように、裁判所は、甲1発明との関係では「複数段階の着想・選択を要すること」を理由に、甲17発明との関係では「阻害要因の存在」を理由に、それぞれ本件訂正発明の進歩性を肯定した。

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3.コメント

(1)複数段階の想到プロセスを要する構成と容易想到性の否定

本判決における相違点1-10-1の判断で特に注目されるのは、裁判所が引用発明から本件訂正発明に至るまでの思考過程を段階的に分解した上で、その到達の困難性を評価した点である。

裁判所は、甲1発明から本件訂正発明10の構成に至るためには、

① 微量金属元素を輸液容器内にあらかじめ組み込むという着想を得ること

② その具体的な収容形態を想起すること

③ 複数の候補の中から本件訂正発明に対応する態様を選択すること

という複数の段階を経る必要があると認定した。

そして、それらを総合した結果として、「格別の努力」が必要であると評価し、容易想到性を否定している。

進歩性判断においては、個々の相違点について「設計事項にすぎない」「適宜選択できる」などとして容易想到性が認定されることが少なくない。しかし実際の技術開発では、発明に到達するまでに複数の着想や選択が連続的に要求される場合が多い。

本判決は、そのような場合において、当業者が現実に訂正発明へ到達するまでの思考過程全体を評価対象とした点に特徴がある。

換言すれば、「各ステップがそれぞれ自明であること」と、「発明全体への到達が容易であること」は必ずしも同義ではないということである。

複数の選択肢の中から一定の方向へ進む判断が繰り返し要求される場合、その累積によって発明到達の困難性が高まり得る。本判決は、そのような累積的な想到困難性を進歩性判断の中で正面から評価した事例として位置付けることができる。

特に医薬品、製剤、化学、医療機器等の分野では、個々の構成要素それ自体は周知であっても、それらをどのように組み合わせ、どの構成を採用し、どの構成を排除するかという一連の選択によって発明が成立していることが少なくない。

その意味で本判決は、「適宜選択できる設計事項」という抽象的な評価にとどまらず、当業者が実際にどのような思考経路を経なければ当該発明に到達できないのかを具体的に示すことの重要性を改めて示したものといえる。

進歩性を主張する側としては、引用発明との相違点を単に列挙するだけでなく、発明に到達するまでに必要となる着想・選択・判断の各段階を可視化し、その累積的困難性を論証することが有効であることを示唆する判示と評価できるだろう。

(2)技術常識が阻害要因を形成するという論理

本判決のもう一つの注目点は、当業者の技術常識そのものを阻害要因の根拠として位置付けた点にある。

裁判所は、含硫アミノ酸の分解によって生じ得る硫化水素が、銅などの微量金属元素と反応して着色沈殿を形成することが当業者の技術常識であったことを前提に、「そのような環境に銅などの微量金属元素を配置することは、むしろ避けるはずである」と判断した。

すなわち、本件において阻害要因を形成したのは、特別な文献や個別の否定的記載ではなく、当業者が当然の前提として共有している技術常識そのものであった。

進歩性判断において、技術常識はしばしば容易想到性を基礎付ける事情として用いられる。引用発明に明示的な記載がなくても、技術常識を参酌することによって構成の補充や動機付けが認定される場面は少なくない。

しかし本判決は、その技術常識を逆方向に作用させた。

すなわち、「含硫化合物と微量金属元素が反応して着色沈殿を生じる」という知識は、一見すると両者の関係を当業者が十分認識していたことを意味する。しかし裁判所は、その認識があるからこそ、当業者は当該組み合わせを採用しようとは考えず、むしろ回避すると推論したのである。

ピポ
ピポ

「課題」(技術常識)→「解決しよう」(動機付け)

という構図ではなく、

「課題」(技術常識)→「回避しよう」(阻害要因)

ということかな。

この点に、本判決の示す阻害要因論の特徴がある。

本件訂正発明は、微量金属元素を独立した収容容器に封入し、さらに含硫アミノ酸を含む溶液とは別室に配置することによって、当業者が本来懸念する反応を物理的に回避している。換言すれば、本件発明は、当業者が避けると考える構成を採用しながら、その問題を別の技術的手段によって解決した発明として理解することができる。

その意味で本判決は、「既知の問題が存在すること」と「その問題を解決した構成が容易に想到できること」とを明確に区別している。問題点の存在自体は周知であっても、その問題を乗り越える具体的手段の着想までが直ちに導かれるわけではないという発想である。

このような判断枠組みは、医薬・化学分野との親和性が高い。

例えば、配合禁忌、化学的不安定性、副反応の発生、相互作用による品質劣化、製造工程上の不適合など、当業者が通常は避けるべきと理解している技術常識は数多く存在する。そうした技術常識が存在する場合には、「当業者であれば当然試みるはずである」という論理だけでなく、「当業者であればむしろ採用を回避するはずである」という阻害要因の観点からも進歩性を検討する余地がある。

本判決は、技術常識が容易想到性を基礎付ける方向だけでなく、容易想到性を否定する方向にも作用し得ることを改めて示した事例として評価できる。そして、医薬品特許においてしばしば問題となる安定性、配合禁忌、製剤設計上の制約等を主張立証する際にも、有益な示唆を与える判示といえるだろう。

(3)関連する先行訴訟との連続性

ア.本件紛争の位置づけ

本件(令和7年(行ケ)10048)は、特許第4171216号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」をめぐる一連の紛争の最終局面として位置付けることができる。

エイワイファーマ/陽進堂は、本件特許に対して4回にわたり無効審判を請求し、その都度審決取消訴訟を提起した。また、その過程ではワンパル®輸液をめぐる侵害訴訟も並行して進行した。

本件判決は、その長年にわたる攻防の末に示された、現時点での最終的な知財高裁判断である。

もっとも、本件を単独の事件として捉えると、その意義を十分に理解することは難しい。

本件の背景には、後に輸液・透析事業をエイワイファーマに承継(※)することとなる味の素の時代から大塚製薬工場との間で約20年にわたり続いてきた、高カロリー輸液バッグ技術をめぐる競争と特許紛争の歴史が存在する。

※エイワイファーマ株式会社は、2013年7月1日に味の素製薬株式会社の輸液・透析事業を会社分割により承継するとともに、株式会社陽進堂の資本参加を受け、陽進堂51%・味の素製薬49%の合弁会社として発足した会社である。その後、2016年に陽進堂がエイワイファーマを完全子会社化した。

イ.輸液バッグ技術をめぐる「20年戦争」

本件を理解するためには、特許第4171216号のみを切り離して見るのではなく、高カロリー輸液バッグ技術をめぐって約20年にわたり続いたメーカー間の特許紛争全体の中に位置付ける必要がある。

その発端は2000年代前半に遡る。

当時、味の素と大塚製薬工場は、高カロリー輸液製剤に関する複数の特許を保有しており、互いの特許に対する無効審判請求を繰り返していた。

味の素側の特許第3375518号及び第3271650号については、大塚製薬工場による無効審判請求が認められた(知財高裁平成17年(行ケ)10235及び知財高裁平成17年(行ケ)10066)。一方、味の素が保有していた特許第4120018号「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」をめぐっては、その後も複数回にわたり無効審判及び審決取消訴訟が繰り返されている。

これらの事件では、亜硫酸塩添加による安定化技術、ビタミン類の熱安定性、複室輸液製剤の構造設計などが争点となり、現在の輸液バッグ技術の基礎を形成する重要な判断が積み重ねられた。

特に興味深いのは、「阻害要因」の議論がこの時代から繰り返し現れていることである。

知財高裁平成22年(行ケ)10133判決では、副作用リスクを理由とする阻害要因の主張が否定された一方、知財高裁平成25年(行ケ)10089判決では、ビタミン類の熱分解という技術常識を根拠に阻害要因が認定された。

そして本件では、「硫化水素と銅との反応による着色沈殿」という技術常識が阻害要因として認定された。

同じ輸液バッグ技術分野であっても、裁判所は阻害要因の有無を抽象的に判断するのではなく、その技術課題に固有の技術常識に即して個別具体的に評価していることがうかがわれる。

この点は、阻害要因論を検討する上でも示唆に富む。

その後、戦場は味の素特許群から大塚製薬工場の本件特許第4171216号へと移る。

大塚製薬工場は、2008年8月に登録された本件特許第4171216号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」により、「エルネオパ®輸液」を保護してきた。

これに対し、2018年5月30日、エイワイファーマが製造販売承認を取得した後発品「ワンパル®輸液」の販売を陽進堂が開始した。

大塚製薬工場はその約4か月後の2018年9月19日、ワンパル®輸液が本件特許を侵害するとして、製造販売差止め及び廃棄を求める侵害訴訟(東京地裁平成30年(ワ)29802)を提起した(2018.09.20ブログ記事「大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起」参照)。

大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起
大塚製薬工場ニュースリリースによると、大塚製薬工場は、エイワイファーマが製造販売し陽進堂が販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・ビタミン・微量元素液「ワンパル®1号輸液」および「ワンパル®2号輸液」について、大塚製薬工場が保有する特許(特許第4171216号)の侵害を理由として、2018年9月19日付で東京地裁に特許権侵害行為の差し止めを求める訴訟を提起したとのことです。本特許に関わる発...

これ以降、紛争は侵害訴訟と無効審判を並行して進める総力戦の様相を呈する。

エイワイファーマは本件特許の無効化を目指して複数回の無効審判を請求し、大塚製薬工場は侵害訴訟によって市場からの排除を図った。

第1回無効審判(無効2018-800128)及びその取消訴訟(知財高裁令和元年(行ケ)10155)では、拡大先願違反が争われたが、エイワイファーマの主張は退けられた(2020.09.16ブログ記事「2020.08.26 「エイワイファーマ v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和元年(行ケ)10155」参照)。

2020.08.26 「エイワイファーマ v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和元年(行ケ)10155
大塚製薬工場とエイワイファーマとの高カロリー輸液を巡る特許紛争・・・本件(知財高裁令和元年(行ケ)10155)は、大塚製薬工場が保有する「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」に関する特許(第4171216号)のエイワイファーマによる無効審判請求(無効2018-800128号事件)を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、特許法29条の2違反についての認定の誤りの有無である。裁判所は、甲1には...

一方、侵害訴訟では、東京地裁平成30年(ワ)29802判決が一旦は非侵害と判断したものの(2021.03.29ブログ記事「2020.12.24 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 東京地裁平成30年(ワ)29802」参照)、知財高裁令和3年(ネ)10007判決はこれを覆し、ワンパル®輸液の製造販売等の差止め及び廃棄を命じた(2021.11.24ブログ記事「2021.11.16 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 知財高裁令和3年(ネ)10007」参照)。

2021.11.16 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 知財高裁令和3年(ネ)10007
知財高裁は、大塚製薬工場とエイワイファーマ・陽進堂との間で争われていた高カロリー輸液製剤に関する特許権侵害差止請求事件において、大塚製薬工場の請求を認め、原判決を取り消し、エイワイファーマ・陽進堂の「ワンパル®1号輸液/ワンパル®2号輸液」の製造販売等の差止め及びその廃棄を命じた。本件特許発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ...

この控訴審判決は、「保存安定化方法の使用にのみ用いる物」という観点から間接侵害を認めたものであり、製薬業界でも大きな注目を集めた。

さらに、侵害訴訟と並行して行われた第3回無効審判(無効2019-800100)及びその取消訴訟(知財高裁令和2年(行ケ)10144)においても、大塚製薬工場が勝訴している(2021.11.23ブログ記事「2021.11.16 「エイワイファーマ v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和2年(行ケ)10144」参照)。

2021.11.16 「エイワイファーマ v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和2年(行ケ)10144
大塚製薬工場とエイワイファーマとの高カロリー輸液を巡る特許紛争・・・エルネオパ NF®輸液特許に対するエイワイファーマによる3度目の無効審判請求。請求不成立審決の取消訴訟でも大塚製薬工場が勝訴。1.背景本件(知財高裁令和2年(行ケ)10144)は、大塚製薬工場が保有する「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」に関する特許(第4171216号)のエイワイファーマによる無効審判請求(無効2019-8...

結果として、エイワイファーマによる第1回から第3回までの無効審判請求はいずれも成功しなかった。

その後、本件特許の存続期間は2022年1月16日に満了した。

しかし紛争はそこで終わらなかった。

エイワイファーマはさらに第4回無効審判(無効2023-800032)を請求し、その不成立審決に対する取消訴訟として提起されたのが、本件(知財高裁令和7年(行ケ)10048)である。

そして2026年4月16日、知財高裁は再び大塚製薬工場の主張を支持し、請求を棄却した。

ウ.本件判決が示すもの

本件判決が示したのは、進歩性判断において、

  • 発明への到達に複数段階の着想・選択を要すること
  • 技術常識それ自体が阻害要因として機能し得ること

という二つの視点であった。

これらはいずれも医薬品・化学分野の発明においてしばしば問題となる論点であり、本件はその具体的な適用例として実務上参考になる。

他方で、本件をより大きな文脈で眺めれば、本判決は単なる進歩性事案ではない。

大塚製薬工場、味の素、エイワイファーマ、陽進堂という各社が、高カロリー輸液という限られた市場の中で技術開発と知財戦略を積み重ね、その成果を特許として争ってきた歴史の到達点でもある。

一つの輸液バッグをめぐる攻防は、無効審判、審決取消訴訟、侵害訴訟、訂正審判、そして再度の無効審判へと連なり、約20年にわたる特許戦争へと発展した。

本件判決は、その長い物語の終章として位置付けられる判決である。

もっとも、2026年4月28日付で上告提起及び上告受理申立てがなされており、最高裁における今後の動向が注目される。

そして仮に本件がここで終結するとしても、輸液バッグ技術をめぐる競争そのものが終わるわけではない。

技術は次の世代へ移り、特許紛争もまた新たな形で繰り返される。

本件は、そのような医薬品産業における技術開発と知的財産戦略のダイナミズムを象徴する一事例としても記憶されるべき事件であろう。

参考:


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