Dec 4, 2011

2011.06.09 「千寿 v. 参天」 知財高裁平成22年(行ケ)10322

併用の進歩性: 知財高裁平成22年(行ケ)10322

【背景】

被告(参天製薬)が保有する「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤」に関する特許(第4314433号)に対して、原告(千寿製薬)は無効審判(無効2009-800243号)を請求したが請求は成り立たないとした審決の取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:
Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,
該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり,
該β遮断薬がチモロールである,
緑内障治療剤

【要旨】

取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について

引用例1には、カルシウムアンタゴニストと眼圧を下降させる化合物との組合せが記載されており、好ましいカルシウムアンタゴニストとして220の化合物が列記されているところ、その中の1つにHA1077が記載されていた。また、眼圧を下降させる化合物についても、縮瞳薬、交感神経作用薬、β-ブロッカー、炭酸脱水酵素インヒビターが含まれると記載されており、チモロール等多数の化合物が列記されていた。

原告は、

「HA 1077がカルシウムアンタゴニストであり,かつ,Rhoキナーゼ阻害剤であることは技術常識であったとして,引用例1におけるHA 1077の記載から,当業者はRhoキナーゼ阻害剤が記載されているに等しいものと認識することができた」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「特許法29条2項により,同条1項3号にいう「刊行物に記載された発明」に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,同条1項3号に記載された発明について,まず刊行物に記載された事項から認定すべきである。引用例1には,緑内障治療にカルシウムアンタゴニスト活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤の併用が開示されているのみで,Rhoキナーゼ阻害活性と緑内障治療についての開示は一切存在しないことに照らすと,引用例1の記載に接した当業者は,たとえ,そこに記載された具体例の1つであるHA1077が,たまたまRhoキナーゼ阻害活性をも有するとしても,そのことをもって,引用例1に,Rhoキナーゼ阻害活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤を併用する緑内障治療が記載されているとまでは認識することができないというべきである。
なお,特許出願時における技術常識を参酌することにより当業者が刊行物に記載されている事項から導き出せる事項は,同条1項3号に掲げる刊行物に記載されているに等しい事項ということができるが,刊行物に記載されたある性質を有する物質の中に,たまたまそれとは別のもう一つの性質を有するものが記載されていたと
しても,直ちに当該刊行物に当該別の性質に係る物質が記載されているということはできず,このことは,むしろ,容易想到性の判断において斟酌されるべき事項である。」

と判断し、原告の上記主張は採用しなかった。

また、置換容易性の判断においても、裁判所は、

「引用例1に記載されたカルシウムアンタゴニストの具体例の1つであるHA 1077が,カルシウムアンタゴニストであるのと同時にRhoキナーゼ阻害剤であることは,周知であった(甲12~14)。しかし,引用例1には,220種類ものカルシウムアンタゴニストが記載されているが,カルシウムアンタゴニストとRhoキナーゼ阻害剤とは,薬物が作用する生体内の分子が異なることからすると,引用例1に記載のほとんどのカルシウムアンタゴニストが,同時にRhoキナーゼ阻害剤としての性格を常に有するものではない。そうすると,引用例1に,カルシウムアンタゴニストの1例としてHA 1077が記載されているとしても,β遮断薬と組み合わせる薬剤として,カルシウムアンタゴニストに換えて,Rhoキナーゼ阻害剤とすることは,容易とはいえない。」

と判断した。

また、原告は、

「引用例1に記載されたカルシウムアンタゴニストがRhoキナーゼ阻害剤と一致することを主張しているのではなく,両者が共通して有する血管拡張作用という人体に対して奏する作用機序の同等性を根拠として,当業者であればカルシウムアンタゴニストをRhoキナーゼ阻害剤に置換することを容易に試み得た」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「引用例1では,カルシウムアンタゴニストが有する血管拡張作用に加え,虚血状態下で起こるカルシウム過負荷の有害な影響からの細胞保護作用も期待して,カルシウムアンタゴニストを緑内障治療に使用するものであるから,血管拡張作用の共通性のみをもって,カルシウムアンタゴニストをRhoキナーゼ阻害剤に置換するということはできない。」

と判断した。

また、原告は、甲29を提出し、

「カルシウムアンタゴニストの薬理的性質が主房水流出能にあることは優先権主張日当時当業者に明らかであったので,引用例1におけるHA 1077を,カルシウムアンタゴニストと同じ薬理活性を示すRhoキナーゼ阻害剤に置換することは当業者が容易に想到できた」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「引用例1では,従来の眼圧を下降させることによる治療とは異なる視点でカルシウムアンタゴニストを使用していることは明らかである。そうすると,~カルシウムアンタゴニストに主房水流出路の流出能増大を惹起し,眼圧を下降させる作用があるとしても,これとは異なる技術思想でカルシウムアンタゴニストの使用を開示する引用例1に接した当業者が,カルシウムアンタゴニストとRhoキナーゼ阻害剤の薬理活性の共通性を根拠に,置換することが可能であるとは考え難い。」

と判断し、原告の上記主張も採用しなかった。

取消事由2(引用発明2に基づく容易想到性の判断の誤り)について

本件発明1と引用発明2との相違点は、本件発明1が,β遮断薬であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点である。

裁判所は、

「Rhoキナーゼ阻害剤に,経シュレム管流出路からの房水流出の促進作用とは異なる,他の薬理活性(作用機序)を有する別の眼圧降下薬を併用しようとすること自体は,当業者が想到し得たということができる。
しかしながら~併用する薬剤には,非選択的β遮断薬であるチモロールのほか,α2アドレナリン作動薬や炭酸脱水酵素阻害薬が存在し,また,β1選択性のβ遮断薬やαβ遮断薬も存在する。また,薬剤を併用した場合の効果は各薬剤の薬理作用から必ずしも理論どおりとなるものではなく~緑内障治療における薬剤併用の効果は,個々の具体的な薬剤のレベルでは各薬剤の薬理作用から類推した結果と実験の結果が一致しない場合もある。加えて,優先権主張日前に,Rhoキナーゼ阻害剤と他の眼圧降下薬を併用し緑内障の治療に使用する先行技術を認めるに足りる証拠はないから,Rhoキナーゼ阻害剤について,これを他の眼圧降下薬と併用した場合の効果を,先行技術から類推することはできない状況にあった。
そうすると,Rhoキナーゼ阻害剤である(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドに,組み合わせる薬剤としてβ遮断薬であるチモロールを選択したことは,この組合せによる緑内障治療剤が,各薬剤の単独使用時と比較して眼圧下降作用が増強されることを確認したことに照らし,容易に想到することができたとはいえない。
~(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドと併用する薬剤は,眼圧降下の作用機序に基づきある程度その数が絞られたとはいえ,依然,数多くあり,これらの薬剤について,その効果を実際に確認しなければ併用における効果は不明であるところ,この数多くの薬剤の中から,示唆もなくチモロールを選択することには困難がある。緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は症例に実際に適用して判定する以外に方法はないとの指摘に対して,進歩性を判断するに際し考慮すべきは,併用による効果は実際に確認しなければ分からないということで十分であり,症例,すなわち,緑内障の患者やモデル動物に投薬しその効果を判定しなければならないというものではない。そして,本件明細書では,健常なウサギにより,併用療法と単独療法を対比して眼圧降下薬の効果を確認しているから,原告が主張する誤りはない。」

と判断した。

請求棄却。

【コメント】

薬剤の組み合わせ(併用)に関する出願について、進歩性を検討するのに参考になる事件。

本特許クレームの併用薬のうちの一つである「チモロール」はチモプトールXE点眼液として参天、MSDの他、後発品も販売されている。一方、Rhoキナーゼ阻害剤である「(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」は、千寿が開発中のY-39983である。

千寿のhomepageで確認してみると、2011年4月1日現在の開発品状況一覧には、田辺三菱製薬より導入されたY-39983(開発コード: SNJ-1656)が日本でPhase II進行中であり、米国ではNovartis社が開発中とある。そして、千寿のhomepageに示されている発表論文のうち、たとえばInvest Ophthalmol Vis Sci. 2007;48:3216-3222には、Y-39983の構造式が記載されており、「(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」がY-39983であることがわかる。

参天でRhoキナーゼ阻害剤の開発を行っているかどうか参天のhomepageで確認してみると、2006年5年9日にDE-104を宇部興産と共同開発する旨のプレスリリースがされているが、2010年11月2日の平成23年3月期 第2四半期決算短信によれば、「ROCK阻害剤のDE-104は、米国における臨床試験(第Ⅰ相/前期第Ⅱ相試験)の成績等を検討した結果、新薬として所期の達成基準を満たすことが困難であると判断したため、点眼剤の開発を中止しました。」とあり、これらのpublic available informationからは参天がRhoキナーゼ阻害剤を開発している状況は見えない。

本事件で問題となった発明は米国でも成立している(特許番号7,972,612)。

IPDLのテキスト検索で、請求の範囲に「(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミド」が存在する出願がないか検索してみると、本件の特許(4314433)及びその分割出願(特開2009-029828)以外にも、参天の下記出願が見つかる。
  • 特許4482726(特開2004-107335)
    出願人: 参天製薬
    発明の名称: Rho阻害剤とプロスタグランジン類からなる緑内障治療剤
    請求項1: Rhoキナーゼ阻害剤とプロスタグランジン類との組み合わせからなる緑内障治療剤であって、該Rho キナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり、該プロスタグランジン類がラタノプロストである緑内障治療剤。

    ラタノプロストは、ファイザーの先発品(キサラタン(Xalatan)点眼液)の他、後発品(千寿含む)が既に参入している。出願人である参天はラタノプロストを含有する製品は販売していない。上記出願については無効審判は請求されていない。


本事件特許及び上記の特許は、緑内障治療薬分野で千寿と競合している参天が、千寿によるY-39983の開発を牽制する目的で出願、特許を取得したと思われる。Y-39983のように開発化合物の構造情報が公になってしまうと、本事件のように、競合他社に試験され、新たな発明を出願され、将来の開発に制約を受けるリスクがあるかもしれないことに注意しなければならない。Y-39983は、試薬としても販売されている。有効成分が試薬販売されればさらに上述のリスクは助長されることになるだろう。特に、併用療法が主流となり、類似薬の存在によりその組み合わせが多様化・混沌としてきた分野では、自社特許取得だけでなく、他社特許成立阻止にどれだけ注意を払うかが重要になるといえるだろう。

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