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2012.05.28 「イッサム リサーチ v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10203

進歩性判断における技術常識の把握と後出しデータの参酌: 知財高裁平成22年(行ケ)10203

【背景】

「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」に関する出願(特願2000-514993号; 特表2001-519148)の拒絶審決(不服2006-7782)取消訴訟。

争点は進歩性の有無。

請求項1:

細胞傷害性の遺伝子産物をコードする異種配列に機能的に連結されたH19 調節配列を含むポリヌクレオチドを含有する,腫瘍細胞において配列を発現させるためのベクターであって,前記腫瘍細胞が膀胱癌細胞または膀胱癌である,前記ベクター。

引用発明1は、アデノウイルスに腫瘍特異的に発現させることのできる発現シグナル(例えばα-フェトプロテインプロモーター)を発現すると毒性のある産物を産生することになる異種配列(例えばチミジンキナーゼ遺伝子)とともに組み込んでベクターとし、このアデノウイルスベクターを標的となる腫瘍細胞に感染させて、感染後発現した異種配列に係る毒性産物で当該腫瘍細胞を傷害する発明であり、審決は、

  • 上記α-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i))、
  • 標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))こと

が容易であると判断したものである。

【要旨】

主 文

特許庁が不服2006-7782号事件について平成22年2月9日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は、

「~本件優先日(平成9年10月3日)当時,外来の遺伝子を送達して腫瘍(癌)を傷害する種々の試みがなされていたが,導入遺伝子を発現させるプロモーターの活性が不十分であるなどの理由のため上記発現が困難であったり,宿主の免疫反応が障害になったりするなどして,いずれも十分に成功しておらず,これが当時の当業者一般の認識であったことが認められる。

また,~本件優先日当時,~H19遺伝子の生物学的機能は完全には解明されていなかったものである。

また,~引用例3にH19遺伝子の発現の状況が記載されているとしても,この記載に基づく発明ないし技術的事項を単純に引用発明1に適用して,腫瘍(癌)の傷害という所望の結果を当業者が得られるかについては,本件優先日当時には未だ未解明の部分が多かったというべきである。

したがって,引用発明1に引用例3記載の発明ないし技術的事項を適用しても,本件優先日当時,当業者にとって,引用発明1のα-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i)),標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると評価し得るかは疑問であるといわなければならない。」

と判断した。

また、原告は審判の段階で参考資料を提出して本願発明1の顕著な効果を説明したが、審決は出願後に公表された論文等であるとしてこれらを参酌しなかった点に関して、裁判所は、

「~本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきである。

そうすると,本願発明1には,引用例1,3ないし6からは当業者が予測し得ない格別有利な効果があるといい得るから,前記(1)の結論にもかんがみれば,本件優先日当時,当業者において容易に本願発明1を発明できたものであるとはいえず,本願発明1は進歩性を欠くものではない。」

と判断した。

被告は、

「本願明細書の9節では,他の実施例には存在する「結果と考察」欄が記載されていない上に,他の実施例では過去形で実験結果が記載されているのとは対照的に,現在形で実験結果が記載されているし,原告が真に実験を行っていれば,乙第6号証のように容易にその結果を本願当初明細書に記載できたはずであって,作用効果の記載(段落【0078】)は,いわば願望を記載したものにすぎない」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「段落【0078】を含む9節には曲がりなりにも実験結果が記載されているのであって,記載中の項目立ての体裁や文章の時制が異なるからといって,架空の実験を記載したものと断定することはできない。

~かかる論文が存在するからといって,本願発明1の発明者らが,本件優先日当時に本願発明1のベクターを用いた実験を行っておらず,乙第6号証記載の実験がされるまで必要な実験をしなかったとする被告の主張は,憶測の域を出るものではなく,これを採用することはできない。」

と判断した。

【コメント】

本事件は、技術常識の把握が進歩性の結論に影響を与えた事例であると同時に、いわゆる後出しデータの参酌が認められた事例でもある。

裁判所は、優先日当時の技術常識を検討したことによって、特許庁の論理づけを否定した。

また、後出しデータを参酌しても先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきであると判断し、格別有利な効果があるとして進歩性を肯定した。

確かに段落【0078】には具体的な数値で結果が示されているわけではないが、「マウスの実験群内の膀胱腫瘍は、マウスの対照群内の膀胱腫瘍に比べてサイズ及び壊死が減少している。」と定性的な結果が示されており、引用発明と比較した効果についての説明を行うために、その記載された実験に基づく結果を補充することは許されると考えることは進歩性の判断として妥当だったと考える。

進歩性の判断において後出しデータが参酌されるかどうかの判断が、審決と判決とでしばしば異なることがあり、欧米と比べて、判断ラインがあいまいな日本の審査基準の欠陥のひとつといえる。

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参考:

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