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2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害差止訴訟(東京地裁): 東京地裁平成27年(ワ)23087; (別紙2)本件特許発明と被告製品の対比; (別紙3)訂正後の特許請求の範囲; (別紙4)本件訂正発明1~3と被告製品の対比

【背景】

「抗ウイルス剤」に関する特許権(第5207392号)を有する塩野義(原告)が、アイセントレス®錠(被告製品)(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を販売するMSD社(被告)に対して、被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると主張して、被告製品の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求した事案。

本件発明1:

「式(I):

(式中、・・・(略)・・・)
で示される化合物,その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する,インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。」

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断した。また、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断した。請求棄却。実施可能要件についての裁判所の判断は下記の通り。

「医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。」

「式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する・・・化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」

のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,・・・本件出願・・・当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。」

1.「化合物C-71」以外の化合物の薬理データの存在について

原告は、

「「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在する」

ことを指摘した。

しかし、裁判所は、

「一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって,このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。・・・「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ,また,一般的にアミドと1,3,4-オキサジアゾールは,バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても,インテグラーゼ阻害剤において,RAのアミドと1,3,4-オキサジアゾールが配位子として機能し,それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって,前記のとおり,インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても,特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや,本件出願当時は,末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと,本件特許化合物が有するアミド中の-NH-の部分は,水素結合可能な基であることなどを考慮すると,「化合物C-71」が「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには,「化合物C-71」の薬理データが必要であるというべきである。」

と判断した。

原告は、

「本件訂正発明化合物1に必須の化学構造は,本件明細書に薬理データが記載された27個の化合物と極めて類似した構造を有しているから,当業者は本件訂正発明化合物1がインテグラーゼ阻害活性を示すことを容易に理解できる」

などとも主張した。

しかし、裁判所は、

「確かに,何らかの生物活性を有する複数の化合物が存在する場合,そのような活性を備える化合物における,部分的な保存された構造を見出そうとする手法は,医薬品の開発の方向性を定める一つの手法とはいえるものの,化合物に共通する部分構造以外の構造に,生物活性に必要な構造が存在する可能性もあるし,逆に,生物活性を喪失させるような構造も化合物に存在することがあり得るのであって,生物活性を有すると目される複数の化合物に共通して見られる部分構造がある化合物において単に存在することをもって,直ちに当該化合物も必然的にその生物活性を有するということはできないというべきである。」

と判断した。

2.いわゆる後出しデータが認められるかについて

原告は、

「本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されて15 いるとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられている」

と主張する。

しかし、裁判所は、

「一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」

と判断した。

【コメント】

本件特許発明はクレームの構成上、医薬用途発明である。従って、実施可能要件を満たすためには、原則、明細書に効果を裏付ける薬理試験結果の記載が求められる。本件出願明細書の最後には、「上記に示した化合物以外の本発明化合物も、上記同様、あるいはそれ以上のインテグラーゼ阻害活性を示した。」と記載されているが、そのような具体性を欠いた記載だけでは、効果の裏付けとなる薬理試験結果の記載としては認められない。過去判決でも、明細書における薬理試験結果が「実施例の化合物は全て・・・拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」という記載のみだったために実施可能要件違反とされた同様の例がある(2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345)。

本件特許発明の技術的範囲は、式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する化合物であり、本件明細書に具体的な化合物として記載されているものは「化合物C-71」(ベンゾピラン)のみであったが具体的な薬理試験結果は記載されていなかった。仮に、化合物C-71に薬理試験結果が記載されていたとしても、そのたったひとつの化合物(ベンゾピラン)の薬理試験結果に基づいて本件特許発明の技術的範囲全体(RC及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し、該環はベンゼン環との縮合間であってもよい)にまで実施可能性を拡張すること(すなわち被告製品(ピリミジン)に対する範囲まで拡張すること)は、化学構造から直感的に見ても極めてバランスが悪い。仮に、化合物C-71(ベンゾピラン)に薬理試験結果があったとしても、現在の特許請求の範囲までは実施可能要件を満たさず、被告製品(ピリミジン)に対する権利行使はできないとの結論となっていたのではなかろうか。ところで、本件特許発明は構成上医薬用途発明であるが、もともと原出願である特願2003-521202(WO2003/016275; 再表03/016275)の特許請求の範囲に係る発明は、物質発明及び用途発明であるところ、本件用途発明は物質発明に基づく用途発明であり、その本質は物質発明の場合も同様に考えることができるのではなかろうか。本件医薬用途発明と同範囲の物質発明にも具体的な薬理試験結果が明細書に備わっていなかったことになり、仮に本件医薬用途発明と同範囲で物質発明が成立していたとしたら、その物質発明の範囲も、本判決と同様に、実施可能要件(有用性)を備えているといえるのかどうかについて疑問が出てくることになったのではないだろうか。

医薬用途発明において明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合に出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは許されない。本判決でも過去判決を引用(2016.03.31 「タイワンジェ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10052)しているが、この点は疑問の余地がないところであろう。

なお、本件特許の出願段階での審査において、特許庁からの拒絶理由には、用途発明のサポート要件について争われた過去の判決(平成20年(行ケ)10304)を引用して「一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しない」としてサポート要件違反が指摘されていたが、実施可能要件違反は一切指摘されていなかった(最終的には特許査定となった)。

本件特許(第5207392号)については、MSDによる特許無効審判請求を受け無効審決(無効2015-800226)が出されたところ、無効審決の取消を求め2017年9月に塩野義が知財高裁に取消訴訟を提起しているようである(平成29年(行ケ)10172)。

参考:

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