2025年5月20日、世界保健機関(WHO)の最高意思決定機関である第78回世界保健総会(WHA)において、「WHOパンデミック協定(WHO Pandemic Agreement)」が採択されました(2025.05.20 WHO news release: World Health Assembly adopts historic Pandemic Agreement to make the world more equitable and safer from future pandemics)。
協定の目的は、COVID-19の教訓を踏まえた将来のパンデミックへの備えと対応の強化であり、公衆衛生上の公平性、各国主権の尊重、技術移転・知的財産制度との調和など、多面的な要素が含まれています。
前文には、医薬品アクセスに対する知的財産の影響について一定の懸念が表明されている一方で、知的財産保護の重要性も明記されており、制度的中立性と実効的な国際協力の両立を志向する内容となっています。

特に、知的財産に関わる部分についてはどうなっているのでしょうか・・・
1.知的財産と技術移転に関する位置づけ
本協定では、パンデミック関連医療製品(ワクチン・治療薬・診断薬)への公平かつ迅速なアクセスを確保するための国際協力が強調されており、知的財産制度との適切なバランスに配慮した規定が設けられています。
とりわけ、本文第11条は以下の点で注目されます。
- 各国・製造業者に対し、知的財産に基づく技術・ノウハウの移転を相互合意の下で推進することを要請
- 非独占的ライセンスや合理的ロイヤルティの設定、WHO主導の技術・データ・知財の共有プールなどを含む
- TRIPS協定およびドーハ宣言に基づく柔軟性の再確認
2.製薬企業に対する新たな供出義務の枠組み
本文第12条では、パンデミック発生時の「病原体アクセスと利益配分システム(Pathogen Access and Benefit-Sharing (PABS) System)」の枠組みが提示されており、製薬業界にも具体的な関与が求められます。
協定では、「参加製造業者(participating manufacturers)」が、パンデミック時にWHOに対し、リアルタイム生産量の最大20%(うち10%は無償、10%は低価格)を迅速に提供する義務を負うことが記載されています。これは、発展途上国等への公平な供給を目的とするものであり、将来的な製造・供給体制や契約・流通スキームへの影響が予想されます。
これらの詳細は、今後策定されるPABS附属書(Annex)に委ねられており、政府間交渉が継続される見通しです。

今後は、この12条のPABS System に関する附属書の内容についての政府間交渉に注目ですね!
3.今後の展望:発効条件と制度整備
本協定は、WHO憲章第19条に基づく国際法的枠組みであり、2003年の「たばこ規制枠組条約(FCTC)」に次ぐ2例目です。発効には60か国の批准が必要で、各国での法的手続きが進められることになります。
また、協定に基づき、以下の制度的基盤が整備される予定です。
- 協調的な資金メカニズム(Coordinating Financial Mechanism)
- グローバル供給・物流ネットワーク(GSCL)
- WHOが統括するPABSシステムの構築と運用設計
日本政府は、本協定の採択を「重要な一歩」としつつも、PABS附属書に関する協議の継続を明言しています。知的財産・製薬分野の専門家にとっては、今後の附属書交渉や国内法制度への反映を注視しつつ、産業界としての対応方針を検討する段階に入ったと言えるでしょう。
参照:
- 2025.05.20 外務省ウェブサイト: WHOパンデミック協定(仮称)の交渉(パンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関する新たな法的文書)
- 2025.04.17ブログ記事「WHO加盟国、パンデミック協定(条約)の草案で合意 — 2025年5月の世界保健総会で審議へ —」

アシスタントたち:
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