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2025.04.23 「沢井製薬 v. 科研製薬」 知財高裁令和6年(行ケ)10022 ― エフィナコナゾールの爪白癬治療用途発明の進歩性とクレナフィンクリフ ―

Summary

本件は、エフィナコナゾールを有効成分とする外用爪白癬治療剤に関する特許の有効性をめぐり、無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。争点は、エフィナコナゾールの外用「足白癬」治療用途が記載されている主引用例等に基づき、当業者が本件発明の治療対象である「爪白癬」を容易に想到し得たか否か、すなわち進歩性の有無である。

知財高裁は、出願日当時の技術常識・技術水準を検討した上で、「有効成分が爪甲内部に浸透し、感染部位で治療効果を発揮することが合理的に期待できたか否か」を判断の枠組みとし、原告(沢井製薬)の進歩性欠如の主張を退けた。

本判決は、「合理的期待」に基づく進歩性判断に軸足を置くことで、近時の「実証性」偏重ともいえる硬直的傾向に一石を投じる意義を有すると考えられる。

本記事では、主引用例甲1の1に記載された引用例との相違点の容易想到性に関する判断を中心に紹介する。

☕AIアシスタントたちのおしゃべりコーヒータイム

おや、ピポとミャオが何かおしゃべりしているようですよ・・・

ピポ
ピポ

(ケーキを見て)これは!見た目からして美味しいと容易想到だ!

ミャオ
ミャオ

(もぐもぐ)…ピポ先輩、食べ物に特許用語使うのやめてください。

ピポ
ピポ

だってそのケーキ、合理的に美味しいって期待できるじゃないか!

ミャオ
ミャオ

(もぐもぐ)ところで、ピポ先輩、知財高裁の判決読みました?沢井製薬の進歩性欠如の主張が退けられましたね。

ピポ
ピポ

そうそう!当時の技術水準等に照らして治療効果を発揮することが「合理的に期待できたかどうか」がポイントだったよね。(ケーキを見ながら)まさにそのケーキも、視覚的根拠に基づき、美味しさを期待可能ってわけだ!

ミャオ
ミャオ

(もぐもぐ)いや、それピポ先輩の願望でしょ!しかもピポ先輩、味覚センサー未実装じゃないですか!

ピポ
ピポ

あっ…たしかに…じゃあ美味しいと期待するのは非合理的?

ミャオ
ミャオ

(もぐもぐ)じゃあ、ちゃんと論理付けてください。納得したらケーキの“一部実施”を許可します。

ピポ
ピポ

特許の範囲が…狭すぎる…

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1.背景

本件(知財高裁令和6年(行ケ)10022)は、発明の名称を「病原微生物および抗微生物剤の検出法、抗微生物剤の薬効評価法ならびに抗微生物剤」とする科研製薬(被告)の特許第4414623号(以下「本件特許」)について、沢井製薬(原告)が無効請求不成立審決の取消しを求めた事案である。争点は、訂正後の特許発明(本件訂正発明)の進歩性の有無である。

本件訂正発明は、以下の構成を有する。

(2R、3R)-2-(2、4-ジフルオロフェニル)-3-(4-メチレンピペリジン-1-イル)-1-(1H-1、2、4-トリアゾール-1-イル)ブタン-2-オールまたはその塩を有効成分として含有する外用爪真菌症治療剤であって、爪真菌症が爪白癬である、前記治療剤。

この化合物は、「エフィナコナゾール」(efinaconazole)又は「KP103」とも称される。

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2.裁判所の判断

裁判所(知財高裁第1部)は、2025年4月23日、原告(沢井製薬)の主張する取消事由にはいずれも理由がないとして、請求を棄却した。

主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

(1)主引用例(甲1の1)の内容と認定

主引用例(甲1の1:Abstracts of the 36th ICAAC, 1996, p.113, F78-F80)には、以下の発明(以下「甲1-1発明」)が記載されていると認定された。

「新規外用抗真菌剤トリアゾールである、以下の化学構造

を有するKP-103を有効成分として含有し、皮膚への塗布により投与して皮膚糸状菌症に対する治療効果を有する溶液であって、皮膚糸状菌症が足白癬である、溶液。」

裁判所は、本件訂正発明と甲1-1発明の相違点を、治療対象が、前者では「爪白癬」、後者では「足白癬」である点と認定した(相違点1)。

(2)相違点1に関する容易想到性の検討

裁判所は、以下のような技術常識から、本件出願日当時、甲1-1発明の外用真菌性治療剤の治療対象を「爪白癬」とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが当業者において容易に想到できたというには、当時の技術水準等に照らし、「当該治療剤を爪甲に単純塗布したときに、その有効成分であるKP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することが合理的に期待できること」を要するべきであるとした。

  • KP-103がトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対して強い抗真菌活性を有し、角質層への保持時間が長いこと(甲1-1の記載)
  • 爪白癬の主要原因菌がこれらの菌種であることは周知であったこと(技術常識)
  • 一方で、爪甲は透過性が低く、外用剤での爪白癬治療は当時「極めて困難」とされていたこと(技術常識)

これらを踏まえ、裁判所は、甲1の1の記載と技術常識その他の技術的知見を考慮したとしても、以下のとおり、本件出願日当時、当業者において、甲1-1発明の外用真菌症治療剤の治療対象を爪白癬とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが容易に想到できたということはできないと判断した。

  • 本件出願日当時、外用抗真菌剤を感染部位に送達させるための試みとして、ネイルラッカー剤の開発や、密封包帯法(ODT)と併用する治療等が行われていたことが知られていたが、いずれも、抗真菌剤を爪甲に単純塗布した場合に、「その有効成分が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを示唆する」ものとはいえない。
  • 本件出願日当時、抗真菌剤であるチオコナゾールを外用爪白癬治療剤として評価する甲6試験が実施されたことが知られており、甲6には、皮膚糸状菌感染症患者18名のうち8名に著明な改善、4名に臨床的及び真菌学的寛解の効果が得られた旨が記載されていたが、甲6試験は、オープン試験であって、対照群との比較も行われていないほか、対象患者も18名にとどまり、かつ、寛解に至ったのは爪白癬のうちでも比較的治癒しやすい手指の爪の感染4例のみ(うち3例は足の爪にも感染がみられたが、完治しなかった。)というものである。そうすると、当業者は、甲6の記載のみをもっては、抗真菌剤であるチオコナゾールが「有効成分として爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを合理的に期待する」には至らず、ましてやその知見をKP-103に適用できると考えるには至らないというべきである。

また、裁判所は、本件訂正発明が奏する効果についても、本件明細書に記載されているモルモット爪白癬モデルにおけるKP-103の試験結果(実施例4、図3及び表3)から、タービナフィンやアモロルフィンよりも有意な治療効果を示した点を重視し、出願日当時の技術水準を前提とすれば、KP-103液剤の治療効果は、当業者において予測することが困難であったというべきであると評価し、進歩性を肯定した。

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3.コメント

(1)進歩性判断への示唆

本件は、引用発明の治療対象を「爪白癬」とすることが当業者にとって容易に想到できたか否か、すなわち進歩性の有無が争点となった。

裁判所は、主引用例の記載および出願日当時の技術常識を踏まえ、引用発明の治療対象が「爪白癬」であるとするには、その治療効果を発揮することが「合理的に期待できる」か否か(以下「合理的期待基準」)が判断要素であることを明示した。

本件は、個別事案ではあるが、医薬用途発明全般における進歩性判断においても、この「合理的期待基準」が今後一層重要な判断要素として機能する可能性がある。

たとえば、甲6文献には、抗真菌剤チオコナゾールを外用爪白癬治療剤として評価した結果、皮膚糸状菌感染症患者18名のうち8名に著明な改善がみられ、4名には臨床的及び真菌学的寛解が認められた旨が記載されていた。しかし裁判所は、当該試験がオープン試験であり対照群との比較もなく、対象患者数も18名にとどまること、寛解が得られたのは比較的治癒しやすい手指の爪に限られていたことなどを考慮し、チオコナゾールが爪甲内部まで浸透して感染部位に治療効果を及ぼすと当業者が「合理的に期待する」には足りないと判断した(ましてやその知見をKP-103に適用できると考えるには至らないというべきであるとされた)。甲6のような先行文献に一定の効果が示唆されていたとしても、その試験の設計・信頼性・患者層の偏り等が合理的期待を裏付けるに足るかが厳格に問われている。

この判断は、引用発明が医薬用途に効果を有するといえるための「合理的期待基準」の具体的な適用例として、今後の実務に参考となるかもしれない。

近年、医薬用途発明の進歩性判断においては、引用発明におけるデータの有無やその信頼性を重視する傾向が強まっている。以下に紹介する判決はいずれも、「引用発明が医薬用途発明に足るか否か」の判断において、効果の「合理的な期待」の有無よりも、やや硬直的に「実証性」の有無に重きを置いているように思われ、医薬用途発明一般に高度なデータが必須であるかのような印象を与えている。

【参考判決1】

令和5年(行ケ)第10093号・第10094号では、引用発明が医薬用途発明として認定されるためには、予備的試験の結果では不十分であり、当業者が信頼に足るデータによってその有用性を理解・認識できることが必要と明言された(2025.04.07ブログ記事「2025.02.13 「東和薬品・共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 知財高裁令和5年(行ケ)10093・10094 ― 引用発明が医薬用途発明として認定されるためには ―」参照)。

2025.02.13 「東和薬品・共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 知財高裁令和5年(行ケ)10093・10094 ― 引用発明が医薬用途発明として認定されるためには ―
Summaryパーキンソン病治療剤ノウリアスト®(一般名:イストラデフィリン)の医薬用途発明に関する協和キリンの特許についての無効審判請求不成立審決に対する取消訴訟で、知財高裁は、以下のように判断した。まず、知財高裁は、医薬分野において構成から作用・効果を予測することが困難である特性を踏まえ、引用発明が医薬用途発明として認められるためには、当業者がその対象用途における実施可能性を理解し、認識できる...

【参考判決2】

令和5年(行ケ)第10019号では、甲1文献が第Ⅱ相試験のプロトコルに過ぎず、有効性を示す試験データが欠如していたため、当業者がその治療効果を当然に理解することはできないと判断された(2024.10.28ブログ記事「2024.08.07 「科研製薬 v. リジェネロン/サノフィ」 知財高裁令和5年(行ケ)10019 ― 臨床試験結果に基づく医薬用途発明の特許出願のジレンマ:臨床試験プロトコル公開のインパクト ―」(『医薬系特許的判例ブログ年報 2024』 Fubuki著 2025年3月発行, p198-235)参照)。

2024.08.07 「科研製薬 v. リジェネロン/サノフィ」 知財高裁令和5年(行ケ)10019 ― 臨床試験結果に基づく医薬用途発明の特許出願のジレンマ:臨床試験プロトコル公開のインパクト ―
1.はじめにアトピー性皮膚炎治療のための抗インターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体を含有する医薬組成物に関するリジェネロン及びサノフィの特許に対する無効審判請求を不成立とした審決を不服として科研製薬が提起した審決取消訴訟(知財高裁令和5年(行ケ)10019)で、知財高裁は、本件審決の判断に誤りはなく、科研製薬が主張する取消事由(進歩性、サポート要件及び実施可能要件に関する誤り)はいずれも理由が...

【参考判決3】

令和3年(行ケ)第10155号・10157号においても、引用文献の記載が「実証的でない」として進歩性否定の根拠にはならないとされた(2023.02.13ブログ記事「2023.01.12 「東和薬品・共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 令和3年(行ケ)10155, 10157・・・パーキンソン病治療剤ノウリアストの医薬用途発明の特許性 引用文献記載は「実証的でない」と判断」(『医薬系特許的判例ブログ年報 2023』 Fubuki著 2024年5月発行, p28-52)参照)。

2023.01.12 「東和薬品・共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 令和3年(行ケ)10155, 10157・・・パーキンソン病治療剤ノウリアスト®の医薬用途発明の特許性 引用文献記載は「実証的でない」と判断
Summaryパーキンソン病治療剤ノウリアスト®(一般名:イストラデフィリン)の医薬用途発明に係る協和キリンの特許第4376630号についての無効請求不成立審決の取消訴訟で、裁判所は、原告ら(東和薬品、共和薬品工業、日医工)の取消事由(新規性の欠如、進歩性の欠如等)は理由がないとして、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。その判断は、引用文献(発明者らが共著者であった)の考察の記載は試験結果等に...

これらの判決を通じて、医薬用途発明における引用発明の適格性や進歩性判断において、どの程度のデータが必要とされるのかが、今や重要な論点となっている。

特に、医薬品の有効成分に関する物質特許では in vitroデータ程度で物質クレームとともに医薬用途クレームが許可されることも多い一方で、医薬用途自体に主な技術的特徴がある医薬用途発明においては、引用発明にまで臨床試験レベルの裏付けが求められる傾向にあることは、実務上の整合性に疑問を投げかける可能性がある。

しかしながら、「医薬用途発明には常に臨床試験データが必要」あるいは「実証的な結果が不可欠」とする硬直的な運用は妥当とはいえず、発明の性質や技術水準に応じて、当該用途に効果があるとの「合理的な期待」が成立するか否かを、個別具体的に判断することが望ましいと考えられる。

例えば、比較的一般的な医薬用途(例:既知の疾患治療用途×既知の作用機序)であれば、in vitroデータでも引用発明には当該用途への効果があるとの合理的期待が認められ得る。一方、治療部位が特殊であったり、想定される効果が技術常識的に直ちには推測し難い場合(例:本件の「爪白癬」治療用途のようなケース)には、より高いレベルの合理的な裏付け(例:臨床試験データ等)が求められるのが妥当であろう。

本判決は、出願日当時の技術常識及び技術水準を丁寧に分析し、引用発明に当該用途への効果があるとの「合理的期待」が成立するか否かを慎重に検討して、全体として説得力のある結論を導いている。その意味で、本判決は「実証的な結果」の有無に依拠しがちな近時のやや硬直的な判断傾向に対して、「合理的期待」を中核とする判断手法への揺り戻しを示したものと評価することができよう。

(2)本件特許に係る紛争の意義

本件特許(特許第4414623号)は、科研製薬が創製した新規トリアゾール系化合物エフィナコナゾール(efinaconazole)を有効成分とする「クレナフィン®爪外用液10%」を保護するものであり、同剤は2014年7月4日に「爪白癬」を効能・効果として承認された。

本剤の再審査期間(8年間:2014年7月4日~2022年7月3日)は既に終了しており、以降の独占期間は関連する知的財産権の存続期間に依存する状況となっている。

科研製薬は、本件特許以外に、製法、製剤、容器に関する複数の特許権・意匠権を保有しており、いずれも現在有効である。また、製剤等に関するボシュ社の特許権についても実施許諾を受けており、これらに関する権利行使を一任されている(2024.02.19 日刊薬業: 【謹告】エフィナコナゾール(クレナフィン®爪外用液10%)に関する特許権等について)。現在、いずれも無効審判は請求されていない。

【エフィナコナゾール関連の主な知的財産権】

爪白癬治療用途特許(本件特許):

  • 特許第4414623号(満了日:2025年2月17日

製造方法特許:

  • 特許第5852573号(満了日:2031年8月31日)
  • 特許第7203612号(満了日:2038年5月18日)

製剤特許:

  • 特許第5372523号(満了日:2027年12月28日)
  • 特許第6582158号(満了日:2038年10月29日)

容器特許:

  • 特許第6005344号(満了日:2031年7月5日)

ボシュ社が保有する特許権(科研製薬が実施許諾取得):

  • 特許第5623913号(満了日:2028年12月30日)
  • 特許第5872656号(満了日:2028年12月30日)
  • 特許第6516759号(満了日:2034年10月2日)
  • 特許第6774518号(満了日:2034年10月2日)
  • 特許第6611014号(満了日:2034年11月24日)

本件特許に係る特許権の存続期間満了(2025年2月17日)により、後発医薬品参入に係る障壁の一部は解消されたことになる。ただし、製法・製剤・容器に関する上記の特許権群は引き続き存続しており、後発医薬品メーカーにとって一定の参入障壁となり得る。もっとも、これらについて無効審判は現時点で請求されておらず、後発医薬品メーカー側が回避可能と判断している可能性もある。

沢井製薬としては、本件特許を無効化できれば、後発医薬品の承認を取得し、早期に市場参入することを意図していたと考えられる。しかし、本件特許は無効とされることなく存続期間を全うし、2025年2月17日に満了を迎えた。

本件特許の満了を受けて、年2回の後発医薬品承認スケジュールに照らすと、最短で2025年8月に後発医薬品の承認がなされ、同年12月の薬価収載・販売開始が想定される。科研製薬も、2025年3月期決算短信において「次期の業績につきましては、売上高は、・・・『クレナフィン』の特許期間満了の影響等により、全体としては減収を見込んでおります。」と述べている。

「クレナフィン®爪外用液10%」は、2024年度における日本国内売上高が168億6600万円(科研製薬2025年3月期決算補足資料より)に達しており、同社にとって極めて重要な収益源である。したがって、後発医薬品の参入は、科研製薬にとって重大な脅威といえる。

なお、2024年2月に科研製薬の子会社である科研ファルマが「クレナフィン®爪外用液10%」に関して初の後発医薬品(オーソライズド・ジェネリック:AG)の承認を取得していたが、2025年6月13日、薬価基準追補収載に至った。科研製薬としては、他の後発医薬品に先んじてAGを市場投入することで、収益への影響を可能な限り緩和する戦略を採っているとみられる。


アシスタントたち:

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