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2016.03.25 「DKSH・岩城製薬・高田製薬・ポーラファルマ v. 中外製薬」 知財高裁平成27年(ネ)10014

均等侵害を認めた知財高裁大合議(オキサロールの有効成分マキサカルシトールの製造方法): 知財高裁平成27年(ネ)10014

【背景】

「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」に関する特許第3310301号の特許権(出願日1997年9月3日)の共有者である被控訴人(中外製薬)が、控訴人(DKSH)の輸入販売に係るマキサカルシトール原薬、並びに控訴人(岩城製薬、高田製薬及びポーラファルマ)の販売に係る各マキサカルシトール製剤の製造方法は、本件特許の請求項13に係る発明(本件発明)と均等であり、その技術的範囲に属すると主張して、控訴人ら製品の輸入、譲渡等の差止め及び廃棄を求めた事案。

原審(2014.12.24 「中外製薬 v. DKSH」 東京地裁平成25年(ワ)4040)は、控訴人方法が本件発明及び訂正後の特許請求の範囲の請求項13に係る発明と均等であることを認め、また、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断して、被控訴人の請求を全部認容したため、控訴人らが、原判決を不服として、本件控訴をした。

2016年1月15日、知財高裁は、本件控訴審を大合議で審理すると発表した(マキサカルシトール製法特許の均等侵害事件を知財高裁が大合議事件に指定)。

【要旨】

知財高裁大合議は、控訴人方法は本件発明と均等でありその技術的範囲に属するものと認められること、及び控訴人主張の進歩性欠如にも理由がないこと、から本件控訴を棄却した。

特に、均等の成否の判断における、第5要件(特段の事情)の判断基準について、裁判所は以下のように判示した(抜粋)。

「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないから,このような特段の事情がある場合には,例外的に,均等が否定されることとなる(ボールスプライン事件最判参照)。

この点,特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。

なぜなら,①上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとすることとなる。また,②出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。しかし,先願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。

もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。」

控訴人らは以下主張した。

「化学分野の発明では,特許請求の範囲が客観的かつ明瞭な表現で規定されており,第三者にはその範囲以外に権利が拡張されることはないとの信頼が生じるから,当該信頼は保護されるべきである」

しかし、裁判所は下記のとおり控訴人主張を認めなかった。

「均等による権利は,特許請求の範囲の文言上規定された範囲以外であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することができる技術に及び,第三者はこれを予期すべきであり,禁反言の法理に照らし均等の主張が許されないのは,上記特段の事情がある場合に限られるのであって,化学分野の発明であることや,特許請求の範囲が文言上明確であることは,それ自体では「特段の事情」として均等の成立を否定する理由とはなり得ない」

控訴人らは以下主張した。

「出願人は,特許請求の範囲を記載するに際し,トランス体のビタミンD構造を対象としないことを明瞭かつ客観的に意識して出発物質を決定し,積極的にトランス体のビタミンD構造を除外するという意識的な選択をしたものであり,したがって,本件においては,ボールスプライン事件最判がいう「特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情」があり,また,同判決が均等論を認める根拠として示す「あらゆる侵害態様を予測して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難」という,特許権者を特に保護すべき事情は存在しない」

しかし、裁判所は下記のとおり控訴人主張を認めなかった。

「明細書中には,出発物質をトランス体のビタミンD構造とした発明を記載しているとみることができる記載はなく,その他,出願人が,本件特許の出願時に,トランス体のビタミンD構造を,出発物質として,シス体のビタミンD構造に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認めるに足りる証拠はない」

控訴人らは以下主張した。

「二種類の幾何異性体の存在やトランス体のビタミンD構造を出発物質とする合成ルートは周知であったから,出願人が過誤でトランス体のビタミンD構造を出発物質とする合成ルートの存在に気が付かなかったということはない」

しかし、裁判所は下記のとおり控訴人主張を認めなかった。

「出願人が,一般的にシス体の幾何異性体としてトランス体が存在することやトランス体のビタミンD構造を出発物質としてビタミンD誘導体の合成を行う方法があることを知っていたとしても,そのことだけをもって,出願人が,出願時に,出発物質に代替するものとしてトランス体のビタミンD構造を出発物質とすることを認識していたものと客観的,外形的にみて認められるということはできない。

以上によれば,本件においては,出願人が訂正明細書において訂正発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とする発明を記載しているとみることはできず,出願人が出願時に訂正発明の出発物質に代替するものとしてトランス体のビタミンD構造を認識していたものと客観的,外形的にみて認められないから,出願人が特許請求の範囲に「Z」をトランス体のビタミンD構造とする構成を記載しなかったことが,第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。

したがって,控訴人方法について,均等の第5要件における特段の事情は認められない。」

【コメント】

本事件は化学(医薬)分野の発明であり、その特許請求の範囲の構成は化学構造として認識でき、当該発明の技術的範囲に包含されるかどうかは文言上明確に判断できるものであったため、そのような発明であっても均等論が柔軟に適用されるのかどうかが注目されていた。

本判決で注目すべき点は、均等の第5要件における「特段の事情」が認められるかどうかについて、少し踏み込んだ判示をした点にあると思われる。

出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外ということにはならないが、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における「特段の事情」に当たることになる。

例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときは、第5要件における「特段の事情」に当たることになる。

出願人(特許権者)の立場なら、本来、文言侵害で特許侵害訴訟に勝訴できるように特許請求の範囲を検討するのは当然であるが、均等論に頼るような事態までを想定するのであれば、特許請求の範囲との関係を吟味せずに、明細書に何でもかんでも構成を書き込むというようなことは避けるべきかもしれない。出願時の明細書に記載した構成が、特許請求の範囲内の構成となるようになっているかどうか、また、出願時にすでに公表した論文等でその構成がどのように扱われているか、等について、出願の際には細心の注意を払って明細書及び特許請求の範囲の記載を検討していく必要がある。

参考:

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