2019/11/10

2019.10.03 「バクスアルタ v. 中外製薬」 知財高裁平成30年(ネ)10043

機能的表現抗体クレームの技術的範囲の解釈(中外エミシズマブ(ヘムライブラ®)): 知財高裁平成30年(ネ)10043
(原審: 2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475

【背景】

「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権者である控訴人ら(バクスアルタ)が、被控訴人(中外製薬)に対して、血友病A治療薬「ヘムライブラ®」(一般名:エミシズマブ)の製造等の差止・同製品の廃棄を求めた事案。原判決(2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475)は「ヘムライブラ®」が本件各発明の技術的範囲に属しないとして控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らは控訴した。

本件発明1:
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,
抗体または抗体誘導体(ただし,・・・(省略)・・・を除く)。

被控訴人製品(ヘムライブラ®):
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合することで第Ⅷ因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)である。
【要旨】

知財高裁も、原審同様、被控訴人製品は、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)・・・を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められず、すなわち、本件各発明の技術的範囲に属するとは認められない、と判断し、本件控訴を棄却(追加請求も棄却)した。

裁判所は、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断するにあたり、まず、特許請求の範囲の記載が機能的・抽象的な表現にとどまっている場合には、明細書及び図面の記載も参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである旨判示した。
「「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

・・・このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合・・・においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。もっとも,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が理解することができ,実施することができるのであれば,同構成はその技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

その上で、裁判所は、本件明細書に開示された具体的構成に示されている技術について検討し、本件各発明の技術的範囲に属するというためには、凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗FIX又はFIXa抗体であるか、その効果を有する当該抗体を改変した抗体誘導体あること、が必要である旨判示した。
「本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,FIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものではないFIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,このようなモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体がFIXaの凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が理解し,実施できるものとはいえないというべきである。」

そして、裁判所は、「凝血促進活性を実質的に増大させる」の意義について、本件明細書に開示された具体的構成に示されている技術について検討し、「インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味する」という狭いクレーム解釈をすることが相当である旨判示した。
「本件明細書においては,凝血促進活性を図る方法について,2時間のインキュベーション後のFVIIIアッセイにおいて少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比を示すとされている・・・が,色素形成アッセイ以外にも凝固アッセイなどFVIII活性を決定するために使用される全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例2,4,5,実施例11・図18~22,実施例15~18)。このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在しており,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえるものの,本件明細書では,・・・色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度・・・や2程度・・・の場合においては,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていない。本件明細書のこれらの記載・・・を考慮すると,当業者は,本件各発明の範囲に含まれる抗体又はその誘導体は,複数の評価方法のうち,色素形成アッセイ(FVIIIアッセイ)を実施した場合には,少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比(ネガティブコントロールとの比)を示すものが本件各発明の抗体及び抗体誘導体であると理解すると認められるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,色素形成アッセイを実施した場合には,ネガティブコントロールとの比が3を超えることを意味すると認めるのが相当である。

・・・色素形成アッセイの測定方法について,・・・本件明細書の段落【0013】においては,サブサンプリング法を用いつつも,インキュベーション時間を2時間として色素形成アッセイを実施したところ,少なくとも3のバックグラウンドの比を示すものが本件各発明である旨記載されていることになる。・・・本件明細書には,上記のとおり,インキュベーション時間を2時間としたものしか記載されていないのであって,本件明細書においては,インキュベーション時間を仕様書の記載に反してあえて2時間とし,そのときのFXaの産出量をもって,3のネガティブコントロールとの比を評価するときの産出量としているのであるから,当業者は,3のネガティブコントロールとの比を評価するに当たり・・・インキュベーション時間を2時間とする測定を要すると理解すると解される。

以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であり,インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味すると認めるのが相当である。」

裁判所は、上記の通り本件各発明の技術的範囲を明細書の記載等を参酌して狭く解釈をすることによって、提出された証拠の実験結果に基づき、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断した。
「被控訴人製品の本件各発明の属否について・・・証拠・・・及び弁論の全趣旨によると・・・インキュベーション時間を2時間とする実験結果のみが考慮の対象となるところ,Qhomo,Qhomoシミラー及びQhomoシミラー(CHO)(*註)のネガティブコントロールとの比の値は,おおむね3以下であり,最も高くても3.05である。・・・一部に値が3を上回っているものがあるとしても,多くの場合において,値が3を下回っている前記実験結果に基づき,被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。」

(*註)Qhomoは、被控訴人製品のアミノ酸配列に基づき、抗FIXa側H鎖及びL鎖を使用し、HEK細胞を用いて産出したモノスペシフィック抗体、Qhomoシミラーは、被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき、HEK細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXa側H鎖の元配列を有している。)、Qhomoシミラー(CHO)は、被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき、CHO細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXa側H鎖の元配列を有している。)である。

【コメント】

1.本判決の判断枠組み

控訴人らが主張の中で触れている言葉を借りれば、本判決の判断枠組みにおいても、原判決同様に、バイスペシフィック抗体が本件各発明の技術的範囲に含まれるためには、バイスペシフィック抗体に改変される前のFIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗FIX(a)抗体)の時点(被控訴人の主張の中での言葉を借りれば、「仮想的な出発点」であろうか)で「凝血促進活性を増大させる」必要があるとされ、したがって、バイスペシフィック抗体である被控訴人製品の属否は、被控訴人製品の改変元となるモノスペシフィック抗FIX(a)抗体の活性によって決せられることとなった。

裁判所は、本件各発明の技術的範囲に含まれるというために必須の「凝血促進活性を増大させる」という構成を、明細書の記載等を参酌し、「インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味する」と限定的に解釈することによって、提出された証拠の実験結果に基づき、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断した。

2.具体的構成を明らかにしていない機能的に表現された発明の技術的範囲の解釈において、明細書の記載等を参酌して限定的に解釈されてしまうことへ反論することは、特許権者にとって、その範囲が明らかでない(記載要件違反)と判断されてしまう可能性との板挟みとなり得る

裁判所は、「このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在しており,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえる」と認定し、「「凝血促進活性を増大させる」について,当業者は,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであるか否かで判断する」等の被控訴人らの主張に対しても、「本件各発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでないことになる」とも言及していることから、具体的構成を明らかにしていない当該機能的に表現された構成について、明細書の記載等から限定的に(具体的に)解釈するか、そうでなければ発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでない(例えば記載要件違反の無効理由を有する)と判断するしか選択肢はないよということを示したといえる。

3.本判決は、今後、機能的に表現された(抗体)クレームに係る特許発明の技術的範囲の解釈に影響を及ぼすのか

本事件は、「凝血促進活性を実質的に増大させる」という機能的に表現された構成の解釈が問題となり、明細書に「活性を示さない」と位置付けて示されている例が記載されていたため、裁判所がそれを手掛かりにして(具体的に開示された技術思想に基づいて)、「凝血促進活性を実質的に増大させる」程度と「凝血促進活性を実質的に増大させない」程度との境界線を認定して当該発明の技術的範囲を限定的に解釈・確定したものである。

本判決における発明の技術的範囲の解釈内容は、本件明細書において開示された技術思想に基づいて検討された結果固有に導かれたものでがあるが、機能的に表現された(抗体)クレームに係る特許発明の技術的範囲の解釈をするにあたり、明細書中にどの程度のヒントがあれば限定的に解釈される可能性があるのかという点で、今後のベンチマークになるのかもしれない。

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