シオノギ最大の経営課題 「HIV製品パテントクリフ」

2020年6月1日、塩野義製薬は、2028年ごろに訪れるHIV製品の特許切れによる影響(パテントクリフ)を乗り越え、さらなる成長を達成するための戦略として、当初の予定を1年前倒し、新中期経営計画「STS2030」を策定したことを発表しました(2020.06.01 塩野義 press release: 新中期経営計画の策定について; 説明会資料)。塩野義の2030年に成し遂げたいビジョンは、「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」ことです。

2030年 Vision および中期経営計画『STS2030』説明会資料(2020年6月1日)より引用

塩野義最大の経営課題は「HIV製品パテントクリフ(ドルテグラビル・クリフ)」を乗り越えることです。そのドルテグラビル(Dolutegravir)やその含有製品として承認されているHIV感染症治療薬(TIVICAY(テビケイ錠)、TRIUMEQ(トリーメク配合錠)、JULUCA(ジャルカ配合錠)、DOVATO(ドウベイト配合錠))を保護する日米特許ポートフォリオの現状及び「2028年頃」の見立てについてまとめました。

1.塩野義製薬の経営課題

塩野義製薬は、2020年3月19日のR&D説明会資料において、「2028年頃に訪れる“HIV製品パテントクリフ”を乗り越え持続的に成長する」ことが「シオノギ最大の経営課題」であるとしています。

2020年3月19日 塩野義製薬 R&D説明会資料より引用

これは、2028年頃に訪れるドルテグラビルの特許切れに伴うHIVフランチャイズ収益の減少を意味しています。この“HIV製品パテントクリフ”は、「ドルテグラビル・クリフ」とも呼ばれています。

塩野義製薬がブロックバスターのクレストール(高脂血症治療薬)特許満了に伴う「クレストール・クリフ」(ロイヤルティ収入の消失)を乗り越えたヒストリー(塩野義 AstraZeneca Crestorのロイヤリティーの枠組みの契約変更へ(過去記事))がありますが、それを乗り越える原動力となった「ドルテグラビル」が今度は次のクリフに直面することになり、現在は「ドルテグラビル・クリフ」を乗り越えることが最大の経営課題となっています。

2013.12.25 「塩野義 AstraZeneca Crestorのロイヤリティーの枠組みの契約変更へ」
塩野義(Shionogi)は、2013年12月25日の取締役会で、AstraZenecaから塩野義に支払われている高コレステロール血症治療薬Crestor®のロイヤリティーの枠組みを2014年1月1日から変更するための契約を両社間で締結すること等について決議した。新たな枠組みに関する契約の締結後、ロイヤリティーの料率と受取期間は下記のとおり変更される。(i) 2014年から2016年までのロイ...

2.ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬

2020.05.11 塩野義製薬 2019年度決算 記者会見資料より引用

ドルテグラビル(Dolutegravir)は、塩野義製薬とグラクソスミスクライン(GSK)社(後にヴィーブヘルスケア社)の合弁会社により研究開発されたHIVインテグラーゼ阻害剤です。ヴィーブヘルスケア社は、ドルテグラビルを有効成分として含有するHIV感染症の治療薬として、TIVICAY(テビケイ錠)、TRIUMEQ(トリーメク配合錠)、JULUCA(ジャルカ配合錠)、DOVATO(ドウベイト配合錠)の承認を取得しており 、塩野義製薬は、ドルテグラビルの導出先であるヴィーブヘルスケア社からロイヤルティ収入を得ています。

塩野義製薬のHIVフランチャイズにおけるロイヤルティ収入(2019年度は1271億円)は、塩野義売上高全体(2019年度3350億円)の約4割を占めることから、ドルテグラビル・クリフのインパクトは経営上相当なリスクであるといえます 。

また、ヴィーブヘルスケア社の筆頭株主であり、同社を通じてHIV事業を展開しているGSK社のプレスリリース(2020.02.05 GSK press release: 2019 Full year and fourth quarter)によると、ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬の2019年売上は以下のように発表されています 。

Sales of dolutegravir products were £4,633 million, with Triumeq and Tivicay delivering sales of £2,549 million and £1,662 million, respectively. The two-drug regimens, Juluca and Dovato, delivered sales of £422 million in the year with combined growth more than offsetting the decline in the three-drug regimen, Triumeq, as the business transitions to the new portfolio.

(1)TIVICAY(テビケイ錠)

有効成分はドルテグラビルナトリウム。
米国では2013年8月12日、日本では2014年3月24日に承認。

(2)TRIUMEQ(トリーメク配合錠)

有効成分は、ドルテグラビルナトリウム、アバカビル硫酸塩、ラミブジン。
米国では2014年8月22日、日本では2015年3月16日に承認。

(3)JULUCA(ジャルカ配合錠)

有効成分は、ドルテグラビルナトリウム、リルピビリン塩酸塩。
米国では2017年11月21日、日本では2018年11月26日に承認。

(4)DOVATO(ドウベイト配合錠)

有効成分は、ドルテグラビルナトリウム、ラミブジン。
米国では2019年4月8日、日本では2020年1月14日に承認。

3.ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬を保護する特許(米国)

米国において、ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬(TIVICAY、TRIUMEQ、JULUCA、DOVATO)についてOrange Bookに収載されている特許は表1に記載されたとおりです。塩野義製薬及びヴィーブヘルスケア社が共有しているドルテグラビルの物質特許(8,129,385)及び結晶特許(9,242,986)が、上記4つのHIV製品を、それぞれ2027年10月及び2029年12月まで保護しています 。この結晶特許を巡るジェネリックメーカーとの攻防が、少しでもジェネリックの参入を遅らせるために重要になってくるのかもしれません。

Patent No.TIVICAYTRIUMEQJULUCADOVATO
8,129,385
Compound (Dolutegravir)
2027.10.052027.10.052027.10.052027.10.05
9,242,986
Crystal form (Dolutegravir)
2029.12.082029.12.082029.12.082029.12.08
10,426,780
Combination
(Dolutegravir/Rilpibirine)
2031.01.24
6,838,464
Compound (Rilpibirine)
2021.02.26
7,125,879
Compound (Rilpibirine)
2025.04.21
8,080,551
Compound (Rilpibirine)
2023.04.11
8,101,629
Tablet (Rilpibirine)
2022.08.09
Exclusive Data Expiration2020.11.21
for use with
Rilpibirine
Expired2020.11.212022.04.08
表1 ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬のOrange Book収載情報(2020.06.26調べ)

4.ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬を保護する特許(日本)

J-PlatPatにより、ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬(テビケイ錠、トリーメク配合錠、ジャルカ配合錠、ドウベイト配合錠)を保護する日本特許として7件の特許とそれら特許権の存続期間延長登録出願の存在がわかります(表2)

特許番号テビケイ錠トリーメク配合錠ジャルカ配合錠ドウベイト配合錠
5086478
ドルテグラビル・Na塩の物質
延長2014-700138
2029.12.8+1y6m9d
=~2031.6.17
延長2015-700102
2029.12.8+2y6m1d
=~2032.6.9
延長2019-700029
(審査中)
2029.12.8+5y?
=~2034.12.8?
延長出願?
2029.12.8+5y?
=~2034.12.8?
4295353
ドルテグラビルの物質
延長2014-700137
2026.4.28+4y11m6d
=~2031.4.3
延長2015-700101
2026.4.28+5y
=~2031.4.28
延長2019-700028
(審査中)
2026.4.28+5y?
=~2031.4.28?
延長出願?
2026.4.28+5y?
=~2031.4.28?
3150711
アバカビル硫酸塩の物質
延長2015-700100
2018.5.14+5y
=~2023.5.14
2954357
アバカビル及びラミブジン含有組成物
延長2015-700099
2016.3.28+5y
=~2021.3.28
4838396
リルピビリンの物質
延長2019-700026
(審査中)
2022.8.9+5y?
=~2027.8.9?
4912309
リルピビリン・HCl含有固体組成物
延長2019-700027
(審査中)
2025.9.2+5y?
=~2029.9.2?
4822707
リルピビリンの製法
延長2019-700025
(審査中)
2023.8.7+5y?
=~2028.8.7?
再審査期間2014.3.24~2024.3.232015.3.16~2024.3.232018.11.26~2024.11.262020.1.14~2026.1.14
表2 ドルテグラビルを含有するHIV感染症治療薬を保護する日本特許と存続期間満了日(J-PlatPat特許・実用新案検索にて、「検索キーワード(延長登録出願情報)」を「ドルテグラビル」で入力/検索日2020.06.26)

5.ジェネリックメーカーとの特許侵害訴訟(米国)

塩野義製薬の有価証券報告書(第155期(2020年3月期) 2020.06.24提出)によると、塩野義製薬は、米国においてドルテグラビルを含有するHIV製品の後発品申請(ANDA)を行ったジェネリックメーカー各社に対し、ヴィーブヘルスケア社と共同で、塩野義製薬が保有するドルテグラビルの結晶の特許権等に基づき、上記ANDAに基づくFDA承認の有効日が結晶特許等満了日より早くならないこと等を求める特許権侵害訴訟を連邦地方裁判所に提起しています(表3)。

ProductGeneric ManufacturerPatent No.CourtFiled
TIVICAYLupin Limited、Cipla Limited、Dr. Reddy’s Laboratories, Inc.、Mylan Pharmaceuticals Inc.、Apotex Incなど9,242,986
Crystal form (Dolutegravir)
デラウエア州地区連邦地裁及びその他の連邦地裁2017年11月
TRIUMEQCipla Limited、Dr. Reddy’s Laboratories, Inc.、Sandoz Inc.、LEK Pharmaceuticals D.D.、Apotex Inc.など9,242,986
Crystal form (Dolutegravir)
デラウエア州地区連邦地裁及びその他の連邦地裁2017年11~12月
DOVATOCipla Limited9,242,986
Crystal form (Dolutegravir)
デラウエア州地区連邦地裁2019年11月
JULUCALupin Limited9,242,986
Crystal form (Dolutegravir)

10,426,780
Combination
(Dolutegravir/Rilpibirine)
デラウエア州地区連邦地裁2020年2月
表3 塩野義製薬が米国で提起しているドルテグラビル含有HIV製品のANDA訴訟

結晶特許が無効にされたら、物質特許が満了する2027年10月にTIVICAY、TRIUMEQ、DOVATOのジェネリックが米国市場に入って来るね・・・

6.ギリアド社とのHIV薬を巡る覇権争い

GSK社及びギリアド社発表のFULL YEAR RESULTSより編集
※BiktarvyはUSドルベース

塩野義製薬は、2018年2月7日、米国においてドルテグラビルと同じHIVインテグラーゼ阻害剤であるビクテグラビル(Bictegravir)を有効成分として含む配合剤(米国製品名:Biktarvy)の承認を取得したギリアド社に対して、ヴィーブヘルスケア社と共同で、塩野義製薬が保有するドルテグラビルの物質の米国特許権(8,129,385)に基づき、米国のデラウエア州地区連邦地方裁判所に特許権侵害を提起しました(以下の過去記事「塩野義資本参加のViiVがGileadの抗HIV薬を特許侵害で提訴」参照。)

塩野義資本参加のViiVがGileadの抗HIV薬を特許侵害で提訴
2018年2月8日付の塩野義製薬のプレスリリースによると、塩野義製薬がGlaxoSmithKline社およびPfizer社とともに資本参加しているViiV社が、米国およびカナダにおけるGilead社のHIVインテグラ―ゼ阻害薬bictegravirに対する特許権侵害訴訟を提起したとのことです。米国では米国特許No.8,129,385に基づいてデラウエア地区連邦地裁に、カナダではカナダ特許No.2,...

ギリアド社の2020年5月6日付SEC Filing 10-Q(Quarterly report which provides a continuing view of a company’s financial position)によると、ギリアド社は、「ビクテグラビルはドルテグラビルとは構造的に異なり、ビクテグラビルは米国特許8,129,385の請求の範囲を侵害しておらず、またその範囲は無効である」と主張しています。米国での訴訟公判期日は2020年9月に設定されたようです。

米国以外では以下の国で訴訟が進行しているようです。

カナダ: 塩野義製薬は、2018年2月7日、カナダにおいてビクテグラビルを含む配合剤の承認取得を進めているギリアド社に対して、ヴィーブヘルスケア社と共同で塩野義製薬が保有するドルテグラビルの物質の特許権(カナダ特許番号2,606,282)に基づき、カナダの連邦裁判所に特許権侵害訴訟を提起しました。2020年4月に、裁判所はギリアド社のビクテグラビルは特許を侵害していないと判断したようです。

フランス、ドイツ、アイルランド、英国: 2019年11月及び12月にドルテグラビルの物質の各国特許権(欧州特許番号3045206)に基づき、特許侵害訴訟が提起されています。

オーストラリア(特許番号2006239177)、韓国(特許番号1848819及び1363875)、そして日本(特許番号4295353)においても特許侵害訴訟が提起されているようです。なお、日本特許4295353において、2019年12月12日に訂正審判の請求(訂正2019-390124)がなされましたが、訂正拒絶理由通知を受け、2020年4月に請求を取下げています。

7.2028年頃に訪れるというHIV製品パテントクリフ(ドルテグラビル・クリフ)の見立て

(1)米国の状況

米国で係争中のTIVICAY、TRIUMEQ、DOVATO、JULUCAのANDA訴訟では、ドルテグラビルの物質特許(8,129,385)ではなく、ドルテグラビルの結晶特許(9,242,986)の有効性が争われているようです。

ドルテグラビルの物質特許により2027年10月までは各HIV製品は保護されますが、訴訟の行方によっては、ドルテグラビの結晶特許(9,242,986)が有効と判断されてその存続期間である2029年12月までTIVICAY、TRIUMEQ、DOVATO、JULUCAのジェネリックは販売されないか、無効と判断されて物質特許が満了してからジェネリックが販売されるか、和解によりその中間地点での販売となるか、注目されます。

また、そもそもドルテグラビの結晶特許(9,242,986)を侵害しない結晶形をもつドルテグラビルを含有するジェネリックを申請したジェネリックメーカーが存在しているかもしれず、そのようなメーカーがいたとしたら物質特許満了後に販売を開始するかもしれません。

いずれにしても、多数のジェネリックメーカーがTIVICAY及びTRIUMEQのANDAを提出していることから、塩野義製薬が、「2028年頃に訪れる“HIV製品パテントクリフ”を乗り越え持続的に成長する」ことが「シオノギ最大の経営課題」であると発表しているように、ドルテグラビルの物質特許満了後(2027年10月)か結晶特許満了後(2029年12月)にそのクリフがやって来ることは間違いなく、それを乗り越えるための収益が期待できる次世代成長ドライバーが強く求められています。

(2)日本の状況

日本では、ドルテグラビルの物質特許及びドルテグラビル・Na塩の物質特許は、テビケイ錠の承認に基づいてそれぞれ2031年4月及び6月まで延長され、トリーメク配合錠の承認に基づいてそれぞれ2031年4月及び2032年6月まで延長されています。また、ジャルカ配合錠やドウベイト配合錠の承認に基づくそれら特許の存続期間はさらに延長されそうです。

しかし、2031年4月及び6月までの延長された特許存続期間が満了した後、テビケイ錠(ドルテグラビル)のジェネリックが販売されれば、テビケイ錠のジェネリックとザイアジェン錠(アバカビル)、エピビル錠(ラミブジン)若しくはエジュラント錠(リルピビリン)、又はその時には承認されているかもしれないそれらのジェネリックとの組み合わせや、或いは、テビケイ錠のジェネリックとエプジコム配合錠(アバカビル+ラミブジン)若しくはそのジェネリックであるラバミコム配合錠「アメル」(アバカビル+ラミブジン)との組み合わせの処方が可能となり、テビケイ錠だけでなく、トリーメク配合錠、ジャルカ配合錠及びドウベイト配合錠のプレゼンスも落ちることになることが容易に想像できます。

日本におけるドルテグラビル・クリフは2031年末頃には訪れると考えられることから、日本でのHIVフランチャイズのロイヤルティ収入は2032年度以降に大きな影響を受けることになると思われます。

特許権は必ず終わりが来ます。塩野義が新中期経営計画で策定したとおりの新しい姿に「transform」することを期待しています!

「クレストール・クリフ」を乗り越えて収益が伸長する一方で、従業員には自信の裏に気の緩みが現れてきました。実態は「クレストール」によるロイヤリティーからドルテグラビルを成分に含むHIVフランチャイズによるロイヤリティーに変わっただけであり、ベースのビジネスが強くなったわけではないにもかかわらず、自力で「クレストール・クリフ」を乗り越えて利益を伸ばしたとの慢心が生まれてきたのです。・・・現在、現中期経営計画の総仕上げの時期に入り、計画の達成と2020年以降のさらなる成長、特に2028年に訪れる「ドルテグラビル・クリフ」に向けて全従業員が危機意識を共有し、一丸となってその克服に取り組んでいます。

2019.09.30 塩野義製薬 統合報告書2019 (2019年3月期) page 5

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