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裁定制度の運用要領および特許法施行規則の改正、省令公布・施行へ ― 特許庁が意見募集結果と考え方を公表

2025年5月30日、特許庁は、裁定制度の円滑な運用を目的とした「裁定制度の運用要領」改正案および審議の効率化等を図るための「特許法施行規則(昭和35年通商産業省令第10号)の一部を改正する省令案」に対する意見募集(パブリック・コメント)の結果と、それに対する特許庁の考え方を取りまとめ、公表しました。そして、これらの意見を踏まえ両改正は同日施行されました。

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1.背景と改正の趣旨

今回の改正は、裁定請求に関与する当事者にとっての予見可能性を高め、工業所有権審議会における審議の効率化を図ることを目的としています。特に、2021-1号裁定請求事案(自家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞の製造等をめぐるビジョンケア・ヘリオス・住友ファーマ間の和解事案)(2024.07.02ブログ記事「公共の利益のための通常実施権を設定すべき旨の裁定請求 ⾃家iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の製造等に関してビジョンケア、ヘリオス、住友ファーマらが和解 ― 強制実施権設定の在り方と浮かび上がった課題 ―」参照)における審議内容を踏まえ、

  • 「協議が成立せず、又は協議をすることができないとき」とする事前協議要件の明確化
  • 「公共の利益のために特に必要であるとき」要件の具体化
  • 裁定請求書のフォーマット見直し

といった制度上の課題が工業所有権審議会発明実施部会(第23回及び第24回)で検討され(2025.02.18ブログ記事「裁定制度運用要領を改正へ 特許庁、事前協議要件や「公共の利益のために特に必要であるとき」要件の明確化で議論」参照)、今回の改正案に反映されました。

裁定制度運用要領を改正へ 特許庁、事前協議要件や「公共の利益のために特に必要であるとき」要件の明確化で議論
特許庁が主催した工業所有権審議会第23回発明実施部会(2024年12月24日開催)では、27年ぶりに裁定制度の運用要領の改正案が審議されました。その際に使用された配布資料や議事録は、特許庁のウェブサイトで公開されています。本審議は、現行制度の課題を踏まえ、初の裁定請求事例である2021-1号事案(2024年7月2日公開のブログ記事「公共の利益のための通常実施権を設定すべき旨の裁定請求 ⾃家iPS細...
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2.提出意見と特許庁の考え方

「裁定制度の運用要領」改正案に対しては5件、「特許法施行規則の一部を改正する省令案」に対しては1件の意見が提出され、すべてに対して特許庁の考え方が示されています。

(参照:特許庁ホームページ)

筆者自身も「裁定制度の運用要領」改正案に対して意見(通し番号1)を提出しており(2025.03.05ブログ記事「裁定制度の適正運用に向けた改正案、特許庁が意見募集を開始」参照)、特許庁からは以下のような丁寧な回答をいただきました。

「令和7年2月19日に開催された、工業所有権審議会第24回発明実施部会資料2にあるとおり、「国民の生命・・・等国民生活に直接関係する分野で特に必要である場合」としては、人の生死に関わるような事案の場合に限定されるものではなく、国民の身体における重大な利益に関する分野についても対象となると考えられます。」

裁定制度の適正運用に向けた改正案、特許庁が意見募集を開始
2025年3月5日、特許庁は、裁定制度の円滑な運用を目的として策定された「裁定制度の運用要領」の改正案及び裁定に係る審議の効率化等を図るための特許法施行規則(昭和35年通商産業省令第10号)の一部を改正する省令案について、意見募集(パブリック・コメント)を開始しました。今回の改正は、裁定に関与する当事者の予見可能性を向上させるとともに、工業所有権審議会における審議の効率化を図ることを目的としていま...
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3.省令の公布・施行とその内容

これらの意見を踏まえ、2025年5月30日、「特許法施行規則の一部を改正する省令」(令和7年5月30日経済産業省令第48号)が公布・施行されました(2025.05.30 特許庁ホームページ: 特許法施行規則の一部を改正する省令(令和7年5月30日経済産業省令第48号))。

改正の概要

特許法、実用新案法及び意匠法の規定により裁定を請求する者は、特許法施行規則の様式により作成した裁定請求書を提出しなければなりません。当該様式には裁定請求に至るまでの協議の経過を記載する欄を設けているところ、その備考において、以下2点を協議の経過に係る具体的な記載事項として追加します。

(1)知的財産権に関する紛争解決手段として、裁判外紛争解決手続(以下「ADR」という。)が注目されているところ、通常実施権の許諾を求める他者は、協議が不成立に終わった場合であっても、直ちに裁定の請求を行うのではなく、まずはADRによる解決を試みることが考えられます。この場合において、具体的な争点や判断材料が明確化し、裁定の審議を効率化する観点から、ADRの経過及び結果についても新たに裁定請求書への記載を求めることとします。

(2)世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書一Cの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下「TRIPS協定」という。)第31条(b)第1文では、「他の使用は、他の使用に先立ち、使用者となろうとする者が合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾を得る努力を行って、合理的な期間内にその努力が成功しなかった場合に限り、認めることができる」という旨が規定されています。そこで、裁定に係る審議を円滑に進める観点から、裁定請求がTRIPS協定第31条(b)第1文の要件を満たしていることを明確化するため、特許権者に提示した当該条件を協議の経過として裁定請求書に記載することを新たに求めることとします。

(出典: 2025.05.30 特許庁ホームページ: 特許法施行規則の一部を改正する省令(令和7年5月30日経済産業省令第48号)

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4.裁定制度の運用要領も同日改正

さらに、「裁定制度の運用要領」も同日に改正されました(特許庁ホームページ: 工業所有権審議会について裁定制度の運用要領(昭和50年12月1日決定、令和7年5月30日改正))。

「協議が成立せず、又は協議をすることができないとき」とする事前協議要件に関しては、「当事者同士の直接の協議の不成立の他に、その後の裁定の請求を前提とした代替的な紛争解決手続(ADR)を利用したが和解に至らなかった場合等が考えられる。」との具体的事例が明確化されています。

また、公共の利益のため「特に必要である」か否かを検討するにあたっては、例えば以下の事項を考慮することが考えられると具体化されています。

(i) 特許権者等によっては十分に満たされない需要に対応する必要があること。
(ii) 同等の公共の利益を速やかかつ適切に確保できる代替技術が存在しないこと。
(iii) 請求人が裁定の請求に係る特許発明を利用した事業を速やかかつ適切に実施でき、公共の利益を確保できること。(なお、特許発明を利用した事業の実施が他の法令等に基づく許認可等の対象であり、審議時の技術的な水準に照らして、当該他の法令等上必要となる行政機関の許認可等の要件に関する明白な疑義が認められる場合は、これに該当しない。)
(iv) 裁定が被請求人に与える影響を考慮してもなお公共の利益を確保すべきであること。

Fubuki
Fubuki

裁定請求は頻繁に生じる手続ではありませんが、今回の制度改正により、関係者の予見可能性が高まり、審議の効率化が図られることを期待します。

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