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2013.07.11 「田辺三菱・宇部興産 v. 遼東化学」 知財高裁平成24年(行ケ)10297

ベポタスチン製剤(タリオン錠)発明の進歩性: 知財高裁平成24年(行ケ)10297

【背景】

田辺三菱・宇部興産(原告ら)が保有する「経口投与製剤」に関する特許(3909998号)に対する遼東化学(被告)の特許無効審判の請求において、特許庁が特許を無効とした審決(無効2011-800177号)に対して、原告が審決の取消しを求めた事案。争点は進歩性。

請求項1(本件発明1):

ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,マンニトール,白糖,乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤,並びにポリエチレングリコールを配合した経口投与用固形製剤。

引用発明1:

ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,添加剤を配合した経口投与用医薬組成物

一致点:

ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,添加剤を配合した経口投与用医薬組成物

相違点1:

本件発明1の医薬組成物は「経口投与用固形製剤」であるのに対し,引用発明1の医薬組成物は,経口投与用であるが「固形製剤」であるとの記載はない点

相違点2:

本件発明1の医薬組成物は,添加剤として「マンニトール,白糖,乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤,並びにポリエチレングリコール」を配合しているのに対し,引用発明1では,添加剤を具体的に特定していない点

【要旨】

主 文

原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。

裁判所の判断(抜粋)

(1) 相違点1に係る判断について

錠剤,顆粒剤,カプセル剤等の固形製剤は,本件審決も汎用性が高いと指摘するとおり,経口で投与される薬剤の一般的な剤形であるから,引用例1に経口投与用の医薬が開示されていれば,当業者は,この医薬の剤形として,錠剤,顆粒剤,カプセル剤等の固形製剤を直ちに想定するものである。

化合物の薬理的特性を明らかにするために行われる薬理試験において,便宜上,試験物質を溶液又は懸濁液として投与したからといって,当業者が,医薬の剤形として一般的な固形製剤を想定することが妨げられるものではない。
よって,原告らの上記主張は,採用することができない。

(2) 相違点2に係る判断について

引用例1は,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩が吸湿性の少ない結晶であることを見いだし,医薬品として適した性質を有することを開示しているから,引用例1の記載から,水分が医薬品の物理化学的安定性に問題を生じる原因であると理解した当業者であれば,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩を製剤化しようとする場合にも,水分がベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の製剤の物理化学的安定性に悪影響を及ぼさないように,水分の影響を排除しようと試みるものというべきである。

そして,水分による原薬に対する悪影響を回避するために,水分含有量の低い添加剤を加えることは,当業者が通常選択する手段の1つであるというべきであるから,引用例1には,水分による原薬に対する悪影響を回避するためにこのような添加剤を加えることについて,動機付けが認められる。

また,添加剤配合後の安定性を調査する際に何らかの試行錯誤が必要となることは,むしろ当然であり,水分による悪影響を解決できる添加剤の事例が存在した場合,当業者は,この添加剤があらゆる原薬に対してその効果を発揮するものではないことを前提とした上で,当該添加剤を原薬に適用した場合に効果を発揮しないことが明らかでない限り,まず,当該公知の添加剤を水分による悪影響が予測できる原薬に使用することを試みるものというべきである。

引用例2及び3は,イミダプリル又はビソプロロールを含有する製剤に特定の添加剤を加えることによって,製剤の吸湿水分により引き起こされる原薬の加水分解を抑制し,保存安定性に優れた製剤を得られることが記載されているということができる。

当業者が引用発明1に引用発明2又は3を適用することについては,引用発明1ないし3が原薬の安定性に対する水分による悪影響の回避という共通の課題を有する以上,当該悪影響の詳細や作用機序が明らかではなかったとしても,十分動機付けが存在するものと認めることができる。

(3) 本件発明の効果について

引用例1ないし3には,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,マンニトール,及び/又は乳糖並びにポリエチレングリコールを組み合わせた添加剤を使用して製剤化することによって,原薬であるベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれる可能性があることを示唆する記載はないから,上記製剤化によって得られた製剤も,引用発明2及び3と同様に,安定性を有しているものと推測される。
したがって,本件発明が,引用例1ないし3からは予測し得ない効果を奏するものということはできない。

原告らは,引用例1には,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩が単独で存在する場合の安定性しか開示されていないところ,原薬の状態では安定であっても,製剤化により原薬が不安定になる場合もあるから,原薬の安定性から製剤化された際の安定性を予測することはできない,医薬品の開発では,一般に,原薬としては安定な化合物を選択するが,添加剤とともに製剤化した場合に安定性の問題が生じ得るため,医薬製剤における安定性については,異なる処方による製剤と比較する必要があるから,引用例1の記載に基づき,本件発明の効果が予測し得たということはできないなどと主張する。

しかしながら,製剤化により原薬が不安定になる場合があり得るとしても,その頻度は不明であるし,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸に上記各添加剤を配合して固形製剤を製造した場合,原薬が不安定になるという合理的な根拠は示されていないから,原薬が不安定になる場合があり得るという抽象的な可能性のみに基づいて,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれるということはできない。同様に,医薬品の製造において,異なる処方による製剤と比較する必要があることをもって,上記製剤化において,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれると直ちにいうことはできない。

【コメント】

(1) 相違点1に係る判断について

本件発明1が「固形製剤」である点を原告らは主張はしたものの、審決の判断を崩せなかった(おそらく駄目元での主張だろう)。従属クレームでも、「錠剤」、さらには「フィルムコーティング層を有する」、「コーティング層の皮膜率」などで限定してはいたが、それらも周知慣用の技術であり、このような技術を用いることに格別の創意工夫を要するものではないと判断された。実際、本件明細書には、それらに限定したことによってさらに何らかの効果を示す試験結果の記載はなかった。

(2) 相違点2に係る判断について

当業者であれば課題を解決しようと試みるだろうといえる記載が主引例にあって、副引例にも共通の課題とその解決手段が記載されている場合には、主引例に記載された課題解決のために当業者が通常選択する手段の1つとして副引例の技術手段を試みるということについて、十分動機付けが存在する。裁判所は、動機付けについて、「当該技術手段を適用した場合に効果を発揮しないことが明らかでない限りは」との留保を加えているが、これはいわゆる阻害要因の存在如何によっては動機付けは成立しない場合もあるということだろう。

しかし、本件判決文からすると、引例を組み合わせる動機付けを否定するための阻害要因の主張が認められるハードルは高そうである。「化学構造が異なれば,性質等も異なる」とか、「他の原薬では失敗した」との主張だけでは足りない。当業者において本願発明にとっての課題解決にその技術手段を試みることが困難であると合理的に推測することが可能であるなどの事情が存在することを主張する必要がある。

(3) 本件発明の効果について

発明の効果に関して明細書に記載されているのは、下記のような文言のみであり、比較例の記載は一切ないため、本件発明がどの程度に顕著な効果を有するのかは把握することはできないものだった。

本発明の経口投与用固形製剤を、40℃、瓶密栓(乾燥剤なし)で、6カ月間保存し、ベポタスチン対掌体の増加量をキラルな高速液体クロマトグラフィー法(充填剤:信和化工ULTRON ES-OVM)で測定した結果、本発明の製剤中でのベポタスチン対掌体の増加量は、いずれも0.4%以下であった。この結果より、本発明の固形製剤においては、ベポタスチンのラセミ化はごくわずかであり、ベポタスチンが安定に長期間保存され、変性しないことが確認された(【0028】)。

また、本発明の経口投与用固形製剤のうち、錠剤については製造時の摩損率を打錠時の原料と打錠後の錠剤の重量差から算出したところ、1%未満であり、スティッキング、キャッピング等の打錠障害の発生率が低いことと併せ、本発明の固形製剤は、良好な製造効率で調製することができることも確認された(【0029】)。

本発明の経口投与用固形製剤は、ベポタスチンのラセミ化がごくわずかであり、ベポタスタチンが安定に長期間保存され、変性せず、更に良好な製造効率で調製することができるという効果を有する(【0046】)。

たとえ他の添加剤と比較して安定性が優れていると主張したとしても、裁判所は、そもそも製剤化によって得られた製剤は引用発明2及び3と同様に安定性を有しているものと推測されるとしており、本件発明が予測し得ない効果を奏するものと主張するのはかなり難しいといえるだろう。各添加剤の配合比率等を限定することで、他の比率に比べて顕著な効果を示すといった逃げ道があれば、従属クレームで何とか踏ん張ることができたのかもしれない。

参考:

タリオン錠の組成中の添加物は、ステアリン酸マグネシウム、セルロース、タルク、ヒプロメロース、マクロゴール、D-マンニトールである。

タリオン錠(有効成分: ベシル酸ベポタスチン(bepotastine besilate)): 宇部興産ならびに田辺三菱の共同研究により創成された抗アレルギー剤。国内において2000年7月に効能・効果をアレルギー性鼻炎としてタリオン錠(普通錠)が承認された。また、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う掻痒(湿疹・皮膚炎,痒疹,皮膚掻痒症)の効能・効果については2002年1月に承認された。

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