2020/02/29

2020.02.25 「ブロード研究所・MIT・ハーバード大学 v. 特許庁長官」 知財高裁平成31年(行ケ)10010

ブロード研究所によるCrispr/Cas9に関する発明: 知財高裁平成31年(行ケ)10010

「配列操作のための系,方法および最適化ガイド組成物のエンジニアリング」に関する特許出願(特願2016-117740; 特開2016-165307)の特許法29条の2及び29条2項により拒絶とした審決(不服2017-13795号)の取消訴訟。知財高裁は、本願発明は引用発明1(引用例1: PCT/US2013/073307号に記載の発明。出願人はシグマ-アルドリッチ。)と同一であるから特許法29条の2により特許を受けることはできないと判断し、原告の請求を棄却した。

裁判所による本願発明と引用発明1との対比判断は下記表のとおり。
本願発明の構成要件
引用発明1
判断
A
エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって,
天然に存在するII型CRISPR/Casシステム由来のCas9タンパク質に,核局在化シグナルを含むなどの改変を行い,エンジニアリングされた,天然に存在しないCas9タンパク質を用いるベクター系であって,
一致
B-a
ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする,第1の調節エレメント,
(ii)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列」,
一致
B-b
II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント,
(i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列」,
一致
B-c
組換えテンプレート
(iii)少なくとも1つのドナーポリヌクレオチド」,
一致
C
を含む1つ以上のベクターを含み,
「を含むベクター」を含み,
一致
D
成分 a),b)及びc)が,前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し,
(i)(iii)のベクターを,異なるベクターとする態様のほかに,同じベクターとする
一致
E
前記系が,前記Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り)(NLS(複数の場合も有り))をさらに含み,
少なくとも1つの核局在化シグナルを含み,その核局在化シグナルは,Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現されるものである
一致
F
それによって,前記ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し,それによって,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変される,
「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」,
一致
G
CRISPR-Casベクター系。
CRISPR-Casベクター系。
一致

原告らは、引用例1は、標的部位の配列の改変がされたことにつき実験データの裏付けがなく、CRISPR-Cas9システムを真核生物用途に適応することができたとする合理的根拠を示していないとして、下記点を主張した。
    ①引用発明1には、本願発明の機能である「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが含まれていないから、本願発明と引用発明1が実質的に同一であるとはいえない。
    ②引用例1に開示された系は、本願発明の課題を解決することができないものであるから、特許法29条の2の後願排除効を有しているとはいえない。
しかし、裁判所は、以下の通り、原告らの主張は理由がないと判断した。

主張①について
「引用例1には,「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが,形式的な記載だけでなく,実体を伴って記載されていたというべきであり,引用発明1のベクター系も,上記機能を含むものとして開示されていると理解することができる。」
主張②について
「特許法29条の2・・・の趣旨は,先願明細書等に記載されている発明は,特許請求の範囲以外の記載であっても,出願公開等により一般にその内容は公表されるので,たとえ先願が出願公開等をされる前に出願された後願であっても,その内容が先願と同一内容の発明である以上,さらに出願公開等をしても,新しい技術をなんら公開するものではなく,このような発明に特許権を与えることは,新しい発明の公表の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でない,というものである。
同条にいう先願明細書等に記載された「発明」とは,先願明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい,記載されているに等しい事項とは,出願時における技術常識を参酌することにより,記載されている事項から導き出せるものをいうものと解される。
したがって,特に先願明細書等に記載がなくても,先願発明を理解するに当たって,当業者の有する技術常識を参酌して先願の発明を認定することができる一方,抽象的であり,あるいは当業者の有する技術常識を参酌してもなお技術内容の開示が不十分であるような発明は,ここでいう「発明」には該当せず,同条の定める後願を排除する効果を有しない。そして,ここで求められる技術内容の開示の程度は,当業者が,先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度に記載されていれば足りるというべきである。
これを本件についてみると,・・・引用例1には,当業者が,先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度の記載があるといえるから,「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」機能の部分も含めて,後願を排除するに足りる程度の技術が公開されていたものと認めるのが相当である。」

【コメント】

特許法29条の2にいう「先願明細書等に記載された発明」とは、
  • 先願明細書等に記載されている事項(そこに示されていること及びそれが実施可能であることを当業者が理解し得る程度に記載されていれば足りる)、及び
  • 記載されているに等しい事項(出願時における技術常識を参酌することにより、当業者が前記事項から導き出せるもの)
から把握される発明をいうものと解される。原告らは、先願明細書の記載が特許法29条の2における後願排除効を有していないことについて、先願明細書に記載された実験データの矛盾等を突いたが、裁判所は認めなかった。近年の裁判例では、引用発明としての適格性自体を真っ向から否定した判決は少ないようである(原告らの主張で引用: 東京高裁平成13年4月25日判決・平成10年(行ケ)401)。本ブログの過去の記事で取り上げた判決としては、新規性・進歩性における引用発明に関して2015.08.20 「サントリー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)101822017.02.28 「ザ・ヘンリー・エム・ジャクソン・ファンデイション v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10107くらいであり、2016.03.08 「キュアバック v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10043は引例適格性を肯定。特許法29条の2の先願明細書記載程度について判断した判決となると、化学物質の発明についてではあるが2009.11.11 「保土谷化学工業 v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10483がある。


ところで、発明の名称を「遺伝子産物の発現を変更するためのCRISPR-Cas系および方法」とする別の特許出願(特願2016-128599)の拒絶審決取消訴訟も同日付で判決が言渡されたており、こちらは特許法29条の2及び29条2項を理由に拒絶とした審決を取り消した(2020.02.25 「ブロード研究所・MIT v. 特許庁長官」 知財高裁平成31年(行ケ)10011)。

【周辺情報】

(1) 本願(特願2016-117740)の原出願(特願2015-547573; PCT/US2013/074819)から派生した日本における出願・特許ファミリーのうち、登録されている日本特許ファミリーは、現時点で下記3件。

(2) Broad Institute websiteよりpatent/licensingの情報:
(3) 引用例1(PCT/US2013/073307(WO2014/089290))に対応する、発明の名称を「CRISPRに基づくゲノム修飾および制御」とする特許出願(特願2015-545838; 特表2016-502840)は、特許として登録されている(特許6620018号)。特許権者はシグマ-アルドリッチ。


1 件のコメント:

Fubuki さんのコメント...

PCT/US2013/074819(WO2014/093712)ファミリーであるEP2771468:
2020.01.21 JETRO デュッセルドルフ事務所 欧州特許庁審判部、CRISPRゲノム編集技術に関する事件(優先権の主張の有効性に関するもの)における決定を公表
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2020/20200121.pdf

EPO website: Decision in case T 844/18 on the CRISPR gene editing technology
https://www.epo.org/law-practice/case-law-appeals/communications/2020/20200117.html