中外製薬の知的財産活動の景色(2019)

中外製薬のアニュアルレポート2019(2020年3月30日統合報告書)には、2019年の知的財産活動のほか、中期経営計画「IBI 21」(2019~2021年)における知的財産のポイント、SWOT分析、知的財産機能の特徴、主な取り組みと進捗が掲載されています(p76-77, 88)。本記事では、2019年の中外製薬の知的財産活動の景色をアニュアルレポート2019や他の公表情報・過去記事で振り返ります。

知的財産 中期経営計画「IBI 21」のポイント

• 競合データベースの構築と同データベースを活用した自社権利活用機会の探索
• 抗体エンジニアリング技術特許のライセンスなどを通じた活用
• 対バイオシミラーおよび後発品シナリオの策定と実行

中外製薬のアニュアルレポート2019(p88)

1.抗体エンジニアリング技術と知的財産活動

中外製薬は、第一世代のバイスペシフィック抗体である「ヘムライブラ」の上市の成功に続いて、次世代のバイスペシフィック抗体技術、リサイクリング抗体技術、スイーピング抗体技術、スイッチ抗体技術といった新規抗体エンジニアリング技術を活用した創薬アプローチにより、抗体医薬品による新たな医療の可能性を広げる取り組みを行っています。また、中外製薬は、第三者ライセンス向け抗体エンジニアリング技術(SMART-Ig®、SMART-Fc®、ACT-Ig®、ART-Fc®、ΔGK、ART-Ig®、FAST-Ig、TRAB®、TwoB-Ig®、pI-Fc)も保有しています(2019.12.09 中外製薬 抗体技術説明会)。

アニュアルレポート2019によると、中外製薬は2019年12月31日現在4,976件の特許(出願中を含む)を保有しており、2019年での全世界での特許取得件数は153件であったことが述べられています。

日本において2019年に登録になった中外製薬の特許の分類コードランキングを調べると、以下のとおり、その多くが抗体技術に関連した発明であることがわかります(表1)。

順位件数FI説明
122/30C12N15突然変異または遺伝子工学;遺伝子工学に関するDNAまたはRNA,ベクター,例.プラスミド,またはその分離,製造または精製;そのための宿主の使用(突然変異体または遺伝的に処理された微生物,C12N1/00,C12N5/00,C12N7/00;植物新種A01H;組織培養技術による植物の増殖A01H4/00;動物新種A01K67/00;遺伝子疾病の治療のために生体の細胞内に挿入する遺伝子物質を含有する医薬品製剤の使用,遺伝子治療A61K48/00;ペプチド一般C07K)[3,5,6]
221/30C07K16免疫グロブリン,例.モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体[6]
318/30A61K39抗原または抗体を含有する医薬品製剤(免疫分析用物質G01N33/53)[2]
413/30C12P21ペプチドまたは蛋白質の製造(単細胞菌体蛋白質C12N1/00)[3]
59/30C12N1微生物,例.原生動物;その組成物(原生動物,バクテリアまたはウイルス起源の物質を含む医薬品製剤A61K35/66,藻類起源の物質を含む医薬品製剤A61K36/02,菌類起源の物質を含む医薬品製剤A61K36/06;医薬品細菌抗原または抗体組成物の調製,例.細胞ワクチン,A61K39/00)
59/30C12N5ヒト,動物または植物の細胞,例.セルライン;組織;その培養または維持;そのための培地(組織培養技術による植物の増殖A01H4/00)[3,5]
77/30A61P35抗腫瘍剤[7]
77/30A61P43グループA61P1/00~A61P41/00に展開されていない特殊な目的の医薬[7]
96/30C12Q1酵素,核酸または微生物を含む測定または試験方法(状態の測定または検出手段を備えた測定または試験装置,例.コロニー計数器,C12M1/34);そのための組成物;そのような組成物の製造方法[3]
96/30G01N33グループG01N1/00~G01N31/00に包含されない,特有な方法による材料の調査または分析[2006.01]
表1 日本において2019年に登録になった中外製薬の特許(計30件)の分類コードランキング
(J-PlatPat調べ/検索日2020.05.02)

中外製薬は、抗体エンジニアリング技術という自社創薬技術基盤という強みを生かして、重要な創薬技術や製品についての特許の権利化を推進することにより、創薬技術及び製品への活用機会を創出しているといえます。

2019年は、抗体エンジニアリング技術のひとつ、リサイクリング抗体技術に関する特許紛争もありましたね・・・

第一世代バイスペシフィック抗体「ヘムライブラ」では、バクスアルタとの特許紛争が臨床開発時から米国で続いていましたね・・・

2.対バイオシミラーおよび後発品シナリオの策定と実行

アニュアルレポート2019によると、2019年の知的財産活動実績として、同種同効品を開発する先発製薬会社またはバイオ後発品開発メーカーとの紛争解決を通じた価値の継続的提供、が挙げられています。

2019年は「ヘムライブラ」に関連した侵害訴訟事件での知財高裁における勝訴や「ハーセプチン」に関連した対バイオシミラー戦略の実行など、製品価値の最大化の観点で多くの成果をあげた一年でもありました。

中外製薬のアニュアルレポート2019(p88)

2019年は、ヘムライブラではバクスアルタとの特許紛争が日本で決着したり、ハーセプチンでは複数のジェネリックメーカー(バイオシミラー)との特許紛争があったりしましたね・・・

3.次世代成長ドライバーと知的財産権による保護

中外製薬の国内売上の主要な成長ドライバーは、自社創製品でもある「ヘムライブラ」(2018年3月製造販売承認)やGenentech社により創製された「テセントリク」(2018年1月製造販売承認)です。中外製薬は、2020年の各製品国内売上高について、「ヘムライブラ」は前年比67.1%増の421億円、「テセントリク」は前年比116.5%増の446億円と予想しています(2020.01.30 中外製薬 2019年12月期連結決算補足資料)。以下に、中外製薬の成長ドライバーである「ヘムライブラ」と「テセントリク」の製品保護特許について触れます。

売上収益は、国内の主力品や新製品「ヘムライブラ」「テセントリク」の好調な売上に加え、自社創製品「アクテムラ」「アレセンサ」のロシュ向け輸出、「ヘムライブラ」に関するロイヤルティ及びプロフィットシェア収入の増加などにより、3年連続で過去最高を達成しました。2020年は、薬価改定や後発品発売に伴う競争激化により国内製商品売上高が前年を下回るものの、「ヘムライブラ」のロシュ向け輸出やロシュからのロイヤルティ収入の増加がこれを上回り、増収増益を想定しています。

中外製薬のアニュアルレポート2019(p23)

(1)ヘムライブラの製品保護特許

J-PlatPatの特許・実用新案検索にて、「検索キーワード」を「延長登録出願情報」項目にして「ヘムライブラ」または一般名である「エミシズマブ」を入力して検索すると、「ヘムライブラ」を保護する日本特許として少なくとも4件の特許とそれら特許権の存続期間延長登録出願の存在がわかります(表2)。各特許権において、それぞれ特許請求の範囲は異なることや、延長登録された場合の存続期間満了日は延長登録毎に算出されることから、「ヘムライブラ」の製品保護期間を一概に言うことはできませんが、4つの特許のうち、最短のもので2029年まで、最長のもので2036年まで特許期間が存続するとされています。以下のとおり「ヘムライブラ」の再審査期間が2028年3月までであることを考えると、2028年中に他社による「ヘムライブラ」バイオシミラーの承認はなさそうで、最長2036年まで存続する延長された特許権をいかに守り・活用していくかが、「ヘムライブラ」の製品寿命にとって重要になると思われます。

ヘムライブラ皮下注 30mg/60mg/90mg/105mg/150mgの再審査期間

  • 血液凝固第 VIII 因子に対するインヒビターを保有する先天性血液凝固第 VIII 因子欠乏患者における出血傾向の抑制:2018年3月23日~2028年3月22日(10年間)(希少疾病用医薬品)
  • 血液凝固第 VIII 因子に対するインヒビターを保有しない血液凝固第 VIII 因子欠乏患者における出血傾向の抑制:2018年12月21日~2028年3月22日(残余期間)

特許番号発明の名称(原)出願日延長登録出願番号存続期間満了日*
特許5246905血液凝固第VIII因子
の機能を代替する機能を
有する多重特異性抗原結合分子
2011.11.17特願2019-700075
特願2019-700074
特願2019-700073
特願2019-700072
特願2019-700071
特願2019-700070
特願2019-700069
特願2019-700068
特願2019-700067
特願2019-700066
特願2018-700205
特願2018-700204
特願2018-700203
特願2018-700202
特願2018-700201
2036.11.17*
特許6013915血液凝固第VIII因子
の機能を代替する機能を
有する多重特異性抗原結合分子
2011.11.17特願2019-700095
特願2019-700094
特願2019-700093
特願2019-700092
特願2019-700091
特願2019-700090
特願2019-700089
特願2019-700088
特願2019-700087
特願2019-700086
特願2018-700215
特願2018-700214
特願2018-700213
特願2018-700212
特願2018-700211
2033.05.09*
特許4917024血液凝固第VIII因子
の機能代替抗体
2006.03.31特願2019-700065
特願2019-700064
特願2019-700063
特願2019-700062
特願2019-700061
特願2019-700060
特願2019-700059
特願2019-700058
特願2019-700057
特願2019-700056
特願2018-700200
特願2018-700199
特願2018-700198
特願2018-700197
特願2018-700196
2031.03.31*
特許5438880機能蛋白質を代替する
二種特異性抗体
2004.10.08特願2019-700085
特願2019-700084
特願2019-700083
特願2019-700082
特願2019-700081
特願2019-700080
特願2019-700079
特願2019-700078
特願2019-700077
特願2019-700076
特願2018-700210
特願2018-700209
特願2018-700208
特願2018-700207
特願2018-700206
2029.01.10*
表2 ヘムライブラを保護する存続期間延長出願された特許(J-PlatPat調べ/検索日2020.05.02)
*存続期間満了日の表記はJ-PlatPatより(個々の延長登録により異なるので注意)。

(2)テセントリクの製品保護特許

J-PlatPatの特許・実用新案検索にて、「検索キーワード」を「延長登録出願情報」項目にして「テセントリク」または一般名である「アテゾリズマブ」を入力して検索すると、「テセントリク」を保護する日本特許として少なくとも4件の特許とそれら特許権の存続期間延長登録出願の存在がわかります(表3)。4つの特許のうち、最短のもので2025年まで、最長のもので2032年まで特許期間が存続するとされています。以下のとおり「テセントリク」の再審査期間が2026年1月までであることを考えると、2026年中に他社による「テセントリク」バイオシミラーの承認はなさそうで、最長2032年まで存続する延長された特許権をいかに守り・活用していくかが、「テセントリク」の製品寿命にとって重要になると思われます。

テセントリク点滴静注 1200mgの再審査期間

  • 化学療法既治療の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌: 2018年1月19日~2026年1月18日(8年間)
  • 化学療法未治療の扁平上皮癌を除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌: 2018年12月21日~2026年1月18日(残余期間)
  • 進展型小細胞肺癌: 2019年8月22日~2029年8月21日(10年間)

テセントリク点滴静注 840mgの再審査期間

  • PD-L1陽性のホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌: 2019年9月20日~2026年1月18日(残余期間)
特許番号発明の名称(原)出願日延長登録出願番号存続期間満了日*
特許6178349抗PD-L1抗体および
T細胞機能を増強する
ためのそれらの使用
2009.12.08特願2019-700703
特願2019-700578
特願2019-700103
特願2018-700065
2031.05.07*
特許5681638抗PD-L1抗体および
T細胞機能を増強する
ためのそれらの使用
2009.12.08特願2019-700702
特願2019-700577
特願2019-700102
特願2018-700064
2032.12.10*
特許5004390新規B7-4分子
およびその用途
2000.08.23特願2018-700346 イミフィンジ)
(特願2018-700345 イミフィンジ)
特願2018-700090 テセントリク
(特願2017-700390 バベンチオ)
2025.08.23*
特許4896327PD-1、B7-4の
受容体、およびその使用
2000.08.23特願2018-700344 イミフィンジ)
(特願2018-700343 イミフィンジ)
特願2018-700089 テセントリク
(特願2017-700391 バベンチオ
2025.08.23*
表3 テセントリクを保護する存続期間延長出願された特許(J-PlatPat調べ/検索日2020.05.02)
*存続期間満了日の表記はJ-PlatPatより(個々の延長登録により異なるので注意)。

4.自社製品の競争力を高める特許権利化の実行

ヘムライブラまたはテセントリクを保護する特許では、いわゆる機能的表現クレームでの登録に成功しています。知的財産面から、同種同効品を開発する後続の製薬会社に対して自社製品の競争力を高め、その結果、製品の価値最大化に寄与していると思われます(表4)。

特許番号特許請求の範囲
特許4917024【請求項1】
血液凝固第IX因子および/または活性化血液凝固第IX因子を認識する第一のドメイン、および血液凝固第X因子を認識する第二のドメインを含む、血液凝固第VIII因子の機能を代替し得る多重特異性抗体であって、第一のドメインは血液凝固第IX因子または活性化血液凝固第IX因子に対する抗体のH鎖の全部または一部を含む第一のポリペプチドを含み、第二のドメインは血液凝固第X因子に対する抗体のH鎖の全部または一部を含む第二のポリペプチドを含み、第一のドメインおよび第二のドメインは更に抗体のL鎖の全部または一部であって共通の配列を有する第三のポリペプチドを含む多重特異性抗体であって、ここで、第一のドメインが有する認識能が、第一のポリペプチドに含まれる血液凝固第IX因子または活性化血液凝固第IX因子に対する抗体のH鎖の抗原結合部位に起因するものであり、第二のドメインが有する認識能が、第二のポリペプチドに含まれる血液凝固第X因子に対する抗体のH鎖の抗原結合部位に起因するものである、多重特異性抗体。


【請求項5】
血液凝固第IX因子および/または活性化血液凝固第IX因子、並びに血液凝固第X因子を認識する血液凝固第VIII因子の機能を代替し得る多重特異性抗体であって、血液凝固第VIII因子の代替機能が、抗体溶液 50μL、F.VIII欠乏血漿(Biomerieux)50μL及びAPTT試薬(Dade Behring)50μLの混合液を37℃で3分間加温した後、20 mMのCaCl2 50μLを同混合液に加え、凝固するまでの時間を測定する活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)試験において、抗体無添加時に比べた凝固時間の短縮が50秒以上である多重特異性抗体であって、ここで、抗血液凝固第IX/IXa因子抗体のH鎖の抗原結合部位と、抗血液凝固第X因子抗体のH鎖の抗原結合部位とを含む、多重特異性抗体。
特許5438880【請求項1】
酵素、および該酵素の基質の両方を認識し、酵素反応を増強する補因子の機能を代替する二種特異性抗体であって、該酵素が活性化血液凝固第IX因子で、該基質が血液凝固第X因子で、該補因子が活性化血液凝固第VIII因子である抗体。
特許4896327【請求項2】
免疫応答をモジュレーションするための医薬の調製のための、配列番号:2または4のアミノ酸配列に対して全長にわたり少なくとも90%アミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質であるB7-4、B7-4の細胞外ドメインを含むタンパク質、および抗B7-4ブロッキング抗体 からなる群から選択される作用剤の治療上有効量の使用であって、該作用剤が、B7-4を発現する免疫細胞またはPD-1を発現する免疫細胞と接触させるとB7-4とPD-1との相互作用をモジュレーションし、そのことにより免疫応答をモジュレーションするところの、使用。
表4 機能的表現クレームを有するヘムライブラまたはテセントリクを保護する特許

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