東京大学法学政治学研究科教授 田村善之
いつも最新かつ重要な情報を次々と与えてくださるFubukiさんから、「医薬分野の知的財産の世界に思うこと」をテーマにするコラムの寄稿依頼をいただいた。よい機会なので、医薬の特許保護の一角を占めるパテント・リンケージ制度について、一筆思うところを書かさせていただこうと思う。
改訂二課長通知の問題点
パテント・リンケージを導入することは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)18.53条によって加盟国に義務づけられており、日本も締約国である以上、当然にその義務を負う1 。もし、日本の現状のいわゆる「パテント・リンケージ」を同条約のなかに位置づけるとすれば、同条の2項型以外に選択肢はない。同項は、「締約国は、1の規定の実施に代えて、特許権者若しくは販売承認の申請者により販売承認を行う当局に提出された特許に関連する情報に基づき又は販売承認を行う当局と特許官庁との間の直接の調整に基づき、当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、請求の範囲に記載されている特許の対象である医薬品を販売しようとする第三者に販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する。」と規定する。
しかし、現在の日本のパテント・リンケージ制度なるものは、法令に直接の根拠があるわけではない。薬機法上には、医薬品等の承認拒否事由として、その製造販売行為が特許権を侵害するものであることが掲げられていない。文書としては、最新のものとしては、令和7年10月8日付け医政産情企発第1号/医薬薬審発第5号「医療用後発医薬品及びバイオ後続品に関する医薬品医療機器等法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて 」(以下、「改訂二課長通知」)なるものによって、「医薬品の安定供給を図る観点から」、特許抵触の有無について審査すると定められているに止まる2。
しかし、かりに薬機法上、安定供給が行政裁量の一種として承認拒否事由となることが認められるとしても、なぜ安定供給が、特許権と抵触するものの承認を拒む理由となるのかはいま一つ定かではないところがある。後発医薬品が供給されたほうが、市場における選択肢が増えることになり、むしろ安定供給に資することになるように思われるからである。
そして、かりに特許権侵害であるために後発品の製造販売がストップしたとしても、特許権者が製造販売している先発医薬品が供給されているのであれば、後発医薬品の需要者は、先発医薬品を購入すれば済むのだから特に問題はないはずである。あるいは、先発医薬品と後発医薬品との間に添加剤その他の相違点があり、後発医薬品の(一部の)需要者にとっては先発医薬品が代替品とならない場合があるなどということが考えられるのかもしれない。しかし、その場合であっても、後発医薬品が承認されれば、少なくとも特許権侵害を理由にその供給が停止されるまでの間は後発医薬品の供給を受けることができていたのであるから、むしろ承認を拒否されてしまったほうが、安定供給の点で事態は悪化する。あるいは、後発医薬品の独特の仕様に需要者の体質が変化することになった結果、後発医薬品を摂取しさえしなければ受け付けていた先発医薬品を摂取することができなくなったなどというストーリーが考えられるのかもしれないが、そのような極めて例外的な事態が起こるかもしれないことを理由に、一律に後発医薬品の承認を拒絶することは、かえって確率的に安定供給に資する可能性のほうが高いことに鑑みると、合理的な判断とはいいがたい。
唯一、可能性があるとすれば、後発医薬品が承認された結果、先発医薬品の薬価が下がり、先発医薬品メーカーがその薬価では採算がとれないなどの理由で先発医薬品の供給を停止してしまうとすると、後発医薬品が特許権侵害を理由に製造販売を停止されてしまえば、市場には先発も後発もいなくなるという事態を想定しうる。これは最もありえそうなシナリオではあるものの、しかし問題の解決のためには、薬価の再改訂や、特許法上の裁定許諾(=強制実施権)というよりマイルドな手段もあるのだから、将来、起こるかどうか定かではない事態を防ぐために、むしろ、前述したように、複数の選択肢を市場に提供するために、一般的には安定供給に資する後発医薬品の承認を一律に拒絶するというドラスティックな方策をとることは、やはり合理的な判断とはいいがたいように思われる。
このように考えてくると、「安定供給」を理由として、特許権と抵触する医薬品の侵害製造販売承認を一律に拒否することが正当化できるかということは、極めて疑問であるといわざるを得ない。下手をすると、かりに特許権と抵触することを理由とする承認拒否が裁判で争われた場合には、安定供給を承認拒否の理由とすることを裁判所が認めたとしても、そこからさらに特許権侵害を理由とする承認拒否までもが常に認められるか否かということは定かではない。TPP11の当該条項は、抽象的な規定であり、自力執行力があるとはいいがたいから、同条約を拒否事由の直接の根拠とすることは困難であろう。たしかに、裁判所が、条約適合的な解釈をなすことにより、条約違反の誹りを回避する可能性もまた小さくはないが、そのような不確定な状態であること自体が、条約上の義務を履践しているわけではないと解釈される余地が残っている。
むしろ、条約上の義務を履行していることを明確化するために、そして、後述する司法審査の手がかりを関係者に与えるために、承認拒否事由の一つとして、特許と抵触することを法律に明文で掲げるべきである3。
救済手段にかかる問題点
パテント・リンケージの発動の当否に関しては、司法審査の道が限られていることも問題となる4。もちろん、後発医薬品の承認申請に対して拒否処分が下されれば、後発医薬品メーカーは取消訴訟を提起できる。申請に対する処分が不相当に遅延している場合には、不作為の違法確認訴訟を提起することも、理論的には可能である。とはいえ、いずれにせよ、現在のパテント・リンケージの制度の運用の下では厚生労働省の特許権侵害の成否に関する判断能力には限界がある反面、自身に対する規制官庁である厚生労働省を相手取って訴訟することは過度に躊躇される可能性があることに鑑みると、むしろ端的に、承認申請をなしている段階で、先発の特許権者を相手取って、後発医薬品を製造販売したとしても先発医薬品の特許権を侵害しないことの確認訴訟を提起することを認めることが望ましい。東京地判令和4.8.30令和3(ワ)13905[乳がんの処置におけるエリブリンの使用]5、知財高判令和5.5.10令和4(ネ)10093[同]6は,この訴訟の訴えの利益を否定し、却下判決を下したが、判例法理が固まったわけではなく、今後、別異に解する裁判例が登場することが待たれる。
さらに、問題なのは、先発医薬品メーカーの手続き保障である。上記判決の示した理論のコロラリーとして、先発医薬品メーカーのほうが後発医薬品メーカーに対して特許権侵害の確認請求7や特許権侵害の予防請求を提起したとしても、後発医薬品の承認が下りるまでは時期尚早として訴えの利益がないとされるのではないかと思われる。しかし、現状のパテント・リンケージを前提とする限り、この段階での司法による救済を認めないことには、日本の現行制度は、特許権者の救済が不十分という意味で、TPP上の義務を果たしていることにはならないように思われる。
制度改革の方向性
パテント・リンケージに関しては、その改革へと向けた動きがあるが、現行のパテント・リンケージ制度と完全に異なる、新たなパテント・リンケージ制度を創設することには、様々な不確実性が伴う。そのため、少なくとも改革の第一歩としては基本的には、現行制度をベースとしつつ、前述した課題を踏まえた修正をしていくことが、現実的な方策といえるだろう。
最初に踏まえるべきは、なぜ先発医薬品の特許権の保護としてパテント・リンケージの制度を用意するのかという趣旨の確認である。もちろん、条約によって義務づけられているということは根拠となるが、制度を設計するに当たっては、単に条約上の義務を履践するということ以上に、なにゆえ当該制度を設けるのかという趣旨を画定しておかないと、その具体像を特定することが困難となりかねない。
ところで、製造や販売の承認制度が敷かれている場合であっても、承認申請の段階で特許権者の保護を制度内に組み込むことが一般的に行われているわけではない。パテント・リンケージ制度はその例外となるわけであるが、その理由は、第一に先発医薬品の開発は、とりわけ多大な投資がかかっており、特許権による保護の必要性が高い分野であるにも関わらず、逆に薬価制度があるために、市場において自由な価格で製品を販売することができない。そこで、後発医薬品の上市自体をストップする制度として特別にパテント・リンケージ制度が用意されているのだ、という説明になるだろう。
こうした理解の下では、先発医薬品の特許権者に確実に後発医薬品の上市を防ぐ救済手段を認める必要があり、もって後発医薬品の薬価収載を防ぐ手段を用意することが望まれる。他方、特許権侵害の成否の判断は困難なものも少なくないから、関係当事者の手続き保障という観点に加えて、厚生労働省限りで判断しなくても済むようにするために、裁判所の判断を介在させ、厚生労働省の判断が困難な場合には、後続する裁判所の判断により適正化が図られることが望まれる。
具体的には、まず、後発医薬品の承認拒否事由として、その製造販売が先発医薬品の特許権を侵害するものであることを条文上明定する。そのうえで、厚生労働省による不承認処分に対しては承認を拒否された後発医薬品メーカーが、承認処分に対してはリンケージによる保護を否定された特許権者が、それぞれ取消訴訟を提起できることを確保する。また、現在の運用では、先発医薬品メーカーには後発医薬品の承認が下りるまで、後発医薬品の申請があることを厚生労働省から通知される仕組みは用意されていないが8、適切な時期に後発医薬品の上市を止めるためには、前述した早期の訴訟提起を現実的に可能とする必要があるのだから、後発医薬品の承認申請があったことを厚生労働省から先発医薬品メーカーに速やかに通知する制度を導入しなければならない。以上が最低限必要となる改革である。
さらなる改革としては、保護の迅速化、あるいは紛争解決の迅速化を図るため、承認にかかる審査の手続きを、それこそ専門委員制度などにより充実することと引き換えに、取消訴訟のほうは一審級省略し、処分に対し不服がある当事者は、地方裁判所ではなく、知的財産高等裁判所に対して取消訴訟を提起するという制度とすることが考えられる。ただし、現行の承認審査は、基本的には厚生労働省と後発医薬品の申請者との間で遂行しているが、この一審級省略制度を導入するには、後発品の承認審査手続が第一審に相当する手続保障を実現しうるよう、先発医薬品の特許権者も関与させ、承認審査手続の公開等、厚生労働省側の判断を透明化する手続を構築する必要がある。
なお、今般、厚生労働省内でもパテント・リンケージに関しては、特許権侵害の有無に関する判断能力を高めるために専門委員制度が導入されているが9、個別の審査にどの専門委員が関与したのかということは明らかにされないなど、透明性が確保されているとはいいがたい状況にある。たしかに、現状のように、専門委員の意見に特に法的な効果を与えることなく、厚生労働省の内部的な判断をなす際の参考として活用するに留めるのであれば、特に異とするには値しないということができよう(筆者自身、知的財産権侵害事件において警察・検察から立件段階や起訴前等に内々に専門的な意見を求められる機会が多々ある)。しかし、かりに一審級省略制度を導入する場合には、当事者の手続保障のために、専門委員の氏名の公開など、十全な透明化を図る必要がある。
[1] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「日本のパテントリンケージの現状の課題とその解決に向けた提案」https://www.tokkyoteki.com/2021/03/patent-linkage-system-in-japan.html
[2] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「厚労省、日本版パテントリンケージ制度の根拠となっている平成21年二課長通知を改正、新たな通知を発出」https://www.tokkyoteki.com/2025/10/patentlinkage.html
[3] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「知的財産推進計画2026に向けた意見 ― 治療方法発明の保護と医師免責、医薬品臨床試験データ保護、パテントリンケージの法制度化を求めて ―」https://www.tokkyoteki.com/2026/02/chitekizaisan2026-iken-boshu2026.html
[4] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「知的財産推進計画2026に向けた意見 ― 治療方法発明の保護と医師免責、医薬品臨床試験データ保護、パテントリンケージの法制度化を求めて ―」https://www.tokkyoteki.com/2026/02/chitekizaisan2026-iken-boshu2026.html
[5] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「2022.08.30 「ニプロ v. エーザイ」 東京地裁令和3年(ワ)13905 特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認請求事件・・・抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®(エリブリン)の後発医薬品申請時点における訴えの利益」https://www.tokkyoteki.com/2022/10/2022-08-30-r3-wa-13905.html
[6] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「2023.05.10 「ニプロ v. エーザイ」 知財高裁令和4年(ネ)10093 特許権侵害差止請求権等の不存在確認請求控訴事件(エリブリンメシル酸塩事件) - 法治主義に反する状況? 問われる日本版パテントリンケージ制度 -」https://www.tokkyoteki.com/2023/05/2023-05-10-r4-ne-10093.html
[7] 特許権侵害の確認請求に関しては、これを認めずとも侵害予防請求で足りるという意見もあろうが、むしろ求めているのは製造販売されてしまうと特許権侵害となることを確認してもらう判決を取得することで、厚生労働省にパテント・リンケージを発動してもらい、後発医薬品の承認を止めるところにあるのだから、その眼目は侵害の予防というよりは、特許権侵害の確認にあるといえよう。
[8] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「日本のパテントリンケージの現状の課題とその解決に向けた提案」https://www.tokkyoteki.com/2021/03/patent-linkage-system-in-japan.html
[9] FUBUKI「医薬系 “特許的” 判例」ブログ「厚労省、パテントリンケージの運用に専⾨委員制度を試行的に導⼊」https://www.tokkyoteki.com/2025/11/patentlinkage-2.html
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