Dec 30, 2018

2018年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

(1) 日本のパテントリンケージ制度の不透明感

厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしています。日本では法律上明文の規定はないものの、上記のような手続きが運用上設けられています。にもかかわらず、用途特許が有効に存続している場合でも、厚生労働省/PMDAが同用途(効能・効果)での後発医薬品を承認した事例がいくつか認められ、日本のパテントリンケージ制度がしっかり機能しているとはいえないのではないかという不透明感が顕在化してきたように思えた一年でした。
  • 2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171
    炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性が争点でしたが、背景にある高リン血症治療剤ホスレノール®の後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省/PMDAはどのように判断したのか気になった事例です。本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけです。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけですから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむところです。
  • 2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106
    本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下していました。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもう間近だったとはいえ、その状況での抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®の第一三共品とファイザー品の後続医薬品の承認(2018年9月21日)でした。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところです。
  • 東レがレミッチ®OD錠後発品を販売する沢井・扶桑を特許侵害で提訴
    後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省/PMDAはどのように判断したのか気になった事例です。沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)は、ともに2018年2月15日に承認されています。その時点で、本件用途特許の延長登録出願(特願2017-700154号)がされている(特許権の存続期間の延長登録の出願があつたときは、存続期間は、延長されたものとみなされる(特許法67条の2第5項))状況であったわけですから、厚労省/PMDAは本件用途特許(延長効力)によるパテントリンケージをどのように考えてそれら後発品を承認する判断に至ったのか気になるところです。

参考文献:


(2) 2018年、医薬系"特許的"な判決を賑わせた会社は・・・ 中外製薬株式会社でした。

Trastuzumab
Emicizumab
Rituximab
Ravulizumab
Marduox® Ointment

(3) 過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2017年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2016年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2015年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2014年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2013年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


Dec 29, 2018

2018.12.19 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 知財高裁平成29年(ネ)10098

マーデュオックス®軟膏の差止請求訴訟(高裁判決): 知財高裁平成29年(ネ)10098

【背景】

控訴人(レオ ファーマ)が保有する「医薬組成物」に関する特許権(第5886999号)を侵害すると主張して、被控訴人ら(製造販売元である中外製薬及び販売会社であるマルホ)に対して被告物件(尋常性乾癬治療剤「マーデュオックス®軟膏」)の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。原審(2017.09.28 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 東京地裁平成28年(ワ)14131)は、本件発明1~4、11及び12に係る本件特許には特許法29条2項違反の無効理由があるから、控訴人は上記各発明に係る本件特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人はこれに対して控訴した。

請求項1:
ヒトまたは他の哺乳動物において乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって,マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A,およびベタメタゾンまたは薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B,ならびに少なくとも1つの薬学的に受容可能なキャリア,溶媒または希釈剤を含む,医薬組成物。
請求項11:
ヒトの乾癬を処置するための,請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物
請求項12:
医学的有効量で1日1回局所適用される,請求項11に記載の組成物
【要旨】

裁判所は、本件発明1~4、11、12に係る本件特許は特許法29条2項違反の無効理由があるから、控訴人は上記各発明に係る本件特許権を行使することはできない、と判断した。控訴棄却。

動機付け及び構成の容易想到性について、裁判所は、乙15発明と本件発明12とは、相違点1(本件発明12はビタミンD3類似体である成分Aがマキサカルシトールであるのに対し、乙15発明はタカルシトールである点)及び相違点3(本件発明12は1日1回であるのに対し、乙15発明は1日2回である点)において相違すると認定し、本件優先日当時の当業者であれば、乙15発明のタカルシトールを同じビタミンD3類似体であってより高い治療効果を有するマキサカルシトールに置き換えようとすることを容易に想到するといえ、また、乙15発明の合剤を1日2回適用から1日1回適用への変更が可能であることを容易に想到し得る、と判断した。

また、顕著な作用効果について、裁判所は、本件明細書に記載された「より早い治癒開始」、「より有効な斑治癒」及び「副作用緩和の効果」は、本件優先日当時、当業者において十分に予測可能なものであり、また、マキサカルシトールの1日1回適用が乾癬の管理に効果的であることが知られており、1日1回とした場合の患者の適用遵守改善等についても、当業者において当然に予測し得る範囲のものといえることから、これら効果は当業者が予測することができない顕著な効果ということはできないと判断した。

【コメント】

本件発明をより簡略化すれば、公知成分A+公知成分B+1日1回の医薬組成物。引用発明は、公知成分A'+公知成分B+1日2回の医薬組成物。組み合わせ医薬の一方を置き換えた点及び投与回数が異なる点といった相違点については、置き換えようとする動機付けがあったことから容易想到と判断され、顕著な作用効果についての争点もすべて当業者予測可能範囲だったと判断された。

組み合わせ医薬の一方を置き換えた(または公知成分を組み合わせた)ことに特徴がある発明について進歩性が争われた最近の事例として、例えば以下のものがある。
投与回数(量)が進歩性における相違点として争われた最近の事例として、例えば以下のものがある。

被控訴人ら(中外製薬・マルホ)が製造販売しているマーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)は、活性型ビタミンD3外用剤であるマキサカルシトール(Maxacalcitol)軟膏の有効成分Maxacalcitolとvery strongクラスのステロイド外用剤であるベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(BBP)軟膏の有効成分BBPをそれぞれ承認製剤濃度で配合した尋常性乾癬治療外用剤である。

国内において、尋常性乾癬の適応を有する活性型ビタミンD3誘導体とステロイドの配合剤という点で、マーデュオックス®軟膏(中外・マルホ)とドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)(レオ ファーマ・協和発酵キリン)は競合関係にある。

ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)は、活性型ビタミンD3誘導体であるカルシポトリオール水和物52.2μg/g(カルシポトリオールとして50.0μg/g)と副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンジプロピオン酸エステル0.643mg/gを含有する配合剤であり、レオ ファーマで開発され、日本では2014年7月に承認された。

参考:

Dec 22, 2018

東レがレミッチ®OD錠後発品を販売する沢井・扶桑を特許侵害で提訴

2018年12月19日付の東レのプレスリリース(「経口そう痒症改善剤「レミッチ®」用途特許に関する 特許権侵害訴訟提起について」)によると、東レは、2018年12月13日に沢井製薬および扶桑薬品工業を被告として東京地裁に特許権侵害訴訟を提起したとのことです。本件訴訟は、東レが製造販売承認を取得している経口そう痒症改善剤「レミッチ®」(「レミッチ®カプセル2.5µg」および「レミッチ®OD錠2.5µg」(一般名:ナルフラフィン塩酸塩))に関する用途特許(特許第3531170号、延長登録出願:特願2017-700154号)に基づき、沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)の製造販売差止と損害賠償等を求めるものとのことです。

本件用途特許(第3531170号)は、オピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤に関する医薬用途発明を保護するものであり、J-PlatPatによると、20年の特許期間は2017年11月21日で満了しましたが、下記2017年3月の「レミッチ®OD錠2.5µg」の承認取得に基づいて、5年間の特許権存続期間延長登録を求める出願(特願2017-700154号)がされているようです。この訴訟で、延長された用途特許の効力が争われるのだとしたら、裁判所がどのように判断するのか大変興味深く、その判断内容に期待したいと思います。
  • 2009年1月: 「血液透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」の効能又は効果について「レミッチ®カプセル2.5µg」の製造販売承認を取得
  • 2015年5月: 「慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」の効能又は効果について追加承認を取得
  • 2017年3月: 口腔内崩壊錠である「レミッチ®OD錠2.5µg」の製造販売承認を取得
  • 2017年9月: 「レミッチ®カプセル2.5µg」および「レミッチ®OD錠2.5µg」について、「腹膜透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」に関する有用性が認められ、既に承認を取得している効能又は効果と合わせて「透析患者、慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」として追加承認を取得
ところで、沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)は、ともに2018年2月15日に承認されています。その時点で、本件用途特許の延長登録出願(特願2017-700154号)がされている(特許権の存続期間の延長登録の出願があつたときは、存続期間は、延長されたものとみなされる(特許法67条の2第5項))状況であったわけですから、厚労省/PMDAは本件用途特許によるパテントリンケージをどのように考えてそれら後発品を承認する判断に至ったのかも気になるところです(厚労省/PMDAは、延長特許の効力を判断できず、当事者間の調整に委ねた・・・ということなのでしょうか)。

参考:

Dec 18, 2018

ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について

2018年12月17日、EAファーマ(株)より、「ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について」の謹告文が掲載されました(参照: 日刊薬業website: 【謹告】ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について)。

エーザイ(株)は、2017年9月22日に「パリエット®錠5mg、錠10mg(一般名:ラベプラゾールナトリウム(Sodium Rabeprazole)」について、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎(プロトンポンプ阻害剤の1日1回投与による従来の治療で効果不十分な逆流性食道炎)に対する維持療法に関して、ラベプラゾールナトリウムとして1回10mg、1日2回投与の用法・用量追加の承認を取得しました。この用法・用量について、エーザイの子会社であるEAファーマ(株)は日本特許第6283440号を保有しているとのことです。謹告文では、ベプラゾールナトリウムを有効成分とする医薬品を製造販売されている企業に、用法・用量の添付文書への記載について、当該特許権との関係で疑義が生じないよう注意を呼びかけています。

パリエット錠5mg、パリエット錠10mgの承認を受けた用法及び用量の記載一部抜粋:

逆流性食道炎
<維持療法>再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては、通常、成人にはラベプラゾールナトリ ウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。また、プロトンポンプインヒビターによる治療で効果 不十分な逆流性食道炎の維持療法においては、1回10mgを1日2回経口投与することができる。
特許第6283440号の請求項1:

ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を1日2回、4週間以上投与され、
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、
前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾール、ラベプラゾールのプロドラッグ、又はそれらの薬学上許容される塩若しくは溶媒和物であることを特徴とする、逆流性食道炎の再発抑制剤。
上記特許権の存続期間満了日は2037年4月4日となっています。

過去記事:


Dec 9, 2018

2018.11.21 「MSD v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10196

オマリグリプチン結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10196

【背景】

「ジペプチジルペプチダーゼ―IV阻害剤の新規結晶形」に関する特許出願(特願2014-518879号; 特表2014-518266号)の拒絶審決(不服2016-15132号)取消訴訟。本件発明である結晶形の進歩性(特許法29条2項)が争点。刊行物1(WO2010/056708; 特表2012-508746号)に記載された引用発明は、結晶質の化合物Pである点で本願発明と一致しており、粉末X線回折パターンでは特定されていない点で本願発明と相違していた。

請求項1:
10.3±0.1 2θ,12.7±0.1 2θ,14.6±0.1 2θ,16.1±0.1 2θ,17.8±0.1 2θ,19.2±0.12θ,22.2±0.1 2θ,24.1±0.1 2θおよび26.9±0.1 2θからなる群より選択される少なくとも4つのピークを粉末X線回折パターンに有することを特徴とする,化合物Iの結晶質(2R,3S,5R)-2-(2,5-ジフルオロフェニル)-5-[2-(メチルスルホニル)-2,6-ジヒドロピロロ[3,4-c]ピラゾール-5(4H)-イル]テトラヒドロ-2H-ピラン-3-アミン(形I)。
【化1】

【要旨】

裁判所は、本願発明は、刊行物1及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告らの請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

1 相違点の容易想到性の有無について
「・・・本願の優先日当時の技術常識に照らすと,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物P(引用発明)について,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるものと認められる。

そして,室温で安定な結晶は,冷蔵保存の必要がないため医薬品化合物として望ましいことは自明であるから,結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を最も普通に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであるものと認められる。

一方,本願明細書・・・の記載に照らすと,本願明細書には,結晶化温度を室温を含む13℃より上の温度,結晶化溶媒を酢酸エチルとして,「化合物I」(化合物P)の結晶化を行うことにより,形Iの結晶質が得られることの開示があるものと認められる。そうすると,当業者は,通常なし得る試行錯誤の範囲で,刊行物1の実施例1の最終生成物の化合物Pについて上記結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行うことにより,室温での安定性が優れた結晶として形Iの結晶質を得ることができたものと認められる。

以上によれば,刊行物1に接した当業者は,刊行物1及び上記技術常識に基づいて,引用発明について相違点に係る本願発明の構成(化合物Pの形Iの結晶質の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。

・・・また,前記アのとおり,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物Pについて,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるというべきであり,このことは,実施例1の最終生成物の化合物Pが結晶(結晶質)であるか,非晶質であるかによって左右されるものではないというべきである。

さらに,結晶多形の探索においては,溶媒の種類,結晶化方法,温度等の異なる結晶条件を設定することにより,ある程度,多形の存在を明らかにすることができるが,現実には試行錯誤を繰り返すことにより,多形が検索されるものであることに照らすと,あらかじめ特定の結晶形を選択すべき動機付けがなければ検索できないというものではない。

・・・結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を一般に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであって,本願発明における結晶化条件の特定の組合せを採用することは格別のこととはいえない・・・。

以上のとおり,本件審決における相違点の容易想到性の判断に誤りはない。」

2 予想できない顕著な効果についての判断の誤りについて
「本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性を有するとしても,そのことは,室温を含む13℃以上の温度で安定であることを意味するものにすぎず,格別顕著なものとはいえない。また,本願明細書には,本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性により,「処理および結晶化の容易さ,取り扱い,応力に対する安定性,計量分配の利点を有し医薬剤形の製造に好適という効果」(【0007】)を奏するとの記載はなく,これらが形Iの効果であることを認識することは困難である。さらに,仮に本願発明の形Iの結晶質が他の結晶形に比べて「吸湿性が低い」としても,それをもって,予測し得る範囲を超える顕著な効果であるということはできない。・・・このほか,原告らは,縷々主張するが,本願発明の形Iの結晶質が予想できない顕著な効果を有することの根拠となるものではない。」

【コメント】

本件化合物Pは、MSD(Merck Sharp & Dohme Corp.)により創製された週1回投与の特徴を有するジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬であるマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチン(Omarigliptin)。マリゼブ®錠は、2015年9月28日に「2型糖尿病」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

当初特許請求の範囲には結晶形IからIVまで記載されているが、本願発明(形I)を含めそれら結晶形のいずれかがマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチンの実際の結晶形なのかどうかは本願明細書の記載からでは明らかでない。

公知医薬有効成分の新規結晶形に関する発明の進歩性については、最近の下記記事のコメント参照。


Dec 5, 2018

中外が抗C5抗体ALXN1210(ravulizumab)開発中のアレクシオン社を日本でも特許侵害で提訴

2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一部である日本特許第4954326号および第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起したとのことです。

J-PlatPatによると、特許第4954326号については、アレクシオン社が特許無効審判を請求しましたが請求不成立審決(無効2016-800136)となり、現在アレクシオン社が審決取消訴訟を知財高裁に提起、係属中です(平成30年(行ケ)10043)。一方、特許第6417431号については、現時点で特許無効審判請求はされていないようです。

参考記事:

Dec 3, 2018

2018.11.20 「帝人 v. 日本ケミファ」 知財高裁平成29年(行ケ)10147

フェブキソスタット結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10147

【背景】

原告(帝人)が保有する「2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第3547707号)に対して被告(日本ケミファ)が請求した無効審判において、無効とされた部分の審決(無効2016-800037号)を不服として原告が提起した審決取消訴訟。本件発明である結晶多形体(及びその製法)の進歩性(特許法29条2項、容易想到性判断)が争点。引用例は本件化合物の結晶である記載(一致点)にとどまり、X線粉末解析パターン等により具体的に特定する記載はなかった(相違点)。

請求項3(本件発明3、C晶):
反射角度2θで表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す,2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体。
【要旨】

裁判所は、本件各発明は引用発明等に基づき当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、この点に関する本件審決の認定・判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.相違点について
「結晶多形が存在する医薬品においては,本件優先日当時の当業者の技術常識として,上記技術課題を解決するべく,再結晶条件につき検討を加えることでバイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性等の種々の要因を考慮して最適と思われる結晶形を探求し,これを得ようとすることは,当業者が当然に行うことということができる。そして,上記のとおり,本件化合物は,引用例1~3の記載により結晶多形の存在を認識し得る。
そうすると,引用発明1-1,2-1及び3の結晶について,当業者には,再結晶条件につき検討を加えることで,安定性や製剤化に優れる結晶多形体を得ることについての動機付けがあるということができる。さらに,本件優先日当時,結晶多形の存在はX線回折法,赤外吸収スペクトル法等により知ることができたのであるから,他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することにより,得られた結晶多形体を特定することも,格別の創意工夫を要するものではなかったということができる。
・・・したがって,引用発明2-1の本件化合物のエタノールを溶媒とする再結晶において,本件優先日当時の技術常識に基づいて再結晶条件を選定し,安定性に優れる結晶多形体,例えばC晶を得ることは,当業者が容易になし得たものというべきである。」
2.本件発明の効果について
「固体医薬品の大部分は結晶であり,多くの医薬品で結晶多形の存在が見出されていること,結晶多形を有する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形が選択されていることは,本件優先日当時の技術常識である。換言すれば,本件化合物を医薬品として用いようとする以上,医薬の承認のために必要な安定性を有することを追求することは当然のことであり,特別な課題とはいえない。また,本件優先日当時の技術常識を前提とした場合,本件各発明に係る結晶形により,従来の結晶よりも格段に優れた効果が示されたことをうかがわせる記載は,本件明細書には見当たらない。したがって,本件発明3及び8について,当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものということはできない。」

【コメント】

1.本件特許の製品保護意義について

本件化合物は、帝人(現・帝人ファーマ)が、1991年に発見した非プリン型選択的キサンチンオキシダーゼ阻害剤であるフェブキソスタット(febuxostat)、高尿酸血症治療剤フェブリク®錠(Feburic®tablet)(北米販売名はUloric®)の有効成分である。フェブリク®錠は、2011年1月21日に「痛風、高尿酸血症」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

フェブリク®錠の医薬品インタビューフォーム(2016年5月第7版)によると、フェブリク®錠の再審査期間は、痛風、高尿酸血症については8年(2011年1月21日~2019年1月20日)、がん化学療法に伴う高尿酸血症については4年(2016年5月23日~2020年5月22日)となっているが、2018年7月27日付の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会議事録、2018年9月7日付の帝人プレスリリース「高尿酸血症・痛風治療剤「フェブリクⓇ」再審査期間延長の通知発出について」及び2018年11月5日付の帝人2018年度第2四半期決算説明会資料によると、フェブリク®錠の小児に対する用法・用量設定及び小児集団における有効性・安全性を把握する目的で治験を実施する必要があると認められ、国内再審査期間の2年間延長(2021年1月20日まで)が決定され、国内では2022年度前半まで後発品の参入は想定されないと発表されている。

J-PlatPatからの情報によると、2011年1月21日の製造販売承認(販売名「フェブリク®錠10, 20, 40mg」、有効成分「フェブキソスタット」、用途「痛風、高尿酸血病」)に基づき特許存続期間延長出願されたものは下記6件の特許のようである。本件特許(第3547707号)は、上記承認に基づいて5年間の存続期間延長登録(2011-700073(10mg); 2011-700098(20mg); 2011-700092(40mg))が認められていることから、フェブリク®錠を保護するものであり、その満了日は2024年6月18日となっていた。もし本件特許が有効に存続しつづけていたとしたら、本件特許発明の結晶形であるフェブキソスタットを有効成分とする後発品の参入時期を再審査期間(2021年1月20日後の後発品申請・承認を想定)を超えて2024年まで遅らせる効果が期待されていたと考えられる。下記延長登録した特許のうち本件特許以外で今だ現存している特許となると、製法特許(特許3202607)と製剤特許(特許4084309)である。しかし、製法特許(特許3202607)は再審査期間後の後発品承認想定時期より前に満了するため役に立たないと思われる。また、製剤特許(特許4084309)についても、そのクレームの構成要件の限定の多さからすると後発メーカーは当該特許範囲を回避した製剤で参入してくる可能性が高そうである(現時点で無効審判請求はされていない)。

特許2725886(物質特許)
  • 延長登録出願2011-700069: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700088: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700094: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅

特許2834971(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700070: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700089: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700095: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅

特許2706037(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700071: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700090: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700096: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅

特許3202607(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700072: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700091: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700097: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない

特許3547707(結晶特許)
  • 延長登録出願2011-700073: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700092: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700098: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2011-700074: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700093: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700099: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない

2016年5月23日の効能・効果の追加及び用法・用量の追加(がん化学療法に伴う高尿酸血症(通常、成人にはフェブキソスタットとして60mgを1日1回経口投与する。))による製造販売一部変更承認に基づき特許存続期間延長登録されているものは下記の通り。下記用途特許(特許5907396)が有効に存続し続ければ、その間、「がん化学療法に伴う高尿酸血症」の効能効果部分については後発品の参入は阻止できると思われる。

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2016-700215: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700216: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700217: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない

特許5907396(用途特許)
  • 延長登録出願2016-700218: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700219: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700220: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない

2.結晶形に関する発明の進歩性判断について

公知化合物の新規結晶形の発明の進歩性のハードルは、技術常識も医薬品開発における動機づけもそれぞれ一定程度存在することから、相当高い。一般に、有効成分の新規結晶形の出願は、医薬品の製品保護期間を確保するために確実に期待できるものではなくなってきており、下記のとおり、公知の医薬有効成分の新たな結晶形に関する発明の進歩性が争われた過去事例ではいずれも進歩性は否定されている。
本件出願の審査が行われ、特許査定となった時期は、2004年頃であり、上記過去判決のように結晶形の進歩性が否定される流れが出てくる前であった。新規結晶形の出願は、日本においては、製品保護期間確保という積極的役割よりも、後発品メーカー含めた競合他社に万が一にも特許を取られてしまい紛争の火種(FTOの問題)を残すのを排するためという消極的役割の方がより現実的な意義付けといえるのかもしれない。

本件特許に相当する欧米出願では、米国(US6225474)でも欧州(EP1020454)でも特許となっている。米国特許はFebuxostatのorangebookに収載されており、欧州特許は異議申立てされ、補正の結果、維持決定となった模様である。


Nov 29, 2018

2018.09.14 「A v. ファイザー」 東京地裁平成29年(ワ)17070

マロピタントの職務発明対価請求権は時効消滅東京地裁平成29年(ワ)17070

【背景】

ファイザー(被告)の元従業員であった原告が「キヌクリジン誘導体」に関する特許(第2645225号)に係る職務発明の譲渡対価を請求した事案。原告はマロピタント(Maropitant)の合成に成功し、その職務発明に係る日本及び外国で特許を受ける権利は、被告の発明考案規程に基づき原告を含む発明者から被告に譲渡された。本件特許は1997年に登録され、本件発明の技術的範囲に属する実施品(有効成分をマロピタントとする犬用の制吐剤「セレニア」)は、ファイザーグループにおいて欧米諸国においては2006年から、日本においては2011年から販売されていた。

【要旨】

裁判所は、本件特許及びこれに対応する外国特許に関する職務発明対価請求権は時効消滅したと認められると判断し、その余の争点について判断せずに原告の請求を棄却した。

新薬セレニアに繋がるマロピタントの発見その後の研究開発に多大なる貢献をしたという功績に対して、平成19年(2007年)5月に、被告から原告に本件支給金(200万円)が支払われたことにより本件職務発明対価請求権の消滅時効が中断したか否かに争いがあった。しかし、本件支給金の支払いに至る経緯についての認定事実によれば、本件支給金は、職務発明の取り扱いについて定めた本件発明考案規程による褒賞としてではなく、当時新たに検討されていた制度(発明者に限らず上市に対する従業員の貢献を全体としてとらえ貢献があった者に対して広く報償する制度)に基づくものであり、本件特許を受ける権利の譲渡の対価としての性質を有するものではないと判断されたため、その支払いにより消滅時効は中断しないと判断された。

以下、消滅時効の成否についての裁判所の判断を抜粋。

(1) 本件特許権について

職務発明対価請求権の消滅時効は,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項が勤務規則等にある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解されるところ(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照),本件特許を受ける権利の譲渡当時,被告における職務発明の対価の具体的内容を定めた本件褒賞基準は,日本国における特許出願1件につき,出願時1万円及び登録時2万円の褒賞金を支給する旨を定めていたから,遅くとも,本件特許権の登録がされた日の翌日である平成9年5月3日が本件特許に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日となる。
前記のとおり,被告は,原告に対し,平成9年の年末頃に上記褒賞金のうち5000円を支払っていると認められるので,上記消滅時効は,この支払によりいったん中断したと認められるが,その後,遅くとも平成10年1月1日から再び進行を始め,平成19年12月31日の経過により完成したものというべきである。
そして,前記判示のとおり,本件支給金は本件特許を受ける権利の譲渡の対価としての性質を有しないと解すべきであるので,本件支給金の支払により消滅時効が中断することはなく,同請求権は,平成19年12月31日の経過によって時効消滅したと認めるのが相当である。

(2) 本件特許に対応する外国特許について

本件訴えの訴状において,本件特許に対応する外国特許に関する職務発明の対価が請求されているかどうかについては,当事者間に争いがあるが,訴状に同請求が含まれるとしても,本件褒賞基準には,日本の特許出願に対応する外国出願時には改めて褒賞金を支給しない旨の規定が置かれ,外国の特許を受ける権利の承継についてもこれに対応する日本特許の出願・登録があった際に併せて褒賞金が支払われることが想定されているということができる。
本件における外国の特許を受ける権利の譲渡の対価請求権の存否に関する準拠法は日本法となり,外国の特許を受ける権利の譲渡の対価請求権の消滅時効についても日本法が準拠法となると解されるところ,上記判示によれば,外国の特許を受ける権利に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日はこれに対応する日本特許と同一となるので,上記(1)と同様の理由により,同請求権は平成19年12月31日の経過によって時効消滅したと認めるのが相当である。

【コメント】

原告による本件発明の譲渡の対価額は、原告の主張によると12億円、被告の主張によるとそのような金額になることはありえない、と争いがあったが、対価請求権の有無及びその額についての争点は判断されること無く、請求権の時効消滅により原告請求棄却となった。当時のファイザーにおける新たな発明報償制度についての検討過程が認定事実として判決文に記載されており、興味深い。


Nov 27, 2018

大日本住友 LATUDA®後発品メーカー16社とのANDA訴訟が終結

2018年11月27日付の大日本住友製薬プレスリリースによると、非定型抗精神病薬LATUDA®(一般名:ルラシドン塩酸塩)の用途特許(US9,815,827)/製剤特許(US9,907,794)の侵害を理由として後発品メーカー16社に対して提起したANDA訴訟が終結したとのことです。

本訴訟の提起後、本訴訟の追行と並行して、裁判所からの指示等を受けて大日本住友製薬およびサノビオン社が被告各社との間で個別の協議を実施した結果、訴訟の取下げや和解契約による訴訟の終結などを通じて本訴訟の被告数は減少していたとのことですが、このたび残る被告との間でも和解に至ったことにより、本訴訟の全ての被告との間での紛争が終結し、裁判所による確認手続を経て本訴訟は全ての被告との間で終結することになるとのことです。本和解および本訴訟の被告と締結済の和解契約に基づき、本訴訟の被告であった複数の後発品メーカーは、2023年2月21日以降本製品の後発品を販売することができるとのことです。

なお、本訴訟とは別に、本訴訟の提訴後に大日本住友製薬およびサノビオン社に対し、パラグラフ(IV)通知を送付した後発品メーカー3社に対する、上記の用途特許/製剤特許に基づく特許侵害訴訟は、係属しているとのことです。

参考:
過去記事:


Nov 25, 2018

2018.11.06 「アルフレッサ v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10117

刊行物に物の発明が記載されているといえるためには、刊行物の記載及び技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが必要知財高裁平成29年(行ケ)10117

【背景】

原告(アルフレッサファーマ)が保有する「マイコプラズマ・ニューモニエ検出用イムノクロマトグラフィー試験デバイスおよびキット」に関する特許(第5845033号)異議申立における取消決定(異議2016-700611)取消請求訴訟。争点は進歩性。

【要旨】

裁判所は、本件取消決定は、引用発明の認定を誤った結果、相違点を看過し、なおかつ、これらの相違点に関する容易想到性の判断を全く行わないままに進歩性欠如の結論を導いたものであるから、取り消されるべきであると判断した。

以下、裁判所の判断の抜粋。
「特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」は,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明(本件特許発明)を容易に発明することができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。また,本件特許発明は物の発明であるから,進歩性を検討するに当たって,刊行物に記載された物の発明との対比を行うことになるが,ここで,刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である。
かかる観点から本件について検討すると,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識を考慮しても,引用発明1のデバイスを当業者が作れるように記載されているとはいえない。理由は以下のとおりである。

・・・異なる二つのモノクローナル抗体でありさえすれば,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成するとの本件出願時の技術常識も見当たらず,また,サンドイッチ複合体を形成しさえすれば,必ず患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出できると直ちにいうこともできない。

・・・そこで,第1のモノクローナル抗体と第2のモノクローナル抗体の組合せに関して引用例1の記載を検討するに,引用例1には,ラテラルフローデバイスに用いる二つの抗体について,具体的なモノクローナル抗体の組合せを示す記載は見当たらない。また,本件出願時において,ラテラルフローデバイス等のサンドイッチ複合体を形成できる具体的なモノクローナル抗体の組合せが周知であったことを示す証拠もない

・・・さらに,引用例1には,P1タンパク質に対するモノクローナル抗体として,マウスのモノクローナル抗真正P1タンパク質抗体H136E7(【0012】)とrP1に対するモノクローナル抗体(【0096】)に関する記載があるが,P1タンパク質に対する具体的なモノクローナルは,H136E7が記載されているにとどまり,rP1に対するモノクローナル抗体については,その当該モノクローナル抗体を生産する細胞株も,モノクローナル抗体のアミノ酸配列等の情報も,H136E7とのサンドイッチ複合体の形成の有無に関する手掛かりとなる情報も記載されていない。
このような引用例1の記載に基づいて,ラテラルフローデバイスを作るためには,モノクローナル抗体として一つはH136E7を用いるとしても,もう一つ,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能な別のモノクローナル抗体を用いる必要があるが,引用例1には,そのようなモノクローナル抗体の構造について手掛かりとなる記載がなく,何らかの方法でモノクローナル抗体を入手し,それらのモノクローナル抗体が,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能であるかを調べ,試行錯誤によって,H136E7と組み合わせて患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出するラテラルフローデバイスを構成できるモノクローナル抗体を見つけ出す必要がある。
以上を踏まえれば,たとえ様々なモノクローナル抗体を得る技術自体は周知技術であるとしても,本件取消決定が認定した引用発明1のラテラルフローデバイスは,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識から,直ちに作ることができるものとはいえない。
したがって,引用例1に引用発明が記載されている(あるいは,記載されているに等しい)ということはできない。」
【コメント】

アッセイデバイスという物の発明について、進歩性欠如理由として引用された発明の適格性が問題となった。刊行物に物の発明が記載されているといえるためには、刊行物の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが必要である。


Nov 18, 2018

2018.10.30 「スリー・ディー・マトリックス v. MIT・バーシテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10158

"単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべき": 知財高裁平成29年(行ケ)10158

【背景】

被告(MIT及びバーシテック)が保有する「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」に関する特許(第5204646号)の無効審判請求不成立審決(無効2016-800082号)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:
必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,該処方物は,自己集合性ペプチドを含み,ここで,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなり,該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである,処方物。
引用例1ないし3は、ペプチドのバイオマテリアル製品「PuraMatrix」(本件製品)を紹介するために設けられた原告関連のウェブページであり、RADARADARADARADAのとおり配列された物質を「RADA16」と略す。

【要旨】

裁判所は、当業者は、引用発明及び引用例により利用可能となった事項から、周知技術を参酌しても、本件発明1を容易に発明をすることができないとして、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。
「止血作用を有する成分として,RADA16のみで構成される自己集合性ペプチドしか特定されていないから,・・・本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって,本件明細書においても,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。よって,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。

・・・当業者には,引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」に,引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。・・・そうすると,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。

・・・しかし,・・・引用例1ないし3の記載からは,他の成分を加えることなくRADA16のみが短時間でゲル化し,止血剤として機能することまで理解できるものではない。そうすると,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。

・・・したがって,引用例1ないし3の記載のみに基づいた場合,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。

・・・ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても,当業者は,引用発明に係る止血剤について,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。よって,当業者は,優先日当時における周知技術を参酌しても,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。

・・・原告は,引用発明をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止血効果があることを確認できる旨主張するものと解される。しかし,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。そのようなRADA16の使用方法として,そのまま出血部位に適用することは,たとえそれが単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべきであって,容易に想到できるものではない。」

【コメント】

引用発明である成分Aが引用例等の記載(本件ではいわゆる「一行記載」に当たると思われる)との動機づけから用途Bとして応用できると理解できたとしても、それら引用発明及び引用例等の記載からでは成分Aが有効成分/不活性担体として含まれるのかどうか等の組成や使用方法を含めどのようにして用途Bに使用し得るのかについてまで理解できない、ということで本件特許発明(成分Aのみを有効成分とする用途B)の進歩性が認められた事件。

無効理由のために挙げられた引用例はいずれも原告スリー・ディー・マトリックス インク(3-D Matrix Inc.)関連の製品を紹介する過去のウェブページ(Wayback Machineによるウェブ・アーカイブ)であった。ウェブ・アーカイブの証拠能力については争われなかった。過去、ウェブ・アーカイブの証拠能力について争点となった判決としては、例えば、2007.03.26 「イングリッシュタウン v. エイゴタウン」 知財高裁平成18年(行ケ)10358がある。

3-D Matrix Inc.は(株)スリー・ディー・マトリックス(3-D Matrix, Ltd.)の子会社である。3-D Matrix, Ltd.のwebpage及び2018年06月14日付の平成30年4月期 決算短信[日本基準](連結)によると、1992年に米国マサチューセッツ工科大学(MIT。本件被告)のShuguang Zhang博士によって発見された自己組織化ペプチド基盤技術にかかる基本特許群につき、3-D Matrix Inc.がMITより専用実施権(再許諾権付)の許諾を受け、3-D Matrix, Ltd.が3-D Matrix Inc.より実施権の再許諾を受けているとのこと。そして、3-D Matrix, Ltd.は、MITを権利者とする自己組織化ペプチド特許(出願国:米国)について、自己組織化ペプチド応用技術に係るMIT出身研究者により設立されたバイオベンチャー企業であるARCH Therapeutics, Inc.と、非独占的なサブライセンス契約を締結していた(同決算短信時点では競合するおそれは低いものと考えているとのこと)。

一方、そのARCH Therapeutics, Inc.の2016年12月5日付(FORM 10-K)Annual report pursuant to Section 13 and 15(d)によると、
"We have also entered into a license agreement with MIT pursuant to which we have been granted exclusive rights under one portfolio of patents and non-exclusive rights under another portfolio of patents. The portfolio exclusively licensed from MIT and Versitech Limited (“MIT”) includes fifteen patents that have been either allowed, issued or granted and seven applications that are pending in nine jurisdictions.....A complaint for an invalidation trial has been filed by a competitor against one of our licensed MIT Japanese patents. The corresponding European patent licensed by Arch from MIT was recently opposed, but was maintained in amended form following an administrative hearing. This decision has been appealed."
とあることから、本件特許(MITとVersitech Limitedが保有)が上記"one of our licensed MIT Japanese patents"に該当すると考えられる。

上記のとおり、3-D Matrix, Ltd.は、ARCH Therapeutics, Inc.と非独占的なサブライセンス契約を締結しているとのことではあるが、本事件において、3-D Matrix Inc.(原告)が、ARCH Therapeutics, Inc.にライセンスされていると思われるMITとVersitech Limited(被告)が保有する本件特許(Shuguang Zhang博士が発明者の一人)の無効審判を請求したことから、原告(3-D Matrix)サイドは関連製品のFTOとして(または許諾契約関係として)本件特許の存在を懸念していると想像され、被告サイド(MIT、Versitech Limited、ARCH Therapeutics, Inc.)との上記関係のどこかに問題が生じているのかもしれないと想像される。

Nov 16, 2018

中外製薬が抗C5抗体ALXN1210(ravulizumab)を開発するアレクシオン社を特許侵害で提訴

2018年11月16日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、2018年11月15日(米国現地時刻)、Alexion Pharmaceuticals, Inc.が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ravulizumab)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一つである米国特許第9,890,377号に触れるとし、「ALXN1210」の米国における製造および販売を含む侵害差止めを求める訴えを米国デラウエア州連邦地裁に提起したとのことです。

一方、Alexionは、その2018年11月16日付のSEC filing Form 8-K Report of unscheduled material events or corporate eventによると、以下のとおり、中外の主張に対して反論していくとのことです。
On November 15, 2018, a complaint was filed against Alexion Pharmaceuticals, Inc. by Chugai Pharmaceutical Co., Ltd. in the U.S. District Court for Delaware alleging that ALXN1210 infringes a U.S. patent held by Chugai. We believe that we have valid legal defenses against Chugai’s infringement claims. Accordingly, we intend to oppose these claims and intend to proceed with our business plans for ALXN1210.

参考:
  • 中外製薬 press release: 2018.11.16 「当社抗体改変技術に関する米国における特許権侵害訴訟の提起について
  • 米国特許第9,890,377号 claim1: A method of removing an antigen from plasma, the method comprising:
    (a) identifying an individual in need of having an antigen removed from the individual's plasma;
    (b) providing an antibody that binds to the antigen through the antigen-binding domain of the antibody and has a KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value, defined as the ratio of KD for the antigen at pH 5.8 and KD for the antigen at pH 7.4, of 2 to 10,000, when KD is determined using a surface plasmon resonance technique in which the antibody is immobilized, the antigen serves as analyte, and the following conditions are used: 10mM MES buffer, 0.05% polyoxyethylenesorbitan monolaurate, and 150mM NaCl at 37.degree. C.; and
    (c) administering the antibody to the individual, wherein the antibody binds to the antigen in plasma in vivo and dissociates from the bound antigen under conditions present in an endosome in vivo, and wherein the antibody is a human IgG or a humanized IgG.
  • Alexion SEC filing Form 8-K: 2018.11.15 Report of unscheduled material events or corporate event


Nov 4, 2018

2018.07.13 「レッドエックス ファーマ v. 国」 東京地裁平成29年(行ウ)290

事務所員の誤入力により国内書面提出期間内に手続できなかったことに「正当な理由」があったか?東京地裁平成29年(行ウ)290

特許法184条の4第1項が定める国内書面提出期間内に「ソフトROCKインヒビターとしてのピリジン誘導体」に関するPCT出願(PCT/EP2014/051546; WO2014/118133)の明細書等翻訳文を出願人が提出することができなかったことについて、同条4項に従い「正当な理由」があるとして手続きしたが、特許庁長官が手続を却下した処分は違法であると主張して、原告が同却下処分の取消しを求めた事案。欧州特許事務所員が、30か月期限国である日本を31か月期限としてシステムに誤入力したことが原因だった。

裁判所は、誤入力を回避するため細心の注意を払って適切な過誤回避措置が採られていたと認めるに足りる証拠はないから、法184条の4第の「正当な理由」があったと認めることはできない、と判断した。請求棄却。

本件出願は、物質発明に関するもの。INPADOC patent familyによると多くの国に手続きが進められていることから、医薬品の開発化合物して重要な出願だったのかもしれない。


Oct 31, 2018

2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106

ハーセプチン®乳癌術前術後補助化学療法発明の進歩性否定、定性的効果の記載にとどまる場合は進歩性判断に後出しデータ参酌せず知財高裁平成29年(行ケ)10106

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗-ErbB2抗体による治療」に関する特許(第5623681号)の無効審判請求に対する不成立審決(無効2016-800021号)の取消訴訟。

請求項1:
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとの原告主張を認め、審決を取消した。

1.相違点1の容易想到性について

裁判所は、
「本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。そして,これらに,・・・甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されていることを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。・・・

また,・・・抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。」
と判断した。

2.本件特許発明1の効果について

裁判所は、
「本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。・・・また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。
そして,・・・当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。」
と判断した。

被告は、
「本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果がある」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」
と判断した。

【コメント】

進歩性判断における実験データの参酌に関して判断した判決。

原審である特許庁審決では、
「本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)という効果を奏するとされるものであり,これらの効果は,甲17~21〔審判乙1~5〕において実際に確認されているといえるから,甲17~21〔審判乙1~5〕で示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。」
として判断していた。
そして、被告も、実験データの参酌の基準に関する下記判決を引用して、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき、具体的な実験データを参照することは妥当であると主張していた。
しかし、裁判所は、明細書中に記載された効果が定性的な記載にとどまる場合には、進歩性における顕著な効果の有無判断に後出しデータを参酌しないと判断した。

確かに、明細書の記載を眺めると、効果の顕著性を主張するための後出しデータを参酌するのは妥当でないと直感的に思うのだが、上記のとおり、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき後出しデータを参酌した過去判決もあり(参考: 進歩性のための明細書記載要件)、今回の判決がこれまでの判決との整合性をどのようにとったのかは明らかではない。定性的効果の記載に基づいて実験データの参酌を許容する基準はどこにあるのか明確な判断理由且つ一貫した司法判断を望む。

ところで、本件出願は欧州では成立(EP1187632B1)したが、異議申立がされ、結局、審判において進歩性欠如を理由として無効と判断された(T0402/12)。
Claim 1. Use of an anti-ErbB2 antibody for the manufacture of a medicament for treating a human patient susceptible to or diagnosed with a tumor in which ErbB2 protein is expressed, wherein the medicament is for treating the patient prior to steps of surgical removal of the tumor and treatment of the patient after the surgical removal of the tumor with anti-ErbB2 antibody and/or a chemotherapeutic agent.

本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ハーセプチン®のインタビューフォーム「開発の経緯」によると、
「・・・2008年2月に「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」について効能・効果及び用法・用量追加が承認された。さらに、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討結果に基づき、2011年11月に「HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌における3週間1回投与法」及び「HER 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が、2013年6月に「HER2過剰発現が確認された乳癌に対する術後補助化学療法としてのA法(1週間間隔投与)の用法・用量」が承認された。これにより本剤の乳癌に対する効能・効果は「HER2 過剰発現が確認された乳癌」、用法・用量はA法(1週間間隔投与)又はB法(3週間間隔投与)となった。」
とある。従って、「HER2過剰発現が確認された乳癌」という効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」及び「HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が含まれており、ファイザー品も第一三共品も、効能・効果が「HER2過剰発現が確認された乳癌」である以上、そのような術前および/または術後の補助化学療法を同様に含むものとなると考えられる。従って、ファイザー品及び第一三共品は、本件特許請求の範囲に係る(a)、(b)及び(c)の工程を順次行うことを含む治療をするための医薬に該当する可能性があり得る(だからこそ、無効審判請求にファイザーは参加していると推測される)。

本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下している。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもうすぐだったとはいえ、その状況での第一三共品とファイザー品の承認(2018年9月21日)である。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところである。

中外製薬は、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」について、同製品のバイオ後続品の製造販売承認取得者である第一三共もしくはファイザーに対し、ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行っていた。
しかし、本件審決取消訴訟では、特許性が否定されたため、中外製薬が第一三共もしくはファイザーに対して提起した用途特許侵害訴訟は中外製薬にとって厳しい状況になったと思われる。

2018年10月31日付の中外製薬のプレスリリース「訴訟および仮処分命令申立ての取り下げについて」によると、中外製薬は、第一三共またはファイザーに対する訴訟および仮処分命令の申立てを取り下げる。

以下の過去記事参照。

2018.10.11 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10212

黒ショウガ成分含有組成物知財高裁平成29年(行ケ)10212

【背景】

東洋新薬(被告)が保有する「黒ショウガ成分含有組成物」に関する特許権(第5569848号)の無効審判(無効2015-800007)請求不成立の審決取消訴訟。第一次審決(原告の無効審判請求に対して不成立とした審決)を取り消した前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)の確定を受けて再係属となった上記審判において、特許庁は原告の訂正請求を認めた上で請求不成立審決をしたため、原告は取消訴訟を提起した。

請求項1:
(訂正前)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

(訂正後)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。
【要旨】

取消事由1(進歩性に関する判断の誤り)について
「本件訂正発明は,甲3発明との対比の観点からは,そもそも効果の顕著性について検討するまでもなく進歩性が認められるべき筋合いのものであったといえる。・・・以上によれば,本件訂正発明について,甲3発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした上で,顕著な効果が認められることを理由に進歩性を認めた本件審決の判断は,その論理構成に誤りがあるものの,結論においては誤りがないというべきであるから,その余の点(効果の点)について検討するまでもなく,原告主張の取消事由1は理由がない。」
取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
「・・・黒ショウガ成分を含有する粒子が,その表面の全部についてコート剤で被覆されている場合は,表面の一部がコート剤で被覆されている場合と異なり,相当程度の被覆量でコート剤が用いられることは当業者が理解するところである・・・から,そもそも,表面の全部をコート剤で被覆する態様は,コート剤の被覆の量や程度が不十分である場合には該当しない。したがって,「表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様」なるものを想定して,本件訂正発明にも前訴判決の拘束力が及ぶとする原告の主張は,その前提自体が失当である。・・・表面の全部がコート剤で被覆された黒ショウガ粒子が,本件発明(本件訂正発明)の課題を解決できることは,実施例1及び2,比較例1の結果から明らかであるといえる。・・・本件明細書の記載や技術常識を踏まえると,当業者は,たとえ本件明細書に具体的な「コート剤」の量が記載されていなかったとしても,本件訂正発明はその課題が解決できると認識するものと認められる。以上によれば,サポート要件違反の無効理由を認めなかった本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。」
請求棄却。

【コメント】

結論的には特許庁も裁判所も進歩性を認めたわけであるが、引用発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした特許庁の論理を裁判所は誤りであるとした。また、前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)ではサポート要件違反と判断されたが、その後の審判審理において訂正したこと(その表面の一部を被覆したことを特徴とする構成を削除したこと)によりサポート要件違反を解消することができた。

参考:

Oct 28, 2018

2018.10.11 「エルメッドエーザイ v. 大日本住友製薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10160

アムロジピンの光安定化製剤特許知財高裁平成29年(行ケ)10160

【背景】

大日本住友(被告)が保有する「光安定性の向上した組成物」に関する特許第5689192号の無効審判請求(無効2016-800114)に対する不成立審決取消訴訟。アムロジピンに酸化鉄を配合することで光安定化のために被覆層を必要とすることなくアムロジピン含有経口固形組成物が得られたというもの。

請求項1:

(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物である)。
【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由はいずれも理由はない、すなわち、

  • 進歩性について: 阻害要因の存在や多種多様な組合せがあり得るなかで選択する動機付けがないなど、当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。
  • 分割要件適合性について: 当初明細書にはマンニトールは任意成分として記載されており、「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまではいい難く、原出願当初明細書記載事項の範囲内であるといえる。
  • サポート要件適合性について: 当業者は、本件明細書の実施例の全てにおいて、酸化鉄を配合した組成物であれば、マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認められる。
  • 先願要件適合性について: 本件原出願発明と同一であるとはいえず、個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって、周知慣用技術の転換にすぎないともいえない。
と判断し、請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について

「甲1発明のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を,敢えてフィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することには,光による変色・分解物の発生のおそれ,苦み,薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害要因があるというべきである。」
2.取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
「甲15において,ベシル酸アムロジピンは・・・列挙されている適応症も薬効も異なる100を超える多種多様な活性成分の一つとして紹介されているものにすぎず・・・酸化鉄は,発明の効果に関係がない任意成分の例として挙げられた・・・着色剤として例示された5種類の物質のうちの一つにすぎない。そうすると,甲15に接した当業者において,甲15発明の組成物につき,多種多様な組合せがあり得る任意の添加剤としての酸化鉄は変更しない一方で,活性成分として,甲15の・・・多数の化合物の中から,特にベシル酸アムロジピンを選択するとの動機付けがあるとは認め難い。以上によれば,甲15発明の塩酸マニジピンをベシル酸アムロジピンに変更することが,当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。」
3.取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提において失当である。仮に,この点を措くとしても,・・・当該意見書の全体の記載をみれば,マンニトールを含有しない組成物を完全に排除しているとまではいい難い。」
と判断した。

4.取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえないから,本件特許はサポート要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「光安定化効果に対するマンニトールの作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認めるに足りる的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てにおいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても,それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ,当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるものであるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張は採用することができない。」
と判断した。

5.取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎない上に,本件訂正発明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,両発明は同一のものであって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,先願要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本件原出願の請求項1に係る発明と本件訂正発明とが同一であるとはいえない。・・・そして,本件原出願の請求項1に係る発明及び本件訂正発明に係る経口固体組成物において,マンニトールと,結晶セルロース,炭酸カルシウム及びデンプンとが,その特性や含有目的と無関係に等しく置換可能であると認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。そうすると,個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに所定量のデンプンに置換することが,周知慣用技術の転換にすぎないとまでいうことはできない。」
と判断した。

【コメント】

1.進歩性について

裁判所は、動機づけにおける阻害要因の存在を認め、また、多種多様な組合せがあり得る任意の選択肢の中から特に特定のものを選択するとの動機付けはないと判断した。
2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184(大合議判決)2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260においても、その引用文献に記載された選択肢の多さが動機づけを否定する理由とされた事件であった。その判決において、裁判所は、
「選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき・・・そうすると・・・積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず・・・技術的思想を抽出し得ると評価することはできない」
と判断している。本件は2000万通り以上というわけではないかもしれないが、多種多様な選択肢の中から特定のものを抽出する動機づけはないと判断した論理は、上記判決と本件判決との間で整合している。進歩性を肯定する側の論理としては有用な主張となるだろう。

2.分割要件について

本件特許の日本における分割出願ファミリーは下記の通り。
特願2005-129150(特許4214128)→特願2008-260095(特許4954961)→特願2011-283072(特許5689052)→特願2014-031177(本件特許5689192)→特願2014-218271→特願2015-110033(特許5820951)、特願2015-227541→特願2016-252948→特願2017-247675
分割出願での重複を避けるためや新規性等の拒絶理由を回避するために、分割出願時または補正により、特許請求の範囲から、ある特定の構成を除く場合がある。本件の場合は、「但し,マンニトールを含まない組成物である」という構成の付加である。本件では、原出願の審査過程で提出された意見書に基づけば、原出願当初明細書にはそもそも「マンニトールを含まない組成物」との技術思想は想定されていないから分割要件に適合しないと原告は争ったが、マンニトールは任意成分ということの他、意見書の記載だけではその「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまでは言い難いと裁判所は判断した。分割要件は、原出願当初明細書及び出願時の技術常識に基づいて客観的に分割要件が判断されることが原則としても、原出願審査時にした意見書において主張する内容も、分割要件に影響を与えかねないことは注意点であろう。

3.エルメッドエーザイのアムロジピン含有製品について

エルメッドエーザイは、以下のベシル酸アムロジピンを含有する製剤を扱っている。
  • 販売名: アマルエット®配合錠1番/2番/3番/4番「EE」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩、アトルバスタチンカルシウム水和物;先発品名: カデュエット)
  • 販売名: アムバロ®配合錠「EE」
    (一般名: バルサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: エックスフォージ)
  • 販売名: アムロジピンOD錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスクOD、アムロジンOD)
  • 販売名: アムロジピン錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスク、アムロジン)
  • 販売名: イルアミクス®配合錠LD/HD「EE」
    (一般名: イルベサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: アイミクス)
  • 販売名: テラムロ配合錠AP/BP「EE」
    (一般名: テルミサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ミカムロ)
上記製剤の中には、酸化鉄、結晶セルロース、デンプンを含み、マンニトールを含まない製品があり、本件特許発明の他の構成要件も一致するのかどうか気になるところである。本件特許(5689192)は特許存続期間延長出願はされておらず、満了は2025年4月27日である。特許有効と判断した本件判決により、エルメッドエーザイや、他のジェネリックメーカーが扱っているベシル酸アムロジピンを含有する製剤が、本件特許との関係で影響を受けるのかどうか気になるところである。


Oct 17, 2018

2018.10.11 「ファイザー・セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

ハーセプチン®乳癌治療の用法用量発明の進歩性否定される知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許(第5818545号)の無効審判請求は成り立たない旨の特許庁審決(無効2016-800071号)を不服としてファイザー及びセルトリオン(原告ら)が提起した審決取消訴訟。原告主張の無効理由は、実施可能要件違反と進歩性欠如。

請求項6:
抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用例2(米国で承認された医薬品ハーセプチンの添付文書)に記載された発明及び技術常識に基づき容易に発明をすることができたものであるから、原告ら主張の取消事由3(進歩性判断の誤り)は理由があるとして本件審決を取り消した。以下、裁判所の判断より抜粋。

ア 構成について
「当業者は,本件優先日当時,乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において,投与量を多くすれば,投与間隔を長くできる可能性があり,医薬品の開発の際には,投与量と投与間隔を調整して,効能と副作用を観察すること,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることは,患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり,費用効率,利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。
そして,引用例2には・・・本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは,示唆されているといえる。また・・・本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載され・・・さらに・・・本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。
そうすると,上記のとおりの技術常識を有する当業者は,引用発明2-1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく,本件抗体の投与量と投与間隔を,その効能と副作用を観察しながら調整しつつ,本件抗体の投与期間について,費用効率,利便性の観点から,併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや,本件抗体の投与量について,8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして,当業者が,このように通常の創作能力を発揮すれば,本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。・・・なお,A博士の宣誓書には,がん専門臨床医は,未試験の投与レジメンを実験することは患者の生命をリスクにさらすことになるから,本件抗体を8/6/3投与計画で投与することを動機付けられないなどと記載されているが,臨床医が薬剤の新たな用法用量を臨床的に試みる動機付けがないことをもって,薬剤の新たな用法用量の開発を試みる動機付けを否定するものにはならない。」

イ 効果について
「被告は,本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は,4/2/1投与計画で投与する引用発明2-1と同等の治療効果を有し,投与間隔が3倍となったから,顕著な効果を有すると主張する。・・・しかし,前記のとおり,本件優先日当時,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることが,費用効率,利便性の観点から望ましいということは,当業者にとって技術常識であったものである。・・・引用例2には,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば半減期が長期化すること,本件抗体を4/2/1投与計画で投与すれば約79μg/mlのトラフ血清濃度を維持できたことが記載されている。そして,この記載から,本件抗体を8/6/3投与計画で投与すれば,17μg/ml程度のトラフ血清濃度を維持できるであろうことは予測できる。そうすると,実施可能要件やサポート要件に関しては格別,進歩性に関しては,本件発明6が過去の臨床試験で求められる程度の治療効果を有しつつ,単に投与間隔が3倍になったことをもって,本件発明6の治療効果が引用発明2-1と比較して予測できない顕著なものということはできない。・・・ところで,本件明細書には,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における,病勢進行の期間の長期化や生存率に関する具体的な記載はないから,本件発明6の治療効果は不明であって,引用発明2-1と同等の治療効果を有するとは直ちにはいえない。」
【コメント】

用法用量に関する発明の進歩性が否定された事例。本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ところで、ハーセプチン®をカバーすると思われる他の用途特許(第5623681号)も存在する(過去記事: 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起」のコメント参照)。当該特許についてもセルトリオンにより特許無効審判が請求されたが、特許庁は請求は成り立たない旨の審決を出した(無効2016-800021)。その審決取消訴訟(平成29年(行ケ)10106)の判決言渡期日が2018年10月22日である。ハーセプチン®バイオシミラーの承認を取得したファイザー及び第一三共に対して中外製薬が提起した特許侵害訴訟の行く末は、上記審決取消訴訟判決の結果に大きく影響を受けるかもしれない。

参考:

Oct 12, 2018

中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起

2018年10月12日付の中外製薬プレスリリースによると、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」のバイオ後続品(バイオシミラー)の製造販売承認取得者である第一三共とファイザーに対し、ロシュ・グループのジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、専用実施権者である中外製薬は、ジェネンテック社とともに、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行ったとのことです。


ハーセプチン®(Herceptin®)について

ハーセプチン®(Herceptin®)注射用は、ジェネンテック社が創製したHER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2:ヒト上皮増殖因子受容体 2 型)の細胞外領域に結合し、HER2過剰発現ヒト腫瘍細胞の増殖を抑制する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤。米国において1992年より臨床試験が開始され、1998年乳癌治療薬としては世界で最初のヒト化モノクローナル抗体治療薬として、FDAで認可されました。国内では2001年4月4日承認され、HER2過剰発現が確認された乳癌、HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌に効能・効果が認められています。用法及び用量は下記の通りです。
HER2過剰発現が確認された乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
A法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

ジェネンテックが保有する特許について

ジェネンテックが保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許権(第5818545号)が2015年10月9日に設定登録がなされました。存続期間満了日は2020年8月25日。2016年6月にセルトリオンが特許無効審判請求をし、2017年3月にはファイザーが参加人として加わりましたが、特許庁は請求は成り立たないとの審決(無効2016-800071)を2017年7月に下しています(審決取消訴訟(平29年(行ケ)10165、平29年(行ケ)10192)は2018年10月11日が判決言渡期日)。また、同特許に対して、別途ファイザーが2017年5月に無効審判を請求しています(無効2017-800062)。今回の中外製薬のプレスリリースにある「ジェネンテック社が保有する用途特許」とはおそらく、少なくとも、この特許のことではないかと推測され、特許の有効性や侵害訴訟の行方など、今後の動向が注目されます。

特許第5818545号の請求項1:
(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。

トラスツズマブBS点滴静注用60mg「第一三共」/トラスツズマブBS点滴静注用150mg「第一三共」(2018年9月21日承認)及びトラスツズマブBS点滴静注用60mg「ファイザー」/ トラスツズマブBS点滴静注用150mg「ファイザー」の効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌」が含まれいますが、用法及び用量において、HER2過剰発現が確認された乳癌には、A法を使用するとなっており、B法は採用していません。第一三共とファイザーはこのような用法・用量の「虫食い」により本件特許のクレーム範囲を回避しているように思われます。


参考:
関連:

Oct 9, 2018

2018.09.18 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10045

LRP6結合分子に関する特許取消決定取消訴訟知財高裁平成29年(行ケ)10045

【背景】

「低比重リポタンパク質受容体関連タンパク質6(LRP6)を調節するための分子および方法」に関する特許(第5764329号)の異議申立て(異議2016-700138号)につき特許庁がした特許取消決定の取消しを求めてノバルティス(特許権者)が訴訟を提起した事件。

請求項1(一部記載を簡略):
特異的にLRP6の第1のプロペラまたは第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子であって,ここで,
(i)特異的にLRP6の第1のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(a)配列番号:1のアミノ酸20-326;または
(b)配列番号:1のアミノ酸286-324;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない
(ii)特異的にLRP6の第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(c)配列番号:1のアミノ酸631-932;または
(d)配列番号:1のアミノ酸889-929;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt3および/またはWnt3a特異的であり,優先的にWnt3および/またはWnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt1誘導シグナル伝達経路を阻害しない,結合分子。
請求項23:
請求項1-22のいずれかに記載のLRP6結合分子を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明(LRP6結合分子の発明及び医薬品組成物の発明)について実施可能要件及びサポート要件に適合しないとして本件特許を取り消すとした異議の決定の結論に誤りはないから、その余の取消事由について判断するまでもなく原告の請求は理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、裁判所の判断を抜粋。

1.LRP6結合分子の発明(本件発明1~22,31~33)について
実施可能要件適合性について
「物の発明について,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,当業者が,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていることが必要であると解するのが相当である。」

「本件発明1~22,31~33は特定のアミノ酸配列の抗原結合部分を含むLRP6結合分子,すなわち化学物質の発明である。そして・・・本件明細書の記載から,実施例で得られた各Fabのアミノ酸配列等の化学構造や認識するエピトープを把握することはできない。また,本件明細書には,Wnt1特異的等の機能的な限定に対応する具体的な化学構造等に関する技術情報も記載されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明における他の記載及び本件特許の出願時の技術常識を考慮しても,特許請求の範囲に規定されている300程度のアミノ酸の配列に基づき,Wnt1に特異的である等の機能を有するLRP6結合分子を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤をする必要があると認めるのが相当である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,本件発明に係る物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されているとはいえない。」
サポート要件適合性について
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「本件明細書には,具体的な抗体の抗原結合断片Fabを得たことをうかがわせるプライベート番号(Fab003,Fab015など)が記載されているものの,それらの具体的なFabの構造(アミノ酸配列)も,当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていない(なお,上記のとおり,実験結果が記載されていたと推測される図が全て欠落しているため,これらのFabが有する詳細な機能・特性の検証自体が事実上不可能である。)。そして,特許請求の範囲には,「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」という機能的な特徴を有することが記載されているものの,これらの機能と得られたFabの構造上の特徴等を関連づける情報も何ら記載されていない。そうすると,本件発明1について,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。このことは,本件発明2~22,31~33についても同様である。」
2.医薬組成物の発明(本件発明23~30,34~39)について
実施可能要件適合性について
「医薬に関する発明については,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,その有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を使用することができないから,実施可能要件に適合するものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を生産することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるというべきである。」

「本件明細書には,本件発明23~30,34~39に係る医薬組成物が新規有効成分とするところの「LRP6結合分子」を用いた薬理試験結果など,医薬としての具体的な有用性を当業者が理解し得るような記載がされていない。そうすると,当業者は,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することができないというべきである。したがって,本件発明23~30,34~39について,本件明細書の発明の詳細な説明は,実施可能要件に適合するものとはいえない。」
サポート要件適合性について
「本件明細書・・・には,一般的な製剤化技術やWntシグナル伝達が関連している可能性がある多くの疾患が列挙されているものの,本件明細書の他の記載を参酌しても,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そうすると,本件発明23~30,34~39に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するものとはいえない。」
【コメント】

本件特許明細書(特表2011-503025; WO2009/056634)には、実施例で得られた具体的な各Fabのアミノ酸配列等の化学構造も当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていないし、実験結果が記載されていたと推測される図も全て欠落していた。特許庁の審査を経て一旦特許査定が出されたことは不思議だが、実施可能要件違反及びサポート要件違反を理由による特許取消は免れない結果であろう。優先権の基礎となる米国出願(No.60/984,827)には、Fabやエピトープのアミノ酸配列の記載はやはりないが、しっかりと実験結果が記載された各種の図(Figures 1-5)は添付されていた。出願人がPCT出願の際にそれらの図を添付し忘れたと考えられる。

ところで、本件日本特許に対応するものとして、米国出願はOffice Actionに応答せず放棄されている(US2010-254980A1)が、欧州出願は特許として登録され(EP2209491B、EP2567709B)、異議申立てを受けた。EP2209491特許に対しては、Boehringer IngelheimとMerckによりそれぞれ特許異議が申立てられ、特許は無効と判断された。現在、審判係属中である(T1820/18)。EP2567709特許に対しては、Boehringer Ingelheimにより2018年9月25日に異議が申立てられたばかり。

Oct 1, 2018

2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171

炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性。背景にある後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省はどう判断したのか気になった事例知財高裁平成29年(行ケ)10171

【背景】

シャイア(被告)が保有する「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」に関する特許(第3224544号)に対して、無効理由1(サポート要件違反)、無効理由2(実施可能要件違反)及び無効理由3(進歩性の欠如)を主張して特許無効審判を請求した沢井製薬(原告)が、原告主張の無効理由はいずれも理由がないとして特許庁がした審判請求不成立審決(無効2016-800111号)の取消しを求めて訴訟を提起した事案。

請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点:
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1)
本件発明1ではxが3~6の値を持つことが特定されているのに対し、甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し、甲1発明では希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。

【要旨】

裁判所は、

相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められ、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとも認められないので、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(本件発明1の進歩性の判断の誤り)は理由があるとして、審決を取消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

相違点1の容易想到性の有無について
「甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として・・・が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。」
本件発明1の顕著な効果の存否について
「本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたことを前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
・・・まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが・・・甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。」

【コメント】

1.炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性

審決では、「甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」と判断されたが、裁判所は、逆に、「本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」と判断した。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術をどう考慮したかで判断が分かれた。水和物の進歩性について争われた過去判決として下記事件がある。

2.日本のパテントリンケージにおいて行政判断の一貫性は担保されているのか

本件シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))を保護する特許である。ホスレノール®は、日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、2008年10月16日に「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠として最初の製造販売承認を取得した。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)であり、当該特許も2016年3月19日で20年の存続期間満了を迎えた。

ところで、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。いわゆるパテントリンケージは厚生労働省・PMDAの判断に任されている。

従って、ホスレノール®の再審査期間が満了した後にその後発品を承認するか否かは、少なくとも下記に示した各製剤や効能・効果としての適応拡大の承認毎に取得してきた当該特許(第3224544号)の存続期間延長登録の存在を踏まえた上で厚生労働省・PMDAが判断したはずである。
  • 2008年10月16日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠250mg及び500mgとして最初の承認取得。延長登録出願2009-700005及び2009-700006が登録され、いずれも5年の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日まで延長)。
  • 2012年1月25日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mgとして承認取得。延長登録出願2012-700074が登録され、2年1月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月まで延長)。
  • 2012年2月1日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包500mgとして承認取得。延長登録出願2012-700075が登録され、2年1月16日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年5月まで延長)。
  • 2013年8月20日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大承認取得。チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、各々延長登録出願2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230が登録され、いずれも3年5月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月まで延長)。
  • 2017年2月6日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果でOD錠として承認取得。当該特許(第3224544号)は2016年3月19日で20年の満了を迎えたため、存続期間延長出願はされていない。
ここで、特に注目したいのは、当該特許の無効審判請求人である沢井製薬が既に販売している後発品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」。以下「サワイ」品と略す。)は、「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとして2018年2月15日に承認(同年6月15日薬価基準収載)が出されたという点である。

上記通知のとおり、厚生労働省・PMDAの後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしているわけであるが、実際「サワイ」品の承認日である2018年2月15日時点では、上記の通り、延長出願番号2009-700005、2009-700006、2012-700074、2012-700075、2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230と多数の当該特許の延長登録が存在していた。それぞれの延長された特許権の効力が及ぶ範囲は不透明な部分が多く残されているが、これまでの知財高裁等の判決から考えれば下記(1)(2)(3)のような解釈となるのではないだろうか。

(1) 延長出願番号2009-700005、2009-700006の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果(チュアブル錠250mg及び500mg)としてホスレノール®の初めての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。
近時の知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)によれば、延長された特許権の効力が及ぶ範囲は以下のように解釈される。
延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。

医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。

そして、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合(類型①)には、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
大合議判決では、医薬用途発明の場合についてどのように考えるかは明確に示していないが、その原審(民事第29部)(2016.03.30 「デビオファーム v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)12414)における判決では、
「当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。」
と言及されているように、医薬品の有効成分を特定の医薬用途に用いることに関する発明(医薬用途発明)の延長された効力範囲の判断も、上記知財高裁大合議判決が掲げた医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明の場合(類型①)と同様にその適否を扱うのが自然であろう。

ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg(2008年10月16日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。

  • ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)(2008年10月16日承認時)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常,成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし,1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1錠中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1錠中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
  • 「サワイ」品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常、成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし、1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1包(0.7g)中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。1包(1.4g)中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。
「成分」としての香料の有無は、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎず、周知・慣用技術に基づき付加された成分にすぎないと推察される。また、チュアブル錠か顆粒剤かという剤型分類上の差異はあるものの、剤型分類上の差異は知財高裁大合議判決で示された実質同一の判断事項「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」として挙げられておらず、また、同判決でも引用されているとおり医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項、9項)と規定されているのであって、あくまでも上記事項の観点で医薬品の審査がされるのであって、剤型分類上の形式的な差異自体が審査の対象となるわけではないと考えられる。

以上、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)の承認(2008年10月16日)に基づいて延長された当該医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2009-700005、2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。いずれの延長出願も5年の延長期間を取得したため、満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日までとなり、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

(2) 延長出願番号2012-700074、2012-700075の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとしての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg(2012年1月25日、2月1日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
  • ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)(2012年1月25日、2月1日承認時)
    組成:1包中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1包中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
上記考察(1)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)の承認(2012年1月25日、2月1日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2012-700074、2012-700075)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月及び5月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

ここで、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権(2012-700074及び2012-700075)の満了日(2018年4月及び5月)が、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の満了日(2021年3月19日)よりも先になってしまったという関係から、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権の満了後において製造・販売される「サワイ」品やホスレノール顆粒分包と同一の後発品に対して、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権の効力が及ぶかどうかという論点がでてくる。
上記(1)では、当該特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の最初の承認(チュアブル錠250mg及び500mg、2008年10月16日承認)に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられると考察した。一方で、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権は2018年4月又は5月に満了したわけだから、その点だけを考えれば、ホスレノール®の最初の承認に基づいて延長された特許権の効力範囲の内、顆粒剤についての部分に「穴」が開き、「サワイ」品のような顆粒分包の後発品に対して権利行使できないようにも思われる。しかし、仮に、このような「穴」開き説を認めたとすると、先発メーカーが適応症の追加や様々な製剤等の改良を通じて承認取得を重ねるたびに、特許期間延長の効力が穴だらけになっていくことになりかねず、このように解することは、「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とする」特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨と相反する結果となる。複数の延長された特許権が存在した場合において、それらの効力は重複して存在すると考えるのが妥当であろう。

(3) 延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230の延長された特許権の効力について

チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。上記考察(1)(2)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」についての適応拡大承認(2013年8月20日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

繰り返しになるが、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。上記(1)(2)(3)のとおり、本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけである。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけであるから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむ。

「サワイ」品の承認判断については上記厚労省通知にて示された方針に反するもののように思われる。もし、厚生労働省・PMDAによる行政手続きの一貫性が損なわれているとしたら、製薬産業において先発メーカーにとっても後発メーカーにとっても大きな影響を与えかねない問題である。

3.有効成分の水和物違いで生じた後発品の競争力

「サワイ」品の他にも多くの後発品が既に2018年2月に承認され、同年6月の薬価基準収載に至っている。先発薬であるホスレノール®の有効成分である炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)の分子式は、La2(CO3)3・xH2Oであり、x=主として4となっている。以下のとおり、「サワイ」品以外、薬価収載に至った後発品の炭酸ランタン水和物は8水和物であり、本件特許請求の範囲には文言上含まれないものとなっているため、本件特許の侵害という問題もなく、再審査期間が終了後に申請・承認となったと推測される(有効成分の水和物違いは薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」のとおり)。一方、「サワイ」品の炭酸ランタンは主として4水和物であり、本件特許請求の範囲に文言上含まれることになるわけである。東和薬品は、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているため、粒度によっては後発メーカー間での攻防もありそうである(参照: 炭酸ランタン水和物に関する特許権について)。
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「トーワ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「トーワ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O (x=主として8)
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「フソー」/ 炭酸ランタン顆粒分包500mg「フソー」
    分子式:La2(CO3) 3・xH2O(x=主として8)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「ケミファ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月14日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「ケミファ」/ 炭酸ランタンOD錠500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「YD」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「YD」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年6月25日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「イセイ」/炭酸ランタンOD錠500mg「イセイ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月3日
関連記事:

参考:
  • 薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
    「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
    既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」
  • 2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」

Sep 24, 2018

2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172

MSDのラルテグラビルを巡る特許紛争で知財高裁が塩野義特許をサポート要件を理由に無効判断: 知財高裁平成29年(行ケ)10172

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • 2017年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 上記東京地裁判決を不服として、塩野義は、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴した(判決については、2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)。
  • 一方、2015年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許庁は訂正を認めた上で本件特許を無効とする審決(無効2015-800226)をした。本件は、同年9月8日、当該審決の取消しを求めて、塩野義が知財高裁に訴訟を提起したものである(知財高裁平成29年(行ケ)10172)。
【要旨】

裁判所は、本件訂正後の各発明(本件各発明)に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は無効にすべきものであり、原告(塩野義)の請求は理由がないと判断した。請求棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件各発明の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件各発明の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件各発明に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件各発明に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件各発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。・・・以上によれば,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。」
【コメント】

同日付で当該特許についての侵害訴訟の控訴審判決(塩野義の控訴棄却判決: 2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)も出されており、サポート要件の判断については同じ。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:


2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害訴訟(知財高裁): 知財高裁平成29年(ネ)10105

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許無効審決(無効2015-800226)が出されたため、同年9月8日、塩野義は、知財高裁に、当該審決の取消訴訟を提起した(判決については2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172参照)。
  • 同年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 本件は、上記特許権侵害訴訟における原判決を不服として、塩野義が、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴したものである(知財高裁平成29年(ネ)10105)。
【要旨】

裁判所は、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであり、本件訂正によっても無効理由が解消されないから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人(塩野義)の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断した。控訴棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件発明1の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件発明1の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件発明1に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件発明1に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件発明1の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。
・・・以上によれば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。よって,本件発明1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。」
【コメント】

知財高裁も、塩野義の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断、塩野義の敗訴となった。原判決についての過去記事「2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087」参照。同日付で当該特許の無効審決取消訴訟判決(塩野義の請求棄却判決)も出された(2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172)。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:

Sep 20, 2018

大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起

大塚製薬工場ニュースリリースによると、大塚製薬工場は、エイワイファーマが製造販売し陽進堂が販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・ビタミン・微量元素液「ワンパル®1号輸液」および「ワンパル®2号輸液」について、大塚製薬工場が保有する特許(特許第4171216号)の侵害を理由として、2018年9月19日付で東京地裁に特許権侵害行為の差し止めを求める訴訟を提起したとのことです。

本特許に関わる発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ NF®1号輸液」および「エルネオパ NF®2号輸液」を保護する有用な技術とのことで、エイワイファーマによる特許無効審判請求を受けましたが訂正が認められたうえで請求不成立審決(無効2017-800045)が確定しているようです。

訂正後発明1:
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において、その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され、他の室に鉄、マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており、微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤。
参考:

過去の大塚製薬工場とエイワイファーマとの特許訴訟:

血友病A治療薬HEMLIBRA®米国訴訟でバクスアルタは中外に対する訴え取り下げ

血友病A治療薬HEMLIBRA®(米国一般名:emicizumab-kxwh)がバクスアルタ社保有の米国特許第7,033,590号に触れるとし、HEMLIBRAの製造、使用、譲渡の申出、譲渡、輸入の差止め等を求める訴えが中外製薬および米国ジェネンテック社に対して米国デラウェア州連邦地方裁判所において提起されていました(過去記事: 臨床開発中のemicizumabの米国内製造等が特許侵害にあたるとしてバクスアルタ社が中外製薬を提訴)。訴訟提起の後、2017年11月16日にFDAによる承認が出されました。2018年9月20日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は人的管轄権の欠如を理由に訴えの却下を求めていたところ、2018年9月13日、バクスアルタ社は中外製薬に対する訴え取り下げの申し出を裁判所に行い、これを受けて裁判所は2018年9月19日付で中外製薬への訴えを却下する決定を出したとのことです。なお、ジェネンテック社に対する訴訟は、継続して審議されるとのことです。

参考:

Sep 16, 2018

2018.09.06 「ロート製薬 v. Y」 知財高裁平成29年(行ケ)10210

「平均分子量」とは?(明確性要件)2: 知財高裁平成29年(行ケ)10210

ロート製薬(原告)が保有する「眼科用清涼組成物」に関する特許権(第5403850号)に対するY(被告)による無効審判請求を不成立とした審決(無効2015-800023)の取消訴訟第一次判決(2017.01.18 「X v. ロート製薬」 知財高裁平成28年(行ケ)10005)で特許請求の範囲におけるコンドロイチン硫酸ナトリウムを定める「平均分子量」の記載は不明確であり明確性要件を欠くと判断された後、特許庁は原告による訂正を認めた上で本件特許の無効審決をした。本件はその無効審決取消訴訟であり、原告は「平均分子量」についての明確性要件に係る認定判断は誤りであると主張した。

上記第一次判決において「平均分子量」が不明確とされた理由は、コンドロイチン硫酸ナトリウムの一例として明細書に記載されていたマルハ社製品の平均分子量として当業者に公然知られた数値が「粘度平均分子量」であったと判断されたためであった。そこで、原告は、本件訂正により明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除し、コンドロイチン硫酸ナトリウムのもう一例として明細書に記載されていた生化学工業社製品の平均分子量として「重量平均分子量」の数値が提供されていたこと等の主張を展開した。

本件訴訟において知財高裁は、第一次判決から一転して、明細書中の「平均分子量」が「重量平均分子量」であることを合理的に推認できると認定し、本件訂正後の特許請求の範囲(「平均分子量」)の記載は明確性要件を満たすものといえると判断、本件審決を取り消した。

被告は、明確性要件を充足させるために明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除した本件訂正は特許請求の範囲を実質的に変更するものだと主張したが、裁判所は被告主張を認めなかった。

以下、裁判所の判断の抜粋。

「ア 本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。
イ 上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。・・・例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。
上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
ウ よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。」

第一次判決:

Sep 8, 2018

塩野義がアイセントレス®錠を巡るMSDとの特許侵害訴訟で敗訴

2018年9月7日付塩野義製薬のプレスリリース「MSD社とのHIVインテグラーゼ阻害薬に関する知財高裁での係争について」によると、塩野義製薬が日本において保有するHIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)につき、2018年9月4日、知財高裁が塩野義製薬の特許無効審決取消訴訟及び特許侵害訴訟の控訴を棄却する旨の判決を出したとのことです。塩野義製薬は、今回の判決内容を精査し、引き続き、今後の対応を検討していくとのことです。

これまでの経緯:
  • 2015年8月17日、塩野義製薬は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求した(無効2015-800226)。
  • 2017年8月17日、特許無効審判において、特許が無効である旨の審決が出されたため、同年9月8日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該審決の審決取消訴訟を提起した(平成29年(行ケ)10172)。
  • 一方、同年12月6日、特許権侵害訴訟において、東京地裁は、当該特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断し、塩野義製薬の請求を棄却する旨の判決を出した(2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 同年12月19日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該判決に対する控訴を行った。

参考: