Nov 4, 2018

2018.07.13 「レッドエックス ファーマ v. 国」 東京地裁平成29年(行ウ)290

事務所員の誤入力により国内書面提出期間内に手続できなかったことに「正当な理由」があったか?東京地裁平成29年(行ウ)290

特許法184条の4第1項が定める国内書面提出期間内に「ソフトROCKインヒビターとしてのピリジン誘導体」に関するPCT出願(PCT/EP2014/051546; WO2014/118133)の明細書等翻訳文を出願人が提出することができなかったことについて、同条4項に従い「正当な理由」があるとして手続きしたが、特許庁長官が手続を却下した処分は違法であると主張して、原告が同却下処分の取消しを求めた事案。欧州特許事務所員が、30か月期限国である日本を31か月期限としてシステムに誤入力したことが原因だった。

裁判所は、誤入力を回避するため細心の注意を払って適切な過誤回避措置が採られていたと認めるに足りる証拠はないから、法184条の4第の「正当な理由」があったと認めることはできない、と判断した。請求棄却。

本件出願は、物質発明に関するもの。INPADOC patent familyによると多くの国に手続きが進められていることから、医薬品の開発化合物して重要な出願だったのかもしれない。


Oct 31, 2018

2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106

ハーセプチン®乳癌術前術後補助化学療法発明の進歩性否定、定性的効果の記載にとどまる場合は進歩性判断に後出しデータ参酌せず知財高裁平成29年(行ケ)10106

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗-ErbB2抗体による治療」に関する特許(第5623681号)の無効審判請求に対する不成立審決(無効2016-800021号)の取消訴訟。

請求項1:
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとの原告主張を認め、審決を取消した。

1.相違点1の容易想到性について

裁判所は、
「本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。そして,これらに,・・・甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されていることを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。・・・

また,・・・抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。」
と判断した。

2.本件特許発明1の効果について

裁判所は、
「本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。・・・また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。
そして,・・・当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。」
と判断した。

被告は、
「本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果がある」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」
と判断した。

【コメント】

進歩性判断における実験データの参酌に関して判断した判決。

原審である特許庁審決では、
「本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)という効果を奏するとされるものであり,これらの効果は,甲17~21〔審判乙1~5〕において実際に確認されているといえるから,甲17~21〔審判乙1~5〕で示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。」
として判断していた。
そして、被告も、実験データの参酌の基準に関する下記判決を引用して、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき、具体的な実験データを参照することは妥当であると主張していた。
しかし、裁判所は、明細書中に記載された効果が定性的な記載にとどまる場合には、進歩性における顕著な効果の有無判断に後出しデータを参酌しないと判断した。

確かに、明細書の記載を眺めると、効果の顕著性を主張するための後出しデータを参酌するのは妥当でないと直感的に思うのだが、上記のとおり、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき後出しデータを参酌した過去判決もあり(参考: 進歩性のための明細書記載要件)、今回の判決がこれまでの判決との整合性をどのようにとったのかは明らかではない。定性的効果の記載に基づいて実験データの参酌を許容する基準はどこにあるのか明確な判断理由且つ一貫した司法判断を望む。

ところで、本件出願は欧州では成立(EP1187632B1)したが、異議申立がされ、結局、審判において進歩性欠如を理由として無効と判断された(T0402/12)。
Claim 1. Use of an anti-ErbB2 antibody for the manufacture of a medicament for treating a human patient susceptible to or diagnosed with a tumor in which ErbB2 protein is expressed, wherein the medicament is for treating the patient prior to steps of surgical removal of the tumor and treatment of the patient after the surgical removal of the tumor with anti-ErbB2 antibody and/or a chemotherapeutic agent.

本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ハーセプチン®のインタビューフォーム「開発の経緯」によると、
「・・・2008年2月に「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」について効能・効果及び用法・用量追加が承認された。さらに、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討結果に基づき、2011年11月に「HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌における3週間1回投与法」及び「HER 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が、2013年6月に「HER2過剰発現が確認された乳癌に対する術後補助化学療法としてのA法(1週間間隔投与)の用法・用量」が承認された。これにより本剤の乳癌に対する効能・効果は「HER2 過剰発現が確認された乳癌」、用法・用量はA法(1週間間隔投与)又はB法(3週間間隔投与)となった。」
とある。従って、「HER2過剰発現が確認された乳癌」という効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」及び「HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が含まれており、ファイザー品も第一三共品も、効能・効果が「HER2過剰発現が確認された乳癌」である以上、そのような術前および/または術後の補助化学療法を同様に含むものとなると考えられる。従って、ファイザー品及び第一三共品は、本件特許請求の範囲に係る(a)、(b)及び(c)の工程を順次行うことを含む治療をするための医薬に該当する可能性があり得る(だからこそ、無効審判請求にファイザーは参加していると推測される)。

本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下している。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもうすぐだったとはいえ、その状況での第一三共品とファイザー品の承認(2018年9月21日)である。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところである。

中外製薬は、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」について、同製品のバイオ後続品の製造販売承認取得者である第一三共もしくはファイザーに対し、ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行っていた。
しかし、本件審決取消訴訟では、特許性が否定されたため、中外製薬が第一三共もしくはファイザーに対して提起した用途特許侵害訴訟は中外製薬にとって厳しい状況になったと思われる。

2018年10月31日付の中外製薬のプレスリリース「訴訟および仮処分命令申立ての取り下げについて」によると、中外製薬は、第一三共またはファイザーに対する訴訟および仮処分命令の申立てを取り下げる。

以下の過去記事参照。

2018.10.11 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10212

黒ショウガ成分含有組成物知財高裁平成29年(行ケ)10212

【背景】

東洋新薬(被告)が保有する「黒ショウガ成分含有組成物」に関する特許権(第5569848号)の無効審判(無効2015-800007)請求不成立の審決取消訴訟。第一次審決(原告の無効審判請求に対して不成立とした審決)を取り消した前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)の確定を受けて再係属となった上記審判において、特許庁は原告の訂正請求を認めた上で請求不成立審決をしたため、原告は取消訴訟を提起した。

請求項1:
(訂正前)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

(訂正後)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。
【要旨】

取消事由1(進歩性に関する判断の誤り)について
「本件訂正発明は,甲3発明との対比の観点からは,そもそも効果の顕著性について検討するまでもなく進歩性が認められるべき筋合いのものであったといえる。・・・以上によれば,本件訂正発明について,甲3発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした上で,顕著な効果が認められることを理由に進歩性を認めた本件審決の判断は,その論理構成に誤りがあるものの,結論においては誤りがないというべきであるから,その余の点(効果の点)について検討するまでもなく,原告主張の取消事由1は理由がない。」
取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
「・・・黒ショウガ成分を含有する粒子が,その表面の全部についてコート剤で被覆されている場合は,表面の一部がコート剤で被覆されている場合と異なり,相当程度の被覆量でコート剤が用いられることは当業者が理解するところである・・・から,そもそも,表面の全部をコート剤で被覆する態様は,コート剤の被覆の量や程度が不十分である場合には該当しない。したがって,「表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様」なるものを想定して,本件訂正発明にも前訴判決の拘束力が及ぶとする原告の主張は,その前提自体が失当である。・・・表面の全部がコート剤で被覆された黒ショウガ粒子が,本件発明(本件訂正発明)の課題を解決できることは,実施例1及び2,比較例1の結果から明らかであるといえる。・・・本件明細書の記載や技術常識を踏まえると,当業者は,たとえ本件明細書に具体的な「コート剤」の量が記載されていなかったとしても,本件訂正発明はその課題が解決できると認識するものと認められる。以上によれば,サポート要件違反の無効理由を認めなかった本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。」
請求棄却。

【コメント】

結論的には特許庁も裁判所も進歩性を認めたわけであるが、引用発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした特許庁の論理を裁判所は誤りであるとした。また、前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)ではサポート要件違反と判断されたが、その後の審判審理において訂正したこと(その表面の一部を被覆したことを特徴とする構成を削除したこと)によりサポート要件違反を解消することができた。

参考:

Oct 28, 2018

2018.10.11 「エルメッドエーザイ v. 大日本住友製薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10160

アムロジピンの光安定化製剤特許知財高裁平成29年(行ケ)10160

【背景】

大日本住友(被告)が保有する「光安定性の向上した組成物」に関する特許第5689192号の無効審判請求(無効2016-800114)に対する不成立審決取消訴訟。アムロジピンに酸化鉄を配合することで光安定化のために被覆層を必要とすることなくアムロジピン含有経口固形組成物が得られたというもの。

請求項1:

(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物である)。
【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由はいずれも理由はない、すなわち、

  • 進歩性について: 阻害要因の存在や多種多様な組合せがあり得るなかで選択する動機付けがないなど、当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。
  • 分割要件適合性について: 当初明細書にはマンニトールは任意成分として記載されており、「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまではいい難く、原出願当初明細書記載事項の範囲内であるといえる。
  • サポート要件適合性について: 当業者は、本件明細書の実施例の全てにおいて、酸化鉄を配合した組成物であれば、マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認められる。
  • 先願要件適合性について: 本件原出願発明と同一であるとはいえず、個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって、周知慣用技術の転換にすぎないともいえない。
と判断し、請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について

「甲1発明のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を,敢えてフィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することには,光による変色・分解物の発生のおそれ,苦み,薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害要因があるというべきである。」
2.取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
「甲15において,ベシル酸アムロジピンは・・・列挙されている適応症も薬効も異なる100を超える多種多様な活性成分の一つとして紹介されているものにすぎず・・・酸化鉄は,発明の効果に関係がない任意成分の例として挙げられた・・・着色剤として例示された5種類の物質のうちの一つにすぎない。そうすると,甲15に接した当業者において,甲15発明の組成物につき,多種多様な組合せがあり得る任意の添加剤としての酸化鉄は変更しない一方で,活性成分として,甲15の・・・多数の化合物の中から,特にベシル酸アムロジピンを選択するとの動機付けがあるとは認め難い。以上によれば,甲15発明の塩酸マニジピンをベシル酸アムロジピンに変更することが,当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。」
3.取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提において失当である。仮に,この点を措くとしても,・・・当該意見書の全体の記載をみれば,マンニトールを含有しない組成物を完全に排除しているとまではいい難い。」
と判断した。

4.取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえないから,本件特許はサポート要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「光安定化効果に対するマンニトールの作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認めるに足りる的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てにおいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても,それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ,当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるものであるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張は採用することができない。」
と判断した。

5.取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎない上に,本件訂正発明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,両発明は同一のものであって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,先願要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本件原出願の請求項1に係る発明と本件訂正発明とが同一であるとはいえない。・・・そして,本件原出願の請求項1に係る発明及び本件訂正発明に係る経口固体組成物において,マンニトールと,結晶セルロース,炭酸カルシウム及びデンプンとが,その特性や含有目的と無関係に等しく置換可能であると認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。そうすると,個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに所定量のデンプンに置換することが,周知慣用技術の転換にすぎないとまでいうことはできない。」
と判断した。

【コメント】

1.進歩性について

裁判所は、動機づけにおける阻害要因の存在を認め、また、多種多様な組合せがあり得る任意の選択肢の中から特に特定のものを選択するとの動機付けはないと判断した。
2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184(大合議判決)2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260においても、その引用文献に記載された選択肢の多さが動機づけを否定する理由とされた事件であった。その判決において、裁判所は、
「選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき・・・そうすると・・・積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず・・・技術的思想を抽出し得ると評価することはできない」
と判断している。本件は2000万通り以上というわけではないかもしれないが、多種多様な選択肢の中から特定のものを抽出する動機づけはないと判断した論理は、上記判決と本件判決との間で整合している。進歩性を肯定する側の論理としては有用な主張となるだろう。

2.分割要件について

本件特許の日本における分割出願ファミリーは下記の通り。
特願2005-129150(特許4214128)→特願2008-260095(特許4954961)→特願2011-283072(特許5689052)→特願2014-031177(本件特許5689192)→特願2014-218271→特願2015-110033(特許5820951)、特願2015-227541→特願2016-252948→特願2017-247675
分割出願での重複を避けるためや新規性等の拒絶理由を回避するために、分割出願時または補正により、特許請求の範囲から、ある特定の構成を除く場合がある。本件の場合は、「但し,マンニトールを含まない組成物である」という構成の付加である。本件では、原出願の審査過程で提出された意見書に基づけば、原出願当初明細書にはそもそも「マンニトールを含まない組成物」との技術思想は想定されていないから分割要件に適合しないと原告は争ったが、マンニトールは任意成分ということの他、意見書の記載だけではその「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまでは言い難いと裁判所は判断した。分割要件は、原出願当初明細書及び出願時の技術常識に基づいて客観的に分割要件が判断されることが原則としても、原出願審査時にした意見書において主張する内容も、分割要件に影響を与えかねないことは注意点であろう。

3.エルメッドエーザイのアムロジピン含有製品について

エルメッドエーザイは、以下のベシル酸アムロジピンを含有する製剤を扱っている。
  • 販売名: アマルエット®配合錠1番/2番/3番/4番「EE」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩、アトルバスタチンカルシウム水和物;先発品名: カデュエット)
  • 販売名: アムバロ®配合錠「EE」
    (一般名: バルサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: エックスフォージ)
  • 販売名: アムロジピンOD錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスクOD、アムロジンOD)
  • 販売名: アムロジピン錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスク、アムロジン)
  • 販売名: イルアミクス®配合錠LD/HD「EE」
    (一般名: イルベサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: アイミクス)
  • 販売名: テラムロ配合錠AP/BP「EE」
    (一般名: テルミサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ミカムロ)
上記製剤の中には、酸化鉄、結晶セルロース、デンプンを含み、マンニトールを含まない製品があり、本件特許発明の他の構成要件も一致するのかどうか気になるところである。本件特許(5689192)は特許存続期間延長出願はされておらず、満了は2025年4月27日である。特許有効と判断した本件判決により、エルメッドエーザイや、他のジェネリックメーカーが扱っているベシル酸アムロジピンを含有する製剤が、本件特許との関係で影響を受けるのかどうか気になるところである。


Oct 17, 2018

2018.10.11 「ファイザー・セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

ハーセプチン®乳癌治療の用法用量発明の進歩性否定される知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許(第5818545号)の無効審判請求は成り立たない旨の特許庁審決(無効2016-800071号)を不服としてファイザー及びセルトリオン(原告ら)が提起した審決取消訴訟。原告主張の無効理由は、実施可能要件違反と進歩性欠如。

請求項6:
抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用例2(米国で承認された医薬品ハーセプチンの添付文書)に記載された発明及び技術常識に基づき容易に発明をすることができたものであるから、原告ら主張の取消事由3(進歩性判断の誤り)は理由があるとして本件審決を取り消した。以下、裁判所の判断より抜粋。

ア 構成について
「当業者は,本件優先日当時,乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において,投与量を多くすれば,投与間隔を長くできる可能性があり,医薬品の開発の際には,投与量と投与間隔を調整して,効能と副作用を観察すること,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることは,患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり,費用効率,利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。
そして,引用例2には・・・本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは,示唆されているといえる。また・・・本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載され・・・さらに・・・本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。
そうすると,上記のとおりの技術常識を有する当業者は,引用発明2-1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく,本件抗体の投与量と投与間隔を,その効能と副作用を観察しながら調整しつつ,本件抗体の投与期間について,費用効率,利便性の観点から,併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや,本件抗体の投与量について,8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして,当業者が,このように通常の創作能力を発揮すれば,本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。・・・なお,A博士の宣誓書には,がん専門臨床医は,未試験の投与レジメンを実験することは患者の生命をリスクにさらすことになるから,本件抗体を8/6/3投与計画で投与することを動機付けられないなどと記載されているが,臨床医が薬剤の新たな用法用量を臨床的に試みる動機付けがないことをもって,薬剤の新たな用法用量の開発を試みる動機付けを否定するものにはならない。」

イ 効果について
「被告は,本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は,4/2/1投与計画で投与する引用発明2-1と同等の治療効果を有し,投与間隔が3倍となったから,顕著な効果を有すると主張する。・・・しかし,前記のとおり,本件優先日当時,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることが,費用効率,利便性の観点から望ましいということは,当業者にとって技術常識であったものである。・・・引用例2には,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば半減期が長期化すること,本件抗体を4/2/1投与計画で投与すれば約79μg/mlのトラフ血清濃度を維持できたことが記載されている。そして,この記載から,本件抗体を8/6/3投与計画で投与すれば,17μg/ml程度のトラフ血清濃度を維持できるであろうことは予測できる。そうすると,実施可能要件やサポート要件に関しては格別,進歩性に関しては,本件発明6が過去の臨床試験で求められる程度の治療効果を有しつつ,単に投与間隔が3倍になったことをもって,本件発明6の治療効果が引用発明2-1と比較して予測できない顕著なものということはできない。・・・ところで,本件明細書には,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における,病勢進行の期間の長期化や生存率に関する具体的な記載はないから,本件発明6の治療効果は不明であって,引用発明2-1と同等の治療効果を有するとは直ちにはいえない。」
【コメント】

用法用量に関する発明の進歩性が否定された事例。本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ところで、ハーセプチン®をカバーすると思われる他の用途特許(第5623681号)も存在する(過去記事: 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起」のコメント参照)。当該特許についてもセルトリオンにより特許無効審判が請求されたが、特許庁は請求は成り立たない旨の審決を出した(無効2016-800021)。その審決取消訴訟(平成29年(行ケ)10106)の判決言渡期日が2018年10月22日である。ハーセプチン®バイオシミラーの承認を取得したファイザー及び第一三共に対して中外製薬が提起した特許侵害訴訟の行く末は、上記審決取消訴訟判決の結果に大きく影響を受けるかもしれない。

参考:

Oct 12, 2018

中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起

2018年10月12日付の中外製薬プレスリリースによると、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」のバイオ後続品(バイオシミラー)の製造販売承認取得者である第一三共とファイザーに対し、ロシュ・グループのジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、専用実施権者である中外製薬は、ジェネンテック社とともに、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行ったとのことです。


ハーセプチン®(Herceptin®)について

ハーセプチン®(Herceptin®)注射用は、ジェネンテック社が創製したHER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2:ヒト上皮増殖因子受容体 2 型)の細胞外領域に結合し、HER2過剰発現ヒト腫瘍細胞の増殖を抑制する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤。米国において1992年より臨床試験が開始され、1998年乳癌治療薬としては世界で最初のヒト化モノクローナル抗体治療薬として、FDAで認可されました。国内では2001年4月4日承認され、HER2過剰発現が確認された乳癌、HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌に効能・効果が認められています。用法及び用量は下記の通りです。
HER2過剰発現が確認された乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
A法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

ジェネンテックが保有する特許について

ジェネンテックが保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許権(第5818545号)が2015年10月9日に設定登録がなされました。存続期間満了日は2020年8月25日。2016年6月にセルトリオンが特許無効審判請求をし、2017年3月にはファイザーが参加人として加わりましたが、特許庁は請求は成り立たないとの審決(無効2016-800071)を2017年7月に下しています(審決取消訴訟(平29年(行ケ)10165、平29年(行ケ)10192)は2018年10月11日が判決言渡期日)。また、同特許に対して、別途ファイザーが2017年5月に無効審判を請求しています(無効2017-800062)。今回の中外製薬のプレスリリースにある「ジェネンテック社が保有する用途特許」とはおそらく、少なくとも、この特許のことではないかと推測され、特許の有効性や侵害訴訟の行方など、今後の動向が注目されます。

特許第5818545号の請求項1:
(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。

トラスツズマブBS点滴静注用60mg「第一三共」/トラスツズマブBS点滴静注用150mg「第一三共」(2018年9月21日承認)及びトラスツズマブBS点滴静注用60mg「ファイザー」/ トラスツズマブBS点滴静注用150mg「ファイザー」の効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌」が含まれいますが、用法及び用量において、HER2過剰発現が確認された乳癌には、A法を使用するとなっており、B法は採用していません。第一三共とファイザーはこのような用法・用量の「虫食い」により本件特許のクレーム範囲を回避しているように思われます。


参考:
関連:

Oct 9, 2018

2018.09.18 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10045

LRP6結合分子に関する特許取消決定取消訴訟知財高裁平成29年(行ケ)10045

【背景】

「低比重リポタンパク質受容体関連タンパク質6(LRP6)を調節するための分子および方法」に関する特許(第5764329号)の異議申立て(異議2016-700138号)につき特許庁がした特許取消決定の取消しを求めてノバルティス(特許権者)が訴訟を提起した事件。

請求項1(一部記載を簡略):
特異的にLRP6の第1のプロペラまたは第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子であって,ここで,
(i)特異的にLRP6の第1のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(a)配列番号:1のアミノ酸20-326;または
(b)配列番号:1のアミノ酸286-324;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない
(ii)特異的にLRP6の第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(c)配列番号:1のアミノ酸631-932;または
(d)配列番号:1のアミノ酸889-929;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt3および/またはWnt3a特異的であり,優先的にWnt3および/またはWnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt1誘導シグナル伝達経路を阻害しない,結合分子。
請求項23:
請求項1-22のいずれかに記載のLRP6結合分子を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明(LRP6結合分子の発明及び医薬品組成物の発明)について実施可能要件及びサポート要件に適合しないとして本件特許を取り消すとした異議の決定の結論に誤りはないから、その余の取消事由について判断するまでもなく原告の請求は理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、裁判所の判断を抜粋。

1.LRP6結合分子の発明(本件発明1~22,31~33)について
実施可能要件適合性について
「物の発明について,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,当業者が,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていることが必要であると解するのが相当である。」

「本件発明1~22,31~33は特定のアミノ酸配列の抗原結合部分を含むLRP6結合分子,すなわち化学物質の発明である。そして・・・本件明細書の記載から,実施例で得られた各Fabのアミノ酸配列等の化学構造や認識するエピトープを把握することはできない。また,本件明細書には,Wnt1特異的等の機能的な限定に対応する具体的な化学構造等に関する技術情報も記載されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明における他の記載及び本件特許の出願時の技術常識を考慮しても,特許請求の範囲に規定されている300程度のアミノ酸の配列に基づき,Wnt1に特異的である等の機能を有するLRP6結合分子を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤をする必要があると認めるのが相当である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,本件発明に係る物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されているとはいえない。」
サポート要件適合性について
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「本件明細書には,具体的な抗体の抗原結合断片Fabを得たことをうかがわせるプライベート番号(Fab003,Fab015など)が記載されているものの,それらの具体的なFabの構造(アミノ酸配列)も,当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていない(なお,上記のとおり,実験結果が記載されていたと推測される図が全て欠落しているため,これらのFabが有する詳細な機能・特性の検証自体が事実上不可能である。)。そして,特許請求の範囲には,「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」という機能的な特徴を有することが記載されているものの,これらの機能と得られたFabの構造上の特徴等を関連づける情報も何ら記載されていない。そうすると,本件発明1について,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。このことは,本件発明2~22,31~33についても同様である。」
2.医薬組成物の発明(本件発明23~30,34~39)について
実施可能要件適合性について
「医薬に関する発明については,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,その有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を使用することができないから,実施可能要件に適合するものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を生産することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるというべきである。」

「本件明細書には,本件発明23~30,34~39に係る医薬組成物が新規有効成分とするところの「LRP6結合分子」を用いた薬理試験結果など,医薬としての具体的な有用性を当業者が理解し得るような記載がされていない。そうすると,当業者は,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することができないというべきである。したがって,本件発明23~30,34~39について,本件明細書の発明の詳細な説明は,実施可能要件に適合するものとはいえない。」
サポート要件適合性について
「本件明細書・・・には,一般的な製剤化技術やWntシグナル伝達が関連している可能性がある多くの疾患が列挙されているものの,本件明細書の他の記載を参酌しても,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そうすると,本件発明23~30,34~39に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するものとはいえない。」
【コメント】

本件特許明細書(特表2011-503025; WO2009/056634)には、実施例で得られた具体的な各Fabのアミノ酸配列等の化学構造も当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていないし、実験結果が記載されていたと推測される図も全て欠落していた。特許庁の審査を経て一旦特許査定が出されたことは不思議だが、実施可能要件違反及びサポート要件違反を理由による特許取消は免れない結果であろう。優先権の基礎となる米国出願(No.60/984,827)には、Fabやエピトープのアミノ酸配列の記載はやはりないが、しっかりと実験結果が記載された各種の図(Figures 1-5)は添付されていた。出願人がPCT出願の際にそれらの図を添付し忘れたと考えられる。

ところで、本件日本特許に対応するものとして、米国出願はOffice Actionに応答せず放棄されている(US2010-254980A1)が、欧州出願は特許として登録され(EP2209491B、EP2567709B)、異議申立てを受けた。EP2209491特許に対しては、Boehringer IngelheimとMerckによりそれぞれ特許異議が申立てられ、特許は無効と判断された。現在、審判係属中である(T1820/18)。EP2567709特許に対しては、Boehringer Ingelheimにより2018年9月25日に異議が申立てられたばかり。

Oct 1, 2018

2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171

炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性。背景にある後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省はどう判断したのか気になった事例知財高裁平成29年(行ケ)10171

【背景】

シャイア(被告)が保有する「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」に関する特許(第3224544号)に対して、無効理由1(サポート要件違反)、無効理由2(実施可能要件違反)及び無効理由3(進歩性の欠如)を主張して特許無効審判を請求した沢井製薬(原告)が、原告主張の無効理由はいずれも理由がないとして特許庁がした審判請求不成立審決(無効2016-800111号)の取消しを求めて訴訟を提起した事案。

請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点:
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1)
本件発明1ではxが3~6の値を持つことが特定されているのに対し、甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し、甲1発明では希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。

【要旨】

裁判所は、

相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められ、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとも認められないので、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(本件発明1の進歩性の判断の誤り)は理由があるとして、審決を取消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

相違点1の容易想到性の有無について
「甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として・・・が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。」
本件発明1の顕著な効果の存否について
「本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたことを前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
・・・まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが・・・甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。」

【コメント】

1.炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性

審決では、「甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」と判断されたが、裁判所は、逆に、「本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」と判断した。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術をどう考慮したかで判断が分かれた。水和物の進歩性について争われた過去判決として下記事件がある。

2.日本のパテントリンケージにおいて行政判断の一貫性は担保されているのか

本件シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))を保護する特許である。ホスレノール®は、日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、2008年10月16日に「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠として最初の製造販売承認を取得した。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)であり、当該特許も2016年3月19日で20年の存続期間満了を迎えた。

ところで、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。いわゆるパテントリンケージは厚生労働省・PMDAの判断に任されている。

従って、ホスレノール®の再審査期間が満了した後にその後発品を承認するか否かは、少なくとも下記に示した各製剤や効能・効果としての適応拡大の承認毎に取得してきた当該特許(第3224544号)の存続期間延長登録の存在を踏まえた上で厚生労働省・PMDAが判断したはずである。
  • 2008年10月16日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠250mg及び500mgとして最初の承認取得。延長登録出願2009-700005及び2009-700006が登録され、いずれも5年の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日まで延長)。
  • 2012年1月25日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mgとして承認取得。延長登録出願2012-700074が登録され、2年1月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月まで延長)。
  • 2012年2月1日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包500mgとして承認取得。延長登録出願2012-700075が登録され、2年1月16日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年5月まで延長)。
  • 2013年8月20日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大承認取得。チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、各々延長登録出願2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230が登録され、いずれも3年5月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月まで延長)。
  • 2017年2月6日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果でOD錠として承認取得。当該特許(第3224544号)は2016年3月19日で20年の満了を迎えたため、存続期間延長出願はされていない。
ここで、特に注目したいのは、当該特許の無効審判請求人である沢井製薬が既に販売している後発品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」。以下「サワイ」品と略す。)は、「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとして2018年2月15日に承認(同年6月15日薬価基準収載)が出されたという点である。

上記通知のとおり、厚生労働省・PMDAの後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしているわけであるが、実際「サワイ」品の承認日である2018年2月15日時点では、上記の通り、延長出願番号2009-700005、2009-700006、2012-700074、2012-700075、2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230と多数の当該特許の延長登録が存在していた。それぞれの延長された特許権の効力が及ぶ範囲は不透明な部分が多く残されているが、これまでの知財高裁等の判決から考えれば下記(1)(2)(3)のような解釈となるのではないだろうか。

(1) 延長出願番号2009-700005、2009-700006の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果(チュアブル錠250mg及び500mg)としてホスレノール®の初めての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。
近時の知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)によれば、延長された特許権の効力が及ぶ範囲は以下のように解釈される。
延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。

医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。

そして、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合(類型①)には、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
大合議判決では、医薬用途発明の場合についてどのように考えるかは明確に示していないが、その原審(民事第29部)(2016.03.30 「デビオファーム v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)12414)における判決では、
「当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。」
と言及されているように、医薬品の有効成分を特定の医薬用途に用いることに関する発明(医薬用途発明)の延長された効力範囲の判断も、上記知財高裁大合議判決が掲げた医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明の場合(類型①)と同様にその適否を扱うのが自然であろう。

ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg(2008年10月16日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。

  • ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)(2008年10月16日承認時)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常,成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし,1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1錠中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1錠中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
  • 「サワイ」品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常、成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし、1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1包(0.7g)中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。1包(1.4g)中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。
「成分」としての香料の有無は、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎず、周知・慣用技術に基づき付加された成分にすぎないと推察される。また、チュアブル錠か顆粒剤かという剤型分類上の差異はあるものの、剤型分類上の差異は知財高裁大合議判決で示された実質同一の判断事項「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」として挙げられておらず、また、同判決でも引用されているとおり医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項、9項)と規定されているのであって、あくまでも上記事項の観点で医薬品の審査がされるのであって、剤型分類上の形式的な差異自体が審査の対象となるわけではないと考えられる。

以上、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)の承認(2008年10月16日)に基づいて延長された当該医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2009-700005、2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。いずれの延長出願も5年の延長期間を取得したため、満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日までとなり、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

(2) 延長出願番号2012-700074、2012-700075の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとしての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg(2012年1月25日、2月1日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
  • ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)(2012年1月25日、2月1日承認時)
    組成:1包中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1包中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
上記考察(1)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)の承認(2012年1月25日、2月1日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2012-700074、2012-700075)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月及び5月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

ここで、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権(2012-700074及び2012-700075)の満了日(2018年4月及び5月)が、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の満了日(2021年3月19日)よりも先になってしまったという関係から、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権の満了後において製造・販売される「サワイ」品やホスレノール顆粒分包と同一の後発品に対して、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権の効力が及ぶかどうかという論点がでてくる。
上記(1)では、当該特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の最初の承認(チュアブル錠250mg及び500mg、2008年10月16日承認)に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられると考察した。一方で、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権は2018年4月又は5月に満了したわけだから、その点だけを考えれば、ホスレノール®の最初の承認に基づいて延長された特許権の効力範囲の内、顆粒剤についての部分に「穴」が開き、「サワイ」品のような顆粒分包の後発品に対して権利行使できないようにも思われる。しかし、仮に、このような「穴」開き説を認めたとすると、先発メーカーが適応症の追加や様々な製剤等の改良を通じて承認取得を重ねるたびに、特許期間延長の効力が穴だらけになっていくことになりかねず、このように解することは、「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とする」特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨と相反する結果となる。複数の延長された特許権が存在した場合において、それらの効力は重複して存在すると考えるのが妥当であろう。

(3) 延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230の延長された特許権の効力について

チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。上記考察(1)(2)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」についての適応拡大承認(2013年8月20日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

繰り返しになるが、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。上記(1)(2)(3)のとおり、本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけである。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけであるから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむ。

「サワイ」品の承認判断については上記厚労省通知にて示された方針に反するもののように思われる。もし、厚生労働省・PMDAによる行政手続きの一貫性が損なわれているとしたら、製薬産業において先発メーカーにとっても後発メーカーにとっても大きな影響を与えかねない問題である。

3.有効成分の水和物違いで生じた後発品の競争力

「サワイ」品の他にも多くの後発品が既に2018年2月に承認され、同年6月の薬価基準収載に至っている。先発薬であるホスレノール®の有効成分である炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)の分子式は、La2(CO3)3・xH2Oであり、x=主として4となっている。以下のとおり、「サワイ」品以外、薬価収載に至った後発品の炭酸ランタン水和物は8水和物であり、本件特許請求の範囲には文言上含まれないものとなっているため、本件特許の侵害という問題もなく、再審査期間が終了後に申請・承認となったと推測される(有効成分の水和物違いは薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」のとおり)。一方、「サワイ」品の炭酸ランタンは主として4水和物であり、本件特許請求の範囲に文言上含まれることになるわけである。東和薬品は、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているため、粒度によっては後発メーカー間での攻防もありそうである(参照: 炭酸ランタン水和物に関する特許権について)。
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「トーワ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「トーワ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O (x=主として8)
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「フソー」/ 炭酸ランタン顆粒分包500mg「フソー」
    分子式:La2(CO3) 3・xH2O(x=主として8)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「ケミファ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月14日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「ケミファ」/ 炭酸ランタンOD錠500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「YD」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「YD」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年6月25日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「イセイ」/炭酸ランタンOD錠500mg「イセイ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月3日
関連記事:

参考:
  • 薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
    「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
    既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」
  • 2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」

Sep 24, 2018

2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172

MSDのラルテグラビルを巡る特許紛争で知財高裁が塩野義特許をサポート要件を理由に無効判断: 知財高裁平成29年(行ケ)10172

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • 2017年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 上記東京地裁判決を不服として、塩野義は、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴した(判決については、2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)。
  • 一方、2015年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許庁は訂正を認めた上で本件特許を無効とする審決(無効2015-800226)をした。本件は、同年9月8日、当該審決の取消しを求めて、塩野義が知財高裁に訴訟を提起したものである(知財高裁平成29年(行ケ)10172)。
【要旨】

裁判所は、本件訂正後の各発明(本件各発明)に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は無効にすべきものであり、原告(塩野義)の請求は理由がないと判断した。請求棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件各発明の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件各発明の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件各発明に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件各発明に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件各発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。・・・以上によれば,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。」
【コメント】

同日付で当該特許についての侵害訴訟の控訴審判決(塩野義の控訴棄却判決: 2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105参照)も出されており、サポート要件の判断については同じ。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:


2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(ネ)10105

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害訴訟(知財高裁): 知財高裁平成29年(ネ)10105

【背景】
  • 2015年8月17日、塩野義は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(過去記事: 塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求し、2017年8月17日、特許無効審決(無効2015-800226)が出されたため、同年9月8日、塩野義は、知財高裁に、当該審決の取消訴訟を提起した(判決については2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172参照)。
  • 同年12月6日、上記特許権侵害訴訟において、東京地裁は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであり、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断し、請求を棄却した(過去記事: 2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 本件は、上記特許権侵害訴訟における原判決を不服として、塩野義が、損害賠償又は不当利得返還の請求についてのみ控訴したものである(知財高裁平成29年(ネ)10105)。
【要旨】

裁判所は、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するということはできず、本件各発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであり、本件訂正によっても無効理由が解消されないから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人(塩野義)の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断した。控訴棄却。

裁判所の判断(抜粋)

サポート要件について
「特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」
当業者が本件発明1の課題を解決できると認識し得るかについて
「本件発明1の課題は,インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし,本件明細書には,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは,一つも記載されておらず,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また,原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって,そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば,A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに,原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば,本件発明1に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって,当業者が,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他,本件発明1に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって,本件発明1に係る化合物は,当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件発明1の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。
・・・以上によれば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するということはできない。よって,本件発明1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。」
【コメント】

知財高裁も、塩野義の請求をいずれも棄却した原判決は相当であると判断、塩野義の敗訴となった。原判決についての過去記事「2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087」参照。同日付で当該特許の無効審決取消訴訟判決(塩野義の請求棄却判決)も出された(2018.09.04 「塩野義 v. MSD」 知財高裁平成29年(行ケ)10172)。

アイセントレス®錠を巡る塩野義とMSDとの特許侵害訴訟関連記事:

Sep 20, 2018

大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起

大塚製薬工場ニュースリリースによると、大塚製薬工場は、エイワイファーマが製造販売し陽進堂が販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・ビタミン・微量元素液「ワンパル®1号輸液」および「ワンパル®2号輸液」について、大塚製薬工場が保有する特許(特許第4171216号)の侵害を理由として、2018年9月19日付で東京地裁に特許権侵害行為の差し止めを求める訴訟を提起したとのことです。

本特許に関わる発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ NF®1号輸液」および「エルネオパ NF®2号輸液」を保護する有用な技術とのことで、エイワイファーマによる特許無効審判請求を受けましたが訂正が認められたうえで請求不成立審決(無効2017-800045)が確定しているようです。

訂正後発明1:
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において、その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され、他の室に鉄、マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており、微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤。
参考:

過去の大塚製薬工場とエイワイファーマとの特許訴訟:

血友病A治療薬HEMLIBRA®米国訴訟でバクスアルタは中外に対する訴え取り下げ

血友病A治療薬HEMLIBRA®(米国一般名:emicizumab-kxwh)がバクスアルタ社保有の米国特許第7,033,590号に触れるとし、HEMLIBRAの製造、使用、譲渡の申出、譲渡、輸入の差止め等を求める訴えが中外製薬および米国ジェネンテック社に対して米国デラウェア州連邦地方裁判所において提起されていました(過去記事: 臨床開発中のemicizumabの米国内製造等が特許侵害にあたるとしてバクスアルタ社が中外製薬を提訴)。訴訟提起の後、2017年11月16日にFDAによる承認が出されました。2018年9月20日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は人的管轄権の欠如を理由に訴えの却下を求めていたところ、2018年9月13日、バクスアルタ社は中外製薬に対する訴え取り下げの申し出を裁判所に行い、これを受けて裁判所は2018年9月19日付で中外製薬への訴えを却下する決定を出したとのことです。なお、ジェネンテック社に対する訴訟は、継続して審議されるとのことです。

参考:

Sep 16, 2018

2018.09.06 「ロート製薬 v. Y」 知財高裁平成29年(行ケ)10210

「平均分子量」とは?(明確性要件)2: 知財高裁平成29年(行ケ)10210

ロート製薬(原告)が保有する「眼科用清涼組成物」に関する特許権(第5403850号)に対するY(被告)による無効審判請求を不成立とした審決(無効2015-800023)の取消訴訟第一次判決(2017.01.18 「X v. ロート製薬」 知財高裁平成28年(行ケ)10005)で特許請求の範囲におけるコンドロイチン硫酸ナトリウムを定める「平均分子量」の記載は不明確であり明確性要件を欠くと判断された後、特許庁は原告による訂正を認めた上で本件特許の無効審決をした。本件はその無効審決取消訴訟であり、原告は「平均分子量」についての明確性要件に係る認定判断は誤りであると主張した。

上記第一次判決において「平均分子量」が不明確とされた理由は、コンドロイチン硫酸ナトリウムの一例として明細書に記載されていたマルハ社製品の平均分子量として当業者に公然知られた数値が「粘度平均分子量」であったと判断されたためであった。そこで、原告は、本件訂正により明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除し、コンドロイチン硫酸ナトリウムのもう一例として明細書に記載されていた生化学工業社製品の平均分子量として「重量平均分子量」の数値が提供されていたこと等の主張を展開した。

本件訴訟において知財高裁は、第一次判決から一転して、明細書中の「平均分子量」が「重量平均分子量」であることを合理的に推認できると認定し、本件訂正後の特許請求の範囲(「平均分子量」)の記載は明確性要件を満たすものといえると判断、本件審決を取り消した。

被告は、明確性要件を充足させるために明細書からマルハ社製品のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除した本件訂正は特許請求の範囲を実質的に変更するものだと主張したが、裁判所は被告主張を認めなかった。

以下、裁判所の判断の抜粋。

「ア 本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。
イ 上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。・・・例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。
上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
ウ よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。」

第一次判決:

Sep 8, 2018

塩野義がアイセントレス®錠を巡るMSDとの特許侵害訴訟で敗訴

2018年9月7日付塩野義製薬のプレスリリース「MSD社とのHIVインテグラーゼ阻害薬に関する知財高裁での係争について」によると、塩野義製薬が日本において保有するHIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)につき、2018年9月4日、知財高裁が塩野義製薬の特許無効審決取消訴訟及び特許侵害訴訟の控訴を棄却する旨の判決を出したとのことです。塩野義製薬は、今回の判決内容を精査し、引き続き、今後の対応を検討していくとのことです。

これまでの経緯:
  • 2015年8月17日、塩野義製薬は、HIVインテグラーゼ阻害薬に関する特許(特許第5207392号)について、アイセントレス®錠(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を日本で販売するMSD社に対し、アイセントレス®錠は当該特許発明の技術的範囲に属すると主張して、アイセントレス®錠の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求する特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した(塩野義がアイセントレスを販売するMSDに対して特許侵害訴訟を提起)。
  • これに対して同年12月17日、MSD社が当該特許につき特許無効審判を請求した(無効2015-800226)。
  • 2017年8月17日、特許無効審判において、特許が無効である旨の審決が出されたため、同年9月8日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該審決の審決取消訴訟を提起した(平成29年(行ケ)10172)。
  • 一方、同年12月6日、特許権侵害訴訟において、東京地裁は、当該特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断し、塩野義製薬の請求を棄却する旨の判決を出した(2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087)。
  • 同年12月19日、塩野義製薬は、知財高裁に、当該判決に対する控訴を行った。

参考:

Jul 23, 2018

2018.07.18 「日新製薬・日本ケミファ v. オリオン・ホスピーラ」 知財高裁平成29年(行ケ)10114

プレセデックス®の医薬用途発明の特許性知財高裁平成29年(行ケ)10114

【背景】

被告(オリオン及びホスピーラ)らが保有する「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」に関する特許権(4606581号)の無効審判請求不成立審決(無効2016-800031号)の審決取消訴訟。本願出願当時、デクスメデトミジンは一般的な鎮静/鎮痛ならびに高血圧または不安治療のためのα2-レセプターアゴニストとして知られていたところ、本願発明は、デクスメデトミジンが患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤であることを発見したというものである。原告が求めた取消事由は、新規性判断の誤り、進歩性判断の誤り、原文新規事項に関する判断の誤り、明確性要件の判断の誤りである。

請求項1(本件発明1):
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって,該患者が覚醒され,見当識が保たれる使用。
【要旨】

裁判所は、原告らの主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り決すべき違法は認められないと判断し、原告らの請求を棄却した。以下、新規性の判断について。

1.本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義について

原告らは、
「集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈すべきである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することは,ICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であること(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)などの本件明細書の他の記載事項と整合しない。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。」
と判断した。

2.本件発明1と甲3に記載された発明の同一性について

裁判所は、
「甲3には,甲3記載の血管外科患者について,その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲3には,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。したがって,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。前記・・・記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,手術のストレスにより交感神経系が刺激され,内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために,交感神経を遮断する作用であることに照らすと,原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。以上によれば,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。」
と判断した。

3.本件発明1と甲5に記載された発明の同一性について

裁判所は、
「甲5には,研究の対象とされた8人の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」が,その手術後に,集中治療を受けたことを明示した記載はない。・・・甲5には,麻酔後ケアユニットにおいて,患者が呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われていたことや集中治療を要するような急性機能不全の状態であったことをうかがわせる記載はないから,集中治療を受けていたものと認めることはできないし,・・・その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲5には,甲5記載の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。原告らのいう甲5記載の「手術直後期におけるデクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,血漿カテコールアミン濃度(血漿ノルエピネフリン濃度及び血漿エピネフリン濃度)の減少を指標として,評価しているものであり,集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。
以上によれば,甲5記載の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」に対するデクスメデトミジンの投与は,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。」
と判断した。

【コメント】

ある特定の患者(集中治療を受けている重篤患者)に使用するということに特徴のある医薬用途発明の新規性等が争われた。一部の引用例には、集中治療を受けている重篤患者にデクスメデトミジンが使用されているところまで記載されていると認定されたが、その使用目的は血圧や心拍数を増加させることを抑制するために交感神経を遮断する作用を目的としたものであって「鎮静」の用途を目的としたものではないと判断されたため、原告が主張した新規性欠如の無効理由は認められず、結果、進歩性欠如の無効理由もその前提を欠くと判断された。

デクスメデトミジン塩酸塩(Dexmedetomidine hydrochloride)はα2作動性鎮静剤プレセデックス®(Precedex®)の有効成分。日本では2004年1月29日に承認された。本件特許は、プレセデックス®の効能・効果の一部である「集中治療における人工呼吸中及び離脱後の鎮静」を保護しており、2019年3月31日に満了する(同効能・効果についての再審査期間は2012年1月28日に終了)。

米国ではPrecedex®は1998年12月にFDAに申請され、1999年12月に承認されている。本願出願日は同年3月(優先日は1998年4月及び12月)であった。

Jul 16, 2018

2018.06.27 「トライスター v. エーザイ」 知財高裁平成29年(行ケ)10178

経口投与用組成物のマーキング方法の進歩性: 知財高裁平成29年(行ケ)10178

エーザイが保有する「経口投与用組成物のマーキング方法」に関する特許権(5339723号)の無効審判請求不成立審決(無効2016-800126号)の取消訴訟。知財高裁は、進歩性(無効理由1)、サポート要件(無効理由2)、明確性要件(無効理由3)のいずれについても無効理由はないとした審決を支持。請求棄却。

本件特許に関連して、他に分割出願である特許5642100号および特許5903141号も成立しているが、これらについては無効審判は請求されていないようである。
J-PlatPatのワンポータルドシエによると、本件出願は日本以外にもUS, EP, KR, CN, AU, CA, BR, IL, MX, NO, NZ, RU, TWで出願されているが日本以外で成立している国はない(出願を放棄していると思われる)。

請求項1:
経口投与用組成物へのマーキング方法であって,
変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる工程と,
前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように,波長が200nm~1100nmであり,平均出力が0.1W~50Wであるレーザー光を,前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と,
を含み,
前記変色誘起酸化物が,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種であり,
前記走査工程が,80mm/sec~8000mm/secで実行される,
マーキング方法。
裁判所の判断(抜粋)

取消事由1-1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について
「甲1ないし3に接した当業者において,甲2及び甲3からレーザ照射によって,二酸化チタンを充填又は配合したポリアセタール樹脂組成物又はフルオロポリマー樹脂組成物を変色させるレーザーマーキング方法の技術を理解したとしても,甲1発明アあるいは原告甲1発明アにおいて,レーザー光の照射(走査)により変色する物質を,「官能基と金属化合物または酸とを含有し,レーザの放射により脱離反応を起こすことで対比可能な色の,生理的に受容可能である反応物を生成する物質」(原告甲1発明アでは「Fe2 O3(三二酸化鉄)を含む特定の物質」)から,レーザー光の走査により粒子を凝集させて変色する二酸化チタン(相違点1に係る本件発明1の構成)に置換することについての動機付けがあるものと認めることはできない。したがって,甲1ないし3に接した当業者において,甲1に記載された発明にレーザー光の走査により粒子を凝集させて変色する二酸化チタン(相違点1に係る本件発明1の構成)を適用することを容易に想到することができたものとはいえない。

・・・原告が主張するように,本件出願の優先日当時,二酸化チタンを分散させてレーザを照射してマーキングすること,「酸化チタン」や「三二酸化鉄」を「経口投与用組成物」に用いること,二酸化チタンを分散させて紫外線レーザでマーキングする方法の対象が経口投与用組成物に限定されないことが,周知あるいは技術常識であったとしても,そのことから直ちに甲1発明アあるいは原告甲1発明アにレーザー光の走査により粒子を凝集させて変色する二酸化チタン(相違点1に係る本件発明1の構成)を適用することの動機付けを認めることはできないし,上記構成を適用することが設計的事項であるということもできない。」
取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
「本件明細書の発明の詳細な説明の記載を総合すると,本件発明1においては,請求項1記載の波長(200nm~1100nm),平均出力(0.1W~50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec~8000mm/sec)の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく,本件発明1は,上記の各数値範囲内で波長,平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で,酸化チタン,黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより,変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行うことを課題の解決原理とする発明であるものと認められるから,原告が主張するような全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではない。」
取消事由3(明確性要件の判断の誤り)について
(省略)

Jul 8, 2018

2018.06.26 「バクスアルタ v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10151

特許協力条約規則17.1: 知財高裁平成29年(行ケ)10151

【背景】

「第FVIII因子ポリマー結合体」に関する特許出願(特願2011-521284; 特表2013-500238; WO2010/014708)について本件基礎出願(米国)に基づく優先権は認められないとされたため、本件基礎出願の米国公開公報が引例となり新規性なしとされた拒絶審決(不服2015-10108)の取消訴訟。

特許協力条約規則17.1
  • 特許協力条約の規定に基づく国際特許出願について,優先権を主張する場合,出願人は,原則として,優先日から16か月以内に,優先権書類を国際事務局又は受理官庁に提出しなければならない(特許協力条約規則17.1(a))。
  • この手続に代えて,一定の条件が満たされた場合においては,出願人は,優先日から16か月以内に,受理官庁に対し,優先権書類を作成し国際事務局に送付するよう請求するか,国際事務局に対し,優先権書類を電子図書館から入手するよう請求するなどしなければならない(同規則17.1(b)(bの2))。
  • 出願人が,これらの手続を採らない場合,指定官庁は,事情に応じて相当の期間内に出願人に優先権書類を提出する機会を与えた上で,優先権の主張を無視することができる(特許協力条約規則17.1(c))。
  • ただし,指定官庁が実施細則に定めるところにより優先権書類を電子図書館から入手可能な場合などは,指定官庁は,同規則17.1(c)の規定により優先権の主張を無視することはできない(同規則17.1(d))。
原告らは、本願について特許協力条約規則17.1(a),(b)及び(bの2)の要件のいずれも満たされないこと、並びに、JPOが事情に応じて相当の期間内に原告らに優先権書類を提出する機会を与えたことは争わないが、JPOは特許協力条約実施細則715(a)に定めるところにより本件基礎出願の優先権書類を電子図書館から入手可能であるとみなされるから、JPOは特許協力条約規則17.1(d)により本件基礎出願に基づく優先権の主張を無視することはできない、と主張した。

経緯
  • 2008年8月1日 基礎出願(米国特許出願12/184567)
  • 2009年3月19日 基礎出願が公開(米国特許出願公開第2009/0076237)
  • 2009年7月29日 PCT/US2009/052103出願
  • 2010年6月21日 基礎出願に係る優先権書類を提出
  • 2010年7月2日 国際事務局が優先権書類を受領
  • 2011年1月27日 PCT/US2009/052103を日本へ国内移行(本願)
請求項1:
水溶性ポリマーと第VIII因子の酸化炭水化物部分とを結合体化する方法であって、結合体化を可能とする条件下で前記酸化炭水化物部分を活性化水溶性ポリマーと接触させる工程を含む、方法。
請求項7:
(a)第VIII因子分子、及び
(b)前記第VIII因子分子に結合した少なくとも1個の水溶性ポリマーを含むタンパク質性構築物であって、前記水溶性ポリマーが、前記第VIII因子のBドメインに存在する1個以上の炭水化物部分を介して前記第VIII因子に結合している、
タンパク質性構築物。

【要旨】

裁判所は、
「本願について,特許協力条約規則17.1(d)にいう,指定官庁が実施細則に定めるところにより優先権書類を電子図書館から入手可能な場合に当たらない。そして,JPOは,同規則17.1(c)により,本件基礎出願に基づく優先権の主張を無視することができる。そうすると,本願の新規性判断の基準時は,本願の国際出願日(平成21年7月29日)であり,引用例は,本願の国際出願日前に頒布された刊行物である。そして,原告らは,本願発明は,引用例に記載された発明であるとの本件審決の判断を争わない。したがって,本件審決における,本願発明の新規性判断に誤りがあるということはできない。」
と判断した。請求棄却。

【コメント】

欧州では特許登録(EP2318050)された後、Novo Nordisk社より異議申立がなされた(異議申立不成立決定後、審判請求されたが取下げられ終結)。Novo Nordisk社は遺伝子組換え型血液凝固第VIII因子製剤Novoeight®を販売している他、欧米で承認申請中のN8-GPがある。
"N8-GP (turoctocog alfa pegol) is a glycopegylated form of turoctocog alfa designed for prolonged half-life. The site specific glycopegylation is within the truncated B-domain. N8-GP is a B-domain modified form of turoctocog alfa and hence the active factor VIII generated by thrombin activation is identical to both activated endogenous FVIII and turoctocog alfa."

バクスアルタの第VIII因子に水溶性ポリマーが結合しているタンパク質性構築物といえば、バクスアルタ(シャイアーと合併)が開発したアディノベイト®静注用キット(ADYNOVATE® Intravenous Kit)(一般名:ルリオクトコグ アルファ ペゴル(Rurioctocog Alfa Pegol)(遺伝子組換え))が挙げられる。これは、遺伝子組換え血液凝固第 VIII 因子製剤「アドベイト®静注用」の有効成分であるルリオクトコグ アルファをもとにポリエチレングリコール(PEG)を共有結合した、ペグ化遺伝子組換え血液凝固第VIII因子製剤であり、血液凝固第 VIII 因子(FVIII)の効果持続を目的として、ルリオクトコグ アルファに PEG を共有結合することにより血中での循環時間を延長することが期待できる新たな血友病A治療薬として開発された。2016年3月28日に、厚生労働省より製造販売承認を取得(再審査期間は2017年12月5日~2024年3月27日)。ただし、ルリオクトコグ アルファ ペゴルにおいては、PEGがルリオクトコグ アルファのLysにリンカーを介して結合しているという点で本願発明とは異なるようだ。


Jun 30, 2018

ヘムライブラに対する特許侵害訴訟でバクスアルタが控訴

2018年6月29日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬の血友病A治療薬「ヘムライブラ®」(一般名:エミシズマブ)がバクスアルタ社保有の「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に触れるとして上記ヘムライブラの製造等差止・廃棄を求め、バクスアルタ社が中外製薬を被告として提起した特許侵害訴訟について、バクスアルタ社は、東京地裁判決(2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475)を不服として、知財高裁に控訴したとのことです。

参考:

Jun 23, 2018

東和のピタバスタチンCa・OD錠 興和が製剤特許侵害で損害賠償請求

2018年6月22日付の東和薬品プレスリリースによると、2018年6月1日付にて、東和薬品に対して、2013年12月13日から2016年3月31日までに東和薬品が販売したピタバスタチンCa・OD錠1mg/2mg/4mg「トーワ」(先発・代表薬剤:リバロ OD 錠 4mg)について、興和が有する製剤特許の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟(請求金額は約38億円)が、興和により、東京地裁に提起されたとのことです。OD錠4mg「トーワ」については同特許の侵害を理由として差止及び廃棄請求訴訟が先行しており、知財高裁から興和勝訴判決がでています(2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090)が、最高裁に上告受理を申立て中とのことです(下記過去経緯参照)。今回は上記差止訴訟の結果を受けて興和が損害賠償の回収を開始したと思われます。東和薬品は裁判において争っていく方針。


過去の経緯:

東和薬品がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」を製造等する行為は興和が保有する製剤特許(第5190159号)を侵害すると主張して、興和が同製品の製造等の差止及び廃棄を求めた訴訟において、東京地裁は、東和薬品は先使用権を有するとは認められず、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして、興和の請求をいずれも認容しました(2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872; 興和による東和リバロ後発品の製造販売差止請求で東京地裁が容認判決)。東和薬品は控訴しましたが、知財高裁においても、東和薬品は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められず、本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないから、興和の請求は理由があると判断されていました(2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090; 興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴)。

Jun 2, 2018

2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260

ロスバスタチンカルシウム(クレストール®)物質特許の無効審判請求取消訴訟: 知財高裁平成28年(行ケ)10260

塩野義製薬(被告)が保有する「ピリミジン誘導体」に関する特許(第2648897号; 2017.05.28満了)の無効審判請求(請求人: 日本ケミファ)を不成立とする審決(無効2016-800032号)の取消訴訟。争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無。本件は請求項13,15~17についての特許無効審判請求に係るものであり、請求項1,2,5,9~12についての特許無効審判請求については同日判決である2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184で判断された。

裁判所は、訴えの利益を認めた上で、本件特許が進歩性及びサポート要件を充足することを認め、原告らの請求を棄却した。判断内容は、同日判決である2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184と同じ。

訴えの利益について
「特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,訴えの利益が消滅したというためには,客観的に見て,原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである。」

参考:

May 22, 2018

2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475

機能的表現抗体クレームの技術的範囲の解釈(中外エミシズマブ(ヘムライブラ®)): 東京地裁平成28年(ワ)11475

【背景】

「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権者である原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)に対して、被告製品(開発コードACE910、一般名emicizumab(エミシズマブ)を有効成分とする血友病Aの治療を目的とした抗体医薬開発品)の製造等の差止・同製品の廃棄を求めた事案。被告は2012年から被告製品につき日本国内で臨床試験を行い、2017年7月21日に製造販売承認申請を行っていた。

争点:
  • 被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
  • 被告による被告製品の製造等が本件特許権を侵害し又はそのおそれがあるか(争点2)
  • 臨床試験のための被告製品の製造等は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に当たるか(争点3)
  • 本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点4)

本件発明1:
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,
抗体または抗体誘導体(ただし,・・・(省略)・・・を除く)。

被告製品:
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合することで第Ⅷ因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)である。
【要旨】

裁判所は、上記争点のうち、争点1について、被告製品は本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、他の争点は判断せず原告の請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

「特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。
ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

「(2) そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。・・・バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし13,15ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。」

「他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。」

「前記(2)において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。
そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。」

【コメント】

本件発明は、いわゆる機能的クレームであり、その技術的範囲が争われた。

裁判所は、機能ないし作用効果を果たし得る構成全てをその技術的範囲に含まれると解することは特許制度の趣旨に反することとなり許されないとして、そのような機能的クレームの場合には、その記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて確定すべきである(但し、実施例に限定するものではなく、当業者が実施し得る構成であれば含まれる)、との一般的解釈を述べた上で、本件について、下記のステップによる認定・解釈によって最終的な判断へと導いた。

・本件発明の技術的範囲に含まれるためには、当該活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体であることが必要。

・バイスペシフィック抗体は、モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれる。

・当該活性を実質的に増大させない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」に含まれない。

・たとえ、バイスペシフィック抗体(被告製品)自体が当該活性を有するものであっても、当該発明の課題解決手段と異なる手段によってその効果がもたらされているので、明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものではない。

・したがって、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

結論に至るまでの上記各認定・解釈において、気になる点がいくつかある。

気になる点の一つ目として、被告製品のバイスペシフィック抗体は、「抗体誘導体」というよりも「抗体」ではないだろうか。「抗体誘導体」とは「抗体」ではない抗体フラグメント、ペプチド模倣物又はそれらを模した有機合成化合物の類ではないだろうか(【0022】、【0027】又は【0036】)。バイスペシフィック抗体は、原則、言葉通り「抗体」である。ただし、バイスペシフィックな抗体フラグメントのような「抗体誘導体」もあるだろう(【0026】)。判決文では、明細書中に「抗体誘導体」の一態様としてバイスペシフィック抗体が記載されていたかのように認定しているが、実際の明細書を読む限り、バイスペシフィック抗体(二重交代)は「抗体誘導体」であると一義的に分類しているようには思えない。被告製品は抗体フラグメントやペプチド模倣物ではない、全長のバイスペシフィック「抗体」である。裁判所は、判断に当たって一番最初に認定したこの前提をまずしっかり検討する必要があったのではないか。

気になる点の二つ目として、裁判所がクレーム文言を解釈した通りに、本件発明1を「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」と置き換えてみよう。これはプロダクト・バイ・プロセス・クレームである。被告製品が「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」であるかどうかではなく、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変した」というプロダクト・バイ・プロセス的構成に該当するかどうかで技術的範囲を解釈した点は、これまでのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利効力に関する判例の考え方と一致しない。この点の不整合さも気になる点である。

気になる点の三つ目として、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体」というクレームは、下記審査基準にも規定されているとおり、物(抗体または抗体誘導体)に固有に有している機能、特性(凝血促進活性を増大させる)を用いてその物を特定しようとする記載であり、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」自体を意味していることになる。であれば、被告製品は特許発明の技術的範囲(「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」)に属する(だろう)と判断したうえで、当該特許請求の範囲には何等かの無効理由(新規性欠如又はサポート要件違反等)が存在し権利行使できないとの結論に至るのが妥当だったのではないだろうか。クレームとしては、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体を含む凝血促進活性を増大させる医薬組成物」、「・・・を含む血友病Aにおける出血傾向の抑制剤」であれば上記のような疑義は生じなかったと思われる。

特許・実用新案審査基準 第III部特許要件 第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い
2.1.1 その物が固有に有している機能、特性等が請求項中に記載されている場合
この場合は、請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、審査官は、その記載を、その物自体を意味しているものと認定する。その機能、特性等を示す記載はその物を特定するのに役に立っていないからである。

例1:抗癌性を有する化合物 X
(説明)抗癌性が特定の化合物 X の固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物を特定するのに役に立っていない。したがって、化合物 X が抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物 X」そのものを意味しているものと認定する。

中外製薬は、2018年5月22日に、当該被告製品に相当するヘムライブラ®皮下注(有効成分はエミシズマブ)の販売を開始した(製造販売承認年月日:2018年3月23日)。

参考:

May 4, 2018

2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090

医薬特許に対する先使用権の抗弁が認められなかった事例(控訴審): 知財高裁平成29年(ネ)10090

【背景】

東和薬品(控訴人・原審被告)がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」(被告製品)を製造等する行為は興和(被控訴人)が保有する特許権(第5190159号)を侵害すると主張して、興和が被告製品の製造等の差止及び廃棄を求めた事案。原審は、東和薬品は先使用権を有するとは認められず、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして、興和の請求をいずれも認容した。

原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872

請求項1:
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
請求項2(本件発明2):
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。
【要旨】

裁判所は、東和薬品(控訴人)は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められず、本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないから、興和の請求は理由があると判断した。

争点1(控訴人は先使用権を有するか)について

控訴人は、
「本件出願日までに,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造し,治験を実施していたことをもって,控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者に当たり,本件発明2に係る特許権について先使用権を有する」
と主張した。

裁判所は、
「特許法79条にいう「発明の実施である事業…の準備をしている者」とは,少なくとも,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者でなければならない(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。・・・サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるといえるためには,まず,本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にある必要がある」
として、この点について検討した結果、以下の認定により、サンプル薬の測定時の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、4年以上も前の製造時の水分含量も本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。
  • サンプル薬の製造時から測定時まで4年以上もの期間が経過していた。
  • サンプル薬には本件発明2と同様に極めて吸湿性の高い崩壊剤が含まれ、サンプル薬の水分含量は容易に増加し得るものであった。
  • サンプル薬と、実生産品やサンプル薬の再製造品が同一工程により製造されたものとは認められないから、サンプル薬の測定時の水分含量が製造時の水分含量とほぼ同じであったということはできない。
裁判所は、仮に、本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても、以下のとおり、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできないと判断した。
「本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量に着目し,これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制し,これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制し,さらに,固形製剤を気密包装体に収容することにより,水分の侵入を防ぐという技術的思想を有するものである。」

「・・・控訴人は,本件出願日前に本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造するに当たり,サンプル薬の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも,1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。」

「・・・以上のとおり,本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものであるのに対し,サンプル薬においては,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく,また,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存在しない。そうすると,サンプル薬に具現された技術的思想が,本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。」
従って、裁判所は、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないから、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないと判断した。

争点2(本件発明2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
「乙7発明において,少なくとも,相違点②のうち水分含量の下限値に関する部分に係る本件発明2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものということはできない。したがって,本件発明2は,乙7発明に周知の技術事項を適用することにより,容易に発明をすることができたということはできないから,本件発明2に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。」
【コメント】

裁判所は、まず、4年以上も前のサンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。この点は、実務上の問題点は残るものの(過去記事: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872参照)、推認できないのであれば先使用権が認められないという判断は妥当であろう。

なお、裁判所は、「仮に、本件サンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても・・・」と、一歩踏み込んだ想定をしたとしても、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないとも判断した。すなわち、
「・・・(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない
という要件を示して、サンプル薬の水分含量には着目されていなかったというほかないと認定し、「サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない」から、結果、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないと判断した。

判決は、ウォーキングビーム事件最高裁判決(最高裁昭和61年(オ)454 )を引用しているが、この最高裁判決で言及された「具現されている技術的思想」は、下記のとおり、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めるという先使用権の効力範囲を解釈するための文脈で用いられた言葉である。本判決で言及された「具現された技術的思想」の同一性が先使用権の要否判断の一つであると直接説示しているわけではない(先使用の発明が特許発明を実施する(形式上侵害行為となる)ことになる場合であっても、利用発明の関係などのように両者の技術的思想が同一でない場合はあるだろう)。
「先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。」
一方、上記一歩踏み込んだ想定をした場合について、原審(東京地裁)判決での結論の持っていき方は異なる。
「この点を措くとしても,・・・本件出願日までに,本件2mg製品及び被告製品(本件4mg製品)の内容が,本件発明2の構成要件E(固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である)を備えるものとして,一義的に確定していたと認めることはできず,本件発明2を用いた事業について,被告が即時実施の意図を有し,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとはいえないから,被告に先使用権が成立したということはできない。」
原審は、発明構成要件の一義的確定有無・即時実施意図有無といった主体的要件を論じること(最高裁昭和61年(オ)454)で適否判断しており、わかりやすい。

先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許法79条の「その発明の実施である事業の準備」のあてはめは慎重に検討されたほうがよいのではないだろうか。

特許法第79条(先使用による通常実施権)
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
参考:
  • 興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴
  • 原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872
  • ウォーキングビーム事件最高裁判決 1986.10.03 最高裁昭和61年(オ)454
    判示事項
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備の意義
    二 先使用による通常実施権の範囲
    裁判要旨
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備とは、特許出願に係る発明と同じ内容の発明につき即時実施の意図があり、かつ、その意図が客観的に認識されうる態様、程度において表明されていることをいう。
    二 先使用による通常実施権は、特許出願の際に当該通常実施権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶ。
  • 特許庁Website: 先使用権制度について

Apr 23, 2018

大日本住友 LATUDA®(ラツーダ)物質特許のANDA訴訟で勝訴

2018年4月18日付の大日本住友製薬のプレスリリースによると、FDAに非定型抗精神病薬「LATUDA®(ラツーダ)」(一般名:ルラシドン塩酸塩(lurasidone HCl))の後発品申請(ANDA)を行った被告3社(Emcure社、InvaGen社、Teva社)に対して大日本住友製薬が保有する物質特許(米国特許5,532,372)の侵害を理由としてサノビオン社と共同で提訴していた特許侵害訴訟に関して、CAFCは、2018年4月16日、地裁によるクレーム解釈を支持する判決を下しました。この結果、物質特許は依然として被告3社および他の後発医薬品会社に対して有効であり法的強制力を有しているとのことです。

Latuda®の米国承認は2010年10月28日。承認から4年経過して間もない2015年1月14日に始まった物質特許のANDA訴訟でした。本件米国物質特許5,532,372の特許期間満了日は5年間の延長と小児適応追加による独占期間の延長を含めて2019年1月2日までとなっています。

本件訴訟は、Latuda®に関する用途特許(米国特許9,815,827)の侵害を理由として、大日本住友製薬とサノビオン社が共同で、Latuda®のANDAを申請した複数の後発医薬品会社に対して2018年に提訴した特許侵害訴訟(2018年2月14日および24日付けのニュースリリース)とは別の訴訟であり、用途特許に基づく特許侵害訴訟は係属しているとのことです。

参考:


Apr 19, 2018

2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

知財高裁大合議判決「膨大な数の選択肢を有する一般式形式記載の化合物が引用発明となる場合とは」: 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184

【背景】

塩野義製薬が保有していた「ピリミジン誘導体」に関する特許(第2648897号; 2017.05.28満了)無効審判請求(請求人として参加: 日本ケミファ)を不成立とする審決(無効2015-800095号)の取消訴訟。争点は、訴えの利益の有無、進歩性の有無及びサポート要件違反の有無。

【要旨】

裁判所は、訴えの利益を認めた上で、本件特許が進歩性及びサポート要件を充足することを認め、原告らの請求を棄却した。

1.訴えの利益の有無について

「当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた。・・・そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項)・・・改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。」

2.進歩性の有無について

「進歩性の判断に際し,・・・引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する・・・「副引用発明」・・・があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。」

本件発明1(請求項1):
式(I):
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
R4は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。

甲1(特表平3-501613号公報)発明:
(M=Na)の化合物

一致点:
「式(I)
(式中,
R1は低級アルキル;
R2はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点

相違点:
(1-ⅰ)
Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
(1-ⅱ)
R4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点

原告らは、
「相違点(1-ⅰ)につき,甲1発明に甲2(特開平1-261377公報)発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-N(CH3)2)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’(R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。
したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-ⅰ)に係る構成とすることはできない。
・・・仮に,甲2に相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-ⅰ)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。
・・・そうすると,相違点(1-ⅱ)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。」
と判断した。

3.サポート要件違反の有無について
(省略)
【コメント】

特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」を検討する際に、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない。本件は進歩性違反の主張に挙げられた副引用発明の認定の是非が問題となったわけだが、判示された内容は、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物の場合のこととはいえ、「刊行物に記載された発明」として認定される引用発明の認定是非であったことから、進歩性判断に必要な副引用発明だけでなく、主引用発明の認定判断、さらに新規性判断に必要な引用発明の認定判断にも及ぶことになるだろう。化合物発明に係る特許出願の審査において、膨大な数の選択肢を有する一般式記載化合物が記載された刊行物が引用され進歩性欠如の拒絶理由が発せられた場合には、今回の判示内容を活用し、反論内容を検討することが出来るだろう。

本件特許は、高コレステロール血症治療薬「クレストール(Crestor)®」の有効成分であるロスバスタチンカルシウム(Rosuvastatin Calcium)を保護する物質特許であり、1992年5月28日出願、1997年に登録、特許存続期間延長登録を経て、2017年5月28日に満了した。

2015年3月31日付で請求された本件無効審判は2016年7月5日に請求不成立審決となった。従って、さらに審決取消訴訟を提起しても1年以内に(おそらく訴訟係属中に)①特許満了日(2017年5月28日)を迎えること、②物質特許が有効なものとして裁判が係属する以上、年2回やってくる後発品承認タイミングである2016年8月か2017年2月ではクレストール後発品の承認は下りないだろうこと、は予測できたと思われ、審決取消訴訟をしてもしなくても特許満了となり2017年8月のタイミングでは承認が下りることは推測できたわけであるから、あえて審決取消訴訟する必要があったのか・・・という疑問はあるが、日本ケミファはとにかく最後まで裁判を続けたわけである。

本件特許が満了する前の2017年2月にクレストールのオーソライズドジェネリック(第一三共エスファ)が承認され、同年6月薬価収載、他の後発品に先駆けて販売となった。他のクレストール後発品は本件特許満了後の同年8月に承認、同年12月に薬価収載(20社以上)となった。日本ケミファからのクレストール後発品も同年8月15日に承認、12月に薬価収載となり、本判決前での販売となった。

本件特許の対応米国特許もジェネリックメーカーとの侵害訴訟の中で非自明性が争われ、特許権者側が勝訴している。

参考:

Apr 11, 2018

ハーセプチン®用途特許侵害訴訟。日本化薬バイオシミラーの承認効能効果受け、中外が差止請求放棄

2018年4月11日付の中外製薬のプレスリリースによると、中外製薬は、日本化薬を被告として提起していた特許侵害訴訟について、4月10日に請求放棄の手続を執ったとのことです。

中外製薬は、ジェネンテック社が保有する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60、同150」の乳癌治療に関する用途特許(おそらく、乳癌を治療するための医薬組成物に関する特許第5818545号と推測されます)の侵害を理由として、同製品のバイオ後続品の製造販売承認申請者である日本化薬に対し、2017年8月17日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起していました(過去記事: 2017.09.09 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認申請した日本化薬に対し用途特許侵害で製造販売差止訴訟提起」)。

中外製薬は、日本化薬のバイオ後続品がまだ承認されていない(従って、薬価収載・製造販売には至っていない)2017年8月17日時点で、差し止め請求及び仮処分命令申立という訴訟提起に踏み切ったわけですが、2018年3月23日に製造販売承認となった日本化薬のバイオ後続品の効能・効果が「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」のみであり、「HER2過剰発現が確認された乳癌」は含まないこと(すなわち上記特許権への侵害が回避されたこと)から、上記訴訟における当初目的が達せられたと判断したと推測されます。

すなわち、ハーセプチン®注射用は、国内では、日本化薬のバイオ後続品により、「HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌」という効能・効果への浸食を受けることになりますが、「HER2過剰発現が確認された乳癌」への浸食は免れたということになります。

参考:

Apr 5, 2018

興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴

2018年4月5日付の興和からのプレスリリースによると、興和が有する高コレステロール血症治療剤「リバロ錠」(一般名:ピタバスタチンカルシウム)の医薬特許(特許第5190159号)の侵害を理由として、東和薬品(株)が製造販売する「リバロ」の後発医薬品である『ピタバスタチン Ca・OD 錠 4mg「トーワ」』の製造販売の差し止めを求めた訴訟に関し、2018年4月4日付で、知財高裁が同社の控訴を棄却する判決を言い渡し、興和が勝訴したとのことです。

過去記事:

参考:

Mar 31, 2018

臨床開発中のエミシズマブについての特許侵害訴訟で中外勝訴

2018年3月28日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬の新薬エミシズマブに関し提起された特許侵害訴訟につき、東京地裁において中外製薬勝訴の判決が言い渡されたとのことです。血友病Aに対するエミシズマブ(薬価収載前。開発コード:ACE910)が、バクスアルタ社保有の特許第4313531号に触れるとし、エミシズマブの製造、使用、譲渡、輸出、譲渡の申出の差止め、ならびに廃棄を求める訴えがバクスアルタ社から提起されていました。

中外製薬 press release:
過去記事:

Mar 4, 2018

2018.01.30 「イデラ ファーマシューティカルズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10218

特許法50条を準用する同法159条2項の意義: 知財高裁平成28年(行ケ)10218

「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌクレオチド(IRO)化合物」に関する特許出願(特願2008-535681; 特表2009-515823; WO2007/047396)の拒絶審決(不服2014-14059)取消訴訟。争点は、手続違背(取消事由1)、本願発明の認定の誤り(取消事由2)、実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り(取消事由3)の有無。

裁判所は、取消事由2(本願発明の認定の誤り)及び3(実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り)は理由がないが、取消事由1(手続違背)は理由があるから、審決を取り消した。

以下、取消事由1(手続違背)についての裁判所の判断の抜粋。

「特許法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,同法159条2項により,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。この準用の趣旨は,審査段階で示されなかった拒絶理由に基づいて直ちに請求不成立の審決を行うことは,審査段階と異なりその後の補正の機会も設けられていない(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)以上,出願人である審判請求人にとって不意打ちとなり,過酷であるため,手続保障の観点から,出願人に意見書の提出の機会を与えて適正な審判の実現を図るとともに,補正の機会を与えることによって,出願された特許発明の保護を図ったものと理解される(知的財産高等裁判所平成22年(行ケ)第10298号同23年10月4日判決,知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10131号同26年2月5日判決各参照)。
このような適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は,複数の発明が同時に出願されている場合の拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定の理由が解消されている一方,複数の発明に対する上記拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由について,一方の発明に対してはこれを通知したものの,他方の発明に対しては実質的にこれを通知しなかったため,審判請求人が補正により特許要件を欠く上記他方の発明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充足する上記一方の発明についてまで拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会を失ったといえるときにも,当然妥当するものであって,このようなときには,当該審決に,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の違法があるというべきである。」
「本件拒絶査定不服審判において,本件拒絶理由通知では,TLR9に関する拒絶理由のみを通知し,実質的にはTLR7及び8に関する拒絶理由を通知しなかったため,原告はTLR7及び8に係る各発明を削除するなどの補正をする機会を失うことになり,実施可能要件及びサポート要件をいずれも充足するTLR9に係る発明まで最終的に特許を受けることができないことになったものと認められる。このような結果は,原告にとって,不意打ちとなるため,原告に過酷というほかなく,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の趣旨に照らし,相当ではないというべきである。
かえって,被告は,本件訴訟に至っては,そもそもTLR7及び8が認識するものと,TLR9が認識するものが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対して本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明が,TLR7及び8には妥当し得ないことは明らかであるなどとして,現にTLR7及び8に固有の拒絶理由を具体的に主張しているのであるから,実質的にみても,上記のように,本件拒絶査定不服審判においてTLR7及び8に固有の拒絶理由を通知することが,審判合議体にとって困難なものであったとは認められない。
したがって,被告の主張は,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の意義を正解しないものに帰し,採用することができない。
なお付言するに,本願IRO化合物が治療効果を有するかどうかの点につき,本件拒絶理由では,TLR7ないし9によって媒介される疾患以外の疾患については治療効果を示すことが確認できないとしているところ,原告は,本件拒絶査定不服審判においては,TLR7ないし9によって媒介される疾患については治療効果を示すことが確認されたものと理解した上,本件拒絶理由を踏まえてTLR1ないし6を削除する補正をし,さらに,その後の意見書において,この点に係る拒絶理由が解消されたとまで述べているのであるから,審決においてTLR7ないし9によって媒介される疾患についても治療的に処置することができるといえる根拠がないと判断するのであれば,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の法意に照らすと,本件拒絶査定不服審判において,この点についても改めて拒絶理由を通知することが相当であったものと認められる。」