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2019.10.23 「ワイス v. 国(処分行政庁 特許庁長官)」東京地裁平成31年(行ウ)162

特許料の追納期間徒過の救済要件「正当な理由」に関する事案(ファイザーのgedatolisibを保護する物質特許)東京地裁平成31年(行ウ)162

【背景】

本件は、特許法112条1項所定の特許料追納期間中に特許料等を納付せず同条4項により消滅したものとみなされた「PI3キナーゼおよびmTOR阻害剤としてのトリアジン化合物」に関する特許第4948677号の特許権の原特許権者である原告が、法112条の2第1項に基づいて行った特許料等の追納手続は同項所定の「正当な理由」があり、同手続を却下した特許庁長官の処分は違法であると主張して(原告は、特許庁長官に対して行政不服審査法2条に基づく審査請求をしたが棄却裁決)、その取消しを東京地裁に求めた事案である。

原告は、本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していたファイザー社の担当者において、本件訂正(訂正2013-390093)時特許証の「登録日」欄の日付である平成25年9月30日が本件設定時特許証の「登録日」欄の日付である平成24年3月16日と異なっていたことから、特許料の納付期限の起算日となる本件特許権の設定登録日が本件訂正時特許証のとおり訂正されたものと誤解し、本件期間徒過が生じたとし、①特許料等に関する法107条ないし112条の3の各規定によって、訂正をすべき旨の審決が確定しても設定登録日が変わらないことや特許証に複数の種類があることを認識することはできないこと、②本件設定時特許証及び本件訂正時特許証には「登録日」としか記載されていないため、どちらが本件特許権の設定登録日であるか不明確であり、米国や欧州の実務と比べても、我が国の特許証の記載は紛らわしいものであること、③特許証の大半は設定登録時に発行されるものであるから、ファイザー社において、訂正すべき旨の審決が確定したときに発行される特許証が存在することを当然に把握しておくべきであったとはいえないことなどに照らし、原告には、本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」が認められる旨主張した。

【要旨】

裁判所は、本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」があるとはいえず本件特許権は消滅しているとして、本件納付書による追納手続を却下した本件却下処分が違法であるとはいえないと判断した。請求棄却。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.法112条の2第1項所定の「正当な理由」の解釈

「法112条の2第1項は,追納期間経過後に特許料等を追納することができる場合の要件として,特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること,失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることなどを踏まえて,所定の期間内に特許料等を納付することができなかったことについての「正当な理由」があることを規定する。
上記の要件は,平成23年法律第63号により,国際調和の観点から,より柔軟な救済を図るため,手続期間を徒過した場合の救済を認める要件として,特許法条約において認められている「Due Care(相当な注意を払っていたこと)」の概念を採用して,追納期間徒過後に特許料等を追納することができる場合について,原特許権者の「責めに帰することができない理由」があることを定めていた従前の規定を改正して設けられたものであると解される。
これらを踏まえると,法112条の2第1項にいう「正当な理由」があるときとは,原特許権者(代理人を含む。以下同じ。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいうと解するのが相当である。」

2.本件の検討

「(2) 本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していた担当者は,原告の主張が本件回復理由書及び本件審査請求書における主張(甲6,10)から変遷し,判然としないが,ファイザー社の担当者において,前記のような誤解をしていたと認められたとしても,以下のとおり,本件期間徒過について,原告が原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときに当たると認めることはできない。
ア すなわち,原告は,日本の特許権を保有していたのであるから,特許料の納付等の管理を行うに当たり,一般に求められる相当な注意として,日本の特許法及びその他の関係法令を理解しておくべきであるといえるところ,①特許料の納付期限については,法107条,108条において,特許権の設定登録日から起算されることが規定されており,訂正をすべき旨の審決が確定してその登録がされた場合に特許権の設定登録日が変更される旨の規定は存在しないから,本件特許権について,本件審決が確定してその登録がされたからといって,特許権の設定登録日が変更されないことは条文上明らかであること,②特許証の交付についても,法28条1項において,特許権の設定の登録があったときに交付されることのほかに,訂正をすべき旨の審決が確定した場合にその登録があったときなどにも交付されることが規定されていることなどからすると,担当者において,これらの規定を理解していれば,本件訂正時特許証に「登録日」として「平成25年9月30日」と記載されていても,本件訂正時特許証に「この発明は,訂正をすべき旨の審決が確定し,特許原簿に登録されたことを証する。」と記載されていることをも踏まえれば,上記の「登録日」が本件審決の確定等に係る登録日を記載したものであり,特許料の納付期限の起算日となる特許権の設定登録日が変更されたものではないと理解することは可能であったと認められる。
イ 本件訂正時特許証及び本件設定時特許証の「登録日」欄記載の年月日には1年半ものずれがあり,特許権の設定登録日が訂正されたと考えることに疑念を生じさせるものであったといえるところ,特許権の設定登録日は,ウェブサイトに公開されている特許情報や特許登録原簿等によっても確認することができるから,担当者において,上記疑念を抱いて,相当な注意を尽くしてそのような確認をしていれば,本件特許権の設定登録日が変更されていないことを認識することは容易であったというべきである。
ウ 本件全証拠によっても,担当者において,本件訂正時特許証の「登録日」欄の記載を上記アのように理解すること又は上記イのような確認をすることが困難であったことをうかがわせる事情は認められない。
(3) したがって,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」は認められない。」

【コメント】

1.特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」の解説

平成23年法律改正(平成23年法律第63号)解説書の「第10章 出願人・特許権者の救済手続の見直し」には、第三者の監視負担に配慮しつつ実効的な救済を確保できる要件として、P特許法条約(Patent Law Treaty)第12条(1)で加盟国に認めている手続期間を徒過した場合の救済要件の選択肢のうち「Due Care(いわゆる『相当な注意』)を払っていた」を採用することとし、具体的な条文の文言は、行政事件訴訟法第14条第 1 項等の規定に倣い、「その責めに帰することができない理由」に比して緩やかな要件である「・・・することができなかつたことについて正当な理由があるとき」としたことが解説されいる。

平成23年法律改正(平成23年法律第63号)において、特許料の追納期間徒過の救済要件を緩和する改正後の特許法112条の2第1項は以下のとおり。

(特許料の追納による特許権の回復)
第百十二条の二 前条第四項若しくは第五項の規定により消滅したものとみなされた特許権又は同条第六項の規定により初めから存在しなかつたものとみなされた特許権の原特許権者は、同条第一項の規定により特許料を追納することができる期間内に同条第四項から第六項までに規定する特許料及び割増特許料を納付することができなかつたことについて正当な理由があるときは、その理由がなくなつた日から二月以内でその期間の経過後一年以内に限り、その特許料及び割増特許料を追納することができる。
2 (略)

平成23年法律改正(平成23年法律第63号)解説書より

2.本件特許権が保護するもの

本件特許の発明者を含む原告所属著者が発表した論文(Clin Cancer Res. 2011 May 15;17(10):3193-203: Antitumor efficacy of PKI-587, a highly potent dual PI3K/mTOR kinase inhibitor.)に記載されている化学構造情報から、「PI3キナーゼおよびmTOR阻害剤としてのトリアジン化合物」に関する本件特許第4948677号は、ファイザー社が開発中(?)のGedatolisib (PF-05212384, PKI-587)を保護している物質特許と考えられる。特許満了日は2029年5月21日だった。

PKI-587

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