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シタグリプチン特許権侵害訴訟、沢井がMSDの主張を全面認諾する形で終結 ― 延長特許権の効力と水和物/無水物の関係をめぐる重要事例

MSD株式会社(以下「MSD」)は2026年2月3日、米国Merck & Co., Inc., Rahway, NJ, USAの子会社であるMerck Sharp & Dohme LLCが、沢井製薬株式会社およびメディサ新薬株式会社に対して提起していたシタグリプチンに関する特許権侵害訴訟(以下「本件訴訟」)について、MSD側の主張を沢井製薬らが全面的に認める形で終結したと発表しました(2026.02.03 MSD press release「シタグリプチンに関する特許権侵害訴訟が当社の請求を沢井製薬らが全面的に認める形で終了」参照)。

本件は、2型糖尿病治療薬ジャヌビア®錠100mg/50mg/25mg/12.5mg(一般名:シタグリプチンリン酸塩水和物, Sitagliptin Phosphate Hydrate)の後発医薬品として、メディサ新薬株式会社(サワイグループホールディングス株式会社の子会社)が製造販売するシタグリプチン錠100mg/50mg/25mg/12.5mg「サワイ」(以下「本件後発医薬品」)に関するものです。

本件後発医薬品は2023年8月15日に製造販売承認を取得しましたが、Merck Sharp & Dohme LLCは、その製造販売行為が特許第3762407号に係る特許権(以下「本件特許権」)を侵害するとして、2023年10月6日、沢井製薬株式会社およびメディサ新薬株式会社(以下「沢井製薬ら」)に対し、特許権侵害訴訟および差止仮処分命令申立てを東京地方裁判所に提起していました(2023.10.27ブログ記事「MSDが沢井/メディサ新薬シタグリプチンリン酸塩錠(ジャヌビア®錠後発医薬品)の製造販売承認に対し特許権侵害の差止仮処分命令申立て」参照)。

MSDが沢井/メディサ新薬シタグリプチンリン酸塩錠(ジャヌビア®錠後発医薬品)の製造販売承認に対し特許権侵害の差止仮処分命令申立て
ジャヌビア®錠100mg/50mg/25mg/12.5mg(一般名:シタグリプチンリン酸塩水和物, Sitagliptin Phosphate Hydrate)の後発医薬品であるメディサ新薬株式会社(サワイグループホールディングス株式会社の子会社、以下「メディサ新薬」)のシタグリプチン錠100mg/50mg/25mg/12.5mg「サワイ」(以下「シタグリプチン製剤」)が2023年8月15日に製造...

本件特許権の存続期間満了日は本来2022年7月5日でしたが、「ジャヌビア®錠」の承認に基づき、特許権の存続期間は効能・効果ごとに2025年2月21日から2026年3月30日まで延長登録されていました。

本件の中心的な争点は、延長登録された本件特許権の効力が、本件後発医薬品に及ぶか否か、特に有効成分の形態が「水和物」か「無水物」かという差異をどのように評価すべきかにありました。すなわち、先発医薬品であるジャヌビア®錠は有効成分として「シタグリプチンリン酸塩水和物」を含有するのに対し、本件後発医薬品は「シタグリプチンリン酸塩(無水物)」を有効成分としている点が問題となりました。

もっとも、承認審査実務においては、水和物/無水物の差異があっても同一の有効成分として取り扱われることが明確に整理されています(平成23年6月16日付 薬食審査発0616第1号「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」)。この通知を前提とすれば、ジャヌビア®錠と本件後発医薬品は、有効成分の観点からは厚生労働省により同一のものとして評価されていると解するのが自然です。

その一方で、厚生労働省が、延長された本件特許権の効力が本件後発医薬品に及ばない(あるいは及ぶか否か判断できない)との前提でパテントリンケージを解除した点については、制度整合性の観点から大きな違和感を抱かせるものでした。

こうした中、約2年に及ぶ審理を経て、沢井製薬らはMerck Sharp & Dohme LLCの請求をすべて認諾し、延長された本件特許権の効力は、水和物/無水物の差異を超えて本件後発医薬品にも及ぶとのMSD側の立場を全面的に認める形で最終解決に至ったとされています。

物質発明に係る延長された特許権の効力が、水和物/無水物といった結晶形態の差異を有する後発医薬品に及ぶか否かが争点となっている事例としては、沢井製薬株式会社によるダサチニブ錠(スプリセル®錠の後発医薬品)の効能追加承認をめぐる訴訟も挙げられます(2025.06.24ブログ記事「2025.05.15 「沢井製薬 v. BMS」 東京地裁令和5年(ワ)70527・令和6年(ワ)70016 ― スプリセル®後発品訴訟で特許権延長制度の根幹を揺るがす形式判断」参照)

2025.05.15 「沢井製薬 v. BMS」 東京地裁令和5年(ワ)70527・令和6年(ワ)70016 ― スプリセル®後発品訴訟で特許権延長制度の根幹を揺るがす形式判断
Summaryブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)が製造販売するスプリセル®錠の有効成分(ダサチニブ)に関する特許発明の延長された特許権について、沢井製薬による後発医薬品の製造等行為にその効力が及ぶか否か争われた特許権侵害訴訟で、2025年5月15日、東京地裁は、スプリセル®錠と沢井製薬の後発医薬品は医薬品として実質的に同一とは認められず、延長された特許権の効力は及ばないと判断した。本判決は...

ダサチニブ錠事件については今後の帰趨が注目されますが、本件シタグリプチン訴訟の終結は、存続期間の延長登録制度の実質的意義と、パテントリンケージ運用の在り方を再考させる重要な示唆を与えるものといえます。

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