2026年9月28日、EU理事会は、EU医薬品法制改革(Pharma Package)について、欧州議会との通常立法手続における第一読会の立場を正式に採択しました。今回の文書では、新薬の規制データ保護期間として8年を維持する一方、その後の市場保護期間について、基本期間1年に条件付きの延長を組み合わせる枠組みが定められています。
本改革は、医薬品のイノベーションを促進しつつ、後発医薬品等へのアクセスや医薬品供給の安定性を改善することを目指すものです。以下、理事会が採択した条文に基づき、医薬品の保護期間を中心に主要な変更点を整理します。
主な一次資料
1.規制データ保護8年を維持、市場保護は基本1年+条件付き延長へ
今回の改革で重要なのは、規制データ保護(regulatory data protection)と市場保護(regulatory market protection)を区別したうえで、それぞれの期間を組み合わせている点です。
指令案第83条第1項は、医薬品の販売承認取得後の規制データ保護期間を原則8年と定めています。規制データ保護期間中は、後続申請者が先行医薬品の承認申請に用いられた試験データに依拠することが制限されます。
さらに、同条第2項は、規制データ保護期間の終了後も、後続医薬品を市場に投入できない期間として、原則1年の規制上の市場保護期間を設けています。
したがって、基本的な保護期間の構造は、次のとおりです。
- 規制データ保護:8年
- 規制上の市場保護:その後1年
- 基本期間の合計:8+1=9年
ただし、市場保護期間には、指令案第84条に基づく延長制度が設けられています。
市場保護期間の延長
第84条第1項は、市場保護期間をさらに1年延長する条件を定めています。延長の根拠は、主として次のいずれかです。
① アンメット・メディカル・ニーズへの対応
承認申請時に、当該医薬品がアンメット・メディカル・ニーズに対応することが示されている場合。対象疾患の深刻さ、既存の治療法の状況、患者の罹患率・死亡率に対する改善を考慮する基準が示されています。具体的な評価基準については、EMA(欧州医薬品庁)が科学的ガイドラインを通じて明確化することが予定されています。
② 新有効成分を含む医薬品についての所定の条件
新有効成分を含む医薬品については、比較臨床試験に関する条件や、臨床試験の実施地域、EU域内での承認申請の時期など、条文所定の条件を満たすことが延長の根拠となります。具体的には、EMAの科学的助言に沿った適切な比較対照を用いた臨床試験や、複数の加盟国における有効性試験の実施、EU域内での早期の承認申請などが関係します。比較対照試験が実施できない、又は適切でない場合についても、条文は一定の条件を定めています。
ここで重要なのは、第84条第1項に定める延長条件を複数満たしても、それぞれの条件に基づく1年延長を累積できるわけではないことです。アンメット・メディカル・ニーズへの対応と、新有効成分に関する条件は、同項における1年延長の根拠として位置付けられています。
さらに、第84条第2項は、規制データ保護期間中に新たな治療適応について承認を取得し、既存の治療法と比較して臨床的に有意なベネフィットを示した場合に、市場保護期間を追加で1年延長する仕組みを定めています。
この追加延長は、第84条第1項の延長とは別の仕組みです。したがって、両方の条件を満たす場合には、市場保護期間について、基本の1年に第84条第1項による1年と第84条第2項による1年を加え、最大3年となり得ます。
以上から、新薬の規制上の保護期間は、通常、8年の規制データ保護と1年の市場保護から構成され、所定の条件を満たせば、規制データ保護8年+市場保護最大3年、合計最大11年となります。
なお、ここでいう規制上の保護期間は、特許権や補充的保護証明書(SPC)による保護とは別の制度です。実際の後発医薬品参入時期を評価するには、規制上の保護と特許・SPCの存続期間を併せて検討する必要があります。
2.優先抗菌薬の開発に対する譲渡可能なデータ独占期間延長バウチャー
今回の改革では、薬剤耐性(AMR)対策の一環として、優先抗菌薬の開発を促す譲渡可能なデータ独占期間延長バウチャー(transferable data exclusivity voucher)が設けられています。
制度の根拠は、規則案第41条以下です。所定の要件を満たす優先抗菌薬の開発者には、対象医薬品の規制データ保護期間を12か月延長できるバウチャーが付与され得ます。
このバウチャーは、当該抗菌薬だけでなく、別の医薬品の規制データ保護期間の延長にも利用できます。一定の条件の下で、他の販売承認取得者への譲渡も可能です。
ただし、利用には重要な制約があります。
- バウチャーは1回限り使用できる。
- 別の医薬品に移転して利用する場合、移転先は中央審査方式(centralised procedure)で承認された医薬品でなければならない。
- 移転先医薬品については、規制データ保護期間の第5年又は第6年に利用する必要がある。
- 移転先医薬品のEU域内における年間総売上高について、承認後最初の4年間のいずれの年も4億9,000万ユーロを超えていないことが条件となる。
売上高の条件は、直近4年間の平均売上高などを基準とするものではなく、承認後最初の4年間の各年について定められた上限である点に注意が必要です。
また、バウチャーが延長するのは、市場保護期間ではなく規制データ保護期間です。したがって、通常の保護期間にバウチャーを適用した場合、規制上の保護期間は最大12年となり得ます。
この制度は、社会的な必要性が高い一方で、開発投資を回収しにくい抗菌薬の研究開発を促進することを狙うものです。他方、バウチャーを他の医薬品に利用できるため、その価値は、移転先の医薬品の売上規模、特許・SPCの満了時期、競合品の参入時期などによって大きく左右されると考えられます。
3.希少疾病用医薬品の保護制度
改革では、希少疾病用医薬品(orphan medicinal products)についても、開発を促進するための保護制度が設けられています。
理事会の説明によれば、希少疾病用医薬品には原則9年の市場独占期間が設けられ、アンメット・メディカル・ニーズに対応する画期的な医薬品(breakthrough orphan medicines)については、以下の要件を満たすことを条件に追加の2年を含め、最大11年の市場独占が可能となる枠組みです。
- 対象となる希少疾病について、EUで承認された医薬品がこれまで存在しないこと。
- 当該医薬品が、その疾患による罹患率又は死亡率を臨床的に意味のある程度に低減すること。
ただし、希少疾病用医薬品の市場独占は、一般の医薬品に適用される規制データ保護・市場保護の枠組みとは別に評価する必要があります。個別の医薬品について保護期間を検討する際には、該当する希少疾病用医薬品の要件と、最終的に成立する条文の適用条件を確認する必要があります。
4.Bolar例外と医薬品の供給確保
今回の改革は、独占期間の設計だけでなく、後発医薬品等の上市準備や医薬品供給の確保にも関係します。
理事会の説明では、Bolar例外について、後発医薬品等を先発医薬品の特許権等の満了後に速やかに上市できるよう、必要な試験・研究に加え、調達入札への参加に必要な行為も対象とする枠組みが示されています。
また、加盟国は、規制上の保護期間中にある医薬品についても、患者の需要を満たすために十分な数量を供給するよう、一定の要件の下で求めることができます。
これらは、先発医薬品の保護を確保しながら、保護期間終了後の競争への移行や、医薬品の安定供給を促すための措置と位置付けられます。
5.今後の立法手続
EU理事会は2026年9月28日、医薬品法制改革に関する指令案及び規則案について、第一読会の立場を採択しました。
関連する欧州議会の立法手続は、次のとおりです。
欧州議会は2024年4月に第一読会の立場を採択しており、その後、2025年12月には理事会と欧州議会の間で改革の内容について合意に至りました。今回、理事会が正式に第一読会の立場を採択したことで、次は欧州議会による理事会の立場の審議・承認が焦点となります。
その後、官報掲載など所定の手続を経て、指令及び規則が発効することになります。したがって、2026年9月28日の理事会採択をもって、改革全体がすでに発効したと理解するのは正確ではありません。実際の適用開始時期については、最終的な成立・官報掲載と、各法令の経過措置を確認する必要があります。
なお、今回の改革は、欧州委員会が2023年に提出した当初提案を踏まえたものです。当初提案では規制データ保護期間を6年に短縮する案が示されていましたが(2023.05.09ブログ記事「EUにおける医薬品関連規則の抜本的改革案 - 医薬品の薬事規制上のデータ保護(RDP)の改革はイノベーションのための効果的なインセンティブとなるか -」参照)、理事会が採択した第一読会の立場では、原則8年が維持されています。これは、医薬品の研究開発へのインセンティブと、患者アクセスや競争促進とのバランスをめぐる議論を理解するうえで重要な点です。
6.医薬品知財の観点から
今回の改革では、規制データ保護の基本期間8年を維持しつつ、市場保護の延長条件を通じて、アンメット・メディカル・ニーズへの対応、比較臨床試験、EU域内での臨床開発・承認申請、新たな治療適応の追加などを促す設計が採用されています。
医薬品企業の知財部門にとっては、特許出願やSPCの取得・維持に加えて、臨床開発計画、比較対照の設定、EU域内での試験実施、承認申請のタイミング、新適応の開発計画を、規制上の保護期間と一体的に検討する重要性が増すと考えられます。
特に、規制データ保護・市場保護・特許・SPCは、それぞれ根拠と要件が異なります。最大保護期間だけに着目するのではなく、個別の医薬品について各制度の成立要件を満たす可能性と、実際の後発医薬品参入をどこまで抑制できるかを分けて評価することが必要です。
今後は、欧州議会による承認と最終条文の成立に加え、各保護期間の延長条件や経過措置が、実際の医薬品開発・上市戦略にどのような影響を及ぼすかを注視する必要があります。

患者アクセスを志向して条件を満たせば保護期間の延長というインセンテイブを与える施策、オーファンドラッグの開発促進策としての独占保護期間の設定、抗菌薬耐性(AMR)対策としての譲渡可能な保護期間のバウチャー制度などの施策を打ち出すことができるEUと対比すると、日本は、革新的な医薬品開発への投資を促進するための様々なインセンティブ施策を組み立てようとしても、安全性の確認を法目的とした再審査制度を改革するわけにはいかないでしょう。
EUのような柔軟な制度を見習って、日本においても薬事規制上の医薬品データ保護/市場保護制度の立法化に向けた本格議論が進むことを願います。
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