平成25年5月11日

2012.12.26 「エーザイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10131

塩酸ドネペジルの製剤発明: 知財高裁平成24年(行ケ)10131

【背景】

「甘味を有する薬剤組成物」に関する特許出願(特願2001-98970、特開2001-342151)の拒絶審決(不服2011-25385号)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1: 塩酸ドネペジルおよびスクラロースを含有する薬剤組成物

引用発明: 苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物
一致点: スクラロースを含有する薬剤組成物である点
相違点: 薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

4 引用発明の認定の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。

「引用例1には,本件審決が認定したとおり,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」との発明が記載されているものと認められる。そして,前記2の引用例1の各記載からすると,引用発明は,苦味を有する薬剤の苦味を消失させるという課題に対して,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという効果を奏するものということができる。」
これに対して、原告は、
「引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せが記載されていない」とか「引用例1に列挙されている薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいということは,引用例1に開示されていない 」
等と主張した。

しかしながら、裁判所は、下記のとおり原告の主張は採用することができないとした。
「引用例1の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,「苦味を有する薬剤」及びスクラロースを含有する薬剤組成物についての技術的思想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,特定の「苦味を有する薬剤」とスクラロースとの具体的な組合せについての明示がないとしても,」また、「発明の詳細な説明中にある薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいものであるとの具体的な記載がないとしても,引用発明の上記認定が妨げられるものではない。」
5 相違点に係る判断の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。
「(1) 前記4のとおり,本件審決による引用発明の認定に誤りはなく,本願発明と引用発明とを対比すると,両者は,本件審決が認定したとおり,「薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点」で相違するものと認められる。
(2) 本願発明の容易想到性について
ア 引用例1の前記2(2)オの記載からすると,引用例1には,「苦味を有する薬剤」として,引用例1に具体的に記載された薬剤に限らず,広範囲の苦味を有する薬剤が使用できることが示されているものと認められる。他方,前記3のとおり,引用例2には,薬剤である塩酸ドネペジルが激しい苦味を有することが記載されている。そうすると,引用発明において,「苦味を有する薬剤」として,引用例2に記載された激しい苦味を有する「塩酸ドネペジル」を使用した薬剤組成物とすることは,当業者が容易に想到することができたものである。~
(3) 本願発明の作用効果について
ア 前記4(1)のとおり,引用例1には,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという作用効果が生ずることが開示されている。そして,~本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースが渋味に対するマスキング効果を有することも知られていたものである。加えて,~渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものである。したがって,渋味に対するマスキング効果を有するということは,痺れ感をマスキングできることを意味するものであり,スクラロースが痺れ感に対するマスキング効果を有することは本件出願に係る優先権主張日前に公知であったということができる。そうすると,引用例1に接した当業者は,薬剤にスクラロースを組み合わせることにより,薬剤の苦味だけでなく,その痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。」
【コメント】

明細書を見る限り、塩酸ドネペジルの製剤発明について特許を取りに行くぞという勢いは感じられない内容であり、INPADOC patent family searchを行っても日本以外の海外出願は見当たらない。さらに、日本で販売されているアリセプトの錠3mg・錠5mg・錠10mg・細粒0.5%、D錠3mg・錠5mg・錠10mg、内服ゼリー3mg・内服ゼリー5mg・内服ゼリー10mgのいずれにもスクラロースは使用されていないようである。

アリセプトの成分(ドネペジル塩酸塩)には苦味があるが、アリセプト錠はフィルムコートにより、D錠と内服ゼリーはカラギーナンという添加物により、苦味を軽減している。カラギーナンのドネペジル塩酸塩に対する苦味マスキングは、2018年3月まで特許が保持されている(参考: エーザイwebpage アリセプトには苦味がありますか?)。

上記のとおり、先発品はスクラロースを使用していないが、アリセプトの後発品の多くは実はスクラロースを使用している。知財高裁まで争ったということは、出願当初はそれほど力を入れていなかったのかもしれないこの出願が、後発品の参入という事態となったため、この出願を特許にすることによってできる限り後発品の参入を阻止したいという価値が生じたと想像できる。明細書の記載をもっと充実させたものにしておくべきだったと悔やまれる事案である。

平成25年5月6日

2012.12.19 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10448

エチルからブチルへの容易想到性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10448

【背景】

「血管新生抑制剤」に関する特許出願(特願2002-32844; 特開2003-238441)の拒絶審決(不服2008-28310号事件)の取消訴訟。争点は発明の進歩性の有無。

請求項1(本願発明):

「テトラブチルアンモニウム塩を有効成分とすることを特徴とする腫瘍細胞増殖抑制剤。」
引用例1発明と本願発明との相違点は、本願発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラブチルアンモニウム塩」であるのに対し、引用例1発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラエチルアンモニウム塩」である点であった。

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
裁判所の判断(一部のみ抜粋)
3 取消事由3(相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)について
(1) 審決も認定するとおり(5頁),引用例2にはテトラエチルアンモニウム,テトラブチルアンモニウムのいずれもが非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であり,効率的に阻害作用を発揮することが記載されているから,引用例2に接した当業者において,非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤としてテトラエチルアンモニウム塩だけでなくテトラブチルアンモニウム塩も選択することができることを認識し得ることは明らかである。
そして,抗腫瘍効果,腫瘍細胞増殖抑制効果を有する抗腫瘍物質を探索することは,医療分野の当業者にとってごく一般的な技術的課題であるところ,引用例1中には,腫瘍細胞のカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖に影響する可能性があるという作用機序(61頁46~52行),テトラエチルアンモニウムのような非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤が腫瘍細胞の増殖を抑制したという実験結果(57頁最終行~58頁8行)が記載されている。加えて,引用例1発明にいうテトラエチルアンモニウム塩と本願発明にいうテトラブチルアンモニウム塩とは,アンモニウムイオンの4つの水素原子をいずれもアルキル基(前者ではエチル基(-CH2CH3),後者ではブチル基(-CH2CH2CH2CH3))に置き換えた化学構造を有するテトラアルキルアンモニウム塩である点で共通するから,引用例1の記載による限り,当業者が化学構造の類似性に着目して,テトラエチルアンモニウム塩に代えてテトラブチルアンモニウム塩を採用する着想を否定することができない。すなわち,引用例1に接した当業者が,テトラエチルアンモニウム塩に代えて他の非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤を採用して腫瘍細胞増殖抑制効果を検証するのは,自然な発想ということが可能であるから,このような引用例1及び2における文献上の記載があって,着想容易性の可能性があるのに対して,これを覆し,医療分野の当業者にとっての腫瘍細胞増殖抑制剤の進歩性を肯定するには,本願発明の実施例に現れる実験結果を参照しなければならない。
この点を本願明細書(甲4)についてみると,前記認定のように,マウスの大腿の腫瘍重量の大小を計測した旨の記載があるだけで,腫瘍組織の血管新生の増減等を実験を通じて検証したことを窺わせる記載は存しない。また,本願明細書中には,テトラブチルアンモニウム塩がテトラエチルアンモニウム塩等よりも顕著な腫瘍細胞増殖抑制効果を発揮した旨の記載はない。他方,引用例1にはカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖にとって重要である旨が記載されているから,等しく非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であるテトラエチルアンモニウム塩の構成(引用例1)をテトラブチルアンモニウム塩の構成(本願発明)に置換することによって奏される腫瘍細胞増殖抑制効果は,引用例1,2から当業者が予測できる範囲を超えるものではない。
そうすると,本件出願当時,医療分野の当業者において,引用例1発明に引用例2発明を適用し,引用例1発明と本願発明の相違点に係る構成に容易に想到することができたというべきである。

【コメント】

「エチル」と「ブチル」という化学構造の類似性に着目すれば、動機付けを否定する材料を揃えるのは困難と思われる。顕著な効果を発揮したといえる記載が明細書にない限りは進歩性なしの判断を覆すのは極めて困難だろう。欧米には出願されていないようである。

平成25年4月21日

2012.12.05 「サンド v. ワーナー-ランバート」 知財高裁平成23年(行ケ)10445

アトルバスタチンの結晶特許: 知財高裁平成23年(行ケ)10445

【背景】

「結晶性のアトルバスタチン」に関する被告(ワーナー-ランバート)の特許(第3296564号)に対する原告(サンド)の無効審判請求について、請求は成り立たないとした審決(無効2010-800235)の取消訴訟。原告の主張は、実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)および本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)。

請求項1:
CuKα放射線を使用して2分の粉砕後に測定した,2θ,d-面間隔,および>20%の強度の相対強度によって表示された特定のX-線粉末回折パターンを特徴とする結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物(数値は省略)
請求項2:
化学シフトを100万部当たりの部数で表示した次の固体状態の13C核磁気共鳴スペクトルを特徴とする結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物(数値は省略)
【要旨】

主 文
特許庁が無効2010-800235号事件について平成23年11月22日にした審決を取り消す。(他略)

取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について
「~方法2は,前記1(3)ア(イ)のとおり,補助溶剤を含む水中にアトルバスタチンを懸濁するというごく一般的な結晶化方法であるものの,補助溶剤としてメタノール等を例示し,その含有率が特に好ましくは約5ないし15v/v%であることを特定するのみであり,結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH,スラリー濃度,温度,その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから,これらの諸因子の設定状況によっては,本件明細書において概括的に記載されている方法2に含まれる方法であっても,結晶性形態Ⅰが得られない場合があるものと解される。そうだとすると,結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め,温度,その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載をもってしては,本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても,当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し,結晶性形態Ⅰを得ることができるものということはできない。
~以上のとおり,本件明細書における方法2に係る記載は,結晶性形態Ⅰを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって,実施可能要件を満たすものということはできない。もっとも,本件明細書には,本件審決が判断した方法2のほかにも,方法1及び3として,結晶性形態Iの具体的製造方法が開示されているところ,本件審決は,本件明細書の方法2について検討するのみで,本件明細書のその余の記載により実施可能要件を充足するか否かについて審理を尽くしていないものというほかない。
よって,実施可能要件について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。」
取消事由2(本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 引用発明の認定の誤りについて
「~実施例10の各作業工程及び各工程により得られた産物によれば,実施例10における「再結晶」とは,化学用語に関する辞典(甲48)に記載されている通常の語義である「不純物を含んだ結晶性物質を適当な溶媒に溶かし,他の溶媒の添加や共通イオン効果などを利用して,不純物が析出しないように再び結晶させて,結晶の純度を上げたり,結晶形をそろえる操作」を意味するものと解され,特段それを疑うべき事情は見当たらない。
~以上によれば,引用例における「再結晶」の用語が,「再沈殿」又は「再析出」の誤用であると認めることはできず,引用例に記載された発明において得られたアトルバスタチンが結晶形態であると認定しなかった本件審決の認定は誤りである。
~引用例に記載された発明は結晶形態のアトルバスタチンであるというべきであるから,本件発明と引用例に記載された発明の一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。
(ア) 一致点:本件発明及び引用例に記載された発明が結晶形態のアトルバスタチンである点
(イ) 相違点:本件発明は,それぞれ,結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターン(本件発明1)や13C核磁気共鳴スペクトル(本件発明2)で特定される結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物であるのに対し,引用例に記載された発明のアトルバスタチンは,結晶形態を有するものの,そのような特定がない点(以下「本件相違点」という。)」
(2) 相違点に係る判断の誤りについて
ア 結晶を得ることの動機付けについて
「~本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。
そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる。
この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する。
しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない。
したがって,被告の主張は採用できない。」
イ 水を含む系による再結晶化の示唆について
「~本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非結晶の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。
したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。
また,結晶性形態Iを得るために本件明細書が開示した方法(前記1(3)ア)は,水性溶媒中での懸濁物ないし湿潤ケーキを養生するというものであって,当業者が通常採用しないような手法を用いているものではなく,特殊な条件設定が必要であるというものでもないから,本件発明に係る結晶性形態Iは,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤で得られた結果物である水和物結晶にすぎないものというべきである。
この点について,被告は,水を含む系による再結晶化の事例が存在するとしても,本件発明の特定の結晶形態を取得することが直ちに容易になるわけではないなどと主張する。
しかしながら,本件明細書が開示した方法は,実施可能要件を充足するか否かはともかくとして,特殊な手法であるとはいえない以上,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤内において当該方法と同様の方法を試み,結晶性形態Ⅰを得ることができるものというべきである。
したがって,被告の主張は採用できない。」
ウ 本件発明の効果について
(ア) 濾過性及び乾燥性について
「~一般に,結晶は,無定形と比較して,優れた濾過性及び乾燥性を有することは,本件優先日前から当業者に周知であったということができる。前記1(3)イのとおり,本件明細書には,結晶性形態Ⅰのスラリー50mℓ の濾過は10秒以内に完了したが,無定形のアトルバスタチンの場合,1時間以上が必要であった旨が記載されているところ,結晶スラリーの濾過性は,含まれる結晶の形態のみならず,大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって,本件明細書の上記記載から,結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が,結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。
この点について,被告は,結晶性形態Ⅰは,粒径のそろった小さな結晶粒として得られるという特徴から,当業者はバイオアベイラビリティに優れるであろうことを理解することが可能であるなどと主張する。
しかしながら,必要に応じて結晶の粒度をそろえることは当業者がごく普通に行うことであるし,本件明細書において,アトルバスタチンを結晶性形態Iとして結晶化させれば,通常予測し得る範囲を超えるほど粒度のそろった結晶が得られることが具体的に開示されているわけでもない。
したがって,被告の主張は採用できない。」
(イ) 安定性について
「~前記のとおり,結晶が無定形よりも安定性を有することは,当業者の技術常識であるということができる。本件明細書には,結晶性形態Iは,無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが,当該記載の裏付けとして提出された各種データ(甲19,20)を考慮したとしても,なお結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。
この点について,被告は,高い安定性を有する結晶形が他の医薬化合物として存在していたとしても,そのことをもって,別の医薬化合物において新たな結晶形により高い安定性を得たことの価値を否定することはできないと主張する。
しかしながら,結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまでいえない以上,被告の主張はその前提自体が誤りであって,採用することはできない。」
エ 小括
「以上によると,本件発明は,アトルバスタチンの特定の結晶性形態(結晶性形態Ⅰ)に係る発明であるところ,本件相違点に係る構成は,引用例により開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができるものというべきであるし,当該結晶性形態の作用効果についても,格別顕著なものとまでいうことはできない。
したがって,本件発明は,引用例に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。」
【コメント】

結晶性形態Iを得たという実施例は全て種晶を用いた例であり、他の一般的な記載からでは種晶を用いないでも得ることができると読み取るには不十分とされた。結晶に関する発明の実施可能要件を満たすためには、結晶化に対して一般的に影響を及ぼす因子(本事案で挙げられているのはpH、スラリー濃度、温度)に注意しながら明細書を作成する必要がある。本事案では、引用発明との一致点・相違点の認定は誤りと判断され、その結果、動機付けおよび顕著な効果についての審決の判断も取り消された。今回、裁判所が認定した技術常識を前提とすれば、医薬有効成分としての公知化合物について、新たな結晶を見出したとしても、その結晶形に関する発明の進歩性が認められるためには、裁判所が判決文中で言及したように、結晶を得るための方法が当業者が通常採用しないような手法を用いているもの(特殊な条件設定が必要であるというもの)であるか、その効果が通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであることを要するということになる。

本特許はアトルバスタチンの(atorvastatin)結晶特許。
アトルバスタチンは米国ワーナー・ランバート社(現:米国ファイザー社)により新規に合成されたHMG-CoA還元酵素阻害作用を有する化合物。アトルバスタチンカルシウム水和物(Atorvastatin Calcium Hydrate)の製剤であるリピトール®錠として、日本では山之内製薬(現:アステラス製薬)とワーナー・ランバート(現:ファイザー)が共同開発し、2000年に承認された。高コレステロール血症、家族性高コレステロール血症に対し優れた有用性が認められている。既に後発品は参入している。

欧米の状況:
  • US5,969,156Aは2004年9月17日にreexaminationがrequestされ、クレームは補正された(US5,969,156C1)。LipitorのOrange Book収載。
  • EP0848705B1は異議申立、審判、拡大審判部での審理を経て無効とされたようである(T0764/06; R0016/09)。

参考:

平成25年4月8日

インド最高裁 NovartisのGlivec®の結晶形発明で判決

2013年4月1日、インド最高裁判所は、Glivec® (imatinib mesylate)に関する発明(イマニチブメシル酸塩のβ型結晶形)がインド特許法3(d)等に基づいて拒絶されたことに対して不服を申し立てていたNovartisの訴えを退ける判決を下しました。

参考:


平成25年4月6日

2012.12.03 「三栄源エフ・エフ・アイ v. ツルヤ化成工業」 知財高裁平成24年(行ケ)10057

酸味のマスキング方法の進歩性: 知財高裁平成24年(行ケ)10057

【背景】

原告(三栄源エフ・エフ・アイ)の「酸味のマスキング方法」に関する特許第3929101号の無効審判請求を認容した審決(無効2011-800050号)の取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1(本件発明):

「クエン酸,酒石酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種の酸味剤を含有し,経口摂取又は口内利用時に酸味を呈する製品に,スクラロースを,該製品の重量に対して0.012~0.015重量%で用いることを特徴とする酸味のマスキング方法。」
審決は、甲3には、「0.1%酢酸溶液に,5~10%のショ糖を添加して,酸味を減少させ,酸味と甘味のつり合いを良くする方法。」(甲3発明)が記載されていることが認められるとした上で、本件発明と甲3発明の一致点と相違点を次のとおりであると認定した。

一致点:
クエン酸,酒石酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種の酸味剤を含有し,経口摂取又は経口利用に酸味を呈する製品に,所定量の甘味剤を用いる酸
味のマスキング方法である点。
相違点:
所定量の甘味剤が、本件発明では、「スクラロースを0.012~0.015重量%」であるのに対して、甲3発明では、「5~10%のショ糖」である点。
そして、甲3発明において、ショ糖に代えて周知の高度甘味料であるスクラロースを採用し、その際に酸味に対してマスキングが起きることを確かめ、スクラロースの濃度を0.012~0.015重量%という範囲に適宜決定することで本件発明のごとくすることは、当業者が容易になし得たことといえ、効果も格別顕著でないと判断した。

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
裁判所の判断(一部抜粋)
2 取消事由2(本件発明と甲3発明との相違点判断の誤り)について
~以上の認定によれば,甲3発明との間の相違点について審決が「味は食品にとって非常に重要な要素であり,各種人工甘味料の味に関する特性を調べることは至極当たり前のことであるといえ,前記したように高度甘味料であるアスパルテーム,ステビア,サッカリンが酢酸等の酸味を緩和するということが知られていたのであるから,甲3発明において,ショ糖に代えて,周知の高度甘味料であるスクラロースを採用し,その際に酸味に対してマスキングが起きることを確かめ,スクラロースの濃度を0.012~0.015重量%という範囲に適宜決定することで,本件訂正発明のごとくすることは,当業者が容易になし得たことといえる。」と判断した点に誤りはない。
(4) 原告は,甘味料といっても極めて多数の種類があり,それぞれに固有の分子構造を有し,その酸に対する作用効果も様々であり,全く予想ができないと主張する。
しかし,前記のとおり,各種甘味料の中でも高甘味度甘味料として代表的な物質であったアスパルテーム,ステビア及びサッカリンで,酸味を呈する食品や調味料の酸味をマスキングする例が知られていた。そうすると,当業者が,他の高甘味度甘味料についても酸味マスキング作用の可能性を認識し,高甘味度甘味料として当業者において周知であったスクラロースについても,これを酸味を呈する製品に添加することにより,当該製品の酸味がマスクキングできると考えて,その作用効果を確認しようとすることは容易に想到することができたというべきである。
原告は,甘味料が酸味をマスキングする作用機序は解明されておらず,甘味料が酸味をマスキングするか否かは不明である点などとも主張するが,代表的な複数の高甘味度甘味料において酸味マスキング作用を有する例が知られていたのであるから,高甘味度甘味料に属するネオヘスペリジンジヒドロカルコンがマスキング作用とは反対の増強作用を有する例が公知であったり,酸味マスクの作用機序が不明であったとしても,高甘味度甘味料が酸味を呈する製品の酸味をマスキングできる可能性を当業者は認識するというべきである。
(5) 原告は,本件出願当時,日本ではスクラロースを食品に使用することは認可されておらず,また,わずか6か国においてのみ食品添加物として販売されていたので,当業者であってもスクラロースを容易に入手することはできなかったものであり,また,スクラロースの世界市場におけるシェアはわずか0.047パーセントに過ぎなかったので,当業者が,あえてスクラロースを選択して,酸味マスキング効果を試すことについての動機付けはないと主張する。
しかし,そもそもスクラロースなどの高甘味度甘味料は砂糖(ショ糖)の代替甘味料として用いられてきたものであるところ(甲39の別紙2),酸味食物に砂糖を加えると酸味が減少するといったことは経験的によく知られた味の相互作用であるから(甲3の132頁左欄4行~9行,甲12の61頁右欄5行~6行),当業者には,甲3発明の「ショ糖」を高度甘味度甘味料として周知であったスクラロースで代替しようと考える動機付けがあるというべきである。食品添加物として未認可であったことや,甘味料市場におけるシェアが低いことから,多数ある甘味料の中からあえてスクラロースを選択して,酸味マスキング効果を試すことについての動機付けを否定することはできない。
(6) 原告は,審決が,本件発明の①製品本来の味のバランスを保持する,②マスキングされた後の酸味自体の風味を良質なものにする,③長期安定性及び熱安定性にすぐれている顕著な作用効果を看過していると主張する。
しかし,前記のとおり,高甘味度甘味料として代表的な物質であったアスパルテーム,ステビア及びサッカリンで,酸味を呈する食品や調味料の酸味をマスキングする例が知られていたことからすれば,上記①及び②程度の効果は,これを予測できない顕著な作用効果ということはできない。
また,カナダが1991年に食品添加物として許可した際の許可食品に,調理の過程で加熱されることを前提とするベーキング・ミックスやパンが挙げられていることからすれば,③の安定性は,スクラロース自体の安定性のことであると認められる(なお,本件出願後の文献ではあるが,「スクラロースの食品添加物指定要請」にかかる食品衛生調査会毒性・添加物合同部会報告(食調第5号,平成11年1月6日)の別添資料のうち「第6章 使用基準案に関する資料」(甲2の2)に,スクラロースは物理科学的安定な食品添加物であって広範囲の食品への使用が可能であることや通常の保存状態ではほとんど分解しないし,対象食品中でも極めて安定である旨が記載され,対象食品として調理の経過で熱が加えられる焼菓子が挙げられている)。このことは,訂正明細書に,甘味料が経時的に分解し試料中の甘味料の量が減れば,酸味マスキング効果も消失し,これに対して,甘味料が経時的に分解せずに安定であれば,酸味マスキング作用が消失しない旨が記載されている(段落【0010】,【0011】及び図1)ことからも理解できる。このように,③の長期安定性及び熱安定性という効果は,スクラロース自体の公知の特性であり,この特性は,酸味を有する製品の酸味マスキングにスクラロースを用いた場合にのみ生ずる特有の作用効果ではないことからすれば,この効果を酸味のマスキング方法についての発明における顕著な効果とすることはできない。
(7) 結局,審決がした相違点の判断に誤りはない。
【コメント】

ショ糖に代えてスクラロースを採用してみようとする動機付けはやはりありそうな気がするが、スクラロースを0.012~0.015重量%とした点については、原告は何かしらもう少し反論材料はなかったのだろうか。

ツルヤ化成工業website:

三栄源エフ・エフ・アイwebsite:


平成25年3月25日

2012.10.16 「P1 v. ニプロ」 大阪地裁平成21年(ワ)4377

職務発明の対価請求事件: 大阪地裁平成21年(ワ)4377

【背景】

被告(ニプロ)の元従業員である原告(P1)が、被告に対し、被告在職中に、単独又は共同でした職務発明等に係る特許等を受ける権利又はその共有持分を被告に承継させたとして、平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項等に基づき、上記承継の相当の対価の未払い分である金12億2052万8199円のうち金1億円等の支払を求めた事案。

【要旨】

主 文
1 被告は,原告に対し,金57万1078円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを200分し,その199を原告の,その1を被告の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。

裁判所の判断(一部のみ抜粋)

2 「相当の対価」の算定方法について
(1) 「相当の対価」について
イ 算定対象期間について
(ア) 使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継した場合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているということができる。この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときには,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。すなわち,法35条の職務発明は,特許発明(特許法2条2項)に限定されてはいないから,発明であれば特許登録されるか否かにかかわらず法35条が適用され,特許を受ける権利を使用者に譲渡することにより相当の対価の請求権を取得するのである(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。
もっとも,特許権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(特許法66条,68条),使用者が通常実施権に基づいて実施していると認められる場合には,その範囲内で実施している限り,特許を受ける権利の承継により使用者が受けるべき利益はないことになる。
他方,特許権の設定登録の前であっても,特許出願人は,出願公開後は,発明を実施した第三者に対し一定の要件の下に補償金を請求することができるから(特許法65条),出願公開後に事実上当該発明を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことにより通常実施権に基づくものを超える利益を上げたときは,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。
一方,実用新案権及び意匠権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(実用新案法14条,16条,意匠法20条,23条), 特許法上の補償金請求のような制度も設けられていないことから,この時点では独占的な実施を観念することはできず,当該考案,意匠を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことによる通常実施権に基づくものを超える利益を観念できるのは,設定登録後ということができる(ただし,実用新案権については,平成5年法律第26号による改正前の実用新案法13条の3により,平成6年1月1日よりも以前においては,特許法上の補償金請求と同様の制度が設けられていた。)。
(イ) 以上によれば,本件発明等については,それぞれにつき,別紙超過売上高算定対象期間記載の「超過売上高算定対象期間」欄の期間を対象として,同期間内における実施品の販売について,「その発明により使用者等が受けるべき利益」を算定するのが相当である。

9 原告による放棄の意思表示の有無について(争点2)
(1) 退職届(乙2)の表記等について
ア 原告の平成20年6月18日付け退職願(乙2)には,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を厳守いたします」として,その下に,4点の厳守事項が記載されており,その中に「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」との記載がある。なお,4点の厳守事項は,囲み枠の中にポイントを落とした文字で表記されている。
イ その当時に実施されていた被告の発明考案取扱規程(平成20年1月1日実施のもの。乙1の5。以下「平成20年規定」という。)では,補償金の支給対象について,第12条で「第8条~第10条の規定は,補償金 の支給時に会社に在籍している従業員等に対してのみ適用される。」と規定されていた。なお,同規定の第8条ないし第10条は,出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額を規定したものである(ただし,実績補償金の詳細は,別途細則で定められている。)。
同条項は,退職者の増加に伴って,補償金等の支払を会社に在籍している従業員に対してのみ適用するため,平成11年2月27日の発明考案規程(平成3年規定)の一部改訂において設けられたものである(乙1の4,32)。
(2) 放棄文言の解釈
以上を踏まえて検討するに,上記退職届の文言からは,厳守事項は,飽くまでも就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項であることが前提であることから,厳守事項のうち「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」についても,就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項の範囲内で解釈される必要がある(この点,被告社員も,退職に当たり,就業規則及び発明考案取扱規程12条の内容を改めて認識してもらう趣旨であることを認めている。乙32・2頁)。
そこで,これに関する発明考案取扱規程第12条をみるに,同条は,同規定第8条ないし第10条の出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額に関する社内規定が在籍している従業員にしか適用されないことを規定したものであり,当該社内規定による支給額を超える職務発明等の対価が生じていると思料する場合の当該対価請求権の権利行使については,何ら規定していない。
そうすると,厳守事項4については,退職により,社内規定による補償金(出願補償金,登録補償金及び実績補償金)の受給については,上記規定が適用されないことを確認したものにとどまり,社内規定によらない職務発明の対価請求権の行使については,何ら規定するものではないと解するのが相 当である。
(3) 原告が補償金の支給に不満をもっていたこと
なお,原告は,平成15年12月3日,本件実施品1ほかの製品について,実績補償金の対象ではないとされたことについて,発明考案取扱規程(乙1の4)15条に基づく不服申立てを行い(甲115の3・5),その後,平成16年3月5日,実績補償金の支給に対する不満等を含めて,滋賀労働局に対し,あっせん申請書を提出するなどしており(甲116),在職中から,補償金の支給に不満を持っていたことは明らかである。
そして,原告は,退職後,平成20年11月18日到達の内容証明郵便で被告に催告書兼提訴予告通知書を送付していることからすれば,退職時に,職務発明の対価請求権を放棄する意思までは有していなかったと推認できる。
(4) 小括
以上のとおり,本件において,原告による職務発明の対価請求権を放棄する旨の意思表示があったとまでは認められない。

【コメント】

平成16年法改正前の特許法35条での判決である。
改正法を具体的に適用した判決はまだない中、そのような判決の蓄積を待ち望んでも、企業側にとっては職務発明訴訟リスクの予見性が高まるとは到底思えない。それよりも、職務発明制度を廃止して職務発明の扱いについては使用者と従業者との契約に委ねるよう法改正の議論を進めるべきであるという意見に賛成である。

2013年3月21日、知的財産戦略本部 知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会(第3回)が開催された。
職務発明制度のあり方の議論が進むことを願う。

参考:



平成25年3月17日

2012.10.29 「アルベマール v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10076

サポート要件と実施可能要件: 知財高裁平成24年(行ケ)10076

【背景】

「ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」に関する特許出願(特願2002-72173; 特開2002-317179)の拒絶審決(不服2008-14384)取消訴訟。争点は,特許法36条6項1号該当性(サポート要件)の有無。

本願発明1:

「化合物の混合物を含んで成るヒンダード フェノール性酸化防止剤組成物であっ
て,該化合物の混合物が,式
【化1】(省略)
式中,nは少なくとも0,1,2,および3であり,場合により3より多い,
の複数の化合物を含んで成り;そして組成物が非希釈基準で,
(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,
(b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および
(c)50ppm 未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む,
上記組成物。」
審決の理由の要点:
発明の詳細な説明には,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも,「向上した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び低い生物蓄積性」を有することを課題とし,「非常に低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物を含有する新規なヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」である本願発明によれば,上記課題を解決できると記載されているものと認められる。
しかし,発明の詳細な説明には,本願発明の組成物を具体的に製造し,その酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性について確認し,上記課題を解決できることを確認した例は記載されていないから,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により,上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。
また,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物,すなわち,「(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,(b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより,「酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが,当業者であれば,出願時の技術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると,具体的に確認した例がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし,本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。
本願発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないし,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから,この出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しない。
【要旨】

主 文
特許庁が不服2008-14384号事件について平成23年10月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由(抜粋)
「発明の詳細な説明には,非常に低レベルのOTBP,DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって,従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性を有する組成物を得ることができ,また,低い揮発性を有し,その結果,向上した酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということができるから,発明の詳細な説明の記載から,本願発明の構成を採用することにより本願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。
したがって,発明の詳細な説明は,請求項1に係る発明について,その発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということができるから,請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということができる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。
(中略)
被告は,本件出願時の技術常識を考慮すると,0~10ppm のトリ-tert-ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体,すなわち本願発明の原料成分を入手することは困難なものであったから,該DTBP単量体の具体的入手手段について何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明の組成物を具体的に製造できるとは到底いえないとか,本願発明の組成物の具体的な製造を確認した例は記載されておらず,これらが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないのであるから,「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできないと主張する。
しかし,発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば,これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は,本件出願が特許法36条6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査定を維持し,請求不成立との結論を出したものであるから,被告の上記主張は,審決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお,被告は本願発明の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが,サポート要件が充足されるには,具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない。

以上によれば,審決のサポート要件の判断には誤りがあり,原告の主張する取消事由には理由がある。」
【コメント】

実施可能要件の問題として取り扱うべきことをサポート要件で拒絶とした審決が取り消された事例。医薬分野ではないが、化合物を含有する組成物のサポート要件に関する判決であることから取り上げた。サポート要件が充足されるには、具体的な製造の確認例(すなわち実施例)が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない、という判決である。

参考:

平成25年3月9日

2012.09.27 「武田薬品 v. 沢井製薬」 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

組み合わせてなる医薬に関する特許権の効力: 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

【背景】

「ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3148973号)及び「ピオグリタゾンとビグアナイド剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3973280号)を有する原告(武田薬品)が、被告(沢井製薬などの後発品メーカー)に対し、原告製品であるアクトスの後発品の販売差止め等を求めた事件。アクトスの添付文書には、上記薬剤と組み合わせて使用する場合に関して【効能・効果】欄及び【用法用量】欄に記載があり、被告後発品の添付文書にも同様に記載があった。
本事件での注目すべき争点は、原告の「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力が、組み合わせて処方されることが想定される被告製品(アクトスの後発品)の製造・販売にまで及ぶかどうかである。
なお、先週、東京地裁でも本判決と同様の結論に到る判決が出されている(2013.02.28 東京地裁平成23年(ワ)19435, 19436)。

【要旨】

主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

裁判所は、

「被告ら各製品は,本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから,被告らの行為について本件各特許権に対する法101条2号の間接侵害が成立することはない。同様の理由により,被告らの行為について本件各特許権に対する直接侵害が成立することもない。また,本件各特許発明は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものである。」
と判断した。

間接侵害・直接侵害の成否についての判断を以下に抜粋。特許無効の判断は省略。

1.争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

裁判所は、
「法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれない。
被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。
したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。」
と判断した。

(1) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

原告は、
「本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。
前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。
複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。
また,法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているところ,医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」には当たらない。医師が薬剤を選択し,処方する行為も医療行為(医師法22条)であるから,これ自体を特許の対象とすることはできないものと解される。
法69条3項は,「二以上の医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は,医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には,及ばない。」旨規定するが,これも同様の趣旨に基づく規定であると解される。
このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。
したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(2) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

原告は、
「薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たる」
とも主張した。

しかし、裁判所は、
「薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。
すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。
そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。
これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(3) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

原告は、
「患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されているとはいえない。
そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。
これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(4) 本件各明細書の【発明の詳細な説明】の記載について

裁判所は、
「本件各明細書~の記載によれば,本件各特許の対象である「組み合わせてなる」「医薬」の生産には,① 各有効成分を別々に又は同時に,生理学的に許容されうる担体,賦形剤,結合剤などと混合し,医薬組成物とすること(医薬組成物類型),② 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを使用時に希釈剤などを用いて混合すること(混合類型)だけでなく,③ 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを同一対象に投与するために併せまとめること(併せとりまとめ類型)も含まれるものとも解され,原告はこれを根拠に,③の類型も本件各特許発明の技術的範囲に含まれると主張する。
しかしながら,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した【特許請求の範囲】の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),願書に添付した明細書の記載及び図面,とりわけ【発明の詳細な説明】の記載を斟酌することにより,【特許請求の範囲】に記載されていないものについて特許発明の技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許されない。
前記イで検討したところによれば,本件各特許発明における【特許請求の範囲】に記載された技術的範囲に上記①及び②は含まれるものの,上記③は含まれないと考える。
したがって,上記③についても,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとする原告の主張は採用することができない。」
と判断した。

(5) 顕著な効果について

原告は、
「本件各特許発明について,複数の医薬を併用することにより顕著な効果を奏することを見出した点に特徴があり,このような発明についても保護を図る必要が極めて高い」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「仮に,そうした保護の必要性があることを前提としたとしても,そのことから複数の医薬を併用することについて「組み合わせてなる」「医薬」に関する発明の技術的範囲に含まれるものであるという解釈とは結びつかないのであって,上記原告の主張は失当である。」
と判断した。

2.争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立するか)について

原告は、
「被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしている」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。
原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。
そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。」
と判断した。

また、原告は、
「被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」
と判断した。

【コメント】

特許無効の判断は、下記判決と同様のものであり、それだけの判断で決着つく内容だった。


しかし、裁判所は、さらに侵害の成否についても突っ込んで判断したため、本判決は「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力がどこまで及ぶかという問題について非常に意義のあるものとなった。

裁判所は、「複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ない」、「本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。」と言及している。

医薬発明の審査基準では、「物」の発明として、いわゆる「組み合わせてなる医薬」を例示している。この審査基準が作成された経緯は、本件のような併用療法に特徴のある発明をどのように保護するかが議論され、方法的発明でありながら「物」の発明として保護するという取り扱いとすることとなった。しかし、今、この判決により、その取り扱いは再度検討される時期が来ているのではなかろうか。

参考:

平成25年3月3日

2012.09.24 「帝國製薬 v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10005

グルコサミン含有パップ剤の進歩性: 知財高裁平成24年(行ケ)10005

【背景】

「グルコサミン含有パップ剤」に関する特許出願(特願2001-317930号)の拒絶審決(不服2009-5037)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:

少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0.01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはその塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはその塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
審決では、本願発明における有効成分は「グルコサミン」であるのに対し、特開2001-64175号公報(引用例A、出願人は原告)に記載された引用発明Aにおける有効成分は美白作用として機能するL-アスコルビン酸である点を相違点1として認定し、引用発明Aについて、美白作用成分として、L-アスコルビン酸とともに美白剤として従来から公知でもあるグルコサミン(引用例B)を使用してみることは、当業者が容易になし得ることである、と判断された。

【要旨】

主 文
特許庁が不服2009-5037号事件について平成23年11月22日にした審決を取り消す。(他略)

取消事由2(相違点1に関する判断の当否)について
「引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。
したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。
【コメント】

公知有効成分Xについての製剤発明に関する出願の審査において、
その有効成分と同じ作用を有する他の公知有効成分Yの製剤に関する引用発明(本願とは、有効成分のみが相違し、他の製剤成分そのものは一致)について、同作用成分として、公知の有効成分Xを使用してみることは、当業者が容易になし得ることである。
というような進歩性に関する拒絶理由は典型的な例かもしれない。

本判決が示したように、
引用発明は、有効成分Yを製剤に用いる場合の特有の問題点を解決するために、そのような目的に適する製剤成分を限定したのであって、有効成分Xは有効成分Yと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから、有効成分Xと製剤成分との相互作用が同様であるとは考えられない。
という主張は、上記のような拒絶理由を解消する手段として有効かもしれない。

平成25年2月20日

2013.02.19 「中外 オキサロール®軟膏後発品 特許侵害訴訟提起」

中外製薬は、尋常性乾癬等角化症治療剤「オキサロール®軟膏25μg/g」について、同製品の後発品販売者である岩城製薬、高田製薬、ポーラファルマ、および、これら後発品の原薬等国内管理人であるDKSHジャパンに対し、中外製薬が保有する製法特許の侵害を理由として、2月19日付で東京地裁に特許権侵害行為の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てをした。オキサロール®軟膏は、活性型ビタミンD3誘導体マキサカルシトール(Maxacalcitol)を有効成分とする角化症治療剤。適応症は尋常性乾癬、魚鱗癬群、掌蹠角化症、掌蹠膿疱症の4疾患。

参考:


平成25年2月17日

2012.09.20 「大幸薬品 v. キョクトウ」 大阪地裁平成23年(ワ)12566

正露丸糖衣事件: 大阪地裁平成23年(ワ)12566

【背景】

原告(大幸薬品)は、被告(キョクトウ)の行為が、①不正競争防止法2条1項2号の他人の商品等表示として著名な原告各表示と同一又は類似の商品表示を使用した商品を譲渡する行為に当たるとして、又は②法2条1項1号の他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されている原告各表示と同一又は類似の商品表示を使用した商品を譲渡し、原告商品と混同を生じさせる行為であるとして、被告に対し、法3条に基づき、被告各表示の使用差止め並びに被告表示1の表示を付した包装及び被告表示2の包装の廃棄を求めるとともに、法4条本文に基づき、1000万円の損害賠償等を求めた。

【要旨】

主 文
原告の請求をいずれも棄却する。(他略)

裁判所は、「正露丸」が本件医薬品の普通名称であるという事実を確認したうえで、被告表示2が原告各表示と同一又は類似の商品表示であると認めることはできないし、被告が被告表示1を使用しているとも認められない、と判断した。

判断基準 :
「特定の商品表示が法2条1項1号又は2号にいう他人の商品表示と類似の ものか否かを判断するに当たっては,取引の実情の下において,取引者,需要者が,両者の外観,称呼,又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。」
【コメント】

被告表示2について、「正露丸」、「糖衣」、「S」は一連一体ではないと判断されたため、その前提で外観、称呼、観念とも相違しているとされた。

大幸薬品press release:

正露丸関連の過去記事:

平成25年2月11日

2012.08.31 「宇部興産 v. 国」 東京地裁平成23年(行ウ)443

存続期間延長分の特許料納付期限徒過: 東京地裁平成23年(行ウ)443

【背景】

原告が「ピペリジン誘導体,その製造方法並びにそれを含む抗ヒスタミン剤」に関する特許権(出願番号: S63-175142、公告番号: H05-033953、登録番号: 第1821360号、出願日: 昭和63年7月15日、出願公告年月日: 平成5年5月20日、登録年月日: 平成6年2月10日)の第17年分特許料の追納期間経過後に特許料納付書を提出して特許料及び割増特許料の納付手続をしたのに対し、特許庁長官が同特許料納付書を却下する処分をしたことについて、原告が、被告に対し、上記追納期間の徒過は、原告が特許管理のために用いていた日立制作の特許管理システムの瑕疵によるものであって、原告の責めに帰することができない理由があると主張し、本件却下処分の取消しを求めた事案。

本件特許権の存続期間は平成20(2008)年7月15日までであったが、存続期間の延長登録の出願がされ(出願番号2000-700108、2000-700109、2000-700110、2002-700032、2002-700033)、平成13(2001)年6月20日及び平成15(2003)年3月5日に、延長の期間を5年とする存続期間の延長登録がされ、本件特許権の存続期間は平成25(2013)年7月15日まで延長された。

本件特許権の第17年分の特許料の納付期限は平成21(2009)年5月20日であり、追納期間の満了日は平成21(2009)年11月20日であった。

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。(他略)

裁判所は、特許料112条の2第1項「その責めに帰することができない理由」の存否について下記のとおり判断した。

「原告新システムに瑕疵が存在することを認め難い。それにもかかわらず,本件においては,本件特許の第16年分特許料納付により,原告新システム上,特許料を完納した旨のコードが設定され,次回納付期限日(第17年分特許料納付期限日)が設定されなかったというのであるから,その原因は明らかではなく,~その原因としては,種々の事情が考えられるというべきこととなる。

~いずれにしても,~原因を明確に特定するに足りる立証はなく,上記原因が特定されない以上,原告が,上記原因に関し,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしたこと及び上記原因が上記注意にもかかわらず避けることができないと認められる事由に当たることを認めるに足りる主張及び立証もないものといわざるを得ない。
なお,上記原因として考えられる可能性の一つとして,本件移行作業が適切なものではなかった可能性が挙げられることは前記のとおりであるところ,前記第3の1(2)イのとおり,本件移行作業は,原告が日立情報システムズに委託して行われたことが認められる。しかし,本件移行作業に問題があったとしても,上記の点が,受託者の判断に係るものではなく,受託者からの報告に基づき原告が指示した事項に起因するような場合には,上記の点は,委託者である原告自身の過失によるものとみるのが相当であり,原告が,通常の注意力を有する当事者として通常期待される注意を尽くしたものということはできないこととなる。また,上記問題点が,受託者の作業上の誤りなど,受託者の過失によるものとみるべきものであったとしても,原告は,上記移行作業を自ら行い又は第三者に委託するなどのいずれの形態を採用するか,または第三者に委託する場合にどのような者を選択するかについて,自己の判断に基づき自由に選択することができる状況の下で,自己の判断に基づき本件移行作業を第三者に委託することを選択したものである上,前記第3の1(2)ウのとおり,日立情報システムズは,原告に対し,作業の各段階において文書で作業内容を報告していたことが認められるのであるから,上記過失は,原告側で生じたものとみるべきであり,当該過失に起因する事情により追納期間を徒過した場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」によるものとは認められないものというべきである。」
【コメント】

存続期間が延長された場合には、その情報を年金納付の管理システムに間違いなく反映させることである。
本件特許は、タリオン錠(ベシル酸ベポタスチン)を保護する特許。存続期間の延長登録により、本件特許権の存続期間は2013年7月15日まで延長されたはずだったが、年金未納により2009年5月20に本権利は消滅となってしまった。2012年8月にタリオンの後発品が製造承認されたが、同年12月の後発品追補収載はされていないようである。

参考:

平成25年2月3日

2012.08.28 「ファイザー・プロダクツ v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10352

単回投与の進歩性: 知財高裁平成23年(行ケ)10352

【背景】

「マイコプラズマ・ハイオニューモニエを用いた単回ワクチン接種」に関する特許出願(特願2003-509957、特表2005-515162、WO2003/003941)の拒絶審決(不服2008-6757号)取消訴訟。争点は進歩性。

本願補正発明1:

マイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma hyoneumoniae)の感染に起因する,ヒト以外の動物における疾患または障害を治療または予防する方法であって,3~10日齢の動物に不活化されたマイコプラズマ・ハイオニューモニエ ワクチンの有効量を単回投与することを含む,前記方法。
審決が認定した引用発明の内容並びに本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおり。
引用発明の内容:
マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,少なくとも,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫するに有効な量の,バイナリー・エチレンイミンで不活性化された病原性の高いマイコプラズマ・ハイオニューモニエ分離株,および生理学的に許容し得る担体を含有するバクテリンの1回用量をブタに投与して,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法。
一致点:
「マイコプラズマ・ハイオニューモニエの感染に起因する,ブタにおける疾患または障害を治療又は予防する方法であって,ブタに不活化されたマイコプラズマ・ハイオニューモニエ ワクチンの有効量を投与することを含む,前記方法。」である点。
相違点1:
本願補正発明では,投与されるブタについて,「3~10日齢」のものに限定されるのに対し,引用発明では「3~10日齢」に限定されていない点。
相違点2:
本願補正発明では,ワクチンの投与回数が「単回投与」に限定されるのに対し,引用発明では「単回投与」に限定されていない点。
【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。(他略)

1. 取消事由1(引用例記載の発明の認定の誤り)について

裁判所は、
「引用例に,少なくとも,バクテリンの1回用量をブタに投与する免疫方法が記載されている旨を認定した審決に誤りはないというべきである。」
と判断した。

これに対し、原告は、
「①本願の優先日において,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには複数回のワクチン投与が必要であり,2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有することは技術常識である,②引用例の実施例には,バクテリンを1週齢と3週齢とに2回,不活化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されており,不活化ワクチンを単回投与する免疫方法は記載されていない」
として、審決の引用例記載の発明の認定の誤りを主張した。

しかし、裁判所は、
「免疫を付与し維持するために追加接種が有効であるという一般論としての技術常識が存在するとしても,それが,引用例の記載の「1回用量をブタに投与」を除外して,実施例に記載された2回投与の発明しか把握できないほどの絶対的な知見とは認められない。~「2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有する」との技術常識が存在するとしても,~当業者は,2回以上のワクチン投与が必須であるとは考えず,生体防御に足りる免疫が付与できる最低限の接種回数を採用することがあるものと解される。したがって,原告主張の上記①の技術常識があるとしても,審決の引用発明の認定に誤りとする根拠になるとはいえない。

また,~この実験において1回目のワクチン投与により得られた抗体価が小さかったことは,1回目のワクチン投与量を評価するための材料とはなり得ても,単回投与を否定する根拠にはなり得ない。」
として、引用例の実施例の記載をみても審決における引用発明の認定が誤りであるとは認められないと判断した。

2. 取消事由2(相違点に関する容易想到性判断の誤り)について

原告は、
「本願の優先日において,①生後間もない動物においては,抗体等の減少及び抗体機能の効率がよくないことにより,体液性免疫不全が生じるほどに免疫機能は低下し,感染症等の病気にかかりやすくなっているとの技術常識,及び,②生後間もない動物においては,母親由来の抗体により,ワクチンの働きが阻害されるとの技術常識があり,上記の2つの技術常識は,当業者において,引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するから,相違点に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとはいえない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「甲3ないし甲5は,原告主張の技術常識を裏付けるとはいえない。むしろ,生後間もないブタは,発達途上のため成体ブタには多少劣るとしても,免疫系が機能することを示すものと認められるから,原告の主張は理由がない。したがって,甲3ないし甲5によっても,3~10日齢の動物に単回投与するという本願補正発明の構成を選択することを阻害するとまでは認められない。

本願の優先日当時において,生後間もない動物において,母親由来の抗体によりワクチンの働きが阻害されることが一般論としてあるとしても,他方で,母親由来抗体の影響を予測することが困難であるとの技術常識もあったということができる。したがって,原告主張の技術常識が,3~10日齢の動物に単回投与するという本願補正発明の構成を選択することを阻害するとまではいえない。」
として、原告主張の技術常識が当業者において引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するとはいえず、相違点に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとはいえないとの原告の主張は理由がない、と判断した。

【コメント】

欧米で下記クレームで成立しているが、本事件での引用例(WO92/03157)は、欧米の審査段階では引用されなかった。審査における調査の質は日本のほうが優れている。のかも?

EP1474067(B1)
1. Use of a Mycoplasma hyopneumoniae bacterin for the manufacture of a vaccine for treating or preventing a disease or disorder in an animal caused by infection with Mycoplasma hyopneumoniae for administration to the animal at from 3 to 10 days of age, an effective amount of a single dose of the Mycoplasma hyopneumoniae vaccine.
異議申立の後、審判に係属中のようである(T0619/12)。本事件での引用例は、異議申立人によって引用されている。
US6,846,477(B2)
1. A method of treating or preventing a disease or disorder in an animal caused by infection with Mycoplasma hyopneumoniae (M. hyopneumoniae) comprising administering to the animal at from about 3 to about 10 days of age, an effective amount of a single dose of a Mycoplasma hyopneumoniae vaccine, wherein said M. hyopneumoniane vaccine comprises an inactivated M. hyopneumoniane whole cell preparation and wherein said single dose of the M. hyopneumoniane vaccine contains at least about 1x108 color changing units (CCU).
米国の審査では自明性に関するOffice Actionは出なかったようである。本事件における引用例は、米国の審査で引用されることはなかった。

投与の回数について争われた他の事件として下記がある。

参考:
  • 動物用医薬品レスピシュアワン®(RespiSure-ONE®; 一般的名称: マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染症(油性アジュバント加)不活化ワクチン(シード))
    日本で認められている用法用量は、「生後1~10週齢の子豚に2mLを頚部筋肉内に注射する。」
  • RespiSure-ONE® Product sheet



平成25年1月26日

2012.08.09 「テバ v. 東理」 知財高裁平成23年(ネ)10057

時機に後れた攻撃防御方法に当たるか否か: 知財高裁平成23年(ネ)10057

【背景】

「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」に関する特許権(特許第3737801号)を有する原告(テバ)が、被告(東理)に対し、被告製品の販売差止め等を求めた事案。

審理の経緯:

  • 本件は、被告製品が本件特許の技術的範囲に属することについては当事者間に争いがなく、本件特許の無効事由の存否が主たる争点である。原審において、被告は、乙1資料及び乙5公報を主引例とする進歩性欠如等の主張をした(乙5公報には純度99.8パーセントのプラバスタチンナトリウムを得たとの実施例が記載されていたものの、本件特許に記載の製造方法については何らの言及がされていないものである。)。
  • 原審は、本件訂正発明は乙5発明と技術常識とを組み合わせることによって、当業者が容易に発明することができた(特許法29条2項)から、本件特許は特許無効審決により無効にされるべきものであると判断して(特許法104条の3)、原告の請求を棄却した(2011.07.28 「テバ v. 東理」 東京地裁平成20年(ワ)16895)。
  • 原告は、本件控訴を提起した。ところで、原告は、訴外協和発酵キリン株式会社に対して、本件特許権に基づき、特許権侵害訴訟を提起し、同事件の控訴審が大合議事件となった。当審では、大合議事件の審理等を優先することとし、当審での第1回口頭弁論期日を平成24年4月12日と指定した(その間,被告は、平成23年12月9日に、控訴状に対する答弁書を提出したが、答弁書においては、乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由の主張はされていない。)。
  • 平成24年1月27日,大合議事件において判決の言渡しがされた。
  • その後、当審において同年4月12日に実施した第1回口頭弁論期日において、被告は、本件特許には、乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由が存在する旨主張をした。
【要旨】

主 文
本件控訴を棄却する。(他略)

本件特許に関する大合議事件判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043)が本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであると判断した内容と同様に、裁判所は、「本件発明及び本件訂正発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識から,当業者が容易に発明することができたと認められるから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない」と判断した。

なお、乙13公報を主引例とする無効の抗弁は重大な過失による時機に後れた攻撃防御方法であるとする原告の主張について、裁判所は、審理の経緯に照らし、下記のように判断した。
「「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合の発明の要旨認定に関し,原審では,「製造方法」に限定されないとの理解を前提とした審理がされていた。そのような原審の審理を前提として,被告は,より純度の高いプラバスタチンナトリウムについての記載がある乙5公報を主引例とする無効理由を挙げて無効の抗弁をした。しかし,大合議事件判決において,本件発明の要旨の認定について,「製造方法」に限定される旨の判断がされたことから,被告は,当審の第 1 回弁論期日において,同一の製造方法が開示された乙13公報に基づく無効事由を主張した。このような経緯に照らすならば,被告が上記の主張をしたことに合理性を欠く点はなく,また時機に後れたと解することもできない。よって,被告の主張が時機に後れているとの原告の主張は採用できない。」
【コメント】

本件特許に関する大合議事件判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043)が示されたことで、本事件も決着した。

平成25年1月20日

2012.07.18 「田岡化学工業 v. 大阪ガスケミカル」 知財高裁平成24年(ネ)10016

先使用による通常実施権を認めた事例: 知財高裁平成24年(ネ)10016

【背景】

原判決(2012.01.26 「田岡化学工業 v. 大阪ガスケミカル」 大阪地裁平成22年(ワ)9102)は、特許権者である田岡化学工業(控訴人)の請求を全部棄却したため、控訴人が原判決を不服として控訴した。

【要旨】

主 文
本件控訴を棄却する。(他略)

1 争点3(被控訴人は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権(特許法79条)を有するか)について

~大阪ガスは本件特許発明2の内容を知らないで自らその発明をしたものであることは明らかであるということができる。また,前記(2)ア(ウ)のとおり,被控訴人は,大阪ガスから被控訴人製品に係る発明の内容を知得したものであることについても優に認めることができる。
したがって,被告は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得し,優先権主張に係る先の出願の際現に日本国内において本件特許発明2の実施である事業をしていたことが認められるから,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権を有するものというべきである。
2 争点1(被控訴人製品は,本件特許発明1の方法により生産したものであるか)について
控訴人は,本件特許発明1は本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを生産する方法の発明であるところ,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFは,本件特許に係る優先権主張日(平成19年2月15日)前に日本国内において公然知られたものではなく,被控訴人製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFと同一の物であるから,特許法104条の規定により,本件特許発明1の方法により生産したものと推定されるものと主張する。
しかしながら,被控訴人製品が,本件特許発明1の方法により生産したものと推定される場合には,前記1のとおり,被控訴人製品は,本件特許の優先権主張日前から,被控訴人の事業として実施されていたのであって,被控訴人は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権を有する以上,本件特許発明1に係る本件特許権についてもまた,先使用による通常実施権を有するものというべきである。
他方,被控訴人製品が,本件特許発明1の方法により生産したものと推定されない場合にあっては,被控訴人製品が本件特許発明1の方法により生産した物であることに関する主張立証はないから,これを認めることはできない。
そうすると,被控訴人製品が本件特許発明1の方法により生産したものであると推定されるか否かにかかわらず,いずれにしても,本件特許発明1に係る本件特許権に基づく原告の請求は理由がないこととなる。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の本訴請求にいずれも理由がないとした原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
【コメント】

本件侵害訴訟の一方で、大阪ガスケミカルは、田岡化学工業の保有する本件特許の無効審判請求(無効2010-800194号事件)は成り立たないとの審決の取消しを求めて訴訟を提起していたが、知財高裁はその請求を棄却した(2012.04.26 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成23年(行ケ)10225)。大阪ガスケミカルは田岡化学工業の特許を無効にできなかったが、結果的には本件侵害訴訟で非侵害の判決が出て大阪ガスケミカルの勝訴となった。

参考:



平成25年1月13日

2012.06.28 「ジェネンテック v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10179

hVEGF拮抗剤の加齢性黄斑変性に対する治療作用の裏付け: 知財高裁平成23年(行ケ)10179

【背景】

「血管内皮増殖因子拮抗剤」に関する特許出願(平成8年特許願第529682号、特表平11-502853、WO96/30046)の拒絶審決(不服2007-23530号)取消訴訟。審決は、実施可能要件違反およびサポート要件違反であると判断した。

請求項1:

加齢性黄斑変性の治療のための医薬の調製におけるhVEGF(ヒト血管内皮増殖因子)拮抗剤の使用。
【要旨】

主 文
1 原告の請求を棄却する。(他略)

裁判所は、
「本願明細書には,hVEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性に対し治療効果を有することを直接的に示す実施例等に基づく説明は一切存在しない(当事者間に争いがない)。そこで,旧特許法36条4項の要件充足性の有無,すなわち,本願明細書の記載及び本願の優先権主張日当時の技術常識を総合して,当業者において,本願発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載ないし開示があると評価できるか否かについて,検討する。

~加齢性黄斑変性の原因である脈絡膜での血管新生は,甲9記載の病的状態を作り出す血管新生のカテゴリーに属するものであるが,上記のとおり,甲9には,血管新生を促進する因子としては,FGFのみではなくVEGFやHGFが知られていたこと,血管新生のメカニズムは解明されつつあるものの,どのような病態でどの増殖因子が血管新生に関与しているかは不明な点が多い点が記載されている。
上記の記載に照らすならば,脈絡膜での血管新生がVEGFにより促進されるとの事項は,本願の優先権主張日当時に知られていたとはいえず,また,同事項が技術常識として確立していたともいえない。すなわち,甲9では,VEGFが血管新生を促進する因子であることは示されているものの,血管新生にVEGFのみが関与している点は明らかでなく,結局,どの増殖因子が原因であるかは不明であることから,甲9から,hVEGF拮抗剤でVEGFの作用を抑制しさえすれば,脈絡膜における血管新生が抑制できることを合理的に理解することはできない。
以上に照らすならば,本願発明~の内容が,本願明細書における実施例その他の説明により,「hVEGF(ヒト血管内皮増殖因子)拮抗剤」を使用することによって,加齢性黄斑変性に対する治療効果があることを,実施例等その他合理的な根拠に基づいた説明がされることが必要となる。
しかし,前記のとおり,本願明細書には,hVEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性に対し治療効果を有することを示した実施例等に基づく説明等は一切存在しないから,本願明細書の記載が,本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものということができない。
したがって,旧特許法36条4項に規定する要件を満たしていないと判断した審決に誤りはない。」
と判断した。

原告は、
「本願明細書には,加齢性黄斑変性が脈絡膜新血管新生によって特徴づけられることが明確に記載され,「脈絡膜新血管新生は予後の劇的な悪化を伴うので,本発明のVEGF拮抗剤は,AMD の重篤性の緩和において特に有用であると思われる」などと記載されていることから,当業者であれば,hVEGF拮抗剤が脈絡膜の血管新生を阻害することによって加齢性黄斑変性の治療に使用できることが理解できる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「同記載は,本件特許の出願時に知られていた血管新生を促進する3種の因子の1つであるVEGFの拮抗剤を,加齢性黄斑変性の治療に利用する可能性があるということを超えては,意味を有しない。前記のとおり,本願明細書の記載及び本願の優先権主張日当時の技術常識を総合しても,脈絡膜における血管新生にVEGFが関与していることが何らの説明もされていない以上,同記載部分をもって,VEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性の治療に有効であり,当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載であると解することはできない。」
と判断した。

また、原告は、
「本願明細書の実施例1ないし6は,hVEGF拮抗剤がhVEGFによる走行性活性,増殖活性,及び/または血管新生活性を阻害できたことを明確にする実験結果であり,同記載をもって,VEGF拮抗剤が加齢性黄斑変性の治療に有効であり,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものと理解できる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「同実験で使用された~細胞はウシ副腎皮質の毛細血管内皮細胞~ヒトグリオーマ,ヒト横紋筋肉腫及び平滑筋肉腫~ヒトへそ血管内皮細胞であって,脈絡膜の血管内皮細胞ではないから,同実験が,脈絡膜における血管新生の抑制を示すものとはいえない。
以上のとおり,本願明細書の実施例は,これらの実験で使用された血管内皮細胞の増殖活性若しくは走行活性,又は腫瘍細胞の血管新生にVEGFが関与することが示されるとはいえるものの,VEGFの脈絡膜における血管新生に対する作用を示すものではない。上記実施例により,脈絡膜における血管新生とVEGFの関係を示したとはいえない。
したがって,本願明細書に,hVEGF拮抗剤がhVEGFによる走行性活性,増殖活性,及び/または血管新生活性を阻害できたとことに関する実施例が記載されていても,同実施例から,hVEGF拮抗剤の加齢性黄斑変性に対する治療作用が裏付けられたとはいえず,原告の主張は採用できない。」
と判断した。

裁判所は、
「~以上のとおり,旧特許法36条4項に規定する要件を充足していないとした審決の判断には誤りはないから,その余の審決の当否を判断するまでもなく,原告の取消事由に係る主張は採用できない。原告は,他に縷々主張するが,いずれも理由がない。」
と判断した。

【コメント】

クレーム自体は、「hVEGF(ヒト血管内皮増殖因子)拮抗剤の使用」という、いわゆる機能表現クレームである。しかし、本事件で実施可能要件に関して問題となった点は、そのような機能表現クレームの範囲が広すぎて実施可能要件を満たさないということではなく、明細書に記載されたin vitro実験等だけではアウトプットである疾患「加齢性黄斑変性」に対する治療作用が裏づけられていないという点であった。

一般的に、ある疾病治療に関する医薬用途発明の実施可能要件を満たすために、明細書に記載すべき薬理データとして、必ずしもその疾病患者での治療効果を裏付ける臨床試験結果の記載が求められているというわけではない。しかし、本事案のように、その疾病の原因である病態メカニズムに関与する生体内因子として、いくつかの因子が知られているが、結局、どの因子が原因であるかは不明である場合、そのひとつの因子の作用を抑制すれば、その疾病に対する治療作用を期待できる、と合理的に理解できるかどうか、そのような理解が出願時の技術常識であるかどうかを注意深く検討して、どんな薬理データを明細書に記載すべきか決める必要がある。


ところで欧州では下記のようなクレームで成立している。

EP0817648B1
Claims 1. Use of a hVEGF antagonist in the preparation of a medicament for the treatment of age-related macular degeneration, wherein the hVEGF antagonist interferes with the binding of hVEGF to the flt receptor and/or to the flk-1 receptor, and wherein the hVEGF antagonist is an anti-VEGF antibody or fragment thereof.
EP1506787B1
Claim 1. Use of a hVEGF antagonist in the preparation of a medicament for the treatment of age-related macular degeneration in a human patient, wherein the hVEGF antagonist comprises the amino acid sequence of the extracellular domain of a hVEGFr.

作用メカがVEGFに関連する加齢性黄斑変性治療薬:
  • EYLEA™ (aflibercept injection)
  • Lucentis® (ranibizumab injection)
  • Avastin® (bevacizumab injection)
  • Macugen® (pegaptanib sodium injection)

参考:

平成25年1月10日

2012.12.28 「塩野義 米国Doribax®後発品申請に対する侵害訴訟提起」

塩野義製薬のプレスリリースによると、同社は、Johnson&Johnsonに導出しているカルバペネム系抗生物質注射製剤「Doribax®」(一般名:ドリペネム水和物、doripenem hydrate、国内製品名「フィニバックス®」)の後発品申請をFDAに行ったSandoz Inc.に対し、塩野義が保有する結晶特許(特許満了日 2021年3月30日)の侵害を理由として、米国ニュージャージー州連邦地方裁判所に 2012年12月28日付で特許侵害訴訟を提起したとのことです。

参考:

平成24年12月29日

2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲と発明の要旨認定との関係

2012年、最もホットだった"特許的"ニュースのひとつは、大合議判決が出たということもあり、プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲と発明の要旨認定との関係をどう考えればよいのかという問題だったのではないでしょうか?

侵害事件の大合議判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043)は、プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈・確定するいう原則論を示した。ただし例外として、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合(真正プロダクト・バイ・プロセス)」の特許発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」に及ぶと解釈・確定すると判示した。裁判所は、上記のように原則と例外といった理論を構築し、無効の抗弁のときの発明の要旨認定も同様に考えると判示した。

一方、同日付の無効審判取消訴訟判決(2012.01.27 「協和発酵キリン v. テバ」 知財高裁平成21年(行ケ)10284)は、「特許権の設定登録後になされる手続である特許無効審判請求において,特許庁がその審理の対象として把握すべき請求項の具体的内容(発明の要旨)は,特許公報に記載された請求項(特許請求の範囲)によりなされるべきものであり,・・・特に,特許公報の公示機能を考慮すると,無効審判事由の有無の前提となる発明の要旨の認定においては,特許請求の範囲の記載の全てが基準になるのが原則であるというべきである。」との前提条件を置いた上で、プロダクト・バイ・プロセスで記載された発明の要旨認定は「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈・確定されるのが原則であり、ただし例外として、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合(真正プロダクト・バイ・プロセス)」の発明の要旨認定は、「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」に及ぶと解釈・確定すると判示した。

注目すべきは、同無効審判取消訴訟判決で裁判所は、「特許公報公示機能」や「特許権の設定登録後になされる手続きである特許無効審判において」といった前提条件を置いて判示しているところである。従って、上記侵害事件判決も無効審判取消訴訟判決も、いずれも特許権の設定登録についてのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの発明の要旨認定をどうすべきかについては何も言及していないと解釈される。


過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


平成24年12月17日

2012.12.14 「AstraZeneca v. Aurobindo」 CAFC Docket No.2010-1460

クレストールANDA訴訟CAFC判決、アストラゼネカ・塩野義が勝訴: CAFC Docket No.2010-1460

【背景】

The drug product here at issue is the “statin” having the brand name Crestor®. The active ingredient of Crestor® is rosuvastatin. In suit is United States Reissue Patent No. 37,314 (“the ’314 patent”), which is a reissue of United States Patent No.5,260,440 (“the ’440 patent”). The patentee is “Shionogi” and the exclusive licensee is “Astrazeneca” (collectively “Plaintiffs”). Several generic producers (Defendants) initiated a challenge to the ’314 patent by filing an Abbreviated New Drug Application (ANDA) accompanied by a Paragraph IV certification. The Defendants argued that the ’314 patent is invalid on the ground of obviousness and improper reissue, and that the patent is unenforceable for inequitable conduct in the USPTO. The district court ruled that the ’314 patent is valid, enforceable, and infringed. All of the Defendants appeal the rulings of validity and enforceability.

【要旨】

I VALIDITY

The district court concluded that the Defendants did not demonstrate the required motivation for selecting Sandoz Compound 1b as a lead compound, or for making this specific sulfonyl change in the Compound 1b molecule. See Eli Lilly & Co. v. Zenith Goldline Pharms.,471 F.3d 1369, 1379 (Fed. Cir. 2006) (considering whether a prior art compound would have been chosen as a lead compound). We agree that “obvious to try” was negated by the general skepticism concerning pyrimidine-based statins, the fact that other pharmaceutical companies had abandoned this general structure, and the evidence that the prior art taught a preference not for hydrophilic substituents but for lipophilic substituents at the C2 position. See Takeda Chem.
Indus., Ltd. v. Alphapharm Pty., 492 F.3d 1350, 1357 (Fed.Cir. 2007) (“[I]n cases involving new chemical compounds, it remains necessary to identify some reason that would have led a chemist to modify a known compound in a particular manner to establish prima facie obviousness of a new claimed compound.”). The district court correctly held that patent invalidity on the ground of obviousness had not been shown for the compound rosuvastatin. That ruling is affirmed.
II INEQUITABLE CONDUCT
1. Materiality
Although the references were held by the PTO not to negate patentability of rosuvastatin, as affirmed ante, we do not disturb the district court’s finding of materiality.
2. Intent
The district court found that the Defendants did not establish that either Ms. Kitamura or Mr. Shibata withheld the Sandoz and Bayer references with deceptive intent. Although deceptive intent may be inferred from circumstantial evidence, the inference “must not only be based on sufficient evidence and be reasonable in light of that evidence, but it must also be the single most reasonable inference able to be drawn from the evidence to meet the clear and convincing standard.” Star Scientific, 537 F.3d at 1366; see also Therasense, 649 F.3d at 1290. We agree that clear and convincing evidence did not show that Ms. Kitamura and Mr. Shibata made a deliberate decision to withhold references from the PTO. The court in Therasense sought to impart objectivity to the law of inequitable conduct by requiring that “the accused infringer must prove that the patentee acted with the specific intent to deceive the PTO,” 649 F.3d at 1290. Recognizing the complexity of patent prosecution, negligence—even gross negligence—is insufficient to establish deceptive intent. We affirm that unenforceability based on inequitable conduct was not established.
III REISSUE
The Defendants also argued that the ’314 patent was improperly reissued, arguing that the statutory reissue requirement of error without deceptive intent had not been met. The Defendants argued that (1) there was no error, and (2) there was deceptive intent. In view of the circumstances necessitating the reissue procedure in order to bring the uncited references before the examiner, it is not clear how the limitation of the claims to the compound of commercial interest suggests that the prior flawed procedures were based on deceptive intent. In sum, the district court correctly found that reissue was available, and that the scope of the reissue was in accordance with law.
IV INFRINGEMENT
The judgment of infringement against all of the Defendants is affirmed.
AFFIRMED

【コメント】

Deceptive intentがあったのかなかったのかの判断がどっちに転んでもおかしくないくらいの非常にスレスレの事案だったかもしれない。Mayer判事は、不適法なreissueのためにreissue特許は無効であり従って侵害はないとの反対意見を述べている。

参考:

平成24年12月9日

2012.06.26 「フェリング v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10198

ミニリンメルト®OD錠に関する出願の進歩性: 知財高裁平成23年(行ケ)10198

【背景】

「デスモプレシンの口腔内分散性医薬製剤」に関する特許出願(特願2004-502972, 特表2006-502972, WO03/94886)の拒絶審決(不服2008-30442号)取消訴訟。

請求項1:

デスモプレシン酢酸塩とゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊し,口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための口腔内分散性医薬製剤。
審決は、本願発明は、WO00/61117号(「引用例1」、引用例1に記載された発明を「引用発明」という)、特開平5-148154号公報(「引用例2」)に記載された事項及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項により特許を受けることができない、とするものであった。
審決は、上記結論を導くに当たり、引用発明、同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

引用発明:
「ペプチド活性成分と魚類ゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊する,経口投与のために設計され,口腔内で活性成分をすばやく放出する,急速分散型投与形態の薬理学的組成物。」
一致点:
「ペプチド活性成分とゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊する,口腔内分散性医薬製剤」
相違点:
(ア) 相違点1
本願発明では,ペプチド活性成分が,「デスモプレシン酢酸塩」と特定されているのに対して,引用発明ではそのような特定がされていない点。

(イ) 相違点2
本願発明では,口腔内分散性医薬製剤が,「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」ものであるのに対して,引用発明ではそのような特定がされていない点。
【要旨】

主文
原告の請求を棄却する。(他略)
1 取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)について
「引用例2の記載によれば,生理活性ポリペプチド含有の経口投与用または口腔内投与用製剤に使用できるポリペプチドは,比較的低分子量のものであればよく,そのようなものの一つとしてデスモプレシンが周知であったことが認められる。そうすると,ペプチドを活性成分とし,口腔内で分散させる,すなわち口腔内投与される引用発明の製剤において,活性成分のペプチドとしてデスモプレシンを使用することは容易であったといえる。
したがって,相違点1に係る構成は,引用発明に引用例2に記載された事項及び周知技術を適用することにより,容易に想到できたといえる。
~引用例1には,活性成分としてペプチドを用いることが記載されているところ,引用例2~によれば,引用例2に記載されるようなゼラチンを基剤とする口腔内投与用製剤には,生理的に活性なポリペプチドのうち比較的低分子量のものであれば広く使用でき,デスモプレシンもそのようなものとして周知であったことが理解できる。そうすると,引用例2の発明の課題が,引用発明の課題と共通でないとしても,口腔内投与される引用発明の製剤において,活性成分のペプチドとして,引用例2に記載されたデスモプレシンを使用することに想到することは容易であったと認められ,上記原告の主張は採用することはできない。」
2 取消事由2(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について
「本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」との記載の意義について,本願明細書には,「本発明の医薬製剤は活性成分を口腔に供給するのに適している。活性成分は舌下粘膜を通して及び/又は(例えば頬側及び/又は歯肉粘膜を通して)他の経路で口腔から及び/又は全身分配用として胃腸管から吸収させることができる。」(甲1段落【0013】)と記載されており,活性成分の吸収部位を口腔粘膜に限定していないものと理解することができる(この点に関し,原告自身,本願発明に係る特許請求の範囲の「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」という文言は,デスモプレシン酢酸塩が口腔粘膜から吸収されるものであれば足り,吸収部位を口腔粘膜に限定するものではなく,他の部位からの吸収の可能性を排除するものではない旨主張している。)。他方,引用例1には,ペプチドを活性成分とする口腔内投与用速溶性製剤が記載されており,この製剤は,口腔中で活性成分を放出するためのものであるから(甲4段落【0017】,【0031】),それが口腔内に投与されて崩壊すれば,活性成分が唾液とともに口腔内に広がり,活性成分であるペプチドの一部は,当然本願発明と同様に口腔粘膜から吸収されるものと考えられる。
以上によれば,本願発明と引用発明の相違点2について,実質的な相違点とは認められないとした審決の判断に誤りはない。」
3 取消事由3(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
「原告は,上記実施例,比較例の薬物動態分析の結果から,本願発明に係る製剤のバイオアベイラビリティの向上は,顕著な作用効果であると主張する。この点,上記本願明細書の記載によれば,実施例7と比較例4(なお,比較例4で投与される,比較例2,3は,慣用錠剤処方例であり,比較例4において「投与」とされているのは,口からの投与直後に嚥下するような一般的な経口投与であると認められる。)の薬物動態分析を比較すると,本願発明に係る製剤である実施例4ないし6の製剤を舌下投与した場合,従来の錠剤を経口投与した場合と比較して,バイオアベイラビリティが向上したことが一応認められる。しかし,実施例7が比較例4よりもバイオアベイラビリティに優れているのは,製剤の口腔内投与の中でも,特に,薬剤を分散し難くし,舌下小血管から直接吸収させる方法である舌下投与という投与法に起因する効果と考えるのが相当である上,本願発明に係る製剤と従来の舌下に長時間留めておく舌下剤との間でバイオアベイラビリティを比較した的確な資料はないから,本願発明において活性成分のポリペプチドとしてデスモプレシン酢酸塩を用いた口腔内急速分散性製剤としたことによる顕著な効果があるとまでは認めることができない。」
【コメント】

本願明細書には、従来の口からの投与直後に嚥下するような一般的な経口錠剤を経口投与した比較例に比べて本願発明が優れているデータは示されていた。しかし、進歩性で問題となった引用発明は口腔内崩壊錠であったため、本願発明に顕著な効果があると認められるには、従来の口腔内崩壊錠(舌下錠)と比べたデータを示す必要があった。

フェリング・ファーマ及び協和発酵キリンより販売されているミニリンメルト®OD錠の有効成分であるデスモプレシン酢酸塩水和物(Desmopressin Acetate Hydrate)は、フェリング社で開発されたアルギニンバソプレシン(AVP)の誘導体合成ペプチド。添加物にはゼラチン及びD-マンニトールが含有されていることから、本願はミニリンメルト®OD錠を保護する出願だったと考えられる。

本願に相当する欧米出願は既に特許として成立している(US7,560,429; EP1501534B1)。

参考: