Dec 11, 2017

2017.11.21 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成29年(行ケ)10003

特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復。裁判所が審判審理に問題があったと付言: 知財高裁平成29年(行ケ)10003

【背景】

「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許第3068858号について原告(X)がした無効審判請求(無効2011-800018)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性。

過去の経緯: 知財高裁が特許無効とする審決(第1次審決)を取り消す旨の決定(平成24年(行ケ)10145)をした後、特許庁は被告らの訂正請求(第2次訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(第2次審決)をしたが、知財高裁は審決を取り消す旨の判決(2014.07.30 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成25年(行ケ)10058)をした。しかし、特許庁は被告らの訂正請求(本件訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をしたため、原告は再度審決取消訴訟を提起した。

【要旨】

裁判所の判断
「本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。・・・以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。」
なお、裁判所は、本件審判の審理は、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし問題があったといわざるを得ないとして、以下のように付言した。
「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により,容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。

前訴判決は,「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において,引用例1及び引用例2に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして,引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に,第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は,本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり,引用例も同一であるにもかかわらず,本件審決は,本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして,本件各発明の進歩性を認めたものである。

発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。」
【コメント】

本件特許第3068858号は、販売名 パタノール点眼液0.1%(有効成分は塩酸オロパタジン、処分の対象となった物について特定された用途はアレルギー性結膜炎)について存続期間延長登録(2006-700064; 延長の期間は5年)がなされたため、存続期間満了日は2021年5月3日となっている。

オロパタジン塩酸塩 (Olopatadine hydrochloride) は、協和発酵工業(株)(現 協和発酵キリン(株))が創製した抗アレルギー剤。日本においては、2000年12月に経口剤(販売名:アレロック錠2.5・5)が「アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う 痒(湿疹・皮膚炎、痒疹、皮膚 痒症、尋常性乾癬、多形滲出性紅斑)」に対する効能・効果で承認された。抗アレルギー点眼剤としては、米国アルコン社が協和発酵工業(株)よりライセンス供与を受け開発、日本では、アレルギー性結膜炎を効能効果とした薬剤として、2006年7月にパタノール®点眼液0.1%が承認された。米国では、PATANOL® (OLOPATADINE HYDROCHLORIDE)EQ 0.1% BASEについてすでに後発品が参入している。

参考:

Dec 8, 2017

2017.10.25 「ディーエイチシー v. 富士フイルム」 知財高裁平成28年(行ケ)10092; 知財高裁平成28年(ネ)10093

アスタキサンチン含有スキンケア用化粧料の進歩性2: 知財高裁平成28年(行ケ)10092知財高裁平成28年(ネ)10093

知財高裁平成28年(行ケ)10092は、富士フイルムが保有する「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」に関する特許(第5046756)の無効審判請求(無効2015-800026)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性の判断の当否。裁判所は、甲1ウェブページについて、本件出願日前に電気回線を通じて公衆に利用可能であったものと認めることはできず、本件発明が引用発明1に基づき容易に発明することができたとの無効理由はその前提に誤りがあり、審決の結論に誤りはないと判断した。ディーエイチシーの請求を棄却した。富士フイルム勝訴。

知財高裁平成28年(ネ)10093は、本件特許についての特許権侵害差止等請求事件。原審(東京地裁判決(2016.08.30 「富士フイルム v. ディーエイチシー」 東京地裁平成27年(ワ)23129))と同様に、ディーエイチシー製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと認めたが、本件発明は、乙34ウェブページに記載された引用発明に基づき、本件特許には進歩性欠如の無効理由があり、無効にされるべきものと認められるから、本件特許権を行使することはできないとして、控訴人(富士フィルム)の控訴を棄却した。ディーエイチシー勝訴。

上記審決取消訴訟と特許権侵害訴訟とで知財高裁での勝敗が異なったのは、それぞれ無効理由として進歩性欠如の主張の基礎として挙げられていた引例が異なっていたためであって、引例として主張されたウェブページが本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであったかという問題において、前者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められず、後者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められたという点で異なってた。結局のところ、特許権侵害差止等請求事件(知財高裁平成28年(ネ)10093)により、富士フイルムは特許権を行使することができないと判断されたことで、一連の係争で富士フイルムは敗訴ということとなった。

参考:

Dec 3, 2017

ファイザー リネゾリド Meiji Seikaファルマ後発品で特許侵害訴訟提起

2017年11月30日付ファイザー(株)のプレスリリースによると、ファイザーは、ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠(一般名:リネゾリド)の後発品(リネゾリド点滴静注液600mg「明治」およびリネゾリド錠600mg「明治」)に関して、Meiji Seika ファルマ(株)に対し、特許専用実施権の侵害を理由として上記製品販売の部分差止等および損害賠償を請求する訴訟を11月29日付で東京地裁に提起し、併せて上記製品販売等の部分差止等の仮処分命令の申立てを行ったとのことです。

ファルマシア・アンド・アップジョン・カンパニーは、リネゾリドの有効成分に関する特許をMRSA感染症適応医薬に関して保有しており、ファイザー(株)は、本特許権の専用実施権者として、ザイボックス注射液600mgおよびザイボックス錠600mgを製造販売しているとのことです。

参考:
ザイボックス(一般名:リネゾリド(linezolid)):
米国ファイザー社(旧ファルマシア・アップジョン社)で合成されたオキサゾリジノン系骨格を有する新しいクラスの合成抗菌薬。作用機序は、既存の抗菌薬とは異なり、細菌の蛋白合成の早期段階を阻害するため、既存の各種抗菌薬に耐性を示すグラム陽性球菌(MRSA、VRE等)に対しても抗菌活性を示します。日本においては、2001年4月4日に「本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム」による「各種感染症」を適応症として承認され、2006年4月20日には、適応菌種として「本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」、適応症として「敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」とする効能追加が承認されました。ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠の効能又は効果は下記の通り。
1. <適応菌種>
本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
<適応症>
敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎
2. <適応菌種>
本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
<適応症>
各種感染症
J-PlatPatで確認したところ、2006年のMRSA追加効能承認時の特許権存続期間延長登録出願として、物質特許と思われる特許3176630についての延長登録出願(2006-700049、2006-700050)がなされていました。処分の対象となった物として「リネゾリド」、処分の対象となった物について特定された用途として「<適応菌種>本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及び<適応症>敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」に基づき、4年9月17日の存続期間延長が認められ、特許3176630の満了日は2019年6月2日となっています(無効審判請求はされていません)。すなわち、MRSAを適応菌種とした適応症が承認されており、MRSA適応については上記特許権の効力は有効に働いていることになります。従って、現在承認されている後発品には、下記の通り、MRSAを適応菌種とした適応症は効能又は効果として認められていません。
  • リネゾリド点滴静注液600mg「明治」: 2015年2月承認、6月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「明治」: 2015年8月承認、12月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド注射液600mg「サワイ」: 2017年2月承認、6月薬価収載、9月製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「サワイ」: 2017年8月承認、薬価未収載
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
ところで、薬剤耐性菌の出現と蔓延の抑制には抗菌薬の適正使用が不可欠です。上記の通り、リネゾリド後発品の適応取得菌種はいずれもVREのみであって、ザイボックス®のようにMRSAを適応としていないため、後発品の使用開始は頻用の一因になる恐れがあるとして、日本感染症学会・日本化学療法学会・日本臨床微生物学会は医療現場へ後発品の適正使用を呼びかけていました。この適正使用に取り組む組織として2015年に発足した日本感染症医薬品協会リネゾリド研究会にはファイザーの他、Meiji Seikaファルマ及び沢井製薬もメンバーとなっています。

ファイザーの主張内容の詳細は定かではありませんが、先発品と後発品の効能違いに起因する医薬品の不適正使用問題のおそれに対して切り込んでいくのだとしたら、特許権の効力をどのような行為に対して主張していこうとしているのか、大変興味深いところです。

参考:

Nov 25, 2017

2017.10.13 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10216

医薬の用途発明の実施可能要件: 知財高裁平成28年(行ケ)10216

【背景】

「脂質含有組成物およびその使用方法」に関する特許出願(特願2011-506377; WO2009/131939; 特表2011-518223)の拒絶審決(不服2014-8788)取消訴訟。サポート要件及び実施可能要件を満たしていないことが審決の理由。

本願発明:
「対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量の ω-6脂肪酸および ω-3脂肪酸を含み,ω-6対 ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。」
特に、審決は、本願発明に係る各医学的状態のうち、内分泌障害、腎疾患及び癌の3疾患(「本件3疾患」)を捉え、本願明細書の発明の詳細な説明にはこれらに係る実施例の記載がなく、これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして、本願は実施可能要件を満たさない旨判断した。

【要旨】

裁判所は、実施可能要件についての審決判断に誤りはないとして、原告の請求を棄却した。まず、裁判所は、医薬の用途発明について特許法36条4項1号(実施可能要件)を満たすためには何が必要か以下のように言及した。
「特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,ここでいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。」
そして、裁判所は、本願発明については以下のように判断した。
「本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。
このように,本願発明について実施可能要件の充足性を判断するに当たっては,本願出願当時の技術常識を踏まえる必要があるところ,本願出願前の文献をみると,・・・ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。・・・したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。
・・・しかしながら・・・本願明細書の本願発明に係る各医学的状態についての実施例の記載をみても,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない。」
【コメント】

医薬の用途発明の実施可能要件について判断された事例。医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。出願当時の技術常識を踏まえても当業者が有用性を理解できないのであれば、医薬としての有用性、すなわち効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が明細書に不可欠であるということである。

本願の欧米状況を確認したところ、欧州では審判部まで争い(T1712/15)、米国ではCAFCまで上訴(2016年8月16日)しているようである。

参考: Asha Nutrition Sciences, Inc.のwebpageからの知的財産情報(http://asha-nutrition.com/research/intellectual-property/


Nov 19, 2017

2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872

医薬特許に対する先使用権の抗弁が認められなかった事例東京地裁平成27年(ワ)30872

【背景】

東和薬品(被告)がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」(被告製品)を製造等する行為は興和(原告)が保有する特許権(第5190159号)を侵害すると主張して、原告が被告製品の製造等の差止及び廃棄を求めた事案。原告は弁論準備手続期日において請求項1に基づく請求を撤回、被告は被告製品が本件発明2の技術的範囲に属することを認めた上で先使用権(特許法79条)の抗弁及び特許無効の抗弁(特許法104条の3)を主張した。

請求項1:
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
請求項2:
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。
【要旨】

主 文
1 被告は,別紙物件目録記載の製品を製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は,前項の製品を廃棄せよ。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
裁判所の判断

1 争点1(被告は先使用権を有するか)について

被告は、
「先使用権の成立を基礎付ける事実として,本件出願日までに,本件2mg錠剤のサンプル薬を製造して本件2mg製品の製造販売承認の申請に必要な治験を実施したことや,本件4mg錠剤のサンプル薬を製造して被告製品(本件4mg製品)の製造販売承認の申請に必要な治験を実施した」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「本件出願日までに,被告の社内において,本件発明2の内容を知らないでこれと同じ内容の発明がされていた(被告が被告の従業員等から当該発明を知得していた)と認めることは困難であるし,この点を措くとしても,・・・本件出願日までに,本件2mg製品及び被告製品(本件4mg製品)の内容が,本件発明2の構成要件E(固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である)を備えるものとして,一義的に確定していたと認めることはできず,本件発明2を用いた事業について,被告が即時実施の意図を有し,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとはいえないから,被告に先使用権が成立したということはできない。」
と判断した。

被告は「乙32実験報告書」を提出したが、測定値はこれらの錠剤が製造されたとされる日から4年以上が経過した時点のものであり、4年以上が経過しても錠剤の水分含量がそのまま保持されることを直接裏付ける証拠はないとして、本件出願日までに被告において本件発明2と同じ内容の発明がされていたと認めることはできないとされた。

2 争点2(本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)について

裁判所は、本件発明2についての特許は、被告主張の理由及び証拠によっては無効とされるべきものとは認めることができないと判断した。以下抜粋。
「本件発明2と乙7発明とを対比すると,両発明は・・・②本件発明2では「固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である」のに対し,乙7発明では固形製剤の水分含量が「1.5~2.9質量%」の数値範囲にあるか否かが明らかでない点(以下「相違点②」という。)において相違するものと認められる。・・・乙7公報の記載上,上記追試等において固形製剤の水分含量が本件発明2の数値範囲に含まれる値となるべきものと認めるべき根拠はなく,また,固形製剤の水分含量(殊にその下限値)と5-ケト体の生成抑制との関係についての示唆等は見当たらない。・・・当業者であれば,一般論としては,当該固形製剤の水分含量を低く調整することを試みることが容易であるといえるとしても,上記各書証に,ピタバスタチン又はその塩を含有する医薬製剤の水分含量をあえて本件発明2の数値範囲の下限である「1.5質量%」を下回らないようにすることの動機付けとなる記載があるとはいえない。・・・したがって,当業者といえども,乙7発明から出発して,相違点②に係る本件発明2の構成に想到することは,容易ではなかったものというべきである。」
被告は、
「本件明細書の【表4】には,水分含量が1.5質量%未満のデータが存在しないから,本件発明2における水分含量の数値範囲の下限値の意義が不明である」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「本件明細書において当該下限値の臨界的意義が具体的な技術的裏付けを伴って明らかにされているとはいえないとしても,そのことによって,当業者であっても相違点②に係る本件発明2の構成に想到することは容易でなかったとする上記認定判断が直ちに左右されるものとはいえない。」
と判断した。

【コメント】

本件のように、被疑侵害品を測定しなければ特許発明の技術的範囲に属するかどうか分からないようなクレーム構成であってその構成要件が経時的に変化しうるものである場合、現存進行形で侵害しているかどうかを特許権者側が立証するためには現存する被疑侵害品を測定すれば済むわけであるが、一方、先使用権の抗弁を主張する被疑侵害者側にとっては、そのような特許発明の構成要件の存在を知らずに対象実施品をあらかじめ測定して記録を残しておくことは不可能であり、優先日前の実施品を運よく保管していたとしてもそれが過去に遡って優先日前もその構成要件が備わっていたといえることを立証する必要が出てくる。そもそも先使用権の立証は容易でないところ、本件のように発明の構成要件が経時的に変化しうる場合において、先使用権の抗弁を主張立証するためには、どのような準備をしておくことが現実的な方策なのか、難しい問題である。

J-PlatPatのよると、本件特許に対して無効審判は請求されていないようである。

参考:


Nov 12, 2017

2017.09.28 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 東京地裁平成28年(ワ)14131

マーデュオックス®軟膏の差止請求訴訟東京地裁平成28年(ワ)14131

【背景】

原告(レオ ファーマ)が保有する「医薬組成物」に関する特許権(第5886999号)を侵害すると主張して、被告ら(製造販売元である中外製薬及び販売会社であるマルホ)に対して被告物件(尋常性乾癬治療剤「マーデュオックス®軟膏」)の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。

請求項1:
ヒトまたは他の哺乳動物において乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって,マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A,およびベタメタゾンまたは薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B,ならびに少なくとも1つの薬学的に受容可能なキャリア,溶媒または希釈剤を含む,医薬組成物。
請求項11:
ヒトの乾癬を処置するための,請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物
請求項12:
医学的有効量で1日1回局所適用される,請求項11に記載の組成物
【要旨】

本件発明12は本件優先日における公知文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、そして、本件発明12に従属している他のいずれの発明も同様に当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明1ないし4、11及び12に係る本件特許には、特許法29条2項違反の無効理由があるから、原告は上記各発明に係る本件特許権を行使することができない。よってその余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。請求棄却。

相違点に係る容易想到性についての判決抜粋:
「乙15発明は,「ヒトにおいて乾癬を処置するために皮膚に塗布するための混合物であって,1α,24-dihydroxycholecalciferol(タカルシトール),およびBMV(ベタメタゾン吉草酸エステル),ならびにワセリンとを含有する非水性混合物であり,皮膚に1日2回塗布するもの」というものである。そして,乙16及び17に開示されているように,本件優先日において,乾癬治療剤としてのマキサカルシトールの軟膏が既に知られていたのであるから,当業者であれば,乾癬を処置するための混合物である乙15発明において,ビタミンD3の類似体からなるタカルシトールに代えて,同じくビタミンD3の類似体からなるマキサカルシトールを使用する程度のことは,容易に想到できることというべきである。

・・・乙24及び25に開示されているように,本件優先日において,タカルシトール軟膏が1日1回の用法で乾癬処置に使用されることも既に知られていたのであるし,そもそも塗布方式(1日1回か,2回か)の検討は,治療効果の向上や,副作用の低減等の観点から,当業者が適宜行うことにすぎないことであるから,当業者であれば,乙15発明において,塗布の回数を1日1回とする程度のことは,容易に想到できることというべきである。」
相違点に係る顕著な作用効果についての判決抜粋:
「・・・乙15に開示されている治療効果は,本件明細書に開示された本件発明12における有効な斑治癒の効果と実質的に変わらないというべきである。
なお,原告は,本件発明12の治療効果に関して,甲10及び甲11を提出するが,これらが頒布されたのは本件優先日以降であるから,本件明細書に開示された範囲を超えてこれらに基づく効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。

・・・少なくとも,原告が主張するような効果,すなわち,混合物を適用する場合,1日の適用回数を減らしても優れた効果が得られることを,本件明細書の記載から読み取ることはできないから,そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において考慮することはできない(まして,原告が指摘する甲11に示されるようなサイトカイン分泌の相乗的抑制効果については,かかるメカニズムは本件明細書には一切記載されていないから,そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。)。」
【コメント】

明細書に開示された範囲を超える効果や記載から読み取ることはできない効果を、進歩性の判断において参酌することは許されない。本事件では、控訴人が提出した論文(甲10)は参酌されなかった。発明の効果が顕著かどうかについての結論はよいとしても、効果に関する主張として提出された論文が参酌されなかった点については、理由が明らかでない。優先日?(出願日の間違いでは?)以降に頒布されたものだから参酌されなかったのか、明細書に開示された範囲を超えていたから参酌されなかったのか(判決文を見る限り、控訴人は新たな効果を主張しているようには感じられないが・・・)。顕著でないとの結論に変わりはないから説明を省略したということはないと思うが、進歩性における効果の顕著性を主張する際に後出しデータが参酌されるかどうかは両当事者にとって極めて重要なポイントとなることから、判決には丁寧な理由付けを示していただきたい。

マーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)は活性型ビタミンD3外用剤であるマキサカルシトール(Maxacalcitol)軟膏の有効成分Maxacalcitolとvery strongクラスのステロイド外用剤であるベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(BBP)軟膏の有効成分BBPをそれぞれ承認製剤濃度で配合した尋常性乾癬治療外用剤である。

参考:

ところで、本件特許の実施例として記載されているカルシポトリオール(Calcipotriol)とベタメタゾンジプロピオネート(Betamethasone Dipropionate)を含む軟膏に直接関連すると思われる製品は、レオファーマが製造販売元・協和発酵キリンが販売元となっている尋常性乾癬治療剤ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)。

ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)は、活性型ビタミンD3誘導体であるカルシポトリオール水和物52.2μg/g(カルシポトリオールとして50.0μg/g)と副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンジプロピオン酸エステル0.643mg/gを含有する配合剤であり、レオ ファーマで開発され、日本では2014年7月に承認された。ドボベット®軟膏の配合成分であるカルシポトリオール(無水物)は「ドボネックス®軟膏 50μg/g」として、ベタメタゾンジプロピオン酸エステルは「リンデロン®‐DP 軟膏」として市販されている。

参考:
国内において、尋常性乾癬の適応を有する活性型ビタミンD3誘導体とステロイドの配合剤という点で、マーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)(中外・マルホ)とドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)(レオ ファーマ・協和発酵キリン)は競合関係にある。

本件特許は第1の薬理学的活性成分Aがマキサカルシトールに限定されたものとして登録されたが、もともと本件出願は特願2013-014098(特開2013-075923)の分割出願であり、さらにその原出願は特願2008-191182(特開2008-297309、特許5721926)の分割出願であり、さらにその原出願は特願2000-613441(WO2000/064450、特表2002-542293、特許4426729)の分割出願であった。特許4426729は、第1の薬理学的活性成分Aとしてカルシポトリオール、第2の薬理学的活性成分Bとしてベタメタゾンに限定されたものとして登録され、ドボベット®軟膏で存続期間延長登録もされている(延長登録出願番号2014-700172、存続期間満了日2023.12.04)。特許5721926は、溶媒成分C等の限定下ではあるが第1の薬理学的活性成分Aも第2の薬理学的活性成分Bも一定の範囲で登録されている(存続期間満了日2020.01.27。存続期間延長登録出願情報なし)。


Nov 6, 2017

The 10th Anniversary

「医薬系"特許的"判例」ブログをこのドメイン(tokkyoteki.com)で2007年11月6日に再スタートしてから10年が経ちました。この10年間、ブログへのページビューで特に顕著なピークを認めた記事を一日当たりのページビューのグラフとともに振り返りました。この10年、特許期間延長登録制度の運用は判決に振り回され、今だに法的安定性を欠いた不透明な状況が続いています。10年とは長いようで短いですね。


① 特67条の3第1項1号の解釈と特68条の2の解釈 -特許存続期間延長登録制度のこれまでの運用が見直される契機となった判決
② 2009.07.16 「第5回 特許権の存続期間の延長制度検討ワーキング・グループ開催」

③ レボフロキサシン訴訟 全面終結

④ アクトス(ACTOS)併用の進歩性判断における効果の格別顕著性
⑤ 武田薬品 特許権の存続期間の延長登録出願 最高裁判決
⑥ 2011.09.09 「アリセプトの高度アルツハイマー型認知症に係る特許期間延長訴訟 最高裁が上告棄却」

⑦ プロダクト・バイ・プロセス・クレームの発明の要旨認定及び特許発明の技術的範囲
⑧ 2012.09.27 アクトス併用療法 特許侵害訴訟 大阪地裁判決

⑨ アバスチン®(有効成分 ベバシズマブ) 特許権の期間延長の拒絶審決取消請求事件 知財高裁 大合議事件に指定

⑩ 特許権存続期間延長登録出願の登録要件について知財高裁大合議判決
⑪ プロダクト・バイ・プロセス・クレームの発明の要旨認定及び特許発明の技術的範囲は物同一説で判断、明確性要件に一定のハードル
⑫ 特許権の存続期間の延長登録出願の登録要件についての最高裁判決(アバスチン事件)
⑬ マキサカルシトール製法特許の均等侵害事件を知財高裁が大合議事件に指定

⑭ デビオファームがエルプラット® (オキサリプラチン)後発品販売の日本化薬に対して特許侵害訴訟で勝訴

⑮ 小野薬品がMSD「キイトルーダ」を抗PD-1抗体特許侵害で提訴

⑯ 延長された特許権の効力(知財高裁大合議判決)
⑰ 均等の第5要件(特段の事情)の判断基準(マキサカルシトール事件)

そして、この10年間のページビューtop 10記事は下記のとおりでした(total 677,676ページビューのうち、トップページへのアクセス分の243,324ページビューは差し引く)。

1位(5,065ページビュー)
2011.04.28 「特許庁長官 v. 武田薬品」 最高裁平成21(行ヒ)326
2位(4,187ページビュー)
イーライリリー エビスタ®の用途特許の無効審決の取り消し求め審決取消訴訟を提起
3位(4,167ページビュー)
2011.12.05 「フリバンセリン事件」特許庁審決 不服2006-027319号事件
4位(4,154ページビュー)
2009.05.29 「武田薬品 v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10458
5位(4,066ページビュー)
2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088
6位(3,990ページビュー)
2012.10.05 「サノフィ アレグラ®後発医薬品に対する侵害訴訟提起」
7位(3,476ページビュー)
小野薬品・BMSがMerckを抗PD-1抗体特許侵害で提訴
8位(3,441ページビュー)
抗PD-1抗体を巡る特許訴訟~小野/BMS(オプジーボ; Opdivo) vs Merck(キートルーダ; Keytruda)
9位(3,393ページビュー)
アリセプト®の特許権存続期間延長登録
10位(2,994ページビュー)
オキサリプラチンに関する特許権について

また、これまでコメント頂いた記事はこちら(リンク)。各記事のタイトルをクリックして記事ごとにご覧頂くか、記事下のタブ"comment"をクリックして頂ければ、各記事にお寄せくださったコメントを見ることができます。

貴重なコメントをお寄せくださった方々、メールにて直接ご質問・ご指摘等のコメントをお寄せくださった方々には御礼申し上げます。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。





Oct 29, 2017

2017.09.11 「三菱ケミカル v. 理研ビタミン」 知財高裁平成28年(行ケ)10056

進歩性判断の考慮要素にできる顕著な効果の明細書記載: 知財高裁平成28年(行ケ)10056

【背景】

原告(三菱ケミカル)が保有する「コーヒー飲料」に関する特許権(第5252873)の無効審決(無効2014-800165)取消訴訟。争点は進歩性における顕著な効果に関する判断。原告は、「本件発明1には,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという効果があり,その効果は,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであって,甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較して当業者が予測できない顕著な効果であるといえるから,本件発明1が有する顕著な効果を否定し,その容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである」旨主張した。

【要旨】

裁判所は、本件発明1について甲4発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとする原告らの主張は理由がなく、したがって、本件発明1に甲4発明と比較した顕著な効果があることを否定し、これを前提に本件発明1は甲4発明と甲1ないし3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない、と判断した。請求棄却。以下、裁判所判断の抜粋。
「・・・甲4発明において相違点3に係る本件発明1の構成とすることが,その構成という観点からは当業者が容易に想到し得たものといえることは,上記アのとおりであるが,その場合でも,本件発明1に引用発明(甲4発明)と比較した有利な効果が認められ,それが本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測し得る範囲を超えた顕著な効果といえる場合には,本件発明1の進歩性を認める余地があるものといえる。ただし,先願主義を採用し,発明の公開の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に鑑みれば,上記のような顕著な効果は,明細書にその記載があるか,又は,明細書の記載から当業者がその効果を推論できるものでない限り,進歩性判断の考慮要素とすることはできないというべきである。

・・・この点,コーヒー飲料の風味とマンナン分解酵素処理との関係を確認するのであれば,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1(段落【0054】))との風味の比較が行われてしかるべきところ,本件明細書には,このような比較が行われたことを示す記載はない。また,マンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液を用いたコーヒー飲料に係る公知文献(甲1ないし3)をみても,当該処理がコーヒーの風味に与える影響についての記載はなく,技術常識に照らしても,当該処理を行うことによるコーヒー飲料の風味への影響を推測することは困難といえる。
してみると,原告らが本件発明1の顕著な効果であると主張する「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との風味に係る効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理を組み合わせることにより発現するものであることについては,本件明細書にその旨の記載はなく,本件明細書の記載から当業者がこれを推論することができるともいえないから,上記効果をもって,本件発明1が有する甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較した有利な効果として認めることはできないというべきである。

・・・原告らは,本件訴訟提起後に自らが実施し,又は第三者機関に実施させた官能評価試験の結果を証拠として提出し,これらによって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できる旨を主張する。しかしながら,前記のとおり,引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは,当該効果が明細書に記載され,又は,明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるところ,本件明細書の記載からは,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果を甲4発明と比較した有利な効果として認めることができないことは,上記(ア)bで述べたとおりである。これに対し,原告らの上記主張は,本件明細書の記載を離れ,事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて,本件発明1が甲4発明と比較した有利な効果を有する旨を述べようとするものであって,そもそも失当というべきである。」
【コメント】

引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは、当該"比較した有利な"効果が明細書に記載され、又は、明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるとして、明細書記載からは、本願発明効果を"引用発明と比較した有利な効果として"認めることができなとした判決。

裁判所は、念のため、原告が事後的に主張した官能性評価試験結果を検討しているが、技術常識によれば統計学的な有意差を認めるためのn数が足りないこと等を理由にそれら試験結果から有利な効果を確認できると断ずることはできないと判断した。

日本における進歩性の判断において、引用発明と比較した有利な効果が参酌されるためには、(1)「引用発明と比較」という観点、及び、(2)いわゆる「後出しデータ」の許容性という観点があり、出願当初明細書にどのような記載が具体的に必要とされるのかについては特許法上規定されていないが、"進歩性のための明細書記載要件"なるものは存在している。2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238にて裁判所は「出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとる」と言及し、当初明細書に定量的な効果比較の記載をあらかじめ要求する特許庁の主張を公平の観点から否定している。

本事案では、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との本願発明の効果は記載されていたが、明細書に記載された比較の相手が進歩性に求められる比較相手ではなかったわけであり、出願人に過度な負担を強いる方向の判決であったように思える。硬直的な進歩性のための明細書記載要件へ進なないことを望む。これまでの具体的な事例として参考になりそうな判決(特に医薬に関する判決)はこちら

Oct 28, 2017

田辺三菱 タリオン®後発品薬価収載希望書提出したジェネリックメーカーに対する特許侵害差止仮処分命令申立てを取下げ

田辺三菱製薬の2017年10月26日付プレスリリースによると、田辺三菱は、ベポタスチンベシル酸塩を有効成分とするアレルギー性疾患治療剤「タリオン®」について、同製品の後発品薬価収載希望書を提出した東和薬品、シオノケミカルおよび大興製薬に対して、田辺三菱が保有する物質特許等の侵害行為の差止めを求める仮処分命令の申立てを2017年9月15日付で東京地裁および大阪地裁にそれぞれ行っていましたが、今般、各社との協議の結果、円満解決に至ったとのことで、田辺三菱は10月25日付で両地裁に本仮処分命令の申立ての取下げを行ったとのことです。

参考:
過去記事:

Oct 22, 2017

2017.08.29 「ロート製薬 v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10162

コンタクトレンズ装着液及び装用中点眼液の両方の用途知財高裁平成28年(行ケ)10162

【背景】

「眼科用組成物」に関する特許出願(特願2013-89552; 特開2013-139485)の拒絶審決(不服2015-4779)取消訴訟。本件審決の理由は、本願発明は引用例(同出願人による特開2006-241085)に記載された発明(引用発明)並びに周知例1及び周知例2に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというもの。

本願発明(請求項1):
(A)セルロース系高分子化合物,ビニル系高分子化合物,ポリエチレングリコール及びデキストランからなる群より選択される1種以上,及び(B)テルペノイドを含有するコンタクトレンズ用装着点眼液であって,
同一の組成でコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いられる,コンタクトレンズ用装着点眼液。
引用発明:
カルボキシメチルセルロースナトリウムとテルペノイドを含有する眼科用組成物
本願発明と引用発明との一致点及び相違点:
(ア) 一致点
(A)セルロース系高分子化合物,ビニル系高分子化合物,ポリエチレングリコール及びデキストランからなる群より選択される1種以上,及び(B)テルペノイドを含有する眼科用組成物

(イ) 相違点
本願発明は,眼科用組成物が「コンタクトレンズ用装着点眼液」であって,「同一の組成でコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いられる」ものであるのに対し,引用発明においては単に「眼科用組成物」としている点
【要旨】

請求棄却。以下、裁判所の判断の抜粋。

1. 周知技術について
「周知例1,周知例2及び乙1は,同一の眼科用組成物を,コンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いることについて,具体的な実施例を前提にしたり(乙1),具体的な用法をもって説明したり(周知例1,乙1),個別の用途だけではなく,両方の用途に用いることも可能であることを明示したりしつつ(周知例2),開示している。・・・よって,同一の組成でコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いられる眼科用組成物は,本願優先日当時の周知技術であったということができる(以下,この周知技術を「本件周知技術」という。)。」
2. 本件周知技術の適用について
「引用発明と本件周知技術の技術分野は共通し,引用発明と本件周知技術が前提とする発明の作用機能も共通している上,眼科用組成物について,コンタクトレンズ装着液として用いる場合の配合可能成分及び配合不可成分と,コンタクトレンズ装用中の点眼液として用いる場合の配合可能成分及び配合不可成分に差異がないことが知られている。
そして,眼科用組成物において,同一の組成をコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いることにより利便性を向上させることは,引用発明も当然に有する自明の課題であるから,当業者は,本願発明と同様に利便性を向上させるために,引用発明に本件周知技術を組み合わせることを試みるというべきである。
よって,引用発明に本件周知技術を組み合わせる動機付けがあるということができる。」

「確かに,引用例には,引用発明に係る眼科用組成物を,コンタクトレンズ装着液として用いた実施例2(【表4】)と,人工涙液型点眼薬(コンタクトレンズ装用中の点眼液)として用いた実施例7~9(【表7】)とが別々に記載されており,同一の組成でコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いられる眼科用組成物が具体的に記載されているとはいえない。
しかし,前記ウのとおり,コンタクトレンズ装着液として用いる場合の配合可能成分及び配合不可成分と,コンタクトレンズ装用中の点眼液として用いる場合の配合可能成分及び配合不可成分に差異がないことは,本願優先日において,技術常識であったものである。主薬成分か佐薬成分かによって,成分の含有量などに影響が及ぶことがあったとしても,配合可能成分及び配合不可成分に影響が及ぶものでもない。
したがって,引用例に接した当業者において,同一の組成でコンタクトレンズ装着液及びコンタクトレンズ装用中の点眼液の両方の用途に用いられる眼科用組成物が想定できなかったということはできない。」
3. 顕著な効果の有無について
「本願発明は,ドライスポットの総面積,涙液安定性,並びに収斂感,清涼感及び乾燥感という使用感において優れるという効果を有するものである(試験1~3)。
これに対し,・・・引用発明は,コンタクトレンズ表面や角膜表面の濡れを持続させ潤いを保つことができ,使用感に優れ,ドライアイなどの粘膜が乾燥状態を呈する疾患や症状の予防や改善に効果を有するものである。そして,濡れの改善は涙液の安定性に関連があること(乙3),涙液安定性に優れていれば,ドライスポットの総面積の割合が小さくなること(乙4),「清涼感の好み」はテルペノイドの量に依存すること(甲11)が,それぞれ認められる。そうすると,引用発明の眼科用組成物が,ドライスポットの総面積,涙液安定性,並びに清涼感及び乾燥感などの使用感において優れた効果を奏するであろうことは当業者が予測できたものということができる。
(イ) なお,・・・本願明細書には,本願発明について,フリッカー値改善率が増大し(試験4),コントラスト感度が改善される(試験5)という効果を有する旨記載されている。しかし,・・・試験4及び試験5の結果は,A成分とB成分を含有する眼科用組成物を同一の組成で両方の用途に用いることによって奏せられる本願発明の効果,すなわち,コンタクトレンズ装着液としてのみ用いた場合と比較して奏せられる効果,及びコンタクトレンズ装用中の点眼液としてのみ用いた場合と比較して奏せられる効果の双方を示すものとはいえない。」
【コメント】

裁判所は、当業者が引用発明に本件周知技術を組み合わせることを試みるというべきであるかどうかについて、技術分野の共通性、作用機能の共通性、技術常識、本願発明が解決する課題が引用発明も当然に有する自明の課題かどうか、を検討し、結果、動機づけがあり、また、示されている顕著も予測可能なものであるとして、本願発明は進歩性を有しないと判断した。

引用発明である特願2005-59757(特開2006-241085)は本件出願人ロート自らが出願したもの。出願日が2005.3.3、公開日が2006.9.14、優先権主張はせず、INPADOC family searchによれば日本以外の出願はしていない。

本願(特願2013-89552; 特開2013-139485)は、もともと特願2009-532212(WO2009-035034、日本以外に米国、中国、香港に出願されている(INPADOC family searchによる))の分割出願であり、このいわゆる親出願では下記請求項1で特許登録(特許5525816)されている。
【請求項1】
(A)セルロース系高分子化合物、ビニル系高分子化合物、ポリエチレングリコール及びデキストランからなる群より選択される1種以上、(B)テルペノイド及び(C)非イオン性界面活性剤を含有する、コンタクトレンズ用装着点眼液であって、
(1)コンタクトレンズ装着時に該コンタクトレンズ用装着点眼液を直接コンタクトレンズに滴下し、コンタクトレンズの両面もしくは片面を濡らし、
(2)該コンタクトレンズを目に装着し、
(3)該コンタクトレンズ装用中に(1)で用いたものと同一処方からなるコンタクトレンズ用装着点眼液を点眼する
ことにより、目の乾きもしくはドライアイを抑制すること、または疲れ目もしくはコントラスト感度を改善することを特徴とするコンタクトレンズ用装着点眼液。
本願からは、特願2014-016418(特開2014-098013)及び特願2015-034892(特開2015-127329)として分割出願がなされたがいずれも拒絶査定となり、その後さらに分割出願(特願2016-117964(特開2016-190860))でつないできたが、現在、拒絶理由通知を受けた段階となっている。