Jan 9, 2018

サンド・協和発酵キリンのリツキシマブ・バイオシミラーに対する用途特許侵害訴訟に中外・全薬工業が参加

2018年1月9日付プレスリリースによると、中外製薬は、抗CD20モノクローナル抗体「リツキサン®注10mg/mL」について、同製品のバイオ後続品の製造販売者であるサンドおよび販売者である協和発酵キリンに対し、バイオジェン社が保有する3件の用途特許の侵害を理由としてジェネンテック社(本特許権の専用実施権者)が2017年12月28日付で東京地裁に提起したバイオ後続品の販売等の差し止めを求める訴訟に、全薬工業とともに補助参加の申出を行ったとのことです(全薬工業は本剤の独占的販売権者、中外製薬は本剤の全薬工業との共同販売権者)。また、中外製薬は、本訴訟に併せてなされた仮処分命令の申立てについても、補助参加の申出を行ったとのことです。

リツキサン(Rituxan)®は、マウス/ヒトキメラ型抗CD20モノクローナル抗体リツキシマブ(Rituximab)(遺伝子組換え)を有効成分とするバイオ医薬品。アイデック社(現 バイオジェン・アイデック社)にて、Bリンパ球表面の分化抗原CD20に対するマウス型モノクローナル抗体の可変部領域と、ヒト免疫グロブリン(IgG1κ)の定常部領域を有するマウス-ヒトキメラ型抗CD20モノクローナル抗体の開発が進められ、1991年、リツキシマブ(遺伝子組換え)が創薬されました。1995年3月、アイデック社はジェネンテック社と共同開発契約を締結、1997年11月には米国FDAより承認を受け、日本では、1995年11月に全薬工業が開発及び輸入販売契約を締結、2001年6月にCD20陽性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫の治療薬として承認を受けました。

現在、効能又は効果は下記の通り。
  • CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
  • 免疫抑制状態下のCD20陽性のB細胞性リンパ増殖性疾患
  • ヴェゲナ肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎
  • 難治性のネフローゼ症候群(頻回再発型あるいはステロイド依存性を示す場合)
  • 慢性特発性血小板減少性紫斑病
  • 下記のABO血液型不適合移植における抗体関連型拒絶反応の抑制
    腎移植、肝移植
  • インジウム(111In)イブリツモマブ チウキセタン(遺伝子組換え)注射液及びイットリウム(90Y)イブリ ツモマブ チウキセタン(遺伝子組換え)注射液投与の前投与

被疑侵害品であるリツキシマブBS点滴静注100mg/500mg「KHK」は2017年9月27日に製造販売承認され、同年11月29日に薬価基準収載されています。
効能又は効果は下記の通り。
  • CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
  • 免疫抑制状態下のCD20陽性のB細胞性リンパ増殖性疾患
  • ヴェゲナ肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎

参考:

Dec 27, 2017

2017年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

(1) 先発医薬品メーカー同士の主導権争い

2017年、日本においては、均等の成否の判断における第5要件(特段の事情)の判断基準について示された最高裁判決(2017.03.24 「マキサカルシトール事件(均等の第5要件)」 最高裁平成28年(受)1242)や延長された特許権の効力範囲とその類型が示された知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)など、先発医薬品メーカーと後発品メーカーとの特許係争における大きな判決がありました。

一方で、先発医薬品メーカー同士の日本を含めた世界的な特許係争の進展も2017年では顕著だったように思います。

特許権侵害という違法行為に対して差止請求権を行使することは特許権者の正当な権利です。しかし、差止請求権行使によって抗癌剤や抗エイズ薬のような患者の生命に極めて関わるような代替性の無い新薬を市場から排除することが患者の利益を害しはしないかという観点から裁判所の判断や特許権者である各製薬メーカーの態度が気になっていました。

2017年初めには、抗PD-1抗体であるオプジーボ(Opdivo)®(有効成分はニボルマブ、nivolumab)を販売する小野薬品・BMS社と、同じ抗PD-1抗体であるキイトルーダ(Keytruda)®(有効成分はペムブロリズマブ、pembrolizumab)を販売するMSD社との間で起きていた世界的な特許係争は和解という形で決着しました。小野薬品とBMS社は、MSD社によるキイトルーダの販売を阻止するつもりはないとして実施料の請求を主張していました。

HIVインテグラーゼ阻害薬であるテビケイ(Tivicay)®(有効成分はドルテグラビル、dolutegravir)を販売するViiV社に資本参加している塩野義製薬と、同じHIVインテグラーゼ阻害薬であるアイセントレス(Isentress)®(有効成分はラルテグラビル、raltegravir)を販売するMSD社との間で起きていた世界的な特許係争が大きく進展しました。塩野義はMSD社に対して金銭的な請求の他、アイセントレスの販売差止も請求しました。しかし、ドイツでは裁判所がMSDに塩野義特許の強制実施権を認め、その後も欧州特許庁において塩野義欧州特許は無効と判断されたため、差止・損害賠償を求めて塩野義が提訴していたドイツ、英国、オランダ、フランスでの訴訟も塩野義の敗訴判決が出される見込みとのプレスリリースが出されました。日本においても塩野義特許は無効理由の存在により権利行使できないとして塩野義によるアイセントレスの差止・廃棄請求を棄却する東京地差判決が12月に出されたところです。

(2) 2017年、医薬系"特許的"な判決を賑わせた製品は・・・
抗悪性腫瘍剤エルプラット(Elplat)®(一般名:オキサリプラチン(Oxaliplatin))でした。


オキサリプラチンに関する別々の特許係争(主に特許発明の技術的範囲について争われたいわゆる「解離シュウ酸事件」と延長された特許権の効力について争われたいわゆる「水溶液事件」)において知財高裁判決が出され、昨年に引き続き、この一年話題となりました。

オキサリプラチン(Oxaliplatin)は白金錯体系抗悪性腫瘍剤。本剤はDebiopharm 社(スイス)がライセンスを保有しており、欧米における開発・販売権はSanofi-Aventis社が保有している(商品名: ELOXATIN)。日本における開発・販売権はヤクルトが取得し、商品名エルプラット(ELPLAT)として製造販売しています。2010年6月には水溶性製剤(点滴静注液)を発売し、既存の凍結乾燥製剤(注射用)からの切り替えを行っています。

ブログで取り上げたオキサリプラチン(Oxaliplatin)に関する記事等はこちら


(3) 過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2016年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2015年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2014年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2013年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


Dec 24, 2017

2017.11.30 「明治 v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10279

優先権主張を伴う特許出願において手続を履行しなかったために新規性喪失の例外適用を受けることができないとされた事件知財高裁平成28年(行ケ)10279

【背景】

「NK細胞活性化剤」に関する特許出願(特願2013-55183; 特開2013-173746)の拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決(不服2015-10465号)の取消訴訟。争点は、いわゆる基礎出願においては特許法30条4項の手続を履践したものの、優先権主張を伴う特許出願においては同手続を履践していないときには、同条1項の規定(新規性喪失の例外)の適用を受けることができないとした判断の誤りの有無である。

請求項1:
酸性多糖類を有効成分として含有することを特徴とするNK細胞活性化剤。
【要旨】

裁判所は、
「国内優先権主張出願に係る発明(基礎出願の当初明細書等に記載された発明を含む。)について,平成23年改正前特許法30条1項の適用を受けるためには,同条4項所定の手続的要件として,所定期間内に4項書面及び4項証明書を提出することが必要であり,基礎出願において提出した4項書面及び4項証明書を提出したことをもって,これに代えることはできないというべきである。」

「基礎出願Xにおいて,平成23年改正前特許法30条4項所定の手続が履践されているものの,これを基礎出願とする国内優先権主張出願である出願Aにおいて,同項所定の手続が履践されていないから,出願Aの分割出願である本願の原出願をさらに分割出願した本願は,刊行物Aについて同条1項の適用を受けることはできず,本願発明は,刊行物Aに記載された発明であるか,同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」
と判断した。請求棄却。

【コメント】

本件特許出願(本願)は分割出願であり、本事件で問題となった優先権出張を伴う出願A(特願2004-203601)自体はクレームを補正して登録に至っている(特許5177728)。

特許5177728の請求項1:
「L. bulgaricus OLL1073R-1およびS. thermophilus OLS3059をスターター菌として製造する、NK細胞活性化作用を有する発酵乳。」
この特許5177728は、明治プロビオヨーグルトR-1を保護する特許のようである。
  • 特願2004-203601(出願A)⇒登録 特許5177728
  • 分割(第1世代)特願2010-230889⇒登録 特許5744462
  • 分割(第2世代)特願2013-055183(本願)⇒拒絶査定⇒拒絶審決⇒審決取消訴訟請求棄却(本事件)
  • 分割(第3世代)特願2016-146787⇒拒絶査定

Dec 17, 2017

2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害差止訴訟(東京地裁): 東京地裁平成27年(ワ)23087; (別紙2)本件特許発明と被告製品の対比; (別紙3)訂正後の特許請求の範囲; (別紙4)本件訂正発明1~3と被告製品の対比

【背景】

「抗ウイルス剤」に関する特許権(第5207392号)を有する塩野義(原告)が、アイセントレス®錠(被告製品)(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を販売するMSD社(被告)に対して、被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると主張して、被告製品の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求した事案。

本件発明1:
「式(I):
(式中、・・・(略)・・・)
で示される化合物,その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する,インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。」
【要旨】

裁判所は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断した。また、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断した。請求棄却。実施可能要件についての裁判所の判断は下記の通り。
「医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。」
「式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する・・・化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」

のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,・・・本件出願・・・当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。」
1.「化合物C-71」以外の化合物の薬理データの存在について

原告は、
「「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在する」
ことを指摘した。

しかし、裁判所は、
「一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって,このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。・・・「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ,また,一般的にアミドと1,3,4-オキサジアゾールは,バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても,インテグラーゼ阻害剤において,RAのアミドと1,3,4-オキサジアゾールが配位子として機能し,それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって,前記のとおり,インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても,特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや,本件出願当時は,末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと,本件特許化合物が有するアミド中の-NH-の部分は,水素結合可能な基であることなどを考慮すると,「化合物C-71」が「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには,「化合物C-71」の薬理データが必要であるというべきである。」
と判断した。

原告は、
「本件訂正発明化合物1に必須の化学構造は,本件明細書に薬理データが記載された27個の化合物と極めて類似した構造を有しているから,当業者は本件訂正発明化合物1がインテグラーゼ阻害活性を示すことを容易に理解できる」
などとも主張した。

しかし、裁判所は、
「確かに,何らかの生物活性を有する複数の化合物が存在する場合,そのような活性を備える化合物における,部分的な保存された構造を見出そうとする手法は,医薬品の開発の方向性を定める一つの手法とはいえるものの,化合物に共通する部分構造以外の構造に,生物活性に必要な構造が存在する可能性もあるし,逆に,生物活性を喪失させるような構造も化合物に存在することがあり得るのであって,生物活性を有すると目される複数の化合物に共通して見られる部分構造がある化合物において単に存在することをもって,直ちに当該化合物も必然的にその生物活性を有するということはできないというべきである。」
と判断した。

2.いわゆる後出しデータが認められるかについて

原告は、
「本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されて15 いるとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられている」
と主張する。

しかし、裁判所は、
「一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」
と判断した。

【コメント】

本件特許発明はクレームの構成上、医薬用途発明である。従って、実施可能要件を満たすためには、原則、明細書に効果を裏付ける薬理試験結果の記載が求められる。本件出願明細書の最後には、「上記に示した化合物以外の本発明化合物も、上記同様、あるいはそれ以上のインテグラーゼ阻害活性を示した。」と記載されているが、そのような具体性を欠いた記載だけでは、効果の裏付けとなる薬理試験結果の記載としては認められない。過去判決でも、明細書における薬理試験結果が「実施例の化合物は全て・・・拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」という記載のみだったために実施可能要件違反とされた同様の例がある(2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345)。

本件特許発明の技術的範囲は、式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する化合物であり、本件明細書に具体的な化合物として記載されているものは「化合物C-71」(ベンゾピラン)のみであったが具体的な薬理試験結果は記載されていなかった。仮に、化合物C-71に薬理試験結果が記載されていたとしても、そのたったひとつの化合物(ベンゾピラン)の薬理試験結果に基づいて本件特許発明の技術的範囲全体(RC及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し、該環はベンゼン環との縮合間であってもよい)にまで実施可能性を拡張すること(すなわち被告製品(ピリミジン)に対する範囲まで拡張すること)は、化学構造から直感的に見ても極めてバランスが悪い。仮に、化合物C-71(ベンゾピラン)に薬理試験結果があったとしても、現在の特許請求の範囲までは実施可能要件を満たさず、被告製品(ピリミジン)に対する権利行使はできないとの結論となっていたのではなかろうか。ところで、本件特許発明は構成上医薬用途発明であるが、もともと原出願である特願2003-521202(WO2003/016275; 再表03/016275)の特許請求の範囲に係る発明は、物質発明及び用途発明であるところ、本件用途発明は物質発明に基づく用途発明であり、その本質は物質発明の場合も同様に考えることができるのではなかろうか。本件医薬用途発明と同範囲の物質発明にも具体的な薬理試験結果が明細書に備わっていなかったことになり、仮に本件医薬用途発明と同範囲で物質発明が成立していたとしたら、その物質発明の範囲も、本判決と同様に、実施可能要件(有用性)を備えているといえるのかどうかについて疑問が出てくることになったのではないだろうか。

医薬用途発明において明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合に出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは許されない。本判決でも過去判決を引用(2016.03.31 「タイワンジェ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10052)しているが、この点は疑問の余地がないところであろう。

なお、本件特許の出願段階での審査において、特許庁からの拒絶理由には、用途発明のサポート要件について争われた過去の判決(平成20年(行ケ)10304)を引用して「一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しない」としてサポート要件違反が指摘されていたが、実施可能要件違反は一切指摘されていなかった(最終的には特許査定となった)。

本件特許(第5207392号)については、MSDによる特許無効審判請求を受け無効審決(無効2015-800226)が出されたところ、無効審決の取消を求め2017年9月に塩野義が知財高裁に取消訴訟を提起しているようである(平成29年(行ケ)10172)。

参考:

Dec 11, 2017

2017.11.21 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成29年(行ケ)10003

特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復。裁判所が審判審理に問題があったと付言: 知財高裁平成29年(行ケ)10003

【背景】

「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許第3068858号について原告(X)がした無効審判請求(無効2011-800018)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性。

過去の経緯: 知財高裁が特許無効とする審決(第1次審決)を取り消す旨の決定(平成24年(行ケ)10145)をした後、特許庁は被告らの訂正請求(第2次訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(第2次審決)をしたが、知財高裁は審決を取り消す旨の判決(2014.07.30 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成25年(行ケ)10058)をした。しかし、特許庁は被告らの訂正請求(本件訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をしたため、原告は再度審決取消訴訟を提起した。

【要旨】

裁判所の判断
「本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。・・・以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。」
なお、裁判所は、本件審判の審理は、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし問題があったといわざるを得ないとして、以下のように付言した。
「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により,容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。

前訴判決は,「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において,引用例1及び引用例2に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして,引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に,第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は,本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり,引用例も同一であるにもかかわらず,本件審決は,本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして,本件各発明の進歩性を認めたものである。

発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。」
【コメント】

本件特許第3068858号は、販売名 パタノール点眼液0.1%(有効成分は塩酸オロパタジン、処分の対象となった物について特定された用途はアレルギー性結膜炎)について存続期間延長登録(2006-700064; 延長の期間は5年)がなされたため、存続期間満了日は2021年5月3日となっている。

オロパタジン塩酸塩 (Olopatadine hydrochloride) は、協和発酵工業(株)(現 協和発酵キリン(株))が創製した抗アレルギー剤。日本においては、2000年12月に経口剤(販売名:アレロック錠2.5・5)が「アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う 痒(湿疹・皮膚炎、痒疹、皮膚 痒症、尋常性乾癬、多形滲出性紅斑)」に対する効能・効果で承認された。抗アレルギー点眼剤としては、米国アルコン社が協和発酵工業(株)よりライセンス供与を受け開発、日本では、アレルギー性結膜炎を効能効果とした薬剤として、2006年7月にパタノール®点眼液0.1%が承認された。米国では、PATANOL® (OLOPATADINE HYDROCHLORIDE)EQ 0.1% BASEについてすでに後発品が参入している。

参考:

Dec 8, 2017

2017.10.25 「ディーエイチシー v. 富士フイルム」 知財高裁平成28年(行ケ)10092; 知財高裁平成28年(ネ)10093

アスタキサンチン含有スキンケア用化粧料の進歩性2: 知財高裁平成28年(行ケ)10092知財高裁平成28年(ネ)10093

知財高裁平成28年(行ケ)10092は、富士フイルムが保有する「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」に関する特許(第5046756)の無効審判請求(無効2015-800026)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性の判断の当否。裁判所は、甲1ウェブページについて、本件出願日前に電気回線を通じて公衆に利用可能であったものと認めることはできず、本件発明が引用発明1に基づき容易に発明することができたとの無効理由はその前提に誤りがあり、審決の結論に誤りはないと判断した。ディーエイチシーの請求を棄却した。富士フイルム勝訴。

知財高裁平成28年(ネ)10093は、本件特許についての特許権侵害差止等請求事件。原審(東京地裁判決(2016.08.30 「富士フイルム v. ディーエイチシー」 東京地裁平成27年(ワ)23129))と同様に、ディーエイチシー製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと認めたが、本件発明は、乙34ウェブページに記載された引用発明に基づき、本件特許には進歩性欠如の無効理由があり、無効にされるべきものと認められるから、本件特許権を行使することはできないとして、控訴人(富士フィルム)の控訴を棄却した。ディーエイチシー勝訴。

上記審決取消訴訟と特許権侵害訴訟とで知財高裁での勝敗が異なったのは、それぞれ無効理由として進歩性欠如の主張の基礎として挙げられていた引例が異なっていたためであって、引例として主張されたウェブページが本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであったかという問題において、前者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められず、後者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められたという点で異なってた。結局のところ、特許権侵害差止等請求事件(知財高裁平成28年(ネ)10093)により、富士フイルムは特許権を行使することができないと判断されたことで、一連の係争で富士フイルムは敗訴ということとなった。

参考:

Dec 3, 2017

ファイザー リネゾリド Meiji Seikaファルマ後発品で特許侵害訴訟提起

2017年11月30日付ファイザー(株)のプレスリリースによると、ファイザーは、ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠(一般名:リネゾリド)の後発品(リネゾリド点滴静注液600mg「明治」およびリネゾリド錠600mg「明治」)に関して、Meiji Seika ファルマ(株)に対し、特許専用実施権の侵害を理由として上記製品販売の部分差止等および損害賠償を請求する訴訟を11月29日付で東京地裁に提起し、併せて上記製品販売等の部分差止等の仮処分命令の申立てを行ったとのことです。

ファルマシア・アンド・アップジョン・カンパニーは、リネゾリドの有効成分に関する特許をMRSA感染症適応医薬に関して保有しており、ファイザー(株)は、本特許権の専用実施権者として、ザイボックス注射液600mgおよびザイボックス錠600mgを製造販売しているとのことです。

参考:
ザイボックス(一般名:リネゾリド(linezolid)):
米国ファイザー社(旧ファルマシア・アップジョン社)で合成されたオキサゾリジノン系骨格を有する新しいクラスの合成抗菌薬。作用機序は、既存の抗菌薬とは異なり、細菌の蛋白合成の早期段階を阻害するため、既存の各種抗菌薬に耐性を示すグラム陽性球菌(MRSA、VRE等)に対しても抗菌活性を示します。日本においては、2001年4月4日に「本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム」による「各種感染症」を適応症として承認され、2006年4月20日には、適応菌種として「本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」、適応症として「敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」とする効能追加が承認されました。ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠の効能又は効果は下記の通り。
1. <適応菌種>
本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
<適応症>
敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎
2. <適応菌種>
本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
<適応症>
各種感染症
J-PlatPatで確認したところ、2006年のMRSA追加効能承認時の特許権存続期間延長登録出願として、物質特許と思われる特許3176630についての延長登録出願(2006-700049、2006-700050)がなされていました。処分の対象となった物として「リネゾリド」、処分の対象となった物について特定された用途として「<適応菌種>本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及び<適応症>敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」に基づき、4年9月17日の存続期間延長が認められ、特許3176630の満了日は2019年6月2日となっています(無効審判請求はされていません)。すなわち、MRSAを適応菌種とした適応症が承認されており、MRSA適応については上記特許権の効力は有効に働いていることになります。従って、現在承認されている後発品には、下記の通り、MRSAを適応菌種とした適応症は効能又は効果として認められていません。
  • リネゾリド点滴静注液600mg「明治」: 2015年2月承認、6月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「明治」: 2015年8月承認、12月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド注射液600mg「サワイ」: 2017年2月承認、6月薬価収載、9月製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「サワイ」: 2017年8月承認、薬価未収載
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
ところで、薬剤耐性菌の出現と蔓延の抑制には抗菌薬の適正使用が不可欠です。上記の通り、リネゾリド後発品の適応取得菌種はいずれもVREのみであって、ザイボックス®のようにMRSAを適応としていないため、後発品の使用開始は頻用の一因になる恐れがあるとして、日本感染症学会・日本化学療法学会・日本臨床微生物学会は医療現場へ後発品の適正使用を呼びかけていました。この適正使用に取り組む組織として2015年に発足した日本感染症医薬品協会リネゾリド研究会にはファイザーの他、Meiji Seikaファルマ及び沢井製薬もメンバーとなっています。

ファイザーの主張内容の詳細は定かではありませんが、先発品と後発品の効能違いに起因する医薬品の不適正使用問題のおそれに対して切り込んでいくのだとしたら、特許権の効力をどのような行為に対して主張していこうとしているのか、大変興味深いところです。

参考:

Nov 25, 2017

2017.10.13 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10216

医薬の用途発明の実施可能要件: 知財高裁平成28年(行ケ)10216

【背景】

「脂質含有組成物およびその使用方法」に関する特許出願(特願2011-506377; WO2009/131939; 特表2011-518223)の拒絶審決(不服2014-8788)取消訴訟。サポート要件及び実施可能要件を満たしていないことが審決の理由。

本願発明:
「対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量の ω-6脂肪酸および ω-3脂肪酸を含み,ω-6対 ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。」
特に、審決は、本願発明に係る各医学的状態のうち、内分泌障害、腎疾患及び癌の3疾患(「本件3疾患」)を捉え、本願明細書の発明の詳細な説明にはこれらに係る実施例の記載がなく、これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして、本願は実施可能要件を満たさない旨判断した。

【要旨】

裁判所は、実施可能要件についての審決判断に誤りはないとして、原告の請求を棄却した。まず、裁判所は、医薬の用途発明について特許法36条4項1号(実施可能要件)を満たすためには何が必要か以下のように言及した。
「特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,ここでいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。」
そして、裁判所は、本願発明については以下のように判断した。
「本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。
このように,本願発明について実施可能要件の充足性を判断するに当たっては,本願出願当時の技術常識を踏まえる必要があるところ,本願出願前の文献をみると,・・・ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。・・・したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。
・・・しかしながら・・・本願明細書の本願発明に係る各医学的状態についての実施例の記載をみても,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない。」
【コメント】

医薬の用途発明の実施可能要件について判断された事例。医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。出願当時の技術常識を踏まえても当業者が有用性を理解できないのであれば、医薬としての有用性、すなわち効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が明細書に不可欠であるということである。

本願の欧米状況を確認したところ、欧州では審判部まで争い(T1712/15)、米国ではCAFCまで上訴(2016年8月16日)しているようである。

参考: Asha Nutrition Sciences, Inc.のwebpageからの知的財産情報(http://asha-nutrition.com/research/intellectual-property/


Nov 19, 2017

2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872

医薬特許に対する先使用権の抗弁が認められなかった事例東京地裁平成27年(ワ)30872

【背景】

東和薬品(被告)がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」(被告製品)を製造等する行為は興和(原告)が保有する特許権(第5190159号)を侵害すると主張して、原告が被告製品の製造等の差止及び廃棄を求めた事案。原告は弁論準備手続期日において請求項1に基づく請求を撤回、被告は被告製品が本件発明2の技術的範囲に属することを認めた上で先使用権(特許法79条)の抗弁及び特許無効の抗弁(特許法104条の3)を主張した。

請求項1:
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
請求項2:
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。
【要旨】

主 文
1 被告は,別紙物件目録記載の製品を製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は,前項の製品を廃棄せよ。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
裁判所の判断

1 争点1(被告は先使用権を有するか)について

被告は、
「先使用権の成立を基礎付ける事実として,本件出願日までに,本件2mg錠剤のサンプル薬を製造して本件2mg製品の製造販売承認の申請に必要な治験を実施したことや,本件4mg錠剤のサンプル薬を製造して被告製品(本件4mg製品)の製造販売承認の申請に必要な治験を実施した」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「本件出願日までに,被告の社内において,本件発明2の内容を知らないでこれと同じ内容の発明がされていた(被告が被告の従業員等から当該発明を知得していた)と認めることは困難であるし,この点を措くとしても,・・・本件出願日までに,本件2mg製品及び被告製品(本件4mg製品)の内容が,本件発明2の構成要件E(固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である)を備えるものとして,一義的に確定していたと認めることはできず,本件発明2を用いた事業について,被告が即時実施の意図を有し,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとはいえないから,被告に先使用権が成立したということはできない。」
と判断した。

被告は「乙32実験報告書」を提出したが、測定値はこれらの錠剤が製造されたとされる日から4年以上が経過した時点のものであり、4年以上が経過しても錠剤の水分含量がそのまま保持されることを直接裏付ける証拠はないとして、本件出願日までに被告において本件発明2と同じ内容の発明がされていたと認めることはできないとされた。

2 争点2(本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)について

裁判所は、本件発明2についての特許は、被告主張の理由及び証拠によっては無効とされるべきものとは認めることができないと判断した。以下抜粋。
「本件発明2と乙7発明とを対比すると,両発明は・・・②本件発明2では「固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である」のに対し,乙7発明では固形製剤の水分含量が「1.5~2.9質量%」の数値範囲にあるか否かが明らかでない点(以下「相違点②」という。)において相違するものと認められる。・・・乙7公報の記載上,上記追試等において固形製剤の水分含量が本件発明2の数値範囲に含まれる値となるべきものと認めるべき根拠はなく,また,固形製剤の水分含量(殊にその下限値)と5-ケト体の生成抑制との関係についての示唆等は見当たらない。・・・当業者であれば,一般論としては,当該固形製剤の水分含量を低く調整することを試みることが容易であるといえるとしても,上記各書証に,ピタバスタチン又はその塩を含有する医薬製剤の水分含量をあえて本件発明2の数値範囲の下限である「1.5質量%」を下回らないようにすることの動機付けとなる記載があるとはいえない。・・・したがって,当業者といえども,乙7発明から出発して,相違点②に係る本件発明2の構成に想到することは,容易ではなかったものというべきである。」
被告は、
「本件明細書の【表4】には,水分含量が1.5質量%未満のデータが存在しないから,本件発明2における水分含量の数値範囲の下限値の意義が不明である」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「本件明細書において当該下限値の臨界的意義が具体的な技術的裏付けを伴って明らかにされているとはいえないとしても,そのことによって,当業者であっても相違点②に係る本件発明2の構成に想到することは容易でなかったとする上記認定判断が直ちに左右されるものとはいえない。」
と判断した。

【コメント】

本件のように、被疑侵害品を測定しなければ特許発明の技術的範囲に属するかどうか分からないようなクレーム構成であってその構成要件が経時的に変化しうるものである場合、現存進行形で侵害しているかどうかを特許権者側が立証するためには現存する被疑侵害品を測定すれば済むわけであるが、一方、先使用権の抗弁を主張する被疑侵害者側にとっては、そのような特許発明の構成要件の存在を知らずに対象実施品をあらかじめ測定して記録を残しておくことは不可能であり、優先日前の実施品を運よく保管していたとしてもそれが過去に遡って優先日前もその構成要件が備わっていたといえることを立証する必要が出てくる。そもそも先使用権の立証は容易でないところ、本件のように発明の構成要件が経時的に変化しうる場合において、先使用権の抗弁を主張立証するためには、どのような準備をしておくことが現実的な方策なのか、難しい問題である。

J-PlatPatのよると、本件特許に対して無効審判は請求されていないようである。

参考:


Nov 12, 2017

2017.09.28 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 東京地裁平成28年(ワ)14131

マーデュオックス®軟膏の差止請求訴訟東京地裁平成28年(ワ)14131

【背景】

原告(レオ ファーマ)が保有する「医薬組成物」に関する特許権(第5886999号)を侵害すると主張して、被告ら(製造販売元である中外製薬及び販売会社であるマルホ)に対して被告物件(尋常性乾癬治療剤「マーデュオックス®軟膏」)の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。

請求項1:
ヒトまたは他の哺乳動物において乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって,マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A,およびベタメタゾンまたは薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B,ならびに少なくとも1つの薬学的に受容可能なキャリア,溶媒または希釈剤を含む,医薬組成物。
請求項11:
ヒトの乾癬を処置するための,請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物
請求項12:
医学的有効量で1日1回局所適用される,請求項11に記載の組成物
【要旨】

本件発明12は本件優先日における公知文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、そして、本件発明12に従属している他のいずれの発明も同様に当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明1ないし4、11及び12に係る本件特許には、特許法29条2項違反の無効理由があるから、原告は上記各発明に係る本件特許権を行使することができない。よってその余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。請求棄却。

相違点に係る容易想到性についての判決抜粋:
「乙15発明は,「ヒトにおいて乾癬を処置するために皮膚に塗布するための混合物であって,1α,24-dihydroxycholecalciferol(タカルシトール),およびBMV(ベタメタゾン吉草酸エステル),ならびにワセリンとを含有する非水性混合物であり,皮膚に1日2回塗布するもの」というものである。そして,乙16及び17に開示されているように,本件優先日において,乾癬治療剤としてのマキサカルシトールの軟膏が既に知られていたのであるから,当業者であれば,乾癬を処置するための混合物である乙15発明において,ビタミンD3の類似体からなるタカルシトールに代えて,同じくビタミンD3の類似体からなるマキサカルシトールを使用する程度のことは,容易に想到できることというべきである。

・・・乙24及び25に開示されているように,本件優先日において,タカルシトール軟膏が1日1回の用法で乾癬処置に使用されることも既に知られていたのであるし,そもそも塗布方式(1日1回か,2回か)の検討は,治療効果の向上や,副作用の低減等の観点から,当業者が適宜行うことにすぎないことであるから,当業者であれば,乙15発明において,塗布の回数を1日1回とする程度のことは,容易に想到できることというべきである。」
相違点に係る顕著な作用効果についての判決抜粋:
「・・・乙15に開示されている治療効果は,本件明細書に開示された本件発明12における有効な斑治癒の効果と実質的に変わらないというべきである。
なお,原告は,本件発明12の治療効果に関して,甲10及び甲11を提出するが,これらが頒布されたのは本件優先日以降であるから,本件明細書に開示された範囲を超えてこれらに基づく効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。

・・・少なくとも,原告が主張するような効果,すなわち,混合物を適用する場合,1日の適用回数を減らしても優れた効果が得られることを,本件明細書の記載から読み取ることはできないから,そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において考慮することはできない(まして,原告が指摘する甲11に示されるようなサイトカイン分泌の相乗的抑制効果については,かかるメカニズムは本件明細書には一切記載されていないから,そのような効果を本件発明12の進歩性の判断において参酌することは許されない。)。」
【コメント】

明細書に開示された範囲を超える効果や記載から読み取ることはできない効果を、進歩性の判断において参酌することは許されない。本事件では、控訴人が提出した論文(甲10)は参酌されなかった。発明の効果が顕著かどうかについての結論はよいとしても、効果に関する主張として提出された論文が参酌されなかった点については、理由が明らかでない。優先日?(出願日の間違いでは?)以降に頒布されたものだから参酌されなかったのか、明細書に開示された範囲を超えていたから参酌されなかったのか(判決文を見る限り、控訴人は新たな効果を主張しているようには感じられないが・・・)。顕著でないとの結論に変わりはないから説明を省略したということはないと思うが、進歩性における効果の顕著性を主張する際に後出しデータが参酌されるかどうかは両当事者にとって極めて重要なポイントとなることから、判決には丁寧な理由付けを示していただきたい。

マーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)は活性型ビタミンD3外用剤であるマキサカルシトール(Maxacalcitol)軟膏の有効成分Maxacalcitolとvery strongクラスのステロイド外用剤であるベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(BBP)軟膏の有効成分BBPをそれぞれ承認製剤濃度で配合した尋常性乾癬治療外用剤である。

参考:

ところで、本件特許の実施例として記載されているカルシポトリオール(Calcipotriol)とベタメタゾンジプロピオネート(Betamethasone Dipropionate)を含む軟膏に直接関連すると思われる製品は、レオファーマが製造販売元・協和発酵キリンが販売元となっている尋常性乾癬治療剤ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)。

ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)は、活性型ビタミンD3誘導体であるカルシポトリオール水和物52.2μg/g(カルシポトリオールとして50.0μg/g)と副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンジプロピオン酸エステル0.643mg/gを含有する配合剤であり、レオ ファーマで開発され、日本では2014年7月に承認された。ドボベット®軟膏の配合成分であるカルシポトリオール(無水物)は「ドボネックス®軟膏 50μg/g」として、ベタメタゾンジプロピオン酸エステルは「リンデロン®‐DP 軟膏」として市販されている。

参考:
国内において、尋常性乾癬の適応を有する活性型ビタミンD3誘導体とステロイドの配合剤という点で、マーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)(中外・マルホ)とドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)(レオ ファーマ・協和発酵キリン)は競合関係にある。

本件特許は第1の薬理学的活性成分Aがマキサカルシトールに限定されたものとして登録されたが、もともと本件出願は特願2013-014098(特開2013-075923)の分割出願であり、さらにその原出願は特願2008-191182(特開2008-297309、特許5721926)の分割出願であり、さらにその原出願は特願2000-613441(WO2000/064450、特表2002-542293、特許4426729)の分割出願であった。特許4426729は、第1の薬理学的活性成分Aとしてカルシポトリオール、第2の薬理学的活性成分Bとしてベタメタゾンに限定されたものとして登録され、ドボベット®軟膏で存続期間延長登録もされている(延長登録出願番号2014-700172、存続期間満了日2023.12.04)。特許5721926は、溶媒成分C等の限定下ではあるが第1の薬理学的活性成分Aも第2の薬理学的活性成分Bも一定の範囲で登録されている(存続期間満了日2020.01.27。存続期間延長登録出願情報なし)。