動物の種を超えて薬剤を適用することは困難?: 知財高裁平成18年(行ケ)10221
【背景】
「家畜抗菌剤としての9a-アザライド」に関する発明を進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。
請求項1:
「パスツレラ種,アクチノバシラス種,ヘモフィルス・ソムナス(Haemophilus somnus)又はマイコプラズマ種に起因するウシ又はブタの呼吸器感染,又は大腸菌,トレポネーマ・ハイオディセンテリー(Treponema hyodysenteriae)又はサルモネラ種に起因するウシ又はブタの腸内感染の治療又は予防方法であって,前記治療又は予防を必要とするウシ又はブタに治療又は予防的に有効な量の式Iの化合物を投与することを特徴とし,
式I は下記:
【化1】(省略)
である化合物又は医薬的に許容されるその塩,又は医薬的に許容されるその金属錯体であり,前記金属錯体が銅,亜鉛,コバルト,ニッケル及びカドミウムから構成される群から選択され,前記式中,
R1は‥‥‥(置換基の特定に関する記載は省略)‥‥‥
である前記方法。」
引用発明との一致点・相違点:
(一致点)
パスツレラ種に起因する哺乳動物の感染,又は大腸菌に起因する哺乳動物の感染の治療方法であって,前記治療を必要とする動物に治療に有効な量の式Iの化合物を投与する治療方法。
(相違点)
本願補正発明は,パスツレラ種に起因するウシ又はブタの呼吸器感染,又は大腸菌に起因するウシ又はブタの腸内感染をその治療の対象とするのに対し,引用例1,4ではこの点の記載がされていない点。
【要旨】
ウシ又はブタへの適用の困難性について、
裁判所は、
「原告は,甲9を根拠として,動物の種間における薬理学上及び代謝上の相違の理由について説明できない以上は,マウス等の生体内における抗菌活性のデータからウシやブタのような家畜動物における抗菌活性を推論することはできないと主張する。
しかし,この点の原告の主張も,以下のとおり失当である。
確かに,甲9には,動物種間で薬剤の排泄及び消失半減期が異なることや,同類の動物種間においてさえ,既知の薬剤の薬物動態学的データを置き換えるのは不可能であって,合理的な投与スケジュールの設定は,臨床的な使用が意図されている動物の種ごとに得られたデータに基づくべきであることが記載されているが,同記載の趣旨は,全体をみれば,抗菌剤等の薬剤が動物の種を超えて使用され得ることを前提として,動物種の違いに応じて製剤の処方や形態,投与量,投与期間,投与間隔などを適宜設定すべきであるとの留意点に言及したものと理解するのが相当である。したがって,甲9の記載をもって,ウシやブタに適用することが困難であるとする原告の主張は,採用できない。」
と判断した。
容易想到性の判断の誤りについての原告のその他主張を認めず。
進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
ある薬剤が動物の種を超えて使用され得ることを前提としているのであれば、当然ながら異種の動物に適用することには積極的な動機づけがあるということになるだろう。
2008/04/20
2008.03.31 「メリアル v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10221
Categories *Case2008, Inventive step/Obviousness, ★, ・Indication
2008/04/13
2008.03.31 「メルク v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10219
病態部位と微生物を特定した細菌感染治療法: 知財高裁平成18年(行ケ)10219
【背景】
「家畜抗菌剤としての8a-アザライド」に関する発明を進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。
請求項1:
「家畜の呼吸器又は腸内の細菌感染の治療又は予防方法であって,前記治療又は予防を必要とする家畜に治療又は予防的に有効な量の8a-アザライドを投与すること,呼吸器又は腸内に感染する微生物がパスツレラ種,アクチノバシラス種,Haemophilus somnus,マイコプラズマ種,Treponema hyodysenteriae又はサルモネラ種であること,及び,前記8a-アザライドが式I:
【化1】(省略)
をもつ化合物又は医薬的に許容されるその塩,又は医薬的に許容されるその金属錯体であり,前記金属錯体が銅,亜鉛,コバルト,ニッケル及びカドミウムから構成される群から選択され,前記式中,
R1は‥‥‥(置換基の特定に関する記載は省略)‥‥‥
であることを特徴とする前記方法。」
引用発明1との一致点・相違点:
(一致点)
「家畜の細菌感染の治療方法であって,前記治療を必要とする動物に治療に有効な量の,引用例1記載の式(Ⅱ)の化合物を投与する治療方法」である点。
(相違点)
本願補正発明は,細菌感染が呼吸器又は腸内の細菌感染であって,感染する微生物がパスツレラ種,アクチノバシラス種,Haemophilus somnus,マイコプラズマ種,Treponema hyodysenteriae又はサルモネラ種であることが特定されているのに対し,引用例1では明記されていない点。
【要旨】
裁判所は、
「マクロライド系の抗生物質であるエリスロマイシンが,パスツレラ菌の接種によって起こる子牛の肺炎の治療に有効であることが引用例2に記載されている。」
と認定した審決に誤りはなく、
引用例1の記載部分は、
「当業者に対し,その化合物がエリスロマイシンと同じ目的,用途に利用できることを示唆していると解するのが自然である。」
と判断した。
これに対し原告は、
「8a-アザライドは他のマクロライド抗生物質と構造が異なり,その抗菌活性を予測することができないから,家畜の呼吸器感染症に適用することを推論することに阻害事由がある」
との阻害要因の存在を主張した。
しかし裁判所は、
「原告が根拠とする甲23~27は,いずれも本願の出願後の文献であるが,各記載内容を見ても,マクロライド分子の①安定性,②浸透性,③リボソーム結合性に関する知見が本願の優先権主張日当時の技術常識であると認めるに足る記載はない。」
と判断し、阻害事由があるとの主張は採用することができないとした。
格別の作用効果について
原告は、8a-アザライドに関する実験データと従来のチルミコシンに関する実験データとを比較した試験結果を提示し,顕著な治療効果をもたらすものであると主張した。
しかし、裁判所は、
「本願補正明細書には,上記アのとおり,本願補正発明の具体的な効果については,特定の病原生物に対する抗菌活性範囲が記載されているのみであって,従来のマクロライド系抗生物質と比較してどの程度に有利な効果があるのかは何も開示されていない。
したがって,本願出願後に提示された試験結果に基づく有利な作用効果は,本願補正明細書の記載から推測できるものではないから,原告の主張は採用できない。」
と判断した。
進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
進歩性判断における有利な効果の参酌の可否について、明細書の記載を問題としている。
本願発明は引例と有効成分である化合物の点で一致しており、病態部位を限定している点(呼吸器又は腸内)、及び微生物を特定している点で相違しているのであるから、示すべき格別の作用効果についての考え方として、そもそも従来の化合物と比較しても意味が無く、相違点に注目して、他の部位や、他の微生物と比較した効果があるか否かを検討するのが正しい筋道ではなかろうか。
Categories *Case2008, Advantageous effects, Inventive step/Obviousness, ★★, ・Indication
2008/03/24
2006.10.25 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10773
薬剤耐性という観点で疾患を限定した医薬発明に進歩性は認められるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10773
【背景】ノバルティス(Novartis)を出願人とする本願発明(出願番号: 平成8年特許願第533792号)は、テルビナフィン(terbinafine)とアゾール系14 α-メチルデメチラーゼ阻害剤の併用抗真菌剤であり、対象疾患を「アゾール耐性真菌感染症」と限定していた。同一併用抗真菌剤だが、耐性菌株について記載のない引用例が進歩性を否定するか否かが争われた。
【要旨】
原告は、
「本願発明の相乗的な薬理効果を予測することは困難であった」
と主張したが、
裁判所は、
「審決は~本願発明にいう相乗効果を奏するか否かについて,判断しているのではなく,既に2種の抗真菌剤の併用の相乗効果を奏するとされた引用例によって,~テルビナフィンとアゾール系阻害剤という具体的組合せについて,アゾール耐性真菌株に対しても,その組合せによる相乗効果が奏されることを困難なく予測ないしは期待して,用いることができるか否かを判断したものである。
そして,本願明細書~によれば,本願当時,既に,耐性真菌の出現は当該技術分野における重要な課題であったものであり,~テルビナフィンとアゾール系阻害剤を含む抗真菌組成物が,ある種のアゾール耐性真菌株誘起の真菌感染症に対しても,それぞれ単独で用いる場合とは異なる作用機序による相乗的な治療効果が得られることを期待することは,当然のことであるというべきである。したがって,引用例に接した当業者においては,その引用例に記載されたテルビナフィンとアゾール系阻害剤を含む抗真菌組成物が,アゾール耐性真菌株誘起の真菌感染症に対しても治療効果を有することを予測ないしは期待し,これを確認しようと動機付けられるものというべきである。したがって,引用例に接した当業者が耐性菌に対しても引用例記載の2剤併用の抗真菌組成物を用いることは容易に想到できるものであり,原告主張の取消事由は理由がないことが明らかである。」
と判断し、進歩性を否定した。
請求棄却。
【コメント】
課題が知られている場合には、動機付けは確立され易い。
本事件では、進歩性判断において、積極的な動機付けがあるという点が問題となった。一方、効果の参酌という点は、既に2種の抗真菌剤の併用の相乗効果を奏するとされた引用例が存在していたことによって、主な議論の対象とはならなかった。
本願発明は、上位概念である「真菌感染症」という用途(疾患)を「アゾール耐性真菌感染症」という特定の用途(疾患)に限定した選択発明である(ありえる)、という見方で捉えることもできるだろう。しかし、特定の用途(疾患)を特徴とする選択発明として進歩性を担保するためには、上位概念用途(疾患)で包含される他の下位概念用途(疾患)と比較して、その選択発明として選択した特定用途(疾患)に顕著な効果・異質な効果があることを主張する必要がある。「アゾール耐性真菌感染症」以外の真菌感染症、すなわち、普通(?)の真菌感染症にも優れた効果がある以上、それに比べて格別顕著な効果を「アゾール耐性真菌感染症」という選択肢に見出すことは困難であり、効果の参酌が議論されたとしても、進歩性なしの結論に変わりはなかったと思われる。
参考:
2008/02/28
2006.09.14 「ヴィアトリス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10719
「抗糖尿病作用」から「真性糖尿病Ⅰ型の治療」の進歩性: 知財高裁平成17年(行ケ)10719
【背景】本発明は「R-α-リポ酸を含有することを特徴とする真性糖尿病I型の治療用薬剤」であり、刊行物1に基づき進歩性が否定された。
請求項1:
R-(+)-α-リポ酸,R-(-)-ジヒドロリポ酸又はそれらの塩,エステル,アミドを含有することを特徴とする,真性糖尿病I型の治療用薬剤。
原告は、
1) 刊行物1はビタミンEとの組み合わせであってR-α-リポ酸単独の効果を示していない点、
2) 本願発明は特に「真性糖尿病Ⅰ型の治療用薬剤」としているのに対し、刊行物1は単に「抗糖尿病作用」の存在を示すにとどまる点で相違する点、
3) R-α-リポ酸がラセミ体及びS-リポ酸に比べ毒性が少ないという顕著な効果がある点
等を主張した。
【要旨】
クレームは、R-α-リポ酸以外の成分も含有する剤と解釈されるので、刊行物1がビタミンEとの組み合わせであっても相違しない。また、刊行物1自体が教示しているように、当該刊行物1発明を「真性糖尿病I型の治療用薬剤」とすることは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。さらに、毒性の認識の有無に関わらず最も薬理効果の高いもの(すなわちR-α-リポ酸)を採用することは、当業者が容易に想到することができたものというべきであるから、原告が主張する上記毒性に関する知見の発見は、本願発明の特許性を基礎づけることになるものではない。進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
進歩性なしの判断は当たり前かなーという事案。
本事案から得られる教訓は、動機付けが確立されている場合には、たとえ、他の新たな知見に基づく顕著な効果(例えば、本件では、毒性という観点)を主張したとしても、確立されてしまった動機付けを覆すことは困難であるという点くらいか。
参考:
ちなみに、チオクト酸(α-リポ酸)は、日本では、従来、医薬品としてのみ使用が許可された成分だったらしいが、2004年に食品としての使用も許可され、現在は、サプリメントに配合されて健康食品としても販売されているようである。
欧州では、チオクト酸(α-リポ酸)は糖尿病患者の末梢神経障害の治療薬として使用されているらしい(Thioctacid®)。
参考:
Categories *Case2006, Inventive step/Obviousness, ★, ・Indication, ・Optical isomer
2008/02/13
2007.07.12 「エンシステックス v. バイエルクロップサイエンス」 知財高裁平成18年(行ケ)10482
進歩性判断の引用発明の認定(適格性): 知財高裁平成18年(行ケ)10482
【背景】被告(バイエルクロップサイエンス)の有する「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」に関する特許(特許3162450号)に係る発明について、原告(エンシステックス)が無効審判を請求。特許庁は、被告がした訂正請求に係る訂正を認めた上、上記審判請求は成り立たない(進歩性あり)との審決(無効2005-80225)をしたため、原告が、その取消しを求めた事案。
請求項1:
1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを有効成分として含有することを特徴とする工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリより保護するための害虫防除剤。
引例に記載された発明は、同有効成分を含有する害虫防除剤であり、「ヤマトシロアリ,イエシロアリ」と具体的に例示されていたが、その対象害虫に関して具体的な生物試験の結果が示されていなかった。
【要旨】
裁判所は、
「甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である甲2に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。
被告は,上記第4の1(3)のとおり,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないと主張するが,このような事情を考慮したとしても,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物をヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除剤として適用してみようとする動機付けとする限りにおいては,上記・u桙ノ説示したところを左右するには足りない。
また,被告は,用途発明の一種である医薬発明に関しては,特許庁の審査基準に「, 当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に多数列挙されている場合は,技術的に意味のある医薬用途が明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず,その発明を引用発明とすることはできない。」と記載されていることから,甲2のヤマトシロアリ,イエシロアリに関する記載を引用発明とすることは不適当である旨主張しているが,上記審査基準は,発明の公知性の有無に係る新規性の判断に関するものであり,進歩性の判断の当否を問題とする本件に妥当するものではないから,失当である。」
と判断した。
審決中、「本件審判請求は、成り立たない。」との部分を取消す。
【コメント】
医薬ではなく殺虫剤関連の発明に関する訴訟だが、進歩性判断における引用発明の認定(適格性)について争われた事例であり、且つ、審決が取消された事例でもあったので取り上げた。
新規性判断における引用発明の認定手法については特許・実用新案審査基準 第II部 第2章 「新規性・特許性」中の下記項に記載されている。
1.5.3 第29条第1項各号に掲げる発明として引用する発明(引用発明)の認定
そして、進歩性判断における引用発明として採用されるべきものとは何なのかについては、同審査基準中下記項のように"「新規性の判断の手法」と共通"と記載されている。
2.4 進歩性判断の基本的な考え方
「(3) なお、請求項に係る発明及び引用発明の認定、並びに請求項に係る発明と引用発明との対比の手法は「新規性の判断の手法」と共通である(1.5.1~1.5.4参照)。」
上記のように、審査基準中、進歩性判断における引用発明認定の手法に関する記載は、本事件における裁判所の判断と矛盾している。進歩性判断における引用発明の認定手法が、新規性判断における引用発明の認定手法と異なるのであれば、審査基準の記載は再検討されるべきだろう。
なお、本事件については、その後、被告が最高裁に対して上告受理の申立てを行ったが、上告不受理決定となった。被告は最高裁決定後も訂正請求を行って本件特許権の有効性を維持しようとし、原告は、被告から差止請求権を行使されるおそれがあることから、被告に対して、特許無効を主張して、原告製品の生産等に対する差止請求権の不存在確認を求めた(2008.01.30 「エンシステックス v. バイエルクロップサイエンス」 東京地裁平成19年(ワ)24878)。
参考:
Categories *Case2007, Inventive step/Obviousness, Need for data, ★★★, ・Indication
2007/12/25
2007.11.22 「アンジオテック v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10303
発明の構成要素の用途は発明を特定する要素となり得るか?: 知財高裁平成18年(行ケ)10303
【背景】
「抗-血管形成性組成物およびそれにより被覆されたステント」に関する発明の特許権者(共有者)である原告が、特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許(特許第3423317号)を取り消す旨の決定がされたため、同決定の取消しを求めた。
請求項1:
身体通路の管腔の開放状態を維持するためのステントであって,該ステントの閉塞を防止するための抗血管形成ファクタで被覆されている,ほぼ管状の構造を有する,ステントであって,該抗血管形成ファクタがタキソールであり,かつ,該ステントが該身体通路の再発性狭窄を処置または予防するために使用される,ステント。
(他請求項は省略)
決定の理由の要点は、刊行物記載の発明に基づき進歩性を有しないから取り消されるべきであるとしたものである。
【要旨】
裁判所は、
「本件第1発明の要旨のうち
「該ステントの閉塞を防止するための抗血管形成ファクタで被覆されている,ほぼ管状の構造を有する,ステントであって,該抗血管形成ファクタがタキソールであり,」
の部分は,端的に
「該ステントの閉塞を防止するためのタキソールで被覆されている,ほぼ管状の構造を有する,ステントであり,」
と規定するのと何ら変わりはない。
この点につき,原告は,タキソールは,抗血管形成性を有する薬剤としてステントに被覆されるのであり,その点が,本件発明1の要旨の「ステントの閉塞を防止するための抗血管形成ファクタで被覆されて」おり,かかる「抗血管形成ファクタがタキソール」であるという規定に反映されているとか,タキソールといっても,薬剤としての用途が異なれば,別の物であることは我が国の特許法における確立した考え方であると主張する。
しかしながら,物の発明である本件発明1において,ステントを被覆する物質として構成されているタキソールの用途ないし作用が何であるかは,本来,発明を特定する要素とはなり得ないものである。仮に,原告の上記主張の趣旨が,タキソールを抗血管形成性を有する薬剤としてステントに被覆する場合と,他の作用を奏する薬剤として(例えば,抗増殖性を有する薬剤として)ステントに被覆する場合とでは技術思想が異なるというものであったとしても上記用途ないし作用の相違は単に身体通路の再発性狭窄を予防する機序に関係するのみであって,同一構成から成る発明を別発明と評価し得るほど,その技術思想において異なるということはできない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
そしてそうであれば,ことさら「抗血管形成性」に着目しなくとも「再発性狭窄を処置または予防するため」に使用される血管ステントに,タキソールを被覆することが,引用各刊行物から容易に想到することができれば,相違点に係る本件発明1の構成は容易想到ということができる。」
と判断し、結論として進歩性なしとした特許庁の判断を支持した。
請求棄却。
【コメント】
発明の構成要素のひとつ(たとえば、本件での"タキソール")が有する特徴的な用途または作用(たとえば、本件での"抗血管形成性")によってその構成要素をクレームのなかで特徴づけても、その構成要素のみに対する特徴づけは発明全体を特定する要素とはなり得ない。従って、用途または作用によってある構成要素を特徴づけても、発明全体の特許性判断においては、その構成要素自体で(特徴づけに関係なく)評価されることに注意が必要である。
参考:
Categories *Case2007, Inventive step/Obviousness, ★★, ・Combination therapy, ・Indication
2007/12/15
2005.08.30 「アステラス(藤沢) v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10312
医薬用途発明に薬理データは必要か?: 知財高裁平成17年(行ケ)10312
【背景】
原告(藤沢薬品)は、「ピラゾロピリジン化合物の新規用途(透析時低血圧症)」に関して、拒絶査定となり、拒絶査定不服審判を請求した。しかし、本願化合物が本願疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載は明細書中に存在しないことは明らかであるから、本願発明の詳細な説明が特36条4項に反するとする審決を受けた。原告は、審決取消訴訟を提起した。
【要旨】
本願明細書の記載によれば、本願発明の詳細な説明には、本願化合物が記載されているほか、本願化合物が本願疾病の治療剤の有効成分であること、同治療剤の有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されているものの、本願化合物が本願疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載は存在しないことは明らかである。発明の詳細な説明に、治療剤の有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されているだけでは、当業者は当該医薬が実際にその用途において有効性があるか否かを知ることができないことは、前記判示(東京高裁平成8年(行ケ)201、同平成15年(行ケ)104)のとおりである。よって、本願発明の詳細な説明が特36条4項に反するとした審決の判断に誤りはない。請求棄却。
【コメント】
医薬の用途発明に必要な記載用件としての薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がないとして、明細書の記載不備で拒絶した審決が支持された事例。薬理データは明細書に記載しなければならない。審査過程で薬理データを主張しても、記載要件違反は解消できない(審査基準)。
ところで、医薬として有用な新規化合物発明の出願において、「医薬用途(例えば「~化合物を含有する~剤」)クレーム」は薬理データが全く示されていないことを理由に拒絶される一方、用途クレームと同じ化合物範囲をスコープする「化合物クレーム」は薬理データが無いことを理由に拒絶を受けないという審査事例が見受けられる。その用途において有用だと認められたうえで新規化合物クレームが登録されるのに、その用途クレームが拒絶されるというこのような事例に、違和感を感じるのだが・・・。
参考:
(財)知的財産研究所 知的財産権関連判決の英文データベースに英文判決要旨あり
Categories *Case2005, Need for data, Utility/Description requirement, ★, ・Indication
2007/12/05
2005.02.10 「メレル v. 特許庁長官(ターフェナジン事件)」 東京高裁平成16年(行ケ)233
特定患者に対する限定が新たな医薬発明として認められるか?: 東京高裁平成16年(行ケ)233
【背景】
「ターフェナジンカルボキシレートを含有する、ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用の抗ヒスタミン剤」に関する発明(特表平7-506828)についての、拒絶審決取消訴訟。審決の内容は、引用例に記載された発明であるから、特29条1項3号により特許を受けることができないとするものであった。
引用例記載の発明とは、ターフェナジンカルボキシレートを含有する抗ヒスタミン剤である点において一致していたが、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」という点が引用例には記載されていなかった。この特定患者に対する限定事項が加わったことにより、新たな用途発明(選択発明)が提供されたといえるのか、それとも実質的相違は無いのかが争われた。
【要旨】
裁判所は、
「引用例においては、ターフェナジンについての適用対象患者を特に除外していないのであるから、審決が、「引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用すること」を特に除外するものではない」とした点に誤りは無い。~本件優先権主張日当時の技術水準からすると、ターフェナジンよりも、その代謝物であるターフェナジンカルボキシレートが、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用の抗ヒスタミン剤として有利であることは、当業者にとって自然に理解しえたというものであるべきである。そうすると、~引用例との関係で選択発明として認められるべきであるとすることはできず、引用例記載の発明との対比において新規性を欠くものではないとすることはできない。」
と判断した。請求棄却。
【コメント】
患者を限定した医薬発明についての新規性の有無が判断された事件。
この事件の後、2005年4月15日に特許庁が「医薬発明の審査基準」を新設しており、その「医薬発明」の審査基準2.2.1.1 (3-2)には下記のような記載がされている。
(c) 引用発明の医薬用途が請求項に係る医薬発明の医薬用途の上位概念で表現されており、本願出願時における技術常識から、下位概念で表現された請求項に係る医薬発明の医薬用途が導き出せるときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される
仮に、ターフェナジンの心毒性が知られていなかった場合には、本クレームの特許性はどのように判断されただろうか?
ターフェナジンカルボキシレートを含有する抗ヒスタミン剤が知られていたわけで、引用発明との違いは、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」との下位概念への限定のみであるから、患者を特定した選択発明として特許性を有するか否かが問題になるだろう。選択発明の進歩性が認められるためには、その選択部分(ターフェナジンで心毒性を起こす患者)に限定したことにより本発明の(抗ヒスタミン剤としての)効果が、それ以外の部分(ターフェナジンで心毒性を起こさない患者)に対する効果よりも、顕著であるか、または異質なものであることを主張しなければならないから、本件の場合には無理があろう。
また、裁判所は、
「本願発明は,ターフェナジンカルボキシレートにはターフェナジンが有する副作用がないことを確認したものであるとしても,抗ヒスタミン剤に関する本件優先権主張日までの既知の用途を拡大したものでもないし,新たな用途を見いだしたものでもない。本願発明は,引用例に記載の抗ヒスタミン剤であるターフェナジンカルボキシレートに関して,ターフェナジンによる副作用が観察されない範囲を特定したものにすぎないものである。」
と判断していることから、患者の特定のみを特徴とする医薬発明の特許性のハードルは高そうである。ちなみに、医薬発明の審査基準2.2.1.1 (3-3)及び3.3〔事例 8〕には、投与間隔・投与量等の治療の態様等による特定を伴う対象患者群を特定した医薬発明の特許性について記載されている。司法の場で、本出願のように医薬用途の態様を様々な視点からクレームした「医薬発明」の出願についての判断が蓄積されていくことを期待するところである。
なお、本願のファミリー出願が欧米では特許となっており、この点、日本の実務と比較し、検討することは非常に興味深い。日本で特許化が困難そうでも、欧米で取得できる可能性も出願戦略上考慮する必要があるだろう。
参考:ターフェナジンカルボキシレート
ターフェナジン(一般名:テルフェナジン、販売名:トリルダン、抗アレルギー薬として販売されていた。)の活性代謝物であり、製剤化が検討され、抗アレルギー薬(一般名:塩酸フェキソフェナジン(Fexofenadine)、販売名:アレグラ(Allegra))としてサノフィ・アベンティス(sanofi-aventis)が販売に至っている。活性代謝物の製剤化によって製品のライフサイクルマネージメントに成功した事例である。そのような背景から考えると、本件出願は、アレグラに関するライフサイクルパテントのひとつだったと考えられ、非常に参考になる事例である。
Categories *Case2005, Novelty, Selection invention, ★★, ・Indication
2007/12/04
2005.01.27 「Vertex v. Guilford」 EPO審決T134/01
ディスクレーマーの許容性(EPOの判断): EPO審決T134/01
【背景】
本件発明は医薬に有用な化合物(Novel immunosuppressive compounds having an affinity for FK-506 binding protein)のクレーム。ある化合物(especially used as analeptics)を開示した文献(5)による新規性欠如を回避するために、ディスクレーマーを行った。しかし、文献(5)が、ディスクレーマーの要件となるaccidental anticipationに該当するか否かが争われた。
【要旨】
文献(5)は医薬分野、すなわち本件発明と同じ技術分野に属する。従って、文献(5)は、ディスクレーマーが許される要件のうち、accidental anticipationには該当しない。従って、ディスクレーマーはArt.123(2)EPCに反し、認められない。
【コメント】
化合物クレームと公知文献との技術分野が医薬分野として共通していれば(たとえ、具体的な作用メカや医薬用途が異なっていたとしても)、accidental anticipationに該当しないと判断され、ディスクレーマーをすることはできない。
日本には無い要件である。しかもaccidental anticipationは非常に狭く解釈されている。
出願前の新規性調査は念入りに。また、ディスクレーマーに頼らなくても補正できるようにクレーム・明細書には十分な措置を施しておくことに留意すること。
参考:ディスクレーマーの許容性が示されたEPO審決
Categories *Case2005, Amendment/New matter, ★★★, ・Compound, ・Indication
2007/12/02
2004.09.16 「シャイアー バイオケム v. 特許庁長官」 東京高裁平成15年(行ケ)405
薬剤耐性という観点で疾患を限定した医薬発明に進歩性は認められるか?: 東京高裁平成15年(行ケ)405
【背景】
「オキサチオラン誘導体を含む3TC耐性HIVの感染治療用医薬調合物」に関する発明についての、進歩性なしとの拒絶審決に対する審決取消訴訟。
引用刊行物記載の発明は、本願化合物1であるオキサチオラン誘導体と一致するものの、立体配置の限定が無い点、及び3TC耐性というHIVの限定が無い点で、本願発明とは相違していた。
原告は、本願化合物1と3TCとで構造がきわめて類似していることから、当業者が、本願化合物1が交差耐性を持つと考えるのは当然であり、3TC耐性HIV株が本願化合物1に対して感受性を有することを確認する実験を行うことは容易に想到できるものではない、と主張した。
【要旨】
裁判所は、
「本願化合物1と3TCとの構造の間で,ペントース環の酸素原子と硫黄原子の位置が入れ代わったという差しかないとしても,それが,交差耐性の発生の蓋然性にどの程度影響するのかについて,原告は具体的な主張をせず,これを認定できる証拠もない。~構造が非常に類似した化合物が多くの場合に交差耐性を示すと一般に考えられていることを踏まえたとしても,本件において,原告が主張するように,酸素原子と硫黄原子の位置が入れ代わっただけであるとか,糖部分の構造が類似している,との事実をもって,二種の薬剤間で交差耐性が生じると当業者が当然に考え,実験して確認することに思い至らない,ということはできない。~本件優先日当時,本願化合物1において交差耐性が生じる可能性がどの程度高いものと考えられていたかは,本件証拠上明らかではない。しかし,~その治療薬の研究開発は喫緊の課題であった。~このような状況の下では,交差耐性が生じる蓋然性があっても,薬剤の候補となるべき新規な化学物質を製造したとき,その薬剤が効果を発揮するかどうか実験して確かめるきわめて強力な動機付けが当業者にあることは,明らかである。~HIVウイルスの薬剤に対する(交差)耐性を確認する実験方法は,本件優先日当時,周知かつ確立しており,これを実施することに特段技術的困難はなかった,と認めることができる。
~以上のとおり,本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことに強力な動機付けがあり,実験をすることを選択することは何ら困難なことでもなく,その実験方法も周知なものであって実施に何ら困難はなく,実験を行いさえすれば,交差耐性を示すか否か容易に分かる,すなわち,本願化合物1が効用を有するか否か分かるものである以上,当業者が本願発明を推考するのが容易であることは当然である。審決の相違点についての判断に誤りはない。~本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,また,実験をすることに格別の困難もないのであるから,その実験が成功することが予測できないということだけから,進歩性を認めることができないことはいうまでもないのであって,原告の主張は採用できない。」
と判断した。請求棄却。
【コメント】
薬剤耐性という観点で疾患を限定した医薬発明についての進歩性が判断された事件。
ちなみに、米国及び欧州では、対応特許が成立しており(US6,228,860B1、EP756595B1)、この点、日本の進歩性の判断が比較的厳しのか、出願人の主張が足りなかったのかは不明であるが、本出願に対応する米欧出願の審査履歴を参考に比較検討することは、薬剤耐性という観点で医薬発明の進歩性を主張する上で、さらには薬剤耐性という知見が得られた際にライフサイクルパテントの可能性を検討する上で非常に有用だろう。
3TC:
参考: 「耐性」関連で進歩性が争われた最近の判決
Categories *Case2004, Inventive step/Obviousness, ★★, ・Indication
2007/11/18
2003.12.26 「グラクソ v. 特許庁長官(タキキニン拮抗体事件)」 東京高裁平成15年(行ケ)104
医薬用途発明において薬理データは必要か?(タキキニン拮抗体事件): 東京高裁平成15年(行ケ)104
【背景】
「NK1受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤」との機能クレームまたは特定の一般式により定義された化合物を有効成分とする嘔吐治療剤クレームという「医薬用途発明」について、ごくわずかな化合物についてのみしか薬理データ(NK1受容体拮抗作用)が開示されていなかった。
請求項1:
タキキニン拮抗体を有効成分としてなり,該タキキニン拮抗体がNK1受容体拮抗体である,嘔吐治療剤。
【要旨】
薬理データのない化合物については嘔吐治療剤として有効であることを裏付ける記載が無いので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)。さらに、薬理データで裏付けられた範囲を超えた発明がクレームされているものというほかない(サポート要件違反)と判断された(特許取消)。
【コメント】
医薬用途発明において、薬理データのない部分は、記載要件違反を理由に特許取れない恐れがある。この点は、現在の「医薬発明」の審査基準にも明記されている。
但し、一般式で概念化されたすべての化合物について隈なく薬理データを示す必要はないと考えられるが、どの程度の密度でデータを穴埋めすれば当業者にとって実施可能でありサポートされていると判断されるのかについては一般化するのが困難であり、個別に検討しなければならないだろう。
Categories *Case2003, Need for data, Utility/Description requirement, ★★, ・Indication
2007/11/12
2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345
医薬用途発明の明細書には効果を示す数値データが必要か?: 東京高裁平成13年(行ケ)345
【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、薬理効果を示す薬理試験方法の記載があり、「実施例の化合物は全て、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」との薬理効果を示す記載もあったが、阻害濃度を示すデータの記載はなかった。
【要旨】
阻害濃度が具体的に示されていない以上、これら化合物が実際に有意な活性を有しているかとの疑念を生じさせるものと認めざるを得ないので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)と判断した(出願拒絶)。
【コメント】
医薬用途発明において、薬理データは具体的に示さなければならない。「効果がある」と記述しているのだから良いではないか・・・と、個人的には少し厳しい判決のように感じる。では、実際、最近の出願では、薬理データはどのように記載されているのかというと・・・例えば、50%阻害濃度(IC50)というin vitro薬理効果を示す場合、以下のような記載が主に見受けられる。1) 本発明化合物全てのIC50を具体的な数値で示すケース。2) 本発明化合物全てのIC50を一定のレンジで区分けして示すケース。3) 「本発明化合物のIC50は全て~μM以下であった。」と記述するケース。4) 本発明化合物の一部についてのみ上記いずれかの方法で記述するケース。どのような記載方法を採用するかは、出願人が判断すべきことであろうが、クレームに包含されるある一部の化合物については薬理活性がないとのデータを得ているにもかかわらず意図的に明細書にその薬理データだけ掲載しない(隠匿する)ことは、米国においてはinequitable conductとされ、権利行使不能とされかねないのでその点だけは注意する必要があろう。
Categories *Case2002, Need for data, Utility/Description requirement, ★★, ・Indication
2007/11/10
1998.10.28 「Pfizer/Sertraline事件」 EPO審決T0158/96
臨床試験の結果の記載がない文献は医薬用途発明の新規性を否定できるか?(EPOの判断): EPO審決T0158/96
【背景】
Pfizerは、selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)である"sertraline"(販売名: 米国ZOLOFT;日本JZOLOFT)のobsessive-compulsive disorder(OCD/強迫性障害)治療用途とする発明に関して出願したが、新規性なし(A54(1))とされ、拒絶されたため、審判請求した。問題となった新規性を否定する引例は、sertralineがOCDを適応症としてphase II 臨床試験が実施されている旨を記載した文献であり、その効果に関する結果は記載されていなかった。
【要旨】
審判部は、「Phase II の目標の一つはその薬剤の有効性を評価することであるが、引例には効く効かないの結果を予期させる記載が欠けているので、当業者はその引例を読むことによってその答えを予測することはできない。Phase III へ進展したとの記載であったならばポジティブな答え(つまり、phase II ではOCDに有効であったこと)を暗示することになっただろう。OCDを適応症とするsertralineのphase II が実施されているとの情報から、当業者にとって、確実且つ単なる推測以上に、このphase中に、その薬剤のOCDの治療効果が最終的に証明された、と結論づける手段は無かった。」
Although one of the targets of phase II is indeed that of evaluating theeffectiveness of the drug, thus whether or nor the drug exhibits the allegedtherapeutic activity in patients, the answer to this question could not bepredicted by the skilled reader, as document (5) lacks any anticipation of apreliminary positive or negative outcome of phase II trials. Only the successfulapproval of the drug in the subsequent phase evaluation, namely phase III, wouldimply an implicit positive answer.For this reason the skilled person, reading intable 4 that sertraline was undergoing phase II trials for OCD, had no means ofconcluding from this information, reliably and beyond mere speculation, that thedrug finally proved, during this phase, any therapeutic effect potentiallyuseful in the treatment of OCD.
と言及した。臨床試験前には一般的に動物での前臨床試験を実施する。審査部は、引例から示唆される情報は、sertralineがOCD治療用途を示す前臨床試験を動物で既に完了していたということである、と判断した。これに対し、審判部は、「新規性に不利になるものとして認識されるべき先行技術文献にとって、その文献により示唆される情報を、普通は有効であるが、特定の状況には必ずしも適用しない結果推測的な結論へ導くかもしれないというルールに基づいて解釈することはできない。」
For a prior-art document to be recognised as prejudicial to the novelty of a claimed subject-matter, the information conveyed by this document cannot be interpreted on the basis of rules, which, though normally valid, do not necessarily apply to the specific situation and therefore may lead to speculative conclusions.
と言及し、「OCDの動物モデルは実際には存在しないので動物実験によるsertralineのOCD治療効果は示されていなかった、との出願人の主張は妥当である。」
Under these specific circumstances, the board recognises as plausible the appellant's arguments, though not confirmed by documents, that experimentation in animals was not indicative of any therapeutic effectiveness of sertraline for OCD since no animal model for OCD actually existed, but was simply intended to prove the lack of any form of toxicity and to gain early knowledge about the metabolism of the substance.
と認めた。新規性無しとした審査部の判断を破棄、審査部に差し戻し。
【コメント】
臨床試験結果の記載の有無が新規性を失わせる引例となりうるか問題となった事例。臨床試験結果が何も開示されていない文献のみをもって、その医薬用途発明の新規性が否定されなかったという点は、日本における最近の判例(2007.03.01 「ブリストルマイヤーズスクイブ v. 日本ケミカルリサーチ」 知財高判平成17(行ケ)10818)とは異なる結論となっている。また、情報発信をコントロールすることは重要である。特に市販後は知らぬ間に医師により実験・臨床試験結果を論文等で発表されてしまうことにより新規性が喪失してしまい(最悪は出願されてしまう)、特許を取得する機会を失ってしまうという恐れに注意しなければならない。特に、ライフサイクルパテントを出願する際には要注意である。
Categories *Case1991-2000, Need for data, Novelty, ★★, ・Indication
2007/11/08
1998.10.30 「ショウガ根・イチョウの乾燥剤事件」 東京高裁平成8年(行ケ)201
医薬用途発明に薬理データは必要か?(制吐剤事件): 東京高裁平成8年(行ケ)201
【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、明細書中には、妊娠のむかつきおよびつわり等対して有効であると記述していたが、これら薬理効果を裏付ける実施例は記載されていなかった。
【要旨】
医薬についての用途発明においては、一般に、物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法36条3項(注:昭和62年法律第27号による改正前の特許法。)に違反するものといわなければならない。したがって、「医薬についての用途発明は、特定の物質または組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであるから、薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である」との審決の判断に誤りはない、と判断し、原告の主張を退けた。
【コメント】
「医薬発明」の審査基準に引用されている判例(制吐剤判決)。医薬に関する用途発明においては、その薬理効果を、明細書中に、薬理データまたはそれに代わり得る具体的記載によって確認できるように記載しなければならない。判決文は特許庁の審決データベースから閲覧可能。